SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order   作:222+KKK

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第17節 偽冠魔詠宮殿プセウドモナルキア(11)

「オオ……オオオオ…………!」

 

 強大な力を誇った魔神が、慟哭のような呻きを上げてボロボロと崩れ落ちていく。

 それは、まるで枯れ木のごとく。この世界という歪な枝を支えた魔神の枯死は、この事変の終焉をひしひしと感じさせるものだった。

 

「……アムドゥシアス、さん……」

「響……」

 

 結局、話し合えなかったのかと、響は聖剣の柄をギュッと握りしめて悔いるような声を漏らす。

 立香はその様子に声を掛けるか僅かに逡巡する。

 

(魔神に対しても、か……。凄いな、私にはちょっと出来そうにないなあ……)

 

 立香にとって、魔神は純然たる加害者だ。事情は知っているし、凶行に及ぶまでの魔神の思いもある程度は理解しているつもりだ。

 だが、そのために己の世界を滅ぼされ、たった1人の最後のマスターとしてただ生きるために戦った彼女からすれば。魔神に対して同情が生まれることはあっても討ち果たすことに後悔を覚えるようなことは無いし、まして会話で和解しようなんて今までこれっぽっちも考えたことはなかった。

 そんな立香にとって、魔神が相手だろうとも力による制圧ではなく対話で心を通わせようとする響の姿には眩しいものを感じていた。

 そしてだからこそ、そんな落ち込んでいる彼女を慰めるための言葉を口に出しても嘘になりそうで、立香にはとても口に出せなかった。

 

「オ、お、おの、れ……ッ!まだだ、まだだあアアァァア……ッ!」

 

 そんな時である。崩れ落ちた魔神柱の中から、1つの影がゆらりと姿を見せたのは。

 

「──魔神!?まだ生きてたの!?……って、その姿……」

 

 嘘でしょ、と驚愕し立香は一歩後ずさる。が、それも影の全容が露わになったことで足を止めた。

 

 砂埃の中から現れた魔神は、お世辞にも万全のソレとは呼べるものではなかった。

 まるで魔神柱を人形に押し込めたような上半身は焼けただれ、全身の亀裂から見える瞳は一つ残らずくすんでいる。

 下半身は同じ形質で馬の形状を取っているが、後肢の一本が半ばから崩れ脱落している。

 エルフナインの肉体に潜んでいたときからあった一角獣を思わせる額から屹立する一本の角は、中途からポッキリとへし折れていた。

 

「アムドゥシアスは一角獣の姿をした魔神、とは言うが……それが貴様の本質か?」

「……そんなわけが、無いだろう。魔神柱から、魔神への、霊基の変換が完了していないままなだけ、だ」

 

 届く念話は絶え絶えであり、その意識の朦朧さを示しているよう。

 異形の人馬と呼べるその姿も、魔神柱と本来の伝承が混じり合った姿であるという当人の主張を裏付ける。

 

「……それでも、まだ戦うつもりか?」

 

 見る間にも徐々に魔神の身は崩れ落ちていく。

 どう見ても戦える様子ではないにもかかわらず依然立ちふさがる魔神に、翼はそれでも警戒心を見せる。

 

「当然だ、私はまだ、何も……ッ!私は、私の、愛を……ッ!」

 

 

「──いいや、お前はここで終わりだよ、魔神アムドゥシアス」

「アマデウス──!」

 

 

 魔神の言葉を遮るように声がかけられる。

 その声の主が誰か、魔神は顔を向けずともその音だけで把握した。

 

「……何が言いたいッ!私の愛は、私の想いは終ってなど……」

「終わってない、ってか?おいおい、ここに来てまだそんな事を言ってるのかい?」

 

 未だ戦意旺盛な魔神に、アマデウスは呆れたように肩をすくませる。

 

「モーツァルトさん……?」

「……各々言いたいことはあるだろうけど、ここは一旦僕に任せてもらってもいいかな?」

 

 僕も色々突きつけたいことが山程あるんだ、と茶目っ気混じりな台詞を吐くアマデウスだが、その表情は真剣そのもの。

 真摯な雰囲気を醸し出すアマデウスに、誰もが口を噤み話者を譲る。それを確認し、アマデウスは口を開いた。

 

「お前は終わりだ、なんて言っても別に放っといても死ぬからとかそういうのじゃないんだ。いくら聖剣で両断されたからって、デモノイズはまだ残ってるんだろう?」

「…………」

 

 アマデウスの指摘に、魔神は異を唱えない。

 

『確かに。今でこそ聖剣の輝きに身を焦がされ大部分が損失したようだが、それ以前に攻撃を受けたことで無傷のデモノイズと入れ替えに退避させてたデモノイズが穴埋めに使われてない。未だ聖剣の残滓がその身を苛んでいる為にむやみに補填するわけにはいかない、ということだろうね』

「ゲームでいう、毒状態でポーション使っても毒でダメージ受けるから元のドクダミってやつデスね?」

『……まあ、大体はあっているね』

 

 ドクダミではないが、とぼやくホームズを尻目に、立香は成程と頷いた。

 少なくとも、魔神は今は再生は出来ないにせよ継戦能力の全てを喪失したわけではないということは真実であるらしい。それが判っただけで、今にも崩れそうな魔神が未だ油断ならざる存在であるという事をこれまでの経験から立香は骨身に滲みて理解していた。

 

「つまり、だ。お前は終わりだ、っていうのは魔神アムドゥシアスの組み立てた論理が、計画が、野望が、祈りが終わっているって話だ」

「──如何にデモノイズが残っていようと、今ここにある霊基を砕かれては魔神たる総量に満たない。最後の抵抗も、我が願望も……すでに敗退したということか。フ、ははは──いいだろう、貴様らの勝利だ。どうあがいても私は覆せないとも」

 

 その言葉の端々から悔恨が、怨恨がにじみ出てくる。全盛期の魔神であればその言葉だけで聞いていた存在に何れ来る破滅をもたらすことすら可能な呪詛も、今の魔神では到底構成し得ない。

 最終的な勝利者として、目の前に立つ少女たちへと向けられる乾いた笑い声は。願いが叶わなかった、祈りを潰された魔神の逆恨みとも呼べる嘲笑だった。

 そのまま魔神は一頻り笑い────一転、響や立香達に怒気を露わに叫んだ。

 

「──ああ、負けたともッ!これで満足かッ!?貴き純正がむざむざ滅ぶそれを止めようと、取り返そうという願いを──我が愛を踏みにじって、それで満足かッ!?」

「────それ、は……ッ!」

 

 絶望と憤怒に満ちた慟哭に、響は言葉を詰まらせる。

 

 満足、なんて彼女の胸にあるわけがない。魔神の祈りは、確かに純真なものだった。それを踏みにじったのだと、そう言われれば響は否定することは出来なかった。

 もちろん、彼女にだって出来ないことがあることくらいは判っている。今回の魔神の暴挙は間違いなく止めるべきことであり、ひいては魔神の願いを叶えさせることは"出来ないこと"にほかならないことだと響はしっかり理解していた。

 

 だが、誰かの大事な願いを踏みにじったという事実は変わらない。如何に大災害を世界に齎した恐ろしき怪物であろうとも、その根底にあった愛を打ち砕いた事を砕かれた側に糾弾されてしまえば、それは響の胸に強く突き刺さってしまう。

 言葉を失ったのはほんの数瞬。それでも、どうにか響が言葉をひねり出そうとしたところでアマデウスがそれを制した。

 

「いやいや、あんなのは世迷い言さ。君みたいな美しい唄を歌う娘が気にするもんじゃない。……なんて言っても納得しないだろうから、先にあいつの言葉から否定していくことにしようか」

「何……!?」

 

 アマデウスは飄々とした笑みを一転、真剣な眼差しで魔神を見据える。

 何のつもりかと魔神がその目を見返し──その顔に浮かぶ失笑に顔を怒りでこわばらせる。

 

「──貴様、その顔を──」

「いやあ、だってさ──」

 

 怒りのままに怒鳴ろうとした魔神は、しかし次のアマデウスの言葉で凍りついた。

 

 

 そもそも、一番始めにエルフナインへの愛を踏みにじったのは他ならぬお前だろう──?

 

 

「──なあ、魔神アムドゥシアス?」

 

 軽い口調で言い放ったアマデウスに、魔神は何ら反論出来なかった。

 それは、突きつけられた言葉が唐突すぎて理解できなかったからではない。突きつけられた言葉をその優れた思考野で詳らかにした結果、魔神が納得してしまったからであった。

 

「図星だろう?それをさも僕らがお前の純情を穢したみたいに言われてもさぁ……」

「──巫山戯るなッ!良くもそんな戯言をほざいてくれるな……ッ!」

「戯言、ね。それじゃ、お前が星の聖剣の影響を脱する前に解説していこうか」

 

 嘆息したアマデウスは、怒りに震える魔神に無警戒にカツカツと足音を立てて近づいていく。

 

(……アマデウス?)

 

 いっそ無遠慮とも言えるそんなアマデウスの様子に、立香は首を傾げる。

 彼女の知るアマデウスは確かに遠慮のない人間だが、それでも礼儀正しい面もある程度ながら備えている(役職や経歴を思えばそれが当然ではあるが)。如何に魔神が敵であったからと、こうも感情露わな挙動をする人間だったろうかという疑問が立香の頭をよぎる。

 そんな立香を気にすることもなく、アマデウスは魔神の目前で足を止めた。

 手を伸ばせば縊り殺せそうな距離。それでもどこか余裕そうなのは、魔神が今は抵抗できないことを確信しているのか、あるいはそんな至近で告げてやりたい程の何かをアマデウスが心中に抱いているのか。

 

(──何か、あるんだろうな。私にはわからないけど、きっと何かが──)

 

 カルデアのサーヴァントの中でもかなり早期に霊基グラフに登録されたアマデウスとの付き合いは長い。そんな立香だからこそ、アマデウスが魔神に含むものがあるのだと直感的に理解していた。

 

「……お前さ、僕らがエルフナインへのお前の愛を踏みにじったって言っただろ?ああ、ある意味では正しいとも。お前の願いはエルフナインを甦らせることなんだものな」

 

 まるで詩を吟じるがごとく朗々と、演劇のごとくオーバーな振りで語り続けるアマデウス。

 

「あれ?でもおかしいだろう?そもそもなんでお前はそんな願いを抱くことになったんだ?」

「何を巫山戯たことを……。そんなこと、私が彼女を失ったからだろう!?当時は無意識だったにせよ、根幹にはソレがあって当然だ!失ったからこそ取り戻したい、古今不変の欲求だッ!」

 

 わざとらしく問うアマデウスに怒鳴る魔神。しかし怒鳴られた側のアマデウスはといえば、言質をとったとばかりにニヤリと笑った。

 

「そうだ、エルフナインを失ったからだ。うんうん、それも当然だろうね。大切な人を失えば取り返したくもなるだろう、力があれば尚の事だ」

「そうとも、だから──」

 

「──それで?なんでエルフナインを失ったんだ?」

 

「──ッ!それ、は……」

 

 会話を通じて、魔神の根を切開していくアマデウス。

 今自覚したのか、あるいは知っていて因果から目を逸していたのか。突きつけられた単純な問いかけに、魔神は口ごもった。

 

「言えないなら代わりに言ってあげようか。──エルフナインが死んだのは、そもそもお前がエルフナインに干渉し続けてたからだって。知ってたんだろう?さっき自分から言ってたものな、エルフナインがお前という禍根を残さぬために命を絶ったってさ」

「…………ッ」

 

 またも、魔神は反論できない。出来るはずもないのだ、戦いの中でエルフナインの死因を告げたのは他ならぬ魔神本人だ。

 エルフナインはその持ち前の正義感と責任感から、キャロルの被造物として作られておきながらキャロルに反旗を翻した。キャロルの父への思いを深く理解していて、それでも尚止めなければならないのだと立ち上がるほどに心が強かった。

 

 だからこそ、魔神を残せないと命を絶った。魔神によって改心したキャロルの献身の治療を拒み、助かる道を知りながら彼女は死へと行進した。

 人ならざる魔神はその事実を忘却など出来やしない。例えそのときに愛に無自覚であったとしても、その心情を把握していながら、彼女に執着しながらも止められなかったのは確かなのだから。

 

「おっと、予測できなかったなんてことは言わせないぜ?冠位の魔術師の使い魔であり守護霊体である魔神が、まさか千里眼の一つも使えないなんてことはないだろう?」

 

 逃げ道を一つ一つ潰すように、アマデウスが言い募る。

 魔術王の千里眼は未来と過去を見通す。通じ、分岐の先の平行世界もまた然り。

 魔神の行動がどんな未来につながるかなんて、魔神自身が理解できていない筈がないのだと。

 

「……そう、だな。ああ、そうだとも。そうであって当然だろうとも」

「……うん?」

 

 しかし、そのアマデウスの言葉に魔神は顔を歪ませた。

 魔神の言葉に含まれる偽りならざる脆さに、詰っていたアマデウスも期せずして当惑する。

 

「えっと……使わなかったの?千里眼」

「…………」

 

 様子のおかしい魔神に立香が思わず疑問を溢すも、魔神は答えようとしない。だが、その黙りが肯定も同然であることは誰もが理解していた。

 そんな魔神の反応に慌てたのは、ここからの話の組み立てが崩れたアマデウスだった。

 

「お、おいおい、世界を剪定されるべき枝として定義したんじゃなかったのか!?だからキャロルが改心?したんだろ?」

『ああ、確かにそう言っていたな。どういう理屈かはこの際置いておくとして、望む向きに世界を歪ませるには先を見る必要がありそうなものだが……』

 

 今の魔神の話は、かつて魔神が語った『植物を歪み育てるという力を膨大なフォニックゲインを用いて拡大適用した』という話の内容とはどうにも整合性が取れなかった。

 魔神が嘘を付くような精神構造をしていないことは弦十郎も重々承知していたため、何か別な方法で未来を決めていたのかと首を傾げる。

 

 が、そんな彼らの言葉を受けて、魔神は自嘲するような笑みをその顔に浮かべた。

 

「……ああ、キャロルが改心する世界へと捻じ曲げた、ソレは事実だ。その未来は見ていたとも──だが、私はエルフナインを、エルフナインの先を見ていなかった」

 

 未来を見ていた。でも未来のエルフナインは見ていなかった。魔神は確かにそう告げた。

 それを聞いて、誰もが疑問符を頭上に浮かべていた。

 

「…………えっと、何故?こう言ってはなんだけれど、普通はエルフナインの未来を真っ先に見そうなものよね?」

 

 全員の心中を代弁したマリアの言葉に、魔神はぐるりと顔をマリアへと巡らせた。

 

「──当時は、それこそ気にも留めていないからだと本気で考えていたが。だが、そう──私は、未来を恐れたのだろう」

「未来を……恐れた?どういうことだ、その未来を捻じ曲げることが可能なのだろう?」

 

 魔神の言葉を呆然と繰り返し、翼が聞き返す。

 キャロルが改心する未来へと歪めたという魔神は、彼女の聞く限りあれこれと策を弄して()()なるように仕向けたというわけではなく、魔神アムドゥシアスに由来する哲学を働かせて強制的に()()したということだった。

 つまり、やろうと思えば己の望むようにエルフナインを……と、そこまで考えてハッとした。

 

「……いや、そうか。エルフナインを捻じ曲げる気は無かったということか?」

「そうだな、それもある。私はエルフナインを歪めてまで己の物にしようとは思わなかった。彼女には私という存在を肯定して欲しかった。──本来のままの彼女に、私が佳いものであると想ってもらいたかった」

 

 魔神がぽつりぽつりと心情を吐露する。どこか懺悔するようにも見えるそれは、その願望こそが己の慚愧なのだというように。

 

「つまり……愛が得られないことを、怖れたのですね」

「……未来が怖かったって、エルフナインが認めてくれない未来を見たくなかったから見なかった、ってことかよ。嘘だろ、ここまでアレだったのか……」

 

 ブリュンヒルデがどこか納得したような表情を浮かべる傍ら、無意識のままに感情を拗らせていたらしい魔神にアマデウスが戦慄する。

 

「それで、死に別れた片想いを成就させるためにエルフナインを蘇生させようとしてこんな事をやらかしたのか。オレが言うのも本当になんだが、幾ら何でも常軌を逸してやしないか?」

「──黙れッ!貴様に、貴様がエルフナインを死に追いやらなければ私とてこのような真似をせずとも──ッ!」

 

 魔神がキャロルを睨みつける。実際、キャロルが世界を滅ぼそうとしたからこそエルフナインも儚い体躯に鞭打って方々を駆け回り、結果として死に至ったのだからその言い分は強ち間違いではない。

 が、そんな魔神を見ていよいよ呆れ果てたと言わんばかりにアマデウスがため息を吐いた。

 

「……えっと、丁度いいから話を戻そうか。確かにソレは言えてるぜ、うん。それで、キャロルを生かすことでエルフナインから好意を貰おうって考えもまあ、いいだろうさ」

 

 細長い指を一つずつ折りながら、アマデウスが魔神が伝えた過去の情報を整理していく。

 

「でも、結局エルフナインはお前を脅威に見た。ま、話を聞く限り当然だね。何せ当時のお前は無自覚な愛を言葉にせずに、世界は燃やすけど君だけは助けてあげるって言ったんだろ?そんなの受け入れられるわけがない。まして、死の間際に私が助けてやろうなんて言うのは文字通り悪魔の囁きだ。エルフナインが受け入れる筈もない」

「……それがどうした」

 

 訝しげに眉があるだろう場所を顰める魔神に、アマデウスは酷薄な笑みを向けた。

 

「──お前、エルフナインを助ける道を見過ごしたんだ。それで愛しているなんて笑わせるぜ、全く」

「────貴様」

 

「怒るなよ。だってそうじゃないか。──お前が自分から消滅すれば、エルフナインだって死ぬ理由がなくなるだろ?だったら、後はキャロルなりS.O.N.G.なりが全力で助けたと思わないか?」

 

 その言葉に、魔神は今度こそピタリと止まった。

 事も無げにアマデウスが告げた一言は、正しく魔神の急所を抉り抜いたのだ。

 

「いや、たしかにそうだけどよ……。でも、それは……」

「でも、それが最適手だろ?エルフナインの未来を見ようとしてないのは誤算だったけど、少なくとも心情自体は理解していたんだ。だったら、それが一番だってことくらい合理性に凝り固まった魔神なら実行に移すべきじゃないのか?」

 

 身も蓋もない言葉に無慈悲すぎないかとクリスが言葉を濁すも、アマデウスは一蹴する。

 

「ああ、何も消滅する必要も無いね。フォニックゲインという法則を通じて膨大なエネルギーを獲得できた以上、この世界を離れて僕らの世界に舞い戻るなりなんなりしても良かった筈だ。とにかくエルフナインの居る世界から離れてしまえば、エルフナインの生存は保証されるんだから」

 

 つまり、身を引けばよかったのだとアマデウスは語る。エルフナインを諦めれば、エルフナインを助けられたのだと。

 

「この世界を振り切れば、この世界から離脱すれば。無自覚な愛を覆う魔神としての責務だって、それを否定なんてしないだろうしね」

「…………だ、だが、それは……それでは……ッ!」

 

 アマデウスから突きつけられる言葉は、確かに真実である。

 そもそも枯れ果てそうだった己を回復し、この領域の技術を獲得することで人理焼却の一助とすることこそを魔神は当初考えていた。

 エルフナインの死に際では半ば建前となっていたにせよ、そんな考えを持っていた以上それに乗ってしまうことは行動原則に反するようなものではなかった。

 

 ──だが、魔神は実際にはそんな行動を起こすことはなかった。

 エルフナインが死に向かうのを見送りながら、しかしその命を捨てようとはせず。さりとて目を離そうともせず。魔神はただ、エルフナインを見ているだけだった。

 

 それはつまり、エルフナインの命を第一にしていたのではなく。魔神としての責務という建前を立てていたわけでもなく────。

 

 

「認めろよ音楽魔。──お前はエルフナインと一緒に居たかったから、エルフナインを見殺しにしたんだって」

 

 

 アマデウスの言葉の刃は、容赦なく魔神を苛む。

 

「────ッ、…………私、は」

 

 魔神は思わず反論しようとして、しかしその身体は何ら論じようとはしない。

 だがそれも当然であった。今までの言葉と同じく、今回の言葉も到底魔神には否定できるものではないただの事実だったのだから。

 ここまで回りくどく説明したのも理詰めで納得させるためではない。あくまで周りに理解させるためにアマデウスが語っていただけであり、魔神自身はアマデウスに最初に真実を告げられた段階でこの事を理解していたのだから。

 

「エルフナインへの愛を僕らが邪魔しただって?もう一度言うぜ、お前の理論は前提から破綻してるんだ」

 

 そして、機を得たとばかりにアマデウスが畳み掛ける。

 

「──エルフナインへの愛を邪魔したのは、他ならぬお前自身の欲望だ。誰かに対する顧みぬ献身こそが愛だとするなら、お前は──」

 

 そしてアマデウスはどこか忌々しげな表情で、決定的な一言を言い放った。

 

 

「──お前は、エルフナインに対する愛なんて持っていない。お前が持っているのは、お前自身に対する自己愛だけだ」

 

 

 告げられたその言葉に、魔神はよろりと揺らめき、そしてガクリと崩れ落ちた。

 その様子を見てアマデウスはふん、と鼻を鳴らし、くるりと振り返った。

 

「さて、僕の言いたいことは存分にぶちまけてやったからあとは好きに話していいぜ」

 

 後ろに居た他の面々に向けた顔に浮かぶ表情に、先程までの怒りとも憎しみとも呼べない感情はすでに無い。どこか清々したように見えるのは、そんな顔を見た少女達の気の所為ではないだろう。

 

「え、えっと……」

 

 立香はアマデウスの向こう側で呆然と崩れるがままになる魔神を見る。

 心を明らかにへし折られたその姿は哀れと呼べるものであり、何よりそんな感情を抱く立香に怒りすら見せないことこそが何よりも哀切漂うものだった。

 如何に彼女が魔神と敵対してきたとしても、魔神がこの世界を盛大に崩壊させたのだとしても。それでも立香は魔神にかける声はとてもではないが持っていなかった。

 

 チラリ、と後ろを見る。誰か魔神になにか言いたいことはあるかなと目線で確認すれば、誰もが首を振った。

 何分、誰も彼も根が善良で多感な少女。目の前で精神をズタズタにされた魔神に対し、これ以上何か追撃しようと思えるようなものではなかった。

 居るとすればサーヴァントか、あるいはキャロル辺りかと思いそちらに目を向けるも、やはり彼ら彼女らも言葉を口にしない。キャロルは大いに溜飲を下げたようではあるが。

 

「う、うぅん。取り敢えず、ここからどうすれば……っとぉ!?」

 

 まさかアマデウスによる精神攻撃による結末を迎えると想っていなかった立香がポツリと呟いたところで、彼女の腕に強い負荷が掛かる。

 バランスを崩してふらついたところで慌てて立て直し、一体何がと手元を見た立香は自分が1人で聖剣を持っていることに──一緒に持っていた少女が手を離し、魔神へと歩を向けたことに気づいた。

 

「響?……うん、響は響の思うままに動いていいと思う」

 

 後ろから見ていた未来は急に歩き始めた響に戸惑うも、その顔に何かを感じたのか小さく笑って激励する。

 未来の言葉に僅かに笑ってみせた響は、そのまま決然とアマデウスと魔神の元へと歩み寄った。

 

「……お、なにか言いたいことがあるのかな?」

 

 ちょっと予想外だったぜ、と眉を上げるアマデウス。

 

「……すいません、でもどうしても言いたいことがあるんです」

「うんうん、この際だから吐き出すといい」

 

 鷹揚に頷くアマデウスにペコリと頭を下げた響は、大きく息を吸い込み……アマデウスの方に向き直った。

 

 

「──そんなこと、ありませんッ!!!!」

 

 

 大音量の響の声が、その名の通り魔都へと響き渡る。

 魔神を庇うような位置に立った響に、それでこそだと頷いていた未来を除いた全員が目をパチクリと瞬かせた。

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