怪人達の冥界事情   作:ヘル・レーベンシュタイン

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とうとう最終話を迎えることができました。
思い返してみれば、私し自身の執筆の楽しさを思い出すための作品でした。しかしそんな作品であってもブックマークや評価をしてくださる方がいてくれて本当に嬉しかったです。



最終話 一撃男

「では行くか。」

 

クリームヒルトが城の門を潜ると、自分のいる世界から乖離する感覚があった。星を超え、宇宙を超え、そして全く未知の領域へと飛翔していく。正に文字通り時空を超えていき.....気が付けば、全く知らない荒野の大地に立っていた。

 

「ここが、あの怪人達がいた世界か。」

 

周りにはあまり人がいる気配が感じられなかった。しかし、数km先の場所に大型の都市が見えた。近くにあった看板を見てみると『ヒーロー協会本部』と書かれている。

 

「あそこかもしれないな。」

 

そう呟き、クリームヒルトはサイタマを探すためにヒーロー協会本部へと向かった。しかし周囲には強固なゲートがあり、明らかに監視カメラが接されていた。姿を見られるのはまずいと判断し、霊体化して潜り抜けることにした。そして人の見られない路地裏で霊体化を解除して街中へと出る。

 

「街の様子は....シズノ達の時代とほとんど同じか。」

 

街の雰囲気はクリームヒルトが一度訪れた21世紀の日本とよく似ていた。そして周りにいる人々の服装もほとんど同じタイプだった。

 

「あの男は....」

 

ふと、クリームヒルトが街を歩いている人々を見続けていると、見覚えのある男の姿を見掛けた。かつて自分の城に流れ込んできたキングという男だ。パーカーのフードで顔を隠しているものの、あの特徴的な傷があるので確信へと至る。クリームヒルトはキングのいる場所へと歩み寄る。

 

「すまない、そこの男よ。少し話をしたいのだが良いかな?」

「.....誰だ?悪いが俺は急いでいるので....」

 

キングは声に反応し、ゆっくりと振り返る。その風貌と古傷から放たれる威圧感は、常人であればどうしても萎縮してしまうだろう。例え怪人であろうとも、低級レベルなら即座に退散するほどだ。

 

「ああ、そう時間は取らない。とある人物についてだが....」

(あれ?大抵の人ならこれで逃げるんだけどな....というか、この人なんか見覚えがあるような.....)

 

しかしキングのそんな威圧的な雰囲気を歯牙にもかけず、クリームヒルトは至って平静な態度で話を進めようとする。そんな彼女にキングはどこか違和感を覚えた。そして、彼女の顔を見てどこか既知感を覚え始めた。

 

(.....ッ!待て、この記憶は.....確かサイタマ氏の家で鍋を食べた時の、あ、あああああぁぁぁぁぁぁッ!)

 

その瞬間、キングは思い出した。意識を飛ばされた影響で冥界へと飛ばされてしまった事を。幸いにも冥界の怪人達に襲われることもなく、どうにか最奥の玉座にいるクリームヒルトと邂逅を果たし、無事元にいた世界へと戻ることができたのだ。

 

「あ、あ、あ、貴女ムグッ!?」

「.....思い出せたようだな。だが、ここは人が多い。どこか静かな場所で話をしよう、良いな?」

 

キングはあまりの衝撃に叫び声を上げそうになるものの、その刹那にクリームヒルトは手でキングの口を押さえた。そしてキングはクリームヒルトの提案に対して頷き、人の少ない公園へと案内した。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして少し歩いた先の公園にて。

 

「はい、どうぞ。」

「うむ、感謝する。」

 

キングは自動販売機で買った缶コーヒーをクリームヒルトへと渡す。それを受け取り、ひんやりと冷えたアイスコーヒーを口へと流し込む。

 

「うむ、美味しい。」

「それは良かった.....しかし驚いたなぁ。まさか夢での出来事が本当だったなんて。しかし出会った本人と現実で出会う羽目になるとは....」

「事実は小説よりも奇なり、とでも考えてしまったか?驚かせてしまったのは申し訳ないが、私もこの機会は逃すわけにもいかんのでな。」

「ああ、サイタマ氏に会いたいんだっけ?もちろん俺なら案内はできるよ、俺も向こうでの恩返しもしたいし....」

「それは助かる、感謝するよ。」

 

約束を覚えてたキングに対し、クリームヒルトは感謝の言葉を告げる。しかしどこか楽しみな雰囲気を出す彼女に対し、キングはどこか不安を覚えていた。当然、目的の人物がサイタマだと言うことだ。

 

「あの.....もしかしてだけど、やっぱサイタマ氏と会いたいのは、お手合わせをするため?」

「うむ、そうだが?」

 

キングが恐る恐る投げ掛けた質問に対し、屈強な笑顔を浮かべながらクリームヒルトは返事をした。キングはショックのあまり目眩をしてしまう。

 

「あ....えっと.....サイタマ氏がとても強いのは知ってるよね?」

「実際に現場を見たわけではないが、彼が倒したと聞いた怪人を見てると大体はその強さを察せられる。」

「.....怪我じゃ済まなくなるかもよ?」

「だろうな、故に覚悟は済ませている。元より無傷で帰れると楽観はしてないよ。」

(あ、これはダメだ。説得できる余地がなさそう。)

 

キングは説得は無意味だと悟ると、一気に缶コーヒーを飲み干し、ゴミ箱へと捨てる。そして覚悟を決めてクリームヒルト の方へと向き直る。

 

「覚悟は決まってると言うなら分かった、サイタマ氏の部屋まで案内するからついて来てくれ。」

「うむ、分かった。」

 

クリームヒルトは頷き、立ち上がってキングの後へとついて行った。

 

 

 

 

そして、104号と書かれた標識のあるヘアの前へと到着した。

 

「ここがサイタマ氏の部屋だよ....今呼ぶね。」

「うむ。」

 

キングはドアの隣にあるインターホンを押した。ピンポーンと音が鳴り、その後に部屋の中からドタドタと歩いてくる音が聞こえ、ドアが開いた。

 

「はーい....キングじゃねぇか。それと....誰だ?」

部屋から出て来た男は、まず目立つ特徴として頭がハゲていた。しかしそれ以外は至って平凡な男性で、歳はクリームヒルトとあまり差は無さそうだ。しかし同時に、その身体から漏れるほどの膨大なエネルギーをクリームヒルトは気付いてしまった。まるでこの男には神が宿っているのかと錯覚するほどに....

 

「やあサイタマ氏、この人がサイタマ氏のことを探してたから案内したんだ。」

「はぁ、俺のことを探してたねぇ.....マスコミの取材か何か?」

「いや、それは.....」

「貴様がサイタマか、私の名はクリームヒルトと言う。単刀直入に用件を言うと、貴様と手合わせを願いたい。」

「.....はぁ?」

 

口籠るキングに察し、クリームヒルトは自ら自分の要件をサイタマへと伝えた。それを聞いてサイタマの目が点となる。

 

「あーその、喧嘩がしたいのか?悪いけど俺はヒーローだから、一般人との喧嘩するわけにはいかねぇよ。」

「心配するな、私はここで住んでいる一般人ではない。それに普通の人間ではないよ。」

「マジ?いや、だとしてもなぁ......まあいいか、ちょっとだけだぞ。」

 

少し悩んだ表情を浮かべたものの、サイタマは彼女の腰にある剣へと視線を移す。そして溜息をしつつ了解する。

 

「決まったようだね、じゃあ俺は戻るから。」

「おう、じゃあな。」

「ではな、ここまで案内してくれて感謝する。」

 

キングは話がついたと判断し、自宅へと戻ることにした。そしてサイタマとクリームヒルトは別の場所へと移動をする。

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく歩いていると、2人は建物も人の気配もない荒野だった。そこでついにクリームヒルトとサイタマの対決が始まるようだ。ある程度の距離を取り、両者が向き合う。

 

「ここでなら誰も巻き込まずに出来るだろ。じゃあ、お前から始めていいぜ。」

「ほう、私から攻撃をしてもいいのだな。」

 

サイタマは敢えて彼女に先手を譲り、実力を測ることにした。これは相手を舐めていると言えるかもしれないし、実際そうかもしれない。しかしサイタマからしたら初対面の人物なので、どれほどの力を持っているのかわからない。そのため、そのような行動を選択したのだ。

 

「では.....行くぞ。」

 

その言葉とともにクリームヒルトは腰の剣を抜き、サイタマへと接近しながら刺突を放った。サイタマは少し驚いた表情を浮かべながらそれを回避する。

サイタマに直撃する事はなかったものの、まるでサイタマの隣に台風が発生したかのように砂埃を巻き上げ、地面に底が見えないほどの亀裂を発生させた。

 

「....なるほどな、お前が強いことはよくわかったよ。」

 

サイタマは至ってほぼ無表情であるものの、彼女の実力を察してかより強い緊張感を纏っていることが窺える。そして今度はお返しと言わんばかりにサイタマが接近し、力を込めたパンチを放つ。

 

「ほう....」

 

クリームヒルトは咄嗟に両腕を交差させてガードする。パンチが直撃した瞬間、激しい爆発音が発生しクリームヒルトは数メートルほど後退してしまう。パンチを喰らった瞬間、まるで強力な電撃が発生したかのように腕が痺れ、身体中の血液が攪拌されるような感覚を覚えた。ガードした腕からは熱が発生し煙が上がっていた。これほど強力なパンチを無防備に受けてしまえば、どうなってしまうのか彼女自身ですら想像が出来なかった。

 

「なるほど、これは驚いた。特に異能を身に纏っていない人間が、これほど強力な力を宿しているとはな。」

「あ?そりゃ俺は人間だからな。改造人間だとか、狼に育てられたとか、そんな珍しい過去はねぇぞ?」

「そうであろうな....だからこそ、興味深い。」

 

そう答えながらクリームヒルトは笑みを浮かべ戦闘を再開した。両者とも純粋な力と力のぶつけ合いで、辺りに破壊を撒き散らす激しい戦闘が繰り広げられている。突き出された拳を回避すると最後の崖が更地となり、剣戟を避けると大地に亀裂が走り両断される。まさに自然災害を連想されるような力場が発生していた。しかし暫くすると、戦況に変化が起きた。

 

「まずは厄介なこれから.....だなッ!」

 

サイタマの拳がクリームヒルトの剣に直撃した。彼はこの戦闘が始まってから、彼女の剣のせいで中々自分の間合いに入れない鬱憤を感じていたのだった。同時にサイタマはあの剣に直撃すると何かやばい気がすると本能で感じていたため、確実な回避することに徹していたのだ。故にまずは武器破壊を優先することにした。そして遂にそれが達成された。剣は鈍い金属音を鳴らしながら、持ち主の背後数十m程の場所へと飛んで行った。

 

「よっしゃ、いただき。」

 

遂に掴んだ好機、それを逃す手はないだろう。自分の得意な間合いへと踏み込めると確信しつつ、パンチを彼女の前に突き出そうとしたその時だった。

 

「ッ!?」

 

不意に顎から何か熱い感触が伝わってきた。揺れる視界、ジワジワと顎から感じる痛みがサイタマの体全体を疾走する。無敵だったはずのサイタマの肉体にダメージが入る。

これには理由があり、クリームヒルトの身に纏う死の概念がサイタマの肉体を貫通し、ダメージを与えているのだ。しかしそれでも致死に至らないあたり、サイタマの異常な頑丈さも伺える。

 

「すまんな、別段騙すつもりはなかったのだが.....しかし隙だらけの相手を狙わない道理はあるまい?」

 

クリームヒルトのサイタマへ放った一撃はアッパーカットだった。彼女は基本的には剣を使用して戦うが、徒手空拳でも戦うことが可能である。故に武器の有無は大して関係なく、素手で殺戮技巧を繰り出すことができる。

加えてサイタマがパンチを放とうとしたポイントは顔だったため、当然視界も体の向きも顔面の方へと向く。そのため目から下の視界はほぼ死角となるため、アッパーのよう下から上へと流れる攻撃にはほとんど対応できなくなってしむうのだ。

 

「ヅゥッ、あービックリした....,」

 

不意な攻撃にタタラを踏むも、サイタマは何とか体勢を立て直す。視界も回復し、感じてた痛みも少しは引いてきた。そして口元を拭うと、赤い何かがスーツに付着していた。

 

「....血?」

「私のアッパーで口の中を少し切ったようだ。」

「あー.....そういうこともあるんだな。」

「....随分と他人事だな、傷を負ったのはお前だぞ?」

「え?あ、ああ....そうだな。」

 

実のところ、サイタマはプロのヒーローになってからほとんど血を流すような経験はなかった。独自のトレーニングを始め、怪人達と戦い始めた頃はともかく、徐々に強くなるにつれて損傷を負うことが少なくなっていたのだった。加えてプロヒーローになってからは皆無である。故に今回の様に血を流したことなんて、果たして何年ぶりであろうか.....

 

(そういやヒーロー活動始めたばっかの頃は、よく怪人にボコられたこともあったなぁ....)

「まあ良いだろう....続けるぞ。」

「....おう、全力で来い。」

 

サイタマはどこか懐かしい感覚を抑え、再び闘志をその身に宿す。このまま戦闘を続けたら自分がどうなるのか分からない、そんな感覚をあまりに愛おしく感じてしまう。

疾走し、放たれる拳は両者ともタイミングが重なり、交差した拳が両者の頬へ突き刺さる。

 

「ッ!?」

「ガァッ!?」

 

空間が歪むほどの衝突と共に、両者共に吹き飛んで地面に倒れ込む。クリームヒルトは口から、そしてサイタマは鼻から血を流していた。しかし2人とも不敵な笑みを浮かべながらその場から立ち上がり、再び向き合って戦闘を再開する。

ここからは激しい拳の応酬が繰り広げられた。そこには細かい技術や意表をつく様なフェインドなどは無く、お互い共に全力の一撃を何度も何度も相手に叩き込むことを繰り返していた。

 

「へ、へへ....中々やるじゃねぇか、アンタ....」

「フフ、貴様こそな....これは、予想以上だ....」

 

共に血塗れ、視界が時々血で遮られるものの、構わず前方に向かって全力で拳を振るう。お互い拳の届く距離で戦闘していることを感覚で理解しているため、例え見えなくても関係ないのだ。躱されることよりも、殴られた分だけそれを上回る威力の拳を出すことに専念している。

 

「オォォォォォッ!!」

「ッ.....ガァッ!」

 

故に徐々にであるが、拳の威力がお互いに高まっていく。サイタマの無造作に放ったパンチはボディーブローとなってクリームヒルトの腹部に突き刺さり、内臓や骨が砕け、口から血煙を吹き上げる。

クリームヒルトは接近戦特化のスペックをしており、当然ながら頑丈さや回復力も桁違いだ。しかしサイタマの驚異的な破壊力を前に、彼女の肉体が悲鳴を上げる、

 

「まだ....だッ....」

「ごはぁッ!」

 

追撃としてサイタマが振り下ろしの一撃を放とうとした瞬間、お返しとばかりにクリームヒルトは裏拳を繰り出してサイタマの頭部を殴り飛ばす。本当に頭蓋骨が粉砕されたかと思うた瞬間、サイタマの視界が暗転し、体勢を崩して地面に転がってしまう。

 

「ハァ....ハァ....」

「ガッ....フゥ....」

 

ここまでの戦闘を振り返ってみると、クリームヒルトとサイタマの戦闘は一貫して純粋な殴り合いである。他のヒーローや戦士の様な高度な技術の応酬や、相手の裏を突く戦術や戦法などが皆無な血生臭い肉弾戦だ。これが常勝無敗のプロヒーローと、人の無意識が生み出した人類の代表者などとは思えない野蛮な戦闘と感じてしまう人物がいてもおかしくないだろう。

 

「.....へっ」

「ふふ.....」

「ああ、おもしれぇな....こんな緊張感、ずっと忘れてたぜ.....」

「それは何よりだ....私も、こんな経験を得られるなんて思いもしなかった。」

 

しかしクリームヒルトとサイタマは笑っていた。サイタマは、これほどまでの緊張感や高揚感に喜びを覚えていた。それこそまさに、夢にまで見た憧れの戦場と言えるだろう。

一方でクリームヒルトは、別世界とはいえ人間の中に異能を得ることなくこれほどまでの戦闘力を得た人間がいた事に感心していた。その様な人間を相手に全力で戦えるなど、まさに貴重な体験であり、脳裏に焼き付けるまで戦い続けたいとまで思っていた。

 

「感謝するぞサイタマ、この様な貴重な経験を与えてくれて。」

「馬鹿野郎、それはこっちのセリフだ。この瞬間までヒーローを続けていて本当に良かったと思えるぜ....」

「おいおい....そのセリフを言うのはまだ早いのではないか?戦いはまだ続いているぞ。」

「あ?そりゃそうだが....おい、何をするつもりだ?」

 

クリームヒルトは剣のある場所へと歩いていき、剣を拾い上げた。そして再びサイタマのいる場所へと戻ってくる。

 

「さて、もう少し純粋な力比べをするのも悪くないが....ずっと同じことを続けても仕方あるまい。」

「まあ確かにな、血塗れのままじゃジェノスを驚かせてしまう。」

「故に、そろそろ決着をつけようと思う。覚悟は良いか?」

「.....ああ、良いぜ。」

 

クリームヒルトのその言葉を聞き、サイタマは今までにない程に眼光を鋭くした。これから放たれる一撃で勝負が決まると確信していた。

そしてクリームヒルトが剣を前へと掲げると、彼女から放射状に純度の高い死が流出した。

 

「ッ!?オオッ....ッ!?」

 

サイタマにとっては、それはまるで途轍もない嵐が目の前で急に発生した様な感覚だった。純化された死の概念がサイタマの肌を射抜き、削っていく。しかしそれでも、サイタマは気力を振り絞ってそれに争った。

耐えろ、耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ....と心中で無心で叫び続けた。なぜならこれでまだ終わりなはずも無いのだから。間違いなく本命が後から出てくるのだとサイタマは確信していたのだから。

 

終段顕象(Dags ansuz)ーー高き者の箴言(Hávamál)

 

そしてサイタマの予想通り、本命たる神格がクリームヒルトの背後から顕現した。漆黒の鎧を身に纏ったこの戦神が、サイタマへと視線を向ける。

 

「....面白ぇ、簡単にやられてくれんじゃねぇぞ。」

「大した男だな....」

 

サイタマの頭から頬へ汗が垂れ落ちる。目の前の神格と目を合わせた瞬間、過去最高の緊張感が走ったものの、サイタマはそれを笑ってごまかす。

その様子を見ていたクリームヒルトは思わず苦笑を漏らしつつ感心していた。ああ、この男ならどうあれ納得のいく結果を出してくれるかもしれない.....と、期待を込めて剣を振り下ろした。それと同時に背後の死の戦神は死の大槍をサイタマに目掛けて投擲した。

 

「ーー」

 

その槍の纏う神威は、破壊ではなく静謐な死のみ齎す一撃である。たがその範囲も威力も、クリームヒルトが今まで放った攻撃のどれよりも上回っている。

その神威を前にサイタマは、ただ呆然と立っているだけだった。

 

(あ、これ死ぬわ。)

 

サイタマの脳内では、その様な一言だけが残っていた。例え地球を一周して回避しようとしても、この槍は自分が死んで敗北までどこまでもついてくるものだと無意識に実感してしまったのだ。そう、生きていれば必ず死ぬ。クリームヒルトの召喚した神格は、その真理を如何なる存在であろうとも掻き立てる存在である。それは例えサイタマと言う超人であろうとも例外では無い。そして遂に槍がサイタマの心臓へ直撃しようとした刹那。

 

「.....なんて、そのまま死ぬわけねぇだろうがァァァァッ!!」

 

サイタマは死への反応を気力で振り切って、自身の絞り出せる全力の一撃を槍へと叩き込んだ。認めない、認めない、まだ俺は死ぬわけにはいかない......その強固な意思を拳へと宿らせ、歯を全力で食いしばって槍を粉砕した。それはまさに一撃必殺.....即ちワンパンチと評することができるほどの威力だった。

 

「_____ッ」

 

そしてサイタマの放った拳のエネルギーは槍を破壊するまでに止まらなかった。その余波はクリームヒルトと神格のいる場所まで到達し、まるで暴風に舞う葉のように吹き飛ばした。当然ながらクリームヒルトに膨大なダメージを与え、その影響で召喚された神格も泡沫の夢のように消滅した。

余波が治った頃にはクリームヒルトは地面に倒れ、立ち上がる様子もなかった。よってこの決闘は、サイタマの勝利で幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

「よう、生きてるか。」

「....ああ、私なら問題ない。」

 

数分後、サイタマはクリームヒルトの元へと歩み寄り、安否を確認していた。クリームヒルトはしっかりと生きており、その様子を見たサイタマはホッと胸を撫で下ろした。

 

「なら良かったぜ....つい全力でパンチを出してしまったからよぉ、もしかして殺してしまった!?と思ってしまったよ。」

「ははは、それは正直私も思い掛けたよ。あれほどの一撃は今まで喰らったこともなかった....意識が途切れ死に掛けた感覚も一瞬実感している。」

「マジかよ....今後は気をつけねぇとな。」

 

クリームヒルトの言葉を聞いてサイタマは思わず青ざめてしまった。サイタマはヒーロー活動の一環で怪人達をその拳で何度も粉砕しているが、例え犯罪者相手でも殺すためにその拳を振るったことはない。ヒーローとして殺人は許容できないのだろう。

 

「ま、とりあえずアンタとの手合わせはスゲェ楽しかったぜ。ありがとうな。」

「ああ....それはこちらこそだ。貴重な体験を与えてくれたことに、本当から感謝している。」

 

サイタマはうっすらと笑顔を浮かべながらクリームヒルトと握手をした。それに対してクリームヒルトも微笑みを浮かべながら握手を返す。

 

「俺さ.....もう少しヒーロー活動を頑張ってみるよ。」

「ほう、と言うと?」

「プロのヒーローになってそれなりに貰えるのは良かったんだけどよ、正直いつ辞めても良いやって思えるほど執着がなかったんだよ。だってどんな敵も殴ったらすぐ終わってしまうからよ....」

「....なるほど、すぐ終わってしまうあまりに退屈を覚えたわけか。」

「そうそう.....けど、アンタと出会ってその考えは改めた。世界は広いんだなぁ.....て。もしかしたら、アンタみたいに強い奴と出会えるかもしれねぇからよ。」

 

そう語るサイタマは、どこか少年のように夢と希望に満ちた表情で語っていた。その様子を見ていたクリームヒルトは笑みを浮かべながら言った。

 

「お前がそう感じるのならば....きっと可能性はあるのかもしれん。手合わせをした同志として、祈っておこう。」

「ありがとうよ、感謝するぜ。」

 

 

 

「さて、そろそろ私は戻ろうとしよう。さらばだサイタマ、私はお前と出会えたことに本当に感謝している。」

「おう、それは俺もだ。じゃあな、また機会があれば手合わせしようぜ。」

 

そう手を振り合いながら、2人は別れを告げて自分の場所へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日

 

「先生、もう傷は大丈夫なのですか?」

「おう、傷を塞いで一晩寝たら治ったぜ。」

 

サイタマは弟子であるジェノスと街中を歩いていた。クリームヒルトとの戦闘を終えた後、サイタマは帰宅すると中にはジェノスがいた。傷だらけなサイタマの姿を見て、まずジェノスは物凄い勢いでサイタマへ応急措置を施した。そしてそれを終えた後はものすごい剣幕で何があったのかサイタマから根掘り葉掘り聞こうとした。結局サイタマが口を開くことはなかったが....

 

「先生、何度も聞きますが結局何があったのですか?」

「いやだから、何度も聞くんじゃねぇよ。あれだ、ちょっとしたトレーニングだよ。」

「そのトレーニング方法を是非教えてください!」

「いやお前サイボーグだからトレーニングしても仕方ねぇだろ。」

 

と、このように何度もサイタマから何があったのか聞こうとしていた。サイタマは説明したところで、初対面の他人と血が出るほど手合わせをしたと聞いたらジェノスが暴走しそうな気がしたので話そうとしなかった。

 

「いや、先生のトレーニングであればなんであれ俺の力に....」

「うわぁー!」

「逃げろー!遠くの方から化け物が来るぞー!」

「と、どうやら怪人みたいなのが現れたみたいだな。」

「先生ッ!」

 

ジェノスとの話をしていると、街中から悲鳴が上がって多くの人が避難をしていることに気がついた。

しかしサイタマはすぐに人々が逃げてる方向とは真逆の場所へと走り出した。その先に怪人がいると分かっているからである。

 

「グハハハハハ!我は千年龍、天と地を支配せし龍神である!愚かなら人間どもよ、我に貢物を捧げよ、さもなくば人間のいる土地を全て我が神火をもって焼き払ってくれようぞ!」

「おーおー、神様が随分と穏やかじゃねぇことを言ってくれるじゃねぇか。」

「む、なんだ貴様は。」

 

サイタマの目に映ったのは、サイタマの住む街をとぐろを巻いて包み込めそうなほど巨大な龍の姿だった。

その龍の姿を見てサイタマは不敵な表情を浮かべる。

 

「貴様、僧侶の類か?」

「俺は坊さんじゃねぇよ!絶対頭を見て判断したろ!?」

「そんなことは知らんわい、それよりも貢物を寄越せ。さもなくば殺す。」

「畜生...テメェのその巨大な口に俺のパンチを突っ込んでやろうか?」

「ほう、人間の貧弱な拳で我を粉砕すると?面白い、やってみるがいい!」

「....良いんだな?」

 

サイタマはパンチを放つ体勢をとった。その姿を見て千年龍は、高笑いをあげた。サイタマの姿があまりに滑稽に映ったのだろう。龍神があまりに無防備なので、サイタマはパンチを放とうとする。

 

「ふははははは!その貧弱な拳で一体何がなせると言うのだ!精々虫の1匹をころグハァァァァァァッ!?」

「.....え?」

 

パンチが直撃した瞬間、サイタマの拳はまるで綿菓子に手を包まれたかのような感触に包まれた。クリームヒルトと対決したかのような質のあるぶつかり合いとは程遠い、あまりにも柔らかすぎる感触だ。サイタマはあまりのギャップにワナワナと震えた。

 

(まただ....またワンパンで終わってしまった!)

 

無い、無い、無い.....全く無い!高揚感や緊張感、そして達成感も何も得られなかった。残っているのは目の前で強そうな敵が一発で倒されたと言う結果だけだ。そのようなもので、サイタマは満足できるはずもなかった。

 

「くそったれぇええええええええええ!!」

「先生!大丈夫ですか、先生!!」

 

後にサイタマはクリームヒルトを探し出そうとするも、そもそも彼女と連絡先を交換していない事実に今更ながら気が付いた。そして知りあいの人や一般な人たちに彼女の特徴を伝え、探し出そうとするも結局見つかることもなかった。当然ながら彼女を案内したキングにも聞いたが、大した情報を得られることはなかった。

 

「結局.....今まで通りの生活がまた始まるのか。」

 

サイタマはショックな顔を浮かべながらそう呟いた。結局はクリームヒルトへ伝えた通り、また自分と対等に戦える相手を探すこと始めるしかなかったのだった。サイタマの可能はまだまだ続く.....

 

 

 

 

 

 

「すまんなサイタマ、夢の対戦は一度きりだ....」

 

遠く離れた場所で、クリームヒルトは霊体化しながらサイタマの様子を見ていた。彼女もまた、サイタマとの戦闘を望んでいたのも事実だったのだ。しかし、それはいけないことだと判断した。

 

「私がこの世界のヒーローとして参戦してるのならば話は別であろうが.... 今の私はあくまでも客みたいなものだ。そのような者が過剰に現地の人間と触れ合いをするのも、筋が違うであろう。」

 

だからこそ、一定の距離感を保つ。サイタマが再び日常的な生活を送ることができたと確信すると、彼女はこの世界から離れようとする。最後にサイタマの姿を一瞥し、別れを告げる。

 

「さらばだ、サイタマ。また機会があるのならば、今度は世界を守るために共に戦おう。」

 

その言葉を最後に、クリームヒルトは元の世界へと戻ったのだった。




ここまで読んでくださり、本当にありがとうございした。
今回は執筆をしていて、まだまだ己の未熟さを実感させる貴重な経験となりました。
ですが完走できたことは自分にとっても達成感を得ることができたし、それをバネにより良い小説を書けるための力に変えていこうと思います。

改めて、最後までお付き合いありがとうございました。

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