サンズは時々、軽い頭痛と共にガスターのことを思いだすことがあった。そんな時、決まって彼は独り言を云った。
「この人でなし野郎」
実際彼は、これを最高のブラックジョークだと思っていた。ガスターは、
「人でなし、とはひどいもんじゃあないか?わが兄よ」
これはパピルスで、たまたまサンズの独り言をを聞いていたらしかった。彼が居たことに気付いてサンズは振り返った。ふらりと現れたパピルスがニャハ、といつものように笑う。
「俺達を死から"ふっかつ"させてくれた恩人じゃあないか、そう思ってないのか?」
サンズはかぶりを振った。
「ハ、本気で言っているのか、パピルス」
「ニャハハ…………俺様はもう一度兄ちゃんに会えて嬉しいぞ」
「はぁ……どこまでも素晴らしいな、
二人は無言で黙々と歩き始めた。熱と往来で古びた橋を渡ると、この世界にたった一つしかない研究所が見えてくる。今はアルフィーの住まいになっているが、かつては前任者のガスターが使っていたものだ。
「なあ兄よ」
パピルスが研究所を見て云った。
「確かに兄ちゃんの気持ちもわかる……俺様はあの時、かなりのショックを受けた…………まるまる10年はお墓の前で泣いて暮らしたほどだからな……。けれど、結果的にガスターのおかげで兄ちゃんはいろんな場所に行くことができたじゃないか」
「いろんな友達もできた……アンダインや王様、アルフィーに、それに女王様だって」
「……」
「別のニンゲンだっていたッ!兄ちゃんは知らないかもしれないけど、俺様がニンゲンだったころは緑色のソウルを持っていた人がスノーフルで暮らしてたんだ!あの人、俺様が外に出たいと云ったら悲しそうな顔してたなあ…………」
「……」
「まあ最終的に、俺様は負けちゃったんだけどね……」
「…………」
古ぼけた想い出に浸っていることに気づき、パピルスは慌てて仕切り直した。
「とにかくッ!!」
「俺様はむしろ、ガスターに感謝すべきだと思うなッ!」
サンズは怠惰な物言いで、しかし柄にもなくパピルスをその窪んだ目で一瞬睨んではっきりとそれをはねつけた。
「ハァ……このめんどくさい世界に俺達を呼び戻したこと自体があいつの罪なんだよ」
「まためんどくさいか。ほんとに兄ちゃんは怠け者なんだから」
「なんでもいいさ、もう……」
二人はそのまま研究所の中に入り、奥のエレベーターに乗った。パピルスは兄の額に汗の粒が浮き上がっているのに気付き、自分の水筒を取り出した。
「スノーフルとは大違いだなッ」
そう云って、彼はコップに水をついで渡そうとした。が、あまりの暑さゆえ、コップに水をつぐことは出来なかった。ホットランドでは、大抵の液体は蒸発してしまうのだ。
サンズの眼窩がぴくりと動く。
「"ほっと"いても…」
「Saaaaaaaaaans!!」
パピルスが怒鳴った。
サンズはため息をついた。
「わかってるよ、俺も今はジョークを云うような気分じゃないんだ」
「全く……昔の兄ちゃんは、もっと"誠実"な人だったというのに……」
パピルスは急に真面目な顔になった。
「そろそろ、兄ちゃんは自分の"ソウル"に向き合わなければならないと、俺様は強く思うぞ」
「ソウルなんてとっくに捨てちまったさ、兄弟」
「結局のところ、俺はしがない怠け者にすぎない」
「ましてや、この地底の底でガスターが何を研究してたかなんて、どうでもいい」
「……」
「ほんとうのことを言うとな、俺が何よりアイツに怒っているのは無関係な二人のニンゲンを巻き込んだことなんだよ」
「たしかにな、そこには沢山のモンスターを救い、お日様がさんさんと輝く世界に出るという大義名分があったかもしれない」
サンズは悲しそうな顔をした。
「けど、何も花で失敗したからって、ニンゲンの残り物を使うこったねえだろ…………」
「そのせいで、俺はニンゲンとモンスターのあいのこ、中途半端な存在に成り下がってしまった」
「モンスター同じくセーブやロードはできないのに、世界線が戻されるのが理解ってしまう俺にとって」
無言で聞いていたパピルスが割って後を継いだ。
「この世界は無限地獄のようなもの、か…………」
「笑えないだろ?俺にはもう、なーんにも無いんだよ……生きる目的がな…………」
二人はエレベーターから出て、灰色の長い街道を歩いていった。活気がない街の淋しさが、二人の骨身にしみた。
突然、パピルスがサンズの前に回り込んだ。
「そこまで何もないというのなら…………その、兄ちゃんの胸で光るものはなんだ?」
「……」
パピルスが指差したそれは、確かにサンズの服の内側で微かに光っていた。
サンズはそれを隠し、精一杯笑ってみせる。
「…………さあ?ケチャップかな?」
パピルスは彼のその態度に怒った。
「とぼけるでぬぁぁぃっ!」
「それは紛れもなく、俺様が昔持っていたものと同じだッ!」
「……」
パピルスはサンズの上着をがばりとめくる。肋骨が露わになるが、その中には……彼の胸には、真っ赤に輝くハートがあった。
「まだ、言い訳をする気か?」
パピルスは仁王立ちした。
「兄ちゃんはな、この世界にどっぷりたっぷり浸かりすぎたんだッ!!」
「もし……もし、何も思っていないというのなら、ただでさえ怠け者の兄ちゃんが今頃こんなところに来るはずがないッ!!」
「確かに、兄ちゃんは弱い……すごく弱い。LOVE0だし、長生きもしてないしね」
「でも、ガスターになんかされたんだろ?その身体…………いつの日かガスターがいなくなった時に、彼の研究内容を兄ちゃん一人でも完成させられるようにって」
「……」
サンズはそれを否定せず、とぼとぼと歩き出した。彼の心の内では、色々な感情が渦巻いていた。
「そうだな…………俺はまだ、この世界を諦めきれていないのかもしれないな……」
「俺がここまで待ったのも、自分の、このくっつけられちまった能力を頼りにしてるからこそのことなんだもんな……」
「結局、俺も"親"の実験の一部に過ぎないってことかよ、クソッ」
サンズはようやく、自分の気持ちを固めた。
「でも、俺は今、仲間たちを奪われた悲しみ、苦しみや怒りのせいでこの場所にいるってことなんだよなァ……」
「そんなに落ち込むなよ、兄弟」
パピルスは彼の肩に手を置いて云った。
「自分の気持ちを理解するのは、大抵一番難しいものだ……………それに」
「こんな素敵な日に、そんな世界の終わりみたいな顔は不釣り合いだッ!」
「兄ちゃんも、もっと自分の感情に忠実になるんだッ!ニャハハハハ!!」
パピルスのいつもの笑い声を聞いて、サンズは元気を出した。
「そうだな、ソイツが一番かもな」
「結局、ガスターがどうあれ、俺は俺の意思でここにいるってことだからな」
サンズは長い廊下の終点に辿り着き、振り返らずに言い遺した。もう、迷いはない。彼の青い目は、真っ直ぐ進むべき道を見据えていた。
「なあ、終わったら、グリルビーズにでも行こうぜ、兄弟」
そうしてそのまま、彼は光と影が渦巻く廊下に進んでいった。彼がいってしまった後には、ただ審判を告げる鐘の音と、小鳥たちのさえずりが聞こえてきて、そして、彼を見送るべきだった者は、光に滲み、そして溶けて無くなった。