ダンジョンに鎧武がいるのは間違ってるだろうか 作:福宮タツヒサ
——何故、俺は弱い?
暗闇に意識を閉ざされ、幸祐はいつも自問自答する。どうして自分には力がなく、何度も裏切られ、騙され、奪われ続けたのか。何故、自分の育った世界はこんなにも残酷なのか……
思い出すのは歪んだ笑み。他者を見下し、大切なものを奪い取り、最後には嘲笑って切り捨てる——幸祐の憎む『敵』。
——力があれば。
——アイツらを見返すことができるだけの力さえあれば。
——そう、力さえあれば……!!
▽
そこで幸祐は意識を取り戻す。
視界に広がったのは見慣れない天井に知らない部屋。その部屋のベッドの上にいて、ベッドで寝かされていたことを自覚する。
先程まで自分は森にいたはず。そこで貰った黒いバックルやオレンジ色の錠前が手元にない。ということは、あれは白昼夢? ……なんて考えがよぎる。
未だに理解が追いつかないでいると、幸祐の隣で少女の声が響く。
「あ、気が付きました?」
幸祐は声がする方へ向く。
白髪紅眼のウサギを連想させる少女が、ベッドの横で椅子に座りながら幸祐を心配そうに見ていた。幸祐より一頭身ぐらい小さい背丈、幸祐より歳下であろう紛れもない美少女。
この少女——ベルは、眠っていた幸祐を隣でずっと看病していたのだ。
彼女の事情を知らない幸祐は声をかけようとする。
「……えと、君は」
『ベルくーん! 入るぜー!』
幸祐が声をかける直前、部屋の扉を叩く音、扉の奥から少女の声が鳴り響く。誰が入ってくるのか視線を向けると、今度は黒髪ツインテールで胸部重装の少女が入ってきた。
「起きたようだね。大丈夫かい?」
黒髪ツインテール少女——ヘスティアは心配そうに幸祐の顔を覗き込む。こちらも幸祐より一頭身分小さい背丈で、十分に歳下で通用する風貌であった。
「一時はどうなることかと思ったよ。あのまま君が目を覚まさなかったらボク達の夢見は限りなく悪かっただろうな」
「倒れているのを目にした時は心臓が飛び出るかと思いましたよ。でも無事でよかったです」
二人の少女は笑顔で自分のことのように嬉しそうに言う。
少女達に視線を向けられた幸祐は……少しパニックに陥っていた。
幸祐自身はコンプレックスに思っているが、女と間違われる顔立ちのせいで女性だけでなく一部の男性にも言い寄られてきた。だがこの二人は、今まで会ったことがない美少女だった。
と、体が固まってる幸祐にヘスティアが顔をグイッと近づける。
「さて、君の名前は? 君はどうしてあんなところで倒れていたんだい?」
ヘスティアが疑問の言葉を投げかけると、ベルも同じような視線を幸祐に向ける。
それに便乗して幸祐は体の膠着状態から回復して口を開いた。
「ああ、ありがとうな。俺は幸祐、桜庭幸祐だ。倒れていた理由は、その……俺もよく分からない。気づいたらあそこで倒れてたとしか……」
「そう、ですか……コースケさんでいいんですよね? 私はベル・クラネルです」
「名前から察するに極東の島国から来たのかい? ボクはヘスティア。こう見えて女神なんだぜ」
「は? ……女神?」
ヘスティアが言った『女神』に幸祐は訝しむ。確かに女神と呼ばれてもおかしくない美少女ではあるが自分でいうか? と、中身は残念に思えた。
するとその視線に気づいたヘスティアが不満気な顔になりながら言う。
「ん? 何だいその目は? ボクが神だなんて信じていないようだね。確かにボクは皆と比べて容姿が幼いから可愛がられて挙句には『ロリ巨乳女神』なんて言われてるけどさ……」
「あ、そう……ごめん」
「ま、いいさ。別にそこまで気にしてないから。それよりも……君はこれをどこで手に入れたんだい?」
そう言ってヘスティアは幸祐に見せつけるように机の上に二つの物体を置く。
「それ……!!」
それらは幸祐にとって見覚えのあるもの、《戦極ドライバー》と《オレンジ・ロックシード》。不思議な森に彷徨って謎の少女から貰った物品。やはり夢などではなかったと幸祐は声を漏らす。
「これはオラリオでも滅多に手に入らないものなんだ。君はどうやってこれを手に入れたんだい? まさか他の冒険者から奪ったわけじゃないよね?」
「オラ…リオ……?」
ヘスティアの言葉に幸祐は首を傾ける。初めて聞いたと言わんばかりの幸祐の反応を見て、ベルとヘスティアは訝しんだ。
「そもそも『冒険者』って何だ?」
「え? 知らないんですか! ダンジョンに潜ったりモンスターを討伐したりする人達のことですよ」
ベルの説明を聞き、ますます幸祐は混乱する。
『ダンジョン』、『モンスター』——それらの単語には聞き覚えがあった。だがそれはゲームや小説などに登場する架空のものでしかない。
「ちょっと待ってくれ、モンスターって何だよ? その言い方じゃ、本当にモンスターが実在するみたいじゃねえか」
「実在するも何も、この世界にはモンスターも蔓延ってるよ。常識じゃないか」
「はぁ……!?」
ヘスティアのトドメの発言に幸祐は驚愕する。
タチの悪いドッキリ? ——と一瞬思ったが、こんな大掛かりなドッキリをして何の特がある? すぐにその考えを切り捨てる。
自分の常識が一切通用しない……いや、これは
考えられる事象は一つ——自分は異世界転移を果たしてしまった。確かな根拠はないが、今の幸祐にはそうとしか考えられない。
「それで、そろそろ君の素性を話してくれるかな?」
ヘスティアの問いに、幸祐は「どうしたもんかなぁ」と呟く。しかし、黙ったままでも一向に状況は悪化するばかり。
頭がおかしいと思われるのを覚悟で正直に話すのを決意した。
「最初に言っておくけど、頭がおかしいなんて思わないでほしい」
『……?』
幸祐の言葉に二人は顔を合わせながら不思議そうにする。
▽
幸祐は事情を話した。死んだはずなのに、見知らぬ森に彷徨い、【ヘスティア・ファミリア】の本拠地の門前で気絶していた……後は知っての通り、二人に介抱されて現在の状況にある。
当然、二人とも驚愕せずにはいられなかった。
幸祐自身も信じられない話だが、女神であるヘスティアの前では嘘をつくことはできないので、取り敢えず信じてもらえた。
そして今度は、ベル達からこの世界の事情を聞かされる。正直、幸祐は狐につままれた気分だった。
太古の昔から存在する『ダンジョン』、そこから溢れ出る『モンスター』、地上に降り立った『神々』、神々から恩恵を刻まれてダンジョン探索する『冒険者』、そして迷宮都市『オラリオ』……どれも幸祐の世界では創作物にしか登場しない架空の存在のものばかり。
ヘスティアが自分を『女神』といっているのは事実なのだと幸祐は納得する。
「それで、これから君はどうするんだい?」
ヘスティアの問いに幸祐は真剣に悩む。
知り合いもいなければ当てになる人物などいるわけがない。当然だ、自分はまったく違う世界から来た異物なのだから。幸祐は本物の孤立無援の状態になっても、意外に冷静な思考だった。
思考を巡らせる幸祐を見て、ヘスティアが思いついた仕草で提案する。
「そうだ! ボクの【ファミリア】に入らないかい? 宿も食事も提供するからさ!」
「ええ!? 神様、それは、いくら何でも急すぎるんじゃ!」
「……?」
幸祐が不思議そうな顔になると、ヘスティアは申し訳なさそうに言ってくる。
「じ、実はね……ボクは【ファミリア】の勧誘をやっている最中でね、奇遇にも! そう本当に奇遇にも思っていてだねえ、その、うんと……」
ヘスティアは『奇遇にも』を連呼しながら幸祐にチラ、チラと視線を移している。隣にいたベルも期待の眼差しで幸祐を見る。
大根役者にも限度があるだろ、と内心で呆れる幸祐。しかし売れない劇団員のヘスティアならまだしも、ベルのような純粋な好意の瞳で見つめられると断りにくい。加入を拒否してしまえば白髪紅瞳のウサギ娘の落ち込む姿が容易に想像できてしまう。本能的にそれは避けたいものであった。
呆れ交じりの口調で幸祐は口を開く。
「団員が一人しかいないから俺に入って欲しい、そう言いたいのか?」
「そ、そんなことないよ! 決して、ベル君は田舎育ちで何も知らなそうな娘だから、そんなベル君を横で守ってくれそうな男の子が欲しいなんて、これっぽっちも、全然、まったく思ってないから!」
「そ、そうですよ! コースケさんが嫌なら別にいいですし! ……で、でも、少しは期待しちゃうな〜、なんて」
……なるほど。要するに、田舎から東京へ一人で上京する娘を心配する親心みたいなものだろう、と勝手に納得する幸祐。
だからこそ……
「俺は別にいいけどよ、お前等はそれで本当にいいのか?」
『え?』
幸祐は忠告を促す。嘗ての自分のようになりたくなければと。
女の子が暮らしてる家に男が入るなんて色々と問題が起きるかもしれない。後になって、やはり出て行ってほしいと頭を下げられるよりはマシだと幸祐は思った。
「団員が少ないから誰でも勧誘するなんて止めとけ。特に俺みたいに素性も知らない奴を誘うなんて——」
「え? どうして、コースケさんみたいな人じゃダメなんですか?」
「……は?」
ベルの言葉に幸祐は言葉が詰まってしまう。
「だって、ほら。違う世界から来た男なんて、普通に考えて危険とか思わないか? そうでなくても、普通に気味が悪いだろ?」
そもそも歳の近い男女が同じ屋根の下に住むこと自体、危険極まりないだろうに。
「私は全然気にしませんけど? そりゃあ、異世界から来たなんてびっくりしましたけど……コースケさんは何となく大丈夫な人だと思います」
「そうだぜ、コースケ君? それを言うなら女神のボクだってつい最近まで天界に住んでいたんだ。君と何ら変わらないさ」
さも気にしないように言うベルとヘスティア。
相手が嘘を言ってるか分かる
長年相手の顔色を疑った幸祐は、相手にやましい気持ちがあるのかないのか少し分かるようになってきた。だがベルは嘘の素ぶりが一切ない、そもそも嘘をつけるような器用な娘でもなさそう。つまり本音だ。
(ああ、そうか……多分この娘は
この少女はまっすぐな精神、所謂騙されやすい損な性格なのだと。それは隣にいる女神も言えたことだが。
「もしかして、私達が弱小【ファミリア】だから嫌なんですか?」
ベルが小動物のようにシュンと落ち込む様を見て、幸祐は慌てて否定する。すぐにフォローしないと隣の
「い、いや! そんなことない! 俺としても、ありがたい話けど。ただ俺は——」
「それじゃあ、コースケさんも団員になってくれるんですか!?」
「やったね、ベル君! 初の団員加入だよ!」
「はい、神様!」
「——ということで、お前らも少しは危険だとは思わないのかよ……って、聞いてねぇ」
ベルとヘスティアは手を取りながらピョンピョン地面を跳ねる。まだ一言も入るなんて言ってなかったが、二人の中では既に幸祐は入団を希望したことになっている。幸祐も断るつもりはなかったが。
ただ、何となく……この娘を放っておけなかっただけだった。
幸祐が【ファミリア】に入ることが決まり、ベルとヘスティアは満面の笑みを見せながら手を差し出す。
『ようこそ、
「……あ、ああ」
調子が狂いながらも、幸祐は差し伸べられた二つの手を取るのだった。
▼
数時間後、ヘスティアが命名した『ベル君の初ゴブリン退治&コースケ君の入団を祝う会』が開催され、二人の少女はウキウキ気分で料理を食卓に並べる。どの食材もヘスティアが仕事先で見繕ってきたものである。
だが幸祐は、その料理を見て青ざめた。
「……おい。晩飯って、
冗談だろ? とヘスティアが持ってきたものを指す。
バイト先の賄いで貰ったジャガ丸くん、向かいのパン屋のパンの耳、八百屋さんで貰った真っ黒バナナ。ジャガ丸くんは幸祐の世界でいうと揚げジャガイモだろう。まぁこれは食卓に乗せられても分かるが、問題は残りの二つだ。一袋に包まれた大量のパンの耳だけ渡されてもあまり満腹にならない。バナナに関しては、少し黒くなったどころか焦げ跡のように黒色化が進んでいる。食欲が湧かない。
何かの罰ゲームと本気で疑う幸祐の隣で、ベルは瞳を輝かせてヘスティアに寄った。
「す、すごいです神様! 今日はご馳走の山ですね!」
「そうだろう、そうだろう! 今日は宴会だ! ジャンジャン食べてくれ!」
「これでご馳走!? お前ら普段どんな食生活をしてるんだ!」
この世界に生きる人々は神々の恩恵により生かされているというが、【ヘスティア・ファミリア】は商店街のバイト先の恩恵によって生かされている。
幸祐はベルとヘスティアの食生活の改善の予知を真剣に考える。知り合ったばかりだが、自分より幼い姿の少女達を放っておけるほど鬼ではない……ぶっちゃけ、哀れに思っていた。
「ちょっと待ってろ。少しでもマシなものにするから」
幸祐は並べられた食材(?)を持って台所へ足を運ぶ。
ベルとヘスティアは気分を害してしまったのか、と心配しながら幸祐の方へ見やった。
だが台所から包丁を切る音や炒める音が響き、食欲をそそられる香りがベル達の周囲に漂い始める。
待つこと数分後……
『お、おぉおおおおおお!!』
食卓の上に置かれた三枚の皿、その上に盛られていた料理にベルとヘスティアは歓喜を隠せない。
ジャガ丸くんを三枚にスライスしてソースをかけただけのジャガ丸くん料理、パンの耳を千切って揚げて砂糖を塗したラスク、真っ黒バナナをすり潰して砂糖と小麦粉を混ぜて焼いたバナナケーキ。
幸祐の世界ではどれもサブ料理に入る部類、決して豪華とはいえない。だが二人にとってはこれ以上にない豪華な料理に見えた。
「材料があれだけだったからこれしか作れなかったけど」
冷蔵庫に余った材料を使って食費をなるべく出さないように心掛けていた幸祐にとってそこまで難しくないことだったが、卵やバターがあればもっと出来のいい料理になれたと謙遜する。
「そ、そんなことないですよ、コースケさん! すごすぎます! しかも美味しい!? バナナの甘みが口いっぱいに広がる〜!」
「うんうん、やっぱり君をボクらの【ファミリア】に引き入れたのは正解だったよ! このラスク、サクサクとした食感で甘みが程よく効いてる、止められない〜!」
絶賛しながら食べる速度を落とそうとしない。すっかり幸祐の賄い料理の虜にされていた。この時点で胃袋を掴まれた少女二人は幸祐に心を開くことになる。
この二人チョロすぎるだろ、これは何が何でも放っておくわけにはいかないと決意する幸祐。
……そしてほんの少し、悪い気分じゃないと苦笑するのだった。