SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order 作:222+KKK
「──さて、現状の危険度についてを理解したいならば、まずこの世界の歴史と法則を知るべきだな」
キャロルはそうして、異世界からの来訪者に語り始める。この世界がいかなる歴史を歩み、今までに何が起きてきたのかを。
「まず人類の歴史以前……先史、神話時代の話になる。先史の古、カストディアンと呼ばれる超存在がこの惑星に現れた。奴らが何を目的としていたかまではオレは知らんが、何らかの必要性を持ってルル・アメル──すなわち、人類を作り出した」
「ルル・アメル……。僕らの時代の言葉で人類を指す言葉ですね。アヌンナキによって造られた『原始の労働者』であると後世には伝わってますから、この場合はカストディアンとやらがアヌンナキになるんでしょうか」
「アヌンナキってシュメールの神様なの?イシュタルもアヌンナキ?」
「そうですけど、イシュタルはあまり人造りや国造り、星造りと関係ありませんので気にしなくてもいいですよ。アレは造られたモノを支配し、飽きれば適当に打ち壊す神です」
カルデアのはマシですけど、どちらにせよあの女神にそこまでの甲斐性はないですよ、と話す子ギル。シュメール云々で真っ先にイシュタルを想起した立香だが、彼女たちの世界における当事者の子ギルが関係ないといえばそうなのだろうと納得する。なんかカルデアの通信が騒がしいが、立香は聞かないふりをした。
「……話を続けるぞ。カストディアンは極めて高度な文明を持ち、今の技術体系とは異なる技術──異端技術を持ち人類を支配していたが、その中である事件が起きた……と、伝わっている」
『?人間に反旗を翻されたとか?』
「いや違う。もしそうならオレたちは今頃地上にはいるまい……1人の人間、カストディアンに仕える巫女が、何を思ったのかカストディアンに恋をしたのだ」
その言葉に、露骨に子ギルが嫌そうな顔をする。立香もカルデアにいる神霊系サーヴァントの性格・性質を思い返し、碌でもない結末を思い浮かべた。
「……まあ、そこで何がどうなったのかの詳細は不明だ。巫女の方はどうやら統一言語を用いて、人類の階梯をカストディアンに並び立てるレベルにしようとしたと聞いている。恋仲になるには立場を合わせねば、ということだろうよ」
「…………」
響は、黙ってキャロルの解説を聞き続ける。
彼女はかつて現代に蘇った巫女フィーネと戦い、その中で今の話を聞かされたこともある。その戦いの理由も、フィーネが現代に蘇ったのも全ては恋の成就のためであることを、響は直接聞かされていた。
そんな彼女に響は思うところはあるが、それでもその恋心が本当であることだけは知っている。
もしキャロルがソレを否定するようなことがあれば訂正しようかと考えていたが、キャロルも人の一念を重く見ているのか特にそういったこともなく話が進んでいった。
『統一言語、ってことは関わってくるのはバベルの逸話かな?おっと、シュメール風に言うなら
「そうだ。この世界の天頂にある月……まあ今は物理的に欠けているがな。あれは神の呪い、不和を呼び起こすバラルの呪詛を生み出す巨大な異端技術の遺跡だ。アレを以て神は言葉を乱した、というわけだ」
『なるほど。確かに月というのは不和・狂気の象徴ですが、そちらではより直接的に月が不和を生み出しているんですね』
キャロルの説明に、マシュが納得したように頷く。
魔術的・逸話的に見ても月が不安定性を象徴しているという観念は共有しやすい。例えば、月に心を乱されたという伝承を持つ古代ローマの皇帝カリギュラ。カルデアではバーサーカーのクラスで現界している彼は、月の光に狂気を乗せることで狂乱を伝播させる広域精神汚染の力を伝承から獲得している。まさしく今の説明にある不和と戦いを生み出す月の象徴そのものと言えるだろう。
「そうだ。そして言葉の通じぬ相手を殺戮するためにと、異端技術によって造り出されたものが人間のみを殺戮する自動兵器『ノイズ』だ。常時位相を変化させることで物理干渉を無効化し、人類と接触することで諸共に炭素転換で炭となる一体一殺が特徴と言えるだろう」
「……ってことは、ノイズって人が作ったんだね」
「ああ、ノイズは人が人を殺すために作り上げたものだ。決して超存在が人類を減らそうとしたとかそういうものではない。人が言葉を、音を共有できなくなったという事実を体現しているソレに名をつけるとするなら、正に『雑音』が相応しかろうよ」
キャロルの皮肉に、立香は納得と哀しさを覚えてしまう。彼女だって人間が理解できないものを恐怖し、排除しようとすることは理解している。理解しているが、それでもやはりどこか認めたくないところではあった。
立香の心の沈みを無視するように、キャロルは言葉を続けていく。
「このノイズと異端技術の結晶たる聖遺物等を用いての殺し合いが続いた結果、先史文明は崩壊した……と、考えられている。世界に残る神話伝承、それに登場する武器防具はこの聖遺物が形を変えて伝承されたものであることが殆どだ」
『ははあ、なるほど。そちらの世界もすごい歴史を歩んでいるってことか。どの世界も大変さは変わらないんだなあ』
話を聞いたダ・ヴィンチは、そう言って嘆息する。
「どうやら納得したようだな。で、以降重要になるのはノイズよりも異端技術の方だ。先史以降、つまり現行の技術体系と全く異なる異端技術、及びそれによって造られた聖遺物を制御できれば莫大な力が得られる。となれば、異端技術に対する研究が進むのが世の道理だ」
キャロルの言葉に、立香たちは無言で肯定する。
聖遺物とはつまり、彼女たちの世界で言うならば宝具やソレに類する立ち位置の代物だ。もし本来の担い手ではない人間にも宝具を扱う術があったら、その術を研究する人間がいないほうが不自然だといえる。
「現行まで続く制御研究としては幾つか種類がある。まずは科学技術による制御、これはアメリカの研究機関F.I.S.が進めていたものだ。次に異端技術の知識を受け継いだオレたち錬金術師が用いる錬金術。そして、そこのシンフォギアに用いられている櫻井理論だ」
「櫻井理論?」
1つ1つ指を折って挙げるキャロルに、立香が疑問の声を上げる。科学技術、錬金術は一般的な用語として知っていたが、櫻井理論だけは聞き覚えがなかった。
「ああ、櫻井了子という人間の提唱した聖遺物やノイズの仕組みを総した理論だ。この理論により構築されたシンフォギアは、歌によって聖遺物を起動させ、またノイズの障壁を調律することが可能になっている」
『……うーん。歌によって、ていうのがなんとも言い難いというか……』
キャロルは予想できていたようで、立香の疑問に淀みなく答える。立香はソレを聞いてなるほどーと納得したが、モニターに映るダ・ヴィンチは困惑の表情を浮かべる。
もっともそれも予測していたのか、更に言葉が続いていく。
「当然だろう。今までのはこの世界の歴史だが、歌によって云々はこの世界の法則の話になる」
『……では、それがフォニックゲインということなのですか?』
「ああそうだ。詳細は省くが、フォニックゲインとは人が大なり小なり持っている想いの力であると考えればいい。波長・出力に個人差が大きく、また複数人の共有感情による共鳴で出力が大きく上昇するという特徴がある」
「あれ、フォニックゲインって言う割に歌じゃないの?あ、それとも共鳴って合唱するってこと?」
「いや違う。違うが、そうだな……あながち、間違いでもないといえば間違いでもない」
立香の素朴な疑問に対し、キャロルは即否定したものの、言葉を続けたその表情は難しいものだった。
何か問題でもあるのかと立香がシンフォギアを実際に使う装者たちに視線を向ければ、どうやら地味に難問だったらしく、彼女たちも何と言ったものかと考え込んでいた。
その中で響だけがあまり深く考えずに、パッと顔を上げて言い放った。
「うーんと、ね。きっと、歌が言葉を超えるからだと思うんだ。歌が皆の手を、想いをつなげるから、だからフォニックゲインって名前なんだよッ!」
多分ッ!と言い切り、どうだと言わんばかりの笑顔を浮かべた。
立香は一瞬面くらい、次いでそのとおりだとばかりに破顔した。
「響ちゃんの考え方、すっごいいいと思う!きっとそうだよ!」
「うんうん、そうだとも。豊かな旋律、美しき歌声は生物としての琴線に触れるモノだ。もはやソレだけで共有言語と言ってもいい。
我らが音楽魔術の祖たるギリシャのオルフェウスに至っては、大岩や荒海すら感動させ動かす程だからね。正に歌こそ統一言語の再現だろうさ」
まあ実際は魔術的にどうにかしたのかもしれないけど、とにこやかな笑みでオチを付けるアマデウス。冗談交じりに締めたその言葉からはしかし、彼の音楽に対する誇りが感じられた。
「……まあ、感情の出力媒体として優れており、かつ言語を超えた原始的な共感を促す『歌』という要素に着目したネーミングには違いない。事実、櫻井理論が生まれるずっと以前から、聖遺物の起動に対する歌の研究は錬金術と二分するほどだったからな」
『なるほど。フォニックゲイン、たしかに私達の世界にはない法則に違いなさそうだ。しかし、そこの子たちのように一々歌い続けなければならないってのは不便じゃないかい?』
シンフォギアを纏う間、装者たちは間断なく歌い続けている。デモノイズによって歌が途絶えさせられた際の弱体化ぶりを見れば、歌がなくてはシンフォギアを稼働させられないことは明らかだった。
聖遺物の稼働が延々歌わなくてはならないという制約が必要となる道具とすれば、そんな不完全なものをカストディアンが作るとはダ・ヴィンチは到底考えられなかった。
「シンフォギアに使われている聖遺物はただの欠片ですから、励起させ続けるため歌わなくてはなりません。故にシンフォギアは誰にでも扱えるものではなく、聖遺物に適合する歌い手……我々のような適合者が戦場に立つのです」
「これが無欠の聖遺物……完全聖遺物なら話は別だがな。完全聖遺物は起動に必要なフォニックゲインが多い代わりに、ある程度の相性差はあれど一定以上の出力が得られればどんな歌でも起動させられる。更に一度起動した完全聖遺物は永続的に稼働し、誰でも──フォニックゲインを使えない者ですら扱えるようになる。
創造者たるカストディアンは超文明の担い手だ。一度励起させるだけのフォニックゲイン程度なら手間取らなかったということだろうさ」
翼の説明に、キャロルが補足を加える。聖遺物という存在の特性、特にも完全聖遺物の埒外のスペックにダ・ヴィンチは思わず口笛を吹いた。
『ははあ。カストディアンってのはこっちの神代に負けず劣らずぶっ飛んでるってことかあ。でもまあ、欠片しかないシンフォギアでさっきの立ち回りをするんだから納得するしかないね』
「まあ、シンフォギアはただの欠片よりは出力が大きい。フォニックゲインにより出力を増幅させることで、機械式制御より高出力かつ高安定性を保つことができる……歌そのものが安定性に欠けていると言えばそうだが」
「ほへー。……あ!それじゃ、響ちゃんたちがさっき動きが悪くなったのって……」
立香は何かを理解したかのように響に目を向けた。余談だが、先程から響にナチュラルにちゃん付けしていた。
「うん、さっきのデモノイズ……魔神チュー?だっけ、それの歌がなんか、こう……」
「……先程も言ったが、聖遺物の適合に必要となるのは歌、心根、感情だ……根本的に適合係数が高い必要があるがな。
そちらの音楽家の言うとおりなら、デモノイズと合体している魔神柱の流す精神をかき乱す歌を聞いてしまえば、適合に必要な要素を恣意に捻じ曲げるということにもなる。
聖遺物との適合は基本的に命懸けだ。先程は動きの鈍化程度で済んだが、適合係数が更に下げられるというなら反動で血を吐いて倒れてもおかしくなかっただろうよ」
「……ッ!」
キャロルに聖遺物との適合に係る危険性を改めて説明され、立香は背筋が凍る。
考えてみればアレだけの力を発揮できる以上、扱えなかったときの反動があるのも当然であり、キャロルの言うとおり「鈍化程度」で済む内に介入できたことに今更ながらに感謝していた。
「あ、うん。多分私達の歌に対する感覚が変わっちゃって……。ちゃんとした私の胸の歌じゃなくなっちゃったから、ガングニールが歌に応えなくなっちゃったんだと思う」
『ガングニールッ!?まさか、北欧の主神オーディンの魔槍「
マシュが驚きの声を上げる。確かに聖遺物が神々の遺物であるとは聞いていたが、それが主神級の神格の武装すらも現代の兵装として使用されているという事実はマシュを驚愕させるに十分な事実だった。
『あー、そう言えばシンフォギアの聖遺物について聞いてなかったね。聞いてもいいのかい?』
「……本来は秘匿すべきではありますが、現在は緊急事態ですから。私のシンフォギア、それに使用される聖遺物は天羽々斬です」
「あたしのギアはイチイバル……まあ、こっちで付けた名前なもんでよ、厳密にそういう名前で伝承されてるやつじゃないけどな」
翼とクリスが相次いで使用される聖遺物について語る。
天羽々斬は日本神話でスサノオが使用した剣であり、ヤマタノオロチ退治に使用した武装であるとされている。
クリスの語るイチイバルはそのまま「イチイ」の「
『ガングニール、天羽々斬、イチイバルか……すごいね、どれもこれも結構なビッグネームだ』
「北欧系が多いねえ。皆かわいい女の子だし歌も上手いし、さしずめ現代のってところかな?」
さすが異世界、神話の武器も大盤振る舞いだぜとのんきに笑うダ・ヴィンチ。そのモニター横ではアマデウスが何か満足気に頷いている。
「案外そうでもないが……まあ、いいだろう。さて、あとは哲学兵装だが……まあ、これは聖遺物に輪をかけて不可解な代物と言えるだろうな」
「ふ、不可解なんです……?」
キャロルの語り口に、思わず立香がゴクリとつばを飲み込む。
「そうだ。哲学兵装とは人々の想念の結晶と言える存在、『そうあれかし』と願われることで『そうある』ように変質した……いわば概念そのものを付与された存在だ。特殊な機能もない物品すらも変化することもある。兵装とは名がついているが、別に武防具に限るものではなく……?おい、どうした?」
「いつ聞いても不思議だよね……って、立香ちゃん?」
話の最初では明らかに身構えていた立香が、今は明らかに肩透かしを食らったかのように脱力している。
思わずキャロルと響が何があったのかと確認すれば、すごくホッとしたかのように笑顔を浮かべていた。まるでわからない授業を受けていたと思えば唐突に得意分野に移ったかのようなその姿に、キャロルは首を傾げた。
「あ、あはは……。いや、私達の世界にもすっごい似たようなものがあるから馴染みやすくて……。一体どんなのが来るかと思ってたから一気に気が抜けたというか……」
『あー、まあねえ。神秘学とか魔術とか、そういったのと凄まじく縁深いからね。私たちは概念武装と呼んでいるけど、それと近い在り方のようだ』
先程までの話し合いでは聖遺物とかフォニックゲインなど、立香の常識からかなりかけ離れているようなそうでもないような説明ばかりが語られていた。半端な理解度でなんとか頷いてた立香としては、彼女の知るモノに近い哲学兵装の登場にようやく話を理解して聞けそうだと胸をなでおろした。
ダ・ヴィンチの言うとおり、魔術の世界には長くに渡り積み上げてきた共有観念……所謂概念に基づいた物品が存在する。概念武装と呼ばれるそれらは魔術儀式や歴史の積み重ねにより力を増すため、基本的に古く神秘的なもの程強力である。
例えば英雄ジークフリートの魔剣バルムンクであれば、竜を殺した逸話が古くから、多くの口で語られたことから「竜」に有利な効果を得られる。逆に、強力な銃でワニを殺してもそれは概念武装たり得ない。概念を得るまでの共有観念・信仰あるいは歴史が足りなすぎるのだ。
……全く余談ではあるが、例外的な立ち位置に居るのが作家のサーヴァントである。
英霊の座に名を残すまでに至った作家である彼らは、人々に伝承・観念を共有・伝達するスペシャリスト。そんな彼らが物品あるいは人員について書き記すということは、世界に新たに共有観念を生み出すようなものである。それこそ
「わかるのならそれで良い。拍子抜けだが、しかし魔術を扱うというのであればそういう観念について詳しくとも当然だろう。
さて、色々あったがこれで事前説明は終わりだ。………で、ここからは
立香が先程までと異なり案外しっかり把握できているようだったので、キャロルは哲学兵装の説明を打ち切り、今まで何があったのかを話すことにした。
『この世界』と強調しているということもあり、ここからの説明はカルデア勢はもとより、響たち装者も知らない内容であることが読み取れる。自然と、この場の面々は姿勢を整え、キャロルの話を聞き漏らすまいと集中した。
「現代に転生した終末の巫女フィーネによる月破壊計画『ルナ・アタック』、1人の英雄狂の人類救済計画『フロンティア』……。事変の詳細は今は置いておくが、これらの事変により世界は二度破滅しかけた」
キャロルの言葉に、装者たちは黙って頷く。立香は月破壊だの英雄狂だのなんか若干ヤバそうなワードが出ていることにそこはかとなく興味をそそられたが、取り敢えず話を聞く姿勢を取り続ける。
「……歌女共は驚かないか、そうだろうな。オレがオレとして表舞台にいること、それは先の事変の発生とほぼ等価だ」
「ってぇと、やっぱ手前はこっちの世界でもトンデモやったってわけか?」
クリスの問に、キャロルは微かに、だがしっかりと頷く。
「……そうだ。オレはフロンティア事変で人類に齎されたフォトスフィアを用いてこの世界の全てを解剖せんとした。
キャロルの独白に立香は目を見開く。世界を滅ぼそうとした、なんて彼女の聞いたことのある不穏なワードの中でも指折りにまずい言葉である。
思わずキャロルの後ろにいた響たちを見るが、響たちの目は憐憫と後悔が混ざったような複雑な色合いを浮かべていた。どうやら昔のゲームのボスキャラみたいな単純な話ではない(当然だが)ということに気づき、キャロルに視線を戻した。
そんな立香の目線を見やったキャロルは、何事もなかったかのように言葉を紡いでいく。
「オレはかつて、世界を知るために世界を分解しようとした。経緯は省くが、オレの解すべき命題──『世界を知る』ためにな。
世界を余すこと無く識るために、数百年の時を掛けてワールドデストラクターを建造した。世界すべてを腑分けすることで、そのすべてを詳らかにするためにな。……まあ、復讐のメスを入れたかったという気持ちも多分にあったがな」
改めて語られるキャロルの話に、響たち装者は複雑な目線を向ける。エルフナインからある程度の話は聞いていたが、直に語られると何とも言えない気持ちになっていた。
「……復讐?」
「そうだ。世界の分解はその時のオレにとっては正当な復讐だった。いや、今でも半ば以上は正当なものだという気持ちは拭えん。──だがそれもそこの装者共によって頓挫した……心が挫けさせられたというべきだな」
キャロルの独白が続く。かつての事件について異なる結末を迎えたという事実に、響は複雑そうな表情を浮かべる。
この世界のキャロルは、この世界の自分たちによって(過程はどうあれ)復讐を止めさせられたということ。逆に言えば、その過去を聞いている自分たちには成し得なかったことを実現した世界であるということだ。
もちろん、キャロルが助かってくれた事自体は響にとっては喜びでしかない。だが同時に、今ここにいる自分たちがキャロルを助けられるはずだったのに助けられなかったという事実を突きつけられていた。
「とすると、この世界ではキャロルは降伏の呼びかけに応じたということか?ならば、並行世界としての分岐はそこに端すると見るべきか……」
「おそらくはな。だが、あそこでオレが心変わりしたことには今でも……。いや、まずはいいだろう」
「?」
翼の推論にキャロルが言葉を濁す。何かおかしなことがあったかと視線を向けるが、キャロルは何でもないと首を振る。
「……まあ、結局オレは投獄・処刑される立場になった。だが大犯罪者であったオレは同時に、錬金術師として研鑽を積んだ数百年の智慧があった。
オレは錬金術を国防に役立てたいと考えた風鳴訃堂によって秘密裏に政府に引き取られ、研究を提供する代わりに生存させてもらう契約を交わした」
「──ッ!お祖父様が……ッ!?」
キャロルの態度に疑問をいだいていた翼だが、その口から自身の祖父の名が出たことで思わず問い返す。そんな翼に言葉を返すことなく、キャロルは視線だけで雄弁に肯定してみせた。
翼の祖父である風鳴訃堂は、国家の裏の重鎮であると同時に、良くも悪くも国粋主義者な人間である。孫娘の翼も愛情を注がれた記憶は一切なく、国のためなら肉親すらも利用する姿ばかりが思い起こされる。なるほど彼ならば、今後の護国のためにとキャロルを利用することぐらい想像をつけるのは容易かった。
「ああ、そこでオレは錬金術の知識と技術の研究・伝達と同時に1つの事柄に力を入れた。──それが、死に瀕していたエルフナインの救命だった」
その言葉に、装者たちに緊張が走る。彼女たちの世界でもエルフナインは致死に近づいていたことがあったが、何らかの手段(エルフナインいわく、キャロルを受け継いだということらしい)により健康体として生還した。そして、その選択の結果としてキャロルは存在が消滅していたことも彼女たちは知っている。
だからこそ、キャロルが生きているこの世界にあって、エルフナインがどういう道を辿ったのか。気になる響たちは思わず息を止め、キャロルの話を聞き入る態勢に入った。
「エルフナイン……って、どんな人なの?」
そんな彼女たちの様子を伺いながらも、恐る恐る立香が質問する。先の話に出ていた用語も気にしていたが、その後に出てきた装者たちの間ではとても重要なキーパーソンっぽい名前が出てきてからはそっちが気になってしまい、悪いと思いながらも彼女は話に割り込んだ。
「エルフナインは、記憶の転送複写用の躯体として製造したホムンクルスだ。オレが死んだときにオレの記憶を転送複写し、新たなオレを作り出すためのな。
……結局、期待されるだけの精度がなかったからその用途には使わなかったがな」
その言葉に、立香は声にならないため息を吐く。額面を見ればあんまりな言葉であったが、その中に複雑な感情を感じた立香は言葉を続けられなかったのだ。
『あー、そういう予備って大事だよねぇ。まあ私だったらそもそも別生命として自我・意志を持ちうる構造のソレを予備躯体に採用するのは色々とどうかと思うけど』
「そもそも予備って考え方もどうかと思うんですけどダ・ヴィンチさんッ!」
『あ、気軽にダ・ヴィンチちゃんと呼んでくれていいよ響ちゃん』
「え、いいんですか?じゃあ僭越ながら……ダ・ヴィンチちゃんッ!」
『うーんこのノリ、結構な逸材と見た』
どこかズレた発言をするダ・ヴィンチに響が突っ込む。お互いのノリの良さとか生来の天然さとかが相まってやたら漫才めいた掛け合いとなっていたが、そこには互いのスタンスの違いが読み取れた。
響たちや立香のような真っ当な倫理観があればそもそも死んだときの予備を用意するという発想がおかしいのだが、悲しいかな魔術師に真っ当な倫理観はなかった。レオナルド・ダ・ヴィンチは魔術師としては極めて良識的ではあるが、それでも常人に比べて人道のハードルが低いところは否めないところだった。
「エルフナインは必要な精度にこそ達さなかったが、それでもある程度の錬金術を運用できるだけの躯体に仕上がっていた。
故に最初はシャトー建造の任につけていたが、そんな環境で尚真っ当な感性・倫理観、そして根性と図太さを身につけたエルフナインをオレは使えると感じた。
そこで、オレはエルフナインを用いてS.O.N.G.の情報を把握するための無自覚なスパイとして利用させてもらったりもした」
「根性と図太さも身につけたんだ……っていうか、なんか聞いている限りだと、もしかしてキャロルちゃんって手段を選ばないタイプ?」
「なんだ、今更気づいたのか。手段を選ぶ人間が世界を分解しようとするわけ無いだろうに」
立香の思わずなつぶやきに、キャロルは呆れたように返す。
「で、だ。オレはそこのシンフォギア装者……まあ、厳密にはそこの奴らとは世界が違うんだが、まあそこのシンフォギア装者共と戦い、その最中でエルフナインも大きく負傷。
エルフナインもオレと同じく……いや、ある意味オレ以上にパパから祈りを、遺志を継いでいたことを知ったオレは、瀕死のエルフナインをどうにか救ってやろうと考え風鳴訃堂の誘いに条件付きで乗ったということだ」
その努力は結果を実らせなかったがな、と淡々と語るキャロル。その冷めたような態度はしかし、キャロルの無念の現れであると響たちは元より立香たちにも理解できてしまった。
「……だが、なぜだ?エルフナインの負傷が我々の知ってるレベルならば、現代医療ならともかくキャロルの錬金術であれば治らないということは……。まさか、お祖父様が何か……ッ!?」
キャロルが取引をした、という己の祖父が何らかの手管を用いたのではと零す翼。
国連の組織であるS.O.N.G.に錬金術師を置きたくないということで見殺させたのではないかとの疑いから出た言葉に、しかしキャロルは首を横に振る。
「いや、違う。エルフナインは……」
やはり言いづらいのか、少しの間目を瞑り一呼吸置くキャロル。
僅かな間の後、決心がついたのかキャロルは目を開き、装者たちに視線を合わせ口を開いた。
「……エルフナインは、治療を拒否して死んだ。オレの錬金術治療だけではない、S.O.N.G.の技術はおろか一般的な医療すら拒否し、そのまま……な。有り体に言えば、消極的な自裁を選んだ」
「──、え……!?」
告げられた言葉に、響は思わず思考が停止した。
「なんだとッ!?てめえ、嘘、を……ッ」
嘘であれと願うかのような言葉がクリスの口端に上るが、しかしその声音を聞けば、クリスがキャロルの口から告げられた言葉を真実であると理解していることは明々白々だった。
しかしそれでも、クリスは信じたくなかった。キャロルの言葉が真実である、つまりエルフナインが自殺を選んだということを認めるなんて、クリスには出来なかった。
「……嘘なものか。ソレが真実であるのはオレからすれば疑いようはない」
「……ッ!」
しかし、キャロルの言葉はそんなクリスの想いを両断する。
「そして、だからこそ。エルフナインが己が命を絶つに足る理由が何処かにあるはずだとオレは考えた。
先程も言ったがアレは繊細なようで意外と図太い。余程誰かの迷惑になるようなことでもない限り、自殺なんて選ぶぐらいなら生きて役立つ道を選ぶようなやつだからな」
何かを言わんと口を開きかけたクリスにかぶせるように、キャロルは言葉を継いでいく。その言葉には確信がはっきりと表れており、キャロルがどれほどにエルフナインのことを理解しているかが伺えた。
キャロルの言葉に、翼が腑に落ちたという表情で腕を組んだ。
「……なるほど。こちらのエルフナインが我々の知る彼女と同じ性格であれば、事態の解決に安易に命を捨てて終わり、とするような人間ではない。
そんなエルフナインが死を選ぶには、相応の理由があったということは自明……」
「そうだ。そしてそこのカルデアの言うことが真実なら、その原因は十中十で件の魔神の仕業と見ていい」
「えっ!?十割確定!?」
キャロルがあまりにも堂々と断言したため、立香は驚きを顕にする。
確かにエルフナインの件と現状とで関連を見出すとすれば行き着く先は魔神関係だろうが、先程から聞いてたエルフナインの性格を考えれば、自殺よりもそれこそ生きのびて対策を練りそうなものだと立香は思っていた。
「あ、あの~……キャロルちゃん?十割断言しちゃうと後に引けなくなっちゃうよ?」
そしてそう思っていたのは立香だけではないらしく、響が控えめな挙手の後に質問する。こんな場所でも妙に学生らしい行動をする響に、立香は(割りとどうでも良いところで)感心していた。
響のどこか頓珍漢な心配にちらりと視線を向け、キャロルは間髪入れずに口を開く。
「ここで後に引いてどうする。というかオレが倒れていたのは、死んだはずのエルフナインがデモノイズを従えた上でオレを強襲してきたからだ。
まあ、とどめを刺される前にエルフナインがバルベルデにいるパヴァリアの連中を始末しに行ったからどうにか生き残ったがな」
「……は、はぁッ!?エルフナインが……って、おいとんでもねー事言い出してんぞてめえッ!?」
クリスが思わず突っ込む。エルフナインの人となりを知る響と翼もまた、先程以上に驚いていた。
一方、そのキャロルの言葉を冷静に噛み砕いていたのはアマデウスだった。しばらく考え込んでいたが、やがてまとまったのか口を開いた。
「ああ、なるほど。ソレでさっきの自殺に繋がるってことか。察するに、エルフナインは魔神に魅入られ、依代に近いものにされかけたんだろう。だから究極的に自分を利用させないために、と自死を選んだんじゃないかな?」
アマデウスは言葉を疑問形で終わらせたが、しかしそうであろうという確信が言葉から響く。
その声音の中の真実を理解した翼は、僅かに顔を曇らせた。
「そういうことか……。だが、エルフナインの少なくとも身体が攻撃してきたということは、結局エルフナインの目論見は……」
『破綻したんだろうね。魔神は状況によっては死骸すら依代として行動できるから、キャロルが戦ったというのはそういう手合ということだろうさ。』
ダ・ヴィンチの言葉に沈黙する一同。無音の静寂の中、周囲には怒りと悲しみの感情が漂う。
今回の異変で戦う相手はエルフナインの死体に潜む魔神であると、この場の面々は実質的に理解している。そして同時に、その体は最期まで世界のために命を賭けたエルフナインのものである。
その遺体を操り悪を成す魔神の行動は、守るために自分できることをやり切ったはずのエルフナインを無駄と嘲笑うかのようであり、つまりはこの場の者の逆鱗を逆撫でるようなものである。
エルフナインと面識のない立香たちですらも、その人となりを聞いた後では魔神の怒りがこみ上げてくる。況や装者たちをやである。
「……ってぇことは、だ。あたしらがやるべきことが決まったな」
「ああ、目標はエルフナインに潜む魔神の撃破だ。デモノイズを統率しているのが魔神であるなら、それが一番手っ取り早いだろう」
獰猛な笑みを浮かべたクリスに、同調するように翼が応える。
「うーん、取り敢えず目的と言うか目標がはっきりした、というか魔神柱の所在らしいのがすぐにわかったのはよかったけど……」
一方の立香はといえば、若干不安そうな表情を浮かべた。
今までの亜種特異点では、そもそも魔神柱がどこで何をしているのかといった部分は早期には判明せず、諸々の問題を解決したり謎を解き明かすことで在処を突き止めることが多かった。
そういう意味では今回のように、最初から居場所あるいは依代がわかっているというのは稀有な例であり歓迎すべき点ではあるのだが。
「……立香ちゃん?どしたの、なにか気になることがあったの?」
「あー、いや、確かに最終目標は翼さんやクリスが言った通りなんだけど……」
言葉を濁す立香。その消極的な態度に響は怪訝な表情を浮かべたが、ふとある事実に思い至り、キャロルに向き直る。
「……ねえキャロルちゃん、エルフナインちゃん……じゃなくて、魔神は今どこにいるって言ったっけ?」
「中米のバルベルデだろうな。ヤツの去り際のセリフを聞く限り、パヴァリアの連中があそこでレジスタンス活動をしていたようだからな」
「だよねぇ……」
キャロルの身も蓋もない言葉に、響はがっくりと肩を落とす。
その後ろでは立香もそうだろうなとため息を吐く。最初にバルベルデ(尚、この地名を聞いてダ・ヴィンチは『行くまで11時間はかかりそう』などとつぶやいていた)にレイシフトしたならともかく、今から海を遠く隔てたバルベルデに行くとすれば大きくタイムロスすることは目に見えている。よしんば行けたとしても、そこにエルフナインがいる保証はどこにもないのである。
「っていうか、それなら早くサンジェルマンさんたちを助けに……ッ!」
「パヴァリア光明結社を助けに……?一体貴様らどういう……ああいや、今からバルベルデに行くとすれば……ふむ」
響はキャロルの肩を掴み、乗り出すように言い募る。
キャロルはそんな響に内心で首を傾げながら、仮に助けに行く場合の計算を始める。
ほんの僅かだけ沈黙したキャロルだったが、やがて結論が出たのか口を開いた。
「……いや、やはり無理だな。手持ちのジェムでパヴァリアに座標固定しているものがない以上、転送事故の恐れがある。ましてこの異常の中だ、平時より事故率は高かろう」
キャロルはそう言って手元のテレポートジェムをちらつかせる。錬金術によって作成されるテレポートジェムは、距離に関係なくゼロ移動する転送器具である。
しかし、転送先の座標をしっかり指定登録しないテレポートジェムは転送事故で空間の位相差空間に迷い込む可能性がある。もしそうなれば脱出不可能であり、如何に低確率といってもとても許容できるリスクではなかった。
なお、この後ろでは『テレポート出来るとか異世界の錬金術ってすごいなぁ』とモニターのダ・ヴィンチが何処か不貞腐れたかのようにぼやいていた。
「で、でもッ!!」
「聞けッ!話が途中だったが、この世界で何が起きているか、だ。
いいか、今この世界はデモノイズの湧き出る"魔都"による世界崩壊に向かっている。バルベルデと東京を含め、世界に10の魔都が構築されているッ!世界の10箇所で此処と同じだけの地獄が作られていると心得ろッ!」
「──ッ!魔、都……ッ!?」
キャロルの口から出た"魔都"という単語を噛み砕き反芻するかのように、響はその言葉を口から零す。その様子を見れば彼女の知る言葉ではないことは明確であり、装者たちとキャロルの並行世界間の差異を最も際だたせるものであることを如実に示していた。
「魔都、って……そういや場所も近いしまさか……」
『いや、場所は確かに新宿区近辺であることは否定しないけど。ただ状況が違いすぎるからね、かつてのそれとは同語を使っているだけだろう』
「だよねー。ってことは、結局どういう仕組で何が起きるかがわかんないってことかあ」
立香はどうやら聞いたことがある単語だったのか関連性を見出そうとしていたが、その前にダ・ヴィンチに否定される。
かつて経験したそれもまた一種の地獄であったため、そうでないことは喜ばしかった……が、どちらにせよキャロルの言う通り地獄のような状況には変わらない。
むしろどういう構造かが不明な分、まだしもかつての魔都の再現のほうがマシだったかもと立香はため息に盛大に感情を乗せた。
「なにか経験や情報があるかは知らんが、この国や米国によって暫定的に魔都という呼称が付けられた10の領域こそ、魔神の計画の要である可能性が極めて高い。
詳細は今は省くが数や配置も重要なようだからな、何処か一箇所でも機能不全に落とし込めればヤツの計画を盛大に遅らせられるだろう」
『……なるほど、その可能性は高そうだね』
堂々と断言するキャロル。その彼女の言葉から何かを把握したのか、モニターのダ・ヴィンチは表情を引き締める。
「故に、だ。もしサンジェルマンを助けたいなら、まずは他の魔都を攻めるべきだろう。奴はたとえ釣りだと解っていてもそれを無視できないからな」
「あ……そっか、サンジェルマンさんから魔神を引き離せば……」
「────引き離れて欲しいか。では、その欲を叶えよう」
背筋に怖気が走る。唐突なその悪寒の正体を求め、響は弾かれたように背後に振り向いた。
先程まで何もいなかったはずのそこには、錬金術の光による紋章が閃いている。テレポートジェムの輝きは其処に現れた人影を一瞬だけ、しかしこれ以上ないほどに血染める赫で照らし出す。
そこに立っているのは、響たちがよく知っている姿。深くかぶったフード付きコートの内側には、この世界に来るときに自分たちを笑って見送ってくれた、儚げで、しかし明るく強い少女の貌。
しかし、その相は全く異なる。その顔は何にも期待していないとでも言うかのような無関心が浮かび、向けられているようで全く視ていないその視線を受けている己等が、まるで背景や書割になってしまったかのような気にさせられる。
瞬間、美しく胸を打つ魔の旋律が響く。まるでその存在に付き従うかのように現れたデモノイズが吹弾器官を起動させる。
その場にいた全員が、瞬時に臨戦態勢を執る。
誰もが理解していた、デモノイズを引き連れるその存在こそがこの地獄の元凶であり──どうしようもないほどに人外であると。
「……貴様が何を考え、何を目的としたかは知らんが……」
唐突に現れたその存在に、すでに一度邂逅していたキャロルは口角を上げる。
戦意も高らかと言わんばかりのその笑みからは、一種虚勢のような、しかし真実それを望んでいたようにも聞こえてくる。
「現れたな──エルフナイン……否、魔神ッ!」
キャロルの言葉を肯定するかのように、キャロルと同一のホムンクルスの姿をした存在──魔神と呼ばれるソレは薄い三日月のような笑みを浮かべた。