ダンジョンに鎧武がいるのは間違ってるだろうか   作:福宮タツヒサ

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第拾肆話 どこがおかしい

オラリオの昼下がりの時間帯。

幸祐はバイトに精を出している。というのも、モンスターとの死闘で致死量を負うほどの怪我をしたことをエイナにバレてしまったため、一週間ダンジョンの出禁を命じられてしまったのだ。

幸祐が今やっているのは、エイナの伝で紹介されたギルド関係の配達冒険者依頼(クエスト)。エイナ達ギルド職員から配布される他の【ファミリア】当ての荷物などを送り届けては領収書を回収するという、初心者向けのバイトに近かった。

この地に来てまだ日が浅い幸祐は地名を知らない故にキツイかもしれないが、この地をよく知るには好都合である。

最後の便を送り終えてギルドへ戻る道中、幸祐は周囲を見渡した。

 

(ここって、こんな綺麗な街だったんだな……)

 

幾らか心が穏やかになり、改めてオラリオの街並みを眺め、その度に新鮮さを感じる。

独りのままだったら気付きもしなかったであろう。自分を散々な目にあわせた元の世界を恨んでいるけど、ベル達に会わせてくれたことだけには感謝している。

ギルド入り口に足を踏み入れたところで、

 

『ベ〜ル〜ちゃ〜ん? キ・ミ・という冒険者はーーー!?』

 

『ごごごごごめんなさいッ!?』

 

ギルドの方から聞き覚えのある声が聞こえた。

視線を向けると案の定、本日七階層から帰還したベルと、アドバイザーであるエイナがいた。

机に両手を叩いて睨みきかせていたエイナと、その威圧にベルはビクビクしながら蛇に睨まれた蛙状態になっている。

 

「私の言ったこと全ッ然ッ分かってないじゃない!! この間まで六階層を越えたのに、今度は七階層ですって!? 君は危機感が足りない! 今日中にダンジョンの恐ろしさを徹底的に叩き込んで、その好奇心を矯正してあげる!!」

 

「ヒィッ!? ……ま、待って、エイナさん! 私の【ステイタス】が、アビリティがEにまで上がったんですって!」

 

「……E?」

 

ピタンと目を丸くさせて動きを止めるエイナだが、すぐに信用できない表情を浮かべる。

 

「そ、そんなこと言っても騙されるわけ——」

 

「本当のことですよ、エイナさん」

 

頃合いを見て乱入する幸祐。エイナの鬼のような形相に慄いたため出番が遅れたが、その場でベルの弁護をする。

 

「あ、コースケ君! 配達ご苦労様」

 

「コ、コースケ〜〜!!」

 

バイト帰りの幸祐にお疲れ様の笑みを向けるエイナ。

ベルは幸祐の姿を見るなり、弁護人登場に感涙して幸祐に抱き着く。傍から見れば白髪美少女と蒼髪美女が抱き合う絵面だが、幸祐は男なので、独身男が幸祐の性別を知った上でこの光景を見れば歯ぎしりしながら嫉妬することだろう。

幸祐は軽くハグしながらベルを地面に降ろし、エイナと対面する。

 

「それでコースケ君。ベルちゃんの【ステイタス】がEになったって、本当なの?」

 

真剣な表情で再度尋ねる。

幸祐とベルは悪巧みで嘘をつくような人種ではないとエイナも承知している。しかし、今までの冒険者達の記録から推察しても、ベルと幸祐の言葉にはどうしても信憑性に欠けてしまう。

 

「本当です。俺も模写でベルの【ステイタス】を見ましたから…… まぁ俺のより普通だから、特に気にも留めなくて良いんじゃないんですか?」

 

「………え?」

 

一瞬、エイナの中で刻が静止した。

幸祐の『普通』という発言に反応を示して。

 

「ちょっと待って、コースケ君。その言い方だと、君の【ステイタス】がベルちゃんより異常だと聞こえるんだけど……私の気のせいかな?」

 

「いや、うちの主神から見ても異常らしいですよ?」

 

曖昧気味に答える幸祐。

娯楽好きで下界に関することなら大抵動じない神々。その一神(ひとり)であるが『異常』といった。

エイナの背中に冷たい汗が滴り落ちる。

正直、嫌な予感しかしなかった……

 

「……ねぇ、コースケ君。私にも、君の【ステイタス】を見せてくれないかな?」

 

「え?」

 

「ああ、別にコースケ君を疑っているわけじゃないの! そこは本当に勘違いしないでね!? ただ……やっぱりこの目で見ないことには」

 

エイナ自身、幸祐達の主神であるヘスティアの方が間違った情報を伝達してしまったのではないかと考えてしまう。この間までステイタスがHだった駆け出しの娘が、いきなりEに上昇するなんて稀にないことだ。

証拠となるものを提示しないことには信用することができない、というのがエイナの心情なのだと幸祐は理解する。自分も同じような立場だったらと思い、特に嫌な顔をしなかった。

 

「でも、冒険者って【ステイタス】を見せてはいけない決まりがあるんじゃ?」

 

「もちろん金輪際内緒にするよ。もし公に晒されることになるなら、私も相応の責任を負うから。ダメかな……?」

 

「……まぁ、別に良いですよ。別にスキルも魔法も発現していないんで、大した情報は載ってないですけど。いいか、ベル?」

 

「うん、それで七階層まで行っても良いなら……」

 

「んじゃ早速——」

 

ベルの承諾も受け取り、幸祐はその場で上の服を脱ごうと手にかける。

それを見てエイナとベルは慌てて止めに入る。

 

「わーーー!? ストップストップ、コースケ君! こんなところで上半身裸になるなんて何を考えているの!? 周囲の視線を考えなさい!」

 

「ダメダメ!! コースケさんが胸を男の人の前で晒したら大惨事になるよ!? 襲われても知らないんだからね!?」

 

「いや、裸になるもなにも、俺は男なんだけど……」

 

『それでもダメ!!』

 

幸祐の「自分は男だ」という主張は二人の女に却下される。たとえ事実だとしても、幸祐の顔は美女よりで、身体もマッチョマンというより細身である。まぁ要するに、パッと見、幸祐はそんじょそこらの女性より美女らしい風貌なのだ。そんな男が上半身を剥き出しにさせれば、その手の趣味の男女を欲情させることになる。

 

「ほら、個別の部屋でなら脱いでも良いから! ね!? 私の担当冒険者が胸見せたがりの露出狂なんて嫌だからね!!」

 

「だから、俺は男なんだってばーーー!!」

 

ギルド中に幸祐の心からの叫びが響き渡った。

後に幸祐は唱えた、「嗚呼、男と見られずこと、いと哀しき(なり)」と。

 

 

 

 

 

 

一悶着あってから、エイナが用意した個室に集まる。

他所の【ファミリア】やギルド職員に知られることはない。遠慮はいらなかった幸祐は上の服に手をかける。

二人に見せつけるように上半身を露わにして、後頭部で纏められた蒼髪のポニーテールを前に持ってきて背中——背中を埋め尽くすように刻まれた【ステイタス】——をエイナに見せやすいようにして、椅子に腰掛ける。

 

「んじゃ、確認お願いします」

 

「う、うん。それじゃあ……」

 

綺麗な蒼髪が退かされて露わになった背中。意外にも鍛えられた細身の筋肉質な上半身に、エイナは見とれながらも首を左右に振って誘惑を取り除く。幸祐の上半身を遠目で眺めるベルも「う、うわぁ~…!」と、耳まで真っ赤になって手で顔を隠すが指の間からチラチラ見ている。

変な気分になるのを抑えながら、エイナは【神聖文字(ヒエログリフ)】の解読に入る。

 

 

 

サクラバ・コースケ

 

Lv.1

 

力:H190→B799

 

耐久:H184→A820

 

器用:H157→B763

 

敏捷:H185→B785

 

魔力:I0

 

戦武将:G→C

 

《魔法》

【】

 

 

 

これが最近更新した、幸祐の【ステイタス】。

 

「………」

 

当然の如く、エイナは開いた口が塞がらなかった。人間、本当に驚いたら何も言葉を発せなくなるという事実が確証された瞬間だ。

冒険者登録してからまだ二ヶ月も過ぎていないというのに、【魔力】のステイタスを除いて、どの項目も600加算されていた。加えて、駆け出しのLv.1だというのに既に発展アビリティが加算されている。いかに【戦武将(アーマード)ライダー】といえど、ここまでの成長率をエイナはお目にかかったことがない。

因みにベルの【ステイタス】もエイナが息を漏らすほど成長しているのだが、これを見た後だと可愛く思えるだろう。

背後でそんな表情をするエイナを見て、幸祐は他人事のように呟いた。

 

「やっぱりエイナさんもそんな顔するか。ベル達も似たようなリアクションをしたけど……これってそんなに凄いのか?」

 

『当たり前だよ!!!!』

 

呑気に尋ねる幸祐に、ベルとエイナの総ツッコミが炸裂した。

エイナは確信している。以前と比べて、幸祐は改善した。自分の命を軽々しく捉える思考にならなくなった。

しかし悩みの種が消失したわけではない。本音を晒け出すようになったものの、幸祐はどこか世間とはズレてるところがあった。

好奇心旺盛で危険知らずの少女(ベル)と、色んな意味で常識知らずの少年(コースケ)。この二人が自身の担当冒険者であり、自分(エイナ)は二人に振り回されることになるだろうと、盛大に溜息を溢してしまう。

 

「コースケ君、明後日からまたダンジョンに潜り込むんだよね?」

 

「はい、そうですね」

 

確認を終えて服を着ながら呑気に答える幸祐。

明後日で七日目、幸祐に命じられたダンジョン禁止令が解かれる日でもある。

幸祐のこの【ステイタス】なら七階層進出の禁止を言い出しにくい。何の問題も起こらなければ、たとえ単独(ソロ)でも大丈夫なはずだが、エイナは不安でしょうがなかった。

ベルと幸祐の身だしなみを見る。ギルドから支給された装備も壊れて、貧相な装備。危険地帯なダンジョン探索には向かない防具である。

 

「ねぇ、ベルちゃんにコースケ君。明日、予定空いているかな?」

 

『……はい?』

 

 

 

 

 

 

一方その頃、ベルと幸祐の主神ヘスティアはというと、

 

「いらっしゃいませー! 美味しい美味しい、新作じゃが丸くんだよー!」

 

ジャガ丸くんの屋台にて、ヘスティアは大声で宣伝していた。

へファイストスにベルのナイフを製作した際、借金を負ってしまったため、より一層バイトに精を出している。

頃合いを見て、通り道から視線を逸らす。

周囲に人目がないことを確認し、懐から幸祐の【ステイタス】が書かれた紙を取り出して眺める。

 

 

 

サクラバ・コースケ

 

Lv.1

 

力:H190→B799

 

耐久:H184→A820

 

器用:H157→B763

 

敏捷:H185→B785

 

魔力:I0

 

戦武将:G→C

 

《魔法》

【】

 

《スキル》

 

武将真剣(アーマード・アームズ)

・多種の甲冑や武器の装着及び使用可能。

・一定時間通常より力・耐久・器用・敏捷が向上。

・敵を倒すたびに熟練度が上がる。

 

王族血統(オーバー・ロード)

・自分の出生に反発するほど早熟する。

・激情にかられるほど効果向上。

・魅了にかからない。

 

【####】

・ーー五ーーー。

・ーーーーーー。

・ーーーーー。

 

 

 

幸祐に備わる《スキル》【王族血統(オーバー・ロード)】。この《スキル》に加え、今まで体験した激戦が成長の秘密であった。

激情にかられるほど効果が向上する。

これまで遭遇した強敵であるモンスター達に激情——途方もない怒りや殺意の感情——を示したことで【ステイタス】が大幅に加算された。

言うなれば、本人の精神が昂ぶるほど【ステイタス】が勝手に加算されていく、チート級の成長《スキル》である。

特に幸祐は自分の出生——鳳凰山に対して増大な反発心を抱えている。それによって早熟の効果もかかって成長速度を益々上げていた。

そして、新たに発現した《スキル》、詳細はまだ不明だが、女神(ヘスティア)の勘が叫んでいる。これは幸祐の新たな力になり、死に至らしめることもありえる諸刃の劔だと。

 

(はぁ〜、これに加えて、ベル君もレアな《スキル》を持ってるんだぜ? ボクの【ファミリア】は退屈しないというか、疲れるというか、隠し通すボクの身にもなっておくれよぉ……)

 

いずれにせよ、幸祐に知られるわけにはいかない。そうなれば彼は本当に死に急いでしまうに違いないからだ。恩義を感じた【ヘスティア・ファミリア】のために体を張って、文字通り死ぬ気で奮闘するに違いないと、女神の勘が唸っていた。

やれやれ、と愚痴を内心で呟きながらヘスティアはバイトに精を出す。

 

 

 

 

 

 

その晩、夜空に満月が打ち上げられる。

空に最も近いバベルから見るその風景は実に鮮やかであり、どれほど時間を有しても飽きはしない。

月夜に照らされた道を歩きながら、興味なさそうに一人の男は素通りする。

 

「———待て」

 

ピタ、と足を止める。

背後へ振り向くと、そこには二倍近くもある身長と巨体な男、オッタルがいた。

 

「貴様、何処へ行く?」

 

「……迷惑はかけない。俺の好きにさせてほしい」

 

男は淡々と答え立ち去ろうとする。

だがオッタルは男に威圧をかけて留まらせた。

オラリオ有数の上級冒険者でさえ思わず身震いしてしまう、世界最強冒険者からの威圧を受けて、男は退屈そうに見つめるだけだ。

 

「俺はこう聞いた、何処へ行く? と……答えろ」

 

分かっていたが、主神(フレイヤ)と違って融通の効かない団長(オッタル)に溜息を吐く。目の前の男は猪人(ボアズ)——猪だが、フレイヤの命令には誰よりも忠実。限りなく忠犬に近い。

男は内心、愚痴を隠し切れなかった。どうしてここの団員は全員、女神(フレイヤ)のこととなると血気盛んになるのか、と。

 

「勝手な真似は許されない。あの方を悲しませるのなら——」

 

「———止めなさい、オッタル」

 

「ッ、フレイヤ様?」

 

フレイヤの登場にオッタルは慌てる。寡黙で迷宮都市(オラリオ)で唯一のLv.7で【猛者(おうじゃ)】と謳われる男にしては珍しい光景だが、【フレイヤ・ファミリア】内ではよく目にする。別にオッタルに限った話じゃない。この【ファミリア】にいる大抵の者はフレイヤの大胆な行動に肝を抜かれることが多々ある。

 

「良いのよ、オッタル。彼の好きにさせてちょうだい」

 

「はっ」

 

フレイヤの命令に従い、オッタルは後方へ退がる。

それを確認したフレイヤは男の元へゆっくりと歩み寄る。近くまで来ると、男の頰に手を添えて囁いた。

 

「その代わり……あの子の魂を、もっと輝かせてね?」

 

「………それは俺がやることではない」

 

女神(フレイヤ)の放つ『魅了』に感化されないような態度で呟き、男はフレイヤ達の前から立ち去る。

残されたオッタルは、面白そうに微笑むフレイヤに話しかけた。

 

「よろしいのですか? あの男に任せて……もし、サクラバ・コースケに万が一のことがあれば」

 

「大丈夫よ」

 

オッタルの口に人差し指を当てて、フレイヤは微笑みを見せる。

 

「貴方は心配性ね。私の心を見染めたあの子が、そんな簡単に死ぬはずないでしょう? ……それにどの道、私は彼に任せるつもりだったのよ。言う手間が省けたわ」

 

そう言い、男が去って行った方へ視線を向ける。

男は突然迷宮都市(オラリオ)に現れ、画期的な考えと強者に勝る実力で、あっという間に【フレイヤ・ファミリア】内でもトップを争うようになった。

フレイヤはこれといって男に惚れなかったが、興味を持ち始める。

彼の魂は燻んでるように見えるが、奥底に眠る野望の火を絶やすことはない。いつも消極的な言動で他の冒険者より一歩引いても、その火は絶えず燃え続け……つい最近になって炎と化した。

 

『この祭に行きなさい。きっと面白いものが観れるわよ? 貴方にとって、ね……』

 

主神命令として祭に行かせたあの夜から、マッチを灯すだけだった男の魂は、ドス黒い炎へ燃え上がった。

フレイヤは目を細めながらオッタルに問う。

 

「……ねぇ、オッタル。『運命』を、貴方は信じるかしら?」

 

「いえ。自分はそのようなものには全く」

 

「そう……」

 

オッタルの言葉に、特に不満を感じないフレイヤ。

運命を感じた。自分ではなく、幸祐と男の関係を。

Lv.4のままでありながら、間違いなく世界最強の【戦武将(アーマード)ライダー】と断言できる男。

つい最近現れて女神に恋心を煩わせた、発展途上の【戦武将(アーマード)ライダー】の幸祐。

この二人はどこか同じ接点があり、宿命という運命の糸で結ばれていると、フレイヤは確信する。

自分よりも先に愛しの男に会いに行くものだから、声に出さないものの、フレイヤはついつい男にヤキモチを抱いてしまう。

——だが、それがいい。

——そうこなくっちゃ、面白味に欠けてしまう。

あの男の方が、きっと幸祐の魂を輝かせてくれるに違いない。他ならぬ彼なら……口には出さずとも、フレイヤは期待を隠せなかった。

 

「頼んだわよ、 ラプター——【斬月(ざんげつ)】」

 

今夜も月の光は夜の街を照らす。

そして今宵だけ、闇の中からも月は現れる。闇を()り裂く、人の形をした白い()

男——ラプターは何処へ……


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