SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order   作:222+KKK

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第17節 偽冠魔詠宮殿プセウドモナルキア(2)

「事ここに至って、慈悲はいらないだろう?開幕にいっとこうか──『五つの石(ハメシュ・アヴァニム)』!」

 

 宝具真名解放とともに、ダビデのスリングから瓦礫が投擲される。

 獲物の急所を逃さず捉える投擲、巨人ゴリアテを昏倒させた一撃は一切の牽制無く初段から魔神を打ち据えようと放たれた。

 

「ほざけ、この程度──ッ!?」

 

 迫る瓦礫を前に慌てず魔術防壁を組み上げた魔神は、驚愕に目を見開いた。

 ダビデの強肩から放たれた瓦礫が、物理法則上あり得ない軌跡を描く。まるで意思を持ったかのような飛翔体が、魔神の驚異的な構築速度で展開された魔術防壁を裏回ったのだ。

 

 魔神の防御を躱した瓦礫が、そのまま腹部へと突き刺さり、魔神の顔が僅かにだが苦しげに歪んだ。

 今の魔神が如何に世界そのものといえる防御性能を持っている肉体であるとしても、それとは別に概念的にダメージが通ってしまう以上痛痒を感じることは当然であった。

 

「ち、いッ!忌々しい、大神の槍の力かッ!」

「いやあ、便利だよねえ。ケルトのスカサハに習えばこういう投擲を素で出来るらしいから驚きだよね、ホント」

 

 死ななければらしいけど、等と軽妙さを失わず笑いながら魔神の言葉を肯定するダビデ。

 だが、それでも彼も笑ってばかりはいられなかった。

 

「……ところで、僕の宝具が直撃したからには気絶してほしいんだけどなあ。今からでも気絶出来ないかい?」

「貴様の投擲など、そもそも急所に当たらねば問題あるまいよ」

「鳩尾は急所でいいと思うけどなあ……」

 

 ダビデがそうぼやく間にも、投擲による打撲痕が修復されていく。傷の位置は腹部であり、人間であれば昏倒する可能性は十分にあるだろう。

 だが相手が霊体である魔神の場合、話が大きく変わる。人間霊が昇格したものではない意志を持つ魔術である魔神は、極論、肉体の損傷を無視して行動できる。

 そもそも魔神が現在乗っ取っているエルフナインの肉体は死後のそれを用いている。そういう意味でも、生物的な弱点を狙うことに大きな意味はない。

 

「ま、ソレが判っただけでもいいとしよう。狙うべきは頭か心臓──霊核を打ち抜かないと、ってことか。それにしても薄情だよねえ。前はその体をちゃんと守ってたんだからさ、今度は盾になってあげないのかい?」

 

 ダビデは語調を変えないままに言葉を紡ぐ。魔神を詰るようなその台詞に、ふんと魔神は鼻を鳴らす。

 

「瞬間的に肉体が破砕しないならどうにでもなる。この依代が消滅すれば確かに手間だが、先の戦いほど脆くもない」

「そうかあ、うーん、コイツは手間だ、ぞっとぉ!」

 

 吐いた言葉が切れるか切れないかといったタイミングで踏み込み、杖を振るうダビデ。

 ガギン、と魔神の防壁に叩きつけられたことで轟音を響かせるそれを引き戻し再度振るう。

 

「──ち、一々係うだけ無意味だな、これは」

「まあまあ、そう言わずに付き合ってくれると嬉しいね!」

 

 それが四、五回程繰り返された辺りで埒が明かないと後退した魔神。

 だが、ダビデはその僅かに開いた空白を一気に埋める様に踏み込み、魔神の手を器用に封じていく。

 そして高速詠唱を得意とする魔神が詠唱できないようにと再び杖を振るい、使わせる術式を防御に限定させていった。

 

 

 

「……えっ、えっと……?一体何が起きてるの!?見えないんだけど!?」

 

 ──という戦いが起きているなどと、傍から見ていた立香には全く見当がつかなかった。

 一応というか、後方援護要因ということで(立香よりは前に出ているにせよ)比較的近くに居たクリスが戦闘機動を逐一報告しているから辛うじて顔の向きは合わせていられるものの、それでもどうにか視界から逃さないことで精一杯であった。

 

「ああ?サーヴァントに指示出してるってんならある程度見えてるんじゃねえのかよ?」

「普段は、そりゃ少しは見えてるけどぉ……」

 

 クリスの疑問混じりの声に、立香は情けない声を出す。だが彼女の主観では「そう」としか感じ取れない以上、そう答えざるを得ない。

 今まで彼女が立ち回った戦場で、今ほど高速で戦い続ける存在を彼女は見たことが無かった。今のダビデの動きに比肩するのは、それこそ後ろを振り向く気すら無く逃げ回ったヘラクレスなどの一部の大英雄ぐらいだろう。

 

(うう、やっぱり魔術をもっと勉強するべきだったかなあ……。でも正直体鍛えるほうが色んな意味で優先だったし……でもでも視力を強化するくらいのは頑張って覚えておいたほうが良かったのかなあ……)

 

 決戦の場で自分が役に立てているように思えず、立香は過去の自分を振り返りじんわり後悔する。

 そんなしょぼくれた立香の様子に、クリスは小さく息を吐く。

 

「ったく……。つってもまあしょうがないだろ?ってかダビデのおっさんが見づらいってのはあたしも同感だ。魔都で戦ったときよりえらいギア上がってやがるしな……あれがさっきの槍の効果ってことか?」

「多分……」

 

 自信なさげな立香の声。一年を超え二年に満たぬ期間を修羅場に浸してきた彼女だが、生きるのに必死で知識面はおざなりもいいところであった。

 だが、それでも何となくだがダビデの力の理由は判っていた。

 

「……魔神に因果がどうこうするのは通じない、そうダ・ヴィンチちゃんが言ってた。ってことは、多分槍が決める『勝利の条件』に魔神が関わらないようにしたんだと思う……どんな条件を決めたのかは判んないけど」

「あー……確か槍の穂先で指されたら、そいつが勝つって因果が固定されるってことだったな。ってこた、『魔神に関わらない勝利条件』を決めたダビデのおっさんの、その勝利条件を満たせるように槍が因果を固定したってことか?」

 

 って、因果がどうとかどういうこったよあーややこしいッ!とぼやきながら器用にクロスボウで頭を掻くクリス。

 もう片手は魔神に照準を定めているようだが、そこは射手としての優れた動体視力により相手の動きに合わせて器用に調節している。とはいっても、番えられた矢が放たれることはない。これはクリスがサボっているとかではなくもっと別な理由からだった。

 

「問題は……どうやって援護するか、だ」

「う、うーん……」

 

 実のところ、他の前衛組に比べやや後方に陣取るクリスからすれば魔神の動き自体は比較的読みやすいし、射線自体は合わせられる。

 とは言え、それも空間魔術による残影や防壁の乱数展開などの防御術式をフル活用している魔神を正確に捉えられるかは未知数であった。

 虚実織り交ぜの魔術防御を見抜いているのは、ひとえにダビデの戦闘者としての戦運びの巧みさによるのだろう。

 

 主神の槍により何らかのブーストを受けているらしいダビデに生半可な支援は無意味。現状では下手に助勢に向かえば、逆に足手纏いになる可能性すらあった。

 それを判っているからこそクリスは支援できないが、だからこそもどかしい思いを抱いていた。

 

「せめて、どうにかダビデのおっさんの動きが把握できりゃいいんだけど……なあ、ユニゾンの旋律どうにか出来ないのかよ?」

『えぇ、今の旋律(リズム)では不満かい?でもこれ以上こっちから協調させようとすればむしろ押しつけになっちゃうぜ?そうなったら君らの持ち味を殺しかねないから流石にこれ以上はなあ』

 

 クリスの提案を素気なく切るのは、フロンティア内部で音楽を全力で演奏中のアマデウス。その言葉には音楽家の矜持も含まれていただろうが、何よりシンフォギアに対する理解からでたものであることはその声音から明白だった。

 シンフォギアが奏でる歌は胸の奥から湧き出る歌であり、それは装者たちの心象を形としたもの。心からの歌だからこそその歌には血が流れており、そして力を生み出す。

 当人たちが心から等しく同じ旋律を歌うならともかく、外からの心理誘導による魔詠の妨害及び擬似的なユニゾン状態は現状維持が精々であった。むしろその維持すら通常は不可能であり、アマデウスの神の如き技量により極めてギリギリを見極めた調律が成立しているという状況だった。

 

「ち、そりゃ判ってるけどよ……ッ!」

 

 当然というか、その曲の効力や心象への影響は他ならぬ装者であるクリスが自覚していた。だが、それでも指を加えている現状に我慢がならなかったが故の言葉だった。

 と、そこで2人の会話を聞いていた立香がピンときたように顔を上げた。

 

「……だったら、私が聞くッ!頑張って聞いて、頑張ってダビデの動きを把握して──」

「──それで、あたしらに伝えるってか?それはいくらなんでも無茶だろ」

 

 クリスは立香の言葉に厳しい対応を見せる。

 別に立香の戦闘指示力を低いと思っている訳ではない。勿論歴戦の英霊たちよりは低いだろうし、専門にそれを習った訳ではないだろう。それでも立香は英霊達のマスターとして立ってきた実績はある以上、直接戦場で立ち回りながら策を練る自分らよりは全体的な視野を持っているのでは、と思っていた。

 だが、それとこれとは話が別である。サーヴァントなら念話で指示も出せるだろうからタイムラグも少なく済むだろうが、装者であるクリスたちにはその手段が取れないのだ。通信による戦闘指示で戦うことも当然あるが、現状のダビデ達の戦闘に通信指示だけで割って入るには些か心許なかった。

 

「うん、だから──私も歌うッ!」

「え……はぁッ!?」

『マスター!?』

 

 そう考えていたから、クリスは立香の次の言葉に仰天した。

 歌う、うたう。立香は今、この戦場で装者でも無いのに歌う等と宣言したのだ。

 彼女をよく知るマシュを始めとした面々ですらその言葉を予想できなかったのだろう、カルデアからは困惑するようなざわめきが聞こえてくる。

 

 そしてカルデアに届くということは通信機にその声が鳴り渡ったということ。当然ながら立香の宣言は他の面々にも届いていたらしく、全員が全員奇異の視線を向けている……響だけはその手があった!と言いたげなキラキラした目を向けているが。

 

「それだよッ!立香ちゃんも一緒になって歌えばッ!」

「おいおい待て待てッ!?それだよってなにがどれだよッ!?」

『落ち着こう立香ちゃん、響ちゃん。いいかい、思考停止はだめだよ?』

「違うよ、あのね……」

 

 キラキラした目に飽き足らず口にまで出した響を抑え込むように、クリスとダ・ヴィンチが止めに入る。あからさまに心配な目線を向ける彼女たちに、立香は虚勢が半分自信は満々に説明を始めた。

 

 

 

(…………歌を変えてきたか)

 

 魔神は戦場の変化に即座に感づいた。音楽魔らしく音感は生物のそれを遥かに超越しており、戦闘音が響く中でもその僅かな違いを鋭敏に聴き取っていた。

 現在戦場に鳴り渡る歌は二種類。一つは魔神自身がデモノイズに奏でさせている魔詠だが、それが変化するなどということはあり得ない。理知と合理に満ちた魔神にとって、状況に最善な音色は一つに定められる。そうである以上、不用意に変質させる意味はない。

 であれば、変化したのは当然ながら────装者たち、ひいてはその後ろで己と同位の神技を見せる音楽家の歌にほかならない。

 

 ダビデの投石を魔術で威力減衰させながら、ここには居ないアマデウスに向けて魔神は嘲り笑う。

 

「随分と単調になったものだ。どうした、指が腐り落ちたか?」

『いやいや、単調なら悪という風潮はないだろうさ。重要なのは聞いている人間が心から乗れるかどうかだろ?音楽ってのは』

 

 己が奏でている曲の変化に対する嘲笑を受けても、全く気にした様子もなく飄々と受け流すアマデウス。

 

『結局音楽ってのは聴く相手が居ないことには話にならないんだからさ──尤も、僕の曲を聴くのは何も"ただ聴くだけの人間"に限った話じゃないんだぜ?』

「……何が──ッ、この、曲に合わせきれていない歌声は……ッ!は、ハハハハッ!馬鹿じゃあないのか貴様らはッ!よもやそう来るとはなッ!」

 

 その耳に新たに届いた音に、魔神ソロモンは曲調の変化の理由を理解した。そして理解してしまえば、まるで我慢出来ないとでもいうように大声を上げて笑う。

 素人でも耳に届いた旋律に乗れるようにとテンポを落とし、素人でも歌いやすいように音階を制限したそれは。装者たちには必要がない、普段は歌わないものへの配慮に塗れたその曲は。

 

 魔神の髪の毛や角、そして顔にある2つの眼球がグリンと動き一点を睨む。

 

「──歌うか、不出来な魔術師未満がッ!面白い、精々囀るがいいッ!」

 

 その目線の先に居る新たな歌い手──カルデアのマスターに対して即座にリビルドしたものが、今この場に流れる曲の正体であると魔神は即座に看破した。

 正しく邪視と呼べる魔神の眼光を前に、しかし立香は胸を張り睨み返す。

 

「──歌うよッ!何を隠そうこの私はカルデアで一番──"誰か"に合わせるのが得意だからね!」

 

 それは、決して己を卑下する言葉ではない。個性の塊たる数多くの英霊達とともに歩き、絆を結び、力を、心を合わせて戦ってきた。他の何が無くとも、彼女はそれだけで己を誇ることが出来た。

 およそこの世界の誰よりも神話・伝説の英雄たちと関わってきた、その誇りにかけて。カルデア最後の、英霊達の力を借りて世界を救ったマスターであるという自負にかけて。それが己なのだと主張するように、彼女は声高らかに歌った。

 

 その歌声は、決して聞くだけで誰かを感動させることは出来るようなものではない。所々音程は外れているし、声量も装者たちに比べればまだまだだろう。

 だが、その唄は確かに歌女たちと同じものを抱いていた。その詩は確かに英霊達と同じ視野を感じさせた。

 ──その歌は、確かにその場で戦う全てと心を共にしていた。

 

 勿論、彼女が歌ったところで世界が変わるわけがない。歌を力に変えられるわけでもなければ、世界に干渉する言霊があるわけでもない。

 それでも何かを信じ歌い続ける立香にいっそ憐れみに近い目線を向け、魔神は攻勢魔術を展開する。

 

「……まさか本当に歌うとはな。無駄を見せたな、消えるがいい──ッ!?」

 

 片手間に展開された魔術が立香に致命の一撃を与えんとするその瞬間、魔神の腕に拳が叩きつけられた。

 制御を外れた術式から放たれた炎は、狙っていただろう立香を大きく外れあらぬ方角へと飛散する。

 

「何────ッ!?」

 

 衝撃自体は大した事ではない。だが重要なのは、この戦いに介入があったことだ。

 今の彼らは単なる英霊を遥かに凌駕した速度での戦闘を可能としている。さらに言えば、魔神は戦闘中も幻影や反射など、実に多様な防御を敷いていたのだ。下手な干渉などしようものなら倍にして返す事すら可能な防御をくぐり抜けての一撃を受けたという事実に、魔神の思考は微かに混乱していた。

 

 そんな魔神に向けるように、立香同様に己を高らかに歌うものがまた1人、この渦中に姿を見せた。

 

「……何があったとしても、私の拳は一撃必中ッ!絶対に、届かせるッ!」

「ッ、ガングニールか、何処までも鬱陶しいッ!」

 

 必中の機能を持ち、あらゆる可能性を一つに束ねる立花響の拳。平行世界を利用した不死性すらも貫く槍によるものかと魔神は苛立たしげに歯噛みする。

 そして、その程度であれば今の魔神にとっては何ら問題ではない。

 

「小賢しいッ!」

「く、ぅ──」

 

 虫でも相手にするような魔神の軽い一薙ぎを受け、響は大きく弾き飛ばされる。だが、その様子は払った魔神にとっては予期しない挙動だった。

 攻撃に手応えがない。膨大なエネルギーを纏う魔神の拳を受ければ一撃で死んでもおかしくはないというのに、殴り飛ばされた響のギアには罅すら入っていない。

 

「後ろに飛んだだと……ッ!?今の貴様らが何故──ッ!」

「その情報は、もう古いのよッ!」

 

───EMPRESS†REBELLION───

 

 魔神の攻撃に合わせ響が後ろに飛んだことで生まれた空白に滑り込むように、マリアの連接剣が魔神の肉体を絡め取る。

 ギリ、と掠れるような音を上げて刃が縛り上げるが、それも魔神が僅かに身動ぐだけで砕け、解かれる。だがソレを悲観するようなことはない、そうなることなど今の彼女らにとっては予測できたことであり、重要なのは僅かでも足を止めたことだからだ。

 

「──今一度受けろ『一閃せよ、銀色の腕(デッドエンド・アガートラム)』!!」

 

 掛け声一閃、騎士の持つ絆の聖剣は歌を通じ、尚も強く輝きを放ち魔神に叩きつけられた。

 魔神は世界を取り込み、世界に比肩する強度を得ている。最初に響の拳を微動だにせず受けきったように、踏ん張れる状況、あるいは魔術により慣性制御している状況ならばこの攻撃を受けても小動もしないだろう。

 だが今は違う。攻撃の際の僅かな隙をついてからの連撃により、魔神はその身を動かされた。膨大な概念質量を持つ矮躯が僅かに大地へと沈み、衝撃で地盤が大きく砕けた。

 

「無駄だというのが──」

「いいえ、いいえ──無駄なんて、そんな事はありません」

「!足場が……小癪な、ルーンかッ!」

 

 僅かに埋まった足を引き抜き、そのまま間髪入れずに反撃──そう考えた魔神の足がより深く埋まる。

 見ればその足元が泥土と化しており、力を込めた軸足が更に沈み込んでいた。

 

「そうとも、そして──ッ!」

 

───天ノ逆鱗───

 

 高くに飛翔する翼が、巨大な剣を空より落とす。竜のうろこに似たソレは、過たず魔神の肉体を穿たんと迫る。

 そしてその刃が肉体を貫いた──といったところで、魔神の肉体がブレた。

 

「これは、幻影──ッ!」

「隙を晒したな、まずは貴様から死ぬがいいッ!」

 

 大地に突き刺さる刀身に、残影の魔術により攻撃を回避した魔神の凶相が映り込む。

 瞬間、周囲に膨大な魔方陣が展開される。逆鱗に佇む翼をこの世から消滅させんとする過剰なほどの攻勢術式を前に、しかし翼はあくまで冷静さを失わずに周囲を見てニヤリと口端を上げた。

 その様子に、殺意を滾らせた眼はそのままに不審げに眉を顰める。

 

「何がおかしい」

「……さて、な」

 

 韜晦するような翼の言葉と同時に、上空で轟音が鳴り響いた。

 魔神が全天を見据える眼で何が起きたのかを見れば、イチイバルの小型ミサイルが魔神が予め展開していた防壁に止められ、爆炎で空を照らしていた。

 その程度であれば気にすることはないと、魔神は即座に見切りをつけ魔術を放とうとし──その指揮をする腕が動かないことに気づいた。

 

「これは、影縫い──……そういうことかッ!」

「そういうことだッ!」

 

───MEGA DETH PARTY───

 

 先程まで他の装者も、サーヴァントも防壁に引っかかるような隙のある攻撃はしていない。にも関わらずクリスの攻撃が露骨に防壁にぶつかった理由を魔神は即座に理解した。

 空間に残る熱量が、追撃で放たれたミサイルを誘爆させる。空に咲く爆炎の花は呪詛の残滓により黒霧に半ば沈み込んでいた戦闘領域を煌々と照らし出し、それにより生まれた影が逆鱗によって貫かれていた。

 

 当然それも、最初のマリアの連接剣のように魔神が力を込めれば振りほどける程度でしか無い。

 だが、力を込めようにも泥土の足場が動きを阻害している。先程のように軽く身じろぎ、程度では振りほどけるものではなく、結果的にだが解くための隙はより大きなものとなる。

 

 そして、常勝の王はそれを見逃すような隙のある英雄ではなかった。

 

「行けよ、ダビデのおっさんッ!」

「激励ありがとうアビシャグ!これで百人力だぞう!」

 

 クリスがタイミングを伝える声が先か、ダビデが踏み込むのが先か。

 彼らはまるでそうなるかのように間髪入れずに連携行動を取り魔神を一気に追い込む彼女たちを前に、魔神は無駄と理解しつつも拘束を振りほどこうと力を込める。

 無理に力を入れたことで足をさらに踏み込みぐらついた魔神の目線が、不出来ながらも歌い続ける立香を捉える。そこで漸く、一体何が起きたのかを理解した。

 

 

 

 立香が歌うといい出した時、当然ながら全員が全員彼女の発言を怪しく思った。バイタルデータを確認してなければ魔詠を聞きすぎて歌に溺れたのかとすら思われてしまうだろう、それほどに突拍子もない言葉だった。

 そもそも立香は歌ではなく神秘の世界の住人であり、どうやってもフォニックゲインがどうのこうのと言った話にはならない。音楽魔術でも扱えるならいざしらず、三流未満の彼女では歌っても全くプラスが無い……双方の世界の常識で考えてもそれが正論だった。

 だがそれをここに来てまで理解していない彼女ではない。奇妙なものを見る目を向けられても、尚も気にする様子もなく口を開いた。

 

「いや、別に考えなしってわけじゃないんだよ。ほら、絆のユニゾンだっけ?あれって本来は心をあわせて一緒に歌うことで力を高めるってやつなんだよね?」

「あ、ああ……。だが、フォニックゲインを生み出せない藤丸では……」

 

 前提を確認するような立香の口ぶりに、怜悧な美貌に困惑を浮かべた翼が言いづらそうに反論する。

 絆のユニゾンはあくまで心象を理解することによる相互連携力の強化、及び装者に限ってはフォニックゲインの相乗による出力向上を目的とするもの。前線に出ず、歌にフォニックゲインが乗らない立香にその恩恵はない。

 

「あ、そこまで高望みしてるんじゃないんだ」

「何?では一体何が目的で歌を歌うなどと……。我々はシンフォギアがあるから問題はないが、一切の扶翼もなく戦場で歌うことの危険は判るだろう?」

 

 それらの恩恵もなく歌を歌う理由なんて、翼には想像できない。これがカラオケやライブなんかであれば理由の100や200は軽いだろうが、魔神の魔術や歌や眼光が折り重なった炎が飛び交う戦場では余りにも危険に身を浸しすぎる行為である。

 翼の真に心配する目線を受け、それでも立香は目をそらさず持論を語る。

 

「……確かに危ないよ。ただ、胸の歌を一つにしてる皆って、言葉に出さなくても動きを合わせてるじゃない。だったらほら、私も同じようにやれば、ダビデの動きを直感的に伝えられるかなって。アマデウスの旋律ならなんかできそうな気がするし!」

「それは…………だが……」

 

 いくら何でも、そう思ったところで翼は魔都での戦いを思い出す。

 ブリュンヒルデと共に戦い、彼女の狂愛と己の親愛を束ねた刃の一撃。あの時、アマデウスの歌を介して2人の心は重なっていた──装者である翼と、装者ではないブリュンヒルデの心が、だ。

 

「……成程、有りうるかもしれん」

「ちょっと、翼ッ!?」

 

 前言を翻し一考する姿勢に入った翼を見てマリアが慌てる。

 

「いや、藤丸の言にも一理ある。アマデウス殿の奏でる歌は、彼自身の言う通り我々の心をある程度縛る。奇跡的なバランスで我々の力を削がぬ様にとその神技を振るってもらっているが、それでもある種強制的なユニゾンが発動していることは疑うべくもない。そしてそれはブリュンヒルデと……サーヴァントの皆と共同で戦っている時も感じていた」

「!……確かに、そうかもしれないけど……」

 

 マリアとて、それを感じた事が無いわけではない。ベディヴィエールとともに魔都の攻略に挑んでいた時、響と合わせ3人の心を一つに合わせられた覚えは幾度もあった。

 だが、今回の問題はそこではない。

 立香が歌えるのか、歌を合わせられるのかは(アマデウスの伴奏もあるため)この際問題ではないが、それを差っ引いてもかなり強引な理論であり、成立しなかった場合戦闘者ではない立香が戦場で致命的な隙を晒すことになるのだ。

 そうなった時、もし守れなかったらと考えるとマリアはなかなか同意することは出来なかった。

 

 そうやって面々が話し合う間にも、戦況は刻一刻と変わっていく。今のところはダビデも魔神もそこそこ拮抗するようにやりあえてはいるが、それも魔神が宝具を展開し切るまでの話。

 早めに解決案を出さなくてはいけない……そう思い誰もが心中に焦りを覚えた時、黙していたベディヴィエールが口を開いた。

 

「……いえ、やってみましょう」

「ベディヴィエール卿、あなたまでッ!?」

 

 立香を守る立ち位置であろうベディヴィエールが賛成に回ったことにマリアは驚いた。

 だが、元々サーヴァントであるベディヴィエールはマスターである立香と同じ向きに立つ者であり、そういう意味では立香の思いを叶えるべく口を開くのは当然とも取れた。

 とはいえ何も考えずにマスターの願いを聞き届けているわけではなく、彼には彼なりの考えもあった。

 

「確かに、直接の意思疎通は難しい可能性は十分にあります。我々の場合戦闘の心得があるがために互いに動きが読めた、という可能性もありますから」

「なら……」

「ですが、アマデウスの歌を介して通常より深い同調を熟せれば、マスターと精神的及び魔術的にラインが確立している我々サーヴァントが疑似ユニゾンと同様の効果を得ることは有り得ます。であれば、我々がマスターから直感的に受けた指示に合わせて動けば……」

 

 装者と立香が直接的にユニゾンすることが難しくとも、間接的なユニゾンは可能なはず。そう告げるベディヴィエールの眼は至って真剣であり、十分に賭けるに足るものであると如実に語りかける。

 そんな目線を受けほんの僅かに言葉を失ったマリアは、やがて溜め息を吐いた。

 

「……しょうがないわね、現状それ以外に道はなさそうだし……いいわ、私も乗りましょう」

「やった!って、おっとと」

 

 この場で最年長の人間に認められガッツポーズする立香だが、現状を思い出し慌てて居住まいを正す。

 装者が賛成多数になったことで、残るクリスは頭をガシガシと掻く。

 

「あー、ったくッ!わかった、あたしも乗ってやるッ!だけど乗り遅れたらただじゃ置かねーからなッ!」

「勿論!あ、音が取れなかったときは許して!……ちょっと音外しても大丈夫だよね、ね?」

「そんくらいフォローしてやるから、遅れねーで、早さだけは合わせろよッ!」

 

 ひどい言い方になるが、その場の誰もが立香に歌の上手下手までは期待していない。重要なのは歌を通じ、曲を通じて心を通わせるという一点である。

 極論リズムさえあっていれば、あとは全員歌い慣れしている装者たちが支えれば(歌については)特段問題にはならないのだ。

 

 立香の作戦が採択されたことで、全員が改めて戦場へと向き直る。

 

 ダビデの竪琴に祓われた呪詛の残滓が黒い霧となり戦場を覆う。そんな中でも、主の加護を受けたダビデは恐れること無く果敢に戦っていた。

 パっと見た限りでは互角の戦いを繰り広げているようではあるが、現状で互角であるということは勝機がないことと同義であることは誰もが理解している。そもそものリソース量が違いすぎる以上それは当然の結論であった。

 最早猶予はない。誰ともなく目を合わせ頷き合い、彼ら、彼女らはその策を実行に移すために動き始めた。

 

 

 

「──カルデアのマスターを媒介に、ダビデに感覚を合わせたかッ!」

「ははは、やるだろう──僕らのマスターは!」

 

 結果として、立香の策は彼女の望みに沿う形で機能した。

 勿論、どれもこれもが完全というわけではない。装者たちが歌いながら戦術を駆使して戦う以上、立香はマスターとしてサーヴァントたちが装者たちにより合わせられるように指揮・補助の役割を果たせれば最上だった。

 とはいえそれはあくまで理想であり、彼女が『マスターとして』実現できたのはサーヴァントであるダビデの動き、それ以上に彼の考える戦運びを理解し、歌を通じて装者たち全員にそれを感覚的に伝える程度。だが、それでも十分だった。

 

 ダビデの狙いは一つ。魔神のあらゆる防壁を突破し『急所』たる霊核が存在する頭部を宝具で撃ち抜く、その一点のみ。

 だが、狙いを言葉にするわけにはいかない。そうしたところで味方が補助できるかどうかは別であり、魔神にその狙いが伝わる可能性があるだけ悪手であるためだ。

 

「でも、歌なら気づかなかったろう?何せただの歌だ。天才的な技術で演奏されているとはいえフォニックゲインも魔力も使わないただの演奏に合わせて、頑張って1人の人間が心のままに歌い上げただけのね」

 

 立香の歌には何の意味もない。魔神に何ら影響を及ぼさず、装者への援護にもならない。精々が戦意高揚の効果を見込めるかどうか、そのために致命の隙を晒すだけのただの歌。

 だからこそ、音楽を司り、法則が入り混じるこの世界ではフォニックゲインと魔術を自在に操る魔神は気づけなかった──単なる精神論に近い立香の策とも呼べない稚拙な策に。

 

「おのれ、カルデアのマスターッ!」

 

 まんまとはめられた、それに気づいた魔神の怒号が響くが最早遅い。

 平衡を失い僅かに傾いだその肉体は、常勝の王を相手取るには些か以上に足りない。

 

 

「さぁて、それじゃあ杖を奪わせてもらおうか!──『五つの石(ハメシュ・アヴァニム)』!!」

 

 

 ダビデの握る投石器がこれ以上無いほどに輝き、戦いの中で番えたであろう瓦礫が放たれる。

 

 必中の概念を持つ弾体は防ぐように展開された魔術をすり抜け────魔神の頭部をしたたかに打ち据えた。

 

 

「お、のれ…………ッ!」

 

 口惜しそうな言葉を残し、魔神が倒れ伏す。

 ギョロリと全天を睨む眼球も光を失い、次々に瞼を閉じていく。

 

 

 そして、最後の瞳が閉じ──魔神は完全に沈黙した。

 

 

 

 

「……やったのか?」

『ダビデ王の宝具は確実にヒットしました。霊核がある部位──急所である頭部に命中した以上、概念的には昏倒しているはずですが……』

『はい、こちらでも相手の状態は確認していますが……。少なくとも、ソロモンの杖のエネルギーは観測できません。魔神がソロモンの杖によって存在していると言うなら、観測上は失神状態にあることになります』

 

 恐る恐ると口を開いたクリスに、マシュとエルフナインが補足のように発生した事象を並べた上での推測を語る。

 S.O.N.G.のシステムで観測される数値、カルデアの術式で計測している状態の上では、間違いなく宝具は成立し魔神を気絶に持っていけたことは確認できていた。

 

「……となると、あとはあの杖を奪うだけだね。いやあ、中身が魔神とはいえ女の子の服を剥ぎ取らなきゃいけないなんて役得……もとい心が痛むなあ」

「本音出てんぞダビデのおっさん」

 

 クリスのツッコミを聞き流し、うへへ、という声が似合いそうな表情でダビデがスタスタと歩み寄っていく。とはいえその立ち振るまいに油断はなく、また他の面々も警戒を滲ませながら見守っている。

 

 そして丁寧、かつ慎重に伸ばされた手がソロモンのファウストローブに、触れた。

 

 

「────え?」

 

 

 一瞬の光、緑の閃光が奔った。

 その瞬間に何が起きたのか、見ていたはずの立香はしかし全然理解できなかった。いや、脳が理解を拒んだという方が正しいだろう。

 

 ポタ、ポタと、雫がこぼれ落ちる。

 何が起きたか違和感を感じたのだろう、己の腹部を見たダビデは苦笑を浮かべる。

 

「…………ああ、そうきたか。やれやれ、その偏執的な周到さは、一体誰に似たのやら……」

 

 己の腹に空いた大穴に、何をされたのかを理解したダビデ。だが、そこから先の言葉を紡ぐ前に、口腔に溜まった血をゴボリと吐き出し、その場に膝を付いた。

 

「ダ…………」

 

 歌が止まる。先程まで仲間とともに歌っていた立香の声が詰まる。

 いや、立香だけではない。そこで戦っていた誰もが言葉を、歌を失っていた。

 

 

「ダビデぇ──────!!」

 

 

 絶望に満ちた立香の慟哭が、戦いの音の止んだ偽王国に虚しく響く。

 魔詠に掻き消された彼女の叫びは、まるでこの先を暗示しているかのようであった。

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