SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order   作:222+KKK

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第17節 偽冠魔詠宮殿プセウドモナルキア(3)

 ダビデの体から血が溢れる。先程までは英気に満ちていたその五体は力を失い、立つことも出来ずに大地に崩れ落ちている。腹部は大きく抉れており、まるで太い槍で貫かれたかのような姿を晒していた。

 自身に何があったのかを理解しているらしいダビデは、困ったような、してやられたとでも言うような薄らとした笑みを浮かべており、その額には脂汗が浮き上がっている。

 

「く、ぅ……効いたなあ……!如何に魔神の、魔術があるっていっても、強化された僕の宝具なら、そうそうに覚醒できないはずなんだけどね……」

「──そうだな、遅延術式による回復は難しいだろう。巨人殺しの特性を特化させ、私を巨人と思い込む事による単独のブーストと概念補強を受けた宝具だ。時間があるならともかく、あの場で即座に復帰できる術式を編むには少々手間だったろうな」

 

 倒れていたはずの魔神から声が聞こえる。

 賞賛というわけでもないだろう。だが、己を出し抜いた敵に対して一定の感嘆を抱いているらしい魔神の口調は、先ほどとは打って変わって静かなものだ。

 

「ダビデのおっさんッ!テメエ、一体何しやがったッ!」

 

 クリスの激憤が混じる詰問に、魔神は先ほどと変わらず静かに受け答える。

 

「何を、といえば。起きたことが見たままのはずだが?」

『で、ですが……先程は確かに気絶していた筈です!ダビデ王の宝具を受けたというのに、一体どうやって──』

 

 先程魔神のバイタルを確認、報告したマシュは見落としがあったのかと思わず問い詰める。

 言ってから、答えが返ってくるわけがないと言葉を途切れさせた彼女に、しかし返答はあった。

 

「攻撃を受ける前だ。攻撃を受ける前に──()()()()()()()()()()、宝具による気絶の効果は発動しないだろう」

「何だと……ッ!」

 

 事もなげにそう言ってのける魔神に、聞いた誰もが絶句した。

 言っている内容は単純な話である。必中の宝具に自分から当たることで致命を避けるように。回復困難な気絶効果を持つ宝具を受ける前に、回復できる気絶状態に陥るための魔術を使用した、ただそれだけだ。

 

「ってめ、あの土壇場で──ッ!」

「保険の一つだ。今の私が杖に依存しているのは私自身がよく知っている。であれば、その器物を簒奪しうるダビデの宝具はある意味何よりも警戒に値するものだ」

 

 憤るクリスを冷めた目で見ながら、魔神は何のことはないと種明かしをする──最早隠す必要もないとでもいうように。

 

「──だが、魔術の使用は警戒していたはずだッ!だと言うのに何故──」

「魔術は使用していない、錬金術もだ。ファウストローブに対する接触をキーとして、ソロモンの杖を起動するようにコマンドしていたに過ぎん」

『ソロモンの杖のコマンドワードの書き換え──確かに、書き換えるだけならエネルギーは発生しないから、我々の探知から逃れられる。魔神が式そのものであるというなら書き換えも容易というわけか……ッ!』

 

 それはある意味で、立香の歌と同じ。

 魔術も、歌も、魔神がそれに係る行動を起こせば探知されるだろう。だが、聖遺物のシステム介入は傍からは何も観測できるものではない。

 だから誰も気づかなかった。魔神が立香の歌の真意を見抜けなかったように。装者も、サーヴァントも、カルデアもS.O.N.G.も……魔神の真意を見抜けなかった。

 

 その騙し討つような隠すべき手口を隠そうとしないのは、それを今後使用する必要がないという意志の現れか。

 

『てことは、さっきの光は──』

「わかりきっているだろう──デモノイズだ。ダビデと重なる座標に召喚したデモノイズが、貴様らの歌で実体化しダビデを貫いたに過ぎん。我が霊基を編まれたノイズであれば、英霊を害するなど造作もない」

「────ッ!」

 

 ノイズで人間を貫く。そう言われたとき、この世界に生まれた装者たちは理解が遅れる。

 

 通常のノイズではそんなことは起き得ない。触れた瞬間に炭素に還るからだ。

 錬金術師のアルカ・ノイズでもそうだ。それらの持つ解剖器官は接触対象をプリマ・マテリアに還元する特殊器官であり、物理的な攻撃ではない。触れれば分解されるが、それはつまり純粋に物理的な損傷を与える力がないということでもある。

 そして、ノイズ・アルカ・ノイズのどちらも霊体であるサーヴァントには効果を及ぼすことはない。デモノイズだって、歌を束ねた焼却指揮にさえ気をつけていればよかったのだと無意識に考えていた。

 

 だがそうではなかった。デモノイズは位相差障壁をもつ実体であると同時に、神秘をまとう魔神の受肉体でもある。霊体に対する干渉力は十二分に備わっていたのだ。

 

「はは……いやあ、参ったね。次からは、参考にさせて……もらおうか、な……」

 

 ダビデがその身に纏っていた燐光はすでに無い。大神の魔槍による勝利の加護は、最早無用となったとでも言うかのように消え失せている。

 いや、加護だけではない。ダビデ自身の肉体も端から粒子へと変じ始めていた。

 

「ダ、ダビデ……」

「あー、はは。マスター、気にしない気にしない。安心してくれ、カルデアには霊基グラフがあるからね、僕はそこから再生されるさ」

「でも……!」

 

 立香の声は震えている。当然だろう、カルデアに所属している英霊の消滅というのは彼女は経験がない。

 過去の戦いにおいて、現地で行動を共にしたサーヴァントが消滅することはままあった。だが、カルデアの登録霊基が消滅したことはない。故に、消滅したときにどうなるのか、彼女には想像もつかなかった。

 

『……ダビデ王、君は……』

「おっとダ・ヴィンチ、君も気にすることはないさ。……何のことはない、僕は目的のためなら息子を神に捧げるような男だ──それはまあ、栄誉あることといえばそうだろうけど、今の感性で言うなら人でなしさ。そんな僕が、戦いの中で、勝利のために自分の命を勘定から外すなんてことは出来ないよ」

 

 ダ・ヴィンチの言葉を軽く嗜め、ダビデは消えかけた身体にムチを打ちよろりと立ち上がった。

 彼の視界に映るのは彼の同輩たるサーヴァント、そして世界を救うためにと戦場に立つ歌女たる少女たち。誰も彼も衝撃を受けたような表情で、特にも彼と共に戦ったクリスの表情は酷いものだった。

 ダビデは彼女らを不安にさせないよう、いつもどおり、爽やかに、傷なんて無いかのように微笑んだ。

 

「……末期の別れは済んだか?常勝の王も、そうなっては形無しだな」

 

 ダビデが力を失ったことは判っているだろう嘲笑だが、魔神はそれでも警戒を緩めない。ダビデが消え失せるその時まで、魔神は常勝の王を侮ろうとはしなかった。

 口とは裏腹のわかりやすい警戒の態度とは対称に、感情を悟らせない態度でダビデは魔神と目を合わせた。

 

「よく言うよ、全く。……そうだね、ソロモンの魔術に言うのもあれだけど、一つ未来を予言しよう」

 

 ピッ、と伸ばした人差し指を突きつけ、消えかけているというのにダビデは徐にそう宣言する。

 唐突な言葉に面食らったのか、装者も、そしてマスターたる少女もぽかんとした顔でダビデを見る。そしてそれは彼女たちのみならず、敵として立つ魔神にもまた同じ感情を抱かせる。

 魔神の憑いた肉体の整った顔が僅かに目を見開き、ついで凶相を浮かべ大笑する。

 

「ハ、ハハハッ!なんと言った、貴様!?事もあろうに予言、予言だとッ!?笑わせるな、罪科に塗れ神殿すら築けなかった貴様が、この私に予言などと──」

 

 

「──僕は勝つよ、必ず」

 

 

 魔神の嘲りを無視し、ダビデは静かに、はっきりとそう告げる。

 それはまるで託宣のように、あるいは預言のように。絶対にそうなるのだと確信した、力ある言葉が大気に伝わった。

 

 その言葉に、ピタリと笑いを収めた魔神はギロリと眼を巡らせた。

 

「──そうか、消えろ」

 

 瞬間、眼光と共に焼却式が起動する。

 装者が、英霊が庇おうと身を動かすが、その全てが遅きに失する。

 閃光と轟音、灼熱とともに、誰がダビデをかばうよりも早く魔神の視線は世界を焼き払った。

 

「────」

 

 灼かれる刹那に口を開いたダビデ、彼が告げようと言葉は最早届かず、業火の中に焼け落ちる。

 それが最後。炎と光が晴れたその風景に彼の姿はなく。アーチャーのサーヴァント、イスラエル王ダビデはその周辺の大地ごと焼失した。

 

「~~~~!ベディヴィエール、ブリュンヒルデ!お願い、魔神を──!」

 

 止めて、という言葉が出る前に、主の言葉を読み刃を以て二騎が駆ける。

 

 目の前で親しい友を失ったことで、立香は今も足から崩れ落ちそうになる。だがそれでも、彼女は歯を食いしばり大地を踏みしめた。

 ダビデは勝つと言った。であれば、それを信じる以外はない。そうすることを当然とすることこそ、今まで戦いぬいてきた彼女にとっての最善だった。

 

 今はダビデが見たであろう、或いは考えたであろう勝機を見出すために行動する。そんな立香の思いを、忠実な二騎は、親愛なる彼女のサーヴァントは確かに汲んでいた。

 

「ダビデのおっさん……ッ!ち、くしょうがッ!」

「クリスちゃん……」

 

 一方、同じく彼と共に戦い彼の在り方に触れたクリスは、堪りかねると言わんばかりに吐き捨てる。それが魔神に向けられているのか、それともかばいきれなかった己に向けられているのかは不明だが、確かな憤りと後悔があった。

 響はそんな彼女を見て、思わずその肩に手を置こうとしたところでその手を掴まれる。

 

「落ち着きなさい、今やるべきことは何?」

「マリアさん……でも」

 

 己の手を掴み、諭すマリアに響は僅かに躊躇する。

 魔神が健在である現状、少しでも足を止めさせなければならない。マリアがそう言いたいことは分かったが、同時に今のクリスを放置していいのかという葛藤が響の胸にはあった。

 

「……心配なのは判るわ。でも、ここでダメになる彼女じゃないことは貴方も知っているでしょう?」

「…………」

 

 そう言われてしまえば、響は何も言い返せない。

 響はこれまでの戦いで、クリスと共に多くの戦いを切り抜けてきた。だからこそクリスが優しく、粗暴に見えてとても繊細な少女であると知っている。

 そして同時に、マリアの言う通りここで膝を折ってしまうような少女ではないと信じている。必ず立ち上がってくれるのだと自然にそう思える程に、響はクリスを信じている。

 

 だが、心配なものは心配であり──その心配を粉々に砕いたのは、当然ながら心配のもとであった。

 

「──やってやるッ!こうなったら絶対に、あの魔神を完膚なきまでにぶっ倒すッ!」

 

 咆哮するような意思表明とともに、クリスは決然と顔を上げる。

 

「クリスちゃん!」

「あのダビデのおっさんが勝つって言ったからには勝てるはずだ、だったらあたしが撃ち勝ってやるッ!」

 

 それは共に戦ったが故の信頼か。かつて魔都で戦った時、ダビデは何一つ嘘を言わず、己の言うままに勝利をもぎ取ってみせた。

 イスラエルの常勝の王、巨人殺しと呼ばれた彼は、遥かに巨大なネフィリムを相手に策を弄し、クリスとも力を合わせ、あらゆる手管で肩書を嘘にすることなく打ち勝ったのだ。

 そんな彼が勝つと言った以上、絶対に勝つ道があるのだとクリスは確信していた。それが思い込みなのか、真に信じられているのかまでは今の彼女には判断できない。だが、少なくともクリスは疑うことはなかったのだ。

 

「ね、言ったとおりでしょう?」

「ふ、さすが雪音だな。では我々も行くぞ、立花、マリアッ!先達にばかりやらせては、今を生きる身として恥を覚えようッ!」

「──はいッ!」

 

 マリアの、翼の発奮に響は元気良く頷き、そのまま3人で駆けた。

 向かうは魔神。先程までダビデと戦っていたことによる消耗を回復するためか、最初よりも動きは鈍いものの未だ強大な敵を前に、響は己の拳を強く握りしめた。

 

 

 そんな3人と、やや遅れて駆ける1人を見送る影があった。術理を駆使し、徹底的に援護に徹していた一人の少女──キャロルは、やがて己の手元へと目線を落とす。

 小さな掌の上では万物の粒子たるプリマ・マテリアが淡い光を放っており、キャロルはそれを複雑な表情で見据える。

 

「────ち、そういうことか。仕方ない、どちらにせよオレはこの戦場では役者が足りん、であれば──」

 

 ダビデと共に行動し、神秘に、術理の知識をも十全に得た錬金術師は──その行動の中で彼が残した布石を、この歪な世界を止める術を、彼女の世界を焼いた魔神を倒す道を理解したキャロル・マールス・ディーンハイムは、ここで一つの選択をした。

 

「──オレも、やってみせればいいんだろう。……ああそうだ、全く言えた話ではないがこの世界はオレの世界だ。なら──」

 

 ぽつり、と零して踵を返す。それを見ていたであろうカルデアも、S.O.N.G.も、敵前逃亡に等しい彼女の行動を責めることはなく──。

 キャロルは静かに、戦場から姿を消した。

 

 

 

 魔神に一閃を放つ。渾身の蒼雷も絆の聖剣も、魔神の腕の力だけで軽く弾かれる。

 銃砲雷火が降り注ぐ。展開できる砲門を開けるだけ開いた鉄の雨は、魔神を僅かに身動がせるだけで、その体表には焦げ目すら無い。

 主神の撃槍たる拳が突き進む。古きルーンでコーティングされた拳は銀腕の刃と共に魔神に触れるが、それ以上先には進まない。

 

「無意味な真似をするな。その程度の規模の攻撃は痛痒にすらならんことくらい理解していたと思うが?」

「──だと、してもッ!」

 

 己に向けられた刃をまるで意にも介さず呆れる魔神に、それでもと響は歯を食いしばり立ち向かう。

 他の面々とて同じだ。その場の誰もが、敵わないことを承知で尚、魔神を止めるためにと戦う道を選んでいた。

 とはいえ──。

 

「……それで、こっからどうすんだよ。さっきまでのフィーバータイムは巨人殺しのダビデのおっさんが居たから成立したんだろ?」

「ええ。主神の槍による勝利の固定を、おそらくダビデ王は己に纏わる逸話の拡大解釈および強化に用いたんだと思われます。」

 

 ベディヴィエールはあくまで自分なりの推察というふうに、先程までの状況を推測する。

 ダビデが策を前線組に話すことがなかったため、彼がどのような勝利を抱いたかはベディヴィエールは真には把握していない。ただ、不合理なことはしない人間である以上、語らなかったことにもなにか意味があるのだろうと真意を追求するつもりは無かった。

 結果として、ダビデは消滅した。そこに後悔がないわけではないが、それでも彼の最後の言葉を考えれば、それも作戦のうちである可能性は十分にある。

 だが、しかし。そのダビデの勝利が何時結実するかまでは判らないというのも事実であり。

 

「……今は、この戦場の維持に努めるしかありません。後先を考えずに全力を出す事はできますが、それで事態が好転するとは思えない。先程のダビデ王のように恒常出力を底上げするような、そんな手段があればいいのですが……」

「だよな……」

 

 ベディヴィエールはそう言って苦い表情を浮かべる。

 その言葉を聞いたクリスは、当然ながら落胆を顔に浮かべることはない。どころか、そういった返答が来ることも当然だろうとすら考えていた。

 

「となると、だ……なあ、S2CAは駄目なのか?」

『……ああ、そうだ。とはいえ、使い時は一応想定しているが実際に戦うのはお前たちだ。使うべきだと考えたら使ってしまって構わん』

 

 確認するようなクリスの問いを弦十郎は肯定しつつも、もしもの時に彼女らが躊躇うことのないようにとお墨付きを与える。

 そんな弦十郎の配慮に、クリスは笑みで答える。

 

「はん、使い時があるってんなら、意地でもそこまでは持ってってやるっての」

「そうですよッ!絶対に絶対、やってみせますッ!」

 

 己を鼓舞するようなクリスに同意するような声を上げ、響が猫のように着地する。土汚れや細かい傷はあれどいまだ十全の姿を見せる彼女は、どうにか魔神の攻撃を受け流せているようであった。

 響が飛んできた方向を見れば、僅かに空いた戦闘上の穴を埋める様に翼が刃を振るっている。そしてその翼が魔神の魔術により膝をつけば、彼女の上半身があった空間を魔銀の槍が振り抜かれ魔神の足を止める。

 

 その戦い方は先程までと同じであり、それ故に魔神は僅かに眉を寄せる。

 

「──カルデアのマスターか。ダビデ王が居なくとも、その連携ができるとはな」

 

 その目線は、先程歌っていた──否、拙くだが今また歌い始めた少女の姿を捉える。

 魔性の視線に晒されても尚、やめるつもりなんて無いと言わんばかりに睨み返す立香に、魔神は鬱陶しげにため息を吐く。

 

「察するに、一度同調させたことで私の速度を掴んだか?ああ、貴様は神霊の戦いすらも見てきた前科がある、慣れれば可能かもしれんな」

 

 魔神の言葉にそれがどうしたという意思を目に込める。装者たちのように適宜歌を止めて喋ることができるほど余裕があるわけではないらしく、言葉による反論はない。

 最早なりふり構わず、と言わんばかりの立香に、サーヴァントに、そして装者たちを見て、いよいよ魔神は付き合ってられないと首を振る。

 

「やれやれ、全く何故そこまで食いついてくるのか、理由をどれほど聞いても理解ができんな」

「──わざわざ隙だらけの身振り手振りッ!見せびらかしているつもりかしらッ!」

「余裕をか?いいや、そんなことをする意味などあるまいよ。私が貴様らに対し感じる茫然をいくら言葉にしても、貴様らが理解していないようだからな。精々身振りで示しているだけだとも」

 

 嘲りと共にそう告げる魔神をみれば、ソレが本心でないということは容易に理解できる。

 だが、それを止められない。煽り、見下してくる魔神を見返すことが出来ていない。

 

「──ああ、この世界では月が混乱を助長させているのだったか。ははは、これは驚きだ、貴様らの言葉が理解できん訳だな!ニムロドの塔を焼いた混乱の呪詛は、この私にすら言葉による理解を阻害して然るものだもとは!いや感服するとも!」

「ッ、貴様…………ッ!」

 

 これもまた、本心であるわけがない。魔神が理解できないかどうかは彼女たちには知り得ないが、少なくとも相互に互いの意思が通じていることは明らかである。

 だが、それはこの世界(より厳密に言えば並行世界だが)に住み、戦ってきた装者たちからすれば聞き逃がせぬ嘲笑。至近で聞いていた翼は思わず激発しそうになるが、それでも既で持ちこたえる。

 

 今のこの状況を崩すことは敗北に繋がるということは、その場の誰もが理解している。

 それは戦う魔神とて同じであり、わざと精神的に揺さぶりを掛けているのだということは容易に想像できた。

 

 彼女たちの勝機は、今や殆ど無い。だが、少なくともこの状況を堅持すればゼロではない。

 ダビデの提案した作戦を了承し、切り札の使用機会があると断言したS.O.N.G.やカルデアが攻め手を指示しないことを考えてもそれは明らかである。

 

 だからこそ、平素であれば到底看過できない程の人格を疑うような言葉を浴びせられても、彼女たちは己の戦いをやめようとはしなかった。

 それは或いは、アマデウスの音楽により互いの言葉が簡易的にだが通じているからこそ出来たことでもあるだろう。

 いま翼が抱いた怒りは他の装者たちも等しく抱き、そしてその怒心を宥めるように英霊の、立香の心が浸透する。この世界の柵を真に知らぬが故に、一歩引いた位置から装者たちを『怒りすぎないように』していた。

 

 そんな彼女たちに、魔神はつまらなそうにふんと鼻を鳴らす。が、直後にニヤリと笑う。

 

「……ここで乱れれば手間もなく鏖殺できたが。まずは曲から殺すべきだったか……だが最早、それも不要か」

「何……、まさか──ッ!?」

 

 魔神の語り口に、嫌な予感を覚えた翼は空を仰ぐ。本来なら致命の隙を晒すようなものだが、それでも今、ここで確認しなければならないという確信が彼女にはあった。

 幸いなるかな、魔神はその隙をつこうとはしなかった。いや、隙を突く必要が無かったのだろう。

 

『おいおい、嘘だろう!?さっきまでの作業効率を鑑みれば、あと10分くらいは余裕があった筈だ!例え、ダビデが消滅したとしても──』

「それは貴様らの規格(スケール)の話だ。大神の勝利の加護を担ったダビデが消えことで私の手は空いた。その分だけを勘案すれば、そうだな……後3分程度はかかったろうよ。だが、加護による概念拡充を果たした奴の攻撃力がなければ──そもそも私は貴様らの攻撃を防ぐ意味もあるまい。術式の邪魔になる程度は振りほどくが、それ以外は全て余力なのだからこうもなろうさ」

 

 こう、といって彼女はあえて己ではなく天を指し示す。

 だが、その指の動きに釣られるものは居ない。それも当然だろう。魔神の語り口を聞けば、ダ・ヴィンチの焦りに気づけば、わざわざ指でさされずとも、誰もが空を見上げただろう。

 

 星々の光をも呑み込み、宙に輝くのは光の輪。その眩さは、先程までとはまるで別。

 膨大なエネルギーを加速・収束させたその整然とした輝きを見れば、当初に展開したソレが如何に未完成だったかが見て取れるほど。

 

「熱量自体は足りていた。光帯収束環がない現状で私一人で回すには少々骨が折れたが──」

 

 独白する魔神は最早愉悦を隠そうともしない。

 

「──ソレだけの意味はあった!第三宝具の完成を以て、この霊基はより強固なものとなったッ!──そして、最早出力を絞る必要はない」

 

 最初は高らかに、そして最後は静かに魔神は宣告する。

 その言葉の意味にはっとした装者たちが、英霊たちが動き出そうとする刹那。魔神の姿が掻き消えた。

 

「消、え──ッ!?」

「消え失せよ」

 

 驚きつつも戦闘姿勢を維持しようとした翼が、魔神の指先に弾かれビルに叩きつけられる。

 

「ぐ、あああ────ッ!」

「翼さんッ!?こんのぉ……ッ!?」

 

 翼が為す術なく吹き飛ばされた姿を目にした響は、魔神の凶行を止めるべく拳を振り上げ──そこで静止する。

 何があったかと己の拳を見れば、そこには魔方陣による拘束術式が展開されておりピクリとも動かない。

 

「く、ぅ……ッ!こんな、もの──」

「解けまいよ。大神の槍を抱いていようと、破魔の概念を持たぬのではな」

 

 魔方陣を力づくで破壊しようとする響の前に魔神が一瞬で出現し、攻勢魔術を放つ。

 拘束術式に気を取られていた響が、先程より火力が向上したソレを受けきれる余裕があるわけもなく。

 

「やらせない、ここは私が!」

「ベディヴィエールさんッ!?」

 

 それが響に直撃する刹那、ベディヴィエールが盾となるようにと響の前に割り込む。

 守護の誓約を己が胸中に掲げ、その身を厭わず絆の聖剣を使い火力を相殺せんとし──そして、諸共に吹き飛ばされた。

 

「う、ああ────ッ!」

「こ、れほど、とは……!」

 

「2人共ッ!?」

「お前も共に行けッ!」

「──ッ!?……ぐッ!」

 

 爆炎に呑まれた2人に一瞬集中を乱したマリアが、魔神に軽く、としか言えない動きで蹴飛ばされる。

 先刻までの打撃とは全くエネルギー量の異なる蹴撃を受け、マリアの身が宙を舞う。やがて浮遊していた肉体は響達の元へと墜落し、小さく呻き声を上げて倒れ伏す。

 

「ち、っくしょうがッ!ブリュンヒルデ、合わせろッ!」

「ええ、ウルの弓よ、その鏃に力を──」

 

 クリスが怒声と共に大量のミサイルを展開し、ブリュンヒルデが己を厭わぬ程の原初のルーンを中空に示す。

 

「吹き飛びやがれッ!」

 

 放たれた弾頭の全てにルーンが刻印され、通常を大きく超える火力のミサイルが魔神の頭上に降り注ぐ。

 だが、それを見ても魔神は全く慌てる素振りを見せる様子はない。

 くん、と指を指揮棒のように動かす。瞬間、魔神の周囲に一瞬で展開された魔方陣が全てのミサイルを捉え、ピタリと静止させた。

 

「ッ、そいつはさっきの……」

「返すぞ、受け取れ」

「!いけない──」

 

 ブリュンヒルデが即座にルーンの防壁を展開するのと同時に、全てのミサイルが矛先をクリスたちに向ける。

 

「くっ、そぉッ!案山子みたいに食らうもんかよッ!」

 

 悪態を吐きながらも、クリスは咄嗟にギアをガトリングへ変形させ弾幕を放った。

 吐き出された銃弾が、戻ってきたミサイルの弾頭の悉くを撃ち抜く。瞬間、爆風が2人を飲み込んだ。

 

「ブリュンヒルデ、クリス!」

 

 土煙の向こうに消えた2人に、たまらず立香が叫ぶ。

 やがて立ち籠める煙が晴れた時、クリスとブリュンヒルデは折り重なるように倒れていた。意識は残っているらしく、呻き声が僅かに耳に届く。

 ルーンによる防御をしていたからか、或いはミサイルを事前に迎撃できていたからか傷の度合いは他の面々に比べればまだましといったところである。

 だが、それでも原初のルーンによる強化を受けたミサイルの爆風を正面から受けた事による消耗はとても小さいとは言えなかった。

 

「2人も……そんな……!」

『~~、先輩、退避してください!』

 

 先程までは辛うじて渡り合えていた糸が途切れるのを感じ、言葉を失う。マシュからせめてその場から離れるようにと懇願されるも、その光景を前にしては立香は動くことが出来なかった。

 今彼女が動けたとしても無意味だったろう。立香はどだい戦える人間ではない。礼装などのサポートがあって辛うじて半人前の魔術師である彼女が、この場で逃亡しようとしてどれ程の意味があるだろうか。

 それに──。

 

「……これで、あとは貴様だけだ、カルデアのマスター。あの錬金術師は失せたようだが、ある意味賢かったか?」

「!違う、キャロルは逃げたりなんかしてない!何か考えがあるに決まってる!──だから、わ、私が相手だ!」

 

 魔神からぶつけられた言葉に、立香ははっと意識を切り替え間髪入れずに叫ぶように答える。そして己の口から発した言葉に勇気づけられ、立香は改めて大地を踏みしめる。

 そう、この場から逃げることは生きるためにはならないと彼女は経験から察していた。きっとまだ、みんなこの状況をどうにかするために動いている筈だと確信していた。

 だからこそ、逃げない。どだい彼女の足では逃げ切れるものではない以上、魔神と対峙してでもこの場に釘付けたほうがいい。そんな思いから、立香は魔神に啖呵を切った。

 

 無謀を通り越した立香の愚行に、魔神は目を細める。

 

「そうか。──では、死ね」

(あ、まずい。──でも、どうにか、躱せれば──!)

 

 カッと目を見開き、焼却式の輝きが立香を覆う。

 咄嗟に躱そうとした立香も間に合いそうになく、マシュの悲鳴が通信機から届く、その刹那──

 

 ──戦場に一つの影が降り立った。

 

 

 地面に倒れ込み目を瞑っていた立香は、自分が熱を浴びていないことに気づいた。

 これが天国か、なんて場にそぐわぬのんきな感想が胸中に飛来するも、直ぐに状況を理解した。何のことはない、魔神の炎が何かに遮られていたのだ。

 

(あれ……?何かって、何?)

「ふ、ふふふ……きた、来たともッ!」

「!?」

 

 恐る恐る目を開いていた立香の耳に届いた声に、意識が一気に覚醒にまで持ち込まれる。

 サーヴァントという濃い人間たちと付き合う立香でもなかなか類を見ない、所謂ステレオタイプなマッドサイエンティストと英雄性をかけ合わせたその声。聞いて間違えようもない、独特なその言葉。

 

「貴様──」

「おっとぉ?イライラしてる?カルシウム足りなそうだもんねえ、ミルクでも飲んだほうがいいんじゃないかなぁ──何よりお菓子に合うからねッ!」

 

 魔神の苛ついたような声を全く意にも介さず、己の独特なペースで会話を運ぶ。それだけを聞けば、先程まで戦っていたダビデと同じ様に聞こえなくもないが、しかし彼の言葉を聞けばいっそ正反対とすら言えるだろう。

 

『ちょっと、フロンティアの制御は──』

「ああ、そのこと?大丈夫大丈夫、さっき後任が来たから。──そんなことよりッ!魔神の切り札がお目見えて、味方は全滅、それでも作戦を信じる1人の少女──その危機を守るこの僕を、なんて呼ぶのか、だって?そんなの、誰でも判るに決まってるッ!」

 

 ダ・ヴィンチの咎めるような声を受け流し、ドヤ顔で魔神と相対するのは1人の男。

 黒く変色した腕は極端に肥大化し、魔神の炎を受けて焼け焦げ崩れ落ちていく。だが、崩れた腕の中からは、新たな腕がすでに再生を始めている。

 その再生力──否、その増殖力こそがかの聖遺物の特徴。暴食の果てに巨躯を顕し、食欲を満たすためには相喰らうネフィリムの力。

 

 

「──今の極限が証明してくれたッ!そう、僕は真なる英雄────ドクタァアアアア、ウェルゥッ!」

 

 

 魔都の守護天として復活し、そして世界を救うという名目のもとで主を裏切った『英雄』──ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスは、かつての主たる魔神に堂々と反旗を掲げ立ち塞がった。

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