SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order   作:222+KKK

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epilogue

「……それで、例の──『魔神侵食事変(デーモン・アンカー)』について、原因は結局ソロモンの杖で良かったのか?」

「はい。何処が分岐点かと言えば、恐らくソロモンの杖が分岐点だと考えられます」

 

 S.O.N.G.本部の発令所にて、弦十郎はエルフナインからの報告にううむと唸った。

 

「ソロモンの杖は完全聖遺物であり、人の思う通りに機能・動作します。そのファジーさも異端技術によるものなのでしょうが、ともあれフォニックゲインで励起している間は、指示された意図を汲むために能力の許す限り機能維持に努めようとします」

「……確かに、誰でも──それこそ、完全に非戦闘員だった未来くんですらその機能を利用することが出来た。彼女はソロモンの杖を用いてバビロニアの宝物庫を閉じるよう強く願い、実際に宝物庫が閉じた以上はその点に間違いはないだろう」

「そうです。そして、その強い願いを維持するために、ソロモンの杖は自己の機能の保全に努めた。──我々の世界と異なり、ネフィリムの高熱を受けて尚も融け残った状態になっても」

 

 それが、あの平行世界の切掛だった。『偶然』ソロモンの杖が欠片でも残り、『偶然』ソロモンの七十二柱である魔神がその領域に近づいたことで分岐が発生したのだ。

 そこから先は、戦いの中で魔神が語ったとおり。自己保全に努めたソロモンの杖は、計算式としての特性を持つ魔神を己の補完に用い、魔神は滅びゆく己を維持するための依代として杖を利用した。

 魔神は平行世界に滲み込んだ。原初の魔術基盤としての世界法則を世界に流入させていった。そして──無自覚の感情に狂い、異変を引き起こした。

 少なくとも、記録できた情報から推測できる事実としてはそういうことになっていた。

 

「それにしても、魔術に魔神、か……」

「異なる法則、神秘──ボクたちの世界とは似て非なる様々な常識。平行世界ではない、まさに異世界というほかありませんでした。それに──」

 

 と、エルフナインは散っていった魔神について思いを馳せる。

 彼女とは厳密に言えば全く関係がない。あくまで平行世界の自分と何らかの関係があった、というだけの話でしかなかった。

 

「──彼が感情をちゃんと順序よく認識できていれば、或いは……あの世界は全く独特な平行世界として、ボクたちと関わっていたのかもしれません」

「それは、例えば魔神がカルマノイズに悩まされて、ギャラルホルンが鳴って──協力して事に当たる、というようにか?……そう言えば、今回はカルマノイズが発生していなかったな」

 

 今更ではあるが、弦十郎は首を傾げた。

 ギャラルホルンがアラートを発するときは、得てしてカルマノイズが関わっていた。それがない、ということはその検討方針に誤りがあったのだろうかと唸る。

 が、エルフナインは首を振った。

 

「いえ、それは早計かもしれません。魔神や指揮者デモノイズの力があれば、カルマノイズとも真正面からやり合えます。出現したカルマノイズは魔神にとってもイレギュラーであることを考えれば、早々に滅していた可能性もゼロでは無いかと……」

「成程、な。確かにギャラルホルンのアラートも最初から徐々に大人しく……いや、あれは魔神が世界の法則を乖離させていったからだったか」

「今となっては不明ですが、どちらもであっても不思議ではありません」

 

 短期間で解決せざるを得なかった代償としてS.O.N.G.が調査できたものは少なく、そこで何があったのかについては推測するよりほかにはなかった。

 まして、その世界における問題の原因も、起きた異変自体もすでに消滅してしまっている。どうあれ、真相は闇の中であった。

 

 2人の間に沈黙が降り、やがて弦十郎は肩を竦めた。

 

「いや、とりあえずカルマノイズについて検証は無意味だな。どちらにせよ平行世界の影響も無くなったことを考えれば、あまりそちらにばかり気を取られている場合でもないだろう」

「……そう、ですね。パヴァリア光明結社が何を掴んでいたのか、カストディアンとは、アヌンナキとは何なのか。関係あるかは不明ですが、ギャラルホルンとは何なのか……。ボクたちの世界で何が起きているのかを調査していかないと、ですね」

「そうとも。まあ、それはともかく今日は休むといい。ぶっ通しでオペレーティングしていたからな、随分と疲労しているだろう」

 

 その言葉に図星を突かれたように、エルフナインは申し訳無さそうな表情を浮かべる。

 他のオペレータ達はなんだかんだと軍由来の組織でエージェントをしていた人間であり、体力などは並の人間に比べ十二分である。が、エルフナインの身体能力は逆に貧弱としか呼べないものであり、その癖専門知識に優れることからその身にかかる負担が相対的にかなり大きなものである。

 当然ながらそうやって無理をしている彼女について弦十郎たちが気づかぬわけもなく。警戒態勢が解けた現状においては、休ませることを優先させることが彼らの仕事だった。

 

「う……はい、それではお言葉に甘えさせていただきます」

 

 そんな有無を言わせぬ気配を察して、エルフナインはよろよろと席を立つ。

 そしてエルフナインが退室する間際、その余り働かない頭にふと、異世界で生きていた己と同じ姿の少女の残像が去来する。

 

(……キャロル。ボクは貴女に助けられてこっちで生きています。平行世界のボクに言われても、と思うかもしれませんが……どうかパパの言っていたことを忘れないで、新しい居場所で生きていけるよう祈っています)

 

 エルフナインを助けられなかったことに(歪められていたとは言え)罪悪感を覚えていた少女。戦いの中で己の命を情報に変え、サーヴァントとして再誕した平行世界のキャロルに向けて。

 休憩室に歩を進めながら、エルフナインは心からそう思った。

 

 

 

「立香ちゃんたち、今も元気でやってるかなあ」

「ええっと、今回の平行世界であった人たちだっけ?カルデア、っていうところの……」

「うん、そうそう!昔のすごい人達と一緒に戦ってね、もうすごかったんだよ!」

「そうなんだ、私も会ってみたかったなあ……」

 

 興奮混じりに話す響に、話を聞いていた未来は神話の英雄とその主として行動していたらしい少女に思いを馳せる。

 

 異変の後、一応未来も映像だけは見せられていた。シンフォギアや錬金術師などとは一線を画す、個人の力と英雄としての伝説に沿った奇跡を行使する戦士たちの姿は、普段装者達を見ているときとは違うものがあった。

 人類の歴史に燦然と輝く星、時代を変革させる英雄としての一種のカリスマというべきそれが戦いの端々から感じられた。

 

(……そう、弦十郎さんみたいな感じって言えば良いのかな……?)

 

 動画越しではあるが、彼らを見て最初に未来が思ったのはそれだった。

 S.O.N.G.の司令であり極めて高い個人戦闘力と大人としての度量を併せ持った風鳴弦十郎は、彼女たちからしてもとても尊敬できる人物であることは間違いない。

 彼らサーヴァントは程度の差こそあれ、そういった大きい度量を持っているように(画面越しに見る未来からは)思えるような人たちであり、だからこそ英雄なんだろうな、などと考えを巡らせていた。

 

「いい人たちだったよ!……その、何人か色々と暴走気味だったけど」

「えっ……暴走?一体何があったの?」

 

 が、そんな未来の想像に響の言葉が一滴の染みを作る。

 暴走と聞いて未来は真っ先に隣の友人のことを考え、恐る恐るどういうことかと聞いてみる。

 

「えっと、モーツァルトさんはなんか時々こう……お下品な感じで、ブリュンヒルデさんは時々すっごい怖くて、ダビデさんは事あるごとにクリスちゃんに求婚してたり……」

「そうなの?暴走ってそういうこと……?」

 

 色々と胸中に嫌な想像を膨らませていた彼女に気づく様子もなく脳天気に響が返した言葉に、未来はある意味とても驚かされた。

 どうやら未来が見た今回の異変のダイジェスト版に映っていないところでは色々あったらしい。

 神話・英雄に詳しければそういう人間であることも知っていようが、未来はそういった方面の知識にはそこまで詳しくないため所謂「英雄」という言葉とのギャップに驚かされていた

 

 でもいい人だったよー、等とさして気にしていない様子の響に未来は苦笑した。

 

「あ、それで立香ちゃんなんだけどね、立香ちゃんもすごかったんだ!」

「サーヴァントさん達のマスター何だっけ?よくわかんないけど……でも、うん。すごかったよね」

 

 話を戻した響に、未来は画面に映っていた少女を思い出す。

 橙の髪を片方だけアップにしたショートヘア。若干吊眼なその顔は少女の活発さを強く表していたように思える。それ程までにアクティブ感を感じさせていた。

 そして未来が何よりすごいと思えたのは、彼女はサーヴァントたちのように戦える人間ではないにも関わらず、前線でしっかり戦い抜いていたのだ。

 

(……きっと、たくさんそういう経験を積んだからなんだとは思うけど……ううん、それでも見習わなきゃだよね)

 

 未来は戦闘力がなかったために、S.O.N.G.の発令所からの応援ぐらいしか出来なかったということが多くあった。

 勿論、響の居場所を守るということを大前提に置いている以上、後方からの応援や呼びかけが大切であることは未来も承知している。下手に真似て、己の力を弁えずむやみに戦場に出よう、なんて思っているわけではない。

 ただ、必要な時にはちゃんと戦場にだって出て響の助けになってみせる、という強い思いを心の中でより明確にしていた。

 

「あ、そろそろ打ち上げ会場だよ!」

「そうだね、皆待ってるだろうし早く行こっか。……エルフナインは出れないんだっけ、あとでお疲れ様会もやんなきゃね」

 

 未来の言葉にうなずきながら、響は会場に足を踏み入れた。

 

「おおー……相変わらず豪華ッ!」

「ホントだ。あんなに切羽詰まってたのにいつの間に横断幕まで……?」

 

 『☆魔神侵食事変解決打ち上げ会☆』などとデカデカと描かれた横断幕に、豪華な料理の数々。

 色気より食い気な響は目を輝かせてあたりを見回し、その中に深く知った顔があったことで未来と一緒に足を運ぶ。

 

「皆、お疲れ様ッ!」

「おっと、ようやく到着か」

「定刻は過ぎていないから問題もあるまい。立花も立役者なんだ、労わせてもらうとしようか」

 

 そこに居たのは翼やクリスを始めとした装者たちである。

 本来世界的アーティストである翼やマリアも、うまいこと予定を合わせて参加していた。

 

「そうね。それにしても随分と話し込んでいたわね?」

「立香ちゃんたちのことについて、未来に教えてたんです」

「ギルくん達のことデスか?」

「そっか、会ったのは向こうの……」

 

 平行世界の彼女はともかく、こちらの未来が会ってないという事実に今更ながらに気づいて、切歌や調は顔を見合わせた。

 

「そうなんだ。だから会えたら良かったのにな、って」

 

 結局、ここに集まっている面々の中で彼女たちに会えなかったのは未来だけである。

 彼女は彼女で、装者全員が離脱した場合に備えてこちらの世界に残っていたのであり、何も仲間はずれにされていたというわけではない。ないが、それはそれとして話題がちゃんと共有できないという事実には変わりないため、話してみたかったというのが本音だった。

 ほんのり拗ねているようにも感じる雰囲気を醸し出した未来に、あー、とクリスが口を開く。

 

「まあ、気を落とすなって。ほら、ギャラルホルンは結局つながったまんまなわけだしな。なにかすれば会えるかもしれねーだろ?」

「クリス……」

 

 クリスの言った事自体には誤りは無い。ギャラルホルン自体は未だ当該世界につながっているのだ。

 あくまで向こう側の安全が確保出来ていないこと、ギャラルホルンのアラートが収まっていることから近々の問題にはならないだろうということで先の世界に渡ることを許可していないというだけなのである。

 

「そうね。ギャラルホルンがつながった世界とあちらの世界の住人が本来住んでいた世界は違う。にも関わらず、ギャラルホルンの接続が切り替わる様子が見られないということは……あるいは、私達が今回行った……そうね、カルデア風に言うなら"特異点"かしら。それが未だ残っている可能性があるわ」

「……つまり、もしかすれば会えるかもしれないってことですか?」

「ええ……とはいえ、だからこそその世界への渡航が認められていない訳なのだけど」

 

 優しく笑って頷いたあとで、マリアはそう言って困ったように眉をひそめる。

 未来は申し訳なさそうにしているマリアに笑顔を浮かべ、小さく首を振った。

 

「いいえ、大丈夫です。会えたら良いなって思ってただけですから」

「そうですよマリアさんッ!それに心配しなくても、いつか絶対、また会えますッ!」

 

 互いを気遣うようにしていた2人に、響は堂々と笑顔で言い放つ。

 

「また何時になく自信満々だな、立花?」

 

 その余りにも当然と言わんばかりの態度に、翼は一瞬呆気にとられる。が、すぐにその顔にも笑顔が浮かぶ。見れば周りも同じなのだろう、それぞれがそれぞれに笑っている。

 しかしそれこそ当然であろう。共にこれまで戦ってきた親しい友である彼女が何を論拠にしているのか、なんて考えるまでもないのだから。

 

「──勿論ですッ!また会えるって言ってましたから、だから絶対──また会えますッ!」

「……うん、そうだね。その時が楽しみだね、響」

 

 満面の笑みを浮かべた響に釣られるように、未来の微笑みも大きくなる。

 いつか会えるその日を思い、彼女たちは話に花を咲かせるのだった。

 

 

 

 

 

「────う、ん……。戻って、これた、かな?」

 

 閉じていた眼をゆっくりと開き、立香は億劫そうに辺りを見回す。

 胡乱げなその視界に真っ先に入ったのは、薄桜色のふわりとした髪の毛の、安堵の表情を浮かべた少女だった。

 

「はい、先輩。お疲れ様でした、亜種特異点の修復完了です」

「マシュ……うん。ただいまー……いやあ、今回もとびきりだったなあ!さて、どっこいしょっと」

「先輩、その台詞は年齢不相応です」

 

 コフィンが開いたところで、年頃の乙女らしからぬセリフと共にその身体を前へと進める立香。

 取り繕ってくださいとじっと見てくるマシュにごめんごめんと軽く謝るその間にも、まるで現世へと馴染みを深めていくように確りとした足取りへと変わる。

 

「それで先輩、まずは休息を……」

「うん、それも良いんだけど……ちょっと確認したいことと、やりたいことがあって」

 

 そういって立香はパチパチと目を醒ますように数度瞬きをし、その足を休憩室とは別な方へと向けた。

 

「先輩?どちらに──って、ここは……」

「うん、フランス組の部屋。というわけで──アマデウス、いるー?」

 

 カルデアの本来ならマスターたちが使うマイルーム、今はサーヴァントたちが使用しているその部屋の自動扉をくぐり、立香は中へと呼びかける。

 

「ああ、いるとも。うんうん、聞きたいことがあったんだろう?済まないマリア、ちょっとだけ中座させてくれるかい?」

「勿論構わないわ!だから話したいことがあれば、ちゃんと話してきてね?」

 

 そんな立香に呼びかけられることが判っていたかのように、悠々と飾り椅子に腰掛けていたアマデウスが彼女たちを出迎えた。

 同じ部屋でお茶会を開いていた他のサーヴァントたちが何があったのかと目線を向けてくるが、今回の特異点の話だろうことを理解して目線を戻す。

 主催であるライダーのサーヴァント、マリー・アントワネットに許可をとったアマデウスは席を立ち、マスターと共に部屋を出た。

 

「先輩?アマデウスさんが何か……?」

「うーん、どうにも気になってて」

「?」

 

 どう言おうかな、と逡巡する立香にマシュは不思議そうな目線を向ける。

 ややあって、かけるべき言葉が決まったらしい立香は顔をガバっと上げた。

 

「……よし!アマデウス、一体何で魔神にあんな辛辣だったの?やっぱり音楽魔つながりだから?それとも……」

「あ、あーあーちょっと待った。そんなに意気込まなくてもちゃんと答えるよ。うん、あれは幾ら何でも八つ当たりだったからね」

 

 聞きたいことを次から次へと羅列していく立香をどうどうと嗜め、アマデウスは自嘲気味に笑った。

 そんな2人の会話を聞いて、マシュは立香が何を気にしているのかに思い当たった。

 

「……確かに、アマデウスさんは魔神に厳しい態度でした。先輩はそれが気になっていたのですね」

「うん。それで、やっぱり自覚もあるみたいだし、教えてほしいんだ」

 

 じっ、と真剣な表情で立香はアマデウスを見つめる。そんな先輩に釣られるように同じようにマシュにも視線を向けられ、アマデウスは僅かに躊躇し、しかし腹をくくったとばかりに口を開いた。

 

「まあ、一言で言えば……同族嫌悪だったのさ」

 

 ポツリと零したアマデウスの言葉に、立香とマシュは顔を見合わせる。

 

「同族……」

「……嫌悪、ですか?その、詳細を聞いても……?」

 

 どういうことなのか分からず、マシュが更に質問する。

 アマデウスも言葉足らずだったとは認識しているようで、マシュの言葉に頷き詳しく語り始めた。

 

「つまりさ、あー。アイツ、居ないべきときに居て後悔していただろ?アムドゥシアスは」

 

 そう言って、アマデウスは今さっき出てきた部屋に目線を向ける。

 そこからは先程の茶会メンバーの談笑する声が聞こえてくる。処刑人シャルル・アンリ・サンソンや竜騎兵シュヴァリエ・デオンのようなフランス出身のサーヴァント達の笑い声。

 音楽家として超人的な聴力を持つアマデウスは、その笑い声が誰に向いているのか、その交流の中心が誰なのかも声色だけで聞き取れる。

 先程自分を送り出した、フランス王妃の鈴を転がすような笑い声をその鋭敏な耳で受け取ったアマデウスはフ、と自虐的な笑みを浮かべた。

 

「つまり、僕の場合は逆でね。僕は居るべきときに居なかったんだ」

「────」

 

 まあ、生前の僕に何が出来たかはわからないけど、等と自分に対する呆れ半分に肩を竦めるアマデウスに、なんと言って良いのかとマシュと立香は口をつぐむ。

 そんな2人の様子に気づかないような態度で、アマデウスは話を続けた。 

 

「同じ由来を持っている僕とアイツで、真逆の状況で──それでも、大切な誰かを溢すような選択をしたんだ。ほら、お笑い草だろ?それがあんまりにも腹が立ってさ」

 

 今にして思えば大人気なかったなあ、などと嘯くアマデウスに気負う様子は見られない。

 心情を隠蔽している風でもなく、真正気にしていないということがマスターである立香にも見て取れた。

 

「……アマデウスは、その……」

「おいおい、気にすることじゃないんだ。たとえ生前がどうであれ、今ここにいる僕らは死者であり──」

 

 そう言って、アマデウスは自身の指先を見つめた。

 

「──僕はマリアの傍にいることが出来る。それだけでも十分なんだ、僕は」

 

 その言葉が心底満足そうであり、それ以上立香には何も言えなかった。

 言葉を失い立ち尽くすマスターに、アマデウスはピタリと人指し指を向けた。

 

「それよりも、だ。君、こんな音楽家より大事なことがあるだろう?」

「え──あ!」

 

 指を突きつけられた立香は僅かにキョトンとし、その言葉が何を言いたいのかを理解してハッとした。

 慌てて踵を返し駆け出そうとして──最後にアマデウスへと振り返った。

 

「……確かに用事はあるんだけど、別にアマデウスより大事とかそういうことじゃないよ!どっちも大切なことだったからね!それじゃ行ってくる!ほら、行こうマシュ!」

「あ、はい!今行きます先輩!」

 

 そう言って、英霊召喚システム・フェイトの設置されている部屋へと走り出す2人。そんな2人を見送って、アマデウスは部屋へと戻った。

 

「あら、おかえりなさいアマデウス!どう?マスターとはちゃんとお話できたかしら?」

「おいおい、僕を幾つだと思っているんだいマリア?」

 

 部屋に戻ってそうそう、保護者みたいな物言いをするマリーにアマデウスは苦笑する。彼女の後ろで子供みたいな精神性じゃないかとか言っている処刑人と騎士の2人はガン無視している辺り、いい大人なのに子供っぽい面が無きにしもあらずだったが。

 

「2人共、そんなこと言っちゃダメよ?それでアマデウス、どういった事を話してきたの?やっぱり今回の特異点のお話なのかしら?」

 

 軽口を叩く2人を嗜めつつ、興味津々といった風にマリーがアマデウスにキラキラとした瞳を向ける。

 そんな彼女にアマデウスは一瞬言葉を失い、ついではははと笑いだす。

 

「もう、そんなに笑わなくてもいいでしょう?」

「いやいや、ごめんごめん。それじゃ、お詫びと言っては何だけど──」

 

 むぅ、と膨れたマリーに笑いながら謝罪したアマデウスは、魔力を用いてピアノを作り出した。

 

「──ピアノを弾こうか。なにかリクエストはあるかい、マリア?」

「リクエスト?そうね……それなら、貴方が子供の時の曲なんてどうかしら!ほら、子供の時からきれいな歌をいっぱい作っていたでしょう?」

「いっぱいは言いすぎじゃないかな?ま、いいや。それじゃ、姉さん用に親父が作った音楽帳に載っけてた、僕が鍵盤用に作ったメヌエットから弾いていこうか」

 

 アマデウスはそう言って、ピアノの前に座り鍵盤に指をかけた。

 普段はアマデウスと仲が良いとは言えないデオンやサンソンも、ピアノを楽しみにしている王妃の前で邪魔をするつもりはなく、そもそもアマデウスのピアノを止めるほど常識知らずでもないため静かに拝聴する姿勢に入る。

 

 そんな3人の様子に小さく笑みを浮かべ、アマデウスは神寵の指で美しい曲を奏で始めた。

 

 

 

「ダ・ヴィンチちゃん!準備できてる!?」

「もっちろん!さあ立香ちゃんも準備準備!」

 

 自動扉が開くと同時に勢いよく踏み込んだ立香に、既に待機していたらしいダ・ヴィンチが笑顔で急かす。

 

「召喚システムの準備が出来ている、ということは……!」

 

 遅れて同じように部屋に入ってきたマシュは、既に諸々の準備が整っていることを理解しダ・ヴィンチの元へと駆け寄る。

 そこでいくらか話をした後、職員として所定の配置に着いた。

 

「ええと、この霊基数値であれば……良し、準備できましたダ・ヴィンチちゃん!」

「よろしい、いつもどおりスピーディーで優秀だぞマシュ。それでは、召喚に入ろうか!」

 

 出来の良い生徒を見るような目でマシュを褒めるダ・ヴィンチ。他に気を配りながらコンソールを誰よりも早く正確に操作している辺り流石の万能の天才である。

 そして立香が召喚主としてサークルの前に立ったところで、ダ・ヴィンチは全員に指示を出す。

 

「それじゃ、立香ちゃん?」

「うん。──満たせ、満たせ、満たせ──」

 

 この二年に満たぬ旅路の中で、最早数え切れないほどに唱えてきた召喚の詠唱を今再び唱える。

 勿論、今彼女が思っているのは今回の特異点でのみ成立していたサーヴァントのこと。幼い見た目の、しかし数百年を生きた人。

 

(最初にあったときから、何だかんだずっとに居て。そして、最後には──!い、いやセーフ!あれはノーカンノーカン、医療行為だから!いやそれ以前に見た目子供だからセーフ!よし!)

 

 今回の短い旅路を思い返し、何を思い出したかその顔にほんのりと朱が差し込みながらも詠唱を続けていく。

 その様子にマシュはじとっとした目線を向けていたが、しかし召喚サークルに反応が現れたことで表情を変えた。

 

「──反応あり!召喚──来ます!」

「!──抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ────!」

 

 マシュの声をまるで聞いていたかのように、サークルの魔力は更にその出力を増していく。

 やがて部屋全体が白い光に包まれ────。

 

 

「────こうやって召喚されるのは二度目だが、何とも慣れない心地だな」

 

 

 その光が収まると、そこには小さい一人分の人影が佇んでいた。

 大きな鍔の帽子も、体をすっぽりと包むローブもまるでお伽噺の魔女のようであり──そのどれもが、亜種特異点で共に居た1人の錬金術師に相違なく。

 

「そうだな、こういうのも様式美というものだろう。あちらでは何だかんだ緊急の呼び出しだったからな」

 

 可愛らしい見た目に似合わぬ、スレた笑みを幼い顔に浮かべてそう嘯く。

 それも立香にとってはついさっきまで見ていたものであり──なのに、何かとても懐かしいものを見たかのように破顔する。

 

「……なんだ、急に笑いだして。いや、まあ良い」

 

 そんな立香を訝しげに眺めていたが、仕切り直すように咳払いをした。そしてその表情を引き締め、キャロルは自身で様式美と言った台詞を口にした。

 

 

「──サーヴァント、アヴェンジャー。キャロル・マールス・ディーンハイムだ。……問おう、お前がオレのマスターか?」

 

「──うん、うん!私がマスターの藤丸立香です。……改めてよろしくね、キャロル!」

 

 

 サーヴァントからの問いかけに、マスターはそれが当然なのだと言わんばかりに笑顔を浮かべ、手を差し出す。

 僅かに面食らったように目を開いたキャロルは、しかしすぐにその顔を穏やかな笑みへと変え、信頼を見せるようにその手を握る。

 

 これからも続くであろう旅路を祝福するように、どこからか美しいピアノの音色が鳴り響いていた。


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