「んむ……ここ、は…?」
ここちよい香りがはなをくすぐり、ぼくは目をさました。何か、やわらかいものの上に横たわっているようだ。僕は目を開けたが、真っ暗で何も見えない。暗がりに目がなれてくるにつれ、だんだんと何が起こったのか、きおくがよみがえってくる。
「そうだ……やくそうを探しに来たんだっけ……。前を見ずに走っていたら、小さな穴に気づかなくて、それで……」
その時は何でもないような大きさの穴じゃんと思ったが、どうやらまちがいだったらしい。いったい、どのぐらいの深さなのだろう。かすかに天井から、光と白い空が見えた。 どうやら、雲がお日様をおおいかくしているようだ。
「そうだ、パピルスッ!」
弟を手探りで探すと、ほんのりと温かく、こきゅうしている何かにぶつかる。パピルスだ。まだ、気を失っているようすだった。
「ケガとかは、だいじょうぶそうだな……よかった。おい、パピルス!いつまでもねるなっての、ママにしかられるぞ!」
ぺちぺちとぷっくりしたほおをたたく。
「ううん…………んあ!?」
「へへ、起きた?」
「うん……。ここは?」
「わかんない。なんか、どうくつみたいなところに落ちちゃったみたい」
「えっ、じゃあ、タンケンだね!」
弟が目を輝かせたのが、暗やみの中でも解った。
「……びょうき、だいじょうぶなのかよ」
「今日はホッサも無いし、だいじょうぶだよ」
『弟の患う病はフジの病』。そう、父さんとおいしゃさんが話していたのを覚えている。『フジ』の意味はよくわかんなかったけど、それでも、パピルスがなんかたいへんなんだなっていうのはよくわかった。そこで、何か自分にも出来ることがないかと思って、この山にあるといわれているくすりを探しに来たのだが……
「ねー、いいでしょ!タンケン!」
「あー、わかったわかった。ぼくは出口さがすから。あんまり遠くにはいくなよな」
「りょーかいッ!でも、なんもミえないや……」
ずりずりと、弟が四つんばいで進んでいく音がした。
「しっかしな……登るにしてもそうとう高い、これは」
天井の小さな窓を見上げていると、急に光が差す。どうやら、雲がどいてくれたようだ。落ちたときに体の下にしいていた、金色の花が光を受けてきらきらとかがやくのが目にはいった。
「このやわらかいの、花だったのか……きれいだな」
あらためてあたりを見渡すと、まだやみが残っている向こうがわに、半分開いたとびらがあるのが見える。
「さてはパピルスのやつ、あっちに行ったな。でも、なんでこんなところにとびらがあるんだろ?」
彼がぼうっとそれをながめていた、その時。
「きゃああああ!」
さけび声がひびいた。
「ッ!!あの声は!」
立ち上がってぜんそくりょくで走り、てつのとびらをくぐる。
「パピルスッ!!」
彼は、こしをぬかしてたおれていた。うでから赤色が流れだして、床にまるいしみを作っている。
「どうしたんだ!つまづいてころんだのか?」
彼はブンブンと首をふる。
「あ、あ…………!」
「どうしたんだ、しゃべれないのか!?」
パピルスは大きく目を見開いたまま、くらがりを見つめている。その目は彼が見たこともないようなかんじょうにゆがんでいた。ふるえる弟の指が、ぴたりと前をさした。
「あああ……!!」
弟の指さす先から、べたべたと地面をはう音がして、何かがすがたを現す。それは二人が今までにどうぶつえんで見たどの生きものにもにていない、かいぶつ(モンスター)だった。しっぽからのびたするどいとげが赤くそまっている。こいつはぼくの大切な弟を、いためつけようとしている。すぐに彼はそうさとった。そして、弟の前に手を広げて、まるでのようににおうだちする。
「安心してろよ。お前のこと、もういたくはさせないから」
享年八歳、それがサンズの最期の言葉となった。
後にその場の惨状を見つけた遺跡の管理人、トリエルはひどく驚いたという。
全身を真っ赤に染めたニンゲンが、もう一人のよく似た子供を抱きしめながら死んでいたのだ。
無論、死んでいた方のニンゲンの死体から読み取れる殺しの残虐さにも衝撃を受けたが、それよりも、彼女が驚いたのは、生きていた方のニンゲンの顔つきだった。
5歳ほどにみえる可愛らしいニンゲンが、ここ迄暗く、絶望に堕ちた眼をしているということに、彼女は何より驚いたのだった。
そして、十年の歳月が過ぎ……