SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order   作:222+KKK

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Interlude.III 星の輝きと人の祈り

「──外の音が、歌が変わった……?」

 

 私立リディアン音楽院高等科に在籍してる少女、小日向未来はシェルターの外から聞こえる旋律の変化を鋭敏に感じ取っていた。

 気づけたのは音楽を専門とする学校に属しているから──ではなく、彼女の親友が外で世界を、皆を守るために戦っているだろうことを理解していたからであり、どうにか外の状況を探れないかと四苦八苦していたからである。

 

「ううん、あんまりよく聞こえないけど……でも、あの怖いくらい綺麗な歌が聞こえなくなってきてる……。もしかして、デモノイズが居なくなったのかな……?」

「ちょっとヒナッ!あんまりシャッター傍行っちゃだめだって……」

「ってちょっと、何シャッター開けようとしてるのッ!なんか来たら真っ先にアウトだからッ!」 

 

 そんな未来の挙動をハラハラしながら見守っていた彼女の友人達は、シャッターに手を掛けようとした未来を見て慌てて止めに入る。

 

「気持ちはわかりますけど、幾ら何でも危険すぎますよ」

「……ごめんなさい。でも、どうしても気になっちゃって……」

 

 心配させている自覚はあるのだろう、しおらしく謝る未来。だが、その目線は見える筈のないシャッターの外を見ようと揺れ動いている。

 

「響……無事だといいけど……」

 

「……たしかにビッキーから何も連絡ないのは気になるけど……」

「大丈夫だって、あいつがあんたの期待を裏切るわけ無いでしょ?」

 

 彼女にとって何者にも代え難い親友である響。おそらくこの世界を変貌せしめた元凶と戦っているのだろうことはこの場の4人にはよく理解できている。

 だが、異変のはじめに出会ってからここに至るまでに一切の連絡がないというのは彼女たちの──特に未来にとっては今までにないことであり、彼女が不安を抱くのも宜なるかなというものであった。

 そして、その事実に一番心をかき乱されるのが小日向未来である事を安藤創世、板場弓美、寺島詩織の3人は深く理解しているため、安心させようと色々と声を掛けた。

 

「……うん、そうだよね。響は絶対に戻ってくる、それはわかってるんだけど……」

 

 だが、なんと言われようとも未来にとって響の現状が心配なのは変わらない。

 普段なら頼りになるS.O.N.G.の大人たちも居るためここまで揺さぶられるようなことはないのだが、今回はそういった異変に詳しい面々も軒並み消失している。

 挙げ句、この世界の響すらも同様に唐突に消失したのだ。それから間もなくデモノイズの襲撃が発生したことで目を逸らせていた事実に焦点が向いていくという事実もまた、未来の不安に拍車をかけていた。

 

「まあまあ、外の歌……ノイズが歌っているのも変な話ですけど、ともあれそれが止んだということはきっと上手く行っているってことですよ。立花さんたち、ナイスです!」

「おお、テラジはいいポジティブシンキングだ。うんうん、きっとノイズ達全滅したとかだよ。まあまだ元凶とか居るかもだから外には出られないけど」

「そうそう、まさか前みたいに外のノイズが全部融合して最終形態になるとかそんな──アニメとかじゃ」

 

 と、その言葉の途中。新宿の方面から荘厳な音楽が鳴り響く。

 それは先程から彼女たちが言っていた、ノイズの──デモノイズの奏でる魔詠のソレであり、それを更に流麗に、細やかにしたもの。

 まるで最高位の指揮者が楽団を引き締めたようなその演奏が、一方向からのみだが今までにないほどの大音量で流れ始めていた。

 

「……ない、んだし……って、どうなってんのッ!?いやいや、まさかアニメじゃないんだからさッ!?」

 

 慌てたような弓美の声。だがそれも無理らしからぬ話だった。

 今より数時間前、轟音と地震が起きたことで調査のために外を警戒していた自衛隊員から「辺りが一変した」「魔都近辺を残して全部消滅した」などと荒唐無稽な話を聞いたときと同時に、デモノイズの魔詠が世界全体から鳴り響き始めていた。

 避難当初と桁違いの音量だったが、それでもシェルター内部であればそこそこに音が遮られぼんやり聞こえる程度。今現在シェルターの外から鳴り響いている歌は、そのときの歌すら遥かに凌駕していた。

 

(でも、この歌の音量……まるでさっき板場さんが言ってた冗談がほんとになっちゃったみたいな……)

 

 膨大な歌、世界そのものがコンサートホールになったかのように世界に音楽が満ちていく。それこそ歌うノイズが全部集まってしまったのでは、なんて詩織が思ってしまうのも無理はなかった。

 

「……って、ちょっとヒナッ!?」 

 

 今やシェルター内でも方角がわかるほどにはっきり聞こえるその歌に戦慄していた創世は、再びシェルターを開けようとする未来の手を引っ掴んだ。

 それに続くように弓美、詩織も未来の腕や身体を掴んで止める。

 

「────響……ッ」

「小日向さん、落ち着いてください……ッ」

「落ち着いてなんか……ッ!」

 

 この4人はS.O.N.G.、及び前身である特異災害対策機動部二課ともそこそこの関わりがあり、また同時にそういった組織が解決すべき事件ともそこそこの接点があった。

 それ故にフォニックゲインなどの情報についてもある程度の知識があり、特にもギアを一時纏ったことがあるなど関わりが深い未来はその深刻さをより強く実感していた。現場にいる親友を思えば居ても立ってもいられない、そんな彼女の心中が行動に現れていた。

 

「だって、あんな歌……あれがフォニックゲインなら、響が……ッ!」

「判るけどッ!でも司令さんとか居ない今のあたしらが近づいたら足手まといじゃんッ!あたしらが居るだけで響たちはノイズからあたしら庇わなきゃいけないんだよッ!?」

 

 弓美の必死な叫びに、未来も現実を理解したのかその身体から力が抜ける。

 どうやら諦めた……というより、冷静になったらしい未来に三人は安堵を見せる。

 

「……でも、このままじゃ響が……」

「だから、今は私達でも出来ることを探そうよ?ね?」

「……うん」

 

 創世に宥められ、未来はなにか出来ることはないかと考えを巡らし始めた。

 

「……とは、言ったものの……どうしたもんかなあ」

 

 が、それもすぐに行き詰まってしまい、弓美の煩悶する声が虚しく空気を震わせる。

 

「出来ること……。そう、歌なら……」

(ううん、無理だ。静かなところとか、通信機能とかがあるわけでもないのに。こんなに遠いと……)

 

 未来はポツリと呟いて、しかし即座に心中で否定してしまう。

 人類の得た移動力で考えれば遠いという程遠いわけではないが、少女の足では十分に遠い距離。

 もしたどり着けたとしても、それは先程の弓美の言葉通り足を引っ張りに行くようなものだった。

 

(自衛隊の人達はここにいる他の人達を守らなきゃいけないから、無理なんて言えない。……風鳴司令も、緒川さんも……S.O.N.G.の皆が居ない。それが、こんなにも遠くなっちゃうなんて……)

 

 車もない、ヘリもない。自転車ではこの荒れた状況を踏破などとてもじゃないが出来やしない。

 以前の戦いの中で、無線システムやフロンティアの通信システムを介して歌を集め、束ねることで響たち装者は最高の力を──エクスドライブを、完全聖遺物の制御を──歌の、想いの奇跡を発揮した。

 この極限の状況で、戦うことの出来ない未来たちが響たちを支えるには歌を通して自分たちの想いを届けることが一番だ。それは彼女自身わかっているが、それを成しうる手段が彼女たちにはなかった。

 

「どうしよう、どうすればいいの……私、皆を……響を助けたいよ、響ぃ……」

「ヒナ……」

 

 どうにもならない、そんな現実が真綿で首を絞めるかのようにじわじわと未来の心を蝕んでいく。遂にはボロボロと涙をこぼし始め、ガクリと膝を付いてしまい、三人がそばに寄り添う。

 

 

「────助けたい、か。其の想いに嘘偽りはないか?」

 

「────え?」

 

 

 そんなときだった。4人のもとに聞き覚えのない、幼くも威厳のある声が届いたのは。

 

 

 

 

「──デモノイズが魔都から引き始めた。魔神もいよいよ後がないな?」

 

 魔都イェソド。風鳴翼の生家があったその場所で、ぽつり、と声に似合わぬ言葉が響く。

 声の主たる魔都の守護天、ケルトの戦神ヌァザは魔神の状況を適切に認識しニヤリと笑った。その瞳には、巨石に突き立った輝かしき剣が映っている。

 

「……さて、これで大手を振って剣の鍛造を行うことが出来るというものだ、が……」

 

 最初は笑いながら剣を見ていたヌァザは、しかしすぐにその顔を顰めさせる。

 

(聖剣、やっぱり難しいんですか?)

 

 どうにも思い通りになっていない、そんな表情を見せるヌァザの脳裏に声が響く。

 今のヌァザと同じ声色で話す少女──ヌァザをこの場に呼び出すための疑似サーヴァントの依代にして今も魔都で戦うマリアの妹でもあるセレナ・カデンツァヴナ・イヴは、目の前の剣──聖剣の様子を見て、不安そうに(ヌァザの頭の中で)呟いた。

 

「そうだな。まあ、難しいと言って支障はあるまい。ガワはともかく、こうもヒトが少なくては……」

 

 そう呟くヌァザは、己の管理する異界を思い返す。

 風鳴邸のあるこの街にもまた、当然ながら地下シェルターが存在する。対ノイズとして建造されたそれはデモノイズの襲撃時にも同様に緊急避難所として機能していたが、今はそれをヌァザが管理権限を強奪していた。

 

 ケルトの主神であった彼は、死した後にケルトの理に則り転輪を果たした。ミールの末裔(ミレシアン)に追いやられた他のダーナ神族同様、地下世界の常若の国(ティル・ナ・ノーグ)へと在り方を移した。そして、その国の入口は石の下や洞窟の奥などにある、とされている。

 ヌァザはその伝承を利用することでデモノイズの侵略を防ぐための異界としてシェルターを変容させていたのである。ここに人々を匿い、何れは決戦のための布石とすることを目論んでいた、のだが。

 

「デモノイズ共め、悉く地上を焼き払ってくれたものだ。魔都近辺に居るヒトは我が楽園に退避している者だけ──これでは聖剣が聖剣足りえない。魔神を討つための刃が鍛てん」

(…………そう、ですか……)

 

 難しそうに独りごちるヌァザ。門外漢であるセレナはどうにも言いようがないが、それでも言いたいことはなんとなくは分かる。

 シンフォギアは、聖遺物は人の想いを受けて稼働する。逆に言えば、想いが──フォニックゲインが足りなければまともに動くことはない。単純に別なエネルギーなどで代用しようとしても碌な結果を生まないことは、生前の己の末路を知るセレナは重々承知していた。

 つまり、聖剣も似たようなものなのだろう。聖遺物同様に想いを受け星に錬られ、外敵を討つための聖なる剣。

 想いを受け止める器は完成している。彼女のアガートラームと平行世界のアガートラム……の概念でまとめ上げられた、かつての聖剣にして絆の聖剣。そしてヌァザの剣という名称不定な概念を上手に纏め上げたことで聖剣として練り上げられている。

 だから、あとはそれに想いを込めて鍛え上げれば完成する、というわけだ。

 と、そこでふとセレナはふと気づいたことがあった。

 

(あの、想いって数がないとだめなんですか?私達装者みたいにフォニックゲインを高められる人なら少なく済んだりとか……)

「フォニックゲイン、か。無いではないが……それだけでは足りないな。フォニックゲインを自力で発するという真似が出来るものは限られているだろう。出来ない者の分が誘発できれば足りるかも知れんが、生憎そのやり方を私が知らん」

(そうですか……うーん、一体どうすれば……)

 

 むむむ、と思考の中で更に考え込むセレナ。

 ヌァザは魔術に対する造詣は十分にあるが、フォニックゲインに対する知識は少ない。それこそセレナが知っているモノと同程度でしか無い。

 そんなヌァザが知らないということは必然、セレナもまたフォニックゲインを高めるための手段については門外漢であると言っても良かった。

 

(うーん、歌、歌……。そうだ、皆で歌うとかってどうでしょう?)

「歌う?」

 

 暫し悩んだセレナは、妙案を思いついたとばかりにヌァザに提案する。

 

(はい!皆で同じ歌を歌うってことは、想いを1つにするっていうことにもつながると思うんです。そうすれば、もしかしたら……)

「少ないフォニックゲインでも、ただ漫然と祈るよりは或いは、か。だがそんな無秩序・微小なエネルギーなどすぐに霧散しよう」

(そこは私の……って言っていいかはわかんないですけど、アガートラームの力でやってみせます!魔都に来たマリア姉さんと響さん?がやってたコンビネーション、あれは二人分の歌を束ねて力に変えてたので、ああやって上手く収束できれば……)

「……可能性は、あるな。幸いというか、他の魔都もシェルターは無事であるらしい。地下は死したる我らが一族(トゥアハー・デ・ダナン)の領域、デモノイズ共が失せていれば干渉の仕様もあるだろう」

 

 常若の国(ティル・ナ・ノーグ)は古代ケルトにおける地下領域を原典とした異界、地表というテクスチャの下に座す世界。

 デモノイズという楔が世界全体に突き立っていた先程の状況では出来なくとも今なら問題はない、そうヌァザは状況を見定めた。

 

「いいだろう、であれば方々の避難所……そうだな、地下のシェルターを確認するとしよう」

 

 実際に切羽詰まっていることもあり、善は急げとばかりにヌァザは剣の刺さる戴冠石を持ち上げ、その下に広がる裏側へと足を踏み入れた。

 

 

 

「……で、貴様らの元に到達したわけだ。魔神を見ておきたくもあったからと新宿方面を選んだが、いや全く幸運は斯くも唐突だ」

 

 と、そこまで語ったところで声の主ことヌァザは肩をすくめた。

 

「はあ……」

 

 開いても居ないシェルターの入り口から湧くように現れた少女──の姿をした神を名乗る存在に、4人は懐疑的な目線を向ける。

 年の頃こそ自分たちよりも明らかに年下であり、彼女らが親しくする後輩である切歌や調と比べても十分に幼い姿。それが神だのと名乗られても……というところは彼女たちの胸に確かにあった。

 だが同時にその目線には希望の色も確かに浮かんでおり、無意識ながらも超常的な出現を果たした少女に現状打破の可能性を見出してもいた。

 それはその少女が纏う威圧感もそうであり、神秘的な雰囲気もまた然り。だが何より────。

 

(ねえ、この子……)

(うん……シンフォギアを身に着けてる)

 

 ──シンフォギアを纏った装者である、その事実だけで彼女らは期待を抱くに十分だった。

 未来の親友たる響を始めとした装者達の活躍と起こした奇跡を知っている4人にとって、新たな装者というのはそれだけでも「信じてみよう」と、そう思えるものだった。

 

「……あの、それで私達は何をすれば?」

「おっと、話が早いな。いや、装者の知り合いだったな、であれば当然か」

 

 未来が膝を付いて泣きながら、それでも外の装者たちを助けたいと。そう言っていたことをヌァザは思い出す。

 

(……戦える力はまずあるまい。だが……)

 

 見るからに戦闘技能はなく、戦場に出れば秒も保たないだろうことは見て取れる。想いこそ尊いが、戦神たるヌァザはそれを勘案して尚も冷静に評価を下す。

 しかし、そもそも戦う力を求めて地下を行脚しようとしたわけではない。今のヌァザにとって必要なのは何よりも意思、祈りや想いに他ならない。

 

「よし、簡潔に言うとしようか。──歌だ、歌が要る。戦士たちに資する歌、守らんとする祈りの歌が要る。だから、歌ってもらう」

「……歌……ッ!」

 

 ヌァザが告げた途端、ピクリと未来が反応し目を見開く。

 何か琴線に触れたのか、不自然な反応をした未来を訝しげに見る。

 

「……否とは言わさんぞ?」

「言いませんッ!どうやって、どうすれば私の、私達の歌を響に届けられますかッ!?」

「ぬぁッ!?何だ何事だッ!?」

 

 ヌァザの肩をガッと掴みユサユサと揺さぶる未来。

 唐突に揺さぶられ目を白黒とさせるヌァザ。そのままでは喋れないだろうことに気づいた周りの3人が慌てて未来を止める。

 

「ヒナ、ストップ。そんなに揺らしちゃ言うも言わないもないって」

「あ……ご、ごめんなさい……」

「い、いやいい。思っていた以上に強い想いがある。──響、ガングニールの担い手か。並々ならぬ感情を抱いているようだが、好都合だ」

 

 やれやれ、と未来から一歩引きつつヌァザが呟く。

 ふぅ、と息を整えたヌァザは改めて説明のために口を開いた。

 

「で、だ。歌ってもらうにしてもただ漫然と歌っても意味はない。貴様らの思いを、フォニックゲインで聖剣を満たす必要がある」

「聖剣ッ!?なにそれ、そんなのあるんだ……まるでアニメみたいじゃんッ!」

 

 そこはかとなくすごそうな単語に、弓美が露骨に反応を示す。

 期待感丸出しの弓美にヌァザはあー……、と言葉を悩ませる。

 

「……気にするな、お前たちには余り関わりもあるまい」

「えーッ!?ここでそんなのってないでしょッ!?」

「すまんな、押しているのだ。で、だ。その歌を聖剣に湛えるには、フォニックゲインを繰る必要があるわけだが──」

 

「──ここからは、私が説明しますね」

 

 と、話している途中でガラリと雰囲気が変わる。

 いや、ある意味では元に戻ったと言えるだろう。言葉も立ち姿も、その少女の見目にふさわしい穏やかで優しげな雰囲気を匂わせていた。

 

「……貴女が、その……シンフォギアの?」

 

 なんとなく察した未来は恐る恐る聞いてみれば、少女は──セレナはコクリとうなずいた。

 

「はい。私はセレナ、セレナ・カデンツァヴナ・イヴっていいます。マリア姉さんがいつもお世話になっているみたいで……」

「マリア姉さん……って、貴女がマリアさんの妹さんなんだ……」

 

 マリアの妹については彼女らも僅かながら聞き及んでいる。だが、まさか目の前に現れるとは思っていなかった。

 キビキビしたかっこいい女性、なマリアとはパっと見ても似ているとはとても思えないその少女を、思わずマジマジと見つめる4人。

 セレナは集まる視線に思わず照れから顔を逸らそうとし、そんな場合じゃなかったとコホンと咳払いをした。

 

「え、えっと。私のギアのアガートラームは、絶唱でエネルギーベクトルの操作っていう特性を発揮できます。それを使って、皆さんの歌の流れを制御しようと思います」

「絶唱……って、危ないよッ!?」

 

 心配の余り思わず未来が大声を出すが、セレナは判っているというように静かに頷いた。

 

「知ってます。私は絶唱でネフィリムを抑え込もうとして、それで……。ですが、それでも抑え込めはしました。だから、大丈夫です」

「でも……ッ!」

「それに絶唱はアームドギアがあれば大事にならないってマムも言っていました。聖剣は宝具であると同時に私のアームドギアでもあります。だから、絶唱のエネルギーを全て聖剣に注げばそこまで負荷はないと思います」

 

 そう告げるセレナの目は強い決心が漲っており、ここで何を言っても止めるつもりがないということは話している未来は愚か傍で聞いていた3人にすら理解できた。

 

「……この頑固さ、マリアさんもそうだけどビッキーを思い出させるような……」

「装者って皆頑固だったりしない?もしかしてさ」

 

 ……そんなやり取りを見て、ボソボソと小さく交わし合う創世と弓美の反応も、まあ無理らしからぬことであった。

 やがて未来はたっぷりと間を取り、嘆息した。

 

「……うん、わかった。でも、無茶だけは絶対ダメだからね?」

「心配してくれてありがとうございます。でも大丈夫ですよ?前ならともかく、今の霊基(からだ)は神様みたいに丈夫ですからッ!」

 

 どや、と胸を張る少女に、いよいよ未来は小さく吹き出した。

 

 

 

「それじゃ、皆さん準備はいいですか?今から全ての魔都の地下シェルター全域……崩壊してない日本のシェルター以外だと、ヌァザさんの手が届いた範囲ですけど。それらを常若の国(ティル・ナ・ノーグ)のテクスチャに入れ替えます。あくまで距離概念を失わせることで歌を全域に届かせ、また同調させるための措置ですので皆さんに身体的影響はないと思いますが……」

「ごめん、何言ってるのかわかんない。判りやすくお願いできない?」

「……私も、ヌァザさんの知識で言ってるのでよくわかんないんです……。取り敢えず、生き残り皆で歌を合わせられるようにしました、ってことだけわかってもらえれば……」

「あ、それなら……」

 

 セレナと創世の問答を聞きながら、未来は己の胸に響への想いを満たしていく。

 

(大丈夫、大丈夫……ッ!今度は──ううん、今度も、これからも。私も響を守るんだッ!)

 

 歌に必要なのは装者への想い、世界への祈り。聖剣を聖剣たらしめる"世界の敵"に対する防衛機構を発揮させるための思いを歌に乗せる必要がある。

 そうでなくとも彼女の歌には響への想いが満ちることだろうが、それでも未来はより一層強く祈った。

 

「……ところで、歌詞は?っていうか、何の歌にすればいいの?」

 

 と、そんな中でふと弓美が首を傾げた。

 その言葉に、あ、と未来がぽかんと口を開けた。いや、言葉に出してこそいないが創世も、詩織も同じく呆然とした。

 

 どんな魔法を使って地下に皆を集めたにせよ、異変の段階で魔都は世界中にあった。つまり、地下に集まった生き残りは国籍も人種も多様極まりない、ということでもある。

 ただ祈るなら国籍人種を問わないだろう。だが、今回はただでさえ少ない人数でも力をまとめるために、敢えて全員で歌うようにとヌァザが周知している。

 いくら歌が国境を超える、言葉を超えると謳おうと。今この状況においては、既に言語の壁を超えた歌が無くては意味がなかった。

 

「……ど、どうしましょうッ!?」

(いかん、それは想定していなかった……ッ!)

 

 そしてセレナも、そして表に出ていないがヌァザもその事実に気づいて狼狽した。

 慌てて集まり、全員で案を出し合う。

 

「え、えーっとエスペラント語で歌うッ!」

「わかんないでしょ、次ッ!」

「楽譜を見て演奏するとか……」

「楽器できるやつのが少ないでしょ、ここはやっぱりジャパニメーションでッ!」

「無理があるでしょーがッ!私こないだ歌った電光刑事なんちゃらとかうたずきんとかしか知らないよッ!」

 

 やいのやいのと案を出しては互いに無理があると却下していく。ふざけているように見えるが、どんな突拍子もないアイデアにも可能性があるかもしれないと彼女達は至極真面目に検討していた。

 

「……あ、マリアさんの歌は?ほら、全米チャート一位のときのやつとか……」

「!ヒナ冴えてるッ!」

 

 そんな中、未来が出した案に創世が食いつく。

 マリアの歌、かつて全米で一位の座に輝いた彼女の歌はそれこそ全世界規模で聞かれていた。(歌う難易度はともかく)今まで出した中では一番可能性がありそうな未来の案に、それしか無いかと少女たちが頷きかけた時。

 

「あの、私、知りません……」

「────し、しまったぁッ!?」

 

 セレナがおずおずと手を挙げる。さもありなん、当時のセレナは既に鬼籍に入っていた。

 あまりにも当たり前の事実に、またも振り出しに戻ったかと皆が頭を抱え……ふと、未来が再び口を開いた。

 

「……ねえ、セレナちゃん。───────♪って歌知ってる?フロンティア事変のときにマリアさんが歌ってた歌なんだけど」

「え────」

 

 未来が何気なく、それこそ案の1つ程度に出した歌。比較的に歌いやすいリズムで歌詞も短い、シンプルな歌。

 それを聞いて、セレナの大きな眼からぽろぽろと涙が溢れ始めた。

 

「せ、セレナちゃんッ!?ご、ごめんね、私なにか……」

「ううん、違う、違うんです……ッ!そっか、マリア姉さん、まだ覚えてくれてたんだ……!」

 

 慌てだす未来に大丈夫だと首を振り、その涙を人差し指でそっと拭う。

 そして再び上げた顔には隠しきれない喜びが浮かんでおり、何も心配ないとばかりにニッコリと笑ってみせた。

 

「……この歌で大丈夫なら、絶対、どうにか出来ます。──お願いします、皆で歌いましょうッ!世界を──守りたいものを、守るためにッ!」

 

 その胸に、姉との大切な想い出を抱きながら。セレナはこの場にとどまらず、この地下世界全てに聞こえるように高らかに声を上げた。

 

 

「────♪」

 

 常若の国(ティル・ナ・ノーグ)に、多くの声が、想いが一つになった歌が響き渡る。

 

 ある者は、脅威によって引き裂かれた世界を取り戻したいと願い。

 ある者は、これ以上大切なものを奪われたくないと祈り。

 ──ある者は、戦場に立つ友を守りたいのだと想い。

 

 それぞれがそれぞれの感情を胸に、しかしそのために一つの結晶を求め、歌う。

 

 それは、歌姫と呼ばれた1人の少女がかつて歌った歌だと今いる人々には記憶されていた歌。

 単純で、判りやすく。独特な歌詞は民話か童謡のよう。

 ある事件を境に世界に知られたその歌は、誰もが馴染みやすい、口ずさみやすいもの。

 

 それを人々と共に歌う地下世界の主、ヌァザの依代たる少女はこの歌を皆が知っているということが何よりも嬉しかった。

 

(マリア姉さん。聞こえていないだろうけど、私は頑張るから。だから、マリア姉さんも負けないでね)

 

 幼き日々、困ったことや苦しいことがあっても。姉とともに、ずっと覚えていたこの歌を歌っていた。

 戦火にさらされ、流浪してきた彼女たちの民族に──家族に伝わる、何の変哲もないわらべ唄。

 そんな歌が今、人々に広く知れ渡り──そして今、世界を守るための旗印となっている。

 それがいいことなのか、悪いことなのかまではセレナには今すぐの判断はとてもできない。だが、それでもこの歌が皆の心に確かに残っていること。それは、彼女にとってとても嬉しいことだった。

 

(──しかし、成程。この歌がこの世界に響くというのも、なかなかどうして運命を感じるというものだ)

 

 そんなセレナの脳裏で、ヌァザが独り言のようにそう思いを発する。

 どういうことだろうか、そうセレナが問うような意志を投げかけてみれば、ヌァザが軽く笑うような雰囲気で告げてくる。

 

(決まっているだろう、ここは常若の国(ティル・ナ・ノーグ)だぞ?──"Apple(りんご)"こそ、この世界に唯一の果実ということだ)

 

 おかしそうに、ヌァザが告げる。

 

 その世界の入口に立つ、美しい黄金の剣には。人々の思いを、願いを、祈りを──歌を受けて、その輝きを増し始めていた。

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