ダンジョンに鎧武がいるのは間違ってるだろうか 作:福宮タツヒサ
次の日。オラリオの北部にてベルと幸祐は半円形の広場に集まっていた。
明日から幸祐は本格的にダンジョン探索ができる。そこでエイナから、防具を探しに一緒に買い物へ行くことを提案された。ベルと幸祐は首を縦に振って誘いに応じ……現在に至る。
「おーい! ベルちゃーん、コースケくーん!」
二人に声をかけながらエイナが小走りで駆け寄ってくる。
いつも目にする黒白の制服スーツじゃなく、スカートを履いたお洒落な私服姿。いつもかけているメガネを今日は外している。
二人はギルドの制服姿しか記憶にないので、大人びた感じが消えて可愛い女性の雰囲気に変わったという印象だ。ギルド職員や冒険者の中でも上位の人気に立つわけだ。現に同性であるベルもエイナの私服姿を見て圧倒されている。
「コースケ君。今日この格好の私を見て、何か言うことないかなぁ?」
こちらをじっくり眺める幸祐を見るなり、エイナは悪戯を思いついたように上目遣いでいってくる。
その姿に苦笑しながら幸祐は答えた。
「はいはい、とても似合っていますよ。エイナさん」
「もう、消極的だなぁ。もっと褒めても良いんだぞー?」
「そう言われても……エイナさんは元々美人だから、普段キャリアウーマンな美人が可愛い美人になったと言いようが……」
「え? そ、そっか……」
予想外の切り返しに、先に仕掛けたエイナの方が照れる。
日頃から手を焼かせることへの仕返しとして、幸祐を年相応の少年らしく顔を真っ赤にさせて揶揄うつもりだったが、幸祐の口から出た口説き文句に耳まで真っ赤になり、エイナが逆に揶揄われてしまう。
その攻防を見ていたベルは、幸祐をジト目で見ていた。
「ふ〜ん……コースケってエイナさんみたいな女性が好きなんだ〜。へぇ〜」
実に面白くなさそうにベルは分かりやすく拗ねていた。
理解はしている。エイナはエルフの血が混ざっていることもあり、その容姿と年齢から女性の魅力を存分に曝け出している美人だと。
対して自分は、田舎育ちで発育も乏しい世間知らずな十四歳の
幸祐みたいな男の子なら、間違いなくエイナのような美人に視線が行くと思い、その虜にされたと思い込むベル。
別に怒っているわけじゃないのに、何故かムカッとした……
「……あのなぁ、ベル? お前が可愛いことなんて俺が一番知ってるよ」
「ふぇ……!?」
突如、頭を撫でてくる幸祐。何かを勘違いしているようだが、忽ちベルは顔を真っ赤にしてしまう。
「心配すんな。お前の魅力はその兎みたいな可愛いさだ。何年か経てば、エイナさんに負けないくらいの美人になるさ。間違いない」
「ふ、ふにゃぁ〜ん……」
頭を撫でられながら囁かれる口説き文句に、ベルは頭から湯気を出してしまう。側から見れば可愛い妹を褒めちぎる過保護な姉——もとい兄に見える。
そのやり取りに、エイナがわざとらしく咳払いした。
発端は自分とはいえ、仲良しな光景を目の前で見せられていたエイナは、それが非常に面白くなかった。自分だけ除け者扱いされたみたいで、少しムスッとした表情で幸祐に尋ねる。
「コースケ君、少しベルちゃんに甘くないかなぁ?」
「エイナさん……エイナさんも頭撫でて欲しいんですか?」
「へ? ……え、いやいや! 私は別にそんな願望はないから! 別に嫌ってわけじゃないけど、ちょっと心の準備が……って、そうじゃなくて!? もうこの話は止めよう、ね!?」
幸祐の指摘に、さっきとは違う意味の羞恥心を感じて顔を赤くするエイナ。強引に話を切り替える手段に走る。
いくらか冷静になり、幸祐は今日の目的地を尋ねる。
「それでエイナさん。今日はどこへ行くんですか?」
「うん、あそこだよ」
エイナが指差した先にあったのは、ダンジョンの上に建設された天まで届きそうな高い塔。
「バベル?」
「そう。これから私達が行くところは【へファイストス・ファミリア】のお店だよ」
「えぇッ!? でも私、【へファイストス・ファミリア】のお店で買い物できるようなお金なんて持っていませんよ!?」
「良いから良いから。さ、行こ?」
「……人身売買してでも借金しろと、そういうことですか?」
「えぇえええっ!!?」
「そんなわけないでしょ!? コースケ君っ、キミ発想が怖すぎるよ! ベルちゃんも真に受けないで!!」
「冗談ですよ」
そう言いながら微笑む幸祐。その言葉に安堵するベル。エイナは「キミの冗談は冗談に聞こえないかなぁ〜」と溜息をつきながら、ベルと幸祐の手を引っ張っていく。
▲
ダンジョンに繋がっている通路、その上に建設されたバベルの四階を、魔石を動力源にして昇降に移動する設備に乗って移動する。その道中、ベルがその魔石設備に驚き、幸祐が異世界にも
到着した先は、煌びやかな感じのテナント。
ショーウインドウに展示されている剣の殆どが一級品ばかり。一番安いものでも数百万ヴァリスの値段が付く。
それが並べられる通路を通り過ぎるなり、ベルは瞳をキラキラしながら憧れる。今頃、空想の中で少女はその長い剣を持って、モンスターの大群に挑んでいることだろう。
少年のように物欲しそうな表情をする
フロアを一通り回って、再びエレベーターで上のフロアへ向かう。
上のフロアは先程の煌びやかなイメージとは違い、小綺麗な店という雰囲気を醸し出すテナントがあった。
「ここも【へファイストス・ファミリア】の店よ。ちょっと見てみて」
テナントの中に入り、エイナはある剣を指しながらいう。
それにそそ抜かされて、ベルと幸祐は値段を見てみる。
「あ、あれ……? 意外に安い?」
ベルが呟いた通り、目の前に設置されている武器や防具は決して安いとはいえないが、それでも持ち合わせの金で買える値段ばかりだった。
「【へファイストス・ファミリア】みたいな高級ブランド、自分達には縁がないって思ったでしょ? 実はそうでもないだよなぁ〜」
ベルや幸祐達でも手が届く金額だというのを知らせた途端、エイナは機嫌良さそうに説明し出す。
「ここにあるのは新米鍛治師の作品ばかりなの。【へファイストス・ファミリア】は他と違って新米の鍛治師が作った作品ですら店前に並べるの」
「なるほどな……そうやって新米に使い手からの評価を受け取らせて成長させるシステムか」
「そういうこと。それに加えて駆け出しの冒険者と鍛治師が専属契約を結ぶ重要な場でもあるんだよ」
駆け出しの
それを一通り説明し終えたエイナは本題に移る。
「それじゃあ、先にベルちゃんの方から装備の新調を始めようか! だから悪いけど、コースケ君はここでちょっと待ってくれるかな?」
「構いませんよ………というわけでベル、折角の機会だ。いい装備を見繕ってもらいな。あ、でも調子に乗って高値を買っちゃダメだからな?」
「ゆ、夢を壊さないでよぉ……でも私だって、いつまでも副団長に引っ張られる訳にいかないもの!」
いつになくベルは張り切っている。初めての体験、何より将来有名になるかもしれない鍛治師の武器を使うことになるかもしれないから、夢が膨れ上がっているのかもしれない。同じように張り切っているエイナと一緒に、女性陣は店の奥へ装備を見に行った。
幸祐は微笑ましい様子で見送る。やがて二人の姿が見えなくなったところで、暇つぶしに店に置かれている防具や武器を見ようとした。
「さてと、俺はどうしようか……」
《——こっちにおいで》
「………?」
……何かが聞こえた。
……誰かが囁いている気がした。
いや、実際には誰も声を発していないはずだ。
ここにいるのは幸祐だけじゃない。この店にいる客や店員の耳にも今の声が入ってるはず。なのに、誰も気づいていない。
自分の耳がおかしくなったと考えると……
《——こっちだよ。見つけて?》
また聞こえた。
子供のような大人のような、男のような女のような、植物のような機械のような、様々な声が混ぜ合わさった幻聴のような響音が幸祐の耳に入る。
聞き間違いかもしれないのに、何故か幸祐はその声に導かれてしまう。
無意識に幸祐が足を運んだ部屋は、綻びた武器や装備が無造作に置かれている物置場だった。売れ残り、売り物にならない
何でこんな部屋に来たのか、幸祐自身も不思議だった。
キョロキョロ置かれているものを見渡す。刃こぼれした短剣、折れてヨレヨレに曲がった剣、波打ったように曲線が歪で防護の性能を発揮しそうにない重装鎧……どれも売り物にならない品ばかりだ。
——ふと、幸祐の足が止まる。
棚の上に置かれている、一つの物体に目が留まった。
「これは……石?」
それは大太刀の形をした石。呪いをかけられたようにゴツゴツとした岩肌に覆われ、日本刀の置物みたいに設置されている。
《——触ってみて?》
「ッ……まただ。またあの声が」
《——大丈夫だよ? 大丈夫だから》
幸祐の頭に直接響き渡る声が鳴り止まない。
「まさか、こいつが俺を……?」
間近で見ると、ボロボロで埃が被った、石を荒削りしたような不格好な物体。戦闘でも役に立つか不明で、使うとしても精々鈍器代わりに敵を殴ることが関の山だろう。
だが、
恐る恐る、手に取ってみる。
———コォオオオオオ!
「お……!」
すると、どうだろう。幸祐に触れた途端に反応して、石は鼓動したかのように光り輝いた。
しかし束の間、すぐにその光は消えてしまった。
訳が分からない。
これはどんな武器だ? そもそもこれは武器なのか?
そして何故……
自分でもありえないと驚くが、この物体が欲しくなった。
「———お前さん、それに何の用だ?」
背後から声をかけられる。
そこにいたのは長い顎髭が特徴的な翁。
冷静になった幸祐は「すいません」と、勝手に部屋に入ったことへの謝罪をした。
「あの〜、これって何ヴァリスですか?」
「……それは売り物じゃない」
翁の言葉に「やっぱり……」と幸祐は落胆した。売り物でないのなら買い取るわけにはいかないと項垂れてしまう。
すると翁は嫌な顔一つせずいう。
「どうした、儂は売り物じゃないと言ったじゃろう?
「え?」
てっきり高値で譲ってやるといわれるのを予想していたが、まさかの金は要らないという翁の返答に戸惑ってしまう。
「それは持ち主を選ぶ生きた武器。好んだ相手にしか従えないという頑固者でのう、買い取り手が中々おらんかったのじゃ……処分する手間も省けるわい。お前さんが持って行きたいのなら好きにせい」
「処分…………つまり
思わず驚愕を露わにしてしまった。
売り物でない——翁がいったのは商品として客に出すこともできない粗悪品という意味。
売ることもできないから
幸祐自身は気付いていないが
「それから一つ忠告じゃ。武器は持ち手の意志に反映して、其奴の矛となれば枷にもなる。そのガラクタがお前さんに何をもたらすかは、お前さん次第じゃ……努力を怠らず精進せい」
そういった翁に、幸祐は最後に「ありがとうございます」と頭を下げて部屋から退出する。
翁は持ち去られた石刀を見届けて部屋に残る。売れ残りが集う倉庫の部屋内を歩き回り、幸祐が持って行った石の物置があった地点を見やる。
何年も放置していたため、くっきりと埃の跡が刻まれていた。
「……しかし、あれに選ばれる者が現れるとはのう。思えばあの小童、あの男と雰囲気がよく似ておったわい」
口に葉巻を取りポフ、と白いリング状の煙を吐く翁。
実は数年前にも、翁は似たような場面に遭遇した。
売り物にもならなかった、あの石の物体は、元々この世に
同じように突然この部屋の中にいて、商品にすらならない粗悪品を欲しいと強請った男がいた。唯一違うといえば、その男はその場で石のガラクタを白の大太刀に変えた点だ。男は「こいつを貰ってく」と告げただけで、大金を残して何もいわずに去ってしまった。それ以降、翁はその男の姿を目にしなかった。
あの光景は、長年鍛治師をやっている翁ですら初めて見た光景であり、驚愕したままその場に立ち尽くすだけだったので、結局その男が何者かも聞けずじまいだった。
「さて、どうなるものかのぅ……」
人と人、人と武器が惹かれ合うように、時には武器と武器も惹かれ合う。
どこから流れ着いたか、どこの誰が創ったのかも不明な二つの
武器と呼べるかどうかも危ういものを手にした二人の未来は、果たしてどのようになるのか……その先は、まだ誰も知らない。
△
幸祐が思いもよらない買い物を終えてベル達と合流すると、ベルは自分で軽装鎧を選び終えていた。製作者名は『ヴェルフ・クロッゾ』で、ベルはその名前をしっかり覚えたぐらい気に入ったようだ。
因みに、幸祐が勝手に石製の武器? を譲ってもらったことを話したらエイナ達に苦笑されてしまう。
日が傾く時間帯、三人は帰路についている。
「はい、ベルちゃん。これ」
エイナがベルに手渡ししたものは細長いプロテクター。籠手の上から追加で装備できる形状で肘から手首までの長さにかけて盾代わりの役割を果たす。
エイナの瞳と同じ
「こ、これって……」
「私からのプレゼント。ちゃんと使ってよね?」
「えぇ!? い、良いです! 使えません! 返します!」
「え〜? ベルちゃん、歳上からのプレゼントを受け取りたくないっていうの?」
「そ、そういうわけでは……!」
「そうだぞ、ベル? いつもお世話になっているエイナさんがあげるっていうんだから、素直に貰っときな」
「そ、そんな、コースケまで……」
歳上の男女二人に翻弄されるベル。
兎のように困り果てるベルの愛らしい仕草を見るたび、エイナと幸祐は日々の疲れを忘れて癒される気になった。この娘を揶揄うのはやはり楽しい……二人の心境が重なりあった瞬間である。
「あ、そうだ! うっかり忘れるところだった……はい、これも」
幸祐に手渡ししたものは、分厚い革製の右肩から手の甲まで長い籠手。野武士が腕に纏いそうな
「ん? エイナさん、これ、サイズが大きすぎてベルの腕に嵌まらないんじゃ……」
「違うよ、コースケ君。それは私からコースケ君への贈り物だよ」
「俺の? ………金を出せ、と?」
「そうじゃないよ! これも私のサービスだから!」
エイナは心外だ! という感じの表情を見せる。これも冗談のつもりだったが、流石にやり過ぎたと反省する幸祐。
よくよく見ると、確かに幸祐の腕に合わせた大きさと長さだ。取り敢えず押し付けで売られないことに安堵の息を漏らす幸祐。
しかし、まだ駆け出しとはいえ、彼も【
受け取っても微妙な表情をする幸祐を見て、エイナは心配そうな顔になる。
「コースケ君、あのね……【
「あ、そうですよね……」
「うん。だからね、いつでも万策の体制を取った方が良いと思うの。いざそれが使えなくなったら、頼れるのは自分の力だけになるから」
【
エイナは「それから……」と続ける。
「これは私個人の理由。私は、君達に怪我させたくない。いなくなって欲しくない。だから、いつもその防具を身に付けてほしい……これじゃ、ダメかな?」
夕陽に照らされたせいもあるのか、ほんのりと赤く染まったエイナの頬。
男なら勘違いしそうな言葉だが、まっすぐな善意が込められた防具を見て、幸祐は自然と笑みを浮かべた。
そしてベルの方も、両瞳には迷いの感情が一切なかった。
「……分かりました。ありがたく使わせていただきます」
「わ、私も頑張ります! エイナさんの前からいなくなったりしませんから!」
「うん、良かった。約束だからね」
二人の返答に、エイナは満足そうに頷く。
夕焼けの中、しばらく三人は笑みを浮かべあった。
更新が遅くなって申し訳ありません。
現実の仕事が忙しくてこれからも遅くことがあるかもしれませんが、ご了承下さい。