SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order   作:222+KKK

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Interlude.II 翠刃と紅刃と少年王

「ねー、ギルってば昔の王様なんデスよね?」

「どうしました、急に?」

 

 決戦から時をさかのぼり、英霊と装者の各ペアが魔都へと旅立った頃。

 ギャラルホルン通信神殿の防衛ということで配されていた切歌から唐突に問いかけられる。

 やたらとなれなれしい口調も彼女の在り方に反するようなものでもない、悪意の無い子供のものだからと今の自分の見た目を差し置いて受け流した子ギルは、その質問の意図が何処にあるのか首を傾げた。

 

 子ギルの内心を知ってか知らずか、切歌は恐れ知らずにテヘヘと笑う。

 

「いやあ、単純にギルのことはあんまり知らなくてデスね……。ザババが昔のシュメールってとこの神さまってのは薄ぼんやり知ってるんデスけど、ギルってザババと昔関わってたのかなーって」

「切ちゃん、失礼だよ」

 

 調は尚も軽い口調で話す切歌を嗜める。

 相手は太古の王として君臨したという英雄という話であり、であれば(少なくともあまり相手を知らない今は)敬語で話すなりしたほうが良いのでは、と調はジッと訴えかける。それが例え、装者で最も小柄な調より尚10cm以上小さい見た目の少年が相手だとしても、だ。

 言われてみればと思ったのか視線に耐えられなくなったのか、切歌は慌てて居住まいを正す。

 

「で、デース……。え、えーと……昔の王様でアラセラレルんデスしたよね?」

「あはは、無理に敬語にしなくてもいいですよ。今のボクはこんな霊基ですし」

 

 なるべく慮ろうとした結果ひねり出された敬語らしき言葉に子ギルは軽く笑う。

 

「間違いなく王でしたよ。それでザババは──ボクとはあまり関わりがないんですよね。持っていた二振りの刃は優れた宝剣ですから、ボクの蔵に入っていますけど」

「二振り……イガリマとシュルシャガナが?」

 

 そう言えば、と調は初対面の時を思い出す。彼は欠片とは言えイガリマとシュルシャガナを担うことを合格点、と評していた。偽物ではなく真作に認められているから、と。

 

「はい。とはいっても、こちらとボクらの世界では与えられた概念が違うので厳密に同じ武器であるとは言えないですけどね。もっと言えば原型であってそれそのものとは言い切れませんし」

「へー、そういうものなんデスね。アタシたちは今まで行った平行世界だと大同商事って感じでみんな似たり寄ったりって感じだったデス」

「大同小異、だよ。切ちゃん」

 

 そうデスっけ?とてへりと笑う切歌。

 

「それにしても、限られた能力を有する人間以外は使用できないという前提があるとはいえ、平行世界を容易に行来できるという道具が現存するというのもなかなか面白いですね」

「ギルの世界には無いデスか?平行世界移動できるやつ」

「勿論ありますけど、そこまで軽々に移動できるものではないですね」

 

 ギャラルホルンという完全聖遺物あってこそらしいが、装者であれば気軽に平行世界に移動できるというのは流石の彼も驚いていた。

 

「そこらへんも違うんデスね……。いや、アタシたちの世界もラクチンに移動できるわけじゃ無いデスけど」

 

 ふんふんと納得するように頷く素振りを見せる切歌。その真面目くさった表情はいっそコミカルで、本当に解っているか一抹の不安を抱かせるものだが。

 と、そこで思い出したようにハッと顔を上げて子ギルへと向き直る。

 

「って、そうじゃなくて!聞こうとしたことが途中で終わってたデースッ!」

「切ちゃん?」

 

 切歌が話を続けたことで、雑談程度の話題だと思っていた調は訝しげな様子を見せる。

 

「あのデスね、モノは相談なんデスが。アタシたちの武器を持ってるなら見せて欲しいって思ってデスね……」

 

 切歌も調もこちらの世界に来る前、司令たちからこの世界に関する情報をもらっていた。協力者であるカルデアについてもだ。

 そしてその中で子ギル──ギルガメッシュがこの世界のバビロニアの宝物庫とは違う、しかし同名・同概念の宝具を持っているという話を耳にしていた。

 

「で、デスよ。出会ったときにアタシらのギアの事を真作の欠片って言ってたから、もしかしたら完全な真作?を持ってるんじゃないかなって思ってたんデス……まあさっき持ってること確定したのデスけど」

「それで見てみたいと?さっき言ったように持っていることは持っていますが、見たところで余り意味はないかなって思いますけど……」

 

 そう言って言葉を濁す子ギル。その表情は、切歌の要望に消極的な考えを抱いていることが丸わかりだ。

 確かに、彼は彼女ら装者がこの世界、異世界における真作の欠片たるシンフォギアを担っていることは認めている。だが、それもあくまで共に戦場で戦うに能うという観点であり、自分の財宝を不用意に引っ張り出してもいいとまでは思わない。

 

「今はデモノイズの襲撃もないから、見せられないわけでもないけど──いや、それでも無駄に目立つだけですからね。下手に刺激することは止めておきましょう」

「そうデスか……ちょっと残念デス」

 

 やんわりと拒否されしょぼくれる切歌。

 予想より落ち込み度合いが大きかったのか、調がおずおずと口を開く。

 

「切ちゃん、そんなに見てみたかったの?」

「デース……。いやあ、もしかしたらアタシたちにも使えるかなーって……」

 

 そういってあははと頭をかく。

 どういうことかと怪訝な目を向ける子ギルに、切歌は言い訳するようにあわてて口を開いた。

 

「いやほら、魔都の守護天には装者が擬似サーヴァント?になってるかもしれないって話デスけど、それならアタシたちもそっちの世界の宝具を使えるかもしれないじゃないデスか」

「ああ、そういうことだったんですね。……ですがまあ、どちらにせよ使えないと思いますよ?」

「どうしてですか?」

 

 どこか確信的な様子を見せる子ギルに調は疑問を呈する。

 異世界の法則を基準として構築された宝具を、別な法則世界の人間である調や切歌が使えないという子ギルの言い分は理解が及ぶものである。

 しかし、彼の言い分はそれだけではないようであった。

 

 調の疑問に、わずかに嘆息して子ギルは「王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」を展開する。

 

「およ、やっぱり見せてくれるんデス……か……?」

「これ、は……」

 

 空間に浮かんだ波紋に、しょぼくれた表情を一転ワクワクした表情を浮かべた切歌だが、宝物庫から鋒を僅かに覗かせたそれを見て絶句する。

 同じく眺めていた調も、それを見て言葉を失うとともに、先程の子ギルの言葉──無駄に目立つ、という意味を理解する。

 

 空中に展開されている宝物庫、通常ならそこから出てくる武装は人が扱うような武装だろう。

 だが、僅かに姿を見せたその刃は、驚くべきことに刀身の厚みが彼女らの背丈を超えるほどの分厚さを持っていたのだ。

 

「……使えますか?」

「ちょっと持てなさそうデース……」

 

 子ギルの言いたいことを理解し、切歌は肩を落とす。

 

「うむむ……完全聖遺物みたいなものって考えれば、アタシらでも起動できればみんなの助けになるかなーって思ったんデスけど……」

「元気だして、切ちゃん……」

 

 落ち込む切歌の肩をぽんぽんとたたいて慰める調。

 そんな2人を眺めつつ、子ギルは空を仰ぐ。

 

(……完全聖遺物。こちらの世界の法則における神話時代の遺物、高位存在の異端技術の結晶、か)

 

 それは英雄王たる彼をしても全く知らない未知の宝物。興味が惹かれないといえば嘘になるだろう。

 とはいえ、彼の本質は人類の発展に伴う技術を蒐集するコレクターであり、根本から異なる技術体系の産物に対してはそこまで重要視するものではない。欲しいと言えば欲しいが、そこまで食指が動くようなものではない。

 だが、それはそれとして彼は切歌の言うことに興味を覚えていた。

 

(宝具は相応しい担い手がその名を告げることで起動し、聖遺物は相応しい担い手が唄うことで励起する。……この2種は、概念的には近しいものとして考えられなくもない。聖遺物は装者でなければ、適合者でなければ起動はできないでしょうが……)

 

 神秘の担い手、英雄たちが仮に聖遺物を手にとっても起動できる物ではない。彼らは聖遺物が励起するために必要なフォニックゲインなどについて、全くの門外漢だからだ。

 異端技術の産物たる聖遺物は、その性質上フォニックゲインという適合するエネルギーが必要である。謂わばエンジンに対するガソリンのようなものであり、そこに人の想念が割り込む道理はない。適合者の想いに比例して機能が増すという声質もあることはあるが、それはあくまで適合者の想いにあわせてフォニックゲインが増減すると言うだけの話でしかなく、根本的に必要なのは聖遺物に適合する膨大なエネルギーなのだ。

 

 だが、逆ならばどうだろうかと子ギルはさらなる思考を巡らせる。

 宝具、概念武装はこちらの世界にも類似する概念がある。所謂哲学兵装と呼ばれるものだが、これはフォニックゲインを必要とするわけではない。

 宝具を起動するのに必要なのは真名開放と魔力だが、こちらの世界には正しく魔力の概念はある。真名開放も担い手が武装の名を告げることで秘めたる力を開放する機能であり、そこに特殊な法則は存在しない。それこそ「担い手」であることが概念的に認められていればいいのだ。

 

(……そういった意味で、装者はこの世界において"担い手"の性質を有していると言っても過言ではない。とは言え、聞く限りのシンフォギアの性能を考えれば、部分的な機能開放では足りないとは思いますが……いえ、今はこれ以上はいいですね)

 

 子ギルはそこで思考を切った。どちらにせよ、彼の持つザババの刃は物理的に人の身に余る武装である。その点を解決する未知がない以上、思考を進める理由が無かった。

 

「まあ、そうですね。必要があれば見せるときも来るでしょうから期待していただければ、ということで」

「わかったデース……。あ、この異変が終わったらその時は触らせてほしいデスッ!」

「あ、今のがイガリマだから……。私も、シュルシャガナを見せて欲しい……です」

 

 とりあえずというように現状での結論を出した子ギルに、もし見れなかったときの保険をかける切歌。そんな彼女に調もおずおずとだが同調する。

 何だかんだと彼女らは自分達のギアの基となった聖遺物の、異世界の姿をちゃんと見たかったという単純な思いがあった。

 

「ふ、む……まあ、戦いの結果次第ですかね」

 

 彼ら彼女らが待機任務に移って以降、デモノイズは襲撃してこない。

 魔神が自己修復に力を割いている以上、魔都内のデモノイズに全体的な指揮を出すのは中枢的な指揮者デモノイズである。が、ここ新宿ではその指揮者も、更に上位の指揮系統の魔神も行動していない。

 これではザババの双刃を晒す時が来るとは思えなかったし、何より共に戦う2人の実力は他の装者と違い不明なまま。

 であれば、戦闘が始まったときに2人の力を見定め、期待値以上であれば見せるようにしよう、と子ギルは決めたのだ。

 

 そんな彼の言わんとすることはその言葉から伝わったようであり、切歌も調も気合を入れ直す。

 

「むむ、アタシらの実力を疑ってると見たデスッ!よぉし、バトるときにびっくらこかさせてやるのデスッ!」

「うん、頑張ろうね切ちゃん」

 

 えいえいおーという掛け声とともに、2人は空に向かって拳を突き上げた。

 

 

 

 

 

 ──そうやって拳を突き上げたところと同じ場所、同じ天頂に巨大な光帯が広がっていたが、見上げる余裕は彼女たちにはなかった。

 

「うわわわッ!?調ッ!右頼むデスッ!」

「わかったッ!切ちゃんは左をお願いッ!」

 

 

───切・呪りeッTぉ───

 

───γ式・卍火車───

 

 

 切歌の持つ大鎌──イガリマから実体を持つ三日月の如き刃が分離し、迫り来るデモノイズへと飛翔しその蛍光色の肉体へ突き刺さる。

 調のツインテールを覆うようなヘッドギアから巨大な丸鋸が放たれ、反対側で眼光を放たんとしたデモノイズの目を両断する。

 

 ……だが、それでもデモノイズは消滅に至らない。歯噛みする2人の後方から魔剣宝剣の群れが飛来し、動きを止めたデモノイズに食らいつき蜂の巣にした。

 

「た、助かったデス……それにしてもこのデモノイズしぶとすぎるデースッ!?」

「ありがとう、ギルさん。……それにしても、増殖型ノイズみたい……」

 

 子ギルの財宝でとどめを刺されたデモノイズが粒子と還る様を見送り、切歌と調が口々に感謝を述べつつ愚痴を吐く。

 

 唐突に世界が変わり、魔神が真の力を曝け出し、世界をつなぐギャラルホルンゲートを攻め落とさんと雑に戦力を差し向けてきて暫し。

 彼女たち3人は他の戦力が魔神を倒すことを期待し、終わりのない闘争に自ら身を差し出し──その戦いが余りにも終わらなすぎて軽く辟易し始めていた。

 

「確かにしぶといといえばそうですが、魔神柱のような見た目の割にはやはり、脆い。とはいえ火力は据え置きでこの数となると厄介としか言えないですけどね」

 

 まるで何時ぞやの時間神殿みたいです、と困ったようにつぶやく。

 そう言っている間にも、消滅したデモノイズはその隙間を埋めるように後詰が湧き上がる。

 

「って、何で減らないんデスかッ!?再生じゃなくて再出現してるのはおかしいデースッ!」

「デモノイズは魔神の特性を引き継いでいますから。以前の魔神は七十二柱で一組という概念がありましたし、似たようなものでしょう」

「でも……えっと、アンドーナツ?みたいな魔神しか居ないって話だったと思うのデスがッ!?」

 

 食い気が漏れ出たような勘違いだが、その文句は間違いではない。

 魔神七十二柱が一組であるため補完される、というのはそもそも七十二柱の魔神という魔術式があってこそ。だが、その術式は嘗ての時間神殿で既に破却されている。

 それについても大凡把握しているらしく、子ギルは困ったような笑みのまま切歌の疑問に答える。

 

「あくまで概念によって補完されている、という話ですよ。いや、この場合は所謂修正力というやつですかね。魔神という魔術式が十全である以上、魔神柱は十全でなければならない。魔術式である魔神があの肉体に憑いている限り、魔神柱の霊基を持つデモノイズも綻ぶことはない、と。うわあ、めんどくさいですね」

「そんな気楽な……」

 

 あはは、と気負わない様子を見せる子ギルにやや呆れた表情を見せる。

 その間にもデモノイズは徐々に包囲を狭めてきており、イガリマやシュルシャガナから放たれる連撃と王の財宝による蹂躙も進行速度を遅くする程度の効果しかない。

 

「そんな気楽にしてるギルにはなにか解決策があると見たデスよッ!きりきり吐いて頂きたく存ずるデスッ!」

 

 その状況に焦りを見せた切歌はやけっぱち気味に子ギルにアイデアを募る。

 必死さに満ちたその言葉に、子ギルは困ったように首を傾げる。

 

「ええと、うーん。難しいところではあるんですよね。やってやれないことはないかもですが、根本的な解決になるかと言うと……」

「根本的な解決?」

 

 子ギルの言わんとしている事がわからず、調は疑問符を浮かべる。

 

「はい。財宝を吐き出せばこの場は収まるかもしれませんが、そもそも現状を解決するには補完を停止させる必要がありますよね?」

「それは……そうデスね。このデモノイズを全滅させてもすぐに湧き出てきたら意味ないデス……」

 

 切歌はげんなりした表情で子ギルの言葉を肯定する。

 魔都などでは指揮者であるデモノイズ、及び魔都の守護者が補完の管理をしていたためその二者を止めることでどうにかなった。だが、この襲撃は魔神本人が実行している以上同じ解決法は望めない。

 

「でも、そしたらどうやって……?あ、補完されるときに魔力とかフォニックゲインを使ってるって話だったから、使い切るまで粘るとか……」

「先にこっちがヘバッちゃうデスよ……」

「うーん、上に展開されている宝具を見る限り、この世界は嘗ての時間神殿を模倣しているみたいなので……単純にエネルギーを使い切らせるのは無理でしょうね」

 

 そういって子ギルはため息を吐く。

 一応、彼には解決案がないでもなかった。本来の英雄としての霊基──丸薬を飲むことで青年の姿まで成長し、最強宝具である乖離剣を稼働させることだ。

 乖離剣は世界を切り裂く星造りの権能を持つ原初の至宝。時代としては現代かつ異世界であることを考えれば最高出力の稼働は難しいだろうが、霊基消滅覚悟で放てばこの結界を砕いて元の世界へと還すことも不可能ではないだろう。

 

(……でも、この世界にそこまでする道理はない。何より大人のボクはそんなこと絶対にしないでしょうしね)

 

 今のマスターは主としては合格点ではあるが、だからといってそこまで命擲つほどかというとそうでもない。

 元の世界であればまあ吝かではないが、そもそもここは彼の世界ではない。であれば、その世界の関係者が何より力を見せるべきだろう……子ギルはそう考えていた。

 そして、そもそも青年となった自分を知っている子ギルはその選択肢が最初から無いも同然であることを理解していた。

 

「こうなったら絶唱するしか……」

「デースッ!?追いLiNKERも無しには無茶デスよッ!?」

 

 と、そこで悲壮さと決意の混じった調と切歌の会話が子ギルの耳に届く。その瞬間、一種の閃き──ある種の賭けが彼の脳裏に浮かんだ。

 

「……ああ、そうだ。うん、そうしましょうか」

 

 考え込む様子を見せていた子ギルが徐に顔を上げた。その顔には純真そうな、何処か黒い笑みが浮かんでいる。

 

「いいアイデアでもあったのデ、スかギルッ!?」

「切ちゃん伏せてッ!やあああ────ッ!」

 

───裏γ式・滅多卍切───

 

 彼の言葉になにか妙案でもあったのかと思わず目線を向けた、その一瞬の隙を突いて放たれたデモノイズの眼光。

 焼却指揮の一撃を、調が巨大な丸鋸を4つ同時に展開し、盾のように展開する。斜めに構築された防御陣地は一瞬だけ炎と拮抗し、即座に砕け散る。

 

「く──ッ!……?」

 

 流石に万事休すと思った調だったが、炎が来ない。思わずギュッと閉じていた目を恐る恐る開けば、そこには彼女たちの身の丈を超えるほどの美しい盾が鎮座していた。

 子ギルの展開した王の財宝──その中には当然剣や槍などの武器だけではなく、盾や鎧なども当然存在する。今回攻撃を防いだのもその1つであった。

 

「た、助かりましたデスッ!調もありがとうデースッ!」

 

 表面がどろどろに溶け、しかし彼女たちへの一撃を完全に防ぎきったその盾を見た切歌は子ギルにペコリと頭を下げ、そしてその盾が展開されるまでの数瞬を稼いでくれた調にも同様に謝意を見せる。

 

「ううん、大丈夫。……それで、そうしましょうって何をどうすればいいの?」

 

 切歌の感謝を受け止め笑顔を見せた調は、表情を切り替え子ギルへと向き直る。

 問われた子ギルは、ええ、と笑って見せた。

 

 

「単純ですよ。先程の二振り──お2人に使ってもらおうかと思います。絶唱してもらって」

 

 

「……え?」

「……デ、デェースッ!?」

 

 

 子ギルの口からサラリと告げられた無茶振りに、調と切歌は目を真ん丸にして驚いた。

 

 

 

『あなた達のギアとは持ちうる概念こそ異なりますが、あの二振りは間違いなくザババの二刀。その真名を開放できればこの状況の打破にはうってつけですからね』

 

「って、言ってたデスけど……」

 

 目の前に突き立つ巨剣を見て、切歌はポツリと呟く。

 その剣は巨大極まりなかった。翼の天羽々斬のアームドギアを出来る限り巨大にしたときと同じくらいの刀身はあるだろう。厚さはソレ以上だ。

 

 そして、その横に突き刺さる刺々しい湾曲刀の如き形状の剣もまた同じくらいの堂々たる刃を晒している。こちらは刀身が在ってないかというように、炎のごとく揺らめいていた。

 

「……ギアの力なら、どうにか持ち上げられるかもしれないけど……」

「こんなの振り回せないデスよ。それに真名開放?が出来なければ単なる大剣デース……」

 

 2人の不安そうな言葉も宜なるかな、彼女たちは現在子ギルからかなりの無茶を強いられているのだ。

 

 曰く。

 

 "この刃を振るうことで、結界を破砕し、無尽蔵と言える魔力供給を一時的に断つことが出来る"

 "取り敢えず財宝は使って少しの間持たせるから真名開放をすること"

 "もし出来なければジリジリとすり潰されてゲートも制圧されて皆の頑張りが無駄になる"

 

 ということであった。

 

「崖っぷちだね……」

「崖っぷちデスよ……」

 

 そう、顔を見合わせため息を吐く2人。

 だがそうやってばかりもいられない。

 そもそも子ギルの言う通り、このままではジリ貧であることには変わらない。先程会話に出た絶唱だって、恐らく2人の命を賭してデモノイズたちを大きく後退させることは出来るかもしれないが、その分戦力が減っては支えきれないことも明白だった。

 

「だからって、絶唱のフォニックゲインで宝具を起動するなんてこと出来るのかな……」

 

 調は不安が拭えないようで、目の前の墓標のように突き立つ大剣を見上げるその目は揺れている。

 絶唱、ソレは歌唱により増幅されたエネルギーを一気に放出することで大威力の攻撃を行うシンフォギアの必殺技とも呼べる一撃である。

 だが同時にそれは装者に多大なる負荷を及ぼすため、場合によっては使用者の命にかかわる諸刃の剣。その危険性故、通常であればエネルギー運用効率の良いアームドギアを介することで負荷の軽減を狙うものなのだが。

 

「絶唱のエネルギーは極大であると聞いていますよ?それに上手くエネルギー配置を行えば、そのギアに使われている諸制限を解除できるとも。それ程のエネルギーであれば、まあ神造兵装であれ起動に支障はないでしょう」

 

 他人事のように(実際彼にとっては他人事だが)軽々しく話を進める子ギル。その背後からは先程までの戦いが児戯か何かと言わんばかりの大量の宝具が投射され、一時的にではあるがデモノイズの進軍をきっちり停滞させている。

 とは言え、ゲート遠方に打ち捨てていることもあってか回収に手間取っている面もあるらしく、少しずつだが放たれる宝具の数は減ってきているのは2人の目にも明らかだった。

 

「──ああもう、やってみせるデスよッ!そうデスとも、アタシとイガリマは一心同体ッ!気合と情熱を見せてやるデースッ!」

「私とシュルシャガナも同じ。切ちゃんがやるなら、私だって──ッ!」

 

 ぱあん、と己の両頬を包み込むように引っ叩いた切歌は、右手で己のアームドギアを握り、左手を巨剣イガリマに添え、そのまま大きく息を吸い込んだ。

 調もそんな切歌に勇気づけられたのか、その右手を巨剣シュルシャガナに添えて息を整えた。

 

「──Gatrandis──babel──」

「──ziggurat──edenal──」

 

 2人の歌が響き、それぞれのギアに、そして宝具に力が流れ込んでいく。

 

 命をとした歌のエネルギーの全てを、彼女たちはその手に触れる武器へと注ぎ込む。

 

 歌う、歌う、歌う──。胸中から湧き上がる絶唱の力が流れていく。己の分身たるアームドギアに、その大本と根を同じくする巨剣に。

 

 そして、歌が終わり────。

 

 

「……何も、起こらない?それに身体もなんともない……」

「え、ええッ!?どういう事デスかッ!何が起きたんデスかッ!?」

 

 

 宝具は起動しなかった。その刀身は歌の最中こそ輝いたものの、それ以上の変化はなく。

 命を賭すはずの歌を歌った彼女たちには、只々脱力感以外のバックファイアは見られなかった。

 

「あれー、おかしいなあ……。もしかして見込み違いでしたかね?」

 

 いやあ、まいりましたねー。なんて笑う子ギルの宝物庫から放たれる弾は明らかに減ってきており、デモノイズたちもジリジリと包囲を狭めてきている。

 端的に言って、絶体絶命だった。

 

「デデデースッ!?不味いです、こうなったらもう一発……ッ!」

「待って切ちゃん、さっきの反応を考えると、もしかして絶唱のエネルギーが全部宝具に吸い取られちゃったのかも……」

 

 そうつぶやく調が思い出すのは、嘗て響たちと対峙した時。諸事情から響たちと敵対していた切歌と調は、共に行動していたウェルの奪還のために絶唱したことがあった。

 その時は響がS2CAを用いて絶唱のエネルギーの全てを一身に引き受け、その結果として切歌と調は共にバックファイアを受けずに済んだ事があった。

 今感じている疲労感といい、当時の状況と現状は同じ事が起きているのではないかと調は思い至っていた。

 

「それってつまり……アタシの絶唱全部乗せしてもこの宝具は動かなかったって事デスか……」

 

 切歌も調も、装者としての能力は高くはない。LiNKERという薬剤を用いてどうにかギアをまとえるラインまで適合係数を引き上げている程である。

 宝具とは異なれど、完全聖遺物との適合の場合適正だけではどうにもならないケースが多い。その歌が膨大なフォニックゲインを生まない限り、完全聖遺物に必要なエネルギーは賄えないということだ。

 そして、子ギルの持つイガリマもシュルシャガナも、戦神が直々に振るった神造兵装であり、その概念強度は折り紙付きの代物。生中なエネルギーではそのすべてを注いでも、尚起動には足らなかったということらしい。

 

「うーん、絶唱を高く見積もっていたんですかね?いや、話を聞く限りでは起動することは出来ると思ったんですが……」

「そ、そう言われても……」

 

 期待はずれだ、という目線を申し訳無さと同時に向けてくる子ギルに、なんとも言い難い感情を覚える調。

 と、そこで切歌が閃いたッ!と言わんばかりに顔を上げる。

 

「そうデースッ!そもそも絶唱全部乗せでスーパー超威力になったのはみんなの歌を乗せたからデスッ!一人分じゃ駄目ってことデスよきっとッ!」

「ニ人分にするってこと?でも、私の歌はイガリマには適合しないし……」

 

 響とマリアがいれば絶唱を繋ぎ合わせられたのだろうが、そうでない場合絶唱を重ねるなんて真似は不可能に近い。

 そう告げる調に、しかし切歌は首を振る。

 

「そんな事しなくても、アタシらの聖遺物は二本一対じゃないデスかッ!絶唱をユニゾンさせれば……ッ!」

「!」

 

 確かに、と切歌の言葉に希望を見出す。

 今まで絶唱を2人で重ねたことはないのはそのとおりだが、しかし彼女たちには絆に依る擬似ユニゾンとは違う、正真正銘のユニゾン機能が備わっている聖遺物がある。相互に共鳴し出力を向上するシステムを持つのは、彼女たちのギア──イガリマとシュルシャガナの固有機能の1つだった。

 もっとも下手するとバックファイアも二倍になりそうではあるが、一人分の絶唱で起動しない宝具を起動させるにはそこまでの無茶が必要かもしれない。そう調は思い始めていた。

 

「策は決まりましたか?そろそろこちらも限界に近いのでお願いしますね」

 

 やっぱり何処か他人事のように、しかしその眼は先程と異なり2人に期待しているような感情を覗かせる子ギル。

 何となくだが、彼女たちは子ギルが王たる所以を理解し始めていた。完全な王としての側面という彼は、要するに自身以外にも水準を満たすことを当然のように考えているらしい。或いは期待されているからだとしても、なかなか強烈な采配を振るう彼に、思わず2人の額に冷や汗が流れる。

 

(デース……。この王様が大人になった姿は考えたくないデス……)

(うん、絶対暴君だよ。……でも)

(判ってるデース、アタシも同じ思いデスよ)

 

 そしてだからこそ、その顔を驚かせてみせると意気込むように頷きあう。

 

「そうと決まれば──」

「やってやるデスッ!」

 

 2人はアームドギアを解除し、手をつなぎ合う。

 そして突き立つイガリマとシュルシャガナの間に立ち、それぞれの刀身に手を触れた。

 

『──Gatrandis──babel──ziggurat──edenal──』

 

 その心を重ね合わせ、異口同音に詩を紡ぐ。

 フォニックゲインが2人の体から湧き立ち、共鳴し、その力をどんどん強めていく。

 

 切歌の目端から、調の口端から血が溢れる。つつ、と流れるそれを彼女たちは意にも介さず、只々一心に歌い続ける。

 

『──Emustolronzen──fine──el──zizzl──』

 

 そして、歌が、終わる。

 

 

 ドクン、という鼓動の音が二人の胸に鳴り響く。絶唱のバックファイアにより、2人の身に強い負荷が掛かる。

 気を抜けば倒れてしまいそうな痛覚への刺激に、しかし彼女たちは堪え、立ち、その手を高く、二刀の柄へと伸ばした。

 

 瞬間、2人のアームドギアが形成される。

 それは普段使うような大鎌や丸鋸をベースとしていても、しかしその用途としては到底使えないような姿。

 丸鋸を支える支柱は伸び、先端の刃は大地に突き刺さる。その端から鉤爪のように大鎌が展開され、スパイクの要領で大地にその身体を固定させる。

 大鎌の柄は多関節を形成し、腕のように巨剣の持手へと伸びていく。その手の先に本来あるであろう指は、掴んだら意地でも食らいついて離れないと言わんばかりの大振りな刃のチェーンソーが複数展開されている。

 

「──さあ、行くデスよ調ッ!」

「──うんッ!行こう、切ちゃんッ!」

 

 

───禁像Ω式・Zあ破刃しRRぇッtTT───

 

 

 それは、刃にて形作られた神の偶像。女神ザババとは斯くあるものだという2人の強固な思い込みから生み出されたような巨いなる人形。

 その身に掛かる負荷なんて知らんと言わんばかりに、()()()()()()の二刀を引っ掴む。ギャリギャリという音とともに刃が食い込むが、しかし不思議なことに巨剣の柄に傷はない。

 

「真名──」

「──絶唱起動ッ!」

 

 勢いのままに、2人はともにある刃の名前を叫ぶ。

 それは、2人にとって余りに呼びなれた名前。装者として戦う中で、己の一部とも呼べるに至った聖遺物であり、戦神の二振りの刃。

 

 

「──『絶唱・千山斬り拓く翠の地平(スパーブソング・イガリマ)』ッ!」

 

「──『絶唱・万海灼き祓う暁の水平(スパーブソング・シュルシャガナ)』ッ!」

 

 

 現代の担い手たる2人の少女の真なる銘を告げる言葉とともに、戦神の翠紅、神代の威容が解き放たれた。

 

 

「デデデースッ!結界なんてデストロデースッ!」

 

 翠刃が振るわれた瞬間、天地を頒つ。否、その剣が振るわれた平面こそが、天地の境界線として定められている。

 斬撃の平面上に居たデモノイズは残らず頒たれた。それは地表に迫るデモノイズだけに留まらず、宇宙を繋ぐ縛鎖すらも残らず切り拓いた。

 

 それこそが、嘗て神代において戦神ザババが振るいし翠刃イガリマ。天地の境界を定める『地平線』の概念武装。

 

「これで、終わりッ!」

 

 紅刃が振るわれた瞬間、境界を融かす。否、その炎が閃いた領域こそが、天地の融け合う揺らめきとして作り直されている。

 炎が奔る軌跡に居たデモノイズは、残らず融け合った。それは地に在るデモノイズだけに留まらず、天に光る経絡すらも残らず融合せしめた。

 

 それこそが、嘗て神代において戦神ザババが振るいし紅刃シュルシャガナ。空海の融け合う瞬間を作り出す『水平線』の概念武装。

 

 

 ザババの剣はその力を遺憾なく発揮し、魔神が組み上げた歪な世界をさらに歪に引き裂いていく。

 子ギルはその光景を眺め、静かに口を開いた。

 

「本当に成し遂げるとは──ね。真作に選ばれたのは伊達ではない、というところかな?」

 

 通信を介してドヤ顔で子ギルの受け売りを語る2人に目を向け小さく笑う。

 絶唱、宝具の起動、そしてユニゾンの負荷を受けた彼女たちはそのダメージは浅からぬものであることを理解していた子ギルは、宝物庫から神薬を取り出す。

 

「さて、と……あとは皆さん、頑張ってくださいね」

 

 誰に届くとも思えぬ声で1人そう呟き、子ギルは大役を為した二人の元へと歩み寄っていった。


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