SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order 作:222+KKK
「すごい──これが、シンフォギアの……皆の、力……」
重力の軛から解かれ空を舞う彼女たちは、輝く白い翼と併せまさに天使のよう。
その清浄さに、立香は呆然と見上げ──そして、ハッと気づいたように頭を振る。
「って、見とれてる場合じゃない!キャロルは──」
魔神の攻撃、擬似的な第三宝具を全力を賭して魔神の影響下にないフォニックゲインへと錬成したキャロル。
如何に彼女が錬金術に熟達していようとも、そんな無茶をして平気でいられるわけがない。
エクスドライブ、先程のギアを遥かに凌駕する力を持つ装者達が魔神と対峙する。その傍らで崩れ落ちているキャロルの下へと駆け寄った。
「キャロル、大丈夫!?」
「……あ、ああ。だい、じょうぶ、では、無いが──だが、奴らは、シンフォギアは──」
キャロルは薄すらと目を空け、空を見る。
装者たちはキャロルに心配そうな目線を向けているが、それでも彼女の下には向えない。
デモノイズから抽出したフォニックゲインを使った第三宝具は、他ならぬキャロルの手により不発に終わった。だが、それでも尚、依然として魔神のほうが総量として強大であることは疑いようもない。
エクスドライブ状態の装者6人という戦力が真っ向から魔神と対峙しているからこそ立香が駆け寄る隙があったのであり、装者が下手にこの緊迫を崩すわけにはいかなかったのだ。
だが、そんな目線も装者たちの心情を気にすることもなく。キャロルは力なく、だが不適に笑ってみせる。
「──ふ、オレは奇跡の、殺戮者だ。奇跡を、既知と──」
「キャロル?キャロル!?」
そう呟くキャロルの肉体から力が抜けていく。
「いけない、
咄嗟にブリュンヒルデが回復のルーンを展開し、治癒力を活性化させる。
その判断は間違っていなかったらしく、キャロルはどうにか小康状態で治まった。
彼女の容態が安定したことにホッと安堵の息を吐く。
「良かったぁ……。でも、キャロルはもう……」
「ええ、彼女はここで戦線を離脱するしかありません。──ブリュンヒルデ、彼女とマスターをお願いしても?」
「──はい。お任せください」
ベディヴィエールの言葉に、問題ないと静かに頷く。
ブリュンヒルデに残ってもらう許可を得たベディヴィエールはそのままマスターである立香へと顔を向けた。
「……うん、お願い!今は1人でも多く戦力が要るだろうから……」
「ありがとうございます。それでは──いざ!」
主からの出撃の任を受け、銀の流星、隻腕の騎士ベディヴィエールは魔神を討つべく駆け出した。
「キャロルちゃん……」
「行きたいのは判るけどな、まず目の前の魔神をどうにかしないと話になんねーぞ」
チラチラと下を見ている響をたしなめるクリス。立香がブリュンヒルデやベディヴィエールを伴に駆け寄っている様子が見える。
「エクスドライブ出来たら怖いもん無しデースッ!って、言えたらいいんデスけどね……」
「とは言え、睨み合ってても始まらない……」
エクスドライブによるパワーアップに奢ることなく、切歌と調は油断なく魔神の様子をうかがう。
隙を探るも見つけられず、苦々しい顔で視線を外さないように位置取りを調整している。
「ああ、埒が明ける機を伺うか。あるいは無理にでも攻めるか──放置してしまえば、今度こそ先の宝具を防ぐ手立てがなくなるだろう」
「そうね、なら──」
翼の言葉に同意するようにうなずいたマリアは、ほんの僅かに目線を下に向け、何かを確認したように腰を落とし構えた。
その姿を見た装者たちはタイミングが来ることを理解し、それぞれが瞬時に行動できるよう姿勢を整えた。
「──『
「──今よッ!」
そんな中、ベディヴィエールが銀の腕を輝かせ魔神へと斬り込む。
場の動く機が到来したその瞬間、彼女たちはマリアの合図と同時に一斉に動き出した。
「はあああ────ッ!」
「おおおお────ッ!」
マリアと翼がそれぞれのアームドギアを極大化させ、ベディヴィエールに追従するニの太刀、三の太刀として一気に飛翔する。
「小賢しいッ!」
苛立ちを感じさせる魔神の言葉に呼応するかのように、彼ら彼女らを塞ぐように巨大な指揮者デモノイズが出現する。
魔都の指揮個体に比肩する大きさのデモノイズの出現に、俄にたたらを踏み……瞬間、両断される。
魔詠を歌う間もなく消滅したデモノイズ。何が起きたかと目を細める魔神の目線の先には、魔神ソロモンの第三宝具を受け半ばから折れかけている巨剣を構える2人の少女の姿がある。
「エクスドライブ中なら、大盤振る舞いデースッ!」
「まだ、少しは使えるッ!」
巨大な剣を持つために、己のアームドギアを戦神の剣柄に突き刺し、食い込ませて無理やり持ち上げて誇る切歌と調。
『……まあ、カルデアに戻れば直りますから、今はいいですけど』
「ご、ごめんデースッ!緊急事態なので目溢しくださいデスッ!」
乱雑さがすぎる扱いに眉を顰める子ギルに謝罪しつつ、切歌は調とともに妨害のためにと出現した指揮者デモノイズを片端から切り裂いていく。
とはいえ、デモノイズは指揮者以外にもいる。楽団と称された小型デモノイズ達は吹弾器官を展開し魔詠を奏で始める。
その歌を相互強化に利用した楽団デモノイズが進行を阻まんと剣の前に立ち塞がった。
「ッ、流石に小さすぎて……これじゃ狙えない……ッ!」
「任せてッ!」
巨剣シュルシャガナを振るうには小さすぎる人間大の敵に歯噛みする調の横を、螺旋を描くエネルギーを纏った響が突撃する。
肥大化した腕部パーツは槍の如く鋭さを増しており、突っ込まれたデモノイズの軍団は紙くずのように片端から吹き飛ばされていく。
「流石の突破力──光の御子の魔槍も斯くやですね」
「ああ、ソレでこそ立花だ──そしてッ!」
「道が、開けたッ!」
妨害するためのデモノイズは軒並み蹴散らされ、魔神との間に障害はない。
英霊と装者、合わせて3人の突撃を邪魔するものは最早なかった。
「──だが、私には──ソロモンには届かぬと知れ」
瞬間、魔神が膨大な数の魔方陣を展開する。
神代の魔術、現代に失われた神秘は領域に蓄えられた膨大なフォニックゲインを魔力へと転化し、迫る矮小な人間を蒸発させるべく輝きを放った。
さながら灼熱の波濤、魔神の眼光を思わせる業火と閃光が壁のように面ごと消滅させんと迫る。
「だから、あたしがいるんだよッ!持ってけ100億連発だッ!」
膨大な手数と高度さを両立させた魔術に精通している魔神を相手に、魔神当人の反撃が無いなどとは欠片も思っていない。
今まで手を出さず、相手が手数に頼る技を繰り出すまで耐えていたクリスが獰猛に笑い、巨大なアームドギアの弾倉を軒並み開放した。
そこから放たれるのは熱と光の雨。乱れ撃っているように見える光線は、しかしほぼ全てが的確に魔神の魔術へとぶつかり、相殺していく。
「成程、ここまで尽くを潰したか」
エクスドライブの性能を改めて理解したのか、興味深そうに目前に迫る戦士に焦点を合わせる。
魔神が更に魔術を展開しようと身動ぎするも、その展開速度では間に合うものではない。
「今更理解したところで遅いッ!」
「最大火力で劣ってようとッ!」
純粋な力量差は厳然、だが組み合わせ次第では凌駕も出来るのだと。
そう断言する翼とマリアの刃が上下に挟み込むように魔神へと襲いかかる。そして、その隙間を埋めるようにとベディヴィエールの黄金の剣閃が放たれた。
「これで────!?」
だが、3人の放った一撃はその全てが防壁術式によって遮られていた。
耳障りな金属音のような音を立て、エクスドライブの刃も絆の聖剣も大きく弾き飛ばされた。
その展開される防壁の、六角形の特徴的な紋章陣は彼らにも見覚えのあるもの。
「魔術──いや、フォニックゲインを燃料にした錬金術か!」
「備えぐらいはしているとも。当然だろう?──歌を司る概念を持つ私にとっては、フォニックゲインのほうが即応しやすいというものだ」
己に刃が届く筈もないと理解し、確信していたのだろう。笑みを浮かべる魔神の表情は、そのまま魔神の余裕を雄弁に語っている。
──そう、魔神は現状で推定できる攻撃に対する備えをしていた。慢心ではなく余裕と呼べるそれは、だからこそ一瞬の隙となった。
「でぇ──やあああああああ────ッ!」
展開されたままの防壁に、さらなる刃が突き立つ。
銀の腕でも、天羽々斬でもない。万物の貫通を目的に造られたであろう突撃槍の形状をとっていた魔槍は、拳を覆うように展開されていた。
そして、その刃が障壁と攻防を始めて間もなく、エクスドライブも宝具も弾き返したはずの防壁が音を立てて罅割れる。
本来のエネルギー量では不可能な事象に魔神は目を見開き、次いで忌々しげに突き立つ穂先を睨む。
「魔槍──全てを貫き通すつもりかッ!」
「ガ・ン・グ……ニィ────ルッ!」
魔神の言葉に答えるように、己の歌に応えてくれる聖遺物の名を高らかに告げる。
楽団デモノイズを蹴散らし、そのまま3人の影に隠れるように突貫していた響は、聖遺物の特性そのままに強固な防壁を貫き砕き、そのまま穂先をほどき拳で魔神の頬を強かに撃ち抜いた。
──筈だった。
「……成程。エクスドライブは通常時とは桁違いの出力であることは理解した」
響の拳を頬に受け、その身体は大きく一歩、後ろに下がっている。──つまり、エクスドライブの上防壁を貫いた響の拳は、魔神に一歩分の打撃しか与えられなかったのだ。
己を殴った響に向ける冷めた目線は、所詮この程度だろうと想定していたことを如実に示している。
「そんな……」
「それに、純粋な運動エネルギーが発生させる私の肉体に対する負荷も、先程より比率が大きい。フィードバックの比率を考えれば、まあ、先の倍程度といったところか」
響──否、己に攻撃を仕掛けてきた面々など眼中にないとでも言うように、僅かに首を振る。
「──だが、それだけだ。概念的な質量は当初から半減しても惑星の半分程度。貴様らの出力上昇が元と比してどれ程向上したかは知らんが──この程度で私を打倒できると思ったのか?」
パッパッと己の体についた土埃を軽く払い、魔神は嘲笑う。
「立花響の魔槍は防壁を貫けるが火力が足りない。他の装者どもや英霊共は私の防壁をそもそも貫けない。──この有様で、よくも吹いたものだ」
「だと、しても……私は、私達は諦めないッ!」
魔神の言葉を否定せず。それでも尚、響の決意の言葉は揺らがない。
「そうだ、私達は……その程度の窮地、慣れているッ!」
「今更エクスドライブの攻撃が通らないくらいで──諦めを抱くものかッ!」
「あの馬鹿にしか出来ないってんなら、あの馬鹿を全力で援護してやりゃいいんだろうがッ!」
響と共に今まで戦ってきた装者たちは、そんな響のおせっかいを、人助けを、何よりも守りたいという願いを貫けないわけがないと信じている。
だからこそ、未だ戦意を失わずに彼女たちは刃を構えられた。
「そうデスッ!それに今は──」
「ギルガメッシュさんから借りた、これがある……ッ!」
その後ろでは、宝具として貸し出されたイガリマとシュルシャガナをがっしりと支えた切歌と調がそう宣言する。
魔神はそういえば、と思い出したように切歌と調を、そして斬り込んできたベディヴィエールをついでにと一通り見回す。
「……そうか、それもあったか。星の表層を頒かつ宝具、星造りの権能ではないが……しかし、多少は鬱陶しいのも事実、か。それに英霊共もいる……いや、そうだな」
「?何を……まさか!」
魔神のつぶやきから何かを察したのだろう、ベディヴィエールが即座に駆ける。
その足が向いたのは魔神ではない。──己を現世へつなぎとめる楔、マスターへと走り出した。
「ッ!やらせるものかッ!」
ベディヴィエールの行動は、次に魔神が取る行動を想起させるには十分だった。
エクスドライブも、宝具の攻撃もさして通らない。今までに比べ防御力の低下、及び対峙する装者の火力が上がったことでその確認のためにと防御魔術等を駆使していたが、響の拳を受けたことでそれも必要ないと魔神は断じていた。
(この状況下にあって尚魔神に大規模な打撃を与えられるとしたら──英雄王から借り受けた宝具を持つ切歌と調。もしかしたら、極大まで宝具性能を向上させたブリュンヒルデ辺りも可能性は、ないでもないが……ッ!)
翼は空から逆鱗を落とし、魔神の狙うだろう方向を塞ぐ壁のように展開する。
エクスドライブ状態ということで平時より巨大に、強固になったそれを魔神は特に気に留めることもなく強力な攻勢術式を展開していく。
己を害する可能性を持つものはわずかで、その攻撃も回避は容易。であれば、魔神がやるべきは根本からの敵対者の排除に他ならなかった。
宝具イガリマとシュルシャガナ。逆転の可能性を持つブリュンヒルデを一挙に止めるには。──否、そもそもの根本として、装者が魔神と対峙できないようにするには。
「──アマデウスを止め、英雄王を止め、戦乙女を止める──であれば、それらを縛る楔を消してしまえばいい。貴様らが私を止めるだけの札を全て切った以上、最早警戒する必要はない──最短手を打たせてもらう」
「~~狙いは私!?ブリュンヒルデ、お願い!」
魔神の言葉、ベディヴィエールの動きで察した立香が小脇にぐったりしたキャロルを抱えブリュンヒルデにしがみつく。
ブリュンヒルデは静かに頷き、魔神の射程から逃れるべく退避の姿勢を見せ──即座にルーンの防御に切り替える。
そして、魔神の攻撃が放たれた。攻勢魔術と錬金術を精緻なバランスで組み上げたそれは、対魔力スキルすら容易に貫通するだろう一撃。
逃げるには遅かったと断じたブリュンヒルデの防壁の選択は決して間違ってはいなかったが、それでも──魔神の攻撃を止められるわけもなかった。
魔神の攻撃は逆鱗を貫き、振るわれた銀腕を弾き飛ばし、ブリュンヒルデのルーン防壁へと到達し──僅かな拮抗後、すぐに防壁にヒビが入る。
まるで響の攻撃を魔神が防いだ時の焼き直しのようなその光景は、しかし決定的に違う部分がある。──魔神と違い、立香がこれを受ければ即死するというただ一点だ。
(いけませんね。……こうなれば、我が身を挺してでも────?)
ブリュンヒルデが立香を庇うように姿勢を変えたところで、更にその身を庇うようにと身を投げた影があった。
「──だから、そんな事をこのオレがやらせるものかよッ!」
「キャロル!?」
凡そ全ての力を使い果たしていたはずのキャロルは、何処にそんな力があったのかその身を盾とすべく魔神の術式に立ちはだかっていた。
『──キャロル、いけないッ!』
「止めてくれるなッ!これは、オレの使い所だッ!」
そのタネを見抜いたエルフナインがその行動を止めようとしても、聞く素振りすら見せずに術式を展開する。
三重に展開されたその防壁は、キャロルがウェルとの戦いで使用したヘルメス・トリスメギストス。魔神が創り上げた宇宙の極小モデルケースとしての特性を持つ結界内においてはほぼ十全の力を発揮した──使用者であるキャロルの内在魔力は底をついているにも関わらず、である。
どうして防げたのか、どんな無茶をしたのかと見つめる皆の前で、その理由は即座に明かされた。
魔力を使い切り、その身に最早エネルギーは無い……そんな彼女が何故行動できるのか。キャロルと同じ記憶を、知識を持つエルフナインは即座に察していた。
キャロルの繰る錬金術の原則は等価交換、代価に見合う奇跡を引き起こす御業。となれば、今のキャロルが払える代価は一つしかなかった。
『キャロル……ッ!どうして、命を──ッ!』
キャロルの肉体が崩れていく。否、その肉体が端からプリマ・マテリアへと還元され、編み上げられる錬金術をより強固なものへと転化させていく。
魔神の魔術により罅割れゆく障壁を補強すればするほどに、展開しているキャロルは粒子へと還っていく。
そして、魔神の魔術が途絶えると同時に、キャロルは今度こそ崩れ落ちた。
「ふ、ふふ……この世界の生まれはこの場にオレ一人。なら、この世界を守るために、命を投げ出すのはオレが相応しかろうよ」
「そんな、キャロルちゃん……」
あまりの光景に、響の悲痛な声が虚しく響く。
その身体を抱き起こそうと立香がキャロルに触れれば、まるでそこに何もないかのように手が沈み込む。キャロルは今、それほどまでに存在が希薄化していた。
「く、ククク……ハハハハハッ!笑わせるな、キャロル・マールス・ディーンハイムッ!かつて世界を滅ぼそうとした貴様が言えた話かッ!?」
その様に呵々大笑とするのは、キャロルの死を導いた魔神。一貫してキャロルに対しては一層の殺意を抱いていた魔神は、念願叶ったためか愉快な面持ちを隠そうとすらしない。
「……そうとも。だが、それでもオレはパパの遺言を諦めた──いや、世界の解剖なぞオレの独り善がりの復讐だと悟った。だから──」
「今度は世界を守る、と?成程、全く、実に──想定を超えない言葉だな」
「……何が言いたい?」
迂遠な侮蔑をぶつけられ、消滅しかけているキャロルは訝しげに眉を顰める。
傍にいた立香は、何となくだが嫌な予感がして口を開きかたが、結局何を言うべきかが分からず言葉を紡げない。
彼女らに限らず耳を澄ませる中、魔神は僅かに考える素振りを見せ、ニヤリと笑った。
「何が言いたいか、だと?……まあ、いいだろう。どうせ消える身だ、錬金術師らしく真理を得てから消えるのも悪くはないだろう」
「だから、何を──」
「──その覚りは、貴様が己で得たものではない、ということだ」
「────な、に?」
尚も挑発的な、持って回ったような言い様に声を荒げる寸前。魔神の口から出た言葉にキャロルは動きを止める。
そしてその言葉が齎す静寂は、キャロルどころか嘗て彼女と戦った響を始めとした装者にまで波及した。
「それ、は……どういうこと……ッ!?」
ハッと、最初に己を取り戻した響が思わず魔神に対して疑問をぶつける。
その大雑把な問にも、魔神は特に気にした様子もなく。むしろ答えることを楽しんでいるかのように嬉々として口を開く。
「どうもこうも、私が捻じ曲げた、ということだ。キャロル・マールス・ディーンハイムという個人をな」
「──馬鹿な、そんなこと──あり得るものかッ!オレは錬金術も、魔術だって受けた記憶はないッ!
「いないだろうな。そんな判りやすく証拠が残る手管を私が用いるものか」
狼狽するキャロルを見て溜飲が下がるのか、わざわざその場に居る面々にも説明するような口調で話し続ける。
止めなければならない、そう思いつつも立香は止められない。魔神が語るのはキャロルをいたく傷つける真実だろうと彼女には判っていたが、ここまで話した内容を知らぬままに死にゆくことを当のキャロルが望んでいないことが明らかだった。
「──さて、平行世界の剪定、という事象がある。我々の世界における法則であり、こちらに類する法則があるかまでは調査してはいないがな」
『……いきなり何を言い出すんだい。剪定事象も編纂事象も、そっちには関係ないだろう』
「そうとも、本来はな。──だがそういった現象が、この世界に流入した我らの世界の法則にあり、霊長がそう定義付けていることが肝要ということだ」
魔神が徐に今までの話と無関係な内容について語りだす。
急に何を、と指摘したダ・ヴィンチの言葉を肯定しつつ、その上で魔神は更に話を続けた。
「先のない世界は宇宙も維持しない、無慈悲で合理的な資源管理法則。それ故に霊長は"剪定"と名付けた。歪な世界を歪な枝と認識したその言葉があるからこそ、私に取れる手があった」
『枝……って、おいおい、嘘だろう?……いやまあ、マジで言っているんだろうなぁ』
魔神の言葉に何かを察したのか、アマデウスが心底嫌気が差したと言わんばかりに溜め息を吐く。
「──どういうこったよ?」
その声音が今までにない、心からの嫌悪を持っていたことに驚いたクリスが反応する。
聞かれたアマデウスははあ、と重苦しい溜め息を吐く。だんまりを決めるのは流石にアレだから、という、本来なら喋りたくもないという本心が透けて見える前置きをつけた上で簡潔に答えた。
『魔神アムドゥシアスは音楽魔なんて呼ばれてるけど、歌以外にも力があるのさ。それでキャロルをどうこうしたんだろう』
「──確か、樹木を歪めて成長させる、というものだったか?だが、それでオレが変化する謂れ、など……」
キャロルが否定の言葉を口にしようとするが、しかし途中で止まってしまう。
彼女も、内心では不思議に思っていたところはあったのだ。何故、己が装者達の説得に応じてしまったのか。何故、父の遺言を、父の復讐を諦めてしまったのか。
「数百年かけて醸造した憎しみだ。本来なら何処までも執念を燃やし、その想い出の全てを焼却して漸く止まれるほどの衝動。それを無理に捻じ曲げ一気に沈静化するとは、まったく────
「…………ッ、そういう、ことか……ッ!」
だからこそ、魔神の告げた言葉は憎らしいほどに彼女の腑にストンと落ちた。魔神の言葉を否定できず、あまつさえ抵抗なく認めてしまったという事実に、奥歯が砕けんばかりに噛みしめるキャロル。
魔神の良いように己が歪められていた、だけではない。何よりも、復讐を諦め装者たちと共に活動する立場を得た己自身が、それを問題ないものと──魔神に歪められた己の有り様が心地よかったと今も受け入れているという事実こそ、キャロルにとって受け入れがたいモノだった。
『ちょっと待って、いくら魔神だってそんな無理矢理な見立てで歪な並行世界を作るなんて真似が出来るはずない!』
「この世界における概念の在り方は、我らが根付いた常識と比して変動が激しく、また影響幅も大きい。天羽々斬が高々形状を変えた程度で、剣でないと判定されるようにな」
「ッ、ファラとの戦いのことか……」
そんな時代から見ていたのか、と翼が戦慄する。
魔法少女事変での、キャロルの使役する自動人形ファラとの戦い。翼は剣を砕く哲学兵装ソードブレイカーに対抗すべく、アームドギアを炎の翼へと転化し哲学の牙に打ち勝ったことがあった。魔神の口ぶりから、その戦いはこちらの世界でも起こっていたらしいと翼は悟る。
「我々の世界ではああはいかん。どれほど形を変えようと、ソレが剣としての属性をもつ限りは剣だ。であればこそ、我々の世界では"剪定"事象と名がつこうとも、それを樹木の枝として我が力を適用させるには至らなかったが……」
『こっちだとそうでもなかった、と。まあ膨大なフォニックゲインを生産・コントロール出来る音楽魔の特性もあって、燃料が多かったのもあるだろうけどね……まったく、度し難い遣り口を採るなオマエは。それでよくまあ音楽魔って名乗れるもんだ』
せめて歌でやれよ、と言わんばかりにアマデウスは吐き捨てる。
音楽には、人の心を揺らす力がある。であればこそ、歌によらず力に任せて無理やり人の心を捻じ曲げた魔神の所業こそを、稀代の音楽家たるアマデウスは唾棄していた。
「言っていろ。どちらにせよわざわざ歪めた結果がこの結果であれば、最初から────」
「──貴様、貴様ッ!オレを、オレの復讐の炎を──私の想い出を歪めたんだなッ!」
『キャロル……』
魔神の言葉を遮るように、この場にキャロルの慟哭と憎悪が広がる。同じ姿、同じ想いを持つエルフナインは、そんなキャロルの痛みを共有しているかのように悲痛さを滲ませた。
憎しみで眼の前の怨敵を殺せたなら、そう言わんばかりのキャロルの眼を受け止めた魔神は興味などないように、ただ白けたように口を開いた。
「──それが、どうした?」
「~~~~ッ!貴、様ァ……ッ!」
魔力も肉体も錬金術の燃料としたキャロルは、既にその存在そのものが消失しかかっている。この状況ではキャロルに取れる手なんてなかった。
彼女に今残されているのは、ソレこそ想い出以外にはない。魔神に歪められたという己の有り様しかない。
──だから、本来ならば"とっておく予定だった"その想い出を。たった今湧き出した憎悪のままに、キャロルは錬金術の炉に焚べた。
『これはッ!?キャロル、まさか想い出の燃焼をッ!?』
『待つんだキャロル、それは──』
「知っているッ!だが、このままで収まりがつくものかッ!」
想い出が変質した魔力は魔都へと──そこに広がる、魔神が敷設した召喚陣へと染み渡る。それはまるで、魔神が己を召喚し直した時の焼き直しのよう。
精緻でこそあれど規模の割に単純な構築のその陣は、聖杯を起点とした英霊召喚を可能とするもの。聖杯戦争が行われたという地方都市──冬木で使用された術式とは異なる魔方陣は、魔神の、魔術王の──そして、カルデアの守護英霊召喚システム・フェイトに使用される術式。
「何を──?まだ切り札でも持っているとでも言うつもりか?だが、いまさら英霊の一騎や二騎程度では何も変わるまいよ」
今の魔神は、それこそ最強の英霊と名高い英雄王だろうが正面からねじ伏せられる。世界に作用する乖離剣にこそある程度は気を配るだろうが、それを使用する前に純粋な物量で蒸発させられる程の力量差がそこにはあった。
だからこそ、魔神は召喚される英霊にこそ注視をしても、止めようとはしなかった。キャロルが想い出すらもこの世界から消滅するというのだから、むしろやってみせろとすら考えている節があった。
自覚こそしていないが、それこそエルフナインに特別な感情を抱いて居るという証左であり──必要以上の悪感情をキャロルに抱いているという事実を示していた。
そしてそれ故に、魔神はキャロルの行動を、キャロルの狙いを見過ごした。見過ごしてしまった。
「屈め、カルデアのマスターッ!」
「え、あ、うん!でも一体何を──んぐ!?」
激発のままに叫んだキャロルの言葉に従い、身をかがめた立香。
────その唇に、キャロルが噛み付くように唇を合わせた。
『────えっ』
『────先輩!?!?キャロルさん、一体何を────!?』
何故今キスをしているのかを理解できずに呆然とするエルフナイン。
唐突に己の先輩が戦場でキスをされたという事実に混乱の極みを見せるマシュ。
共に戦場に立つ面々も、この急な事件に時が止まったかのように凍りついた。
そして、その凍った空気を融かすかのような急激な変化が現れた。
プリマ・マテリアへと還元されていたはずのキャロルの肉体の残滓が、一気に燃え上がる。
肉体を、想い出を、魂を──キャロル・マールス・ディーンハイムという錬金術師の存在そのものを燃焼させるかのようなその炎は、唇を合わせていた立香へと溶け込み、吸い込まれていく。
「え、ええっと、キャロルが!?一体何が……って、令呪が!?」
突然の光景に衝撃を受けていた立香だが、その手に抱く令呪──サーヴァントとのパスを示すマスターの証が熱を持ち、輝いたことにさらなる驚きを見せる。
そんな彼女に追い打ちをかけるように、カルデアから通信が入る。
『これは──システム・フェイトに新たな霊基グラフ!?まさか──いや、確かにこれなら当初の狙いも可能かもだけど……』
「ダ・ヴィンチちゃん、それって……?」
「よもや、そのような手筋を打つとはな。どれ程の意味がある行為かはしらんが、ただの無駄撃ちではない可能性が出てきたか──故に、消えろ」
困惑しつつ、朧気ながら何があったかを理解した立香のもとへ魔神の炎が迫る。
最早一刻の猶予もない、考えている暇は立香にはなかった。迫りくる業火を見据え、彼女は直感的に叫んだ。
「ッええーい、マスターは度胸!!──この意、この理に従うなら応えよ!というか、来てッ!」
詠唱の体を成してない雑な召喚詠唱に合わせ、キャロルの魔力で再構築された召喚陣が一層強く輝く。
そして、彼女の健闘むなしく炎が着弾するその刹那──。
「──即席の炎魔術程度なら、このオレでも相殺自体は容易だぞ、魔神。──全く、忌々しい。こうなっていたとはなッ!忘却の微睡みから抜け出た気分だッ!」
洪水か何かと見紛う程の膨大な水流が、立香を覆い炎を相殺する。
面白くなさそうにする魔神に水幕の向こう側から答えるのは、先程までここにいて、自分から燃え尽きたと思われた少女。
その言葉の端々から憎悪が見え隠れ、それ以上に魔神に対して殺意が燃えている。
「……そして、混じっているという自覚があるのが尚も厄介なものだ。オレであってオレではない、とはこうも気持ち悪いものだったか」
ふと、溢れんばかりの憎悪が和らぐ。それは召喚した少女がいたからか、それともこの場にいる嘗ての敵であり、この世界にあっては手を取った歌女がいたからかまでは不明だが。
だがその憎悪の気配が薄れた姿こそ、まさに先刻まで彼女らと共に戦場に立っていた少女のそれに相違なく──故に、装者たちは先程の憎悪の気配を持つ少女こそ、嘗て戦った"彼女"であるとはっきりと理解できた。
「さて、と。一応立場が立場だ。様式程度は整えてやろうか」
カルデアのマスターたる立香へと目線を向ける彼女は、
「──サーヴァント・アヴェンジャー……いや、キャスターか?まあ、どちらでもいいか」
隷属を告げるのは、煮詰めた憎悪と狂気が混じった瞳。
己の世界を奪った全てを数百年に渡り憎み続けた人間。中世末期から延々と神秘を蓄積し続け、一度は世界の解剖に迫った程の世界に仇なす反英雄。
そして、魔神によって歪められた"己"と、そうではない"己"が入り混じり、その霊基が歪曲した少女。
「──キャロル・マールス・ディーンハイムだ。精々扱き使え、オレの憎悪が向かわぬ程度にな」
復讐に生涯を費やした"復讐者"たる"錬金術師"──キャロル・マールス・ディーンハイムは、サーヴァントとして戦場に顕現した。