SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order   作:222+KKK

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第17節 偽冠魔詠宮殿プセウドモナルキア(12)

 常日頃から歌い慣れている装者の、胸いっぱいに息を吸い込んで放たれた大音声が辺り一帯に轟く。

 至近で受けたアマデウスはその優れた聴力が仇となり、一瞬意識を失いかけたのかグラリとふらついていた。

 そんなアマデウスの前には、先ず言いたいことを言い切ったことで、ふんすと息を荒くも満足気にしている。

 

「アムドゥシアスさんが誰かを愛していないなんて、そんなことはないですッ!」

 

 そしてやおらに振り向き、呆然としていたアムドゥシアスへと繰り返すように言い放つ響。

 魔神もまさか擁護がくるとは思っていなかったのだろう、その人外の相貌が驚愕で歪んでいることが明らかなほどであった。

 

「──まーた始まった。あのバカの……」

「ああ、立花の趣味の人助けだ」

 

 一方、慣れているらしいS.O.N.G.の面々は響が魔神とアマデウスの間に立った当たりで想定できていたらしく、その顔に驚きはない。

 むしろ納得と言えるほどの顔は、アマデウスが魔神にぶつけた言葉に対し彼女たちも思うところがあったからだろう。

 

「立花響、貴様は……」

「……私は、今も貴方を、貴方のやったことを許すなんて出来ません。この世界にも生きていた人はいっぱい居て、それをみんなみんな消滅させた貴方が正しいなんて思いません」

 

 狼狽する魔神に訥々と己の心情を語っていく響。

 この世界で生きていた人は確かに居た。魔神が見ようともしなかった──否、その千里を見通す眼で見た上で切り捨てた膨大な生命がそこにはあった。

 魔神がその感情のままに生命を資源として消費したことを、響はこれっぽちも認めることは出来ない。

 

「……それでも、モーツァルトさんが言っていたことは違うと思います。したことがダメだったとしても、間違ったことだとしても────」

 

 ちらり、とアマデウスに視線を向ける。

 目線の先に映るアマデウスは僅かな驚き、不快感──そして、バツの悪さがその顔に浮かんでいる。

 

 視線を戻した響は改めて魔神に目線をしっかりと合わせ、一つ息を吸い込み、はっきりと言い放った。

 

「──だとしてもッ!誰かと共に生きたい、ずっと一緒に居たいって思いが──間違いなわけ、ないんですッ!」

「────ッ!」

 

 その言葉に、魔神は衝撃を受けたように顔を上げる。

 魔神は、アマデウスの告げた言葉を真実であると認識していた。己がエルフナインではなく自己こそを愛しているのだと、そう納得していた。それが、響には耐えられなかった。

 

 アマデウスの言葉は、少なくとも彼女が聞く限りでは極端に過ぎている。彼の言葉は、魔神のエルフナインへの愛情が無いものだと確信を以て断言していた。

 だが、響はそうは思わなかった。自己愛のようなものが無いとは言わないにせよ、そこには確実にエルフナインに対する愛があったはずだとそう信じていた。

 

「私は、カルデアの人たちやサーヴァントの皆さんと魔神との間の確執をちゃんとは理解できていません。私の言ったことが間違ってて、モーツァルトさんの言ってることが正解かも知れません──それでもッ!」

 

 ここだけは絶対に譲れない、そう意気込む響の肩にポンと手が置かれる。

 響が振り返れば、そこには立香が彼女を肯定するような笑顔を浮かべていた。

 

「……いや、響の言うことも合ってると思うよ。それに、私は魔神の心持ちとか、感情とかはあんまり考えたことは無かったけど……でも、アマデウスの言葉がきつかったってのは思ったしね」

 

 理由は知らないけど、そう言って立香がじろりとアマデウスを見やる。

 響に加え立香からも糾すような目線を向けられ、苦笑しながら帽子を目深に被るアマデウス。彼も言い過ぎなところがあったことは自覚しているらしい。

 

 アマデウスが魔神アムドゥシアスの糾弾をした時、そこには明らかにアマデウスの個人的な感情が透けていた。

 もちろん、立香はそこに彼にしかわからない理由があるのだとは察している。アマデウスがかつてアムドゥシアスとして顕現するという指令(オーダー)を受けていたという事も関係するかも知れなかった。

 だが、そこにどんな理由があれ、アマデウスのソレは必要以上に非難しているところがあったのは確かだった。

 

 立香だけなら、カルデアのメンバーだけならあるいはそれでも放置したかも知れない(というか、彼女にとって魔神はそこまで擁護したい相手ではない)。

 だが、少なくとも響とは友人であり、またその言葉が真実であると感じれば──それなら、立香だってその思いを応援しようと考えることもまた当然だった。

 

 立香からお墨付きを得た響はニコリと笑い小さく礼をする。

 そして改めて魔神へと歩み寄り、その人ならざる大きな手をぎゅっと握りしめた。

 

「……だからこそ、せめて。その思いを否定したまま、消えていかないでください……ッ!」

「…………」

 

 目前の少女に徐に手を握られ、魔神は困惑する。

 最初に擁護された時、この少女は何を言っているのだろうかという思いしか無かった。

 少なくともその時点では、アムドゥシアスはアマデウスの言葉を受け入れていた。それがどれほど衝撃的であっても、己を苛むものであっても……そこに矛盾は何一つ無かった。

 

 だが──最初の衝動は。感情を知らず、思いも知らず。それでも、その身に雷の如く奔ったあの原動は────。

 

 ──その出発点では、確かに魔神は愛を覚えたのだ。

 

「は、ハハハ……。そうか、そうか!そうだな、当たり前の話だった。──感情は、1と0で定められるモノではない、か」

 

 アマデウスが言うように、自己愛もあるだろう。八つ当たりのようなキャロルへの憎悪も、また然り。

 だがその中には、間違いなくエルフナインへの愛があったのだ。

 感情は一つではないのだと、生命が抱く衝動はそんな片手の指で数えられるほどに簡素ではないのだと、魔神は今更のように気づかされていた。

 

「──ああ、或いはこれを最初に知っていれば。善性も、悪性も、悲しみも、歓びも──それら全てが感情を……生命を築き上げているのだと知っていれば、私達はこんなことをしなかっただろうに!」

「アムドゥシアス……」

 

 歓喜と慟哭の入り混じった叫びは、聞いていた立香の心中に否応なしにかつての戦いを想起させる。

 人の営みを悲しみという一面からしか見ていなかったが為に凶行へと走った魔神王と、それを緩やかに否定し、光の中へと消えた魔術王の姿。

 ここに居るアムドゥシアスはその決戦の時点で神殿からは切り離されていた以上、ソロモンのその言葉を知らなかったのだろう。知っていれば、それこそ当人の言う"或いは"が成立していたかも知れないと考えると、立香の胸にも形容できない感情が湧き上がってくる。

 

「私は、確かにエルフナインの傍に居たかった。己の命を賭してでも造物主の無道に反旗を翻すその有り様に惹かれ、その願いを叶えさせてやりたかった」

『……そして、S.O.N.G.関係者がその世界から除外されているのも、それが皆さんの記憶に重なったのも──ですね?』

「そうだ。この世界を成立させる時、私はS.O.N.G.だけは巻き込まないようにしていた。対抗戦力になるから、ではなく──エルフナインが大切に思い、そして同時にエルフナインを労り、最後までその想いを守り通そうとしたことに敬意を持ったからだ」

『成程、何故類似組織を無視してS.O.N.G.だけを結界作成当初に除外していたのかは疑問だったが……それで合点がいった』

 

 ホームズの通信に、魔神は頷く。

 

「そうだ。感情に無自覚な当時の私は、それでも魔神だ。己の行動指針を人のようにバラバラには定められない以上、無自覚なりに無理のない理由が必要だった。普通の人間ならともかく、S.O.N.G.であれば敵対戦力と見做して除外するという理由が成立するからな」

 

 そう告げる魔神に、聞いていた立香はあれ?と首を傾げた。

 

「……でもそれって、私達には当てはまらないような……」

『我々カルデアについては、当初に遭遇したときからずっと魔神が語っていたことが全てだろう。彼という主観における絶対時間において、すでに人理焼却は成立している。にも関わらず我々が特異点修復のために平行世界にやってきたということは、それだけで我々が魔神王に勝った証明になる。もちろん負ける気はなかったろうけど、魔神72柱の集合体である魔神王を踏破したという我々を相手にするのは手間であるって考えでしか無いだろうね』

「あ、そこはそうなんだ……」

 

 当たり前だが、排他理由もまた、一つではない。魔神にとってはそれこそS.O.N.G.の装者と友好関係を持っていたからついでに見逃してもいい、程度のことだったのだろう。

 それこそ響が言っていた"辛そう"な表情も、あくまで無意識に、かつS.O.N.G.にのみ向けていた表情だったのだろう、と立香は今更ながらに気づいた。

 

「記憶が重なっていた、というのは私の知るところではないが──私がこの分岐を作り、結界の構築から彼らを外した段階で、彼らは本来の分岐に戻ったのだろう。そして、その平行世界のS.O.N.G.の人間の感情が更にそちらの世界へと影響を及ぼした、というところか」

「ややっこしいな、おい。……ってことは待てよ?もともとこの世界にいたアタシらは、S.O.N.G.だけが居る世界にいるってことか?」

「そうなるな。まあ、非生命的存在は凡そ両世界に共通して存在しているだろうし、分岐から数えて未だ日も経っていないから現存はしているだろう」

「随分適当だな……」 

 

 さして気にもとめてなかったらしい魔神の様子に、クリスはため息混じりにそう呟くほかなかった。

 自身の手に掛けるのが嫌というだけであり、それ以降のことは知らぬ存ぜぬというその姿勢はやはり魔神らしい無機質さがあるなあ、などと立香は聞いていて思っていたが。

 

『……まあ、それはそれとしてだ。結局君はこれだけの事をやらかした訳だけど、まさか感情の自覚がなかったから仕様が無いとか言わないよね?』

「言うものか。そもそも私はこの世界を捧げようとしたことを過ちなどとは思っていない。失った少女に全てを捧げるべきという想いに何一つ間違いなど無い。──だが、私は確かに間違いを犯していたのだろう。それとは別に、魔神としては致命的な誤謬が確かに在った」

「誤謬だと?世界を滅ぼそうとしたことが誤りではないとして、それでもか?」

 

 そう語る魔神は、言葉とは裏腹にどこか晴れやかな声で。まるで流麗な歌のように、その心根を紡いでいく。

 前半部の人を人とも思わない暴言に目をきつく細めた翼の言葉に、しかし気にする様子もなく魔神は頷いた。

 

「ああ。感情は一つではない。想いは確かに無制限だ。その視点にとり、私は1人を愛し、世界を滅ぼすことは誤謬ではない。──だがそもそも、矛盾した方針を掲げるべきは不完全な存在の特権であり────」

 

 

「────エルフナインを助けたいのに、共にあろうとしたことはやはり、人ではない私には不適合だった。私は、全知たるべき魔神でありながら知らず毒杯を呷ったのだ」

 

「それが何よりも、私の────魔神アムドゥシアスの過ちだ」

 

 

 それは、まさに懺悔であり。魔神という人外の、完全たる魔術式だからこそ持ち得た罪の告白がそこにはあった。

 

「…………」

 

 その言葉に、誰も言葉を持ち得ない。彼の愛を肯定した響も、其の愛を否定したアマデウスも。

 そのとおりだと口にするのは赤子の手を捻るより容易で、そんなことはないと励ますのは朝飯前だろう。だが、それには何の意味もなかった。

 

 ある意味で、それは彼我の断絶を示していた。

 例え互いに理性があろうとも、意志を交わせようとも。それでも、魔神の持ち得た罪の意識を完全に理解することは、人間である限りは不可能であり──だからこそ、この結末に至ったのだと、誰もが理解せざるを得なかった。

 

 錬金術師に対する極端な憎悪も、死した少女のために世界を捧げようとした極端な献身も。全ては当人すら気づかぬ矛盾の果ての暴走だったのだと。

 

 

 ──愛するものを、その想いがあるままに死なせてしまったという矛盾性に由来した罪悪感。それが、この魔神が真に見出した感情だった。

 

 

「──ッそんな、そんなこと……ッ!」

 

 認めたくない、震えた声でそう言おうとする響を魔神が手で制し、四脚でゆっくりと立ち上がった。

 人馬に近いその脚はボロボロと崩れ落ち、作り上げたその肉体も端から塵へと──炭へと還っていく。

 

「カルデアには思い入れはない。この世界にも憎愛は無い。このまま砕け、この世界の人理が精算されるのもよかろうが──だが、お前には借りがある。立花響」

「私──?」

「……立花響。貴様の言葉は、私には救いだった。どれ程に私が矛盾していたのだとしても、それでも──私の愛を認めてくれた、それだけで──私は己の愛を偽り無く受け入れられた」

 

 それは嘘偽りのない、心からの感謝の言葉。

 崩壊に向かう魔神が、己の身を砕いた敵手に対し──只々真摯な謝意を示していた。

 

『……魔神らしい律儀さ、と言えばいいのかな?』

「なんとでも言うがいい。だが、そうとも──私は魔神だ。魔術王ソロモンの使い魔、代価を元に願いを叶える原初の魔術だ。であれば、彼女の言葉という代価を受け取ったままに、何もしない訳にはいかない」

 

 その言葉は、アムドゥシアスという存在が己を最後にどういうものかを定義するものだったのだろう。

 感情を得ようとも、愛を謳おうとも。魔神であるが故の過ちを犯した存在として、せめて魔神という在り方だけは捨てるまいという最後の矜持がその言葉にはあった。

 

「アムドゥシアス……さん?」

 

 端から炭に還るその姿は、響に過去を思い出させる。

 同じように愛に生き、そしてその身を塵へと変えた1人の女性。魔神がその身に抱くソロモンの杖は、否応なしに想起を加速させていく。

 

「それは……まさか?」

 

 そして、それと同時に。立香も同じように過去を思い出していた。

 ファウストローブが変じて構築された、その指に輝く十の指輪を見れば。──その指輪が指を離れ、宙へと浮かび上がる様子を見れば、それが何を意味するのかを理解せざるを得なかった。

 

「……砕けゆく我が身で、願いを叶えるというのなら。これしかあるまいよ」

 

 異なる経験から同じ結論を導き出した2人の目線を受け、苦笑としか思えない音色で答える。

 それこそ、魔神が浮かべる感情としては何処までも不釣り合いなそれであり──祈りを誠実に履行せんとする姿は、何処までも魔神らしいものであった。

 

「結界は砕け、光帯は消えた。だが──それでも、一度宝具として成立したモノであれば。ここに、あり得ざる幻想を結び──1つのカタチを成す」

(そうだ。そうとも、あの臆病者の愚王ですらも命を擲ち奇跡を生んだのだ。であれば、それより優れると自負する我らが出来ぬはずがあろうものか)

 

 その思考の末期に浮かぶものは、愛を向けた少女ではなく、救ってくれた少女でもなく──何処までも彼を苛立たせる、忌々しき王の顔。

 己の知らぬところで、ある筈のない覚悟を示したであろう冠位の魔術師の姿が、一瞬、しかし何処までも鮮明に想起されていた。

 

「──我が痕跡、我が有様……私という錨を、私自身が放棄しよう」

(……私の愛は、世界に残らない。私の愛は、世界に残すべきものではなかった)

 

 朗々と紡がれる詠唱は、世界に沈む暗示ではない。この一瞬にしか輝かぬ、魔神の最期の想いだった。

 

 

「宝具:疑似再演────『訣別の時きたれり、其は世界を手放すもの(アルス・ノヴァ)』」

 

(──そうだ、私は、私の愛を──)

 

 

 魔術王の最後の、そして最初の宝具の真名が開放され、それが契機であるかのように指輪が天へと還る。

 だが、それを魔神が見届けることはない。この世界全てから"己"という有り様を放棄した魔神の肉体の全てもまた、塵となり空へと消えていった。

 

 

『…………魔神、消滅を確認しました』

「……うん、そうだね」

 

 指輪を天に還すことで、与えられたすべての力、業績──ひいては、その存在すらも宇宙から消滅させる。それこそが魔術王の第一宝具「訣別の時きたれり、其は世界を手放すもの(アルス・ノヴァ)」、本来ならば魔神の知り得ぬ──魔術王を知るからこそ、魔神が想起することすら出来ない、最初で最後の魔術王の偉業。

 だが、アムドゥシアスはそこに至った。己が抱き、自覚した愛を──漸く得られた個我を捨ててでも、「誰か」が未来へと進んでいく世界を守り通す選択をした。

 

 立香は魔神について深く理解している訳ではないが、それでもアムドゥシアスがそういう選択を取ったということには思うところがあった。

 

『霊核は完全に消失しているね。──空間の崩壊も始まっている。いや、これは巻戻りかな?』

 

 モニタリングしていたダ・ヴィンチの言葉通り、砕けた固有結界としての空間は端から消失し、その向こう側では再構築された世界が姿を表し始めていた。

 

「ん?これは──」

「ッキャロル!?そんな、契約のパスは確かに……!」

 

「あれ、私──?」

「──未来ッ!?」

 

 そして、この場に居た2人の少女も同様に。この世界に生まれた彼女たちもまた、刻一刻と薄れていく。

 衝撃的な光景を見てギョッとした響と立香は慌てて2人に駆け寄る。

 

「未来、大丈夫ッ!?何で未来が消えて……ッ!?」

 

 薄れゆく友を留めんと、その手を掴む響。

 不安そうな響の顔とは対象的に、キャロルも未来も何かを察したような表情を浮かべている。

 

「響──ううん、大丈夫。あのね、私──何となく分かるよ。元に戻っていくんだって。私達は──私達の世界に戻るみたい。だから心配しないで、ね?」

「未来ぅ……。」

「もう、響ったら……。いい、響?そっちの──響の隣りにいる私に宜しくね?」

「未来──うん、だから未来も、そっちの私によろしくねッ!」

 

 なおも不安そうな表情を隠せないまでも、それでも頑張って笑って見送る響。それに負けないように、未来も華やかな笑顔を見せる。

 その笑顔を最後に。この世界の小日向未来は世界と共にあるべき在り方へと還っていった。

 

 別れる2人を眺め、同様に消えかけているキャロルは嘆息した。

 

「……ふん、なるほどな。この世界にあったものは魔神の手が深く入り込んでいる。つまり、その魔神が消えたということは──」

『──単独顕現の放棄をしたことで、過去にこの世界に及ぼした影響が無かったことになるということだろう。魔神は過去現在未来に渡ってただの一時点のみに存在している。逆に言えば、その在り方を放棄するということは……』

 

 ホームズはその先を敢えて口にしなかったが、何を言わんとしているのかは誰もが理解していた。

 即ち、時間遡行による修正。原因が消失したことによる結果の変動という因果律を逆行する奇跡こそが、魔神の宝具の正体なのだと。

 嘗て魔術王が使用したソレとはまた原理の異なる現象だが、ともあれ発生した結果自体は似通っていた。或いは、そうなるように魔神が整えたのかもしれない──立香がそう考えていたところで、しかし次に飛び込んできた言葉によって思考が漂白された。

 

「……貴様らの話を聞く限り、オレは奴に歪められたから今ここにいる。であれば──オレは消える、ということか」

「ッ!それって、キャロルが……!」

「ああ。さっきとは違う、オレは元来居ない存在だ。魔神が歪めずともオレが計画を断念することも無いでもないかもしれないが……まあ、少なくともサーヴァントとなったことで奴に歪められた価値観から開放されたオレはそうは思わないからな。可能性は低いだろう」

 

 事も無げに己の消滅を受け入れるキャロルに、立香は悔しげに奥歯を噛みしめる。

 いまや向こう側が容易に見通せるほどまで透けたキャロルに、やがて決心したように立香は顔を上げ口を開いた。

 

「~~ッ、絶対、絶対召喚してみせるから!カルデアの霊基グラフには未だキャロルのデータが残ってるし、それなら、それなら……!」

 

 勢い任せに放つ言葉も、次第に尻すぼみになる。さもあらん、そうやって召喚された"キャロル"は登録された霊基としてのキャロルであり、ここまで戦ってきたキャロルとは厳密には異なる。

 それでも立香は同じキャロルとして捉えることもできようが、そんなことを目の前のキャロルに言っても何の救いにもならないのだと彼女も理解していたのだ。

 

 立香の落ち込む様子に、ここまでくればお人好しも過ぎると思っていたキャロルだったが、見れば響も同じように悔しげな、悲しげな顔を彼女に向けている。

 そんな2人に、はあ、とキャロルは大きなため息を吐いた。

 

「……やれやれ、オレをそうまで救いたいのか?オレのやった悪行を知ってもそう思えるということには全く理解に苦しむが……なら、そうだな。屈め、マスター」

「?いいけど……ッ!?一体何を────!?」

 

 言われたとおりに姿勢を低くした立香の唇に、噛み付くようにキャロルが唇を合わせた。

 二度目の口づけに、立香が思わず目を白黒とさせる。が、その瞬間に消えかけていたキャロルが炎となって燃え上がったことでさらなるパニックに陥った。

 

「……ふん、これでいい。オレの情報は最後までカルデアのグラフに登録しておいた。精々呼んでみせるが良い、この事変の解決後にオレを喚ぶだけの因果が作れれば、だがな」

「キャロル……勿論!へへん、後悔しないことだよキャロル!私は、私は──一度繋いだ縁は絶対に離さないんだから!」

 

 渾身のドヤ顔で、涙混じりの満面の笑みで。立香はキャロルに向かって堂々と宣言してみせる。

 そんな彼女の言葉にキャロルはただ小さく笑って、そしてそのまま光へと消えていった。

 

 

『……ああ、確かにキャロルの霊基グラフに変化が出ているようだ。後は召喚に応じるかどうかだが……まあ、それは追々だ。それにしても凄いな、生命反応がものすごい勢いで消えて、ソレ以上に"外"に増えている。こういう戻り方は類を見ないね』

『伝え聞く人理の精算とは、やっぱり違いますか?』

 

 今起きている現象をつぶさに分析していたホームズの言葉に、エルフナインは起きている現象の正体が何かを確認する。

 この世界の再編といえる現象が魔神やウェル、カルデアの伝える人理の精算である場合、ギャラルホルンによる橋渡しがされている彼女らS.O.N.G.にはまだまだできること、やるべきことがある。だからこその問いかけだったが、問われたホームズはモニター越しに首を振る。

 

『ああ、これは人理の精算とは異なる事象だ。その世界で人理の精算が起きうるのは、魔神が存在を保てず消滅した場合だ。なぜなら人理精算はあくまで我々の世界の法則であり、ソレを流入させた結果として起きうる事象だからだ。それは偏に単独顕現という特殊な権限あってのことだが……』

「魔神が己が居たという証を過去からも失わせたことで、そもそもの人理精算の──いや、所謂"神秘"というそちらに由来する法則全般が失われる。ひいては、この世界に起きるだろう辻褄合わせも起きない、と?」

『ああ。データ的な確証はないが……逆説的な話になるが、ミス立花の願いのための行動と称して消滅間際の魔神がわざわざ"第一宝具の疑似再演"を行ったということは、つまりそういうことなのだろうさ』

 

 そう告げるホームズに、響はぐ、と拳を握りしめる。

 末期の魔神に感謝を伝えられた時、響は決定的な断絶を超えられなかったのだと理解した。バラルの呪詛だのといった話ではなく、もっと根本的なところで魔神との在り方に隔絶したものがあったという事実を突きつけられた。

 

 ──そして、それでも尚。魔神は確かに彼女に歩み寄ってくれたのだということも──響は確かに理解していたからこそ、その声を小さく震わせた。

 

「……もっと早くに手を取れたなら、私は……」

「立花……」

 

 俯く響に、翼が気遣わしげに呟く。

 彼女の言う言葉は理想論でしか無い。そもそも、響がこの世界に来た時点で人類と魔神の敵対は不可避となっていた以上、"もっと早く"は絶対にありえなかった。

 響がそれを理解していないなんてことはない。それでも、もっと早くに手を取れれば──或いは、和解できたのではないかとそう思ってしまっていた。

 

「……まあ、どうしようもないことではあったんだ。アイツが、魔神が自分の愛を自分で裏切った時点で──止まるには、これしか無かった。純粋な感情ってのは一種の呪いみたいなものだからね、呪いそのものな魔神にはどうすることも出来なかったんだろうさ」

「だとしても、私は──」

 

 辛辣なアマデウスの言葉にも、それでもと響は口にする。そんな彼女の様子に嘆息し、しょうが無いなというようにアマデウスは相好を崩した。

 

「仲良くなりたかったって、そう思うんだろ?それはそれでいいんだ。言ってたろ?そう思ってくれるだけで、アイツにとっては救いだったんだって」

「アマデウス?」

 

 魔神を詰っていたときとは一転して響を肯定するアマデウスに、立香が訝しげに首を傾げる。

 が、そんな立香がアマデウスを問いただすより前に、快活に笑うアマデウスがパンパンと手を叩く。

 

「ま、そんなことよりお別れの挨拶をしたほうがいいぜ?相互に法則が流入するこの世界が無くなったら、もう二度と会えないんだ。だったら、最後は後腐れなくだ、違うかい?」

「あ──ううん、違わない」

 

 思わせぶりな様子を見せたアマデウスだったが、少なくともその言葉は正しいと認め、立香は小さく頷く。

 そして身体を回し響へと向き直り、ペコリと頭を下げた。

 

「──ありがとう、響、皆。色々あったけど、この特異点……特異点でいいのかな?の異常を解決できたのはS.O.N.G.の皆のおかげです!」

「立香ちゃん……ううん、こっちこそありがとう。この世界を守れたのは、立香ちゃん達の──カルデアの人たちおかげだよ」

 

 2人は互いに守りたいものを守れたことへの感謝を告げる。

 本来なら交わるはずのない異世界──出会うはずのない存在との奇跡の邂逅が生み出した円満な結末は、お互いに心通わせ、力を合わせた結果なのだと笑顔で認めあった。

 

 

 そんな2人を皮切りに、それぞれの世界の住人が異なる世界の住人へと別れの言葉を口にする。

 

「異界の防人の力、確かに見させてもらった。──神話に名を刻む英雄、その伝説に違わぬ実力を肌で感じられ感無量だ」

「いいえ、いいえ剣の貴女。この時代にあって、なおも立ち上がるあなた達が勇士なのです。私達はその介添を果たしただけ──今に生きるあなた達が立ち上がったから、この結果が生まれたのですから」

 

 翼の心からの感服に、ブリュンヒルデは彼女にとって当然の論理で感謝を述べる。

 そんな2人の元に、ひらり、と羽が舞い降りる。

 

「──おっと、間に合ったな」

「奏ッ!──その、身体は……?」

 

 魔都ネツァクの守護天たるヘルヴォル・アルヴィト──天羽奏が翼とブリュンヒルデの前に降り立った時点で、その肉体の過半は魔力の粒子へと還っていた。

 

「ヘルヴォル……そう、貴女は魔神に喚ばれたのでしたね」

「……ええ、御姉様。ダビデ王が槍を使用した時点で、私達は一足先に消滅するところでした、が──」

 

 魔力で編まれたサーヴァントが魔力を使い果たせば、当然ながら消滅する。特に、結界が崩壊し主たる魔神から離反したヘルヴォルは魔力の供給もなく、絶唱混じりの宝具まで使い消滅まであと僅か、というところだったのだが──。

 

「──ま、別れの挨拶も無しってのはあれだろ?だから限界ギリギリまで粘って飛んできたんだ」

「もう、無茶しすぎだよ……」

 

 笑う奏に、翼は目尻に浮かんだ涙を拭いながら笑う。

 そんな翼を見て、奏はやれやれと首を竦めた。

 

「まったく、翼は泣き虫だな……なんて、置いてったあたしが言うこっちゃないよな。ま、言っても死んでる身だからあんま悲しむなよ?ほら、翼も平行世界の生きてるあたしに会ってはいるんだろ?」

「そうだけど、でも──ううん、これこそ泣き言だ。……また、一緒に戦ってくれてありがとう、奏。それに、ヘルヴォルも」

 

 最後の翼の言葉に言葉を返すこと無く、奏はニコリと笑う。そして、そのまま小さく手を振り──金色の粒子と共に消滅した。

 それが奏の笑みだったのか、それともヘルヴォル・アルヴィトの笑みだったのか──それを論ずる意味はないだろう。疑似サーヴァントとして召喚された時点で、彼女は奏であり、同時にヘルヴォル・アルヴィトであったのだから。

 だから、その微笑みは2人の別れの笑顔だったのだと、翼とブリュンヒルデは顔を見合わせ、コクリと小さくうなずいた。

 

 

「ハハハ、大儀であったぞ人の子よ!ああ全く、お前たちは正しく光明だったとも!いやあ、隷属からの開放は気分がいい!」

「………………そう、ありがとう」

 

 己の妹の顔で、盛大に上から目線のドヤ顔を向けてくる神にマリアはため息とともにおざなりな感謝を述べる。その横ではマリアのそんな態度を嗜めるべきか、それとも神の傲慢さを謗るべきかで悩むベディヴィエールの姿がある。

 感謝の気持ちはあるが、それでもこうも妹の身体で自由にされるとどう反応していいか困る──そんな態度を見せるマリアに、魔都イェソドの守護天ヌァザは悪い悪いと軽く謝罪する。

 

「さて、と。今頃私の常若の国(ティル・ナ・ノーグ)も同じように巻き戻っている頃だろう。其処に居た住人たちも、まあ先の少女同様にこの世界に戻るだろうさ。誇るがいい、お前たちの選択は最善の結末を導いたぞ?」

「……私達だけじゃないわ。小日向未来やキャロルみたいなこの世界の住人や、ベディヴィエール卿や藤丸達カルデアが居たから──そして、守護天であるあなた達が魔神に抗ってくれたから。だから、皆の選択が導いた結末よ」

「ええ、そのとおりでしょう。──星の聖剣は、人の思いを束ねて奇跡を為すモノ。様々な世界の、人も、英霊も、神でさえも一丸となったからこそ、あの奇跡が起きたのだと私は信じています」

「……こそばゆいな、なんとも」

 

 真正面から堂々と褒められ、恥ずかしげに頬を掻くヌァザ。

 そして僅かに目を伏せたヌァザはうん、と己を納得させるように小さく頷き再び顔を上げた。

 

「──そうだな、であればその褒め言葉はやはりセレナに向けるべきだろう。私の依代、巫女としての在り方を満たしながら、私という神に生きて魔神に一泡吹かせる道を選ばせたのは彼女だからな」

「ええ、それはもうそうするわ。あの娘は自慢の妹ね──でも、貴方が居たからという事実も変わらないのだし、神様なのだから称賛くらい堂々と受け取って欲しいわ」

「──そうか、であれば一切躊躇なく受け取ろう!そして──」

 

 と、ヌァザの表情が一変する。

 否、依代たる少女の可愛らしさが全面に出た優しげな顔は、その肉体の本来の笑顔であると即座に理解できるものだった。

 

「──ありがとう、姉さん!この世界を、皆を守ってくれて!」

「セレナ……ううん、貴女もよセレナ?ヌァザの中で聞いていたんでしょう?貴女も頑張ったんだから、私に自慢の妹を褒めさせて?」

「……えへへ」

 

 優しい笑顔で頭を撫でられ、セレナは年相応の笑顔を浮かべる。

 仲睦まじい姉妹の様子に、ベディヴィエールも思わず微笑んでしまう。

 だが、そんな時間にも終わりが訪れる。

 

 セレナの身体を構成する魔力が、少しずつ解けていく。

 金色の粒子へと還るその姿を見て、マリアはセレナの髪を撫で付けていた手を離した。

 

「……そろそろ、お別れね。ありがとうセレナ。短い間だけど、貴女とまた一緒に居られて嬉しかったわ」

「私も嬉しかったよ、姉さん。ベディヴィエールさんも、姉さんを助けてくれてありがとうございました。……あ、あと姉さん、響さんにも私からありがとうって言ってたこと──」

「ええ、ちゃんと伝えておくわ。それじゃあ、さようなら──セレナ」

 

 万感が籠もったマリアの最後の一言に、セレナは笑って頷いた。その目の端に涙を浮かべ、それでも最後は笑って別れようという少女の想いが伝わる綺麗な笑顔とともに──セレナ・カデンツァヴナ・イヴは、神霊ヌァザはこの世界から消滅した。

 

「……それじゃ、貴方ともお別れね。ありがとう、ベディヴィエール卿。まさに騎士って感じの振舞い、かっこよかったわよ?」

「ふふ、ありがとうございます。──さようなら、マリア・カデンツァヴナ・イヴ。この世界の銀腕を継いだ戦士──貴女のこれからの道行きに幸あらんことを心から願っています」

 

 ふ、と笑みを交わし2人は踵を返す。銀腕の騎士達は互いに背を向け、それぞれの帰るべき場所へと颯爽と歩みだした。

 

 

「……で、ダビデファラモドキのおっさん。あんたには随分世話になったな」

「そう思うんならそんな面白い呼び名はやめて僕のことをギュッと抱きしめて温めてくれてもいいんだよアビシャグ!」

「うっせーバーカ。いいから其処にいろってんだ」

 

 足がもげて立つことも出来ない、ファラの姿をしたダビデに悪態混じりに向き直る。とは言え、ここまで共に戦ってきた戦友たる彼らであればそれが照れ隠しであることはひと目で分かった。

 壁に立てかけたダビデに無言のまま向かい合っていたクリスは、やがてポツリと口を開いた。

 

「これで、お別れなんだな」

「そうだね。まあ、人生出会いも別れも付き物さ。君の人生はまだまだ長いんだ、僕みたいな死人に足を引きずられることはない」

「……軽く言ってくれる、あたしはそこまで割り切れねえよ」

 

 ダビデのドライな言葉に、クリスは顔を曇らせる。

 未だ十代の少女であるクリスだが、二度と会えない別れというものは幾度も経験している。死に別れも、そうでないものも。

 だが、それでも慣れることはなかった。特にも親しくした相手との別離というのは、彼女の心に深く澱のように堆積していっている。

 

「……そうかい?ま、それもいいだろうさ。君は今までそうやって思いを積み重ねて、心を継いできたんだろう。なら、僕のこともついでくらいに持っていくくらいに思ってくれればいいさ。──あ、それとも僕をそっちに連れてって色々と温めてくれるのかいアビシャグ!」

「やんねーよッ!ああもう調子狂うなあッ!?」

 

 最後の別れだと言うのに相変わらずのダビデに、クリスは頭をガシガシと掻く。だが、その表情には先程までの別離の憂いは無い。

 掴みどころのないダビデの態度は、確かにクリスの心に対する負担を軽くしていた。

 

(……それも含めてのこのテキトーな感じなのかもな。相変わらず掴めねーオッサンだ)

 

 ダビデ王、イスラエルの伝説の王。ここに居る他のサーヴァントたちと異なり、明確に老齢まで生きた英雄。

 だからこその達観ぶりなのか、それとも元来そういう質なのかまでは終ぞクリスは知ることが出来なかった。だが、そういうのもいいだろうと今のクリスは思うようになっていた。

 

「──ま、いいさ。そんじゃ精々元気でやれよダビデのオッサン」

「勿論。一度死んだ身だからね、死んだ後くらい気楽にやるさ。そっちも頑張ってね、クリス」

「!……ああ、あたしの人生まだまだこれからだからな。山程頑張って良い目見てやるってーの」

 

 最後の別れと思えないくらいの軽口を叩きあい、クリスはダビデに背を向けた。軽い調子で一歩を踏み出し、彼女は先を向いて歩き始めた。

 

 

「……ありがとう、クリス。僕を向こうに運んでくれて」

「……なんつーか、締まんねえなあ」

 

 十秒後、歩けないダビデをカルデアに運ぶために戻ったクリスにダビデは嘗て無いほどバツが悪そうな声音で感謝を述べていた。

 

 

 

「そんなわけで、あたしたちの活躍もギル君のおかげなんデスよッ!宝具貸してくれてありがとうデスッ!」

「うん、ありがとうギル君」

「いえいえ、ちゃんと振るえたのなら良かったです」

 

 少々離れ、ギャラルホルンゲート前。

 切歌と調の2人は、世話になった子ギルに素直に感謝の気持ちを伝えていた。

 

「うーん、だいぶ世界も戻ってきていますね。そろそろ僕もお役御免みたいだ」

「そういえば、通信を一手に引き受けていたんデスよね。そういう意味でもありがとうデースッ!」

「あはは。まあボクは殆ど戦ってませんから」

 

 朗らかに笑う子ギル。肩の荷が下りたと言わんばかりに宝物の山に軽く寝そべるその姿には英雄らしさはない。

 

「……のに、王様らしく思えるのは何でだろう……?」

「王ですからね。さて、それじゃそろそろお別れですね。ああ、別に湿らしい挨拶はいらないですよね?」

 

 よっと、と体を起こした子ギルはそう軽く告げる。

 一応最後の別れということのハズだが、彼の態度はダビデのそれを上回るほどに軽いものだった。

 

「あたしたちは若干湿っぽくなってたところだったんデスが……」

 

 切歌の言葉にうんうんと同調する調。唯我独尊感溢れる言葉に、切歌や調の心に浮かんだ寂しさは何処かに吹っ飛んでしまったようであった。

 が、腐ってもというか青すぎてもと言うか、それでも英雄王である子ギルがそんな彼女たちに悪いと思うことは当然無く。はははと軽く笑い飛ばした。

 

「さて、それではお疲れ様でした。宝物庫を吹き飛ばした件はこれでチャラにしましょう」

「……宝物庫はむしろ迷惑料をむぐぐ」

「しーッ!調ストップッ!あ、何でも無いデスよ」

 

 ノイズに苦しめられていたことが多々あった世界の住人として、バビロニアの宝物庫に物申したいところがあるのだろう。

 とはいえ最後の別離というタイミングで話をわざわざ拗らせるべきではないとして切歌は慌てて調の口をふさいだ。

 むしろここで宝物庫爆破について言及する子ギルは流石の空気の読めなさこそが問題なのだろうが、切歌は彼が言って改善するような人間でないことを共闘の中で十分に理解していた。

 

「いやいや、冗談ですよ。──それでは、さようなら。縁が合えばまた会いましょう」

「あ、じょ、冗談だったデスか。ほっとしたデス。……それじゃ、さよならデースッ!」

「──うん、さようなら。縁が合えば、また……」

 

 切歌と調、そして子ギル。ゲート防衛に勤しんでいた3人は、そんな風に軽く別れを告げた。

 

 

『さて、そろそろお別れの挨拶は終わったかな?』

「うん、ぼちぼち」

『よろしい。それじゃ、そろそろ帰還準備を始めるとしようか……と、その前に』

 

 カルデア組とS.O.N.G.組での最後の交流が終わる頃には、すでに新宿周辺以外の全てが元の世界へと変じ始めていた。

 流石にいつまでも居られるものではないと職員に立香たちの帰還手続きを取らせ始めたダ・ヴィンチは、己の作業を始める前にコホンと咳払いをした。

 

『うん、やっぱりこういう事は必要だよね。……。S.O.N.G.の皆さん。貴方達のおかげで、我々の任務は無事達成することが出来ました。人理継続保障機関フィニス・カルデア技術顧問兼所長代理、レオナルド・ダ・ヴィンチとして、ここに皆さんに感謝を申し上げます……ありがとうございました』

『こちらこそありがとう、フィニス・カルデア。貴方達のおかげで、ギャラルホルンのアラートを無事停止させ人々を守ることが出来た。S.O.N.G.の司令官として重ねて、深い感謝を申し上げる』

 

 画面越しに、2人は確りと頭を下げた。

 やがてどちらともなく頭を上げ、互いにふ、と小さく笑った。

 

『まあ、そんなわけで。皆もありがとね、それじゃ、帰還するよー』

「うん、お願い!」

 

『お前たちも、すぐにギャラルホルンゲートを通って帰還してくれ』

「了解ッ!」

 

 それぞれの上司からの指示に互いに了承の返答をし、響と立香は最後にもう一度だけ向かい合った。

 

「それじゃ、さようなら!縁があったらまた会おう!」

「うん……うんッ!さようなら、縁が、あったら……また、一緒に頑張ろうねッ!」

 

 互いの目線が交錯した瞬間、2人は同時に満面の笑顔を浮かべた。

 その瞬間、カルデアの帰還システムが作動し、立香やサーヴァント達は光に包まれ始め──そして、この世界から退去した。

 

「…………」

「おい、行くぞ」

「あ、うん」

 

 カルデアを見送ったままその場に佇んでいた響は、クリスに声を掛けられ踵を返した。

 彼女は何かを惜しむようにもう一度振り返り、なにもないことに頭を振って。

 

 

「──それじゃ、私達も帰ろうッ!私達の世界にッ!」

 

 

 響は元気よく声を張り上げ、仲間たちと共にギャラルホルンゲートから元の世界へと帰っていった。

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