ダンジョンに鎧武がいるのは間違ってるだろうか   作:福宮タツヒサ

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第拾漆話 迷宮の楽園

白い濃霧が充満し、言葉で表現できないような幻想的な木々が生い茂る森林。何ともいえない『不思議な風景』が視界に映った。

 

(あれ……ここ、どこ……夢の中、だよね?)

 

気がつけば、そこを一望できる上空に浮かんでいた。

ここが夢だと自覚していることに、違和感を覚えるベル。

よっぽど疲れていたのだろうか?

しかし、とても心地良い空間だった。

それは前にも味わったことがあるような、でも初めて味わったと分かる……何とも不思議な気分だ。

 

——ねぇ、

 

突然、『声』に呼び止められた。

ここは自分の夢、誰もいないはずなのに呼ばれた。周囲を見渡すが声の主は見つからない。

 

——ねぇ、ここだよ。

 

声がした方向に振り向く。真正面だった。

先程まで何もなかったはずなのに……少女がいた。

ベルにとって、その顔はとても見覚えがある。

深紅の瞳に耳までかかる短い白髪が特徴的な少女。何度も鏡を覗き込んだ顔——自分の顔。

真実の鏡に映ったもう一人の本心(ベル・クラネル)だ。

 

——私にとって、魔法ってどんなものなの?

 

(え? い、いきなり何なの……?)

 

——良いから良いから、言ってみて?

 

目の前の自分に急かされてしまい、困惑しながらも、顎に手を当てて考えてみる。

『魔法』———思い浮かんだのは『炎』という漠然としたイメージ。

大気を焦がしながら灰を巻き上げ、勇ましく猛々しい陽炎(ファイア)は、一瞬にして怪物を一掃してくれる。

それは女神(ヘスティア)の力——慈愛の女神を象徴する竃火。とても暖かく決して消えることのない……そんな想像力。

『魔法』———もう一つは『雷』だ。

天空に浮かんでいる雲の隙間を駆け巡り、誰よりも速く目指したその先へ行ける速度と力。

自分を育ててくれた祖父を具現化した存在感——仲間を護れるような轟々しい雷鳴(ボルト)……にも憧れる。

 

——それだけ?

 

(え……?)

 

——他に選択肢があるとしたら、何を願うの?

——何を叶えたいの?

 

そう急かされて再び考える。

もし選択肢があるのなら、もし叶えられるなら………

 

(———私は……英雄になりたい)

 

たまに商人が訪れる辺境の村、祖父に英雄達が活躍する絵本を読み聞かされた。それ以来、自分でも呆れてしまうほど、ずっと英雄に憧れている。

まるで少年のように、一途な想いを抱き、未だに憧れ続けている。

 

(私は“あの人達”を守れるような、そんな英雄になりたい)

 

“あの人達”——【ファミリア】の主神である黒髪ツインテールの女神、そして唯一の団員にして副団長でもある蒼髪の少年——の姿を思い浮かべ、無意識に想いを込める。

どこにでもいる少女の顔をしたベルを、もう一人の少女(ベル・クラネル)は玩具を見つけたように微笑んだ。

 

——ふ〜ん?

 

(な、何…ですか……?)

 

——君は“その人”のことが好きなんだね?

 

(ッ! いきなり何!? わ、私が……コースケのことが好きっ!? 確かに守りたい人だけど、別に私は仲間として大切に思っているだけで——)

 

——うふふ……私は一度も『コースケ』なんて、言ってないよ?

 

(ッ〜〜〜〜〜〜!!?)

 

自分から墓穴を掘ってしまう。蒼髪の少年に仲間以上の気持ちを抱いていることを目の前で暴露され、耳まで真っ赤に染まるベル。

もう一人のベルは面白そうに眺め続け、愉快そうに口を開いた。

 

——最初は『カッコいい』、『綺麗』と、ただ憧れていただけだった……そうでしょ?

 

大好きだった祖父から教わった異性や英雄への憧れで、そのイメージに当てはまるような少年を異性として意識し始めた。

一緒にダンジョンに潜り、同じ屋根の下で暮らしてきた。

生活する中、幸祐は少しズレているところもあるが、普通の少年だと分かってきた。

数日後、決定的な出来事が起こった。

怪物祭(モンスターフィリア)の騒動後、幸祐はオラリオに来る以前の過去を話してくれた。それは想像を遥かに凌駕するほど悲惨で残酷なもの。いかに自分は愛されて育ってきた世間知らずな小娘だったんだろう、とベルは情けなくなった。

いつも助けてくれた少年が、いつになく弱々しい姿を見せたことで、ベルの中の幸祐の印象が変わった。

幸祐は英雄に近い行動をしているけど、決して英雄ではない。物語に出てくるような英雄になれないだろうと、ベルだけでなくヘスティアも理解している。

 

——その日、貴女(わたし)は知った。『サクラバ・コースケ』という、ただの男の子を……

 

独りぼっちになりたくない少年。どこにでもいる寂しがり屋に過ぎない。

それが本来の桜庭幸祐。

だからこそ、ベルは救いたいと願った。

幾分明るくなったものの、彼の心を救い切ったわけではない。彼は未だに心の牢獄(トラウマ)に囚われている。

英雄になる夢と同じくらい……少女(ベル)少年(コースケ)を救いたい。

何故なら、それは…………

 

 

 

——貴方(わたし)は、サクラバ・コースケが……『好き』だから。

 

 

 

(…………うん、そうだよ)

 

弱い姿を見たからこそ女としての本能を刺激され、幸祐への恋心が昇華された。

恋する乙女は云々だ、と神々は語る。だがベルの抱いたその感情は『護りたい愛』、年頃の少女が抱える『恋』を超えた代物。

この感情だけはいかなる存在、神様であろうと否定されたくない。

 

(……それでも、やっぱり恥ずかしいんだけどね)

 

——ふふふ、貴女(わたし)って子供だね。

 

(ほっといてよ……)

 

——でも、それが(あなた)でしょ?

 

きっと彼は自分の感情に気付くどころか、妹分としか見てないんだろうなー、と少し悔しくなる。二つ歳下で身体が未発達であるが、ベルだって『女』だ。想い人にそういう認識されないのは、とても悔しい。

何処かの好々爺が見れば『大事な孫娘を誑かした男はどこのどいつじゃぁああああッ!?』と憤怒の形相で戦争を仕掛けるだろう。

初々しく頰を膨らませるベルを見て、虚像の少女(ベル・クラネル)はクスクス笑う。

 

——でも、きっと“あの人”は無茶をする。また、貴女(わたし)達を心配させるよ?

 

(……うん、知っているよ)

 

——だから……いつか“あの人”を救えるような『英雄』になろうね?

 

(うん———)

 

互いに顔を合わせて微笑むと、虚影(ベル)は炎の雷に変わる。その炎の雷は、金色の果実みたいな形を作り、バチュンッと瞬く間に消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「———君……ベル君ッ」

 

「んぅ、ん………あれ、神様?」

 

耳元で呼びかけられ、ベルは起き上がった。先程呼びかけていたのは、バイトに行っていたはずのヘスティアだった。

 

「どうして神様が……? もうバイトは良いんですか?」

 

「んん? 何を言っているんだい、ボクは定時通りにバイトから帰ってきたぜ?」

 

「えッ?」

 

ベルは唖然とした。時計に視線を移すと短い針は七時を指している。窓を見ると、外はすっかり暗くなっていた。

 

「はは〜ん。さてはベル君、昨日から興奮してロクに眠れなかったから、今日はずっと眠ってしまった……て、ところかな? はは、可愛いね」

 

「う、うぅ〜〜!」

 

ヘスティアに愛玩動物に向けたような微笑みを当てられ、ベルは恥ずかしさのあまりにシーツで真っ赤になった顔を隠す。その一部始終を見たヘスティアは笑みを絶やさない。曰く神友(へファイストス)に押し付けられた重労働の疲れも吹き飛んだ、と。

嗜めてベルを復活させた後、急かされて【ステイタス】更新をすることになる。

成長するスキルが発現した効果でこの頃、ベルの成長が止まることを知らなかったが、今日は一日中ベッドの上で横になっていたのだという。何もしていないのでは流石に変化はないだろうと、安易な考えのまま更新を行う。

少女の背中に浮かび上がった【ステイタス】項目を閲覧したが、やはり進展はどこにもなかった……()()()()()()()()()()

 

 

 

 

ベル・クラネル

 

Lv.1

 

力:B700

 

耐久:G285

 

器用:B714

 

敏捷:B799

 

魔力:I0→I20

 

《魔法》

【ファイアボルト】

・速攻魔法

 

《スキル》

 

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

・早熟する。

・懸想が続く限り効果持続。

・懸想の丈により効果向上。

 

 

 

 

「………魔法が……発現した」

 

「え? ………えぇええええええええッ!?」

 

ヘスティアの衝撃的な言葉に、ベルは驚愕しながら海老反りのように起き上がった。

と同時に、

 

「——へぶぅッ!?」

 

「あぁ!? か、神様! ごめんなさい〜!!」

 

ベルの後頭部がヘスティアの顎に激突した。女神らしからぬ声を上げてベッドから落とされたヘスティアは、床下でジタバタ転がりながら顎へ押し寄せてくる激痛に蹲る。

その様子にベルは涙目になりながら平謝りする。

 

 

 

 

 

 

陽が完全に沈み、街の街灯が薄暗く光った夜。内部から少女達による騒音が響く【ヘスティア・ファミリア】のホーム教会から離れた地点……陰に隠れて蠢く人影が一つ。

 

「ふぅ〜、とんだ出費だったぜ。皆に内緒で【ファミリア】の資金を使っちまったけど……バレたらアスフィに殺されるな」

 

どうかバレませんように……と冷や汗をかく男神、ヘルメス。

彼の手元には一冊の本が握られている。それは魔法を強制的に発動させる魔導書(グリモア)、しかもその本は、読まなくても儀式を施すだけで対象者に魔法を発現させることができる特殊品である。その副作用として数時間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

とある魔術師(メイガス)から高値で譲り受けたものだったが、自身の【ファミリア】に使うこともなくベルに譲渡した。

 

「全ては“この世界を救う”ため……俺はずっと応援するぜ、英雄志願ちゃん。キミの勇気と想いが、この世界に希望をもたらしてくれるのを、この目で見させてもらうぜ」

 

ヘルメスは炎の魔石を掴み、使用済みの魔導書に近づけさせる。魔導書はボォッ、と一瞬にして燃え上がり、黒炭となって跡形もなく大気に散らばる。

旅人のような服装を纏った優男。しかし、その瞳の奥には少女を期待する神としての威厳を醸し出している。

愉快そうに、影に溶け込んで静かに姿を消していった……

 

 

 

 

 

 

一悶着を終え、ヘスティアから魔法の詳細——最も、本当に予想できなかったことのためヘスティアの憶測である——を聞かされたベルは、歓喜と興奮を隠せなかった。

ダンジョンで試そうにも、既に外は真夜中だ。こんな時間帯にダンジョンに足を運べばどんな痛い目に遭うか、一度経験したことがあるベルは、文字通り身に染みるほど理解していた。

一日中寝ていたというのに、いつものように普通に睡眠欲に襲われる。そのことにひとまず安堵した。

 

「そういえば、コースケ君はどうしたんだい?」

 

「え……? まだ帰って来てないんですか?」

 

その時、パキャン! と、部屋中に不吉な音が耳を叩く。

幸祐用のカップが床に落ち、砕け散った音だった……

 

 

 

 

 

 

数時間前、幸祐は暗闇の道を走り抜けていた。

 

——あれからどれくらい走ったのだろうか?

——どれぐらいの時間を浪費したのだろう?

——あとどれくらいモンスターを倒せば気が済むのだろうか?

———それらの受け答えとして、最も適切なのは……『ダンジョンの気が済むまで』だ。

 

十四階層に落ちてから既に数時間が経過しようとしている。

特に十階層以降から《迷宮の武器庫(ランド・フォーム)》と呼ばれる特殊な地形が存在し、天然武器(ネイチャーウェポン)を持ったモンスターが立ち塞がることも多々ある。

幸祐は息を切らしながらも、石の刀を振るい、ひたすら走り続けていた。限界時間を超えた今となっては鎧を失い、徘徊するモンスターの視線から逃れるために息を殺して身を隠すこともした。

今所有しているオレンジやパインのロックシードは何の反応も示さない。過剰使用による負荷で機能不全に陥ったロックシードは、少し時間があれば勝手に修復される。

何か手を打たなければ幸祐は亡骸となってしまう。例えコボルトやゴブリンの雑魚モンスターが相手でも、今襲われれば命に関わる。

地上に戻ろうとするも、まるでダンジョン自体に悪意があるみたいに、下層へ続く道ばかり辿ってしまう。

 

「……この通路、さっきも通らなかったっけ……? それ以前に俺……何階層にいるんだっけ?」

 

目の前に立ち塞がる壁を見て呟く。さっきから何回も、自分の通路の先に壁が立ち塞がった。

ダンジョンの意思、というより本人の空間把握能力が低いことに問題があった。要するに、絶賛迷子中だ。

この階層が何階層かも把握できてない。いつも行き来している上階層と違い、モンスターが散らした入り乱れた地形に見たこともない構造の地。その上、モンスターと遭遇した途端、脇目も振らず走り去ったので、どこから走ってきたのかも把握できてない。

ダンジョン内の通路を駆け抜けながら、掌で握りしめている二つのロックシードを何回もスイッチを押す。だが、錠は外れるも何の音声も光も発しない。その事実に焦りが増していく。

 

『——ブモォオオ』

 

道先に続く暗闇の奥から、不気味な音叉が聞こえた。赤い二つの光が、こちらと視線と合う。

 

「ッ——!!」

 

ズンズンと足音を鳴らして、それは現れた。

数メートルの幸祐の二倍近くある、ミノタウロス。血で赤黒く染まったドス黒い斧を構えて、ゆっくりと幸祐に接近する。

 

「ッ……!!」

 

幸祐はミノタウロスに、背後を見せて全力疾走する。

 

『ッ、ブモォオオオオオオオオオオオ!!』

 

逃がさない!! ミノタウロスが殺意を込めた雄叫びを上げながら追いかける。それでも幸祐は走り続けた。

負ける戦いをするつもりはない。

他の冒険者や【戦武将(アーマード)ライダー】から『冒険者の面汚し』と罵言を浴びせられる羽目になっても結構。

——少女(ベル)との約束があるのだから。

この世界に来る以前、死に場所を探して未練がなかった頃の自分ではなくなった。大切な人達、置いて行けない者ができてしまった。だからこそ簡単に死ぬことができない。殺されるわけにはいかなかった。

 

「ッ、こっちも行き止まりかよ……!?」

 

一本道を駆け抜けると、下を見渡せる高いところだ。

そこに立っていると、下の方で起こった絶望的な景色を見渡せる。

赤黒い体毛に赤い眼をした大量の魔犬——ヘルハウンド。数十匹にも及ぶヘルハウンド達は幸祐に気付いてないまま、何かを取り囲んで唸り声を上げている。

………その中央に、少女がいた。

ボロボロのコートを身に纏った()()()()()()()()()()()()()小柄な少女。その娘を囲んでヘルハウンド達が牙を剥き出している。

 

『ブモオオオオオオオオオオ!』

 

背後を振り向くと、闘牛の如く、ミノタウロスがまっすぐこちらに向かって来る。

 

「うわ、危ねぇ!」

 

突進を躱すように、幸祐はタイミングを見計らって真横に飛ぶ。

天然武器の斧が幸祐の頬を擦り、ミノタウロスは前へ行き過ぎる。

 

『……ブ、ブモォオオオオオオオオ!!?』

 

力一杯に振り下ろした棍棒に引っ張られ、体勢を崩した牛の怪物は、少女に群がる魔犬の大群へ投げ出された。

 

『——ゴァッ!?』

 

『ギャンッ!?』

 

頭上で図体の大きいミノタウロスが落下したことにより、一ヶ所に集まっていたヘルハウンドは下敷きになる。

また、その巨体が落下した振動により、ヘルハウンド周辺のみに大量の落石が起こった。巨大な岩石の下敷きになった魔犬の大半は圧死し、残りは骨折や脳震盪で足止めを食らった。

 

「あ、咄嗟のことだったけど、何か上手くいった……」

 

まぁ良いか、と納得する幸祐。幸い、少女だけは被害に遭ってない。

 

「おい! 大丈夫か!?」

 

「あ………」

 

幸祐は下へ飛び降りて少女に駆け寄る。

腕の中にいる小さな体格の少女は至る所に傷があり、額の皮膚が切れて流血している。素人でも理解できる、少女の命は風前の灯火だった。

意識が朦朧としているのか、少女は虚な視線を向けたまま、口調もハッキリしていない。

 

「ッ………」

 

「おい、しっかり!」

 

必死に呼びかける幸祐。おもむろに幸祐の服を掴んでくる少女。小人族(パルゥム)の小さな手は、掴むだけでも必死そうだった。

親鳥に泣きすがる雛鳥のように、少女は震えながら声を絞り上げる。

 

「……リリを……助、けてッ…………」

 

その言葉を最後に少女——“リリ”は意識を閉ざす。

 

「おい! しっかりしろよ、おい!!」

 

肩を揺さぶって呼びかける。

しかし、少女からは何の応答もなかった。

非常時に常備していたポーションを小人族(パルゥム)の少女に飲ませる幸祐。すると血が流れていた額の傷口が塞がる。

少女は規則正しく呼吸を刻んでいる。どうやら気絶しているだけのようだ。

即座に少女を背中に背負い、その場から走り出す。

 

『ガァアアアアア!!』

 

「クソッ、もう復活しやがった!」

 

ヘルハウンドの残党が、まっすぐ幸祐達を目指して追いかけてきた。獲物を横取りされたことに加え、不意打ちで仲間の大半をやられたことで怒り心頭の様子だ。

二人一緒なら確実に追いつかれてしまうが、この少女を置いていけば逃げられる確率が——

 

「ッ———ふざけるんじゃねえ、俺!!」

 

そう考えたところで、幸祐は自分自身を罵倒する。

少女を置いていけば逃げられる確率が少しでも上がるかもしれないが、それでは幸祐が憎んでる奴等と大差変わりない。自分自身に恥じるような行為をしてまで生きるつもりは毛頭ない。

たとえ無傷じゃなくても構うもんか。二度と冒険者稼業ができなくても、【戦武将(アーマード)ライダー】を続けられずとも、生きてさえいれば何とかなる……幸祐はその想いを糧に走り続ける。

 

『グォアアアアアアアアア!!』

 

一匹が鋭い爪と牙を剥き出し、幸祐に飛びかかった。

咄嗟に幸祐は持っていた石の刀でヘルハウンドの頭を叩き潰す。卵が割れた感触がしたと同時に魔犬の口から『ギャンッ!?』と小さな断末魔が響いて地面に倒れ込んだ。

何か次の手を打たねば……と考えていると、

 

『——ブモォオオオ!!!』

 

「うわっ!」

 

後方から、ミノタウロスが岩石を投擲した。

直撃することはなかったが、地面に突き刺さり大きな地割れが起きたことで広範囲のヒビが生じ、幸祐は足がつまずいて転倒してしまう。

少女の身体を前に投げ出してしまい、目を擦りながら立ち上がった幸祐が目にしたのは……たくさんの赤い眼光。

見渡す限り、たくさんの鉤爪が、牙が、炎の息吹が……周囲を囲って唸っている。

 

『グァアアアアアアアアアアアッ!!!』

 

タイミングを見計らい、一斉にモンスター達が飛びかかった。

 

 

 

《ソイヤ! メロン・スカッシュ!》

 

『グァ———!!?』

 

「うわッ! 今度は何だ!?」

 

ダンジョン内に突風が吹いたかと思えば、目の前で何かの物体が横切る。それは幸祐に降りかかったヘルハウンドの炎を遮る盾となり、ミノタウロスの体を貫き、悲鳴を上げさせる間もなく爆散させる。

ブーメランのように、正確にコントロールされた軌道でヘルハウンドの図体を貫いて十、二十、三十……と、次々と倒していく。

断末魔を上げさせる猶予すら与えず、あっという間にモンスターは全滅した。後に残ったのは、攻撃が強過ぎて耐えられず粉々になった大量の魔石の欠片。

急なことで驚きながらも、物体が宙を飛んだ方へ振り返ると、薄暗いダンジョンの奥から現れた人物が物体を掴んだ。

 

「白の…【戦武将(アーマード)ライダー】……?」

 

そこにいたのは———正に“白”と呼べる存在感。

網目模様の緑の鎧に純白のライダースーツを着こなし、兜の眉間に三日月のような金の角が輝く、貴族のような振る舞いの武者。左腰には刃が白の大太刀を装着し、左手に先程の飛来した物体——マスクメロンの表皮と果肉、兜の角を模した造形の大盾——を構え、じっくりとこちらに視線を向けている。

灯が乏しいダンジョンの中を薄暗い不気味な夜とするならば……暗闇を光で斬り裂き、白く光り輝く武者は月からの遣いに参った御使いのよう。

その光景を最後に、幸祐は意識を失う。

 

 

 

 

 

 

血だらけで気絶する少年と、小汚い服装になった少女を見つめる白武者。

 

「…………」

 

無言のまま、腰に手をかけて一つの錠前を手に取った。

スイッチを鳴らすと、掌サイズの錠前は複雑な変形を繰り返しながら人間より大きくなり、やがてバイクのような乗り物に落ち着いた。

桜の花弁の絵が織り込まれた自動自転車(オートバイク)型搭乗物——《ロックビークル》に、リリと幸祐を乗せると、ハイポーションを振りかけるように二人にかける。

二人の外傷が癒えたと同時に、《ロックビークル》は自動で動き出し、更に下層まで移動する。

 

「あとは事と成り行き次第か……これで良いんだろう? 神」

 

更に下層、十八階層へ行ってしまった二人を見送り、この光景を眺めている超越存在に呼びかけた。返事など気にしない素振りで。

 

《ロック・オフ》

 

眼前に生じた数メートルの穴に幸祐が消えていくのを見届け、白の戦武将(アーマード)ライダーの男——ラプターは音も立てずにその場を離れる。

戦武将(アーマード)ライダー】とはいえ、Lv.1の幸祐がより深い下層で生き残れる確率は非常に小さい。

しかし、それでは意味がない。この程度の非常事態ですら生きられないのなら冒険者、もとい【戦武将(アーマード)ライダー】である意味がない。今日まで生きて来た存在意義すら失う。

 

「お前が生きていれば、俺達は再び剣で混じり合うだろう。その時は今よりもっとマシになれ。だが、俺の期待に応えられないなら……その体ごと朽ちながら死に逝け」

 

生還するに越したことはないが、この程度で死ぬならそれも構わない……そう打算しながらダンジョンを去った。

 

 

 

 

 

 

ダンジョンを移動している団体がいた。

金髪小人族(パルゥム)を筆頭に移動する【ロキ・ファミリア】だ。

アイズはふと思い出した。怪物祭(モンスター・フィリア)の時、単独で食人花を倒した戦武将(アーマード)ライダーのことを。

あの場にいた《ロキ・ファミリア》の全員はフィンやリヴェリアに話した。

その際、団長(フィン)は礼を述べたい、並びにスカウトを視野に入れたいと述べていた。また、ティオナもまた会いたいといっていたが、フィンとはまた違った感情が込められていると思った。

正体を知っているが、秘密にしたいと思ったアイズは、【ファミリア】の皆には内緒のままにしようと決めた。

 

(もし会えたら、強くなれる秘訣を教えてくれるかな……?)

 

そう思いながら、ダンジョン内を歩み続ける。

やがて、迷宮の楽園(アンダーリゾート)に足を踏み入れる。少女が少年と再会するのは時間の問題だ。

 

 

 

 

 

 

全身に残る痛みに耐えながら、ゆっくりと両眼を開く。

まっさきに視界に飛び込んできたのは……暖かい光。

 

「ん〜………んん?」

 

眠気覚ましにしてはあまりにも驚きで、一瞬目を疑った。

そこは暖かい光に溢れる『外』、鼻を擽らせる香りの『森』、自分達の生還を心待ちして歓迎してくれるようだ。素肌で感じる草木から、草原の上で大の字になって倒れていたことを自覚してしまう。

傍には未だに気絶したままの小人族(パルゥム)の少女が倒れている。

ヘルハウンドに襲われた後、白いライダーに救われたことだけは覚えている。

が、そこから先の記憶がない……

一体誰なのか、何故助けてくれたのか分からないままだ。

しかし、ここで考えてもしょうがないと割り切り、自分の装備を確認し始める。

 

「……髪、ボロボロだな」

 

身嗜みが汚れていることに気がついた。

モンスターの返り血や少女と自分の血、転んで擦りむいた拍子で付いた砂で、透き通る綺麗な光を放つ蒼い髪はすっかり薄汚れている。

髪留めの紐が千切れたため髪を縛るものもなく、山姥のように長い髪を散らすしかない。

幸祐は溜息を吐きながら、小人族(パルゥム)の少女を背負ったまま歩き出した。

 

 

 

到達階層———十八階層『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』。

 

 

 

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