SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order   作:222+KKK

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第17節 偽冠魔詠宮殿プセウドモナルキア(4)

「ウェルキンゲトリクス……今この場で唯一の、この世界の英霊か。こんなところで堂々と姿を晒していいのか?不意討つにはもっと適した機会があるだろうに」

 

 目前に立つ、貧相とも呼べる学者然とした男を魔神はじろりと睨めつける。

 筒抜けとばかりに己の目的をピタリと突きつけられたウェルは、それでも何処吹く風とばかりに笑う。

 

「はぁん?いやいや、考えを改めたんだよ。考えてみれば不意討ちなんて十把一絡げの英雄の所業──この星の代表英雄として、そんな真似なんてとても出来ないとねッ!」

「言ってることムチャクチャだぞこいつ……」

 

 この世界でウェルの語りに散々付き合わされていたクリスがため息を吐く。

 そんなクリスには一瞥も与えず、ウェルは腕を元の大きさに戻し、その指先を胡乱げな眼で見つめてくる魔神へと向ける。

 

「ああ、勿論君の考えは手に取るように判っているとも。今更僕の1人や2人、だなんて思っているだろうことはね」

「…………」

 

 唐突に何をいい出したのか、ウェルは魔神が何をか言う前に自分の言葉に浸るように語り続ける。

 彼を見つめる目線がますます胡乱げになるが、それを気にすることもない。

 

「だけどッ!そう、僕には必勝の秘策があるんですよッ!この状況をひっくり返す策がねッ!」

「──、では死ぬがいい」

 

 だが、そんな魔神もウェルの次の言葉に眼差しを尖らせ、間髪入れずに術式を展開する。

 先程はネフィリムの耐熱性によって防がれたことも考慮に入れた氷結の術式に、堂々と宣言したウェルのドヤ顔が一瞬で崩れ引きつる。

 

「ひぃッ!?ちょっと、誰か僕を守ってくれないんですかッ!?」

「ええッ!?もう、調子が狂うわねッ!」

 

 ウェルの悲鳴に、苦虫を噛み潰したような表情でマリアが駆け寄りアガートラームの短剣を用いて光の盾を展開する。

 短剣3つを頂点とした防御膜は、しかしエネルギーの規模が違いすぎて当然だが長くは持たない。だが、その僅かな隙で現状は十分だった。

 

「──やらせるかよぉッ!おらウェル、爆風はテメエで凌げッ!」

「ッ!ガサツな割に意外と気が利くねッ!」

「余計なお世話だッ!」

 

 クリスの巨大ミサイルが、マリアのシールド直前に着弾する。絶対零度に近い状況では自発的な発火に至らないそれを、光で造られた二の矢が貫いた。

 瞬間、爆轟が辺りを飲み込む。いかにその冷却魔術が優れていようと、熱力学の観点で見ればミサイルの熱量が氷結魔術を超えて周囲を加熱するのは当然のこと。それ以上の冷却効率も与えられなくもなかったが、魔神は効率を悪くしてまで必要以上の効能を魔術に求めてはいなかった。

 

 そして勿論、そんな爆炎の中でも彼ら彼女らは無事であった。

 轟々と燃える炎から生み出された黒煙を突き抜け、3人が一塊になって飛び出てくる。炸裂する瞬間に場所を入れ替えていたウェルが立香とマリアをかばうように爆煙を防ぎ、次いでマリアが2人を抱え一気に後退したのだ。

 

「た、助かったぁ……。ありがとうマリアさん!」

「おいおい、最初に助けた僕にお礼はないのかい?」

「いいわよお礼なんて言わなくて。それよりドクターは自分で歩いてッ!というかさっきの氷、ネフィリムの炎で相殺できなかったのッ!?」

「それやると後ろにいたカルデアのマスターが僕の熱量に耐えきれないだろうッ!?」

「ごめんなさい!ウェル博士もありがとう!」

 

 わちゃわちゃと会話をしながら、それぞれで立ち位置を定め直す。

 立香は後ろに、ウェルは中衛に、マリアが前衛に立つ。そしてベディヴィエールと響、翼がマリアの横に並び、ウェルの横にはブリュンヒルデが立ち、クリスが立香に足並みをそろえる。

 

「立て直しも速いか。随分な回復速度だ──ルーンか?随分と無理筋を通すものだ」

「それで戦場を立て直せれば、戦乙女の、御父様の面目も立ちましょう」

 

 ブリュンヒルデは動揺一つ見せず、怜悧な声でそう断ずる。その態度に、魔神は不快げにふんと鼻を鳴らす。

 

「だが、今更立て直したところでどうにもなるまい。よもや、ダビデ王の次はそこのイカレの言葉を信じるとでも?」

 

 信じられないとでも言わんばかりの目線を向ける魔神。

 確かに、魔神の言うようにドクター・ウェルは己の歪んだ欲望に走る狂人としての側面を持っている。それを指して信じられるのか、と問われれば彼女たちは答えに窮するだろう。

 だが──。

 

「──信じますッ!ウェル博士ができるって言ったら……良くも悪くも出来ちゃったりするのでッ!」

「……まあ、そうね。どちらにせよ絶対に間違っていると確信できない限り、私達にとってドクターの言葉は縋るべき藁も同然ッ!」

 

 響がまっすぐ言い返す。その言い分もどうかと思ったマリアは微妙な表情を浮かべながらも、すぐに切り替え不敵な笑みを見せる。

 

「藁扱いはどうかと思うけど、まあヨシとしようかッ!それで、君の妄言では僕らの硬い結束は解けやしないみたいだけど、ここからどうするんだい?」

「戯言を……!」

 

 いけしゃあしゃあと言ってのけるウェルに魔神は信じられない、どころかいっそ不可思議なものを見る目を向ける。

 

(この状況で勝つ気でいるだと?だが、ここから奴がどう足掻いたとしても奴自身の勝利に繋がる可能性は僅かにも在るはずがない)

 

 この状況で、ウェルに逆転の術がないことは魔神自身がよく理解している。

 例え深淵の竜宮を取り込んだとしても、それで今の世界そのものと一体化したと言っても過言ではない魔神を滅ぼせる道理はない。

 だが、とふと魔神の脳裏に一つの可能性が去来する。

 

(……いや、無いわけではない、か。だが……いや、やはり有り得ん。今更その方法に手をつけても意味がない)

 

 魔神は自身の空想をそれこそ戯言とばかりに片付ける。

 一応可能性はゼロではない、それほどまでにウェル……というか、ネフィリムは強力な聖遺物だ。だが、それをするにはウェルは機を逸していたと魔神は断じていた。

 

(そも、奴は己の願望に固執しすぎている。この状況をひっくり返せても、それが奴の勝利に繋がらなければ──)

 

 そんな手段を採ることはない。そう考え、しかしと魔神は改めて今までの状況を思い返す。

 今まで敵対してきた装者も、カルデアの魔術師たちも。その誰もが、魔神にとって不合理な道を選んできた。

 例え狂信的なまでに己の為だけの信仰を掲げる男であったとしても、そういった不合理を選ばないと断じれるだろうか。

 

 かつての魔神であれば断じれた。数式と術理、基盤と法則に則った合理の化身である魔神は断じただろう。だが──。

 

「……いいだろう。であれば、確実な手段を取るとしよう」

 

 魔神はその言葉とともに、完成も重力も振りほどきスッと宙へと昇っていく。

 

「何を──ッ!」

『って、まさか──いきなり!?おいおい、それは霊基を強固にするために頑張って作ったんだろう!?いきなりぶっ放すやつがあるか!?』

 

 空を見上げる翼の耳に、慌てたようなダ・ヴィンチの言葉が届く。

 一体何が起きたのか、そう彼女が問いかける前に畳み掛けるように通信が入る。

 

『光帯、熱量の収束を確認!第三宝具が──人理の熱量が放たれます!先輩、先輩!逃げて──』

『この熱量──かつてのネフィリム・ノヴァ以上かッ!?いかん、退避しろッ!』

 

 マシュの切羽詰ったような叫びに、動揺を隠そうともしない弦十郎の声を聞き、翼は何が起きるのかを理解した。

 

「──まさか貴様、光帯を────ッ!?」

「放つとも。確かに構築には手間取ったが、一度術式を作れさえすればどうということもない──貴様らが対抗できない絶対の熱量で焼却してやろう」

「そんな──」

 

 無慈悲な宣告を突きつける魔神に、少女たちは思わず息を呑み立ち竦む。だがそれも無理らしからぬことだろう。彼女らの頭上、遥か高空に輝く光帯は大陸に比肩する巨きさだ。

 純粋に巨大極まるその熱量が放たれれば、魔神の言う通り彼女たちにはもはやどうすることも出来ない。事ここに至っては逃げることすら不可能だろう、それほどの規模であった。

 

 ────だからこそ、その光の収束が始まったことを確認した時。この場で1人、ドクター・ウェルは笑みを浮かべた。

 

「──いいぞ、狙い通りだッ!さあレディ、僕をあの無駄にキラキラしい輪っかより上まで飛ばせッ!」

『言われずともだッ!』

 

 ウェルの言葉を合図に、キャロルがウェルの宝具たるフロンティアのコントロールパネルに手を当てる。急な動きに呆然とする面々を尻目に、フロンティアはそのコアを強く輝かせた。

 そしてその瞬間、フロンティアから膨大なエネルギーが放たれた。

 

「これは──ドクターッ!?一体何を……」

「ハァーハッハァッ!僕を余り侮るなよ、魔神ッ!言ったろう、この状況をひっくり返す策があるってッ!」

「……貴様、まさか」

 

 困惑するマリアの言葉をガン無視し、ウェルは高笑う。そして彼の口から出てきた言葉は、魔神を確かに動揺させた。

 そうしている間にも、フロンティアから放たれたエネルギーはまるで腕のような形を取り、ウェルを包み込み一気に宇宙へと押し上げる。

 恒星間航行すらを可能とするフロンティアが全力で稼働すれば、月すらも動かすことができる。その力が月より遥かに小さな質量しか持たないウェルを押し上げればどうなるか。

 

「ウェル博士が──」

「空へ……ッ!?」

 

 響と翼が呆気にとられたように、天高く進むウェルを見送る。

 

『ど、ドクター・ウェルの速度、第一宇宙速度に到達ッ!?静止衛星軌道──光帯の上部で安定しましたッ!』

『信じられん、サーヴァントは宇宙空間でも問題ないのか……ッ!?それにしても、何をするつもりだッ!?』

 

 ウェルの考えを全く聞かされていなかったらしく、S.O.N.G.からは混乱した様子の通信が聞こえてくる。声こそ届かないものの、カルデアでも同様だろう。

 

『……成程、そういうことか』

「ホームズ?」

 

 そんな中、何かが解ったというような呟きに立香が反応する。

 盾になるでもなく、むしろ光帯の射程外へと脱するようなウェルの行為に一体どういう意味があるのか。それを見出だせていないのだろう疑問符を頭に浮かべる立香に、ホームズは1つ頷いて話し始める。

 

『この絶体絶命の状況下で、光帯を凌ぐ手段は確かにある』

「……それって、マシュみたいな?でも、あれは──」

『マシュの場合は物理に依らない強度によるものだ。ネフィリムが概念防壁の機能を持たない以上、あの熱量は防げないだろう。私は最悪、ドクター・ウェルにフロンティアを使って重力変動を引き起こさせて熱線を逸らせるだけ逸してもらうように考えていたくらいだが……』

 

 と、そこで僅かに言葉を濁したホームズの目線は魔神へと向けられる。

 今の魔神は明らかに動揺、というより寧ろ空高くに舞うウェルを憎々しげに睨みつけている。それは、光帯の砲口と真逆まで移動したウェルがまるで魔神の邪魔をしているかのように。

 いや、確かに邪魔をしているのだろう。どうやって邪魔をしているのかは不明にせよ、魔神は確かに光帯を放とうとはしていない。

 

 そんなウェルの様子に、立香は恐る恐る口を開く。

 

「……えっと、発射を邪魔するってこと?」

『それも違う。発射の手順を開始した光帯を押し止めるなんて真似は魔神にだって不可能だ。今はどうにか加速度を抑えているようだが、いずれ放たれる事実は覆らない』

「──まどろっこしいなッ!さっさと答えを言えよッ!」

 

 答えを言わないまま会話を続けるホームズに業を煮やしたクリスが怒鳴りつける。

 

『そうだね、では答えをバラそうか。……魔神が自分から照準をそらせばいい、それだけの話さ』

「照準──それって、まさかッ!?」

 

 なにかに気づいたように、響が最早肉眼では見えないだろうウェルを見上げる。

 本来なら焦点も合わせられないだろうが、しかし続々と見上げる彼女たちはウェルに視点を合わせられた。──それほどまでに、ウェルが物理的に輝いていたのだから。

 

『ドクター・ウェルの熱量及び質量、上昇していきます!これは──魔都ホドでも見せた、宝具によるネフィリム化──』

『だけじゃないみたいだね。とんでもない熱量だ、これはまずいぞ!?』

『これは──だが何のために……いや、まさかッ!?』

 

 今度はカルデアから困惑と動揺の声が通信越しに届く。一方、S.O.N.G.はその状態に心当りがあったのだろう、皆一様に冷や汗をかいていた。弦十郎の叫ぶような声は、混乱と言うより焦りを伝えてくる。

 そんな弦十郎たちに何があったのかを問い詰める前に、空にいるウェルが朗々と喋りだした。

 

 

「いいぞッ!これこそ英雄の晴れ舞台ッ!さあ魔神──君が逃げれば、この世界は粉々だッ!」

「──────えっ?」

 

 

 宇宙にいるウェルから唐突に、世界の滅亡を告げられる。宇宙からなのに何故か届いた余りにも急な宣言に、立香が理解できないようにそれだけをポツリと呟いた。

 だが、その言葉にいよいよ魔神は嫌悪を全く隠さない程に感情を顕にした表情を見せた。

 

「──対処をする以外の時間はない、か。貴様、まさか最初から──」

「そうとも!さあどうする?今の僕は取り込みまくった聖遺物を端から端までネフィリムに注ぎ込んでるぞッ!」

 

 魔神にウェルが答えるその間にも、その身を肥大化したネフィリムがウェルの腕は愚かその全身すらも取り込み、また膨大な熱量を湛えることを示すかのように真紅に輝いている。

 そして、その肉体は既に魔都を取り込んだ時をも超えて、なおも巨人の成長は止まらない。

 

『今のドクター・ウェルは──ネフィリムは、際限なく同族を取り込み、成長を続ける巨大構成体(ギガストラクチャ)だ。だが、そちらの世界が物理法則を前提にしている以上、その構成には限界が生まれる。そうなった時──』

「──いずれ炉心融解を起こすッ!そしてそこで放たれるネフィリムの炎は、君の御自慢の結界を物理的に吹き飛ばせる大火力だッ!」

 

 今にも崩れそうなほどに、はちきれんばかりに肥大化しているネフィリムの赤々とした光は今や恒星の如し。貯めに貯めたエネルギースケールは惑星をも焼き滅ぼせる程であり、天に座す光帯にも引けは取らないだろう。

 だが、この世界に法則を敷く魔神が懇切丁寧に調節して組み上げた光帯とは異なり、ネフィリムのそれは増殖炉に後先考えずに燃料を注ぎ込まれた結果誕生したもの。

 そして、それが今も肥大化を続けているということは──いずれ新星のごとく膨張し、魔神諸共この世界を道連れに大爆発するということに他ならない。

 

 ──たとえ、ウェルが本当にそれを実行するかは不明だとしても。世界を焼く力を向けられている以上、魔神に止めないという道はなかった。

 

「────おのれ、おのれッ!何故その道を選ぶッ!それは貴様の勝利ではないはずだッ!」

 

 絶叫するような魔神の声と共に、光帯は矛先を変える。地表に居る蟻の如き魔術師、英霊、装者から、空に浮かぶ炎の巨人へと。

 ネフィリムの炸裂は間近。生中な術式では防げない以上、魔神は同規模のエネルギーで相殺する他ない。

 星を焼く巨人には、星を焼く光を。人類世界を容易に滅ぼせる大火力には、人類終了を告げる光帯を。

 

「答えろ、ドクター・ウェルッ!!貴様のような下劣な人間が、何故────己を捨てる選択ができるッ!?」

 

 最早止められない程にその熱量を収束させた光帯を掲げた魔神は、悍ましいものを見たかのような顔でウェルを詰る。

 それは、ある意味ではウェルを知るものなら大なり小なり思うことだろう。自己中心的で異様なほどの前向きな不屈さをもつ狂人──そんな彼というパーソナリティについて触れているなら、それこそ誰もが魔神に近しい思いを抱くだろう。

 だが──たとえそのパーソナリティが正しいのだとしても。どれほどまでに歪んでいるとしても──。

 

「ドクター……貴方は…………ッ!」

 

 ウェルの選んだ道を理解したマリアは、一言では表せぬ感情をそのまま表情に浮かべる。

 それはまるで、生前の彼が世界を救うために命を捨てたときの────命を捨てる彼を、ただ見送ることしか出来なかった嘗ての自分と同じ表情。

 

 ドクター・ウェルは狂人で、卑屈で、前向きで、自己中心的。どう言い繕うとも人間性が平均を大きく下回っているとしか表現できない程のトラブルメーカーだ。

 だが、末期を看取ったマリアは知っていた。彼がどんな人間か、その心に何を渇望しているのか──彼が、一体何になりたかったのか。

 

 

 

「命を投げ捨てる理由ゥ?そんなの決まってるだろうッ!?────英霊として召し抱えられたこの僕こそ、この世界の真の英雄だからさッ!さあ、死ぬ気で世界を守ってみせろ魔神────

 

────『全てを喰らい、終末を齎せ(トリリオン・ノヴァ)』ッ!」

 

「ぐ、この────ニンゲンがァッ!消し飛べ────

 

────『誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの(アルス・アルマデル・サロモニス)!」

 

 

 

 堂々たる真名の開放とともに、ウェルの宝具が起動する。

 それは世界を滅ぼす大火、神の放つ裁きの業火。最終戦争(ハルマゲドン)とはこの輝きであると言わんばかりの一兆度の炎が、ネフィリムという枷から解き放たれた。

 

 迎撃するのは光束の帯。ソロモンたる魔神が持つ第三宝具。

 歴史を燃やし、想い出を燃やし、星を燃やして創り上げた比類なき熱量の権化たる光帯はしかし、惑星を容易に焼却するネフィリムの炎と相殺するために放たれた。

 

「──不味い、眼を閉じて屈んで!」

 

 ベディヴィエールの叫びと同時に、巨人の業火と魔力の奔流が衝突する。その瞬間、世界は白一色に染め上げられた。

 カルデアやS.O.N.G.のセンサーすら一瞬で焦げ付く光熱を前に、ベディヴィエールの言葉を聞いた面々は皆一様に地に伏せ、その目を手で覆うことで難を逃れることが出来た。

 とはいえ、ネフィリムの炎の大半は光帯が迎撃したにせよ、そもそもの攻撃範囲が違う。収束の一撃たる光帯ではネフィリムの炎全てを遮れず、受け流された炎が宇宙を朱々と照らし上げ、その炎から発せられる熱はまるで世界が砂漠になったかと思わせんばかりに地表の温度を引き上げている。

 

 そしてそんな状況がいつまでも続くわけもない。あるいはそれは一瞬だったのかもしれない、そう思わせるほどに唐突に熱が止み、光が収まる。

 

「……終わった、かな?ウェル博士は……!」

 

 恐る恐ると目を開けた立香は空を仰ぎ見、絶句した。

 

「──は。ハハハ。……様見ろ、英雄などとは笑わせる」

 

 心底可笑しそうに、魔神が嘲笑をぶつけるその空には、先程までの輝きはない。熱を失い、その全身が黒く炭化したネフィリムがゆらりと墜落する。

 衝突直前にフロンティアから重力制御が掛けられたことでどうにか軟着陸したその巨体は、しかし最早耐えきれないというように地に触れた端からボロボロと崩れ去る。

 

「ぐ、ぅ────」

 

 その心臓部から這い出るようにして現れたウェルは、その肉体の端から魔力の粒子へと転換されていく。

 膨大な魔力行使、宝具の暴走と自爆──壊れた幻想をその全身に浴びては、霊核が保つはずもない。むしろ今その身が辛うじて形を保っているという事実こそ、ドクター・ウェルの精神の強さを示しているとすら言えるだろう。

 

「どうした、先程までの威勢はッ!ハハハハハハハハハハ」

「よく言うよ……君の宝具、使わせたんだぜ?だったらもう……」

 

 先程までの憤慨は何処へやら、機嫌良く高笑う魔神にウェルが弱々しく笑う。

 だが、魔神はそんなウェルとは対称的な悪意に満ちた笑みを見せる。

 

「それはどうかな?」

「テメエ、そりゃどういう──ッ!?」

 

 勿体ぶった魔神にクリスが怒鳴りかけるが、その言葉は途中で止まる。

 そんな彼女の目線が向けられていたのは、中空に浮かぶ魔神──その背後たる宇宙。何もかもが消えたはずのそこに、先程放たれたはずの光帯が徐々に再構築され始めている。

 絶句したクリスを始めとした面々にちらりと目線を投げかけ、魔神はあえて説明するように、絶望させるように語りだす。

 

「先に言ったろう?一度安定術式さえ編めればどうとでもなるとなッ!当然だ、放った魔力は、衝突した熱量はこの世界に滞在するッ!循環機構と化したこの宝具であれば、再び収束させる程度造作もないッ!」

『──くそ、やっぱりか!余りに簡単に手札を切ると思ったら……』

「────そん、な。それじゃ、僕がやったことは……」

 

 ギシリ、と鮫のような歯を見せつけそう告げた魔神に、ダ・ヴィンチが悔しそうな声を上げる。そして消滅しかけているウェルも衝撃を受けたように茫然とした表情を見せた後、ついに立つことすら難しくなったのか項垂れるように俯き膝を付いた。

 

「そんな──そんな、ことって……ッ!」

「……ッ!だとしても、まだだ、まだ諦めるわけにはッ!」

 

 響の絶望するような声にかぶせるように、マリアが半ば空元気のように叫び、腰を落として刃を構える。

 

「マリアさん……」

「そうだ、まだ負けてねえッ!あたしらはまだ、ここに居るッ!」

「……フ、ここに居る、か。可愛い後輩が立ち上がるというのに、人類守護の防人たる私が立てない道理はあるまい──立花、いけるか?」

「クリスちゃん、翼さん……はいッ!」

 

 まだ戦いは終わっていないのだと、負けるわけにはいかないのだと。そんなマリアの態度に触発されたのだろう、クリスと翼も銘々にその手の武器を構える。

 そして翼に手を差し伸べられ、響も力を入れて立ち上がる。

 

「……さ、マスターも……」

「うん──そっか、そうだよね、まだ負けてないよね。私達」

「ええ、そのとおりです。行きましょうマスター、まだ戦いは終わってはいないのだから」

『そうそう、行ける行ける!僕のフロンティアのお立ち台公演もまだまだ終わらないとも!』

 

 彼女たちが立ち上がる姿を見て、ブリュンヒルデが主たる立香に手を添える。

 立香とて新たな友人が、そしてサーヴァントたちが立ち上がるというのに自分だけ落ち込んではいられないと己を勇気づけて立ち上がる。半ば無責任なアマデウスの煽りすらも、今の彼女には頼もしく感じた。

 

「……ふん、蛮勇を見せるか。貴様らにとっての切り札たる英霊を二騎も無駄にして、なお立てるその精神力は褒めてやろう」

「!無駄になんてしてない!ダビデも、ウェル博士だって命をかけて──だったら、無駄になんてするもんか!」

 

 勇ましげに吠える立香を見ても、最早魔神は動じることはない。今再び、光帯の収束を開始し──。

 

 

「──僕がやったことは……無駄な、ワケがないだろうッ!?」

『……ええ、無駄になんてなりませんよ。とてもいい仕事でした』

 

 狂った笑みで叫ぶウェルの言葉に重なるように、年若い少年の声が届く。

 ──瞬間、世界を取り巻くデモノイズの鎖が一斉に両断された。

 

「──何だとッ!?貴様、英雄王──」

 

 光帯に収束すべきエネルギーラインの全てが同じタイミングで寸断されたことに、魔神は思わず通信先から聞こえた下手人の名を呼ぶ。

 だが、それに応えたのは別人だった。明るい少女の声が、S.O.N.G.とカルデアの双方の通信端末から同時に届く。

 

『デデデースッ!結界なんてデストロデースッ!』

『これで、終わりッ!』

 

 魔神が慌てて切断されたデモノイズを修繕しようと術式を展開するが、それに先んじて炎が走る。

 デモノイズや魔神の焼却の炎とも、ネフィリムの純粋な熱とも異なる炎。落陽の水面か朝焼けを想起させるような灼熱はデモノイズの切断面を須らく融かし合わせる。

 歪な癒合を果たしたデモノイズの鎖が空に描く紋様は、先程までの整えられたそれとは天地程も違う。それを認めた瞬間、魔神は歯噛みした。

 

「これは……そうか、やってくれたな英雄王ッ!」

『あはは、やだなあ。ボクは手を貸しはしましたが──頑張ってくれたのは彼女たちで、時間を稼いだのはそこの彼ですよ?正確さくらいしか取り柄がないんだから、せめて功労者が誰かくらいは履き違えないでほしいですね』

「2人が……?」

 

 紅顔に浮かぶ微笑みに、成長後を思わせるような愉悦の音色が混じっている。

 そんな将来が不安になる声音を聞いて、響はぽかんと口を開けた。通信越しで何が起きたのか全くわからないまでも、どうやらゲート近辺に陣取っていた3人──殿として戦っていた面々が何か手を打った結果が今のデモノイズの異変らしかった。

 

『これは──魔神の結界のエネルギー循環に大きな支障が生まれています!今の一撃でエネルギー経路がズタズタにされて、その上無茶苦茶に繋ぎ変えられています』

『あー、何処かで見たと思ったらあのアサシンの手管に近いことをやったのか……世界規模で』

 

 エルフナインの驚く声を尻目に、状況を確認したダ・ヴィンチは乾いた笑みを浮かべる。

 

「ダ・ヴィンチ女史、どういうことです?」

 

 目前の魔神は未だ苛立ちを抑えられていないようで、視界を遠くに飛ばしているのか攻撃をしてこない。

 とりあえず今のうちに状況を理解したいと考え、翼は何かを理解したらしいダ・ヴィンチへと問いを投げかける。

 

『うーん、えっとねー。この世界は魔神ソロモンの肉体であり世界そのものだ。そして無尽蔵な魔力の源泉となる理由は、世界の中で発生した魔力は消費されずに魔都の術式を用いて循環させているから。で、魔術師は魔術を使うときに魔術回路を利用するんだけど、そっちの世界では魔神の血肉たるデモノイズが経路を代替していたわけさ』

「デモノイズが?」

 

 そうだったのか、と素人丸出しに感心する立香。

 

『そうさ。でも魔術回路は繊細なものだ。ただ切っただけなら比較的治癒は容易だろうけど、適当に切って乱雑に嗣いでしまえば、余程丁寧に整備しない限りその回路は使い物にならない』

「ってことは、さっきの切歌と調がやったことが──」

 

『そーゆーことデースッ!ギル君からでっかい剣借りてぶっぱしてやったのデスッ!』

『……地平線と水平線の概念を持つ、神造兵装?って言ってました。イガリマとシュルシャガナの原型だって』

 

 会話に割って入るような通信に、ダ・ヴィンチが成程と頷く。

 英雄王の蔵、バビロンの宝物庫にはそれこそあらゆる武装の原典が入っている。まして彼の時代と地域が近しいイガリマやシュルシャガナがあってもおかしくはないだろう。

 どうやって借りたのか、或いは何故貸したのかは知り得ない。だが他の装者を見てれば、通信先の彼女らもまた何だかんだ最後まで足掻くタイプの人間であることは自ずと想像がつく。であれば、英雄王に気に入られることもあるだろうとダ・ヴィンチは自分を納得させた。

 

『やれやれ、ドクター・ウェルがここまでやってやれるとはね。嬉しい誤算、っていうのはあれだけど──彼は間違いなく、この世界の英雄だったわけだ』

(……だが、第三宝具は半端にだけど再装填はされている。魔神が回路を修復しなければ勝機はあるとは言え、未だ予断は許さない。回路修復の間宇宙に逃げられてはいくら何でも追いつけないだろうし──)

 

 魔神を攻略するにはまだ課題は多い。それでもウェルの覚悟が、英雄としての矜持が確かに魔神の世界に亀裂を入れたことをダ・ヴィンチは称讃した。

 

 

「────ぃようしッ!(ザマァ)見ろ魔神ッ!どうしたどうした、さっきまでの威勢はァッ!?」

 

 そしてそんな会話をほっぽって、消滅しかけたウェルが魔神へと近づき嫌らしい笑みをうかべる。

 

「貴様、消えかけの分際で──」

「おっとぉ、イラつくってだけでわざわざほっといても消滅する僕に手を下すのかい?回路ボロボロ循環異常、無駄にエネルギーを使うことが君に出来るかッ!?」

「──ッ!!」

 

 図星を突かれ、魔術を展開せんとした己を律する魔神。

 今、魔神の作った固有結界は循環の理がデモノイズと共に破綻している。これを修復しない限り、魔神の力にはいずれ限界が訪れる。

 それでもS.O.N.G.カルデア連合のほうが先に力尽きるだろうが、修復のための魔力を考えれば無駄遣う余裕が無いのは事実だった。

 勿論、ウェルはそれを承知で盛大に煽ったのだが。

 

 やがて、魔神を馬鹿にするためだけに居残っていたウェルの霊基にも限界が訪れる。

 

「おっと、そろそろ僕はお役御免だなッ!僕の英雄性を否定できないまま僕の勝ち逃げを精々千里眼で見送るんだねッ!ハハハハハハッ!いやぁ正英霊らしからぬと解っていても、嫌がらせは何処までも飽きが来ないッ!」

 

 盛大に高笑いするその身の大半が魔力へと還元されていく。

 その様を憤りながらしかし、合理を尊ぶ魔神はウェルが言う通り見送るより他に取るべき選択はない。

 

 

 だから────それが起きたことに、何より動揺したのは魔神だった。

 

 

「──おんやぁ?」

 

 

 消滅しかけていたウェルの、その口端から血が垂れる。

 それを見ていた誰もが、唖然とした表情を対峙していた2人へと向ける。

 

『──有限のリソースを使ってまで、わざわざ……?』

 

 マシュが思わずと零した言葉に、魔神はビクリと肩を震わせる。

 その腕はウェルへと向けられており、その指先には丁寧に編み上げられた魔方陣が展開されている。

 

『ドクターッ!?この、死体蹴りとはみっともないデスよッ!?』

「────何故……私は……?」

 

 切歌の言葉に耳も貸さず、魔神は己がやった事実に困惑する。

 その様子に、通信先のホームズは訝しげにふむ、と唸った。

 

(合理を優先するはずの魔神が、己の感情を優先する。それ自体には違和感は少ない。かつての神殿の崩壊とともに、魔神たちは感情を得たのだから。だが、それは逆説的に今の行動が"魔神が得た感情"に沿った行為でなければならない筈……)

 

 未だに、彼らはソロモンを名乗る魔神がどんな感情を、どんな理を得たのかは把握できていない。

 嘗て戦った魔神バアルは復讐心、アンドラスは生存への執着、フェニクスは死からの開放を望み、それに沿った行動を取っていた。

 彼らは獲得した欲求に沿った行動の果てに、魔神としては不合理な選択すらしていたことがある。であれば、今の行動は魔神の真の目的を推測する手掛かりの1つ足り得る。

 

(……だが、当の魔神はそれを起こした理由を理解していない。となると、あの魔神は己の得た感情を誤認しているということに──)

 

「……ゴホッ。ああ、そういうことか」

 

 現状を整理しているホームズの耳に、いよいよ消滅せんとするウェルの声が届く。

 一体誰に向いた台詞なのかもわからないその言葉は、しかし確かに魔神へと向けられている。

 

「貴様、ウェル……。何を知っている、私が──」

「──ああ、末期にこういう言葉を言うのも、悪く、ないか」

 

 縋り付くような感情を滲ませた魔神の言葉も、最早ウェルの耳に届いている様子すらない。

 

「ふ、ふふ……召喚された時、そう言えば、一応暫定少女の味方だとも言っていましたねぇ……」

「何がいいたいッ!?貴様、私の何を知っているのか答えろと言っているッ!」

 

 激昂する魔神。ウェルに届かないと解っていて叫ぶその姿は隙だらけだったが、しかし誰も攻撃しようとはしない。

 彼女たちの表情を見れば、それが魔神の真の目的を知れるという打算的な考えからではないだろうことはよく分かるだろう。

 ただ、先程まで圧倒的な力を見せていた魔神のその姿が、魔都から去るときに僅かに覗かせた表情を思わせる魔神の様子が、余りにも等身大に見えてしまっていたから。

 今の魔神と、ただ諾々と戦うべきなのか──そう思ってしまっていた。

 

 ──そして、次のウェルの言葉に見守っていた全員が度肝を抜かれた。

 

 

「愛、ですよ。誰かの為を思い、動く感情、それ、こそが──」

 

「────何、を……?」

 

 その言葉に、魔神は静止した。

 ウェルは既に周囲を認識していない。ただ己の感情に正直に、彼が思ったことを吐き捨てていくだけだ。

 お為ごかしでも、魔神を混乱させようとする妄言でもない。あくまで彼が今思ったことを、率直に伝えているだけのこと。

 

「は、はは……敵も味方も、構わず導くなんて……やっぱり、僕は、英雄……」

 

 それが限界だった。それが、魔都の守護者として召喚された彼の最期の言葉だった。

 混乱する魔神を置いて、動揺する少女たちを残し。

 

 この世界で生まれ、育ち、死に、英雄と成った男。サーヴァント・ライダー、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスは、その霊核の消滅とともに、戦いの舞台から姿を消した。

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