ダンジョンに鎧武がいるのは間違ってるだろうか 作:福宮タツヒサ
建物の影が差し掛かった路地裏の通路。
そこには黄色の鎧が消失して元の姿に戻った幸祐がいた。
食人花を撃破した後、もう止まる必要もなかった幸祐は即座にあの場を去った。アイズ達に悟られないように、逃げるように消えたのだった。
そして現在、重症を負った体を引きずり回す。
鎧を解除した途端に身体中の苦痛が押し寄せ、体の穴が空いた箇所から夥しい量の血が流れる。激しい運動をしたことで、骨や関節のあちこちが悲鳴を上げている。
(か、勝った……! ザマァ見ろッ……!!)
しかしその表情は苦痛に歪むことはなかった。むしろ仇敵を倒したことで憂さ晴らしを完了した高揚感に包まれる。
……しかし、彼はまだ役目を終えていない。
そして幸祐は無理矢理にでも体を動かせて、ベル達がいる方面へ足を運ぶ。
(まだもう一匹、逃したままだッ……早く、早く……!)
元々いた二匹のシルバーバック。もう一体をまだ逃したままだった。
重く感じる足を動かし、一歩ずつ前へ進む。
眼前に光が差し込まれた角が見えた。
角を曲がった時、白い輝きを見せる白髪の少女の姿が幸祐の視界に入る。
「ッ! べ———」
『ガァアアアアアアアア!!!』
ベルの名前を呼んだ幸祐の声が、シルバーバックの咆哮にかき消される。
シルバーバックはベルに目掛けて両腕に巻かれた巨大な鎖を振り落とす。
「——ふッ!」
しかし、その鎖でベルの体は砕かれることはなかった。ベルは黒い刀身のナイフを片手に持ち、シルバーバックの鎖をかけいで逸らしたからだ。
『グゥゥゥ……!!』
「………!」
白い体毛に紅眼の巨大猿の怪物と、白髪に紅眼の小柄な体格の少女。二つの視線が交差する。
『グォオオオオオオオオオ!!』
「ハァアアア!!」
雄叫びを上げながら振り下ろされた巨大な拳を、ベルは今までとは比べ物にならない敏捷で避けた。と同時に、シルバーバックの腕の上を駆け巡り、頭部の装甲を切り裂いて剥がしていく。
厚い装甲を果物のように斬り裂く黒いナイフの切れ味に、幸祐は驚いてしまう。
(ベルの足が速い…いや、あれは加速し続けている……?)
ベルの足に蓄えられた脚力が駆け抜ける加速度を上げ続ける。それは幸祐も追いつけそうにない素早さにまで発展している。
一撃離脱を駆使した、ベルに最も適した動き。
再び地面を蹴り出し、シルバーバックの周囲を駆け抜ける。
死角を突き、シルバーバックの胸部の装甲の紐を切り裂いて、胸部を曝け出す。
決して折れることのない生きたナイフ、加速し続ける両脚、強敵の攻撃を見切る紅の瞳……それら全てがベルの力となり牙となる。
紅眼の視線を駆け巡らせて駆け抜ける白髪少女の姿は、さながら草原を住処にしている白兎。漆黒のナイフという牙を携えた白兎だ。
「ハァアアアアアアアアアアッ!!!!」
兎の如く、モンスターの頭上へ跳躍する。
頭上にかけられている洗濯紐を掴み、紐の張力を利用してシルバーバックとの距離を詰めた。
ベルの手元がモンスターの胸部へ引きずられ、漆黒の刃がシルバーバックの胸の中央部に深く突き刺さる。
『グォオオオオオオオオオッッ!!? ——オ、オォ…ォ……』
シルバーバックは痙攣を起こしたように両眼を端まで見開いて悶える。
やがて、プツン、と神経が切れたみたいに静止し、弱々しい声を漏らして盛大に背中から倒れこむ。
モンスターの背中が地面に触れたのと同時に、その巨体は爆散し、灰になって魔石だけが残った。
カラン、と漆黒のナイフが石畳の上を転がり、紫の光を放ってベルの元へ転がり落ちる。
「や、やったの……?」
ベルの口からそんな呟きが流れた途端、
『わぁあああああああああああああああああッ!!!!』
ダムが決壊されたかのような音量で歓喜の声が鳴り響いた。
ベルとシルバーバックの攻防を陰で観ていたダイダロス通りの住民達が歓喜を爆発させていた。先程までモンスターに支配されていた恐怖心が嘘のように消え、窓や扉を開けて一斉に飛び出す。
遠方から見ていた幸祐も、ベルの姿に圧倒されていた。まるで偉人の歴史の証人になったかのような気分だ。
「やったぁああああああ!! やったね、ベル君!」
「はい! 神様のお陰です! ありがとうございます!」
満面の笑みのヘスティアがベルに抱き着き、ベルも笑顔で迎え入れた。シルバーバックという強敵を倒したことへの歓喜を隠そうとしない。
あっという間にベルとヘスティアは盛大な歓声と拍手に包まれる。
(ベル……あいつ凄いなぁ、ホント……)
それを遠目で見ていた幸祐も、血だらけの格好で微笑む。
自分がいなくとも、ベルは
余計な世話だったかもしれない。
もう必要ない。いや、初めから必要とされなかったかもしれない、そう思い込む幸祐。
しかし、何故か心地良かった。
(良かったな、ベル……俺がいなくても…大、丈夫だ…な……)
役目を終えたことへの安堵感に包まれ、全身の力が風船のように抜け落ちる。
石畳の上に、ドシャッ、と音を立てて倒れる。
音に気づいて幸祐の姿を見た一人住民が悲鳴を上げた。その悲鳴に反応して、その場にいた全員が幸祐の存在に気づいてパニックになる。もちろんベル達も例外じゃない。
「コースケ君!?」
「コースケさん!!」
こちらの方へ走り寄り、覗き込んでくるベルやヘスティア泣きそうな顔を見て、幸祐の意識は闇へ葬られる……
△
地面に倒れた幸祐を介抱しようと周囲の人が集まる。
そんな光景を、フレイヤは面白そうに建物の屋根の上で眺めていた。
「ヘスティアには悪いことしちゃったかしら?」
反省している口振りだが本心は微塵も悪いと思ってない。
既にヘスティア達から興味が失せた様子で幸祐を見る。
「また、魂が昇華した。輝きを増した……貴方は一体どこまで、私を『魅了』させれば気がすむのかしら?」
恋する乙女のように呟く。
美の女神であるフレイヤは、食人花と闘った幸祐の蹂躙を見せつけられ、
人や怪物も『魅了する』ことは幾度となくあったが、『魅了された』のはフレイヤも初めての体験。
普通なら神の思惑によって下界に住む人は感情を支配されるものだが、その人如きに女神であるフレイヤは心を支配されていた。
その事実に少しだけ悔しさを味わいながらも、彼に心を弄ばれているということに自覚しながら、フレイヤは心底嬉しそうに頰を赤く染める。
「また遊びましょう? その時はもっと輝きを見せてね? 愛しのコースケ」
フレイヤは「うふふ…」と妖美な笑みを浮かべながらその場を去った。
▲
……懐かしい夢を見ていた。
幸祐が五歳の幼年期だった頃の夢。
パートで働く母親と、安いボロアパートに二人で住んでいた。
その頃から家事を教え込まれ、いつか自立できるように必要なことを叩き込まれた。貧しい暮らしで生活困難だったが、それでも幸祐にとっては幸せな毎日だった。
ある夕暮れに帰宅した日。
アパートの扉を開けた先、リビングで料理を作っている女性がいた。透き通るような蒼色の腰まで届く長い髪が特徴の女性。
その女性は、幸祐の母親である。
『……ただいま』
『おかえり〜……って、あれ? どうしたの幸祐? その怪我』
泥や木の葉がこびり付き、擦り傷を付けた体で帰還した、幼少期の幸祐。
転んだと誤魔化すが、母は何でもお見通しの様子だった。
その怪我は同年代の男の子達と喧嘩してできたものだ。
晩御飯を作っていた母は作業を中断し、エプロン姿のまま幸祐の前へ詰め寄りながら尋ねる。
『もう、どうして喧嘩なんてするの? 友達と仲良くしなさいって、いつも言っているでしょ?』
大抵、近所の同年代と喧嘩する理由は、幸祐の容姿に問題があった。
日本において非常に珍しい蒼色の髪、女の子とよく間違えられる綺麗な顔。これらが要因で同年代の子供達に虐められ、仲間外れにされることが多い。
しかし、今日の喧嘩の理由は、そんな単純なものじゃなかった。
『だって、おれがビンボーなのは母さんのせいだって、公園のみんなにバカされたから……!』
母親への侮辱が許せなかった。
大人の残酷さを知るには酷である歳だが、幸祐は自分がいる所作で母親に苦労をかけていることを知っており、罪悪感を抱えていた。
『……幸祐、お母さんのことで怒らないでちょうだい』
「ね?」といい聞かせ、ニッコリ、といつもの笑顔を見せる。
いつもそうだった。
納得できない理不尽なことがあっても、辛いことがあっても……母親は決まって『きっと大丈夫よ』という。
これが幸祐の母親がやる手口。こんな感じでいつも幸祐は母親のペースに呑まれるのだ。
母親は膝を地に付けて幸祐と同じ視線になる。
『お母さんはとっても幸せよ。だって、貴方がこんなにも優しい子になってくれたんだから』
そう微笑みながら母親は幸祐の体を抱きしめ、頭を優しく撫でる。
『これから貴方にはたくさんの辛いことや悲しいことが待ち受けているわ。けどね、それでもめげないでちょうだい。お母さんが貴方という大事な家族を得られたように、貴方は貴方の大事な『家族』を作ってね』
子持ちと思えない美しい容姿、優しく明るい性格。
誰よりも綺麗で強い女性——それが幸祐の母親に対する認識。
幸祐の蒼い髪質は母親の遺伝だ。周囲の黒髪の人とは違う異彩な色、だが幸祐は黒に染めようなどとは思わなかった。
『貴方の人生が幸せになることを、私はずっと祈っているわ……私の可愛い自慢の
『よくわからないけど、うん……』
幸祐……幸せな人生を歩めるように、そんな願いを込めて母親に名付けられた。
母親から授かった名前、母親から受け継いだ蒼色の髪……この二つが何よりの自慢で、とても大好きである。
だが反面、父親から受け継いだ骨格や眼の色彩が、幸祐は大嫌いだった……
▲
だんだんと意識が回復し、幸祐は視界を開く。
見たことない天井。自分の体がベッドで寝かされていることに自覚する。
そして自分の容態に少しばかり驚いた。
あれほど貫かれた身体中の穴が塞がれて内臓の修復もされていた。数時間前まで負っていた激痛が嘘のように消え去って、生きていることを実感する。
「コースケさん!」
「もう、君という眷属は無茶ばっかりして! まぁ、怪我人だから説教は勘弁してあげるけど」
視界に飛び込んできたのはベルの顔。
次に、怒りを通り越して呆れ顔のヘスティア。
ベッドの隣に椅子に座っている様子から、ずっと看病してくれたようだった。
幸祐の身が安定して二人は安堵する。
「あの後は大変だったよ。ベル君の余ったポーションを飲まなかったら、君は今頃死んでいたんだよ?」
ヘスティアは後の流れを説明する。
ここは『豊饒の女主人』、そこの二階の別室。
致死状態の幸祐をポーションで回復させたまでは良かったが、その後はダイダロス通りの住人達が幸祐の体を運ぶのを手伝ってくれたらしい。
そしてシルに偶然会い、ここで安静するように提供してくれたのだ。
今回の事件、
幸祐は「心配かけた」と頭を下げて会話を切り終える。
しかし、ヘスティアの話はそれで終わらなかった。
「それから、コースケ君。君に聞きたかったことがあるんだ。ずっと前から」
ヘスティアの真剣な眼差しに、幸助は一切の嘘も許されないと知る。
「君をずっと見てきたけど、ここに来てから君は心の底から笑ったことがないだろう?」
「ッ……」
図星だった。
表情に出さないように心がけていたものの、心に反映されていたようだ。
更にヘスティアはお見通しといわんばかりに、確信へと迫る。
「君は死んでこの世界に来たと語ったよね? けど、君はどうやって死んだんだい? ひょっとして君は……自殺しようとしてここに来たんじゃないのかい?」
「え……!?」
ヘスティアの指摘にベルは驚きを隠せない。
事前に『死んだ』と説明したが、『自殺した』とはいってない。嘘はついてなかったものの、女神の眼の前では誤魔化せなかったようだ。
対して幸祐は否定しようとせず、苦虫を潰したような表情になる。
「ああ、そうだよ……」
もう隠しきれないと確信する。
何よりも、ベルやヘスティアのように真っ直ぐな瞳に、隠し通すことに苦痛を感じ続けてしまう。
観念して幸祐は話し出す。
「俺の名前は桜庭幸祐。この名字は母さんの姓だ。その前は……
幸祐の世界では、その単語を知らない者はいない。
鳳凰……どこの神話にも登場する不死鳥。その神聖な鳥の化身の一族と謳われる名門一族。
出生児はどれもある面でそれぞれ最優秀の評価を貰った秀才ばかり。学問やスポーツはもちろんのこと、商業、芸術……ありとあらゆる面で得一していた天才の集団。
「つまりコースケさんは、その世界では王族だったってこと?」
「まぁ、その解釈は間違っていないかな。ベル達の世界でいったら、俺は王国貴族の血を引いてるってところか……そこで俺は『
それはベルとヘスティアの想像を遥かに絶するものだった。
幸祐は語り出した。
周囲に『一族の無能』と比喩され、世界から追い出された、哀れな男の軌跡を……