SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order 作:222+KKK
『ドクター・ウェル……。色々と表現に困るサーヴァントだったけど……しかし案外真理を見出だせる力には長けてたみたいだね』
伊達に天才を名乗っちゃいないね、とダ・ヴィンチが溢す。
彼の最後の一言、魔神は愛によって動いているという旨の発言は最初こそ突拍子もないとすら思えるものだったが、しかしそれも正しい観察の結果だったのではないかと誰ともなく思うようになっていた。
それもそうだろう。今の魔神の様子を見れば、ここに至るまで魔神と戦い続けてきた面々であれば誰もが彼の言葉に真実が一抹含まれていると考えてしまう。
「何が──何故そこで……愛ッ!?愛だと……ッ!?」
ウェルの残した言葉に、己の為した不合理に魔神の内心は困惑と憤懣が綯交ぜになった様子を見せる。
言われたことを処理しきれていないのか、それとも本当に訳がわからないのか。魔神がどのような主観でその言葉を噛み砕こうとしているのかは不明だが、今の魔神は明らかに衝撃を受けていた。
──そう、衝撃を受け、それを切り捨てられないでいる。合理的、システム的である魔神は、それが真実ではないと断定できれば一笑に付すだろうに、そうしないでいた。
それこそが、ウェルの言葉に対する否定的推論が魔神の中で成立していないという証明であった。
「──今なら、隙はあるわ」
「……!」
通信に乗って届いたマリアの小声での事実確認に、聞いていた全員が僅かに顔を鋭くする。
ぶつぶつと呟き微動だにしない魔神が半ば自失状態に近いというのは誰もが見て判るものであり、魔神の計画を打破するという観点から見れば間違いなく千載一遇の好機。
とはいえ、その声音はあくまで事実を語るという風でしかなく、僅かながら躊躇うような感情すら混じっている。それほどまでに、彼女には今の魔神が不安定に見えていたのだ。
『……未だ油断は禁物だ。ウェル博士の言葉に動揺しているとしても、魔神の力は健在だからな』
そんな彼女たちを慮ってか、或いは言葉通りのままなのか、軽率な行動をしないよう弦十郎は諌める。
だが、事実彼の言う通り魔神は未だ十分な余力を残していた。
『光帯はウェル博士のおかげでどうにか一回は不発に終わり、結界宝具はゲート護衛の方々の援護から現在は機能不全に落とせています。ですが……』
『まあ、実際の魔術回路でもないからね。イガリマとシュルシャガナの一撃で経路をめちゃくちゃに繋ぎ変えることは出来たけど、そもそもこの結界自体元々魔神が作ったものだから──』
「──繕うは易い、ということですか」
翼の言葉に、ダ・ヴィンチは神妙な表情で頷く。
『ふ、む。魔神の胸中もある程度は見えてきたところではある。本当なら詳らかに明かしたいところではあるが──』
「ですが、ええ。魔神の演算能力があれば、この結界の修復にも、そう時間はかからないとなれば……止めるなら、今でしょう」
地味に惜しそうな表情で語るホームズを途中で遮り、ブリュンヒルデは槍を握り直す。
そしてそれは同じくサーヴァントであるベディヴィエールも同意であるようで、己の義手を油断なく構える。
「それは……確かにそう、だね」
立香はサーヴァント達の意見を聞き、僅かに考え込む。
ウェル博士の言が本当であれば、もしかすれば魔神にも何か退っ引きならない事情があるのかもしれない。だが、そのために世界をこうも破綻させているというのは彼女にとっては認められることではなかった。
例え今、目の前の魔神がああも隙を晒すほどに動揺しているのだとしても。この世界が彼女たちの世界と関わりが殆ど無い世界だとしても。
──それでも、既にこの世界に関わった1人の人間として。この世界を滅ぼして己の願望に邁進する魔神を止めなくてはならないと考えていた。
ちらり、とサーヴァント2人と目を合わせ頷く。
次いで装者たちとも順繰りに目を合わせれば、各々コクリと頷きジリジリと場所取りをしていく。
装者たちからすれば、現状魔神の脅威はカルデアよりも大きい。なにせこの世界の完全な独立を阻害しているギャラルホルンは、他ならぬ彼女たちの世界にあるのだ。魔神が切なる思いを抱いているのだとしても、そのために世界1つを滅ぼし取り込もうとする魔神の力が自分たちの世界にまで伸びる、その可能性を見過ごすわけにはいかなかった。
だから、彼女たちは失念していた。こんな状況であっても、だからこそと手を伸ばさんとする少女がいるという事実を。
「──よし。それじゃ、タイミングを合わせて────?」
おずおず、と静かに、だがしっかりとした足取りで1人の少女が魔神へと近づく。声が、歌が、何よりその手が届く距離まで。
「────立花ッ!?」
「まさか、こンの馬鹿ッ!?」
翼とクリスが思わず悲鳴のような声を上げる。2人の声に、今気づいたというように魔神がぼんやりと顔を上げ、近くに来ていた響に目線を向ける。
そう、彼女たちは緊張状態が続いていたことですっかり忘れていた。自失し、隙を晒す魔神を見て。彼女が握った拳を開かない理由がないということに。
魔神が不審げな目つきを向けてくるにも関わらず、響は口を開いた。
「……もう、終わりにしませんか?」
「何だと……?」
この状況で。周りの面々が軒並み武器を構え、魔神に対して最大限の警戒をする中で。
立花響は拳を解き力を抜いて、そう言って魔神に手を差し伸べた。
「……底抜けの阿呆と思ってはいたが。事もあろうにこの私に手を伸ばすだと?」
「おかしいって言われても構いませんッ!だって、今の貴方は──本当に、辛さを隠せてないッ!」
「──ッ、またそれかッ!辛い?辛いだとッ!?この私がッ!?」
ウェルの言葉に心を揺さぶられていた魔神は、何度も訴えてきた響の想いを受けて余裕のない態度で叫ぶ。
「この私が辛いなどと思うものかッ!私は魔神、魔神ソロモンだッ!私は──」
「だったら、さっきウェル博士を攻撃したのは何でですかッ!」
なにか言いかけた魔神へと、畳み掛けるように響が問いを叩きつけた。
魔神は思わず言葉に詰まった。それが解っていれば、先程までのように(たとえ無視していても痛痒を浴びるものではないとしても)己の世界を破壊せんとする敵を前にして自己への問答に終止するなんてことはない。
「そんなこと──そう、奴があの炎を吐き出したからだッ!あの一撃は貴様らとは違いこの世界を崩壊させられるもの、そんなものを放つやつを認められるわけが──」
『……いいや、認められるさ。魔神ってのはそういうもんだろ?』
「ッ、何が言いたいアマデウス……ッ!」
と、そんな響との問答に割って入ってきたのは通信機で話を聞いていたアマデウスだった。
『ウェルも言ってたじゃないか、合理を尊ぶ魔神が消滅待ったなしの、それ以上手出しできない霊基を手に掛ける訳がないって。お前も自分が手を出したことに理解が及ばないからああも問い詰めたんだろうに』
「知った風な口を……ッ!」
『そりゃ、キミらの絶対尊厳の面倒臭さは知ってるからね』
魔神が怒りを見せようと、アマデウスは構わず話を続けていく。
『そもそも、最初からおかしいんだよ。カルデアや平行世界のS.O.N.G.は見逃して、そのくせ錬金術師は見逃さないなんて。最初はこの世界の住人が居ると願いが成立しない、とかかと思ってたけどさ』
「……確かに。今も新宿には避難している人らが居る。マリア達の話を聞く限りでは、魔都イェソドにも……」
魔神の術式の起動時とそれ以降を思い返す翼。
新宿のシェルターは、プセウドモナルキア成立時点では少なくとも残存し、風鳴邸の魔都にも近隣住人が避難している。
後者はまだ神秘が云々ヌァザの権能が云々といった話で"この世界"として換算していないと言えるかもしれないが、新宿の魔都の人々は確実に今この世界で生きている。錬金術師を逃さぬことに執着を見せる道理はなかった。
「……」
アマデウスらの指摘に、口を閉ざす魔神。
その困惑した表情は、思いもよらぬ事実を指摘されたということを如実に示している。
『更に言えば、何度も僕らを見逃そうとした、というのもおかしい話だと思わないかい。えっと、何だっけ?そう、僕らを倒す為に無駄なエネルギーを使いたくない、だっけ』
「……あ、そっか」
アマデウスが何を言いたいのか察した立香が思わずというようにそうつぶやく。それはサーヴァントたちも、装者たちも同様で、皆が今更ながらに魔神の言葉の矛盾に気づいた。
『──だったら、わざわざ僕らの前に顔を出さなきゃいいじゃないか。治療中のときみたいに引きこもって、万全の体制が取れるまでは力を蓄えて。そして一気に結界を構築する。僕らは狙いも何も知れないままに無尽蔵の力を獲得した魔神にあっという間に秒殺されて終わり……って、なってもおかしくないだろう?』
「……貴様らの前に姿を表したのは、抵抗勢力であるキャロルとパヴァリア光明結社の錬金術師共を殲滅するついででしかない」
半ば煽るように語るアマデウスにギロリと人を殺せそうな目線で睨めつける魔神。
魔神の特性を考えれば比喩では済まないその眼差しをモニター越しに受けて、しかし同じ色の瞳でアマデウスは見返した。
『……パヴァリア光明結社のボスはトンデモなく強いって話だから判るぜ?聞く限りだと、放っといたら結界完成前に魔都を力技で壊せそうだしね。でもさ、キャロル相手にそこまでする必要があるのかい?』
「──まるでオレが弱いみたいな口振りを……いや、言うまい」
アマデウスの言葉に、先程まではこの場に居なかった筈の声が答えた。
「キャロルちゃん?どうしてここに……」
ため息混じりのその声の主に真っ先に気づいた響が、首を傾げて問いかける。
ウェルからフロンティアの管理を任されて居たはずの彼女が何故──と、そこまで考えて。あ、と響は零した。
「──気づいたか?ウェルが退去すれば奴の宝具が消えるのは自明だろうよ。演奏していたアマデウスも本部まで転送させてある──音質は下がるがな」
『いやあ、助かったよメルシーだ。音質は気にしてないぜ、僕の最下限は人類の最上限だからね』
軽く感謝を述べつつ己の腕について豪語するアマデウスの軽妙な様子に、キャロルは再びため息を吐く。
そしてその呆れたような表情を引き締め、より成長した己の顔と面を向き合わせた。
「キャロル・マールス・ディーンハイムか。逃げたときはそのまま隠れているとでも思ったが」
「……誰が逃げるか。まあ、オレも最初は隙を伺うつもりだったさ。だが、話を聞いていて気が変わった。オレがここに居るほうが、貴様を留めていられそうだからな」
その言葉には確信のようなものが見え隠れしており、聞いた魔神は眉を顰めた。
まるで、目の前の錬金術師が己の知らぬ自分のことを理解しているとでも言いたげなことへの不快感が、魔神の相貌にはっきりと表れていた。
「アマデウスの話を散々に聞いた限りじゃあ、貴様はオレが生きていることに我慢がならないんだろう。どうせ死ぬからと一度見逃したオレがここに戻ってきているこの状況で、貴様はオレを放置して居られるか?」
「──当たり前だろう、私は優先順位を誤ったりなどしない」
何を馬鹿な、と鼻で笑う魔神。その姿はそう考える自分を全く疑っていないことが明らかだった。
だが、それも次のアマデウスの言葉に凍りついた。
『優先順位、ね。さっきは優先順位を間違ったのに?』
「────ッ!」
ウェルを殺した時の事を揶揄され、魔神の顔が強ばる。
魔神にとって、先程の己の行動は正しく青天の霹靂のようなもの。純粋な魔術によって完全な合理を編み上げられた魔神は、己が己の想定しない行動を取ったという事実に目を向けられないでいた。
そして、今一度。己の言葉尻を捉えられ突きつけられた矛盾を前にしては、流石に認めないわけにはいかなかった──己が壊れているという事実を。
ぴたり、と動きを止めた魔神にとどめを刺すように。アマデウスは決定的な一言を口にする。
『──認めろよ、音楽魔。お前、エルフナインを愛したんだろう』
その言葉を受け、魔神はいよいよ呆然と目を見開いた。
アマデウスの言葉を否定し無くてはならない、という根拠のない論理に沿って反論を探し口を開くも、しかしそこからは歌も言葉も紡がれない。ただパクパクと開閉するだけだ。そしてそれこそ、アマデウスの言葉を認めている証左とも取れてしまうためかなおさらに混乱する。
そんな魔神を憐れむような眼で、しかし容赦なくアマデウスは心理に刃を突き立てていく。
『辻褄が合うだろ?エルフナインの身体にリンクするこの世界を滅ぼしかけたウェルへの憎しみによる衝動的殺人も、エルフナインを使い捨ての道具みたいに作ったキャロルが憎いから生きていることが我慢ならないことも、さ』
こんな世界を作った理由までは流石に知らないけど、などと嘯くアマデウス。
その一方、その言葉を受けある意味魔神以上に混乱している者もいた。
『え、ええ……っと?そちらのボクは一体、何がどうなって……』
「エルフナイン、落ち着いて。いい、冷静によ、息を吸ってー、吐いてー……」
あわあわとパニックに陥ったエルフナインを落ち着かせるためにマリアが通信越しに色々と声を掛けている。
(混乱してるわね……無理もないけど)
通信先のエルフナインの様子にこっそりと嘆息する。
平行世界の自分が何やら珍重されているという事実は知っていただろうが、流石に恋慕されていたらしいという真実までは想定できていなかったらしい。
異世界の意志を持つ魔術、ソロモン王の編み上げた神秘の結晶たる魔神に愛を持たれたといわれても混乱するしかないだろう。
もちろんこれらはアマデウスの推測でしかないが、しかし名探偵というガワが服着て歩いているようなサーヴァント・ホームズからの否定の通信が入らない以上、その推測が存外的を得ている可能性は高い。だからこその慌て様なのだろうが。
「──魔神、ソロモン?さん。貴方がエルフナインちゃんを大事に想っているんだとしたら、私達はきっと手を取り合えると思うんです。だから──」
そんな後ろの状況にも気づかない響は、改めて手を伸ばす。
放心に近い魔神がぼんやりとその手へと己の手を伸ばし──瞬間、膨大な量の攻勢魔術が空を覆った。
「ッ!!うあああ────ッ!」
「立花ッ!ちぃ、牝牛が腹を突いてきたかッ!」
魔神に対して一定の警戒を持っていた面々は回避できたが、心から分かり合いたいと願い、意図的に警戒を解いていた響はそうは行かない。
空から降り注ぐ光芒に対し回避・防御行動を取るもそのまま大きく吹き飛ばされた。
「く、う……」
「──違う、違う違う違うッ!愛など、そのようなものはヒトが抱くものだッ!私は、ただ──造物主に対し叛逆を遂げた彼女なら、無性であり完全性を持つホムンクルスなら──王の素体に相応しいと考え実行しただけのことッ!」
それこそが真実だと断ずる魔神は、倒れ伏す響を無視し再び上空に光を収束させはじめる。
『光帯!?神殿が機能不全なのにどうやって──』
「機能不全なら手隙で燻っているデモノイズ共に歌わせるだけのことッ!無限の循環ができずとも、歌があればフォニックゲイン程度いくらでも絞り出せるッ!本来よりは威力が落ちるが、惑星を貫けずとも貴様らを消し飛ばす程度に支障はないッ!」
そう言っている間にも、デモノイズから集められたフォニックゲインが純エネルギーとして転化され、はっきりとした光帯を形作っていく。
先程の宝具に比較して径も小さく、魔神の言うように出力の低下は見て取れる。だがどちらにせよ、サーヴァントや装者を辺り一帯ごと蒸発させるには過分な程のエネルギーが渦巻いていることに変わりはない。
『不味い、全員魔神を──』
止めろ、と弦十郎が告げる前に、1人の小さな人影が全員の前に立った。
「キャロルッ!?お前何するつもりだッ!?」
まるで盾のように全員の前に立ち、錬金術の紋章陣を展開するキャロルの姿に思わずクリスが怒鳴る。
今の魔神の熱量は焼却式が児戯に見える程であり、たかだか一個人の錬金術で防げるような代物ではない。それを理解しているからこその焦りの声に、キャロルはあくまで冷静に口を開いた。
「魔神を止める必要はない。そもそも貴様らには止められんだろうが──だが、このタイミングならば可能性はある」
「可能性、って……!一体何をするつもりなのキャロル!そんな、まるで──」
光帯の前に立ち、壁を作り遮らんとするキャロルの姿は立香の脳裏の記憶に重なる。
冠位時間神殿の戦いで、立香を守るためにその全霊で光帯を防いだ後輩の確かな背中を、そして光の果てに消失した最期を幻視した。
性格も違う、やり方も違う。それでも、絶望の力を前に、後背を守るために立つその姿は。全てを、命すらも擲って守らんとするその背中は──立香にとって、二度と見たくないモノだった。
「──まるで、死んでも、みたいな……!」
『先輩……』
心中の辛さを吐露する立香に、マシュは思わずというように言葉を漏らす。
その様子に何かを察したのか、キャロルの目線が僅かに和らぐが、それでもと彼女は己の意思を告げる。
「オレはオレの我意でこの世界を滅ぼしかけた。そんなオレだからこそ、破滅に対峙する責務がある。──お前がすることは何だ、カルデアのマスター?」
「……!」
静かに語りかけるキャロルに、立香は口を噤む。
カルデアのマスターとして、やるべきこと。すべきこと。出来ること。──そのために、見過ごさなければいけないこと。
例えどれ程にその心身を刻むような出来事があったとしても、彼女はただ生きるために、己の持つただの当たり前を守るために今まで戦ってきた。
であれば、今回もまた例外ではない──先の可能性を掴むために、身命を賭すキャロル・マールス・ディーンハイムを止めたいという思いを必死に押し殺した。
「聞け、歌女共ッ!エネルギーの波濤だろうが、オレは流動させ、転換させ、結実させる──させてみせるッ!──だから、お前たちは歌ってみせろッ!」
「キャロル……貴女……」
キャロルが何をする気なのか、出来るのかは判らない。だが、彼女は己の力の全てで成すべきことを成すと宣言した。
ならば、とマリアは握った手に力を込め口を開いた。
「陣形を整えてッ!迎撃するわよ皆ッ!」
「ッ、そういうことか──了承したッ!雪音も……」
「わかってるってのッ!」
装者たちはキャロルを信じ、それぞれの配置へと着いていく。
全員で一塊になり、キャロルの後ろでしっかりと構える。
「う、ぐ……ま、だまだッ!私も、まだやれますッ!」
そして、倒れていた響も気合で起き上がり、マリアと共に陣形の最前列に立つ。僅かにふらついてこそ居るが、修練の賜物か腰から下はしっかりと力を込めて大地を踏みしめている。
「……これで、4人。ちょっと不安だけど……」
「だが、先程の一撃を思えば暁と月読はこれ以上は難しいだろう」
先程の結界を切り嗣いだ連撃の際、2人は宝具を利用したと語っていたがその声は僅かにかすれていた。
余程の無茶をしたのだろう。あれ以降の連絡が無い以上、無事ではあるだろうがこの場での戦いには加われないだろうと予想を立てていた。
「そうね……あとはそう、出たとこ勝負かしら」
マリアはそう言って、輝きを強めていく光帯を見つめた。
『……辛いかい、立香ちゃん』
同時に、その光景を更に後方から眺めていた立香に声が掛けられる。
ダ・ヴィンチの心配するような声音に、隠すでもなく素直に頷いた。
「辛いよ。辛いに決まってる……でも、キャロルはそうまでしてでも、この世界を守るために立つって決めた。そうしないとこの世界を守れないって、そう考えたんでしょ?」
『そうだね。ついでに言えば我々も同じ判断だ──賭けになることも、キャロルを見殺しにするのも含めてね』
敢えてそう言ってみせるダ・ヴィンチに、立香は感謝を抱きつつ拳を強く握りしめる。
「……うん。私も今、そうしてる。だから、せめて見届ける──キャロルの作戦が上手く行った時、私も最高の行動をするために!」
ぐっと握った拳を胸に当て、これから起こることを見逃すまいと眼を皿にする立香の姿には、先程までの不安さはない……とは言えないまでも、不安なりにしっかりとした芯が出来ていた。
そして、そんな彼女を更に支えるためにと二人の人影が寄り添う
「その意気です、マスター。彼女たちは強い、我々も負けていられませんよ」
「ええ、そうですね。一番槍は、マスターの母国でも、勇士の誉れでしょう?……私は勇士ではない身ですが」
鼓舞するようにと次々に言葉を口にするサーヴァントに、立香は狙い通り心が上向きになっていくのを感じていく。
「ベディヴィエール、ブリュンヒルデ……。うん、そうだよね!絶対、キャロルが見出した可能性を物にする!」
『…………』
サーヴァントと共に力強く笑う立香に、これなら大丈夫だろうとダ・ヴィンチは僅かに笑みを浮かべた。
「収束、確認。真名、偽装登録──では、疾く死ぬがいい」
その一連の様子を眺めていた魔神が、心底不快げに、それこそ二度と見たくないと言わんばかりの眼差しと共に死を宣告する。
指が天を指すと同時に、歌によって編まれた光帯が、先程同様にこれ以上無いほどの輝きを見せる。
「──第三宝具、再点火ッ!さあ、芥のように燃え尽きろ──
────『
魔神の真名宣言とともに、滅びの光が今再び放たれる。
星を貫く光芒、すべてを焼き滅ぼす熱量の権化。魔神が今作り出せる限りの歌を元に、崩れかかった宝具の概念を再び形どらせたその一撃は、過たずキャロルの元へ──そしてその後ろにいる全員を消し飛ばさんと迫り来る。
そしてその先がキャロルの紋章陣に触れた瞬間──辺りに荘厳な音が鳴り響いた。
「ぐ、ぅおおおお──ッ!」
「──判っていたぞ、そう来るだろうことはな」
苦しげに、だが死んでも陣を崩さないというように踏ん張るキャロルを、魔神は愉悦の混じった目で見つめる。
『膨大なフォニックゲインの発生を確認ッ!これを使えば──』
『だが、それまで保つかどうか……ッ!』
藤尭の言葉とデータ、そして現況を比較し弦十郎は唸る。
キャロルの展開した紋章陣は、錬金術により光帯が光帯として転化される前の姿──フォニックゲインへと還元していった。
光帯を錬成して得られるフォニックゲインの膨大さは、人類全ての歌の力を束ねても尚足りないだろう。その膨大なフォニックゲインを、S2CAを通してシンフォギアの真の力が発揮できる──そういう目論見が彼らにはあった。
「だが、我が光帯全ては錬成できないだろう?その陣から漏れ出た光の一端でも後ろに流れれば、その時点で貴様らの死だ──さあ、いつまで耐えられるッ!」
「な、めるな……ッ!後ろに流さなければいいだけだッ!」
強がるような不敵な笑みを浮かべるキャロル。だがその額には、魔神の言葉を肯定するようにつつと冷や汗が流れていた。
(予測より規模が大きい──いや、あの余裕を見るに敢えて出力を偽っていたのか?どちらにせよ、このままでは十分なフォニックゲインを得る前に──ッ!)
あの発狂とも見紛う姿から僅かな間に再起動した光帯、そこに偽装すら施す辺りは流石の魔神であるとすら思える──それが己に向けられていなければなおのことだが。
卓越した錬金術師であるキャロルは、自身の紋章陣が崩壊するまでの時間と必要なフォニックゲインを得られるまでの時間、どちらが短いのかを残酷なまでの正確さで理解していた。
かといって補強の術式を使うにも、今の彼女はその全力を目の前の紋章陣の維持に費やしている。複数の術式を使おうとすれば、その瞬間この劣勢の拮抗はまたたく間に崩壊し消し飛ぶことは目に見えていた。
せめて、少しでも時間を稼げたら。そんな考えがキャロルの脳裏によぎったその瞬間、夜空に二条の輝きが奔った。
「私達もどうにか援護を──って、あれは……?」
キャロルの背を支えればいいのかな、などと考え一歩を踏み出そうとした響が最初に気づいて声を上げる。
その言葉に装者たち、サーヴァントたち、そして立香が顔を上げる──と同時に、光帯を遮るように巨大な剣が二本、轟音とともに突き刺さった。
『これは──英雄王の──!?』
「イガリマとッ!」
「シュルシャガナ……到着しました」
剣の裏面に張り付くようにしがみついてた二人の少女が、そういって響達の下へと飛び降りる。
「切歌、調ッ!?どうやってここまで──というか、あれが……?」
心配そうな声で、マリアは2人と二振りを交互に見る。
「うん、あっちの世界のイガリマとシュルシャガナだよ、マリア。それで私達は……」
「……ギルにふっ飛ばされたデェス。宝物庫?からの射出体験は懲り懲りデスよ……」
そうつぶやく切歌は己の身を強く抱いており、余程の恐怖体験だったらしい。
ミサイルを始め高速飛翔体に比較的乗り慣れている彼女たちも、全く制御の出来ない大質量にしがみついて射出され、挙げ句光帯の盾になるように着弾したともなれば流石に怯えもするらしい。
「宝物庫って、中に人が入れたんだ……」
思わぬ真実を知った立香が驚く。入ろうと思ったこともなかったが、そう言われると地味に気になってしまう。
だが現状は逼迫している。そんなちょっとした新事実に考えを向ける余裕はなかった。
「英雄王か……やはり奴が一番面倒であったな。先に狙うはあちらだったか……」
魔神が剣の飛んできた先──ギャラルホルンゲートに陣取る英雄王を見据え忌々しげに呟く。
突き立った巨剣は間もなく光帯に貫かれたが、しかしその頃にはキャロルが紋章陣に補強の術式を追加で展開していた。
「──ふ、これで──取り敢えず、間に合いはした、な……ッ!」
「ありがとう、キャロルちゃんッ!いくよ、S2CA──」
キャロルは再構成された陣を維持して不敵に笑い、その場に崩れ落ちる。
巨剣に遮られた僅かな時間を最大限有効活用した彼女は、しかし目前の脅威を払うためについに全ての力を費やしていた。
光を防ぐ障壁に罅が入る。紋章陣の罅割れから光帯の輝きが漏れ出し、それに比例するように紋章陣がボロボロと崩れていく。
そして、最後の欠片が砕け、純粋な熱量の波濤がその場を包み込まんとした、その瞬間。
「──フォニックゲインを、力に、変えてええええッ!!!」
膨大なフォニックゲインを纏った装者たちから、虹色の螺旋が放たれる。
防壁のように展開された虹の竜巻は、光の奔流をも巻き込むように輝きを増していく。
「これは……ううん、これが皆の、この世界の──」
その光景を、その輝きを。何処かで見たことがあるかも知れない。フォニックゲインの虹の輝き、万華鏡のごとく煌めくそれを眩しそうに見ていた立香はそう思った。
想いの力、フォニックゲイン。魔神によって生み出されたものであったとしても、キャロルが錬成し直した単なるエネルギーとしてのソレでしか無いとしても。
──それでも、彼女たちの纏う光は確かに尊い輝きであると、人の祈り(英霊)に今まで触れ続けてきた立香は直感的に理解していた。
「ジェネレイタアアアアッ!エクスゥ、ドラアアアアイブッ!」
響の裂帛とともに彼女たちのギアが白く輝き、その身には空を征く翼を担う。
それこそがシンフォギアの決戦機構の最たるもの。3億165万と5722のロックの全てを解き放つ限定解除──エクスドライブの力。
「──貴方が愛を抱いていないと、自分の願望のために戦うと言ったとしても。──だとしてもッ!私は、手を伸ばすッ!そのための私の歌、そのためのシンフォギアだッ!」
「吐かせ、歌女ッ!──いいだろう、私が私に抱く不条理、ここで貴様らを滅ぼして精算としてやろうッ!」
罵詈と共に、魔神は結界の修復と共に魔詠の再収束を始める。
先程防いだキャロルは今や満身創痍で、同じ防ぎ方は不可能──つまり、次に放たれるまでが魔神ソロモンとの最後の戦いとなる。
魔神が複数の作業を並列して実施しているにもかかわらず、尚も両者の間には力量差がある。勝ちの目は薄いと言えるだろうが、それでも装者たちの顔に恐れはない。
未だ絶体絶命の窮地であると知りながら、天使のような純粋な輝きを纏う装者たちは恐れず前を向き空を舞う。
対峙する魔神が纏うフォニックゲインは、蓄積した魔力は悍ましいオーラを纏い、その名の通り悪魔を統べる王に相応しいとすら感じられる威圧感と共に魔法陣を展開する。
聖性と魔性、その極北同士とも呼べそうな両陣の戦いが、今まさに始まろうとしていた。