SYMPHOGEAR/Demon's Phonic Order   作:222+KKK

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第3節 正義と悪、英雄と魔(2)

「サーヴァント、って……」

 

 召喚されたという彼らに、響は呆然としたようにつぶやく。

 サーヴァントとして呼び出された彼らは、それぞれ独特な風体をしていた。

 

「おっ、かわいい子ばかりだ。──ああ、君はもしかしてアビシャグ?アビシャグじゃないか!」

「ちょ、なんだよッ!?アビシャグって誰だよッ!?」

 

 開口一番そんなことをのたまい、いつの間にかクリスの側に立つのは、緑の軽装に羊飼いの杖を持つ男性。

 その真名はダビデ、古代イスラエルで常勝の王と謳われた偉大な王……なのだが。

 

「ちょっとダビデ!結構危機的状況なんだから真面目に!」

「おっと怒られてしまった。だがマスター、僕は結構真面目だよ?」

「わかってるけどすごく真面目に!」

 

 逸話でも語られる通り、彼は結構な女好きでもあった。尚、アビシャグというのは彼の老年期の妻の名前である。

 そんな姿に、戦闘中だと言うのに妙に力が抜けてしまう。

 飄々としていて掴みどころもなく、だからこそ周りの心を過度な緊張から解き放つという意味では彼もやはり優れたサーヴァントであると言えるのかもしれない、などと立香はいつもどおり平常運転なダビデにそう思う。無論呆れ半分だが。

 

 一方、そんなダビデに免疫のない装者たちは呆れ半分疑念半分な視線を向けていた。戦士である以上に年頃の少女たちである、是非もない。

 

「……あれが、ダビデ王、か?藤丸の言葉を疑うわけではないが……」

「ったく、あんなんじゃただのエロいおっさんじゃねーかッ!あんなんがゴライアスに勝てたのかよッ!?」

「気持ちは判らなくもないが、こっちとあっちを一緒に考えるべきではないぞ、雪音」

 

 翼はダビデの絡みから逃れてぼやいていたクリスを苦笑しながら嗜める。

 あの態度はどうかと思うが、それでも立ち姿は堂々としたもの。力を入れすぎず抜きすぎずな態勢で魔神に視線を向けている彼を見れば、なんだかんだサーヴァントとして力を有していることは翼には十分把握できた。

 

「それに、他の2人を見てみるといい。まさしく英雄、というに相応しい振る舞いを見せている。ダビデ王とて、いざともなれば我ら同様に戦場に立つ戦士たる姿を見せてくれるだろう」

「まあそりゃあ解るけどよ……」

 

 そういって、クリスは目線をダビデ以外のサーヴァントに向ける。

 一人は騎士然とした甲冑を纏った線の細く見える青年。ただ、あくまで体格にしては細く見えるというだけであり、長身とそれに見合ったしなやかな動きは確かな強さを感じさせる。

 魔神を警戒しつつ、周囲の敵味方を判別し気を配っている姿を見れば、彼が戦巧者な騎士であるとひと目で解る。解るのだが……。

 

「……なあ、ベディヴィエールって誰だ?」

 

 そう、ボソリと呟くクリス。世界史に出てくるギルガメッシュや音楽の授業に出てくるアマデウス、聖書に登場する有名な王であるダビデと違い、クリスはベディヴィエールという名に聞き覚えはまったくなかった。

 どう答えたものか、と翼も己の記憶を探り始めたところで、キャロルが代わりに答えた。

 

「サー・ベディヴィエール。アーサー王伝説に登場する騎士で、隻腕義手だったと伝えられているな。通常の騎士の三倍の力を持つとされるが、他の騎士に比べれば伝承は少ない。歴史自体は他の騎士より古いがな」

「はは、確かに仰る通りです。ですが御安心を。不肖ながらこのベディヴィエール、円卓の騎士に相応しいだけの戦いを見せましょう」

 

 キャロルの解説を否定せず、その上で己の力を示してみせると涼やかな笑みで豪語するベディヴィエール。そんな彼に応えるように、その銀腕が燐光を見せる。

 

「!はい、よろしくおねがいしますッ!」

 

 その姿に映画的なかっこよさを見たのか、響がテンションを上げる。

 気合を入れ直す響をよそに、クリスは召喚された最後の1人である、巨大な槍を持つ女性へと視線をずらす。

 

「で、あんたが……」

「……ブリュンヒルデ、と申します。ワルキューレが長姉、クラスは、ランサーです」

 

 ランサー……ブリュンヒルデの姿は独特なものだった。女学生の制服のような革鎧の上から、複雑な形状の翼を模した甲冑を身にまとっているその姿は先の2人と比べて尚現実離れしたファンタジーな姿であり、その巨大な槍と相まって神秘的な雰囲気を醸し出していた。

 

「あっ、お姉さん……ブリュンヒルデさんも槍なんですか?私のガングニールとおそろいですね!」

 

 ベディヴィエールとテンション高めに会話していた響が、ブリュンヒルデが話し始めたということで会話に入っていく。

 が、そんな懐っこそうな響の言葉にブリュンヒルデはなんとも言えない表情を浮かべた。

 

「あ、あの……そうですね、お揃いというにはちょっと……。武装のレベルが、異なりますので、その……困ります」

『そりゃそうだ。あのね響ちゃん、ガングニール……"大神宣言"は北欧の主神にして彼女の父親であるオーディンの必殺の武装だからね?お揃いって言われてもきっと恐縮しちゃうって』

「そ、そうなんですか……」

 

 ダ・ヴィンチのフォローに、そういうものかと首を傾げながら納得する響。自分の使ってる武装が大切なものである自覚はあっても、凄まじく高位のものである自覚はあまりないようだった。

 なお、ブリュンヒルデの妹達である正式量産機なワルキューレには大神宣言のレプリカが配されており、ある意味ではブリュンヒルデは武装面で冷遇されている。

 

『って、そうじゃないや。ベディヴィエール卿の宝具で相手の攻撃ごと大斬撃をぶちかましたみたいだけど、反応は未だ健在だ!』

「!」

 

 その言葉に、全員が魔神のいた地点を注視する。濛々と立ち篭める砂埃の向こう側、そこにはゆらりと人影が映り込んだ。

 相手方の消耗度合いがわからない内に闇雲な攻撃をするのにためらいがあったか、下手に手を出さずに様子を伺う。

 

 やがて間をおかずに錬金術の緑の光──風の属性の術式により砂埃が吹き飛ばされた。

 

「──我が剣をその身で止めましたか。姿こそ幼けれど、やはり魔神というわけですね」

 

 砂埃の中から、魔神が姿を現す。

 見ればベディヴィエールの絆の聖剣の一撃は大地に浅からぬ割れ目を造り出していたが、魔神が立っていた時点でその割れ目が途絶えており、斬撃を止められたことを否応なしに理解させられる。

 

「だが、無傷とは言えぬようだな?」

 

 キャロルの言う通り、魔神は今までと異なり纏うコートが破れ、その下の皮膚も裂傷が見える。

 裂傷の下からは筋肉や血管ではなく、グロテスクな彩色の眼球が覗いていた。視覚的な悍ましさに思わず響たちは息を呑む。

 

「──成程、エルフナインの身体を操っているとはそういうことだったか……ッ!」

 

 親しい知己が得体の知れない怪物に取り憑かれたという実感がより強くはっきり湧き上がるその姿に、翼が怒りを抑え切れないかのようにそう漏らす。

 装者たちの中で、できることなら彼女の肉体だけでも魔神から開放してやりたいと願わないものはいなかった。しかしエルフナインに取り憑いて離れない現状こそがチャンスであるため、彼女たちにとっては業腹だがこのまま戦い続けなくてはならない。

 言葉に表せない感情を抱きながら、ここからどう戦うのかを打ち合わせんと立香に視線を向ける翼。

 

「わぁ、あのコートって一張羅なんだ……って、なんで魔神柱が詰まってるの!?どういう事!?」

『あー……ちょっと初めて見たね、これは。あとあれは厳密には魔神柱──受肉したソレが詰まってるんじゃなくて、遺体に取り憑いている憑依霊体を一時的に実体化したものだろうね。本来なら伝承上の姿が出そうなもんだけど、魔神柱を辞めて日が浅いのかな?』

「──何?どういうことですか、ダ・ヴィンチ女史」

 

 魔神の様子に慌て、あるいは興味深いような様子で警戒するカルデアに、翼は訝しげな様子を見せる。そんな彼女に、ダ・ヴィンチが手短に説明する。

 本来魔神の因子を継いだ、あるいは魔神を呼び出す依代たる人間は肉体はそのままであることが基本であるらしく、受肉体である魔神柱を召喚するまでは人と変わらない強さ、あるいは強度しかない。

 だからこそ、あの魔神のように薄皮の下に魔神がいるなんてことは基本的にありえない──との説明に、翼は眉をひそめる。

 

「となれば、あれは……」

『ああ。おそらく焼却式を放った直後で宝具を防ぐだけの防壁を展開できなかったんだろう。直撃を受ければ憑依体のエルフナインの肉体ごと両断されかねないから、緊急的に霊体を盾にして損傷を最小限に留めたってことだ』

「……図らずとも、あれが肉体を捨てられないということは証明されたということか。だが、なぜエルフナインの肉体にそこまで執着する……?」

『そっちに魔神の因子を継いだ人間がいるわけないだろうから、そこら辺はなんとも……。鋳造したのはキャロルなんだろう?なにかわかんないのかい?』

 

 ダ・ヴィンチの説明に、キャロルが納得と疑問を同時に示す。が、魔神にはともかくこの世界の事情に疎いダ・ヴィンチは逆に問を返す。

 

「それが判れば苦労はしない。が、エルフナインが自死を選んだことと魔神に関わりがあるというなら、生前から目をつけていたのだろうな。ソレほどまでにあの肉体が重要であるなら、やはり攻撃するのが最善だ」

「あ、やっぱりそうなるよね……」

 

 キャロルの言葉に、若干辛そうに笑う響。同じ見た目のキャロルの顔面をぶん殴ったことのある響だが、どうにもエルフナインは儚いというイメージが付き纏うらしく未だに躊躇している姿を見せる。

 だが、だとしてもやらなくてはならないということも自覚しているのだろう、一歩前へ出て、拳を構える。

 相手が身体を捨てられないということは、逆に言えばエルフナインへの攻撃を全て魔神が代わりに受けんとしているということでもある。霊体である魔神を消耗させれば、取り押さえることも容易になる。下手に抵抗できない内に行動不能に落とし込めれば万々歳、響の望む対話による解決の道に繋がる可能性もあった。

 

「……うん、大丈夫!行きます、援護お願いしますッ!」

「ああ、任せろッ!行って来いバカッ!おいキャロル、てめえもあたしと一緒に後方支援だッ!」

「私は立花に随伴しよう。雑兵デモノイズは私が切り払う、立花は魔神にッ!」

 

 それがわかっているからこそ、辛いことと判っていてもなお、響はその拳に歌を乗せてデモノイズの群れに飛び込む。最初に辛そうな表情を見せた魔神の、その顔をどうにかしたいという思いを抱いて。

 魔神が再び錬金の炎を放ち、デモノイズが簡易的な焼却式を展開する。受ければダメージ必至なソレに、響が突撃することが判っていたであろうクリスがミサイルを反応装甲代わりにとぶつけ相殺していく。

 

「……行動が早い連中だ。それで、貴様らはどうする?」

 

 その様子を、彼女らのコンビネーションにワンテンポついていけなかった立香に尋ねる。訪ねた当人はクリスの指示に理があると考えたのか、錬金術で氷の槍を造り魔神の炎と相殺していた。

 

「え、えーっと……ブリュンヒルデ、ベディお願い!ダビデはクリスやアマデウスと一緒に遠距離から支援ッ!」

 

 援護、と言われてとっさに誰をどう配分するかを決め、慌ててサーヴァントに指示を出す立香。

 

「ええ、それでは……私は、彼女に供しましょう。お父様の槍を担う、最新の槍乙女(ゲイロルル)に」

「それでは私は、あちらの剣を携えた女性の支援に回ります」

「ようし、僕の華麗な竪琴と投石で色んな所が素敵な彼女はきっとメロメロさ!今日の帰りは遅くなりそうだ!」

 

 立香よりよほど軍略・戦意等に溢れていた彼らは立香の指示に即応し、それぞれの立場でやるべきことを決めそれぞれ走り出した。

 ちなみにダビデ以外の面々はダビデのクズ発言に「それはない」と内心で思っていたが、言っても無駄とわかっていたから無言を貫いた。時間消費を恐れた彼らの英断が光る。

 

 

「……くッ!やはり、デモノイズの壁は分厚い……ッ!」

「これじゃ、あの子のところにたどり着けない──ッ!」

 

 先んじて突撃した響たちだったが、指揮者デモノイズとの戦闘時を上回るデモノイズの総数、及び補完能力に手を焼いていた。

 総体がある限り減少してもすぐに補完されるという仕組みを攻略するために、先程はアマデウスの歌による支援があれば十分な火力を用いた。その時はそれで十分だったが、今はそうできる状態ではなかった。

 

「指揮者が、指示、していたッ、時と比べて随分と組織だってやがるッ!」

 

 休む暇なくミサイルを撃ち続け、喉が枯れんばかりに唄っていたクリスがそう悪態をつく。そういう間にもデモノイズは波状攻撃のように攻撃・牽制・演奏を交互に行っている。

 指揮者デモノイズが機械的に群体を操作──指揮していた時は、只々標的に優先順位を定めた上で突撃・攻撃させていただけだったデモノイズは、魔神によって完全な統制下に置かれていた。

 その挙動は彼女たちの知るとある聖遺物による支配を更に強めたような状態であり、こんな状況ながらも相手が魔神であることを強く意識付けられていた。

 

「くそッ!魔神1柱なら指揮力1/72になって貰わねーと算数成立しねーぞッ!」

「ぼやくなイチイバル。オレたちはまだマシだろうが……とにかく前衛が突破できんことにはこっちも崩れるぞ──っと、奴らの援軍もついたようだ、手並を拝ませてもらうとしよう」

 

 キャロルがそう言って、ちらりと後ろを見やる。クリスもそれにつられ流し見ると、そこには先程もいたイスラエル王の姿。

 ただし、先程のように竪琴や杖を構えるわけでもなく、その手には紐のような物体が握られている。

 

「って、マジで投石器(スリング)かよッ!?ダビデ、そりゃ……ダビデならそうなんだろうけどよ、いくらなんでも場違いすぎねーかッ!?そんなんでダメージ出るのかよッ!?」

 

 遠距離に精通しているからか、ダビデの武装を看破するクリス。見慣れない人間が見ればただの紐にしか見えないソレは、ダビデの逸話を形とした手持ち式の投石器である。弾頭となる石は逸話に含まれていないのか、腰にくくられているのはいい感じの大きさのそこらへんの瓦礫である。

 

「ははは、確かに。だけど、投石器は僕のようなただの羊飼いでも十分な威力を出せる武装だからね、下手な剣よりも便利なのさ」

 

 そう言って、ダビデは投石器に瓦礫を装填(引っ掛ける程度だが)する。そして、響や翼に迫るデモノイズを見据え、投石器を構えた。

 

「さあ、意志無き彼らに慈悲は無用だろう──『五つの石(ハメシュ・アヴァニム)』!」

 

 投石器に装填された瓦礫が、高速回転と魔力の高まりに合わせ燐光を見せる。そして、ダビデのアーチャーとして呼び出された逸話の具現、巨人ゴリアテの急所を撃ち抜いたとされる投擲が5発連続で放たれた。

 放たれた瓦礫はデモノイズの群れを貫通し、響や翼の不意を突こうとしたデモノイズを蹴散らした。その光景に、思わず投げたダビデも若干驚く。

 

「──あれだね。魔神柱の霊基が含まれるっていっても、魔神柱に比べるとだいぶ柔らかいと見た」

「そりゃ、ベースがノイズだしな。ノイズって別に頑丈じゃねーぞ」

 

 一部を除いてな、というクリスの言の通り、見た目こそモンスターめいてるノイズだが実際のところそこまで頑丈というわけではない。位相差障壁こそ最大の防御であり、ソレがないノイズは人間大~数m程度なら携行できるレベルの銃器の火力があれば撃破が可能なほどである。

 そしてノイズをベースに作られているデモノイズもまた、如何に魔神柱の霊基を持っているといえども防御力はそこまで向上できるわけもない。

 まして、神の加護をその身に受けたダビデの膂力は見た目に反して高く、ライオンの尾を掴んで地面に叩きつけるといった伝承があるほどである。そんな膂力から放たれた投石に対して、デモノイズの肉体が紙か何かのように撃ち抜かれることは必然であった。

 若干変則的ではあるものの、ダビデの投石はまさにアーチャーの面目躍如……だったが。

 

「……すぐに補完しやがる、か……」

「こっちの状況は来る直前までは知ってたから、まあそうなるだろうなとは思ってたよ。ただ、相手はデモノイズの補完に魔力なりフォニックゲイン?なりを使っているだろうから、補完させるだけでも本体の消耗とか火力減衰には繋がるさ。あとは前衛に援護に向かった2人と合わせて4人。これだけいれば、十分に勝ちに繋がるとも」

「ダビデ王が言うならそうかもしれんな。ジャイアントキリングが出来るものか、期待だけはさせてもらうとしよう」

 

 先程までのダビデ様子からその言葉に信を置くかはともかく、どちらにせよ後方からは援護射撃するより他はない。彼の言葉通りになることを祈りつつ、キャロルとクリスは後方から錬金術やらミサイルやらを打ち放ち続けた。

 

 

「よし、後方支援が来たおかげで幾分か楽にはなったか。あの投石の力強さ、やはりイスラエルのダビデ王なのだろうな」

「うへー、ギアとか使わないでどうやってあんなスピードで投げてるんだろう……っとぉッ!でも、その分相手もこっちに集中してきましたよッ!」

 

 八極拳のようなそうでもないようなアクション映画じみた動きで眼前のデモノイズを吹っ飛ばす響。

 後方からの支援を受け突破速度を速めた響を抑え込むかのように、デモノイズの群れは魔神との間の直線上に分厚く配置され始める。

 防御に回るデモノイズが増えたために、後方への……特にも実質無防備に近い立香への攻撃を減らせはするものの、どちらにせよ突破できなければジリ貧である。

 それを判っていたであろう翼はしかし、焦るどころか不敵な笑みを浮かべている。

 

「案ずるな立花。ダビデ王が雪音たちの支援に回ったということは、残りの2人がこちらの支援に回るということだろう──と、影が差したか」

「影?──ッ、ぅわッ!?」

 

 翼の言葉と同時に、戦闘中の響に文字通り影が差した。沈まんとしている夕日を遮ったのが何かと響が目線を向けたそこに、響の身長を上回る程の大槍が振り下ろされた。

 

「ああ、すみません。邪魔にならないよう、配慮したつもりでしたが……。大丈夫、当たることはありませんから」

「あ、いえいえご配慮どうもどうも」

 

 その槍の上に立つのは、先程召喚されたランサーのブリュンヒルデ。

 響の動きを邪魔せず、かつ的確にデモノイズを減らさんとするその技量に舌を巻く一方、ちょっと小市民的かつユーモアを忘れない性格なのかブリュンヒルデの言葉に丁寧に対応する響。

 

「それでは、これより私たちも支援に入ります。しかし……響さんが最初に突撃したようですが、なにか考えはありましたか?」

 

 ブリュンヒルデとほぼ同着で前線に踏み入ったベディヴィエールは、ここからどうしたいのかを響に問いかける。

 

「……えへへ、実はあんまり……。でも、魔神さんのことも、願いも。私はあまり良くわかってないから……だから、直接聞きたいんです。そのために今は、今だけは拳を握りますッ!」

「ふふ、ええ、ソレでこそ。お父様の槍に認められている貴女の心根、確かに聞かせてもらいました」

 

 無策であることを堂々と語りつつ、それでも尚と己の意志を表明する響。彼女の純粋さに、ブリュンヒルデは優しい笑みを浮かべて小さく頷く。同時に、一旦場を改めんとばかりにルーンを乗せた槍撃で周囲のデモノイズをまとめて吹き飛ばした。

 

「では、私は響さんに力を貸します。ですので、響さんに、そして残りの方々にやっていただきたいことが」

 

 デモノイズの消滅した僅かな空白、その間にブリュンヒルデは前衛組に向かって1つ提案をする。この状況で、響が突破するための彼女に出来る策を。

 

 

「────と、いう手段です。そのために、私と響さんに時間を頂けましたら、と」

「……やりますッ!」

「相変わらず安く請ける──だがその提案、理があると見ました。立花がやると言うなら、事の是非に及ぶべくもない」

「お二方がいいというのであれば、私も協力を惜しみません。ですが、ランサー。その術式、本当に彼女は耐えられるのですね?」

 

 ブリュンヒルデの提示した作戦はに、間髪入れずに飛びつく響。翼は多少考えはしたが、どちらにせよ現状の打破には無茶も必要かと許容する。

 逆にベディヴィエールは若干の難色を示す。ここらへんはベディヴィエールと響・翼のブリュンヒルデのスキル・術理への理解度から反応が別れた形となった。

 ただ、ベディヴィエールの心配についても織り込み済みだったのか、ブリュンヒルデは首を縦に振る。

 

「ええ、彼女ほどの靭さがあれば。それも、他ならぬ大神宣言を纏うなら尚の事です」

「……であれば、了解しました。ですが決して無茶はしないでください」

 

「では、まず我らが時間を稼ぐッ!」

 

 翼が響の前に仁王立ち、より一層の歌声とともにアームドギアを肥大化させる。空中から大地に向けて蹴り放つが故の天の逆鱗を、平時とは逆に大上段から振り下ろした。

 真正面のデモノイズたちが両断され、剣が叩きつけられた余波でその周囲のデモノイズも動きを止める。

 

「これが、この世界の力──シンフォギア。改めて見るとなんとも頼もしいですね。では、私も今一度。『剣を摂れ(スイッチオン)──……一閃せよ、銀色の腕(デッドエンド・アガートラム)』!」

 

 変幻自在なシンフォギアに舌を巻きつつ、ベディヴィエールは再び聖剣を輝かせる。銀の流星が黄金に輝き、横薙ぎの一閃、対軍絶技たる光の刃がデモノイズを蹴散らした。

 

「流石ですね、ベディヴィエール殿。私のような未熟者からすれば、その練成にこそ敬意を払います」

 

 そう翼がベディヴィエールを褒める。翼とて一流の戦士であり、ギアがなくとも常人を逸する程度の戦闘力は持っている。

 だからこそギアなどの肉体補助武装を用いずにこれだけの動きが出来る彼らサーヴァント、正に英雄と呼ばれるだけのその力を持つまでの鍛錬を思えばこその言葉であった。

 

「おっと、私の実力が褒められることはあまりないのでどうにも面映い。さて、それでは彼女たちのためにも戦いを続けましょう」

「ええ。──さあ、如何に"魔"が差しているとはいえ、ノイズごときに我ら2振りの剣を止められるものと思うなッ!」

 

 

 翼とベディヴィエールが前線での奮戦を始めた頃。後方支援組及びカルデア組でも戦いながら策を考えていた。

 

『取り敢えず、響ちゃんが魔神に到達することを目的にしているわけだけど……。どうやら前衛組はブリュンヒルデの作戦を採用したっぽいね』

「ってことは、あたしらはバカを守る先輩を更に支援すりゃいいわけだな?っても、後ろからじゃどっち守るにしろ一緒だけどな」

「それはまあ、そうだな──だが、カルデアのマスター。貴様らはなにか考えがあるようだが?」

 

 クリスはそう呟き周りを見やる。

 後方からあまり細やか過ぎる支援をしようとしても逆に火線が減るだけ、無理に翼やベディヴィエールを優先的に守るようなシフトを取るべきではないというクリスの考えに、キャロルは賛同する。

 そのままダビデ、及び彼女らの更に後方の立香たちに目を向けたキャロルは、立香が何かを考え込んでいることに気づき声を掛ける。

 

「うん。あんまり深い考えでもないというか、私は大雑把なアイデアしか提示できないけど。さっきダビデと念話で相談して思いついたんだ。魔詠対策をダビデにやってもらって、アマデウスは強化支援の音楽を演奏してもらったほうがいいかな?って」

「……何?ダビデが魔詠の対策を取れるのか?」

 

 立香の案にキャロルがダビデを見る。いつもどおり飄々とした態度で石を投げていたダビデは、キャロルやクリスに解るように頷いた。

 

「ああ。君らの治癒のためにと最初に奏でた竪琴は僕のスキルでね。僕の竪琴の音色は悪霊を鎮め精神に安寧を与えるものだ。有り体に言えば、この竪琴の演奏は魔詠に対して特効と言ってもいいだろうね」

「……サウル王の悪霊祓いの逸話か」

 

 キャロルはダビデの言葉に、一つの伝説を思い返す。曰く、ダビデ王はイスラエル王サウルに憑いた悪霊を、竪琴の演奏で祓ったというものだ。

 古代より竪琴は悪霊祓として珍重されており、その逸話から派生したものだろうと納得する。

 

「おっと物知り……って、数百年前から生きてるんだっけか。そりゃ知ってるよね。そう、ソレだよ」

「だが、戦闘要員である貴様を支援に回すほどか?それでは単純に火力支援要因が減るが……」

 

 キャロルが疑問を浮かべる。

 立香もソレを考えたらしく、まだ悩んでるんだけどね……と前置いて話し始める。

 

「ほら、クリスもキャロルも砲門が多いでしょ?で、ダビデは石を拾って投げ拾って投げだから効率良い訳でもないし、言っちゃあれだけど居ても居なくてもデモノイズの殲滅にそれほど貢献できなさそうと言うか……」

『事実かもしれないですけど言葉を考えてください先輩!』

 

 身も蓋もない立香の言葉に、確かにと考えるクリス。

 ダビデの投石はその精度・威力は成程大したものであり、アーチャーを名乗るだけはあるとクリスは感じていた。

 だが、装弾数の少なさとリロードの手間、そして何より一発の攻撃範囲が狭すぎるというのも理解していた。

 

「……まあ、な。伝説通りなら、アンタのソレって要するに対人用だろ?いやゴライアスは巨人らしかったから対人って言って良いもんかは人権団体に任せるけどよ。ただ、ソレは群雀を相手取るようなもんじゃないわけだ」

「そうだね。デモノイズってそこまで固くないから宝具並みの火力は必要ない。かと言って僕の前線適性はそこそこしか無い。火力要因としては役者不足なのさ」

 

 クリスの言葉を肯定するダビデ。そして、ならいっそ演奏に手を塞がれているアマデウスに代わり自分が魔詠を防ぎ、アマデウスに装者たちを純強化してもらうほうが総合的な火力が上がると見込んだのだ。

 

「──良いだろう、確かにこのままやるよりかは勝率が高そうだ。ガングニールが勝てるかはわからん以上、少しでも勝率を上げるに越したことはないか」

「だろう?ああ、ちなみに本来は演奏中は槍の命中率がだだ下がるけど、そこはまあ必中の魔槍なわけだし。ブリュンヒルデはちょっと気になるけどし、ガングニールの子……響ちゃんだったかな、彼女のサポートに専念するみたいだし大丈夫さ」

 

 微妙に仲間に気を使ってないダビデはそう言って、魔力で編んだ竪琴の弦を弾き始めた。

 竪琴の名手らしくアマデウスのリズムに更に調和するように奏でられているソレを聞いて、アマデウスの歌と調子を合わせていた装者たちもリズムをダビデの竪琴に合わせ始めた。

 見ればブリュンヒルデたちの準備も出来たようで、一旦配置を仕切り直すにはいいタイミングとなった。

 

「さて、あとはガングニール次第か。どうにか抑え込めるといいが──」

 

 前衛をすり抜けてきたデモノイズを錬金術で吹き飛ばしたキャロルは、期待半分に響たちの策が成功するように祈った。

 

 

「……鬱陶しいものだ。物量に徐々に押されているだろうに、よくもまあ只管に粘る」

 

 槍と剣の進撃に弓の援護。その向こうからは魔詠を中和するようにと編まれた音色が鳴り響く。

 想定を外した敵対、想定以上の抵抗。既に統括局はなくただ一柱の魔神となったソレは、未来予測を悉く乱す彼女たちと精度の落ちた自身の予測能力に辟易していた。

 

「そして、だからこそ。貴様らは私を踏破するための某かを持ちうるのだろう。──だからこそ、ソレを否定する。否定させてもらう」

 

 そして、それでいて尚その魔神は彼女らを見下してはいなかった。

 音楽を司る魔神たるソレは元来から人に対しそこまで苛烈なパーソナリティを刻まれてはおらず、むしろ人の手助けをする立場として構築された魔であった……あくまで相対的には、という程度だが。

 そのためか彼女らを人間だからと侮ることもなく、油断なく戦場を見渡す。

 そうなれば自ずと装者・サーヴァントたちの行動から誰が鍵かが理解出来る。魔神はブリュンヒルデと響きに視線を合わせ、そのまま自身の前にデモノイズを集中させる。

 

「こンの野郎ッ!?この期に及んで穴熊決めるのかよッ!」

「……いや、違うッ!立花、逃げろッ!」

 

「思えば当然だ。私と意思を疎通するなどと宣う愚者であればこそ、私の理解を超えてしまうものだ。だが、それも終わりだ」

 

 デモノイズの演奏が最高潮まで高まる。小型のデモノイズに至っては生産するフォニックゲインに耐えきれずにその素体が崩壊するほどに。

 そしてデモノイズの補完機能を一時的にカットすることで、崩壊したデモノイズが生み出したフォニックゲインはそのまま指揮者デモノイズへと蓄積されていく。

 魔神が土壇場で標的を立香から変えたことにも、装者・サーヴァントたちは迅速に反応する。少しでも多くのデモノイズを減少させようと攻撃するも、デモノイズたちの正面に膨大な魔力で編まれた錬金術の障壁が展開される。

 先程までは影も形もなかったその防壁に、彼女らの攻撃のほぼ全てが弾き返された。唯一ベディヴィエールの聖剣を対人規模に収束させた一撃が障壁を破壊するも、その後ろに展開されていた二重の障壁によって防御されてしまう。

 

「これは──ヘルメス・トリスメギストスッ!?馬鹿な、あの術式が事前準備もなしに……ッ!?」

「準備なら、副次的に終えている。錬金術、占星術、降魔術。そのどれもが、我らにとっては馴染みが過ぎるもの。事を成さんとするならば、その場を最適に整えるのは当然だろう」

 

 魔神がそう言ってキャロルを嗤う。その程度のことに手こずるようなことなどありえないと、魔術の源流たる呪いは言外に語っていた。

 事実、それはかつてのキャロルが編み上げたモノを大きく上回る頑強さを持っていた。魔神と讃えられたソレはその叡智を余すことなく利用し、従来の術式をも遥かに上回る精緻さを持った三重防壁を構成するに至っていた。

 

「まさかこれほどまでとはな……。だが、選択を誤ったな」

「──何?」

 

 己の力を過不足なく評価し誇る魔神に、キャロルはため息とともに告げる。

 その言葉に含まれたキャロルの嘲りとも同情ともつかない感情に、魔神は笑みを潜める。

 

「聞き捨てならないな、何が誤りなものか。貴様などと異なり、我が選択に誤謬などありはしない──貴様らの足掻き、ここで潰えさせてくれるッ!」

 

 その言葉とともに、ついに指揮者デモノイズ以外の全てのデモノイズがフォニックゲインへと還元される。

 そこに宿るフォニックゲインは膨大。その全てを燃料と変え、1つの術式──先程までの焼却式とはまるで規模の違う炎が展開される。

 かつてキャロルが魔神と遭遇したときに受けた一撃、それを更に強化させた絶死の業火が放たれんとしていた。

 

「斉唱の時、来たれり。──さあ、聞くがいい、魔の響きをッ!」

 

 

── 焼却指揮 アムドゥシアス ──

 

 

 それこそは、魔神──音楽魔、アムドゥシアスの名を冠する炎。正しく人理焼却の成し遂げた魔神の眼光の再現。

 周囲のデモノイズの歌を束ねた一撃は、奇しくも響の力のソレに似る。虹の如き極光を放つ灼熱は、響とブリュンヒルデを焼き尽くさんと放たれた。

 

 

「──だとしてもッ!私たちの願いは、想いは──歌は消えないッ!燃えないッ!潰えないッ!」

 

 

 目前に迫る絶望を前に、だとしても、と高らかに謳い。立花響は臆さず拳を突き翳し──炎も結界も、そして指揮者デモノイズすらも無意味とばかりに響の拳は全てを撃ち抜いた。

 輝くその拳には、北欧の神秘たるルーンの光が煌々と存在を示している。18のルーンを以て構築された上級宝具すらも防ぎきるであろう防壁が、立花響の拳を起点として展開されていた。

 

 曰く、ガングニールの穂先にはルーンが刻まれており、その輝きはあらゆる鎧を貫き敵手に届くとされている。

 伝承の通り、ガングニールの穂先──立花響のアームドギアたる拳に刻まれた18の原初のルーンにより、彼女はこの場に至って、通常時を遥かに超える貫通力を獲得していた。

 

 最短距離を一直線に突き抜けた拳は、あまりの事態に動きを止めていた魔神の鳩尾に盛大に突き刺さる。

 凄まじい速度に脱出も叶わずにもがく魔神ごと響は突き進み、拳が刺さるその矮躯を背後にあったビルに叩きつけた。

 

 

「……言ったろう、選択を誤ったと」

 

 瓦礫の向こうへと沈む魔神に何かを思い出したのか、キャロルが何処か痛快そうに吐き捨てた。

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