SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order   作:222+KKK

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第3節 正義と悪、英雄と魔(1)

「さあて、本日二度目の公演だ!」

 

 その戦いの火蓋は、魔詠を相殺せんとしたアマデウスの演奏から始まった。

 荘厳な真なる魔の旋律に合わせ奏でられるは、魔境に並ぶ人の歌。少女の心を守り援けるその歌こそ、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの天才の証明だった。

 

『──異界法則推定、状況計測開始しますッ!先輩、皆さん……どうか無理しないようにッ!』

「もちろん、出来ることからやってくよッ!」

 

 カルデアのモニターから聞こえるマシュの声に、立香はいつもどおり威勢よく応える。

 

「カルデアのマスターか。貴様らの人類史に影響も出やしないというのに、わざわざこんなところまで来るとは御苦労なことだな──労りだ、そのまま消え失せよ」

 

 魔神の口端からは無感情に、しかし何処か辟易したような声が漏れる。

 それと同時にその正面に錬金術の紋章が浮かび、生み出された爆炎が立香を襲った。

 

「──ッ!」

「立香ちゃんッ!?……くぅッ!」

 

 瞬間的に膨れ上がった炎の波は立香の元に容易に届き、その余波で装者たちも一瞬の足止めを余儀なくされる。

 周囲はまるで火山にいるかのような高熱に飲まれ、陽炎と煙が視界を塞いだ。

 

「……錬金術、先の戦いでは使っていなかったな。──だが、『凝視』に比してずいぶんと手緩いようだ」

 

 歪んだ視界の中、涼やかな紋章が輝く。錬金術の輝きによって生み出された水の障壁、キャロルの編んだ術理は四大元素の定義のままに魔神の炎を相殺せしめた。

 その障壁の後ろでは立香が大きく後退しており、とっさの回避行動をとったのか服に土埃がついていた。

 

「……キャロル・マールス・ディーンハイムか。脅威優先度で後回さず、最初の時点で入念に弑しておくべきだったな──」

「よそ見してんじゃねえぞッ!」

 

───MEGA DETH PARTY───

 

 キャロルに攻撃を防がれたことに若干の苛立ちを浮かべた魔神に、お返しとばかりに小型ミサイルの雨が降り注ぐ。

 器用なことに逃げ場を無くすように放たれたミサイルは、一寸のズレなく着弾しエルフナインの姿の魔神を爆炎で覆い隠した。

 

「って、クリスちゃん!まず話を聞こうよッ!?」

「先に手ェ出してきてんのは向こうだろうがッ!あいつの選択科目は肉体言語(ボディ・ランゲージ)だッ!」

 

 そういうクリスもどうやら知り合いの、それも非戦闘員の姿にミサイルを撃ち込むのは若干気が引けていたようだが、それでも銃口をブレさせずに構え続けた。

 この程度で終わるようなら、そもそもキャロルが負けることはない。特殊な条件下であったとはいえ、キャロルはかつて此処にいる装者3人がかりを打ち負かすだけの力を発揮することもあったのだ。

 そんな彼女が勝てなかった相手であると考えれば、牽制ミサイル程度が徹るとはとても思えなかった。

 

「──。そこのカルデアの連中から聞いたのではないか?私は魔の柱、呪の起端。人理を砕く錨であると」

「……判っちゃいたが、無傷かよ」

 

 濛々と立ち篭める煙が、暴風によって一瞬で吹き散らされる。

 その中央に在る魔神は無傷であり、どころかエルフナインの姿身に焦げ目の一つもついていなかった。

 明らかに万全のままであるとわかるその姿に、全員が改めて相手の強度を理解した。

 

「だというのに、まずは話を、とは。全く、識っていても驚かされる」

 

 響のクリスへの静止を聞いたのか、明らかに呆れと取れる声音・表情を浮かべた魔神。その穏やかともとれる様子に、鋒を交わした装者たちは困惑する。

 目の前の存在は未だ人外としての存在感を強調するかのようにそこに在るというのに、その口も態度も意外と人間らしく、また理性ある挙動をとっている。先制攻撃された以上は警戒を怠る気はなかったが、事前に悪魔だなんだと言われていた割には真っ当な態度をとるような相手に、一瞬だが毒気を抜かれたような気になる。

 

(あ、あれ……?この魔神、意外と話が通じそう……?)

 

 そして、装者たち以上に驚いたのは立香である。焼かれかけた彼女は内心でヒヤリとしながらも表に出さず、怯えそうになる心を叱咤し勇気を奮い立たせていた。そんな緊張の精神状態に対して魔神のこの反応である。

 今まで散々魔神を見てきた立香だからこそ、目の前の魔神が嘘偽りなく呆れ、かつ攻撃もせずに嘆息していることが解る。

 様々な問題や責任問題はあるものの、もしかすれば、交渉で話が終わらせられるのでは……と、彼女が淡い期待を抱いてしまうのもしょうがないと言える程、目の前の魔神の行動は魔神のテンプレートから逸していたのである。

 

「でも……私は、あなたの話を聞かせてほしい!だって、何も知らないうちから戦いだけで解決なんて、そんなの納得出来ないよッ!」

「そうか。ならば、まずは伝えるべきことがある」

 

 響の訴えに、腕を下ろす魔神。まさかの行動続きに、次に何を喋りだすのかとその場の者たちが身構える。

 少女の姿に潜めた魔神は、若干の瞑目の後に口を開いた。

 

「理解は無用だ、速やかにこの世界から消えるがいい。私は、貴様らの退去を止めないことを約束しよう……カルデアのマスター、そしてシンフォギアの唄い手よ」

「……ッ!」

 

 その口から出た言葉は、明確な対話の拒絶。魔神の独特な瞳に浮かぶ突き放すような感情に、響は思わず口を噤んだ。

 

「人を守る防人として、この状況を捨て置くなど出来よう筈も有るまいッ!」

『それに帰れ、とはまた随分と唐突で予想外な回答だね?それに、この計測反応──』

 

 言葉が止まった響をカバーするかのように、翼の激昂するような声が鳴り渡る。その裂帛に続くように、ダ・ヴィンチが言葉を継いでいく。その言葉からは、魔神であろう相手を測りかねていることが読み取れた。

 

(そうだ、なんで見逃すの?私達を見逃す意味はどこに……?生かす必要?殺さない必要?ううん、なにか違う気がするけど……)

 

 話を続けるためにとダ・ヴィンチの口にした疑問は、立香も同様に不思議に感じたところである。相手の魔神が撤退を認めることは、彼女の記憶上無かったことだ。

 強いて言えば第4特異点で諦めるよう言われたことはあったが、その時は結局止めを刺され終わっていたようなものなので立香の中ではノーカウントである。

 魔神からすれば、立香たちが妨害者である以上殺したほうが都合がいいに決まっているのだ。勿論、妨害たり得ないというなら排除することもないだろうが、であれば撤退を薦める理由がない。

 考えれば考える程思考が詰まっていくような感覚を覚え、立香は袋小路を振りほどくように首を振る。

 

(でも、このまま相手の言う通り撤退なんて出来るわけがない。そんなことをしたらこの世界は焼却……かはわからない。でも影響が出ないって保証もないし、特異点になったら私達の世界にも影響が出るかもしれない。やっぱり、止めるしか──?)

「──違う」

 

 勧告を無視すれば、今度こそ戦いが始まるだろう。心中が戦闘に傾きかけていた立香の耳に、強い意志を感じる声が聞こえる。

 声の主、立花響は決然と顔を上げる。そこには聞いた声と寸分違わぬ、むしろ声以上に強い意志が宿っていた。

 

「理解がいらないなんてことは、絶対にないッ!」

「!?ひ、響ちゃん?」

「だって、本当に理解がいらないって思っているなら──そんな辛そうな表情をする必要なんてないッ!」

 

 叫ぶような想いの発露が辺りに響く。唐突に感情をぶつけられ、わずかにだが魔神の表情が揺らぐ。そう、揺らいだのだ──響の言葉を肯定するかのように。立香はまず何よりその事実に驚きを感じていた。

 先程までの魔神の表情は立香にとっては無表情に近いものであり、魔神という理性の局地的な存在であるからこそ、それも当然だろうと思いこんでいた。

 だが、その揺らいだ顔には図星を突かれたかのような苦々しさが浮かんでいたのだ。まるで本当に"辛い"と感じていたかのようなその反応に、立香は心中の戦意が少し萎むのを実感した。

 

 立香の心中の変化を当然のように置いておき、響は尚も魔神に詰め寄る。

 

「────」

「ねえ、教えて?どうして──どうして、あなたは──ッ!?」

 

 凄まじいまでの死の予感に、響は元より其処にいた全員が全力で飛び退った。なお、立香は子ギルが抱えていた。

 瞬間、魔神の目に輝きが瞬く。複雑な魔術陣が瞬時に形成され、錬金術の炎を超えた絶対的な焼却の一撃が閃く。その炎、焼却式の一撃は先程まで彼女らがいた領域を跡形なく焼き消した。

 

「立花響。ガングニール。繋ぐ力、私の思考すらこじ開け繋がんとするか。だが、構うものではない」

 

 魔神の言葉が辺りに広がる。その口調こそ変わっていないものの、先程の語り口と異なる声色からは明確に苛立ちが伝わる。

 

「交渉は決裂だ。今此れを以て貴様らを焼き尽くす。そこの錬金術師は当然のこと、シンフォギアも、魔術師も等しく我が凝視によって滅ぶがいい」

 

 魔神の瞳が輝き、再び昏い炎が放たれる。焼却式と呼ばれるその術式は、世界を焼く魔神の凝視の極小再現。正面から受けてはシンフォギアでも到底耐えうるモノではない。

 

「──よし、装者の皆の援護ッ!」

「分かりました。しっかり捕まっていてください、マスター。そしてキャスター」

 

 立香の指示に、サーヴァントたちが迅速に行動する。

 子ギルが立香とアマデウスを抱え跳躍する。腐っても……むしろ熟して無くても英霊は英霊。筋力値も敏捷値も常人を遥かに凌駕する彼は、人2人を抱えたまま魔神の攻撃を回避するように空中機動に専念する。

 

「了解、さあ、『andante(歩くような速さ)』で来るといい!」

 

 アマデウスの音楽魔術、一種の遅滞術式が発動する。放たれた炎が大きく減速し、立香たちは余裕を持って射程圏外から逃れた。

 当然そんな彼らより機動力に優れる装者たちもまた炎から逃れ、戦闘態勢を取った。

 

「ねえ、話を……ッ」

「落ち着けバカ。まずふん縛って、そっから事情を聴取するぞッ!」

「~~、わかった、まずはッ!」

 

 尚も対話を試みたがる響を、クリスが諭す。

 強い戦意を見せる魔神相手に対し心が揺れていては勝てるものではない。そう言外に語るクリスの言葉を正論であると理解し、頭を振って切り替える響。

 理解を諦めないにしても、まずはお互いに冷静になれるようにすると心に決めた響は、高らかに胸の歌を歌い上げる。

 

 響の様子を見て問題ないと判断した翼は、刃を構え魔神を見据える。

 

「立花は持ち直したか。──ならば、初手にて一閃仕ろうッ!」

 

───颯ノ一閃───

 

 鋒を魔神へと向けた無我の構え。駆けたその速度は風の如く、シンフォギアの力と本人の力量が見事に調和したその剣は音を凌駕し魔神を袈裟懸ける。

 回避せんとする魔神だが、その肉体は所詮非戦闘用の脆弱なホムンクルス。幼く脆いその肉体では瞬間的な動作を取ることはままならず、防人の刃をその身に受けた。

 

「──手応えが過ぎる。異様な頑強さ、それが魔神としての力ということか?」

 

 剣を振り抜かんとした翼が、その刃を見つめる。通常状態のシンフォギアとは言え、幾多もの戦場を駆けたその剣は全く信頼に値するものであり──故に、振り抜くことすら出来ず、その体表で止められていることの異常性をその身をもって噛み締めていた。

 

「翼さん、下がってッ!とぉりゃああああッ!」

「援護するよ──『vigoureusement(元気よく)』!」

 

 足を止められた翼のフォローとして、ブースターを吹かせて響が突撃する。そこでダメ押しとばかりにアマデウスの歌が響の肉体に強化の術式を付与することで、そのマフラーすらもスラスターと変化させ一気に加速した。

 

「……成程。そこの英雄王が攻撃してこないということは、この場で直接戦闘できる者はシンフォギアと錬金術師のみというわけか」

 

 そのまま拳を叩きつけんとする刹那、魔神はそうつぶやき、酷薄な笑みを見せた。

 瞬間、刃で相手を抑え込んでいた翼の足が崩れる。何事かと響が思う間もなく、周囲のデモノイズから荘厳な歌が鳴り始めた。

 

「──ッこれは、魔詠ッ!?だが、先刻のソレとは──ぐ、うッ!!」

 

 それは先程のデモノイズのみの演奏と比べれば一聴瞭然と言わんばかりの音量・精度、そして情感が込められており、その干渉力の高さを前にして、翼は一気に力を抑え込まれていた。

 当然その魔詠の影響は響にも現れ、一気に失速し転倒、地面に体を強く打ちつけた。

 

「ちぃッ!おいモーツァルト、あたしらに──ッ!」

「ああ、勿論!歌で感動させるのは良いけど、無理矢理は良くないとわかって欲しいもんだよね!」

 

 強力な魔詠を前に、穏やかなクラシックのような楽曲──魔詠を相殺するために編み出されたアマデウスの無銘の曲が響き渡る。

 その音楽を聞くことで自身の歌・感性を取り戻した響と翼は、魔神の反撃が来る前に飛び退き構え直す。

 

「この場で最も警戒すべき対象が、まさか戦闘すらままならないとは。秩序の違う世界というのは、随分と都合がよく回るものだ」

「……んだそりゃ、あたしらはハナからアウトオブだってのかッ!?」

 

 (内面がどうあれ)外見は小学生高学年程度の少年と比較され、戦力として下と扱われることにいい気もしないクリス。

 そんな彼女を、魔神は鼻で笑う。小さく大人しいエルフナインの見た目でソレをやられることで、クリスの怒りのボルテージは否応なく上昇する。

 

「眼中の内外、という意味では眼中の内だとも。面倒だが、視野に入れねば焼くのも手間だからな」

「~~抜かしたなッ!」

 

 魔詠の響く中、ソレを押しのけんばかりにクリスは唄う。イチイバルのシンフォギアは装者の意を汲み、銃砲雷火を浴びせかけた。

 

「……ッ!これは……ッ!」

 

 その出力にクリスは驚く。

 シンフォギアの力を引き出すには、己の感情を旋律と変え、合わせて歌うことが力となる。

 故に感情を歪ませる魔詠はシンフォギアの性能を大きく阻害する事になり、逆にアマデウスの旋律は感情・自己を確固たるものとし、尚後押しする。

 アマデウスの旋律が魔詠を無力化する仕組みについて、彼女たちはそう聞いていた。

 

「すごい、これがモーツァルトさんの……」

「なるほど、まさに音楽の天才──否、鬼才ということか。しかし、この歌は……」

 

 そして魔詠が強力であるほどに、ソレを無力化するアマデウスの旋律はより効果が強いものへと切り替えられていく。

 クリス同様に旋律を受けた響や翼は、その歌に宿る力──そしてその危険性にも気づいていた。

 

「ああ、君たちの危惧しているとおりさ。僕の曲も、本質的には魔詠と何ら変わらない──人の心に干渉している歌であり、君らには正常値以上の負担を強いることになる。あまり長い間やる訳にはいかないから注意してくれ」

「承知した。ならばこそ、刹那の合間に刃を懸けるまでッ!」

 

 翼は剣戟を振るい、再び魔神との戦闘に身を投じる。先の一閃と遜色ない速度を実現しながら尚精緻な技量の冴えを見せるその姿は、正に一振りの剣と呼ぶにふさわしいものだった。

 そんな翼に遅れを取るものかと、響が連携に入る。年若い少女でありながら年季の入った連携戦技は、お互いを邪魔するどころか力を相乗させるほどだった。

 

「……力の向上もさることながら、連携能力に補正がかかっているな。成程、同一の楽曲をベースとして歌うことによる効果といったところか」

 

 前衛の2人を一切巻き込まないように、かつ高精度のミサイルやガトリングの鉄雨、クロスボウのエネルギー矢を放つクリスを見ながら、キャロルがそう独語する。

 同一の曲を全員で歌うことによる連携強化、というのはキャロルも見てきたものではある。だが、今回のソレは外部の歌をベースとして自分たちの歌を唄うという特殊な状況。これはアマデウスの歌のパート部分としてそれぞれの曲を合わせている──というより、それぞれの曲がうまく入るようにアマデウスが楽曲を調節しているという方が正しい。天才の面目を躍如とする技量である。

 なお、これは別にアマデウスだけの力ではない。というのも、今戦っている装者たちは互いの連携強化としての技術であるユニゾンについて訓練を積んでおり、互いの歌の相乗により出力を向上させることを可能としている。

 一方キャロルの世界では、キャロルが目を光らせていたために装者たちはパヴァリア光明結社と大規模衝突に至っておらず、従って特殊なパワーアップをすることもなかった。

 結果、彼女たちがユニゾンと呼ぶそれをキャロルは一部を除いて知ることはなく、単純にアマデウスの楽曲の力であると誤認しただけである。

 

 

『──それにしても、不可解です』

「マシュ?」

 

 その戦闘をモニタリングしながらのマシュの言葉に、立香が首を傾げる。現状立香が出来ることは殆どないため、せめて戦場を俯瞰し相手の兆候をいち早く補足することに注力していた。

 だからこそ、マシュの不可解という言葉が気にかかった。

 相手の魔神はエルフナインという少女の肉体に入ったまま戦い続けている。通常の魔神柱とは全く異なる戦闘形態だが、特に立香が気になるような異常な行動を取っているわけではない。

 キャロルと似た姿からは錬金術が放たれ、魔神としての眼光からは凝視が放たれる。それらは当然といえる攻撃であり、不可解と呼べるものだろうかと立香は疑問に思った。

 

『先輩。おかしいと思いませんか?こちらからはそのエネルギーを明確に観測できるわけではありませんが、先のデモノイズが使用していたスキルをあの魔神は使用していません』

「スキル?──あ」

 

 確かに、と立香は納得する。確かにデモノイズは魔詠を使用しているし、その力でシンフォギア装者たちを苦しめているのはそのとおりだ。

 だが、デモノイズの魔詠の用途は別にあるものであり、装者への精神干渉は副次的なものであると彼女たちは認識していた。

 

「確かに、フォニックゲインによる強化をあの魔神は使用していない。不可解といえば確かにそのとおりだが……」

 

 キャロルは考え込む。フォニックゲインの利用手段をいろいろと模索した彼女は、逆に利用しない理由が何処にあるのかを考え始めた。

 フォニックゲインというのは、利点ばかりではない。例えば手と手を繋ぐという特性のギアを纏う響なら、周囲のフォニックゲインを束ねた必殺スキル「S2CA」を持つ。その技による逆転を恐れたのでは、とキャロルは最初に考えた。しかし、すぐに頭を振る。

 

(いや、違うな。S2CAは強力であり、エクスドライブもまた然り。だが、原理上フォニックゲインを際限なく利用できるという魔神ならば純出力で上回れる筈)

 

 先程のカルデアとの話を統合すれば、相手方の魔神は音楽という概念そのものを纏め扱う化外そのもの。自分のように心中に譜面が浮かばないがために様々な工夫をこらす必要はなく、その出力で劣るようなことは基本的にありえない。

 事実周囲の雑兵のようなデモノイズが雑にフォニックゲインを生産・利用している状況を見れば、響によるフォニックゲインの利用を警戒しているわけではないことはすぐにわかった。

 逆に言えば、デモノイズが可能なことが今の魔神では不可能であるその理由こそが、一縷の可能性に繋がるとも言えた。

 

(待てよ、S2CA?……エルフナインは、オレと同様に適合係数はカス同然。となれば、シンフォギアに類する聖遺物武装はありえない。ファウストローブを纏っている様子もない──となればッ!)

「──そういうことか。聞け歌女共ッ!身体が調整されていない"エルフナイン"の肉体に入っている現状こそが、最大の勝機だッ!その肉体は──歌に耐えきれないッ!」

「──ッ!」

 

 キャロルの叫ぶような言葉に、魔神が僅かに眉をひそめる。装者たちはその言葉の意味を一瞬考え、次いで理解した。

 フォニックゲインというのは膨大になればなるほどに肉体的に負荷を及ぼすものである。事実フォニックゲインを利用するシンフォギア・システムは、当人が使用できるレベルを超えないように総数301,655,722種類のリミッター・ロックが施されているほどだ。

 先程の例に上げたS2CAでも、エネルギーを再配置するシンフォギア『アガートラーム』がない状態で使用すれば命が関わるような技であり、アガートラームがあったとしても肉体面の負荷はかなりのものとなる。

 

 勿論、魔神そのものは音楽魔という概念を持つ可能性が高いことからフォニックゲインをそのまま負担なく利用することは可能かもしれない。だが、肉体であるエルフナインという脆弱なホムンクルスはそうはいかない。

 聖遺物に対する共振性を持つ者──適合者ではなく、錬金の秘奥ファウストローブによる負荷軽減もなく、魔神の生来の技術である魔術に対する適性も当然ながら在るわけもない。

 そこでS2CAを超える程の膨大なフォニックゲインを纏ってしまえば、そのエネルギー全ての負荷がエルフナインの肉体に跳ね返ってくるということである。そうなれば、魔神はエルフナインの肉体を瞬く間に失うことになる。

 

「てことは、今なら取り押さえられる!」

「……私がこの肉体を捨てるということは考えもしていないようだな?随分とまた考えが足りていないと見える」

 

 意気を揚げる響に水を指すように魔神が嘲る。が、響はそんな魔神の言葉を意にも介さない。

 

「考えてませんッ!そんなことしないと思いますッ!」

「────」

 

 堂々とした響の宣言に、思わず呆然とする。思いますの一言で断言するその姿勢はいっそ清々しいものを感じさせた。

 

『──まあ、確かに捨てられるならとっくに捨ててると思うけどね。でも、こちらの観測データを精査した結果、ソレは無理だろうことは把握できた』

 

 そんな響の様子に苦笑しながらも、しかし(相手の内実はともかく)その見立ての確度を高めるようなことをいうダ・ヴィンチ。

 

「ダ・ヴィンチ女史、なにか判明したのですか?」

『判明していいことかはわかんないけどね』

 

 とりあえず事実だけは伝えておかないとね、と前置きするダ・ヴィンチ。

 

『彼女からは魔神の魔力はあっても魔神柱としての霊基の反応がないのさ。つまり、受肉体を捨てて、本来の魔神──守護霊体として人に憑依している。で、受肉した魔神、魔神柱としての霊基の反応はそこらのデモノイズから強く反応している』

「!それって……」

『そう、かつての魔術王と同じというわけだ──遺体に取り憑いてることを含めてね。だけど、憑依体たる魔神は使役される使い魔だから、主がいないと成立しない。つまり──』

 

 ダ・ヴィンチの言葉に、魔術王と魔神を知らない装者やキャロルも実情を理解し始める。

 召喚魔である魔神は、それを召喚する人間がいない限り現実に介在できない。今の状態が「エルフナイン」を主としているならば、そこから離れるには受肉の工程を踏まなくてはならないということである。

 

「──なんだ、本当にふん縛るチャンスってわけかよッ!」

 

 クリスが猛々しい笑みを浮かべる。他の面々も大同小異な姿勢で、魔神へと向き直る。

 その様子に、魔神は嘆息する。

 

「……やはり厄介だな、カルデア。そこの楽師の歌もそうだが、この世界の人間が知りえない私について理解されていると、単に実力が優れているよりも面倒だ」

 

 フードを深くかぶり直したその姿からは表情が見えない。だが、声音からは感情が──隠しようもない苛立ちが伝わってくる。

 

「そうだ、そもそもカルデアさえいなければ、他の連中は抗しえない。レイシフト対象であるマスターが消えれば、楔を失ったサーヴァントは消滅し、座標を失ったカルデアは私を観測できない──ならば、狙うは1人のみだ」

 

 フードの下の目が輝く。錬金術の紋章に変わり、魔法陣──魔神が使用する術式を示す魔術王の陣が展開される。

 

「消え失せよ、魔術師──」

「ッ!させるものかよォッ!」

 

 今までの簡易な焼却式を超える極大の炎が放たれんと輝く。世界そのものを焼き払うとする魔神の眼光を防がんと、キャロルは水の障壁を展開する。

 キャロルがかつて受けたソレと比すれば規模が縮小しているものの、それでも万全な自分でどうにか受けきれるかどうか、という炎。まして現在は想い出の大半を消失させ、内在魔力の消耗も激しい状態である。これは受けきれない、とキャロルにはわかってしまっていた。

 

『ッ!先輩ッ!たった今、ラインが通じましたッ!だから──ッ!』

 

 だからこそ、立香はどうすればいいかはわかった。かわいい後輩からの言葉に、間髪入れずに右手を掲げる。

 視線が炎となり、立香を焼かんと迫る。とっさに翼は逆鱗を放ち、防火盾としてキャロルと魔神の間に突き立てる。その剣身は瞬時に赤熱し、その数瞬後には貫通した。

 クリスは相手の火の威力を弱めんとしてリフレクターを展開する。光学系ではない攻撃にはそう長く持たず、僅かに炎をそらしたのみで融解した。

 僅かに減衰した劫火がキャロルの水障壁へと到達した。水でできた錬金の壁は多少持ち堪えたが、生成を遥かに上回る勢いで蒸発した。

 そして、最後の砦たる純粋な紋章障壁が消し飛ばされんとするその瞬間。

 

「────来てッ!」

 

 炎が閃く。錬金術を超える人理焼却の炎が立香を飲み込むその刹那。単純で、何よりも力強い立香の呼びかけが辺りに響く。

 

 彼女は英霊をサーヴァントとして使役するマスターであるが、そこに魔術による契約を通じた上下関係はほぼ存在しない。

 人に従えられる存在ではない英霊。義と約定、己の心に則り彼女と共に戦わんとして召喚に応じた者たち。

 

 だからこそ、彼女を手助けしてやろうとする彼らが彼女のその言葉に応じるのもまた必定だった。

 

 

 

「……我が剣は、此処に。『一閃せよ、銀色の腕(デッドエンド・アガートラム)』!」

 

 

 

 輝かしきは黄金の剣閃。対軍絶技と名高いその光は、聖者の奇跡のごとく魔神の炎を左右に切り裂いた。見れば、紋章陣の前に立つのは長身の男性。優男とも取れる顔は、守護の決意に満ちている。

 

 剣閃によって炎が晴らされる。先の男性が炎を切り払うまでに炎を受けていたはずのキャロルの紋章陣は、崩壊どころか更に強い輝きを放っている。

 そこに刻まれしは、輝かしき原初のルーン。大神オーディンが叡智により発掘した魔術刻印は、キャロルの紋章と相乗し極めて強固な防御壁として機能した。

 

「ああ、マスター……御無事な様で、何よりです……」

 

 キャロルと立香の間に、更に人影が増えている。剣を振るった男性に比べれば背こそ低いものの、声音から解る性別を思えばかなりの長身だった。

 どういうことだ、とキャロルがあたりを見回すと、そこに竪琴の音色が響く。アマデウスの歌に似て、それでいて非なるその竪琴は、疲労してたその場の少女たちに癒やしを与える。

 

「やれやれ、全く。これはまた随分と奇妙なことになってるね」

 

 現れた人数は、全部で3人。特殊な術陣──召喚陣の輝きが消え、彼らは立香のもとにと立つ。

 

 

「サーヴァント・セイバー、ベディヴィエール。これよりこの戦場にて、私が貴女を守りましょう、マスター。我が銀の腕にかけて」

 

「サーヴァント・ランサー……ブリュンヒルデ……。マスター、私も一緒で、いいですか?」

 

「サーヴァント・アーチャー、ダビデ。ああ、勿論異世界であろうと僕はやる男さ」

 

 

 カルデアから遠く離れたこの異世界。だが、その異世界と縁深い英霊ならばラインを通じて召喚できる。

 

 立香がこの世界に降り立って数時間。その数時間で、彼ら英霊は世界との縁を確たるものとした。理由は様々あれど、彼らにとってやることは1つ。

 剣を、槍を、杖を。世界を守るため、サーヴァントたちは魔神に武装を向けた。

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