ダンジョンに鎧武がいるのは間違ってるだろうか   作:福宮タツヒサ

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第拾参話 雛鳥の巣

桜庭幸祐——その前は鳳凰山という名字を持っていた。

だが幸祐はこの名字を酷く毛嫌いする。

それこそ、この名字を名乗るなら名無しの方がまだマシだと、それぐらい嫌悪する。

———鳳凰山家。

室町時代から代々受け継がれた名門一族。

その一族は国家そのものを転覆させる権力と莫大な財産を抱え、ありとあらゆる日本企業の提供者(スポンサー)になっている。その影響力は日本の政治にも関与するほどだ。

世間から『憧れ』として見られると同時に、『畏怖』の対象として注目を浴びている。

何が『畏怖』か……それは奴等に『敵』と認識されることだ。

その一族の出生児はありとあらゆる面で優秀な成績を収め、社会的地位を潰せる権力を兼ね備えている。一族の者が問題を起こしたとしても、面目を保つために権力でその問題を塗り潰した過去が幾度もある。

……そんな家柄で生まれた幸祐。

彼は鳳凰山家の血を紛れもなく引いているが、彼は一族の一人である父と、当時働いていた妾の母との間でできた子供。

しかも、才能溢れる者が生まれる中、()()()()()()()()()()()

決して未発達というわけではない。ただ鳳凰山家の人間が異常すぎるため、比べればどうしても幸祐が劣っているように見えてしまった。

才能溢れる有能な子供しか認めない鳳凰山家から眉唾扱いされる。況してや幸祐は正式に迎えられた子供でない。

また、日本人には見られない蒼色の髪で毎日、虐めを受けていた。

幸祐が六歳になった頃、幸祐は不要な存在だと鳳凰山家に見限られ、母親共々一族から追放された。

幸祐は鳳凰山の名字を捨て、母親の名字である桜庭の姓を名乗ることになる。

身勝手に自分を作って見捨てた顔も知らない父親、そしてその父親の愚行に加担した一族を、幸祐は許せなかった。

幼少期からずっと『鳳凰山』と耳にするたびに、怒りが膨れ上がり、憎まない日などなかった。

 

『コラ、折角のイケメンが台無しだぞぉ? ほれほれ、笑え笑え〜!』

 

だが、幸祐の母親は恨み言を一切いわなかった。

元から明るい性格だった所以もあったのか、いつも笑顔を我が子に振りまいていた。苦労な人生を送ることになった元凶ともいえる幸祐に、愛を与え、自立できるように生きる術を教えた。

母親の両親、幸祐にとって母方の祖父母に当たる二人は既に他界したため、頼る人もいなかった。

それでも、二人は何とか生き抜いた。

だが、母は……幸祐が小学校高学年に上がった時、過労でこの世から去ってしまった。

幸祐は悲しみに明け暮れる日々を送っていたが、決して挫けることはなかった。

母との約束『自分の家族を守れる強い男になる』を忘れなかった。

幸い保護者がいなくても、母親が遺してくれた生命保険金があった。バイトで生活費を稼いで、一人で生きてきた。

母との約束を実現するために。

だが、世界は尚も幸祐に毒牙を向ける……

 

 

 

 

 

 

鳳凰山家を憎む者はそう少なくない。日本に貢献しているとはいえ、その権力で働いたいくつもの不正行為で人生を台無しにされた人々は数え切れないほどいた。

しかし見返すにも、逆に手痛い返り討ちにあう。社会的地位を脅かされることもあって、迂闊に手を出すことができなかった。

だから……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

鳳凰山の血を引いていると知った途端、周囲は鳳凰山家への恨み言や非難を全て幸祐にぶつけた。

鳳凰山家と関わりたくない周囲の人間は幸祐を無視した。時には、何の罪もない幸祐を殴りかかった人もたくさんいた。

八つ当たりにも甚だしい愚かな行為である。

挙げ句の果てに幸祐は、当時仲が良かった親友や彼女にまで裏切られ、学校だけでなく地域中で孤立してしまう。まだ十四歳の誕生日を迎えたばかりの頃だ。

全ては鳳凰山家の血縁者という理由で嫌悪されてしまう。

人間が持つ愚かな悪意を、幸祐は嫌という程、その身をもって知らされる。

普通なら、そんな過酷なことに陥ったのなら、人間不信になっても無理はない………だが幸祐はそうはならなかった。

母親との約束を忘れなかったからだ。

たとえ周囲から存在すら否定されたとしても、幸祐は絶対に諦めなかった。

そして幸祐が高校二年まで昇格し、十六歳の誕生日を迎えた日のこと。

幸祐を襲う最大の悲劇が訪れた……

 

 

 

 

 

 

陽が沈んだ時刻。

人気のない未使用の倉庫、幸祐は男達に殴られる。

下校途中、幸祐は一人で帰宅しているところを拉致され、気づいた時には数人の男達に囲まれていた。

首謀者は、金で雇った男達を侍らせて偉そうに踏ん反り返る青年。鳳凰山家現当主の息子、次期当主の第一候補。幸祐の異母兄に当たる男。

ゴミを見るような目つきで幸祐を見下し、殴られた様子を見て嘲笑う。

 

『俺から母さんや友達を奪ったのにも飽きたらず、俺の人生まで奪う気かよ、お前等は!?』

 

殴られて赤くなった頰を抑えながら、幸祐は怒り吐き出す。

どんな理不尽なことが起きても、幸祐の瞳から生気が消えることはない。

幸祐の不屈の精神に男は舌打ちし、幸祐の存在すら否定する罵声を浴びせる。

 

『何をほざいてるんだよ、ゴミ風情が。お前なんかに人権なんてあるわけないだろうが……この能無しのクズがよぉ!!』

 

パチン、と指を鳴らす。それを合図に男達は一斉に幸祐に襲撃をかける。

屈強な男達に袋叩きにされ、蹴り倒されて地面に横たわり、容赦も加減もされず蹴られ続けた。口から血を流し、肋骨にヒビが入っても、男達はイヤらしい笑みを浮かべるだけで止めようとしない。

その場に幸祐の味方をしてくれるものは一人もいなかった。

数十分にも及ぶ暴行がやっと終わり、男達は謝礼金を受け取ると退散する。

 

『いや〜、マジで最高のバイトだったな! 鳳凰山家の人間を殴っても良いなんてよぉ!!』

 

『でもさぁ、どうせなら性処理もした方がよかったんじゃねえか? 男のくせに女みてぇな面してるしよ』

 

『違ぇねえな! ギャハハハハハハ!!』

 

金で雇われた男達は下卑た笑い声を上げたまま去っていく。

幸祐は満身ボロボロになっていた。目元に傷を付けられて流血したり、顔の殴られた部分が腫れ上がったり、喉から吐瀉物が溢れ出そうで嗚咽感を催される。

男は幸祐の髪を乱暴に掴み上げて視線を合わせ、口角を上げて醜悪な顔を見せた。

 

『何でこんな目にあうんだよって顔だな? 教えてやるよ……お前が『無能』なのが悪いんだよ』

 

『こ、このッ……!!』

 

幸祐は忿怒に染まる。

その様子すら面白いといいたそうな、男は更に込み上げる笑いを堪えるように顔を歪める。

 

『序でに教えてやるよ、無能。あそこ……お前が護ってた居場所、買収しておいたから』

 

『ッ———!? ま、まさか……!?』

 

『じゃあな。無能の居場所なんてないってことを自覚しとけよ? クククッ……ヒャハハハハハハ!!』

 

目を見開く幸祐を放っておいたまま、男は醜悪な笑みを解放させてその場から去った。

誰もいなくなった倉庫。

幸祐はゆっくり立ち上がり、重症な体を引きずって歩き出す。

外は豪雨だった。

傷を負わされた箇所に雨雫が染みて激痛が走るが、幸祐はそれどころでなかった。

——確かめたい。

——違うはずだ。

——嘘だと信じたい、冗談でありたい。

 

(頼む……お願いだッ……!!)

 

一心不乱に小言を呟き、ずぶ濡れになりながら帰路を急ぐ。

……だが、そんな幸祐の願望を打ち砕くように、絶望的な現実が幸祐の視界に映る。

 

『そ、そんな……!!?』

 

幸祐は目の前の光景に呆然としてしまう。

両眼から熱が込もった雫、涙がこぼれ落ちた。

目の前に、()()()が隔たれていた。

『鳳凰山家、買収済』と看板が張り巡らされ、敷地内にあった建物は瓦礫の山と化している。

その土地は、幸祐の唯一の居場所、何がなんでも護りたかった依代——幸祐が住んでいるボロアパート……()()()()()()()()()()()()

 

『あぁッ……アアアアアアアアアアアアアッ!!!??』

 

内なる感情が全て絶望に染まり、一生分の涙を使い果たした。

この日、かけがえのないものを失ったのだ……

 

 

 

 

 

 

幸祐を襲う悲劇はそれだけで終わらなかった。

悲しみから脱する間もなく、幸祐は同世代の女子の私物を盗んだという噂が流れた。

もちろん、幸祐には身に覚えのないことだ。

だがそれは、能無しの凡才である恥さらしな幸祐を社会的に消し去るために、鳳凰山家が裏で手を回した陰謀であった。

幸祐は金の亡者に、慰謝料という強硬手段で母親の遺してくれた財産を没収された。

彼を信じてくれる者、救ってくれる者は現れなかった。誰もが上っ面だけの情報網を信じて、軽蔑し、汚物扱いして、誰もが彼を非難した。

幸祐は町内だけでなく世界中からも拒絶されてしまう。

——味方がいない。

——住む場所——思い出——も奪われた。

——社会的地位も奪われた。

——そして、生きる気力すら奪われてしまった。

『桜庭幸祐』という人間は、この時から既に殺されたも同然だった。

もう何もない、何も残らなかった。

全て呪われし一族に奪われ、弱肉強食の世界に食い破れてしまった。

この頃から幸祐は、生きること自体が苦行に思えるようになった。

 

『……もし天国へ逝ったら、母さんに会えるかな?』

 

飛び降りや首吊りと色々あるが、死んでもその身を鳳凰山家(ヤツラ)に利用されたくなかった。だからこの世に体が一切残らない死に方を選ぶ。

有名な自殺名所である火山地帯まで赴く。

因みに遺書は書かなかった。書き方も知らない。何より読んでくれる人——幸祐のことを気にかけてくれる人——がいないと思ったからだ。

立ち入り禁止の看板を通り過ぎ、火口付近まで足を運ぶ。

手荷物は山に捨ててきた。これから死に逝く自分には必要ないのだから。

 

『……ゴメン、母さん。俺も逝くよ』

 

この世に未練を残さず踏ん切りを付け、幸祐はその火口に身を投げ出した。

天国でも地獄でもいい。唯一の味方である母親の元に、『家』に帰りたかった。

マグマへ落ちる中、そんな願いを込めて、両瞼を静かに閉じた…………

 

 

 

 

 

 

▶︎△◀︎

 

 

 

「……と、これが俺の話だ」

 

——以上が、桜庭幸祐という男。その道筋である。

何の才能もないという理由で幸祐から大事なものを奪い続けた非道な一族。

その名門一族の血を引いているという理由で幸祐という人間を否定し続けてきた愚者。

自身のしたい選択をできず、周囲の悪意で人生を弄ばれ、最後には居場所すら取られて追い出されてしまう。

ヘスティアとベルの想像を絶する、悲惨な過去であった。

 

「まぁ、要するに俺は住処を追われて自殺しようとした結果、死ぬこともできずにここにいるんだ」

 

「な、何て酷いんだ! 最低な奴等じゃないか!? コースケ君のことを何も知らないくせに!!」

 

案の定、幸祐の話を聞いたヘスティアは怒りを隠そうとしなかった。

同じ人間同士なのに、どうしてそこまで外道な行為がやれるのか。

何より、大事な眷属をそんな目にあわせたことが許せない。

もし目の前に幸祐を貶した人が現れたら、ヘスティアは今すぐにでも殴りかかりそうな程、怒りに燃えている。

 

「………」

 

一方、ベルは黙りこくったまま顔を下へ向けたままだった。

それを見た幸祐は、惨めな過去を聞いて視線を合わせたくないほど軽蔑したのだと思い込む。

 

「俺はな……あの酔っ払い狼男が言った通り、本当は弱い人間だ。母親との約束すら守ることができなかった。生きることを諦めたのに、死ぬことすらできない、哀れな男だ……がっかりしたよな?」

 

これで終わった……

三度目の人生(チャンス)などない。追い出されて、途方に暮れて、独り寂しく死んでいく。

幸祐は人生が終わる覚悟を決めていた。

軽蔑され、幻滅されることなど目に見えている。

人の口から言われるより、自分から告白して幻滅される方がまだマシだった。

幸祐は自暴自棄になる。

 

「もう分かっただろ? 俺はお前達が想像していた理想の男なんかじゃない。現実から逃げ出してしまった腰抜けのどうしようもない——」

 

———ガタンッ!!

その時だった。

幸祐の話が遮られたのは。

立ち上がった衝撃で椅子が床下に倒れ込み、雷鳴を起こすような大声を張り上げる少女がいた。

 

「————いい加減にしてよ!!!」

 

雷鳴が訪れたようにベルは激怒する。

立ち上がり、幸祐を睨みつけて怒りを露わにする。

 

「べ、ベル君? いきなりどうした——」

 

「神様は黙っててください!! 後でちゃんと聞きますから!!」

 

「ア、ハイ」

 

激昂してヘスティアを強制的に黙らせる。

普段の彼女からは想像もつかない威圧に、ヘスティアはいそいそと座る。

ベルは幸祐に視線を変えて続ける。

 

「さっきから黙って聞いていれば……どうして、そんな自分を卑下することしかいえないの!? 貴方がそんな無気力な人だっていうのなら、いつも貴方に助けられた私は何だっていうの!?」

 

くどくど怒り口調のまま喋り続け、口を閉じようとしない。

その怒り口調の姿はどこかの担当ハーフエルフを思い出させるものだと、幸祐は少しビクつく。

隣にいるヘスティアはというと、ベルの豹変ぶりに肝を抜かれた状態で萎縮する。

やがてベルの紅瞳から涙がポロポロと流れ出す。

涙を流しながら、怒りを抑えないで、ベルは激昂する。

 

「私にっ、私達に一人にしないでって約束したんじゃないの!? いつも私達の意見を聞かないでっ、勝手に助けて死にかけてっ……少しは私達に相談の一つもしてよ!! このバカーーーーー!!!!」

 

ベルは何度も幸祐に救われた。

【ファミリア】の副団長になってくれた。

ミノタウロスから庇ってくれた。

自分のことより【ファミリア】のことを考えてくれた。

モンスターから庇ってくれた、血だらけの格好になってまで。

ベル・クラネルという少女は、義理の祖父に愛情を込められて育った賜物もあり、誰よりも心優しい娘へ成長した。

困っている人や泣いている人を自分より優先し、人を助けることに喜びを見出せるような強い少女だ。

その人がこんなにも死にたがっていることに気づかなかった自分が……とても腹立たしかった。

 

「お、お前は、何でこんなにも…俺を助けようとするんだよ?」

 

幸祐は不思議で仕方なかった。

普通の女なら、逃げるように自殺した男なんて幻滅して毛嫌いするに決まっている。役に立たないと知った途端、盛大な罵声を浴びせた上で追い出すはずだ。

……なのに、ベルは怒っているだけ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それ以上もそれ以下の望みも必要しない。

 

「まだ分からないの!? コースケさんを……大切な人を助けるのに理由なんていらないよ!」

 

「え……?」

 

幸祐はベルに『大切な人』といわれたことにポカンとする。

するとベルは、幸祐の胸倉を乱暴に掴んで眼前まで顔を近づける。

体格差や身長差の所作で傍から見れば少女に構っている男にしか見えなかったが、幸助は普段のベルとは思えない豹変ぶりに体が固まってしまう。

 

「コースケさんが、その酷い人達に何といわれようと関係ない! 私はコースケさんだから助けたいの! コースケさんが『サクラバ・コースケ』って人だから救いたいの!! もう貴方はこの【ファミリア】にとっても私達にとっても、かけがえのない人なの! いい加減気づいてよッ!?」

 

——幸祐が『桜庭幸祐』という人だから助けたい。

誰かにいって欲しかった言葉を、ベルの口から聞かされた。

鮮明に、幸祐の頭に過ぎった。

ベルやヘスティアと過ごした数日間。

寝ている最中に寝床に潜り込み、隙あらば肌に直接触れようとする、明るい性格のヘスティア。

真っ赤な顔になって慌てるベル。歳相応の可愛い笑顔を見せるベル。そして初対面の際、異世界から来た素性も知らない怪しい男を全く疑わず、屈託の笑みを浮かべて受け入れたベルの顔。

ようやく幸祐は『ベル・クラネル』という少女の人間性を理解した。

ベル・クラネルは人を疑うことをしたいのではない、()()()()()()()()()()

こんな善意が詰まった少女からすれば、人を見捨てるという選択をする方が無理な話なのだ。

 

「私が、私達が貴方の居場所になるから、絶対に裏切らないから…だから……ここにずーーーっといてよ!! ()()()()!!!」

 

「は、はい……」

 

涙で爛々と紅眼を輝かせながら眼前に迫るベル。

泣きながら怒るという器用かつ勢いの強い気迫に負け、何故か丁寧語になった幸祐であった。

それを見ていたヘスティアはポカンとしていたが、ハッと気が付いて「え、えと、ベル君に全部いわれちゃったけど……言質は取ったぜ、コースケ君!」と幸祐にビシッと親指を立てていた。ハッキリいって、ヘスティアは何もしていない。全部ベルが勢いに任せて解決させたのだった。

 

「ひぅッ…うぇえええええッ……!」

 

ベルは我慢できず、声を上げて泣き出す。

幸祐の胸に抱き着いて、ただ泣きじゃくった。

自分のために泣いてくれている。

そのことに戸惑いながらも、幸祐は優しくベルの頭を撫でる。

ヘスティアは微笑ましそうに、二人を眺め続けた……

 

 

 

 

 

 

「う、うぅ〜……私ったら、あんなに怒鳴っちゃって」

 

「いやいや、ナイスだったぜ? ベル君」

 

数分後、ようやく泣き止んだベル。顔を真っ赤にして恥辱心に染まっていた。

その隣でヘスティアはよくやったといいたそうに慰めている。

 

(この二人、本当に警戒心なさすぎるだろ……)

 

内心ではそう呟くも、幸祐は無意識に笑みを浮かべる。

ベル達の本心を知ることができた。

二人共、【戦武将(アーマード)ライダー】としての幸祐を、強い冒険者としての幸祐を必要としていない。

()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……ベル。一つ聞いてもいいか?」

 

「ふぇ? な、何……?」

 

真っ赤な顔を幸祐に見せる。

幸祐は、どうしても彼女の真意を確かめたかった。

 

「この世界は、お前が思ってる以上に残酷なんだ。英雄になりたいお前の夢を馬鹿にして、お前の想いを利用とする奴も現れる……そうなったら、お前はどうする?」

 

半妖精の赤騎士に気付かされた現実。

英雄志願の娘に対する迷宮都市の現状。

その問いに悲観することなく、ベルは自信満々気味に答えた。

 

「——それでも私は笑うよ。笑って誤魔化して、いつの日か絶対、皆を笑顔にさせる『英雄』になるんだ」

 

確固たる意志。曲げることのない英雄志願。それがベルの強さの一つ。

幸祐は「そっか……」と口にして、ヘスティアはどこか誇らしげに表情を緩ませる。

 

「あと、俺のこと呼び捨てにしたよな?」

 

「あ!! そ、その……」

 

ベルは思い出したように慌てて、口をモゴモゴする。

本当に先程まで怒鳴り散らした少女とは思えない。

ちょっとした仕返しのつもりだったが、少し揶揄いすぎたと内心反省する。

 

「まぁ、俺の方が頼みたいんだけど……俺のことは『コースケ』って呼び捨てにしてくれないか?」

 

同じ【ファミリア】で、団長と副団長なのに、団長の方が『さん』付けは可笑しいと思った。

何より、どうにも『さん』付けは性に合わない。他人行儀な気がして、幸祐は苦手である。

信頼できる関係でありたいからこそ、幸祐は馴れ馴れしい呼び名で呼んで欲しい。

 

「……うん。分かったよ、コースケ」

 

幸祐の意図を察知して、ベルも笑みを浮かべながら了承する。

確認したいばかりに、ベルとヘスティア、二人の顔を交互に見て尋ねた。

 

「もう一度聞くぞ。ヘスティア、ベル……俺は、ここにずっといても良いのか?」

 

『もちろん!!』

 

即答。迷う素ぶりが一切ない様子で、二人の少女は満面の笑みを浮かべて答えた。

その表情を見るたびに、幸祐の頰が自然と緩み出し、本当の安堵感に包まれる。

替えなんていない、この娘達にとって自分は必要とされる存在だと、幸祐は生きている実感を取り戻した。

 

(確信した……この娘は、ベル・クラネルは絶対、未来の英雄になる。そのためなら俺は……)

 

幸祐の中で、新たな生き甲斐が見つかった。

この少女(ベル・クラネル)を、誰もが憧れるような英雄にしてあげたい、少女の夢を叶えてあげたい。

そのためなら、自分は彼女の英雄譚の脇役をやりとげよう……と。

 

「……ありがとう」

 

その言葉が幸祐の口から出たと同時に、ヘスティアとベルは幸祐の胸に向かって抱き着いてきた。二人は口々に「よく頑張ったね、コースケ君!」「泣いてもいいんだから、もう無茶しないでよね!」と涙ぐんだり笑ったり背中を撫でたりポンポンと優しく叩いたり、幸祐を抱きしめる力を緩めようとしない。

幸祐の瞳から涙は零れ落ちなかった。とっくに枯れ果ててしまったと、自分は冷徹人間と卑下する。

だが、胸の内が暖かくなっていくのを噛み締めた……

 

(ああ、そうか……ここが俺の『家』なんだ)

 

二人の少女に抱きしめられながら、幸祐は少女達の優しさに包まれる。

その日を境に、幸祐は悪夢に魘されることはなかった。母を亡くした夢も、人に嘲笑われる夢も見ることはなかった。

何年も味わってこなかった安眠を噛みしめられる。

住処を追われて世界から追い出された少年は、異世界で信じられる眷属(かぞく)に巡り会うことができた……

 

 

 

 

 

 

しかし、幸祐を襲う毒牙はこの世界にもある。

強敵と出会い、友の裏切りにあい、悪意に翻弄され……やがて戦極の世に投入されることになる。

オラリオにとっても前代未聞となる戦乱の世に巻き込まれる。その未来から逃れる術がないことを……幸祐達はこの時、知るよしもなかった。

 

 

 

世界を己の色に染める。

 

その栄光を、重みを、彼等は背負えるか?

 

人は、己の命一つすら思う通りになれない。

 

誰もが逃げられず逆らえず『運命』という名の荒波に押し寄せられる。

 

だが、だがもし……その運命に抗える力を持てば———

 

 

 

ここからが迷宮都市(オラリオ)全体を揺るがす、彼等の本当の【戦極史伝(ステージ)】の開幕である。

 

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