SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order 作:222+KKK
爆風と共に、大地が砕ける。
神殺しから放たれる不毛の呪いが世界を蝕み、結界のもつ循環機構が修復不能なまでに破壊されていく。
「新宿から発せられるエネルギー、急速に衰退していきますッ!」
「魔都ネツァク、魔都イェソドのデモノイズ反応が消えましたッ!」
「やったかッ!」
オペレーターからの報告に、弦十郎の表情にも喜色が浮かぶ。
S.O.N.G.本部の発令所のモニターには、大地に突き刺さったガングニールを起点に、魔都同士を結合していたデモノイズがボロボロと崩れていく様子が映し出されていた。
「これが──嘆きの一撃。複数の国を不毛の大地に変えた、神の罰……」
エルフナインがその影響の大きさに息を呑む。
街にあった街路樹は一斉に枯れ落ち砕け、付近の建物は瓦礫と崩れ去っていく。それが槍を起点として新宿の魔都全体へと一気に広がっていく様は、ある意味では今まで以上に現実離れした光景だった。
「──ッ!ダビデさんが──」
が、そんな光景に目を奪われてばかりも居られなかった。
槍を握っていたダビデが発動した魔力に巻き込まれ吹き飛ぶ姿が映り、友里あおいの悲痛な声が上がる。
いや、ダビデだけではないだろう。魔力光と立ち籠める土煙によってあまり多くは確認できていないにせよ、傍で戦っていた他の装者や英霊達だって巻き込まれている可能性は十分にあった。
「くっ、ここからでは手が出せん──装者たちのバイタル確認急げッ!」
「了解ッ!」
同じ世界で起きている事件であればある程度は介入もできようが、今モニターに映っているのはあくまで平行世界の光景。ギャラルホルンを通じて世界を超えられる力がない彼らには直接の手出しは不可能であり、精々出来ることといえばその状態を逐一チェックする程度でしか無い。
(……無事で居てくれ、お前たち……)
手が出せない──それも、ほんの僅かな支援すらできず見ることしか出来ない現状に歯噛みしつつ、弦十郎は無事を祈った。
「全員、無事か……ッ!?」
「な、何とか……」
土煙を剣で払い、目視での確認が難しいと判断した翼の声が装者たちに届けられる。
ガングニールを起点として発動した嘆きの一撃は、間違いなく魔神の居城たる宮殿の構造を瓦解せしめた。が、勿論それだけで被害が終わるわけもなく。
瓦礫に埋もれた辺り一帯。魔槍の発揮した力の余波は、それだけで完全聖遺物のそれに匹敵する程の破壊を齎していた。
「私達はエクスドライブで空に居たから、そんなに被害は大きくないけど……」
マリアはそう言って下に目を向ける。そこには依代として使っている自動人形の身体がこれでもかとぼろぼろになったダビデが倒れていた。
「ダビデのおっさんッ!おい、返事をしろよッ!」
「──中枢部までは崩壊が及んでいないとしても、これほどの損壊では……」
その傍にはクリスとベディヴィエールが寄り添っている。
クリスはダビデの身体を壊れない程度に揺すり意識を確認しようと試みているが、ベディヴィエールはその損傷状態を見て難しい表情を浮かべていた。
不毛の呪い、聖槍を武装として使用したことに端する天罰。それは大地に、国にのみ作用するようなものではなく、生命に対しても治らぬ傷を与えるものだった。
嘗て嘆きの一撃を受けた者、漁りの王、漁夫王ペラムは付けられた傷が治癒せず不具王と呼ばれていたこともあるほどであり、それこそ同質同規模の奇跡──聖杯でもなければその負傷は治せないもの。
それを同時代に生きたベディヴィエールは深く知り及んでおり、故にダビデの復帰は難しい……と、そう考えた目の前でダビデがゆっくりと目を開けたことで、彼の顔は驚愕の色に染まった。
「ダビデ王ッ!?無事でしたか……」
「いやあ、ははは。──偉い人の先祖にはなっておくものだね、ホント」
「ッ、なんだよ、ぴんしゃんしてんじゃねーかよッ!全く、ビビらせやがって……」
見目の割には比較的まっとうに受け答えをするダビデに、クリスは安堵の笑みを一瞬だけ浮かべ、次いで怒ったように顔を背けた。
「ごめんよアビシャグ!だけど安心してくれ、もうあんな無茶はしないからね!──というわけで、僕はこれ以降後方支援に回ることにするよ。足ないしね」
そう言って、ダビデは懐から竪琴を取り出す。当然だが誰も止めない、両足を失い全身ぼろぼろになった彼に「これ以上戦え」なんてのは物理的に無茶であると誰もが理解していた。
竪琴を調律しながら、ダビデは表情を引き締め口を開いた。
「──この固有結界の機能は不毛の呪いで破壊できたけど、魔神は未だ無傷だ。魔神の強さは今更論ずるまでもないけど、この世界だと特にもだ。……だからこそ、もう一手何か必要かもしれない」
「何か?何かって何だよ」
「うぅん、流石にそこまではなあ。この世界の完成に対する作戦まではこう、結果オーライで上手く行ったけど、そこから先は考えてなかったからね」
ははは、と軽く笑いながら片目を瞑り謝罪するダビデに、クリスは呆れ顔を浮かべる。
だが、なんだかんだ今までダビデと共に戦ってきたクリスは彼の戦場を見る力を理解していた。だからこそ、呆れはするもその言葉を疑うことはしなかった。
「……わかった。っても、あたしらもカンバンだからな、どうにかするっきゃねえけど……」
ここまでの戦いの中で、彼女たちは様々な策を講じ、奇縁に助けられながら結界の破壊に持ち込むことは出来た。だが、それは詰まる所最初に戻ったということである。
最初に遭遇した段階で、彼女たちと魔神では能力の差が歴然だった。エクスドライブしている今であればそこまで差はないだろうが、それでも油断できない力を魔神は秘めていることは誰もが重々承知している。
「……あと、力押し以外に手が残ってるかしら?」
マリアが現状を振り返り、ポツリと呟く。結局、これ以上の隠し玉は彼女らにはなかった。種々の作戦はすべて使い切り、あとは互いにどちらが勝つか──或いは。
「おのれ、おのれ……ッ!何故、どうして……ッ!」
「…………」
「立花……」
空を仰ぎ、誰に向けてでなく怨嗟を吐く魔神。響はふわりと降り立ち、その小さな姿のもとに歩み寄っていった。
近づいても、魔神は抵抗する素振りすら見せない。それほどまでに結界の破壊に衝撃を受けたのか、もしくは破壊を止められなかった己に憤っているのか。近寄る響なんて眼中にないかのように、崩れ行く己の世界を見届けている。
「もう、終わりに出来ないんですか?」
「…………また、それか?」
今気づいた、と言わんばかりに魔神は振り返る。
その顔は泣き笑いに近く、自己に向けた嘲笑がそこには浮き上がっていた。
「終わりに?終わりにだと?この私が、何も為せずに!?」
「……でも──」
響はその先を口に出していいか、僅かに躊躇する。それを言えば魔神が決定的に崩壊するのではないかという危惧が胸に去来する。
だが、それでも言わなければならないと感じていた。そうしなければ、きっと目の前にいるモノとの対話が出来ないのだと。
「──貴方の、世界は……。貴方の宮殿は、もう無いんです。私達が壊したからッ!だから──」
「────ッ!」
「だったら、もう戦うことなんて……」
言いかけた響に、魔術が放たれる。
結界が維持されていた時分に比べるべくもない、弱りきった魔術。響は難なく躱し、そして攻撃せずに相対する。
「戦うことなんて、なんだ?戦うことなどないとでも言いたいのかッ!私の望みを、新たなる完全なるソロモンを絶っておいて──言うに事欠いて貴様、私の願いを砕いて、戦う意味がないとでも──」
と、そこまで言って。魔神はピタリと動きを止めた。
己の言葉に何かを見出したらしく、その身体は、表情はふるふると震えている。
『あ、ようやく理解したのか。ついに、というかなんというか。いいのかい響ちゃん?』
「モーツァルトさん……。でも、多分ここからだと思うんです。話し合うには──分かり合うためにはッ!」
響は語る言葉に決意を込める。
愛を以て戦わんとしている、彼女は、そしてアマデウスは魔神の動機をそうであると考えていた。
だが、魔神はそれを理解していなかった。己に感情が芽生えている事実を認めようとしなかった。だから、まず響は魔神に心を認めてもらいたかった。彼自身の心を、想いを認めないままに在り続けることが悲しいと感じていたから。
そんなアマデウスと響、そして魔神の様子を見て、ふと立香は疑問が芽生えた。
魔神が己が愛で動いているのだと言うことを否定していた、それ自体はいい。だが、他の感情を否定するというのはどういうことなのか、と。
神殿が崩壊してから今に至るまで、立香が対峙してきた魔神は誰も彼もが己に芽生えた感情に忠実に、その想いを遂げるために活動を始めていた。そんな彼らは当然ながら、共通して自己に芽生えた感情を正確に認識した上で一切を委ね活動していた。
立香への復讐心を得たバアルは、立香の心の動きすらも要素に入れた3000年に及ぶ復讐の計画を練り。
再びの死を恐れたフェニクスは、神秘の全てを滅ぼすことで生を得ないような世界を目指し。
生に執着したアンドラスは、永遠に死が訪れない、停滞に特化した特異点を作り出した。
だが、目前の魔神ソロモン──魔神アムドゥシアスは違う。感情そのものを否定している。まるで、そんなものを得る事自体があり得ないと考えているように。
──まるで、感情の芽生える瞬間に、要因に立ち会ったことなどないかのように。
「……ねえ、なんでそんな頑なに愛だのを認めないの?ううん、愛じゃなくても……どうして感情を認めないの?」
「────おかしなことを言う。貴様らが我々と対峙したと言うなら、魔術である我々が理性の権化であることくらい承知だろうに」
その台詞を聞いて、やはりかと立香は己の疑念への確信を深める。同時に、それはカルデアの面々にも同様の思いを抱かせていた。
(……あの魔神は、己が感情を得ているということを認めたがらなかった。口振りとかもあくまで表層上のものであって、己は感情を得ていないのだと。だけど、明らかにあの魔神はその範疇を超えている──感情を、得ている)
ダ・ヴィンチは今までの魔神の行動・挙動・発言などを振り返り、それが感情を得た魔神に行動パターンであることを確信していた。否、感情を持たない魔神の行動パターンではないという方が正しいだろうが。
怒りを顕にする、執着を見せる──嘗てロンドンで立香と対峙したソロモンの姿をした魔神王ゲーティアのように、感情的に見える部分は存在する。
だがそれは七十二柱の魔神の持つ鏡面的な性質によるもの。似たような性質の魔神を表層に喚ぶことで様々な性格を持つように見せかけているに過ぎない。
こちらを煽るような台詞も、憐れむような語り口も、それは見せかけのソレでしか無い──その内面が、何処までも合理に沿っていればの話だが。
そういう意味では、アムドゥシアスの挙動それ自体は問題ではないだろう。だが、アムドゥシアスは先程より明確な、合理に悖る感情的な行動を取っている。
それがアマデウスの示すような愛なのか、そうではないのかは置いておいて、得た感情によって行動している──合理基準以外の優先順位を持っていることは明らかだった。
ダ・ヴィンチはそこまで考え、そうか、と1つの考えに至った。
バッと振り向けば、同じ考えに至ったということを推察したのだろうホームズが小さく頷いている。
『……なるほどね、立香ちゃんの疑念のタネがわかったよ。あとアマデウスやドクター・ウェルが愛って言い切った理由がね』
「今度はカルデアのサーヴァントか。貴様ら、我々がどういったものかを理解しないまま戦って──」
『君、時間神殿に居なかったろう?』
その言葉に、魔神は続けかけた言葉を止める。立香の前に展開されているモニターに映るダ・ヴィンチを見据えた魔神は、不愉快とばかりに──否、事実不愉快であるという感情を自認しないままに眉を顰める。
『だから決定的な、ロマニの──ソロモン王の最後の仕事を見届けられていない。だから感情を理解しきれていないんだ、持っていてもね』
「……その口振りからすると、"我々"は感情を理解したと言いたげだな。あの愚王が指輪を返したからと、我ら魔神がそんな不出来を顕すものか」
我々。そう口にする魔神は未だに己がゲーティアの端末であると──魔神七十二柱という概念に括られたものであると認識していることを示していた。
『それがそうなのさ。私達が人理焼却を防いでから戦ってきた魔神たちは、誰も彼もが己の命題に──感情に従って行動していた。でも君は……』
「……あの王の死を見届けていないから、英霊共との戦いを知らないから、本質的には認識できていない、と。成程、筋は通っている」
そうつぶやく魔神の顔は先程までと違い、ある種憑き物が落ちたという表情を浮かべている。
己の抱いていたソレ──目前に対峙する装者が、英霊が、魔術師が何度も伝えてきた"感情"、それを持つということへの理由、理屈を漸く理解できたということだろう。
いや──と、ダ・ヴィンチは考えを改める。魔神はおそらく自覚した上で、それを認められていなかっただけなのだと。でなければ言い繕うことはしないし、先程のように己の言葉に矛盾がある事を理解出来ないのだから。
「そう、だな。ああ、全く──理解ればこうもスッキリするものだとは」
その身を覆う物理的な、質量的な、精神的な防壁の全てを突破して突きつけられた言葉は、魔神の心情に大きな変化を齎していた。
ソレが愛なのか、までは彼自身理解が出来ていない。だが、少なからずエルフナインを重用したいと、特別に扱いたいという非合理的な──"感情"を持っていたのだと。それを持つことが異常ではないのだと認識できたことにより余裕が出来たのだろう。
「……私は、時間神殿に居たものではない。本来ならば貴様らが第一特異点と呼ぶ時代──フランス百年戦争にて顕現する手筈だった」
ポツポツと語り始める魔神。
「ジル……?でも、あのときはキャスターの方のジルが最後なんかすごい海魔を呼んで……」
「そうだ。本来なら魔術師──私という尊厳を抱いた音楽魔術の使い手を依代として聖杯に喚ばせ、それを呼び水にジル・ド・レェに召喚させる予定だったが──いや、どちらにせよソイツは我が尊厳に目覚めはしなかった。であれば、もし召喚されたとしても──そうだな、類型の魔神であるナベリウス辺りだろうが」
『冗談きついぜ。生前は魔神にならなくて済んだのに、まさか死んだあとで依代にされそうだったなんて』
音楽魔アムドゥシアスの絶対尊厳を抱いた魔術師──稀代の音楽家アマデウスは辟易したような声を通信越しに伝えてくる。
『しかし喚ばれなかったならそれはそれで、人理の精算で綺麗サッパリ消えて本体のもとに戻るんじゃないのかい?』
「本来はそうだ。だが、奇跡的にタイミングが噛み合った──こちらの世界のソロモンの杖が、ネフィリムの自爆に巻き込まれ融解したタイミングとな」
「……うん?百年戦争と、こっちの世界のネフィリムの云々って……」
奇妙なことを聞いた、とばかりに立香が首を傾げる。
『馬鹿な、フロンティア事変は今から数えても一年は経っていないッ!西暦1300-1400年代の百年戦争とは時間軸に差がありすぎるッ!』
立香がそれにツッコミを入れる前に、弦十郎があり得ないと怒鳴る。
平行世界において、彼らS.O.N.G.の知る限りではそこまで大きな時間のズレが発生したことは無い。そしてそれは現在の平行世界もまた然り。
それが唐突に西暦1300-1400年代の平行世界(というより異世界だが)と同じ時間軸と言われても納得できるものではなかった。
「厳密には第一特異点の人理精算から、カルデアと時間神殿が同時間軸にあった決戦までは世界の外側を漂っていた。神殿を離れすぎて腐り落ちるとも思ったが、存外保ったわけだ」
魔神は隠すまでもないとばかりに話を進めていく。
先程までああも情緒が安定せず、かつ本気で殺しに来ていたということもありいっそ不気味さすら覚える程に今の魔神は穏やかに、落ち着いた素振りを見せていた。
(って、幾ら何でも切替が早すぎる……。信じたいけど、警戒は必要よね、これは)
響や立香のようなお人好し気質が強い面々はそこまで違和感を覚えていないようだったが、マリアや翼、そしてサーヴァント達はそうそう直ぐに信用するつもりはなかった。
これが例えば反省の意を示しただとかであればまだしも、今の魔神は悩みが解消されたという以上の変化はないはずなのだ。であれば、まだ何かある可能性は十分にあった。
そんなマリアたちの様子に気付いているのかいないのか、魔神は警戒する素振りもなく話を続ける。
「最終決戦でゲーティアが滅び、同様に消滅するはずだった私は……その時既に、ソロモンの杖によりこの世界に招来され、組み込まれていた。崩壊した機能を保全するために、私という魔神の数式を求めたということだ」
「……ソロモンの杖の72の
一応筋が通っていることもあり、キャロルもまた警戒しつつもふむとうなずく。
どちらにせよ、今となっては過去の真実など彼ら彼女らには判りようもない。何らかの理由で魔神がこちらに来たという事実があればそれで十分だった。
「杖の修復に合わせ消失する自己を修復に当て、ついでにこの世界を眺めてもいた。大凡は元の世界と同じ人間ばかりだったが──だが、私はその中でエルフナインに注視した。造物主に与えられたオーダーを無視し、己の目指す最良の結末を目指す姿に自己を重ねていた」
『そうだったんですか……』
以前の魔神の目的については、エルフナインもカルデアから聞いていた。箇条書きで要素を書き出せば成程、エルフナインが取った行動と魔神の偉業の行動原理に近いものはあると言えた。
だが、語る魔神の言葉に徐々に熱がこもるその様子を見れば、おそらく言葉通りの意味では無いのだろうと聞いている誰もが思っていた──そしてそれは、感情を自覚した魔神自身も同じ。
「……そう、今にして思えば。私はその時点で壊れていた──魔神であるにも関わらず、エルフナインに惹かれていた。その時の私は無自覚で、この世界を焼却し燃料とするときもお前だけは共に行こう、などと言っていたがな」
『…………』
その言葉に、誰にも気付かれない程度にマシュは身体を固くする。
彼女も嘗て魔神王から似たような誘いを受けたことがあった。ヒトとしての理解者が欲しい、1人だけ、お前だけは連れて行っても良い──そういう誘いが。
今となっては魔神王の言葉の内面は知りようもなかったが、それでもマシュには今の魔神の言葉に何か感じるものがあった。
「キャロルに立ち向かう姿を知れず追っていた。どうせ見ているだけ、肉体が修復されるまでの暇つぶしという考えはいつの間にか切り替わり、彼女を連れて行きたいと心から思うようになっていた」
興奮のためか、その語る速度が上がっていく。その瞳には異様な色が籠り、耐えられないとばかりに依代の体を掻き抱く。
「幾度も誘いをかけた。
キャロルに生存して欲しいと考えていたようだから、世界を歪に分岐させた。
その肉体が限界に到達したときには、我が身を使ってでも治療しようと申し出た。
「──私に魅入られていた彼女は、私をこの世界に残す訳にはいかないと決意して己の生存を放棄した。──そういう選択ができるほど、意思が強いと知っていたのに。だからこそ私が魅入ったのに。私はそれでも、ただそれを見送っただけだった──」
異様な様子を見せた最後に、懺悔するかのように魔神はそう締めくくり口を閉じた。
話が終わった魔神は先程までの興奮状態が嘘のように、全くの無表情でそこに佇んでいるだけだった。
そしてその話を聞いて、他ならぬマシュは魔神のやろうとしたことを朧気ながら理解していた。
『貴方は……エルフナインさんを蘇生させるために結界を作ったのですね。魔神アムドゥシアス』
「……驚いた。何故そこに至った、マシュ・キリエライト?貴様らが如何に魔神を知っていようと、ゲーティアを知っていようと──現代という領域で死者蘇生が出来るなどという発想には届かないはずだが」
だからこそ、マシュの推測に魔神は驚きを見せた。
死者蘇生──神代ならぬ現代においては在り得ざる奇跡を即座に、かつ確信的なマシュの言葉は魔術の世界に身を浸す者としては異端の発想だった。
「ッ!エルフナインの蘇生、だと……?キリエライト、どういうことだ?」
『どうやろうとしたかは判りませんが、でも、それしか考えられなくて……』
『……魔神ほどの規模であれば、死亡直後の状態で肉体を保全できる。そちらの世界において"魂"が電気信号であること、キャロルみたいな例もあることを考えれば──成程、膨大な魔力があれば不可能ではないかも知れないね。自己同一性の問題はこの際置いておくけど』
マシュ自身もそうであろうという推測以上のものがあったわけではないのだろう。翼の問いへの答えに淀む彼女に代わりダ・ヴィンチが参考程度にとばかりに意見を差し挟む。
『とは言え、そのために世界1つはやりすぎだろう。それだけが目的じゃない、違うかい?』
「……さて、どうだろうか。当時の目的は既に語ったが──私は、私の捧げられる全てを捧げるつもりだった、のだろう。当時の私の考えを今の私が解釈すれば、という前提に立てばだが」
感情を否定していた己の過去の行動、その中の無意識までは理解が及んでいないらしい魔神の言葉。だが、少なくとも今の魔神にとってはそれが真実だった。
「んなこと、答えになって……」
「答えになっているだろう。私が捧げられるのは、魔神たる私の有り様のすべてだ。──全知にして全能、全てを修められる魔術王の使い魔である私の有り様の、だ」
クリスの反論を遮る魔神の言葉は、言葉通りの意味であれば答えになっていなかった。
だが、今までの魔神に纏わる情報──魔術王ソロモンが如何なる存在だったか、彼の王に従う七十二柱の魔神が如何なる在り方だったかを知っていればそれは答えとして成立していた。同時に、魔神の考えたその願いが余りにも乱暴に過ぎるものだということも理解させられた。
「……完全なるソロモン、っていうのも嘘じゃなかったってこと?この世界を滅ぼして固有結界にしようとしたことも、星を焼却して新しい光帯を作ったのも──」
立香の質問に、魔神は言葉で答えは返さなかった。だが、否定をしないということ、それ自体が真実であると物語っていた。
「…………」
問答が終わり、辺りを沈黙が包む。
(魔神アムドゥシアスの、彼の、エルフナインちゃんへの想い……きっと、それは──。でも、それで私は……)
どうなるのか、どうすればいいのか。魔神の想いを否定できるのか、魔神の行いを肯定できるのか。
静寂のなか、響は魔神への向き合い方を決めかねていた。
魔神が感情に目覚めたのはごく最近の話。生まれたての純粋な想いにある意味魔神自身が振り回されていた面は確かにあった。
だが同時に、魔神自身は最初は間違いなく害意を以てこの世界を侵していた。途中から抱いた感情も、エルフナイン以外には特段のソレを持たず。ただ彼女に捧げられるべき資源としてしか見ていなかった。
立花響はそれを認めていいのか、それとも──。
「……もう一度、聞いてもいいですか。──もう、終わりに出来ないんですか?」
考えて、考え抜いて。響は魔神がこの願いを、欲望を、祈りを終わらせられないのかを問うことにした。
たとえ答えが予想できていたとしても、もしかしたら、魔神は止まってくれるかもしれないと──そんな希望を抱いて。
「──終わりに?終わりにだとッ!?出来るか、出来るものかッ!私が抱いたこの願いは、この思いは、この感情は──終わりになどなるものかッ!」
「────ッ!」
だが、そんな響が口にした最後の分岐点を魔神は踏みしだいた。
情報室に属し、世界を樹木に見立て分岐させた──可能性を生み出した魔神アムドゥシアスならば、それが響の残した可能性であったことに気付いていただろう。だが、それでも魔神は対峙する道を選んだ。
「ああ、ああッ!私に芽生えたこの感情が、誰かに全てを捧げたいと希うこの祈りが愛だと言うのなら──私の愛を、終わらせてなるものかッ!」
その言葉を皮切りに、エルフナインの肉体からソロモンのファウストローブが分離する。
魔術王の名を関する聖遺物を用いて作り出された錬金の秘奥は、何の支えが無くとも宙へと浮かぶ。
「聖遺物が感情を以て力を発揮すると言うなら──我が想いを喰らい輝けッ!」
何処からともなく── 否、ソロモンのファウストローブ
魔神の声に呼応するように、大地が罅割れ隆起する。
「う、わ……!?」
「──危ないッ!立香ちゃんッ!」
魔神のそばにいた響と立香はその揺れに足を取られる。響は間一髪で空を飛び難を逃れ、立香に手を伸ばす。
だが、その手が立香に届く前に。立香の足元にできた裂け目の底に広がる数多の眼球に、そこから伸びてきた肉の柱のようなソレに捕まりそうになる。
「──デモ、ノイ──っ!」
その口から途切れたような言葉が漏れる。
一瞬後に訪れる死に、立香は思わず息を呑み──。
「せいッ!」
魔神の様子を警戒していたマリアの輝く剣が、デモノイズの身体を切り裂き炭へと還す。
そのまま立香を掴み、響ともども一息に魔神の傍から離脱した。
「あ、ありがとうマリアさん……」
「礼はいいわ、それより──」
マリアは先程魔神が居たところを睨む。ソロモンのファウストローブが輝くそこには、どこから現れたのか、膨大な数のデモノイズが居た。
それも指揮者を始めとしたありとあらゆる種類のデモノイズが、それこそギャラルホルンゲートを襲撃していたそれらよりも多く、である。
『デモノイズの反応、尚も増大ッ!新宿で当初観測されたものより遥かに数を増していますッ!』
『馬鹿なッ!デモノイズには限りがないとでも言うのか……ッ!』
もしそうであれば、魔神は今の今まで本気ではなかったということになる。
まさか、有り得ない……そう考える弦十郎を肯定するように、ダ・ヴィンチが口を開いた。
『いや、無尽蔵はあっても無制限はないはずだ。結界も壊れたし何処かにカラクリが……。って、そういうことか!他の魔都のデモノイズ全部召喚したな!?』
何が起きたのか、後方組で最初に気づいたダ・ヴィンチの声に、平坦さを取り戻した魔神の声が被せられる。
「……デモノイズには限りがある。元が一柱の、それも魔神王という結合から解けた文字通り一本のみの受肉体を腑分けしたモノをノイズと融合させたもの。補完性はともかく上限は決まっている」
「それを全部召喚たあ剛毅な話だけどな、今更デモノイズの一本や二本や十億本ッ!」
「エクスドライブな今なら纏めてぶった切ってやるデスッ!」
例えどれ程デモノイズがいようとも、それでも勝ってみせると言わんばかりのクリスや切歌の威勢に、魔神は何も言葉を返さない。
「……雪音ではないが、今更デモノイズを持ち出して一体何を……」
先程までと違い肉の身体を持たない魔神は、表情などによる心中の推察など到底不可能である。
だからこそ、デモノイズの召喚という魔神の行動の何処に狙いがあるのかを翼は測りかねていた。
とは言え、だからと漫然と見ているつもりは彼ら彼女らにはない。
遠巻きに伺いつつ、それぞれが武器を構え駆け出せる姿勢を取り──そこで、魔神の声が再び響いた。
「そう、デモノイズは何処までも総数は変わらん。ここに居るデモノイズは我が腑分けした肉の全て──つまり、もう一つの私そのものだ」
「──それって……。っまさか!?ベディヴィエール、ブリュンヒルデ!」
魔神の言葉に、立香は、慌ててサーヴァント達に指示を出す。キャロルを忘れているのはある意味ご愛嬌である。
「了解──!?」
が、主の指示を受け刃を振るわんとした二騎は、集まったデモノイズから放たれた音の壁によってその身を弾き飛ばされた。
それは空でタイミングを図っていた装者たちも同じであり、それぞれが自身を庇い僅かに宙を後退する。
そして、己の歌により敵が一時的に退いたその瞬間に、魔神は言葉を紡ぎ始めた。
魔神の朗々とした詠唱に合わせ、デモノイズたちが寄り集まり溶け合っていく。
異形のそれらがその身を溶け合わせ一つの形となるその光景に、響、翼、そしてクリスの3人はふと過去を想起した。
「まるで──あの時の……」
それは、彼女たちが戦った終末の巫女の取った最後の姿。完全聖遺物を束ね、ノイズを纏い、世界を破滅させんと威を振るう黙示の赤き龍。
ノイズが変じたデモノイズを束ね、膨らむその姿は否応なしにその戦いを思い出させる。
そして、その変生は終わる。
見た目は、ただ指揮者デモノイズが肥大化したようなものだろう。だが、その体色はより禍々しいものへと変貌し、その眼球はまるで血を湛えたかのような真紅を見せる。
体表には人の苦悶が寄り集まってできたような造形が浮かび上がり、その悍ましさは人は愚か、人外も──魔神当人すらも認めるほど。
「魔神、柱──」
そして、荘厳な魔詠を纏い天へと伸びるその肉の柱を見て、立香が呆然と呟く。
堂々と屹立するその姿は、正しく彼女たちが特異点の度に対峙してきた魔術王の使いにして、魔神王の端末そのもの。
『我こそは七十二柱の魔神が一柱、アムドゥシアス。我が祈りの詩、我が愛の歌──
"音楽魔"の名にかけて、ここで絶やさせはしない……ッ!』
魔神は──魔神柱アムドゥシアスは。
自覚したばかりの己の感情を守るために。──己の夢を成し遂げるために。
──己の世界ならざる世界へと降臨した"降臨者"として、世界の守り人たちへと対峙した。