SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order 作:222+KKK
「……新宿は大詰めに入ったみたいだな」
ぼそりと呟きが溢れ、同時にデモノイズがまた1柱切り捨てられ炭へと還る。
皆神山、魔都ネツァクと呼ばれる場所。守護天たるヘルヴォル・アルヴィトは空を見上げる。
独特な鎧を纏うその身は大小の傷を負っていたが、その立ち振舞いに未だ衰えはなく、全知の眼により、魔都と雑音により造られたこの世界の変化を鋭敏に感じ取っていた。
「んで……本当に出来るんだろうな?」
"はい。御父様の槍が──この世界のガングニールがあれば、可能です"
ヘルヴォルが己に問えば、その胸の内より己ならざる己の声が返ってくる。
本来のヘルヴォル・アルヴィトの霊基からの答えに、ううん、とヘルヴォルが……天羽奏は頭を振る。
「さっきの宝具開放……魔力供給が打ち切られてるあたしはアレ一発で結構ヤバげだってのは判ってんだよな。ここで戦うだけならともかく、今度やったらこれ以上の手伝いはできなくなっちまう……だから、失敗はできないし、やっぱりできませんもナシだ」
"ええ。出来るか否かは、貴方もその眼で視たでしょう──私達は同体なのですから。後は機を見るよりほかにはありません"
ヘルヴォルの諭すような言葉に、奏では瞑目し息を整える。
ガングニールの真名開放にて発動した"勝利を確定させる"という奇跡の帰着点。それこそ全知の眼で視た以上、言われなくとも判っていることではあった。だが、それでも彼女にとっては衝撃的な話ではあったのだ。
「いや、悩むだけ無駄ってやつだな。……ところで、ダビデはこの話をわかってんのか?」
"────"
「わかってねえんだな、識ってたけどさ」
それはそうだろう。彼女も己の槍をはっきり知るまでは全く理解していないことだったのだ。
己の握る槍が──ガングニールが、この状況の切り札足り得るという事実が。それによる勝利こそ、ダビデが最終的に掲げた勝利条件だということが。
戦場は今や遥か遠く。全知の眼を持つモノと言えど、その視界に映らない戦場を直接認識することは敵わない。
今彼女が出来ることは、デモノイズの波濤に負けないように戦い──全知の名に恥じぬよう、タイミングを見切ることだけだった。
「どぉおおおりゃああああーッ!」
「はあああ──ッ!」
響と翼。剣と槍の閃撃が魔神へと放たれる。
展開された障壁は響の拳が打ち砕き、その奥の魔神へと翼の刃が肉薄し、その薄皮にほんの四半寸だけ突き立った。
鋒が僅かに沈み込んだ白い腕は、その指先を起点として展開した魔方陣の照準をわずかに逸し──結果、ダビデに向かうはずだった魔弾はキャロルの防御陣によって受け流される。
「ち、何処までも鬱陶しい……いや、今は良い」
魔神は目線だけを翼たちに向ける。
放置すべきか、今始末すべきか。ほんの僅かな葛藤がその表情に現れたが、ふいと目をそらしダビデへと目線を合わせるに終わった。
「……相手にされていない、か。現状を思えばありがたい話だが──」
翼の忸怩たる感情が、僅かにその言葉の端から漏れ出る。
何処までもダビデを愚直に狙う魔神。先に妨害者である装者や英霊達を狙わないのは、ある意味ではその実力を認めているからだろう。
即ち、彼女らをまともに相手する必要がない程度には実力差があり、かつ軽く始末できるというほどには弱くはない、という魔神の認識に基づいていた。
認識自体は間違っては居ない。フォニックゲインを術式の限りに詰め込んだ防壁を貫けるのは現状ではエクスドライブした響だけであり、それ以外では魔神の魔術の障壁を突破することが難しい。
そして、それとて響のシンフォギア──ガングニールの持つ必中の効果がその奇跡を引っ張り出しているというだけであり、純粋な威力では概念的質量差が大きすぎる魔神に痛打は与えきれていない。
翻って、決戦当初に比べ出力向上を果たした装者たちと、結界に綻びが生じたことでパワーダウンした魔神との戦闘速度自体は現状そこまでの大差はない。膨大なエネルギー、膨大な質量こそが今の魔神ソロモンの武器であり、逆に言えばそれ以外の性能差は詰められているのである。
だからこそ面制圧で狙うにせよ、狙撃で狙うにせよ。装者やサーヴァントを狙うには魔神もそちらに一定の意識を割く必要がある。
これが結界が万全であれば話も変わっただろうが、今の魔神ソロモンでは装者・サーヴァントを正確に全滅させつつダビデの剣が効果を発揮する前に片をつける、という手筋を取りたがらない程度には脅威と思われていた。
(……等と、慰めにもならないな。我々を狙ってくれる程度に危機意識を持ってくれたほうが、ダビデ王を護りやすいのだが……ッ!)
表情には出さないまま、内心で臍を噛む翼。
そう考えている間にも再び魔神が防壁を展開し、ダビデを狙っている。防御を突破できる響は、先ほど翼が追い抜いた関係で即座に妨害に入れる姿勢にはない。
「舐め……る、なぁッ!」
「防壁三段積みだッ!」
ダビデに向かう魔力砲撃をイチイバルのリフレクター、アガートラームの光壁、錬金術の防御陣の三枚を重ねて受け流す。
光芒に見えるそれは実際のレーザーではなく、イチイバルのリフレクターにそこまでの防御効果はない。それでも、砕けるまでの僅かな間の干渉でほんの僅かに射線が逸れ、その僅かな射線のズレをより大きくするように配されたアガートラーム、紋章陣によって辛くも直撃を避けていた。
「うーん。流石に辛いかな、これは」
彼女らの真横を通過した砲撃の余波で姿勢を僅かに崩しながら、ダビデが己の剣、ソードブレイカーを見る。
その剣はいつの間にだろう、独特な風合いの布で造られた剣帯によりダビデの腰から提げられている。
剣帯は徐々に魔力で鞘を構築しているらしく、柄から切っ先に向けて伸びるようにその刀身を覆い始めている。だが、その速度は見るからに遅い。
「おい、ダビデのおっさんッ!それもう少し早くなんねえのかよッ!?」
たまらずクリスが叫ぶ。無理も無いだろう、今回は防げたからいいものの、魔神が術式を変えてきたらそれに合わせて防御シフトを変更したりしなくてはならないのだ。
『先程の魔神の攻撃の頻度を考えれば、構築までには後5回……いえ、4回は防がないと……』
「4回デスか……」
「…………出来るかな。ううん、やらなくちゃ……ッ!」
構築速度を測定していたマシュからの通信に、切歌と調が顔を青くしながら決意を固める。
『……事ここに至っては、その武器を捨てることも考えてくださいね?ええ、使い捨ては全く趣味ではないですが、共に戦う仲間を捨ててまで宝物を守れと言うほどこの僕は唯我独尊ではないので』
「あ、ありがとうデース」
いざともなれば手に持つ大火力の切り札を捨てなくてはならないかも、とすら考えていた2人の表情を読み取り、先回って子ギルが許諾を与える。
持ち主から許可を受けたことで罪悪感が薄れたのか、小さく拳を握るその顔にはさっきまでと比べ悲壮感が薄れている。
(……どうやら心配なさそうね。であれば、あとはダビデ王の切り札まで持ち堪えるだけということね。……とは言え)
そんな2人にマリアは安堵し、しかし現状の難題さに苦虫を噛み潰したような顔になる。
「4回、ね……悩んでいる暇はないとは言え……ッ!」
マリアがぼやく暇すらなく、魔神が再度攻撃を展開する。
黒い瘴気、触れるだけでも人の意識を狂わせるだろう呪詛が波の如く押し寄せてくる。
「おいおい、僕の竪琴を使わせに来たか……って、今は竪琴無かったっけな」
「あったとしても使うだけの魔力は全部剣に回してろッ!ここは──」
「──私が行くッ!征くぞ、破邪顕正、防人の剣を見るが良いッ!」
と、キャロルが錬金術を展開するその前に翼が飛翔する。
逆光に浮かぶ影からでも判る、アームドギアが極大化するその技は天の逆鱗。だが──その大きさは正しく規格外。それが、落涙のごとくその本数を増やしていく。
「──盾か」
「──剣だッ!」
──天ノ逆鱗・九頭竜──
魔神の言葉に律儀に応じ、九つにまで増加したその剣を大地に突き立てる。
前列に5本、後列に4本。二重の防壁として造られた剣の城塞は、魔神の放つ瘴気を真正面から受け止めた。
「ぐ、ぅ……ッ!持ちこたえろ、天羽々斬ッ!」
「小賢しい、消えろ」
魔神の邪気に蝕まれ罅割れ砕けようとも、翼は光の翼を広げ、己のギアを信じ支え続ける。
そんな翼を嘲笑うかのように、魔神は瘴気の総量を一気に増やそうとして──原初のルーンを刻んだ響の拳により、魔方陣自体が粉々に砕かれた。
呪詛が消失したことにより、一気に翼の負荷が無くなったことで気が抜けたのか、剣の壁も砕けて消えた。
支えが消えたことで思わずバランスを崩した翼を支えるように、響が一気に翼の元へと舞い戻る。
「大丈夫ですか、翼さんッ!?」
「はぁ、はぁ……。すまん、助かったぞ立花……ブリュンヒルデも……」
「……成程、我が魔術を砕いたか」
「特化させた組み合わせ、ですが。ある程度の解析の時間を稼げれば、対処は可能です」
響の拳にルーンを刻んだ張本人、ブリュンヒルデがあくまで冷静にそう告げる。
原初のルーンを行使したことによる反動か、その口端からは血が流れている。
「これで、後3回!」
立香が皆を鼓舞するように、敢えて大声で叫ぶ。
その声を耳障りとでも思うように、魔神が先程とは全く違う術式を展開する。
が、僅かに展開された魔方陣はすぐに消失し、シンと僅かな静寂が辺りを支配した。
「消えた──いや違う、下かッ!ダビデのおっさん、乗れッ!」
その状況で、何処から攻撃が来るかを直感的に理解したクリスがギアを下降させ、ダビデと立香の元に寄せる。
「言われなくても!僕の身体は大切に扱ってね!ほら行こうマスター!」
「う、うん!うわあこれ結構しっかり安定して飛んでる!?」
待ってましたと言わんばかりに、ダビデは立香を小脇に抱えてクリスのギアに身を預ける。
クリスのエクスドライブギア──控えめに言ってロボットアニメの空中戦用の追加パーツの如き様相を呈する大型の重火器をこれでもかと積んだ重武装アームドギアはスラスターを稼働させ、地下からの攻撃を回避せんとダビデを連れて飛翔した。
「──その程度で逃げられるとでも?」
当然、そんなクリスの逃避行ならぬ逃飛行を予測できていないわけではない。
地下から溢れんばかりに放たれるのは、噴火と見紛わんばかりの爆炎。魔神の得意分野、世界を焼き払う焼却の眼光──即ち。
「ッ!地下に……眼だとッ!?」
「デモノイズ──ッ!地下に迫らせていたのッ!?いけない、避けなさいクリスッ!」
先程切歌と調によって切断され、回路としては役に立たなくなったデモノイズ。魔神はそれらを大地に潜らせ、不意討ちのための材料として残していた。
焼却指揮の炎はただの魔術とは比べ物にならない程の熱量、受ければシンフォギアだろうとエクスドライブだろうと物理的に炭にされるだろう。マリアは今更言う意味がないと知りながらも叫ばずには居られなかった。
「──消し飛べ」
魔神の指揮とともに、地下の指揮者デモノイズに数多ある全ての視野を覆い尽くさんばかりに炎が奔る。荘厳な演奏が炎とともに鳴り響くさまは、まるで鎮魂歌の響く葬礼を思わせる。
その炎が足元まで一気に迫り、クリスは思わず顔をひきつらせた。
「──ッ、冗談じゃねえッ!あたしはまだ仏壇に飾られるつもりはねえよッ!」
せめてもの抵抗とばかりに下方に向けてミサイルを大量にばらまくが、その爆炎も尽く魔神の炎に飲まれていく。
他の装者たちも炎の延焼範囲外から攻撃しているがどうにもならない。このままでは間違いなく、クリスたちは炎に巻かれて消炭になるだろう。
だが、当然ながらソレを良しとするわけがなかった。
「切ちゃんッ!」
「お願いするデスよ調ッ!あたしは下を潰すデスッ!」
「真名開放──『
「真名開放──『
調と切歌が、今再び宝具を起動する。
全てを溶け合わせる旭日の水平線を思わせる炎が、魔神の炎とぶつかり、互いに溶け合う。戦神の剣、紅刃シュルシャガナは神造宝具としての力を遺憾なく発揮し、魔神の攻撃をどうにか押し留めていた。
そしてその瞬間、僅かな拮抗を狙って切歌が巨剣を振り下ろす。その刃が大地に、大地の中のデモノイズに突き立った瞬間。イガリマはそこが地平線であるというように、デモノイズを抵抗すらさせずに大地ごと両断した。
「どんなもんデスッ!って、あ……」
どうにか二度目の攻撃をしのいだところで、切歌の目線の先でイガリマが崩れ落ちる。
みれば調の握るシュルシャガナも耐えきれないとばかりに溶け落ち、魔力の粒子となって消失した。
「……ありがとう、シュルシャガナ」
「お疲れ様デス、イガリマ……」
最後の最後まで(借り物だが)自分たちのもとで力を発揮してくれた宝具たちに、2人はただ感謝する。
とは言え、既に持ち主には許可を得て使い潰したものであり、更に言えばそこまで離別の寂しさに暮れているわけにもいかなかった。
「──これで、あと2回デースッ!」
切歌は改めて己のギアたるイガリマの柄を強く握り、気合を入れるようにそう宣言する。
「小癪な──だが、丁度いい」
魔神はそう呟き、膨大な属性の錬金術の紋章陣を展開する。
火、水、風、地。そしてそれらの基礎たるエーテルの輝きは、空に浮くクリス達を照準として多重に展開されていく。
「ってめ、砲門多すぎだろうがッ!」
思わずクリスが自分を棚に上げて叫ぶ。
「錬金術師が空になくば、この多重属性砲撃は防ぎきれまいッ!」
「この──小癪はどっちだッ!」
キャロルはダビデや立香とは違いクリスのギアに乗っておらず、別口で回避している。それはキャロルを狙っていない攻撃だからこそだが、今回はそれが悪手となっていた。
勿論、キャロルとて飛行できないわけではない。一流の術師として飛行くらいは難なく熟せる。だが、その速度はお世辞にも早いとは言えず、魔神の攻撃からの回避行動で大きく距離が離れたクリスのもとにたどり着けるものではない。
(テレポートジェムは……サーヴァントになった時点で消えたか。そもそもあったとしても現在地からの相対座標への転移は不確実すぎる……ッ!)
計算すればするほど、どうにもならない。その事実に他の面々の助けが間に合うかと一縷の望みにかけるしかないかとキャロルが考えたその時。
「みんな、キャロルを守って!ダ・ヴィンチちゃんにマシュは戦闘服を!」
「ッ!?何を……」
立香が咄嗟に叫ぶ。その言葉にどういった意図があるのか、装者やキャロルたちが疑問に思い問おうとするその間にも、立香のサーヴァントであり現状で動けるベディヴィエールが駆ける。
銀腕の騎士は魔神とキャロルの間に立ち、どのような攻撃が来ても良いようにと守護の構えを見せた。
そして立香の指示とほぼ前後して、魔神の編み上げた錬金術により全属性を束ねた光芒が放たれた。
『そういうことか!ああもう、戦闘前ならともかく戦闘中は次はやめてくれよ!』
『礼装の切替──カルデア戦闘服、展開します!』
「2人ともありがとう!そしてキャロルごめん、防御お願い!──『礼装起動:オーダーチェンジ』!」
立香が叫んだその瞬間、状況が目まぐるしく動いた。
わずかに遡り光芒が立香達に届く間際、彼女の服がオレンジと白、黒いベルトで構成されたボディラインに合わせた魔術礼装へと切り替わる。
そのタイミングを図っていたかのように、立香は礼装に搭載された魔術を起動する。魔術師としては平凡未満、ろくな魔術を習熟していない彼女でも使えるカルデアの礼装による魔術は正しく効力を発揮した。
そして、ダビデの霊基とキャロルの霊基の座標が寸分違わず入れ替わった。
「~~な、にぃッ!?そういうことか、事前に言えッ!」
防御お願い、の意味を理解したキャロルが念のためにと編み上げていた各属性に対応する防御術式を展開、威力を減衰、相殺させていく。
とはいえ、魔神が回避できぬようにと放った錬金術。全ての術式を相殺できるわけもなかった、が。
「あとはあたしがなんとかしてやらあッ!しっかり捕まってろッ!」
クリスがギアに残った残弾を放ち、余分なパーツをパージして装甲代わりにしていく。
比例して身軽になったクリスは、錬金術の相殺と空間装甲分でできた火線の隙間を圧倒的な機動力で潜り抜けた。
「これで、あと、一発ッ!」
クリスはそう叫び空中で姿勢を反転、魔神へとその視界を合わせ──瞠目した。
魔神の周囲に展開されるは、千を有に超える魔方陣。この世界の錬金術、魔神の手繰る種々の魔術・呪術──そこには1つとして同じ術式は存在しない。
その全てが、キャロルと入れ替わり地上に降りたダビデへと向けられていた。
余りにも絶望的なその光景に、誰もが理解した。魔神は最初から、この最後の一手でダビデを撃滅するつもりだったのだと。
「貴様──今までの手は捨て札かッ!」
「後4回で、となれば。その4回を如何に有効活用するかという話だろう──多くは言わん。死ね」
それ以上の問答は不要とばかりに、無慈悲にも魔神が魔術を励起する。
『ここが正念場かッ!少しでも相殺を──』
「そうだね、それも大事だ。そして何より大事なことは──前に出ること、かな」
弦十郎の指示に言葉を被せ、ダビデが一歩前に出る。
「ダビデ王?貴方──」
「こういう時、今の言い回しだと何て言うんだったかな──ああ、そう。死中に活、というやつさ。露払いを頼むよ、ベディヴィエール」
そう告げ、ダビデは防御姿勢も取らずに真正面へと──魔術の波濤に正面から突っ込んだ。
「ダビデ王!?確かに、ソレが一番効率的ではありますが!──皆さん、弦十郎殿の言う通り少しでも相殺を!ダビデ王は私が!」
「──ッ、悪い、任せたッ!」
ダビデが正面へと駆けたことでその狙いを理解したクリスは、なるべくダビデに近い場所、かつベディヴィエールでは相殺しづらそうな術式を優先的に狙い撃つ。
僅かに遅れて狙いを理解した残りの面々も、それぞれのギアを、魔術を、錬金術を振るい少しでもその身に向かう魔術を減していく。
「──着弾する前に突っ込むことで、受ける魔術を減らしに来たか。だが……」
「……それでも足りない、っていいたいんだろう?わかっているさ、そんなことは」
魔神に言葉に、それでも不敵に笑うダビデ、その腰に提げた帯と鞘はほぼ構築が完了しており、正しくここが最後の山場であった。
そしてだからこそ、ダビデは己の傍に居るのがベディヴィエールであることを僥倖であると心の底から確信していた。
「くそ、抑えきれないか……ッ!?」
苦悶の表情を浮かべるベディヴィエール、その額には一筋の冷や汗が流れていた。
膨大な術式が折り重なるように放たれている最後の攻撃。魔神が3回目までのチャンスに割く力を減じてまで放つ必殺の布陣は、彼を始めとする味方の総支援があってもなお、とてもではないがその全てを抑えることなどできていない。
(このままでは遠からず、ダビデ王は致命の一撃を受けてしまう。どうする、どうすれば──)
「ベディヴィエール!」
「っ、はい!」
すぐ背後から呼びかけられた声、その主は当然ながら今は女性の人形に身をやつしたダビデ。
そうだ、彼のほうが苦しいはずだ──そう瞬時に考え、ベディヴィエールは己の内にある先の見えない苦しみを表に出すこと無く、己の名を呼ぶ声に答えた。
「はは、思考が凝り固まってるよ?君の取り柄は、何よりもその沈着冷静さだろう?」
が、ダビデはそんなベディヴィエールの取り繕った仮面を容易に見通した。
正しく王の知見と言ったそれに、ベディヴィエールは思わずその顔を崩す。
「……それは、はい。評価してもらうのは嬉しいですが……」
「だろう?正当な評価は大事だからね、取引の時は特にだ!」
「はあ……」
そんな場合ではないだろう、そういいたげなベディヴィエール。そういう間にも彼の、そしてその背後のダビデを撃ち抜かんと放たれる魔術を銀の腕で切り裂いていく。
「と、いうわけで。そんな冷静で落ち着いている騎士ベディヴィエールにしか頼めないことがあるのさ」
「…………?」
「いいかい、タイミングが命だ。僕が合図をしたら────」
何をいいたいのか分からず困惑するベディヴィエール。だが、次に耳打ちされた言葉にその顔を驚愕に染めた。
「────っ、そんな……。いえ、大丈夫なんですね」
最初に反対しかけ、しかし現状を理解し落ち着きを取り戻す。
(冷静な騎士にしか頼めない、なんて言い方をするからには……どれ程荒唐無稽に見えようと、人道を介さない手口だとしても、そこには確かに理がある筈だ。それに、もし出来るなら状況を見ても最適には違いない)
ベディヴィエールは単騎の戦力は円卓の騎士としてはかなり下方に位置する。だが、それでも一軍を指揮することもある騎士。戦術・軍略の類は一通り修めていた。
だからこそダビデの突拍子のない案も、"可能であれば"状況に即しているという事実をはっきり認識し、ダビデに小さく頷いて見せた。
「判りました、やってみせましょう。タイミングは任せますよ」
「頼んだよ。まだだ、まだ────今だ!」
ダビデの合図を受け、ベディヴィエールは一切の躊躇なく己の銀腕を閃かせた。
傍から見れば、彼らがその時に取った行動は全く理に沿わない行動だっただろう。
密度を増す魔術の壁に少しずつ前進して近づいて、その中で2人で話していたと思ったら──唐突にベディヴィエールが宝具を放ったのだから。
──他ならぬ、ダビデへとだ。
「!?ベディヴィエール、一体何を──」
太腿から下がスッパリと斬り落とされ、人形となっているダビデの胴体がわずかに宙に逗まる。
そして、そこからの行動は2人とも素早かった。
まず、ベディヴィエールが倒れ込む2本の足を蹴飛ばすように魔方陣の壁へと叩きつける。その瞬間、人形の足は爆発し、辺りにキラキラと破片をばらまいた。
「──これは、ファラの……自動人形の、チャフッ!?」
「通信妨害──いや、見ろッ!」
必要以上に大量にばら撒かれた破片──否、自動人形の破砕時にばら撒かれるようにとキャロルが仕込んでいたチャフ。
嘗て戦ったときに通信妨害されたことを思い出した翼とクリスが思わずとダビデたちの方を向いて、そして気付いた。
クリスの言葉を聞いていた他の面々も、その声の向く先を見て目を見開く。
「あれは──」
響が言葉を失う。無理もない、彼女の眼の前では魔神の展開した錬金術が悉く形を失い崩れていっているのだ。
「……ああ、そう言えば修復ついでに仕込んではいたが。奴が錬金術を使うときに備えて、決戦時に自滅用の爆弾代わりに使えるかと考えて用意していたが……」
「そう言えば、本部でなんか作業してたね。あー、あれかあ」
キャロルの言葉に、過去を思い返したのか立香がぽんと手をたたく。
「察するに、キャロルが自動人形に仕込んでいたのは──」
「そうだ、錬金術の術式と使用者の魔力ラインの間に割って入って、その効力を逆位相にするためのチャフだ。とは言え、余り有用でもない。少しでも俺と癖が違う術式を編んでいれば無用の長物になる程度のものだが──」
「エルフナインの体を使ってるアイツは、キャロルと同じのを使ってるってことかッ!」
エルフナインの錬金術はキャロルの記憶に依るもの。それをベースに構築した錬金術を操る魔神は、総じてキャロルとかなり近しい術式を使用していた。それを利用するためにとキャロルが自動人形の内部に詰め込んでいたものだった。
とは言え、彼女自身がやったとは言えダビデが入った人形をベディヴィエールが叩き斬って発動させるとまでは考えていなかったキャロルは驚きと感嘆をその顔に浮かべていたが。
「って、ダビデのおっさんは無事なのかよッ!?」
と、そこまで話をしてからクリスが戦場に目線を戻す。言わずもがな、その眼は切られたダビデを探していた。
「大丈夫さ、心配してくれてありがとうアビシャグ!さあベディヴィエール、頼むよ!」
「承知しました──せ、ぇい!」
下半身が無くなったダビデの腕を掴み、ベディヴィエールが思い切りぶん投げた──突き進んでいた先、今は錬金術の欠けた術式の波濤へと。
「ッ、被弾面積を──」
「──小さくしたのさ!術式は減って面積も小さい!これなら──」
ダビデのその言葉の先を証明するかのように、魔神の術式の僅かな隙間をダビデの上半身は潜り抜けていく。
魔術がかすめ、髪が欠け、服はぼろぼろになり、利き腕ならぬ腕が盾代わりに砕けていく。だが、それでも投擲されたダビデの勢いは止まらない。
そして我に返ったクリス達の後方支援もあり、ダビデの上半身はそのまま暴力の壁を突破し──魔神の向こう側へと顔面から着地した。
「ぶっ!──よし、突破出来たったことさ!」
些か以上に格好がつかない姿勢のまま、ダビデはキメ顔でそう宣言してみせた。
「────」
魔神はそんなダビデのふざけた言葉に対応すら無く即席の攻勢魔術を展開する。
だが、既にダビデの腰には奇妙な垂れ布の剣が完成されていた。
「……一手、遅れたか」
魔神がポツリと呟くのと同時に、ダビデが剣を抜き放ち────
────何も起きず、魔術の光条がダビデの肩を貫いた。
「…………え?そんな、ダビデ!?」
「どうなってんだッ!?あの剣を抜けばマルっと解決するんじゃねえのかッ!?」
立香が思わず叫び、クリスが悪態をついてダビデの下へと向かう。
その様子を見ながら、モニターのダ・ヴィンチはやはりか、と呟いた。
『ダ・ヴィンチちゃん、やはり、とは──』
『言ったとおりの意味さ。カルデアの英霊召喚成功例第ニ号として召喚された英霊ギャラハッドに関しての情報だけで言うなら、その剣である垂れ布の剣はダビデ王が使った、という以上の逸話がなかった。そっちの世界ならもしかして、って思ったけど……』
「……嘆きの一撃は、起きなかった、かあ……。まあ、そりゃそうだよねえ。はは、参ったなあ……さて、僕の名誉はここからどうやって挽回したものか……」
「出来るものかよ。そもそもあの剣を乗せていた船は他ならぬソロモンのもの。我々がそれを監視していないなどとは思っていないだろう?」
「よく……言うね。それでも、万が一を警戒していたくせに」
ダビデの言葉に、魔神は当然とばかりに頷いた。
「この世界は、未だその法則のすべてを掌握しては居ない。大神の槍の事もあれば警戒もしよう──が、その警戒も無為に終わったようで何よりだとも」
警戒していた、という事は魔神にとって何ら恥ずべきことではない。有り得る可能性の全てまでは見通せない以上、出来る限りその全ての対策を編み出す。完全主義者たる魔神として、全能の王に至らんとする者として、それは至極当然のことだった。
だからこそ。"この世界"については識っていても、この世界の"可能性"までは知らない魔神は、次の一手を見逃すこととなった。
キラリ、と空に一条の流星が走る。
空の彼方、最初はそれこそ星の瞬くような光でしか無かったそれは、あっという間に輝きを増して新宿へと落ちていく。
その流星に最初に気付いたのが、地面に倒れ、足もなく、肩を射抜かれ空を見上げるしか無かったダビデだったのは。それこそまさに"勝利"の加護があったとしか言いようがなかった。
ダビデの目を凝らすその動作に、魔神は己の背後に迫るものがあると理解し、即座に魔術の防壁を編み上げ──何の抵抗もなく撃ち抜かれた。
「何、これは……ッ!」
『──勝機を溢すな、掴み取れッ!』
「ヘルヴォル・アルヴィトか──無駄な抵抗を……ッ!」
今、この宮殿に魔神の防壁を貫けるものなど、それこそ立花響の拳──ガングニールしか無かった。
だからこそ驚き──そして、ダビデのもとに向かっていたクリスの通信機から届いた女の声を聞いて、即座にその理由を理解した。
ヘルヴォル・アルヴィト、ワルキューレの1人、天羽奏を依代とした疑似サーヴァント──魔都ネツァクの守護天。細々と抵抗を続けていたソレが、最後の武器を手放してまでダビデの窮地を救おうとしたのだと。
そして、であればこそ。魔神は目の前に突き立つそれを砕かんと手を伸ばす──ほんの一片の希望も残すまいという意志を、その手に籠めて。
「やらせるかよッ!」
だが、魔神の伸ばした手はクリスが放った銃撃を受け、僅かに動きを止められた。何処から、と魔神の目線が向いた先には拳銃型のギアを構えたクリスの姿。
「──イチイバルか。いいだろう、まずは貴様から──ッ!?」
ち、と小さく舌打ちした魔神は先にクリスを仕留めんとその指先を向け──どうにか身を起こしたダビデが槍の柄を掴んだ瞬間、己の失策を悟った。
ダビデの握る槍から、膨大なエネルギーが放たれる。それは疑似サーヴァントの宝具として成立したことによる魔力ではなく、聖遺物そのものが持つエネルギーでも無く。
──ガングニールと呼ばれる魔槍に与えられた、この世界における人々の想念の力。
『膨大なエネルギーを感知ッ!これは──まるで、響ちゃんがアダムと戦ってたときのガングニールと同じ……』
「ふ……ふふ。そういうことか、全く、北欧の神様は迂遠な条件を突きつけてくれるね」
ここで漸く、己の勝利条件がどのように満たされるように手配されていたのかをダビデは直感的に悟った。
彼はついさっきまで、心の底から"奇妙な垂れ布の剣"こそが切り札だと信じていた。そしてそれ故に最後の最後までヘルヴォルの"識った"本当の切り札を知らず、結果として魔神にそれを悟らせなかった。
大神オーディンの槍グングニル。カルデアのデータベースには記載がなく、幾人かの英霊からそれの持つ機能の情報が収集されている程度でしか無いその槍は、伝聞の限りにおいては神話同様の武装でしか無い。
だが、こと"この世界"においては全く別の側面を持っている。
それは──。
「──
「──ガングニール、だとッ!?」
魔神の言葉に、ダビデはしてやったりと笑みを浮かべる。
「おのれ、ダビデ王──」
「全く、一手遅かったね!──今こそ勝利の時だ!聖槍よ、この歪みを終わらせる嘆きをここに──」
己に魔術を放とうとする魔神に対し勝利を告げ、ダビデは己の掴んだ槍の名を高らかに謳い上げる。
それは、"彼"の血を受けた槍。聖杯と同じく、世界にも類を見ないほどの高位の
様々に語られ、数多の定義を受け──「アリマタヤのヨセフの子孫」以外が手に、武器として振るわんとすることで悪意と嘆きを生み出す、そう人々に願われた聖槍。
その膨大な想念の前には、たとえ"彼"の祖として名高いイスラエル王たるダビデでさえも例外はない。
故に、彼が掴み、その力を振るわんと願えば。それは正しく想われたとおり──国に、大地に、龍脈に──世界に嘆きを齎す一撃を放つことは当然の帰結であり。
「────『
魔神の放った魔術が、より上位の神秘によって掻き消される。聖槍から放たれる災禍の黒き輝きが大地に、宇宙に、世界に染み渡る。
ガングニールは、"神殺し"は。嘗て城を砕き不毛の呪いを与えたように──