SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order 作:222+KKK
「とうちゃ~く……って、これ……ッ!?」
虹光の回廊を抜け並行世界に足を踏み入れた響は、目にした光景に絶句する。意気込んで出立した彼女たちを出迎えたのは、まるで戦争でもあったかのように荒廃した町並みであった。
名所である東京スカイタワーが見えることから日本の都内であるはずなのだが、その荒れ様は紛争中のバルベルデをも上回っているのではないかと思わせる程のものであり、思わず響は一歩後ずさる。
「どうした立花……ッ!」
「おいおい、嘘だろ……ッ!」
続けてギャラルホルンゲートから出てきた翼にクリスも、その光景には言葉を失った。
だが、何も彼女たちはその風景だけに圧倒されたのではなかった。彼女たちは今までも戦いの中で戦場となった町が崩壊していく光景を目にしてきたし、その中でも己を奮い立たせて最後は団円に導いてきたのだ。だから、彼女たちの言葉を失わせたのは崩壊した風景ではなく──。
一陣の風が吹き、まるで地吹雪のように黒い粉が巻き上げられる。黒い粉が巻き上げられたあとも地面には黒く跡が残っており、それが黒炭の類であることが見て取れた。
この大破壊の中で発生したであろう火災の燃え滓とも取れるそれは、しかし少女たちからすれば全く別の物を想起させる。それこそは、彼女たちが戦場に身を投じる理由となった認定特異災害──。
「────ノイズッ!」
まるで響のつぶやきが聞こえたかのように、周囲から発光する生物のようなフォルムの存在が次々と姿を現す。小さくても人並、大きいものだと倒壊したビルの向こうに頭(と思しき部位)がはみ出て見える程の大きさ。出現したノイズ達は彼女たちを獲物と定めたかのようにジリジリと間合いを詰めてくる。
その光景はまるで肉食獣に追い詰められた小動物のようでもあったが、彼女たちは臆すること無く、むしろ凛とした顔つきでその鋭い眼光に決意を乗せる。
「──翼さん、クリスちゃんッ!」
「ああ、やるぞ」
「おう、連中を蹴散らしてやるッ!」
彼女達はその首に掲げていたペンダントを手に、心に湧き上がる聖詠を歌う。
「
ノイズが認定特異災害であるならば、それと戦うためのエージェントとしてS.O.N.G.に所属しているのが彼女達である。この状況に奮い立つことはあっても気圧されるなんてことはなく、彼女達はその胸に浮かび上がる『歌』を声高らかに歌い上げる。
当然、ノイズ達がそれをただ待つということはない。無機質な姿のノイズ達はその風貌に違わず、彼女達の歌を聞いても何ら反応せずに彼女達に攻撃する。その蛍光色の肉体がまるで粘土のように変形し、一斉に突撃する。その先端が響のに触れんとしたその瞬間──。
「──
突如として、響の肉体が光に包まれる。響に触れんとしたノイズ達は、まるで歌そのものが光と化したかのようなその力場に圧され崩壊していく。翼やクリスも同様の光を纏っており、3人の輝きの前に周囲のノイズは吹き飛ばされた。そして光が収まると同時に、装い新たな少女たちが姿を見せた。
ボディスーツに機械の如き具足を纏ったその姿からは力強さが感じられ、無駄を減らした歩法による踏込みからは積み上げた巧夫が感じられる。だが、何よりも特徴的なのは視覚ではなく聴覚に捉えられるものであった。
力強い橙を纏う響は、歌いながら無手の構えをとり。
怜悧な青を纏う翼は、唄いながらその手の剣の鋒をノイズに向け。
鮮烈に紅を纏うクリスは、謡いながらクロスボウに光矢を番えた。
そう、彼女達は歌によって力を得て、歌によって誰かを守らんとする戦士。S.O.N.G.がその前身である特異災害対策機動部二課だったときに、1人の技術者によって提唱された「櫻井理論」に基づき、聖遺物の断片から形成された武装をその身に纏う適合者達。
──「FG式回天特機装束」シンフォギア──その装者である3人は、彼女達が駆逐すべき災害へと立ち向かった。
「……?このノイズ、なんか普通のノイズと違う──けどッ!」
迫りくるノイズから目を逸らさずにいた響は、そのノイズ達が彼女の知るノイズと違う部位が付いている事に気づいた。まず、通常のノイズと異なる裂傷状の器官がある。現在は閉じているが、内部に何らかの機構が格納されていることは目に見える。またその背部からは金管楽器然とした器官が生えていた。
その差異に最初は躊躇するもそもそもノイズの姿は千差万別であり、瞬時に心を落ち着けた響は歌を響かせて突撃する。その纏う鎧は歌のボルテージに合わせ、響の望む形にアームパーツを大きく変形させていく。
周囲のノイズ達は集団の主格たる巨大ノイズに向かう響の疾走を邪魔しようとするが、それを彼女の仲間たちが座して見るのみであるはずもなかった。
「──ノイズにしては随分統率が取れているようだが、その程度の動きで我が剣嵐を抜けられると思うなッ!」
風鳴翼は歌の高まりに呼応するかのように刃──アームドギアを抜き放つ。鋭く光るその剣は空を映し出すかのような青い剣群を宙空に生み出し、仕手たる翼の意を汲みノイズへと降り注いだ。
まるで豪雨のように襲いかかる剣群は瞬く間にノイズの数を減らす。それでもどうにか直撃を免れたノイズ達はなおも響の妨害へと走るが、そこに間髪入れずに追撃をかける者がいた。
「それでもあいつの妨害かッ!意地でもこっちを見ねえってんなら、後ろを見やすくしてやるよッ!」
そう叫ぶ雪音クリスは、その感情のままに声音を旋律へと変えていく。その歌に乗った感情はクリスのアームドギアたるクロスボウをより適した形へと変化させていく。彼女にとって忌むべき、しかしよく知る大量破壊に向いた武装──連装式回転銃砲、即ちガトリング砲の姿へと変化したアームドギアは、猛々しい思いを表すかのように一気に鉛玉を吐き出した。
その弾幕は鉄風の如く、その砲火は雷火の如し。響を狙ったノイズ達は、2人の剣林弾雨の前に儚く消え失せた。
まるでそうなることが当然であるとばかりに、狙われていたはずの響はその光景を一顧だにせずに勢いのままに跳躍する。矢のような速度で巨大ノイズの胸元へと一直線に迫った響は、腕でありながら槍でもあるかのように変形した拳を大きく振るい叩きつけた。
「────!」
「まだまだッ!」
その威力は少女の膂力とはとても思えず、巨大ノイズを大きく損壊させる。だが響の攻撃はそれに留まらず、弩を引き絞るかのように変形した腕部のハンマーパーツのエネルギーを開放し、おまけとばかりに巨大ノイズに叩きつけた。
瞬間。激しい衝撃がノイズを貫き、巨大なノイズは愚かそれを取り巻いていた他のノイズたちも纏めて炭のように黒く崩れ去った。
「……我が拳即ち一撃必倒、是成は六合大槍、
映画か何かで見たセリフを自分流にアレンジしいかにもかっこよく決めた響だったが、自分で言ってておかしいと感じたのか首を傾げる。響の言う无二打は李氏八極拳開祖の李書文の伝説のことで、本命のための牽制打すらも一撃必殺の威力を秘めていることを評した言葉であるため、原義的には二打入れることは間違いではないのだが。
「しっかし、なんか随分と奇妙なノイズだったな……」
クリスが自分たちが倒したノイズの残骸を見ながらそう呟く。ノイズは既にその身が崩壊しており、その崩壊の仕方は彼女達の知るノイズと基本的に同一だった。だからこそ、発言したクリスはもとより戦っていた響や翼もその異様さに気づいていた。
「──確かにな。怪しいからこそ何らかの行動を行う前に仕掛けた速攻が奏功したが、統率が取れていたことといいまるで誰か錬金術師が新しいノイズのレシピを使って生み出したとしか思えないが……」
「でもアルカ・ノイズみたいにプ、プリ……プリなんとかになりませんでしたよ?カルマノイズ……でもなさそうですよね……」
「プリマ・マテリアな。あー、今まで見た並行世界みたいに、聖遺物とか哲学兵装を取り込んだ、いや取り込まれた?ノイズじゃねーのか……いや、でも破片とかは落ちてねーしなぁ」
戦闘が一段落したことで、あーだこーだと意見を言い合う3人。しかし結局結論はでなかったのか、翼が切り替えるように首を振る。
「よし、埒が明かないならばこじ開けるよりほかにあるまい。エルフナインの言っていたとおり、まずはS.O.N.G.を探すとしよう」
「つってもどこを探すんだ?まるでアダムの野郎とかとやりあった直後みたいな状態だぞ、ココ。あたしらの通信機だって向こうのもんだからこっちじゃ繋がらないだろうし」
翼の案を聞いたクリスが不安要素を確認する。翼もそれは当然理解しており、案を提示した理由を続けていく。
「いや、もしこの状況が戦闘後であるとすれば、ノイズが跋扈しているのが放置されている筈もない。となれば、何れかの勢力が別の場所でノイズと戦闘しているだろう。即ち……」
「そっか!どこか戦っている人達を探すんですね!」
「ハッ!わかりやすくていーじゃねーか!そうと決まりゃ……ッ!?」
彼女達が方針を固めて行動に移そうとしたところで、地平線の向こうから空を穿つかのような閃光が放たれた。複数の色が混じり合ったその光は空を覆う淀んだ雲を突き破り、その向こうにある青い空を映し出す。
「──今の光って……?」
「呆けるな立花、発射地点に向かうぞッ!」
響はどうにもその光に見覚えがあった気がして少し記憶を探っていたが、翼に急かされ中断する。誰かが戦っている以上、響がそこに向かわない理由はなかった。
「おいバカッ!それと先輩──乗れッ!」
クリスの声に響達が振り返れば、シンフォギアの腰部パーツを大きく展開したクリスが今まさに巨大なミサイルを発射せんとしていた。常軌を逸したその光景に対しても響達は慣れているのか、頷き合ってミサイルに飛び乗る。
「行くぜ──ミサイルサーフだッ!」
響と翼が乗っているミサイルをそれぞれ発射したクリスはシンフォギア装者の身体能力を活かし、わずかに遅れて発射した残り一基のミサイルが加速し切る前に追いつき、そのまま飛び乗る。優れたバランス感覚でミサイルを乗り物同然に乗りこなしながら、先程光条が放たれた場所へと向かった。
「……見えたぞ、あそこだ──って、あいつは──ッ!?」
「どうした雪音──ッ!?」
そろって飛翔する3人の内、『彼女』を最初に見つけたのは遠距離戦が主体であるクリスだった。狙撃手としても天性の才能を持つクリスは、その優れた動体視力で地面に倒れている人影を見つけ絶句した。クリスの反応を訝しんだ翼だが、次いでその小さな人影を見たときには思わず言葉を失った。
響はそんな2人に遅れてその人影を見やり、2人が絶句した理由を知った。
「……えっ?そんな、あの子は……ッ!」
その少女は、先程彼女達を並行世界へと送り出した少女である『エルフナイン』に瓜二つの容姿であった。違いと言えば三つ編みが大きいことと、まるで中世の魔女のステレオタイプをそのまま持ってきたかのようなローブと鍔広帽を纏っている程度。だが、彼女達にとってはその程度の違いこそが何よりも重要だった。
「──キャロル、ちゃん……!?」
少女の名はキャロル、キャロル・マールス・ディーンハイム。ホムンクルス・エルフナインの製作者であり、優れた錬金術の技量を持つ錬金術師。そして──かつて響達と敵対し、その果てに己すらも焼却したはずの少女だった。
「────!────ちゃんッ!──っかりし──!」
(……なんだ、この声……。ああ、そうだ。忘れようとしても忘れられない、あいつの──)
キャロル・マールス・ディーンハイムは深い微睡みの中、どこか聞いたことのある声に耳を傾けていた。
「キャロ──んッ!ねえ、しっかり──てッ!」
(──いや、あいつはこの世界から消失した。幻聴とは、オレも弱く──いや、それは昔からか──)
つい最近まで聞いていた声。しかしキャロルはその声の主を知っているがために、その声を幻聴であると断じ、意識的に遮断して快復に努めようとし──。
「キャロルちゃんッ!」
「──ええい喧しいッ!幻聴が囀るなッ……!?」
どんどん喧しくなるその声に怒鳴りつけたことで、唐突な覚醒を果たした。上半身を跳ね起こしたその目の前には、消失したはずの1人の少女。キャロル・マールス・ディーンハイムにしつこくつきまとい
「……ここは。そうか、オレは
円形にくり抜かれたかのように吹き飛んだビルや高温により硝子化した周囲、そして何より自身の生存から戦闘の結果と現在の状況を察し1人納得するキャロル。その視線はそのまま自分を心配する一対の目へと移る。
「……それで、貴様らは一体何処にいた?この"魔都事変"にあって今頃出てきたということは──いや、違うな。貴様らは
「!私達が並行世界から来たってわかるの!?」
キャロルの言葉に響は驚く。今まで彼女達が移動してきた並行世界において、理論や可能性として並行世界を示唆する人間はいてもそれを断定する人間はいなかった。それをキャロルが僅かな時間で看破したことに、響は思わず並行世界から来たことを暴露してしまった。
「……ああ、知っているとも。──正確には、それしか
「それはどういう意味だ、キャロル・マールス・ディーンハイム。それに先程の"魔都事変"という言葉──いや、そもそも貴様は何故──」
思わせぶりなキャロルの言葉に、この異常のための情報収集をせんとする翼は警戒しながらも矢継ぎ早に質問を繰り出す。そんな翼に一瞥をくれたキャロルは、どの質問にも答えずただため息を吐いた。翼は嘲笑されたのかと一瞬だけ激昂しかけたが、そのため息に吐いたキャロル自身に対する呆れを含ませている事に気づき冷静さを取り戻す。
「……その様子だと、並行世界のオレは疾うに死んでいるようだな。そちらのオレが此処に居るオレと同じことをやったのであればまあ、十中八九そうなるだろうが。──何故、オレが生きているのか、か?別に何のことはない──途中で折れたからだ。立花響の言葉とパパの想い出に絆され、真理と命題から訣別した。だからオレは死なず──エルフナインが死んだ」
「ッ!エルフナインが死んだだとッ!おい、そいつはどういう──ッ!?」
キャロルの半ば投げやりな言葉にクリスは思わず熱り立ちキャロルに詰め寄るが、その瞬間に大きな揺れがその場の4人を襲った。常人ならとても立っていられないほどに強い揺れに、詰め寄らんとしたクリスはその場に踏みとどまり周りを睨む。
やがて揺れが収まり、巻き上げられた土煙が晴れる。周囲を油断なく警戒していた彼女達が目にしたのは、先程も戦った変異ノイズ──そして、今まで見たどのノイズとも違う異形だった。
「なっ……んだ、こいつはッ!?」
絶句するクリス。響や翼もその異形には思わず唖然とした表情を見せる。所謂大型ノイズに匹敵する捩れた柱のような形状をしたそのノイズは、ほかの変異ノイズと同じ裂傷状の割れ目がついている。但し、装者達が今までみた変異ノイズと異なりその割れ目は大きく開いており、その内部にはノイズに不釣り合いなほどに生体的な眼球が規則的に配置されていた。またその根本からは管楽器のような器官が枝のように生えてきており、不気味さと悍ましさという点で通常のノイズを遥かにしのいでいる。見れば同時に出現した他の変異ノイズも割れ目が開いており、同様の眼球が装者達に焦点を合わせていた。
「デモノイズ……指揮者かッ!先程のに比べて小型だが……悪いが話はこいつらを片づけた後だッ!手伝ってもらうぞ歌女共ッ!」
その正体を知っていたキャロルは変異ノイズ──デモノイズを睨みつけ、ふらつきながらも戦闘姿勢を取る。とはいえ負傷がひどいことを自覚していたキャロルは1人で戦うつもりはサラサラ無く、出会ったばかりの装者達にも半強制的な共闘を呼びかけた。
「~~ッ、くそッ!後でしっかり聞かせてもらうからなッ!どさくさに紛れてトンズラすんなよッ!」
流石にこの状況で問答できるとは思っていないのか、釘を刺しながらもクリスはアームドギアをデモノイズに向けた。残り2人も各々構えを取り、いつでも戦える状態へと移行する。
「指揮者と言っていたな、キャロル。あの異常なノイズ──デモノイズといったか、やつらの組織的な行動を指揮しているのはあの柱状のデモノイズということか?」
「いいや違う、戦闘指揮を執るのは別だ。いいか、指揮者デモノイズが指揮するのは──『歌』だ。アレが吹弾器官を起動する前に片を付けないと厄介なことになるぞ……ッ!」
「ノイズが『歌』……それに吹弾器官だと?──いや、仔細を問うてる暇はないか。行くぞ、2人ともッ!」
翼はキャロルの言葉に僅かに考え込むが、目の前の状況をどうにかすることを優先し考えを打ち切る。号令に合わせ響と翼は突撃し、クリスが腰部パーツを展開する。
「露払いだ、吹き飛びやがれッ!」
展開された腰部パーツにあるミサイルコンテナから大量の小型ミサイルが放たれ、デモノイズたちを蹂躙する。先程のデモノイズ戦で使用したアームドギアの攻撃に比べて速射性や小回りでは劣っているものの、その分破壊力と破壊範囲に優れた攻撃は容易にデモノイズの戦線を崩壊させる。クリスの一撃によって拓けた柱状デモノイズ──指揮者デモノイズに向かう最短ルートを響と翼は一息に駆け抜けた。
「いっけええええッ!」
響の拳と翼の剣が指揮者デモノイズの眼球に突き刺さらんとする。──だが、そこで異変が起きた。
「─────♪、seイ、■ョうノトキ──■■レ■────♪」
「──歌ッ!?何が──ッ!」
指揮者デモノイズの管楽器のような器官──吹弾器官から荘厳にして流麗、人類には到達できないのではないかと思わせるほどに心を震わせる「歌」が流れ始め、指揮者デモノイズにエネルギーが収束し始める。嫌な予感を受けた響は無理矢理脚部パーツのパワージャッキを起動し軌道を変え、その反動で翼を進路上から弾き飛ばした。
「立花、何を──ぐッ!」
翼は体勢を立て直さんとするが、デモノイズの歌と同時に力が抜ける感覚を受け、膝をつく。何が起きたのかとデモノイズを睨みつけた翼は、その光景を目の当たりにする。
「────────♪──♪、────♪」
「──嘘だろ、こいつは……ッ!これは、フォニックゲインだッ!」
悍ましい姿のデモノイズから、歌が炎となって放たれる。光熱の奔流は地面を融解させており、もし響達があのまま突っ込んでいたら諸共に焼き払われていたことが容易に想像できる。そうなれば如何にシンフォギアの防御能力が優れていようとも、これほどの火力を防ぎ切ることはできずに戦線を離脱する可能性すらあった。
デモノイズによって生み出された膨大な熱量──その正体をクリスは把握していた。否、響に翼、錬金術師であるキャロルも正体を理解している。
フォニックゲインと呼ばれるその力は、本来なら適正ある人間の歌声にしか発露しない。にも関わらず、人の心を震わせんとするデモノイズの荘厳な歌により作り出され──歌とともに戦う彼女達に牙を剥いていた。
「ノイズが、歌を──」
響にとってその光景は非現実的であり、立ち上がろうとした足がガクンと下がる。それでも、と力を入れようとして、彼女は異変に気づいた。
「って、あ、あれ……?力が──入らない──?」
(どうして?私はまだ諦めてない、のに──胸の、歌が──遠く──)
響はまだ戦えると自分で感じていたはずなのに、それでも力が入らない。過去に歌えなくなったときとは違う感覚に、響は思わず周りを見回す。
「ぐッ、何が──」
「あたしの、歌が……乱されて……ッ!?」
見れば、その影響は響1人だけにとどまらない。先程体勢を立て直せなかった翼はもとより、ミサイルを放っただけで体力も戦意も十分だったクリスすらも思わずふらついている。この状況下で(以前からの負傷分はともかく)平気そうにしているのはデモノイズとキャロルのみであり、だからこそキャロルはその状況に推察を立てる。
「あの歌、オレが戦っていた時は気づかなかったが……まさか装者の歌に影響があるのかッ!?如何に雑音呼ばわりされているとは言え、そんなことができる道理が──ッ!?」
「──だが、実際に、そうなっている以上仕方あるまい……ッ!カルマノイズとも異なるこの力、まるで歌そのものが我々の心の奥底まで響き渡り、揺さぶっているかのようだ……ッ!」
翼は感覚的に状況を把握しながら、刀を支えに立ち上がる。その視線は油断なくデモノイズに注がれているが、「心を揺さぶられた」と形容すべき精神反応はシンフォギアとの適合を阻害し続けており、その肉体のフラつきは到底隠せるものではなかった。
デモノイズが無造作に流す魔境の歌。それは彼女達のシンフォギアへの適合そのものを妨害していた。
元来、シンフォギアに適合する際の精神状態というのは決して馬鹿に出来るものではない。人の強い思いが聖遺物に作用する以上、その適合にも心の在り方、思いの強さが非常に重要な役割を示すのである。過去にも強い思いや意思が聖遺物への適合・制御に繋がる例が多々存在しており、ここに居る中では響もそういった経験を持っているといえる。
故に、心に対し一種の強制力を発揮する程常軌を逸した、それこそ魔的なほどに「感動的な」音楽は、心に自分の歌を擁して戦う彼女達に対し、これ以上無いほどに相性が悪かったのである。
(……この歌が流れている限り、奴らはフォニックゲインの出力を上昇させ続け、それと比例するように我々は弱体化する。このままでは最悪、我々はギアを纏うことすら不可能になるということッ!)
「──立花、雪音、キャロルッ!今はとにかくデモノイズの総数を削るより他にはないッ!少しでもデモノイズのフォニックゲイン生成量を減らさねば、本丸攻めは不可能だッ!」
「了解ですッ!城門をこじ開けてみせますッ!」
「~~こいつらッ、無駄に歌を心に届けやがってッ!上等だ、やってやらぁッ!」
「──何処まで持つか。だが、取れる選択肢がない以上仕方ないか──!」
翼の号令のもと、装者と錬金術師は即席の陣形を組む。慣れていたはずの歌の響く戦場、全く未知の領域と化していたそれを前に、彼女達は不安を押し殺すように心を奮い立たせたまま先の見えない消耗戦へと身を投じた。
「そらよッ!……これで、何体目だ?くそ、倒しても倒しても湧いて出やがるッ!」
「さっき戦った時は、こんなこと、無かったよねッ!?」
──戦い始めてどれほど経ったか。クリスの銃撃によりまた一体のデモノイズが消滅したが、それを待っていたかのようにデモノイズが補充されていく。
そう、彼女達は戦い始めてすぐに気づいた──デモノイズの数が減らないという現実に。ノイズは通常、亜空間領域に保管されているものを鍵となる聖遺物や錬金術による空間転移──テレポートジェム等によって呼び出される。逆に言えば、誰かが追加で呼び出そうとしない限りは出現時より増えることは基本的にありえないのである。
にも関わらず、デモノイズの軍勢は破壊されればされた数だけ出現していく。結果としてデモノイズの総体は変化せず、彼女達は徐々に疲労から動きを鈍らせていった。
この異常を前に、キャロルは戦いながらも思考を止めず、その原因を考えていた。
(オレも一度こいつらと戦った。楽団デモノイズとしか戦ってなかっただろう装者共と違い、指揮者デモノイズともだ。だが、その時はこんな機能はなかった。いったその時と何が違う?オレが指揮者を撃破したとき、その後に倒れたオレに対し一切の追撃が無かったことを考えれば──)
そこまで考え、キャロルは1つの仮説に思い至った。
「──指揮者が雑兵共を召喚・維持しているということかッ!自分で雑兵を呼び出し自己強化し、更に多くの雑兵を呼ぶとは随分な設計だなッ!」
キャロルの暴言混じりの言葉に、装者たちは苦味走った表情を浮かべる。仮にキャロルの言葉が真実であれば、指揮者を倒さないと指揮者に到達する壁になるデモノイズを減らせないという矛盾に陥っていることになる。
もちろん、指揮者に比べて周囲のデモノイズはキャロルの言うとおり雑兵程度である以上、大威力の攻撃を放つことで雑兵諸共に指揮者を攻撃すれば良いという暴力的な解決手段があることは彼女達も分かっていたが、それは平時の話。
「──くッ!デモノイズの、歌さえなければ、一刀にて斬り捨てられるものを──ッ!」
翼の苦し紛れた言葉が、彼女達の現状を物語っている。魔境の歌によるシンフォギアに対する適合系数の低下はその影響を如実に示しており、平常時ならば長時間とは呼べない戦闘時間も、今の彼女達には10倍にも20倍にも長い間戦っているかのように感じられる程だろう。そんな彼女達に大技を撃つ余力はなく、やろうと思うなら誰か1人が技の準備をする間に、残りの3人の誰かが生命を捨てる覚悟すら必要になるだろう。
「──────♪──♪────♪、────♪──♪」
「ッ!全員オレの後ろに回れッ!」
だからこそ、破綻の訪れにそう時間はかからなかった。デモノイズは獲物たる彼女達の動きの鈍化を機械の如き正確さで把握し、その隙を逃さずさらなる追撃を加えた。指揮型デモノイズはエネルギーを収束し、周囲を飲み込むように解き放った。
暗雲のごときエネルギーの奔流が壁のように迫る。相殺等の選択肢が取れないと理解した装者たちは、とっさに盾の紋章陣を展開するキャロルの言葉に従い盾に隠れる。彼女達が隠れきれるか切れないかというところで黒い嵐が盾に衝突、金属を削るような甲高い轟音が響き渡った。
(キャロルちゃん、すごい……。でも、これじゃ……ッ!──────?これは、歌……?)
内在魔力のみで戦うキャロルの錬金術は以前より弱体化しており、目の前のエネルギーの奔流を受け止めきれる程の頑強さは望むべくもない。そのことに気づいた響はどうにかして対抗せんと考え──何かが聞こえた気がして、周囲を見回した。
それはデモノイズたちの魔境の歌とも違うごく一般的な、それでいて最上級のクラシックの旋律、音楽の授業でも映像あるいは音声でしか聞かないような曲。デモノイズの歌に比べれば遥かに小さくか細い旋律は、極限状態にあって集中力の増していた響の耳にしっかりと届いていた。
『──"
(音楽──デモノイズの歌とは違う、優しい、きれいな──)
歌が語りかけてくる、そう響は感じた。何処からか届くその歌うような声に、響は徐々に平静を取り戻す。魔境の旋律により揺らいだ精神を取り戻させるかのように、胸の歌が強く鳴り響く。
『あの魔境の歌は、君たちの胸に無理に感動を押し売りしているのさ。あの歌は全人に通じさせる歌だ──君たち自身の音楽と感性が違うにも関わらずに、ね』
(無理矢理……。そうか、心中を乱して歌えなくしたのではなく、感動の過程で私の、私自身の歌への感性を乱してきたということか)
翼は、己にそう伝えるかのような……否、真実そう伝えてくる音楽を聞いた。歌詞でもなく、曲でもなく。デモノイズの歌同様に、音楽を通して心に直接奏でられる旋律。
『だから僕が、君たちの心に手助けをしようか。なに、そう大したものでもない──君たちの感性が君たちのものだって思い出させるだけだとも』
(……誰だか知らねえが、この音楽──あたし達の歌を取り戻させるために、あたし達の歌に合わせてくる……)
だが、クリスはそれを気に食わないとは思わなかった。この音楽を奏でる誰かは、あくまでクリスたち装者の心を、歌を尊重していることがわかったから。
「──もう、盾が保たん……ッ!」
デモノイズの暗黒の波動に盾が破壊される刹那。3人の装者は示し合わせることもなく、ただ"誰かからの音楽"にユニゾンするよう、それぞれの胸の歌を口ずさんだ。
デモノイズの一撃はノイズが使用する攻撃としては埒外の火力であり、その力は過たずキャロルの盾を破壊した。直撃すれば装者たちとて生存が危ぶまれるであろうそれを叩き込んでも、デモノイズは歌を止めることなくただ破壊の風景を睥睨する。やがてその眼球に映り込んだのは、己が一撃によって無残な最期を遂げた少女たちの姿────ではなく。
「──貴様の一撃、都牟刈の刃には劣るようだな」
そこにあるのは、まさに盾と見紛わんばかりの巨大な刃。天羽々斬が極大化した逆さ鱗によって、デモノイズの一撃は完全に受け流されていた。
感情も知性も持っていないデモノイズは、システム上ありえないことが起きていることに気づいていないかのように只々機械的に歌を大きくかき鳴らす。装者達をかき乱さんとする指揮者やその取り巻きたるでもノイズめがけ、追撃とばかりに大量の矢が降り注いだ。
「──その目を見開いて良く見てろ、あたしの矢はここにあるッ!」
デモノイズの大量の眼球の幾つかが空を見れば、イチイの弩を構えたクリスがミサイルの上で不敵な笑みを浮かべている。一度に大量のデモノイズを失ったことで出力を大きく減じた指揮者は、軍勢たらんとデモノイズを製造し始める。その増産能力は圧倒的ではあったが、敵対者がいる状態での製造は僅かだが致命的な隙でもあった。
「いっ……けええええええええッ!!」
翼の立てた逆鱗から飛び立つようかのように、響が腕部スラスターを全開まで稼働させてデモノイズに突っ込む。ナックルパーツがまるでドリルのように大きく、鋭く変形・回転し、竜巻を伴い指揮者に突き立つ。その一撃に大きく拉げたデモノイズに、更にダメ押しとばかりに腕部に蓄積されたエネルギーが開放される。強力なハンマーユニットは瞬間的に威力を限界以上に跳ね上げ、その拳にとって指揮者ノイズの障害など有って無きが如しと大穴を開けて突き抜けた。
「なるほど、指揮者ノイズがデモノイズの中核というキャロルの推察はどうやらそう外れているわけではないようだな」
最後の一撃が止めとなったのか、指揮者ノイズが形を保てず炭となって崩壊し、それに同期しているかのように周囲にいた取り巻きのデモノイズも纏めて崩壊していく。その光景をみた翼はポツリとそうつぶやいた。
「本当にこの推察で一分の間隙もないのか、というとわからんがな。それより貴様ら途中から随分と動きが良くなっていたが、一体何があった?」
「それが私たちにもさっぱり……。ただ、誰かの歌が……」
「いやいや、流石だね。君たちの歌から聞こえる力強さと清純さは僕の予想通り素晴らしいものだったよ!」
「!!この声……」
響の言葉に被せるかのように紡がれた言葉に、全員が声の聞こえた方へと振り向く。そこにいたのは、大きく派手な帽子をかぶり、同じ意匠のカラフルな服装をした1人の男だった。よく見ると羽織っているコートの裏地はきらびやかな刺繍が施されており、派手な色合いやステンドグラスのようなデザインはまるで、歌劇場が人に成ったのではないか、そう思わせる姿をしていた。
そして何より、装者の3人はこの声に聞き覚えがあった。デモノイズとの戦いの中で聞こえた音楽、その音楽の奏者の声。
「う、わぁー……。すごい強いね、あの人達……。ほんとサーヴァントみたい……というか、私達ほとんど何もしてないよね……」
「キャスターも言っていたとおり、彼女達は十分な戦力ですから。先程の精彩を欠いた動きもどうやら今回の魔神柱との相性の問題みたいですし。ボクの戦力が落ちている現状、彼女達が味方になってくれれば心強そうですが、どうなるでしょう」
更に追加で2人の声も聞こえてくる。最初は派手な衣装の男性に視線が行ったために気づかなかったが、よく見れば影に隠れてて響達と同年代の少女と小学生くらいの少年の姿が見える。私服というにはちょっと変わった格好ではあるが、まあ一般的の範疇に含まれるだろう姿の2人は(どうやら男性とも)知り合いらしく、親しげに話をしている。
とりあえず声をかけられたということで、この中でおそらく一番社交性のある響が代表してその3人組?に声をかける。
「あのー……すいません、さっきの歌の人?ですか?というかあなた達は誰ですか?」
「あ、はい?えっと、歌の人……はアマデウスだけど……。じゃなくて、コホン」
どうやらあの3人組の中では少女が代表格らしく、男性の前に出て咳払いをする。自身の緊張をほぐすかのように深呼吸した少女は、人好きするような笑顔で言い放った。
「えっと……我々は人理継続……じゃ、じゃなくてえっとぉ。こ、国連承認機関カルデアの魔じゅ……と、特殊な専門家です!私は藤丸立香、この特異、じゃなくて……と、とにかく解決のために来ました!どうか協力していただけませんか!」
「……はい?」
響の顔が固まる。少女の言った言葉の中に理解できる用語がなかったのか、響は首を傾げた。
聞き返そうと響が少女──立香を見やれば、自分と同じように固っているようだった。明らかに自分がやらかしたことに気づいた表情であり、彼女の後ろに控えていた男性と少年も苦笑を浮かべている。
この締まらない邂逅が、今回の異変、後に『魔■■事変/亜種特異点 ■■魔■宮殿 ■■■■■■■■■』と呼ばれる事件の解決の立役者。そののファースト・コンタクトであり、彼女達の短くも長い戦いの始まりだった。