SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order   作:222+KKK

54 / 57
第17節 偽冠魔詠宮殿プセウドモナルキア(10)

 顕現した魔神アムドゥシアスとの戦いは、熾烈を極めていた。

 

「はぁ────ッ!」

詩に、絶えよ(libera me)

 

 

───蒼ノ一閃・滅破───

 

─── 詩  眼 ───

 

 

 鋭い気合の声と共に、翼は蒼雷の一撃を放つ。

 天に聳え立つ魔神の肉体を両断せんとばかりに放たれた巨大な蒼の刃は、しかし魔神に直撃する前に眼光から放たれた炎によって消し飛ばされる。

 挙げ句、その炎は翼の一閃を呑み込んでも衰えぬままに、翼の肉体をも焼き滅ぼさんと迫り来ていた。

 

「──く、ぅ……ッ!よもや、これほどとは……ッ」

 

 間一髪で青い羽を翻しその炎を躱した翼は、この現状に歯噛みした。

 己の放つ攻撃が羽虫か何かのように目線だけで払われ、剰え返す刀の炎は装者・英霊問わず致命の一撃。あまりにも不利な現状を思えば、翼の反応も已む無しだった。

 姿勢を立て直さんとした翼のもとに次の追撃のための魔術が放たれたが、それは空から降り注いだレーザーとミサイルの飽和攻撃によって相殺された。

 

「──大丈夫かよ、先輩ッ!」

「雪音……ああ、問題はないッ!」

 

 翼に声を掛けたのは、更に高空へと陣取ったクリス。アームドギアから膨大なまでの弾幕を張り、味方への攻撃があまり連続しないように魔神の手数を奪っていた。

 レーザー・ミサイル・実体弾……ありとあらゆる飛び道具の斉射は魔神も無視できるものではなく、特に厄介な順から眼光で迎撃していた。

 とは言えエクスドライブの弾幕は並大抵のものではなく、まるで1人で1個師団もかくやと言わんばかりの濃密な弾幕は到底迎撃しきれなかった。結果として、魔神も大技・小技問わずに被弾はしていた。

 ──だが。

 

「……くそ、傷ついた端から再生しやがるッ!赤い竜だってここまで再生速度早くなかっただろッ!?」

 

 クリスが目の前の魔神に向かって文句をぶちまける。

 デモノイズを束ね上げたという魔神。その性質は正しくデモノイズを承継していた。それは魔詠であり、形状であり──そして何より、理不尽なまでの再生能力があった。

 

『さっきまでのデモノイズの法外な再生力は、魔神の式が無事であるならその肉であるデモノイズも無事である、という概念を元にしたことで得た力のはず。だったら、今はどうやって……?』

 

 通常のノイズを上回る再生は、正しく傷を補完するとすら言えるものであり──その理不尽さに、ダ・ヴィンチが思わず言葉を漏らす。

 そして、そんなダ・ヴィンチの疑問に答えたのはキャロルだった。

 

「……この世界全体にどれほどのデモノイズが蔓延っていたかは知らんが、それを順次傷埋めに使っているのだろうよ。エルフナインの肉体を捨てたことで魔詠を全霊で活用出来る以上、性能が爆上がったソロモンの杖、そして魔神の式としての処理能力によっては傷が出来た端から即時修復できてもおかしくはない」

『数の暴力ってことかぁ……。被弾したデモノイズも自前の修復機能があるわけだし、消滅しなければ自力再生するまでどっかの亜空間にでも退避させてしまえば、また弾除けになる……生半可な技を当てても実質ノーダメージってわけだ』

 

 その声からは隠しきれない苦渋がにじむ。

 二人の会話を聞いていた響は、ええと、と首を傾げる。

 

「つまり、勝つには再生力を上回る攻撃をぶつければッ!!」

「出来ないわよ、手持ち火力じゃ。いいえ、あの修復速度に加えてあの火力であることを考えると、反応兵器だって怪しいものだわ」

「……ですよねー」

 

 響のこれだッ!と言わんばかりの提案をマリアが切って捨てる。

 言った響もわかっていたのだろう、僅かに肩を落とす。

 

「でも、それならどうすれば……?」

「デース……イガリマの絶唱でワンキル狙いとかデスか?」

 

 火力が足りない、修復されるという現状に切歌が提案するが、それにもダ・ヴィンチは難色を示す。

 

『ううん、魔神は存在を自己のみで確立してる特殊な霊基を持っているからね。直接的なダメージによる損傷ならともかく、概念干渉や因果遡行による即死は意味がない。イガリマの絶唱の特性は聞いたけど、それで即死を狙えるとは思えないね』

「デース……アタシの絶唱の強みの全てが失われたのデス……」

 

 彼女が殆ど使ったことも無いイガリマの絶唱特性。対象の魂に直接干渉し、物理防御を無視した問答無用のダメージを与えるというもの。

 が、どうやら魔神には効果がないということでこれまたバッサリと切り捨てられ唸る。

 

「厄介ってレベルじゃないよ……再生能力が普通の魔神柱と違いすぎるし……」

「ええ、音楽魔としての特性がこの世界と合致している事によるエネルギーの無尽性は理解していましたが……」

『フォニックゲインが万能すぎるぜ全く。いや、聖遺物の稼働はともかくそれ以外の転用には魔神の魔術が大いに関わっているだろうけどさ』

 

 カルデア陣営も、流石に目前の魔神の脅威には感嘆する他にはなかった。

 何せ純粋な出力が単純な魔神柱を遥かに凌駕するのだ。本来ですらサーヴァント数騎で対抗すべきような存在たる魔神柱だと言うのに、いま目前に立つそれはそんなレベルの存在ではなかった。

 

 そうこう言っている間にも、魔神の炎が放たれる。先程までは戦闘圏外ギリギリで支援していた立香だが、今となってはこの戦場のどこにも安全圏など無く、ブリュンヒルデやベディヴィエールに守ってもらいながら立つしか無いという状況であった。

 弱点であり足手まといとしか呼べない彼女だが、それでも彼女が戦場にいなければサーヴァントたちが戦線に立てないというのもまた事実。アマデウスのように直接戦闘に関わらなければまだしも、立香がここを離れればブリュンヒルデ・ベディヴィエール両名が戦線を離脱することにもつながる。そう考えれば、例え死の危険があろうともここを離れるという選択は立香には無かった。

 

「……となれば、ええ。なにか策が見出だせるまで、堪え、伏し、耐えてみせましょう」

「ブリュンヒルデ……?その槍……」

 

 ブリュンヒルデが静かに決意を燃やし、己の槍を肥大化させる。

 彼女の宝具「死がふたりを分断つまで(ブリュンヒルデ・ロマンシア)」の効果が発揮されている証左たるそれを見て、翼が驚きの表情を見せた。

 翼がブリュンヒルデと共闘した時にも発現したその槍は、彼女の独自の基準──"愛するもの"を殺すためにこそ肥大化する武装。それ故、今まで魔神に対してはさしたる効力を見せていなかったのだが。

 

「……ええ、そうですよ翼。魔神は愛を歌い、愛の為に戦うと。少なくとも、今の私にはそれが真実であると感じ取れる。──ええ、なんて素晴らしい想いでしょう、佳い心地です──愛の為に戦うなんて、なんて──愛しい──殺し、たい」

「あ、ああ……いや、まあ、そうだな。……慣れないな、何度見ても……」

 

 半ばトランス状態とも呼べそうな程に恍惚の表情を浮かべ、槍をグルンと大振りする。その槍がかすめた瓦礫が一瞬で塵に還る様に、翼は顔を引き攣らせる。

 その様子を見たことが無い他の装者たちは、一気に様変わりしたブリュンヒルデの様子に空中でありながら一歩分距離を開ける。巻き込まれないためでもあるのだろうが、事前に話を聞いていたことを差し引いても流石にここまでのヤバそうな気質を抱えているとは思わなかったというところが大いにあった。

 何が恐ろしいと言えば、それが完全に矛盾なく彼女の心中に同居していることだろうか。彼女の口から溢れる言葉に乗る想いはどちらも等しくあり、聞いているだけでもそれが理解できてしまうというその事実こそが何より装者たちを慄かせていた。

 

「……まあ、ブリュンヒルデの逸話を考えればどこか苛烈な面があるのは当然だろう。だが、それでも足止めには足りんだろう……オレも手伝うとしよう」

「キャロル……」

 

 そんな中で、人生経験豊富で同じく狂気に堕ちていた経歴持ちなキャロルがそう申し出た。

 その顔には魔神に対する怒りか、あるいは恨みか。様々な感情が混じり合った負の念が露骨に現れている。

 

「何が愛だ戯言をッ!オレの憎悪を捻じ曲げておいて自分の恋慕を成し遂げようなどと……そんなこと、オレの目の前でさせるものかよッ!」

(ええ──……)

 

 キャロルの叫びに言葉を失う立香。

 確かにキャロルからすれば魔神が理不尽なのかもしれないだろうが、やってることはどっちもどっちではないだろうかと立香は内心で考えていた……流石に口にはしなかったが。

 そしてそれより立香は別に気になることがあり、おずおずと口を開いた。

 

「……それより、キャロル。足止めできる公算はあるの?」

「ああ。マスターには負担を強いるが、かなり強力な宝具がオレには与えられているからな」

 

 そう話すキャロルの手元には、彼女の矮躯に不釣り合いな竪琴。ケルトの神ダグザの楽器たる聖遺物ダウルダヴラを元に創り上げた錬金術の秘奥、ファウストローブがそこにはあった。

 彼女が旋律をかき鳴らすと共に、その形態は変化し、キャロルの身体を覆い、縛り、その姿を変質せていく。

 豊穣の神の性質を反映してか、あるいは他に理由があるのかは定かではないが、使用者たるキャロルもまたその姿を変えていく──少女たるその姿から、豊満な大人の姿へと。

 

 やがて変化が終わり、紫色に4属性の色をあわせたファウストローブを纏う頃には美しい大人としての美を備えた姿のキャロルがあった。

 

「なんだと……すげえ……」

『先輩度肝を抜かれている場合ではありません!』

 

 色々と豊かな成長を遂げたキャロルに思わず本音を盛大に溢す立香にマシュが慌てて声を掛ける。

 ハッと正気を取り戻した立香はコホン、と一つ咳払いをして切り替える。

 

「──よし、それじゃ二人共お願い!私はベディヴィエールに守ってもらうから気兼ねなくやっちゃって!」

 

「ええ、承りました」

「ああ、目にもの見せてやるともッ!」

 

 立香の指示を得て、2人はそれぞれに魔神柱へと攻撃を仕掛ける。

 

「む、彼女らは向かったか。であれば──いつまで呆けているッ!遅れるな、征くぞッ!」

「……はっ、はいッ!」

 

 その様子を見て、連携を仕掛けんと翼の号令が掛かり、装者たちも呆然としている場合ではないとそれぞれに空を駆けた。

 

「……とはいったものの、結局足止めに終止するのよね」

「そう、だな──ダビデ王も言っていたがあと一手が足りん。とは言え足止めもしなくてはならんことを考えれば、今はバックアップの皆が手を見つけてくれることに期待するしかあるまい」

「ええ……歯がゆいけど、それしか無いわね」

 

 翼と並走(飛んでいるが)していたマリアは、そういってため息を吐く。

 

(……後一手。それが何か、なんて判りきっている。でも、それを用意できるかどうかは彼女……彼?次第よね……今どうなってるのか判らないけど……)

 

 マリアの脳裏には、魔都で出会った妹の姿を借りた守護天の姿が浮かぶ。

 

(……頼むわよ、ヌァザ神……ッ!)

 

 神と名乗るその存在が示唆した「魔神を殺す刃」──魔神に気づかれないようにと、誰も口に出していないソレが出てくることを期待し、マリアは仲間たちと共に消耗戦に身を投じた。

 

 

 

 

「……さて、新宿では最後の大一番が始まったようだな。良いタイミングと言えるだろう」

 

 その頃、マリアの祈りを受けていた当のヌァザは、己の領域たる地下──常若の国(ティル・ナ・ノーグ)に響き渡る歌の全てを収束し、そのエネルギーを聖剣に蓄積していた。

 今やその刀身は黄金に輝き、あまりにも尊いその光はソレだけで見たものが頭を垂れそうになるほどの神々しさに満ちていた。

 

「あとはそれが響のもとに届けば……ッ!」

「ああ。──とは言え、まだ問題がある」

 

 逸る未来に、ヌァザは難しい表情でそう口を開く。

 

「問題、ですか?」

「──どうやって届けるか、だ。大本が(セレナ)のギアである以上、私が絶唱しなくては起動し得ない。一度励起してしまえば問題はなかろうが……今回のエネルギー収束の過程で一度絶唱している以上、二度目の絶唱による励起は余り長時間保つものではないだろうな」

 

 ここまで負荷がかかるとは思っても見なかった、などといけしゃあしゃあと嘯くヌァザに胡乱げな目線を向ける未来達。

 

「現地とか付近で絶唱するとかして、そこまで走って持っていけば良いんじゃないの?」

 

 弓美が至極真っ当な提案をしてみるが、ヌァザは首を振った。

 

「それも考えたが……この地下世界、あくまで入り口を我が宝具たる戴冠石の下から、として構築してしまったのがな。私が外に出られる場所は風鳴邸だろう。そこからでは間に合うまい……お前達ならともかくな」

「え……って、まさか私達にッ!?」

 

 ヌァザが何を言いたいのかを察し、創世が驚愕する。

 

「いや無理でしょ、どう考えても遠すぎるよッ!」

 

 即座に弓美がヌァザに反論する。

 このシェルターと新宿は流石に遠すぎる。一応どちらも都内だが、そんな大雑把で括れるほど少女の足は早くないし長くは保たないのだ。

 

「そこは私が強化の魔術を用いればいいだろう。走り慣れている者でなければ流石に危険が伴うだろうが、そこの……未来と言ったか、その足についた大腿筋を見ればそこそこに走り込んでいただろうことは見て取れる。問題はないだろう」

「私……?」

 

 指名を受けた未来が思わず目をパチクリと瞬いた。

 

(って、流石に危なすぎますよッ!っていうか、すぐそこに出口作ってもらって私達が持っていけば……)

「魔都から長時間離れていると守護天としての機能が弱体化するから、到着時点で絶唱が使えるかも怪しくなるのがな……。ええい、黙れッ!私もここの出口から出れないことが計算外だったんだッ!」

 

 どうやらセレナと口論中らしい、傍から見ると唐突に1人で騒いでいるようにしか見えないヌァザを置いておいて。指名を受けた未来は考え込む。

 ややあって、未だ1人で言い争っているヌァザ(セレナ)に、未来は決然とした表情を向ける。

 

「──私、行きますッ!」

「小日向さんッ!?」

「ヒナッ!?」

 

 未来の決意の宣言に、友人である三人娘は揃って驚愕の表情で未来を見た。

 

「いやいや、危ないでしょッ!?さっきの説得内容覚えてる?絶対狙われるってッ!?」

「でも、それが今一番響の助けになるんでしょ?──響を守れるなら私は行くよッ!」

「小日向さんが巻き込まれたら立花さんが……」

「私が巻き込まれたら、私が怪我や死んじゃうことで響が悲しむなら──絶対に怪我しないし死なないッ!だから──」

 

 

「よく言ったッ!その言や良しッ!」

 

 

 セレナとの口論に勝ったのか、あるいは未来の決意の言葉にセレナが折れたのかは不明だが。友人達に引き止められても断固たる意思を見せた未来にヌァザが感じ入ったようにウンウンと頷いている。

 

「何、安心しろ。何も本当に近くまでいけとは言わんさ。──いいか、およそ魔神の攻撃範囲まで近づいたら聖剣を介して合図を出す。そうしたらそこで止まって……」

「……はい。……はい、はい……」

 

 ヌァザの指示を聞き、それなら自分でも出来ると未来が力強くうなずく。

 

(……内容的には、まだヒナでも出来る、かな)

(危ないけどね……ああもう、響もそうだけどどうしてこうアニメっぽい──憧れちゃうじゃん……ッ!)

 

 恐らく出来ないことであっても頷いただろう未来の様子に、傍で聞いてた3人もどうやらまだ危険性は少なそうで僅かに安堵の息を漏らす。約1名は別な理由で難しい表情を見せていたが。

 

 ヌァザが一通りやるべきことを語ったところで、外から地鳴りのような重低音が響く。

 どうやら戦闘規模が相応に拡大しているらしく、否応にも聞いているものの不安を掻き立ててくる。

 

「……さて、と。猶予はなさそうだな。では──頼んだぞ」

 

 最早言葉を重ねる必要はない、ヌァザはそう言わんばかりに短い言葉に強い言霊を籠める。

 

「もうここまできたら止めないけどさ……いい?絶対に無事に戻ってきてッ!」

「そうそう、ビッキーだってヒナが自分のために怪我したら絶対後悔するからさ、ね?」

「小日向さん、立花さんを……皆さんを助けてあげてくださいね──無茶しない程度に」

 

 再三再四に渡って未来の身を案じてくる友人たちの言葉に、未来は神妙に頷く。

 親友たる響をダシにしているのは、そうすることが一番未来がその身を案じるだろうことを彼女たちが知っているから。そして同時に、未来が目的を見失わないようにと何度も念を押しているのだ。

 響も未来も、彼女たちにとっては大切な友人である。だからこそ、これ以上未来を引き止めはしない。そしてだからこそ、どうかせめて無事でいてほしいのだと、そう強く伝えるのだ。

 

「──それじゃ、行きますッ!」

 

 友人たちの激励を、そして神の頼みを一身に背負い。未来は常若の国(ティル・ナ・ノーグ)を抜けてシェルターの扉を開き、現世たる外へと足を踏み出した。

 

(……空気が、熱い。空が壊れてる。外がこんな風になってたなんて……ッ!)

 

 その世界は、未来が避難する前に見た世界と比べても尚、大きく様変わりしていた。

 遠く輝く魔神の炎の、その僅かな余熱が大気を燃やし、辺りは火災の痕を色濃く示す。常人がこんな中を走ったなら数分と立たずに疲労困憊するだろう。

 だが、水の神としての側面を持つヌァザによるドルイド魔術はそんな熱気からも、灰の舞う大気からも未来の身を守り通していた。

 

(それに、あの柱……あれが、ヌァザさんの言ってた魔神、なのかな……?)

 

 そんな未来の目に、東京スカイタワーすら凌駕するほどの高層まで伸びる柱が映る。

 それこそ、ヌァザを召喚したというこの事変の黒幕──魔神アムドゥシアスが変じた魔神柱。あまりにも強大な存在を見て、思わず未来の足は震えてしまう。

 

「……ううん、こんなのに怯んでやるもんかッ!行かないと、待ってて──響ッ!」

 

 震える膝をパシンとはたく。

 その心に親友を思い、その懐に聖剣を抱え。未来は炎揺らめく瓦礫と廃墟の世界を駆け出した。

 

 

 

『……いつまでも粘るものだな。大層に謳う宝具とやらもその程度か?』

「ぬ、かせ……ッ!貴様こそ、未だオレを滅ぼせぬ程度で……ッ!」

 

 魔神の呆れたような声に、キャロルは悪態を吐いて睨め上げる。

 だがその消耗度合いは尋常ではなく、かろうじて炎こそ直撃を回避しているものの、余波だけでも十分に彼女たちを損耗させていた。

 

「キャロル……」

 

 戦場後方、炎の影響が比較的少ないだろう立香ですら立つことに耐えるだけでもかなり体力を使わされている。それでも彼女は目線を逸らすこと無く、己のサーヴァントとなった少女を見つめる。

 

「くそ、幾ら何でもジリ貧過ぎるッ!魔神と戦ってこっち、ずっとこんなんじゃねーかッ!」

『ボクの体を使っていたときと違って、今の魔神は膨大なフォニックゲインに制約がありません。一旦は消耗を抑える戦いを……ッ!』

「ふ……これでも気を使っていたのだが、なッ!」

 

 再び雑に放たれた熱波をその剣で切り払いながら、翼は息も絶え絶えながらも笑みを浮かべる。

 この状況が可笑しくて笑っているわけではない。ただ形だけでも余裕さを保つことで精神的平静さを維持しようとしているだけに過ぎないその笑みは、しかし確かに翼の、そして戦場の正気を保つ一助となっていた。

 そんな翼に魔神はやや神経質そうに眼を細める(細めた眼もある、程度のものだが)が、しかし気にするでもないとすぐに元の様子に戻る。

 

『……ふ、だがここまで弱れば最早どうにもなるまい。我が最大出力を以て、この戦場を焼き払うことで終曲としよう』

「今までは敢えて弱らせるに留めてたってこと?ずいぶんと余裕ね……」

 

 魔神の尊大そうな態度に、マリアは腹立たしげにぼやく。

 

(とは言え、確かにここまで来たら回避なんてできそうにない。全員がここまで弱るまで、只々偏執的に炎だけ使ってくるなんて……。何が粘るものだ、だッ!ここまで周到に狙っていただろうにッ!)

 

 奥歯を噛み締め、内心で忌々しげに唸るマリア。だが、事実として彼女の仲間は誰もが弱っていた。それこそ大規模な焼却式を使われたら誰もが回避できないだろう程までに、魔神は延々と凝視による炎だけで彼女らを痛めつけていたのだ。

 謂わば詰み、と言えるだろう。もはや盤外手がなければどうにもならない。

 

「──だとしてもッ!私は、私達は──最後まで諦めたりなんか、しないッ!」

 

 それでも最後まで、万と一つ目、億兆に一つ目の策を見出すために。響は──否、装者達は、サーヴァント達は身を起こし構える。

 

『……無駄な足掻きだ、実に心地良い。──楽堂、開放。斉唱の時来たれり、過去の、未来の、全ての歌をここに奏でよう──』

 

 魔神の朗々たる言霊が紡がれ、比例して辺りに膨大な魔力が、フォニックゲインが渦巻き始める。

 それはまさに、戦いを終わらせる歌。響たちとは対局に座す、全てを砕き捧ぐことで終わらせる滅びの旋律。

 過去最高に高められたフォニックゲインの響に、これで終わりなのかという思いが誰にともなく去来する。

 

 

「響ぃ──────ッ!」

 

「────未来ッ!?」

 

 

 だが、そんな僅かな絶望に待ったを掛ける裂帛の叫びが彼女たちの耳に届いた。

 響が本能的にそちらに顔を向ければ、こんな戦場には全く見合わない学校の制服を身に着けた少女──響の親友、小日向未来が肩で息をしながら立っていた。

 

 そして、その胸にある輝きに刹那、目を奪われた。

 否、それに目を奪われたのは響だけではない。

 翼も、クリスも、マリアも、切歌も、調も。

 立香も、ブリュンヒルデも、キャロルも。

 通信先にいる各組織のバックアップメンバー達も。

 

 ──他ならぬ魔神すらも虜にするほどに、その剣は尊い輝きを湛えていた。

 

「……あれは、星の──王の。……ヌァザ神、感謝します……!」

 

 ベディヴィエールは感極まったかのように、思考がそのまま口から溢れてしまうというように只々言葉を漏らす。

 響もマリアもその言葉に──いや、その言葉がなくとも察していただろう。

 あれこそが魔神を殺す剣──聖剣なのだと。

 

『──そうか、成程。最後にとんだ札が出たものだ。であれば──歌よ』

 

 その剣を認識した瞬間、魔神は己の歌の全てを剣へと差し向ける。

 巨大な柱の全ての瞳がギョロリと未来を睨む。悍ましき人外の眼差しにさらされ未来はビクリと肩を震わせるが、すぐにキッと睨み返した。

 

「──負けないッ!貴方の、そんな歌なんかにッ!だから──お願いッ!皆も──ッ!」

 

 未来は間髪入れずに剣を地面に突き立て、同時に全員に呼びかける。

 何の指示も入っていないその言葉に、しかし誰もが突き動かされるように未来の元へと集った。

 

『──消えろ』

 

 

───焼却式 アムドゥシアス───

 

 

 魔神の焼却式が放たれる。エルフナインの肉体に入っていたときのような、あるいは指揮者デモノイズが扱うようなソレとは桁が違う炎が、辺り一帯ごと敵対する者を慈悲無く焼き尽くさんと迫る。

 最早何をするにも間に合わない、そんなタイミングだからこそ。サーヴァント・アヴェンジャー、キャロル・マールス・ディーンハイムは先んじて炎の矢面に立った。

 

「キャロルッ!?」

「やらせるものかッ!時間を稼ぐ、精々やってみせろッ!いくぞ、宝具開放────

  ────『奇跡の殺戮者(グロリアス・エクスターミネイト)』ッ!」

 

 キャロルの高らかな真名開放とともに、彼女の纏うファウストローブから鋼線が爆発的に広がり、一つの姿を編み上げる。

 それは、言葉にするなら翠の獅子機。錬金術の寓意にて混沌段階の物質を示すソレは、本来ならば太陽の如き火球をその口より放つことで世界の終焉という哲学を示す兵器。

 だが同時に、錬金思想における真逆の使い方を彼女は心得ていた。

 

「炎を──太陽を、呑み込んでくれるッ!」

『貴様、キャロル──ッ!』

 

 魔神の焼却式は、本来ならサーヴァントの単なる防御宝具程度では到底耐えられるはずのない熱量である。故に、それに耐えるとしたら単純な防御ではなく──概念による防御にほかならない。

 翠の獅子の口元にある炎、という錬金術の寓意には2つの解釈がある。1つは、原初の物質から太陽を吐き出すということによる万物の完成、すなわち終焉。

 

 そしてもう1つは────太陽を呑み込むことで、完全なる物質……即ち、錬金術の到達点たる賢者の石を創り上げるということにほかならない。

 

 翠の獅子機が炎を取り込み溶け合い、赤い砂へと変貌していく。

 それは完全なる物質たる賢者の石、血よりも紅きラピスの輝き。あらゆる不浄を払い、奇跡を生み出すそれを、キャロルは精緻な術式と哲学の果てにこの土壇場で創り上げた。

 

「──キャロル・マールス・ディーンハイムの錬金術は全てを滅ぼすッ!たとえ、それが貴様の焼却式であっても──オレは、奇跡を殺す者だッ!」

 

 それこそが、錬金術師たる彼女が生前に成した偉業。本来なら奇跡によって起こす事象を、己の研鑽の末に普遍へと堕す──かつて、適合者ではない己が歌を創り上げたように。

 奇跡を殺す──相手の奇跡を己の手の内に掴む業。それこそが、サーヴァントとして顕現したキャロル・マールス・ディーンハイムに与えられし宝具だった。

 あまりにも有用な切り札に、それを今まで使わなかったキャロルの様に魔神は瞠目する。

 

『この盤面まで、隠していただと──ッ!?』

「隠していたともッ!そしてオレばかりにかまっている場合かッ!?」

 

 宝具の発動には膨大な魔力が必要なのは他の宝具と同じであり、更に言えばタネがバレれば魔神も警戒すると考えていた。

 だからこそ、本当に必要な──自分たちを殺しうる一撃を一回だけでも防ぐために。キャロルはソレだけを考え、今の今まで使わなかったのだ。

 

 そして、それは正しく最高のタイミングだっただろう。

 精根尽き果てたキャロルが赤い砂の中に崩れ落ちるその向こうには、聖剣を構える少女たちが立っていた。

 

 

 翠の獅子機が炎を喰らうその背後で、突き立った聖剣のもとに1人の少女が姿を見せる。

 

「……ふぅ、何とか策は成功したようだな」

「すいません、状況がこうなのであんまり成功とは……」

「結果的に問題ないならいいだろう?全く大儀だったとも」

 

 突き刺さった剣の隙間からぬるりと物理法則を無視して出現した少女の姿をした神ヌァザは、疲労困憊している未来を労った。

 

「セレナ……いえ、ヌァザね。彼女は……」

「ああ、私が頼んでこちらに来てもらった。そうしなくては私がここに現れられないからな。魔神の炎はまあ、一度くらいならお前たちが受けきってくれるだろうと思っていたが──」

 

 嬉しい誤算だ、というように笑みを深めてキャロルを見る。当のキャロルはそれどころではないが。

 

「これなら、十全に聖剣を開放できる。──とは言え、担うのは私ではないが」

「?それって──わッ!?」

 

 どういうこと?と響が首を傾げる前にその手をヌァザがガッと掴み、地に刺さった聖剣まで一気に引き寄せた。

 突然の行動に目を白黒させている響を置いておいて、今度は同じく驚いていた立香の腕を掴んで引っ張り込む。

 

「──お前達だ、立花響、藤丸立香。歌を介して、人理を通して、多くの絆を、人の祈りを束ねてきたお前たちがこの聖剣を──想いの結晶たる星の聖剣を振るうのだ」

「え──?」

 

 まさかのこの土壇場での指名に、響と立香は更に驚愕し──しかし、ヌァザの目が本気であると判り即座に覚悟と決意を決める。

 

「判りましたッ!」

「やってみる!」

 

「良い返事だ、では────行きますッ!」 

 

 二人の威勢のいい返事に満足したヌァザは──セレナは、2人の意思に応じるように口を開いて歌い出す。

 そんなセレナの歌に合わせ、誰がタイミングを図るでもなくほかの装者たちも歌い始めた。

 

『──Gatrandis──babel──ziggurat──edenal──』

 

 命を燃やす歌。己のすべてを込める絶唱。セレナは聖剣を開放するため、膨大な魔力を、フォニックゲインを歌を介して聖剣に注ぐ。

 既にエクスドライブ状態にある装者たちも、その負担を軽減するため、そして何より人の思いを束ね、繋ぎ、一つの奇跡へと昇華するために歌っていく。

 そうやって歌う中には、本来効果があるわけでもないだろう立香の姿もある。思いを一つに、願いを一つに。言葉を、歌を重ねることで意思を合わせ、撚り合わせるのはこれで二度目。慌てず、自然に、彼女の歌もまた装者達のそれに溶け込んでいく。

 

『──Emustolronzen──fine──el──zizzl──』

 

 そして、歌が終わり、獅子が赤い砂へと還っていく。

 

(キャロルちゃん、ありがとう──)

 

 崩れ伏したキャロルに感謝を抱き。決然とした面持ちを魔神へと向ける。

 

『おのれ、おのれッ!こんな、このような馬鹿なことに引き下がって、なるものか────ッ!』

 

 見るからに余裕を失い、半狂乱のままに魔神は再び焼却式を編み上げる。退けないのだと、ここで下がるわけにはいかないのだと、魔神は血反吐を吐くように歌い続ける。

 

 

「──貴方にも、きっと退けない想いがある」

 

 マリアが、余裕をかなぐり捨ててでもなおも戦わんとする魔神にポツリと呟く。

 

「何をしても叶えたい願いが、そこには確かにあるだろう」

 

 翼が、魔神の心情を思い重く言葉を吐く。

 

「だけど、アタシらだって退くわけにはいかねえ」

 

 クリスが、自分たちの不退転を説く。

 

「この世界を──」

「大切な人を──」

 

 調が、切歌が、自分たちの背後にある全てを歌う。

 

「──私達の大事なものを──」

「──守るためにッ!」

 

 だからこそ、立ち向かうのだと。どれ程の困難があっても折れたりしないのだと。立香は、響は高らかに歌い上げる。

 

 

『黙れ、黙れ黙れッ!消えろ、消え失せろッ!』

 

 

───焼却式 アムドゥシアス───

 

 

 魔神の炎が迫る。先程も放たれた、膨大なフォニックゲインの焼却の炎。

 その滅亡の業火を防いだキャロルは既に倒れ、同じ手で防ぐことは叶わない。

 

 だが、その炎も最早彼女たちが恐れるものではなく。

 

 星の聖剣は輝きを増す。人の祈りを、常若の国(ティル・ナ・ノーグ)──星の内海で鍛造した輝きは焼却の炎を凌駕する光を放つ。

 

「私達の歌を、皆の願いを一つにッ!!!!────エクス、カリバァァァアアアアッ!」

 

____________

E x c a l i b u r

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 星の聖剣──世界の外からの侵略者に対する最終兵器。

 太古より星に紡がれ、アーサー王伝説に語られる最も尊き幻想は、時代を、世界を超え、今この領域に結実する。

 

 魔神の炎が、蝋燭の火のように吹き消される。

 

 その奇跡の輝きは一切の衰えを見せず、この世界に現れた外敵──異なる世界の侵略者たる魔神を一刀のもとに両断せしめた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。