ダンジョンに鎧武がいるのは間違ってるだろうか 作:福宮タツヒサ
食人花のモンスターを一掃し、都市から離れた西部にて。
そこでアイズは眼前に迫ってくる女と剣を交わらせる。
一見、互角に渡り合っているように見えるが、女は地面に散らばった水晶を踏み潰しながら着々と接近する。
赤髪の女は恐らくLv.5相当の実力者、技量だけでなく経験も向こうが全て上。風を纏わせた《デスペレート》の突きを何度も躱されてしまう。
「便利な風だな、『アリア』」
「ッ! その名をどこで!?」
滅多に感情を表に出さないアイズが声を張り上げた。女の呟いた『アリア』という言葉が、アイズの中で何度も反響を繰り返し、動揺を助長する。
感情を揺さぶられ、いつもよりも前のめりで攻めるアイズの剣筋は致命傷を与えるどころか、女の体を掠めることすらできない。
苦戦を強いられる中、この危機を脱却すべく即座に頭を切り替えた。
【エアリエル】を発動、突貫する。
(——お願い、当たって!)
この一撃に———全てを! 意を決した一撃を薙ぎ払われるが、気流に乗って変則的かつ瞬発的な攻撃に切り替える。
女の背後に回って死角を狙う。
「——人形と思っていたが、そんな顔もするんだな」
だが、アイズの眼前から女は姿を消した。
——否、避けられた!
瞬時に理解し振り向いたが、もう遅い。
女の振り下した長剣は刀身が粉々に爆散する。眼前で起こった爆発はアイズの体を吹き飛ばし岩盤に叩きつける。
背中に痛みを感じたアイズは手元から《デスペレート》を離してしまった。
「ぅッ……!」
身体が悲鳴を上げ出す。剣を回収するどころか、指先すら動かすことができない。
「やっと終わりだな……」
女は眼前にいる。
死神の足音を鳴らすように、ゆっくりと近づいてくる。
(——動いて! お願い、動いて!!)
必死に叫ぶも、アイズの身体はその呼びかけに応えない。指が動いてくれない。
そうこうしている間に女は、使い物にならなくなった長剣だったものを投げ捨て、
『貴女にも、貴女だけの英雄が見つかるといいわね』
不意に、アイズの脳裏に過った。自分と同じ金髪の金の瞳の、誰よりも純粋で無邪気な、誰よりも自由な風のような女性。
母親——目の前の敵が唱えた『アリア』という女性——が読み聞かせてくれた英雄譚。それに登場する英雄達。
ある者は怪物を倒した屈強な戦士として。
ある者は牢獄に囚われた姫を救う騎士として。
ある者は疫病に苦しむ人々を救った指導者として。
幾人の只人が『英雄』へと姿を変え、本の中で語り継がれている。
それを聞いて想像するのが、アイズはとても楽しかった。
『すまない、アイズ』
父親も同じくらい大好きだった。
しかし、謝るだけで母と父はずっと傍にいてくれなかった。
どれだけ好きでいても『英雄』は自分の元に来てくれなかった。両親を取り戻してくれなかった。
この先も、恐らく現れないだろう。
………でも、
(誰か………誰かッ………!!)
それでも……
誰に聞こえるでもない助けを、来るはずもない救いを求めていた。
あの日、
少女の願いは天に届かず、目の前に迫る赤髪の女によって踏み躙られる……………はずだった。
「…………助、けてッ…………………!」
——その時だ。
ブォオオオオオオオオオオオオオオオッ!! と、女の行為を妨げるかのように、鼓膜を激しく打つ騒音が鳴り響いたのは。
拳を下ろした女は忌々しそうに騒音が鳴った方へ睨みつける。
「チッ……一体誰だ、私の邪魔をするなら……」
「——うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
激しい駆動音を上げながら、機械仕掛けの物体に乗る『武者』が猛進してきた。
敵を蹴り飛ばす騎馬兵の如く、紺の武者は女に向けて前輪を大きく振り上げる。
「な————ッ!」
ギャリリリリリィイイイッ!! と
ここより離れた地点から爆走した加速も加えられ、女の腕に凄まじい衝撃と負荷をかけ後方へ吹っ飛ばした。
女から引き離すとアイズの眼前に止め、見たこともない搭乗機で盾になるように立ち尽くす。
「……あ………君、は………」
その武者は、紺色の【
まるで危機に陥った姫を救出すべく、赤髪の悪鬼と対峙しながら『侍』——お姫様を護衛する極東の騎士——が参上した、と思えるアイズ。
「少し休んでろ、バトンタッチだ」
アイズの怪我を考慮し、その一言だけ伝えた幸祐。
予期せぬ出来事に戸惑いを隠せないアイズだったが、身を案じてくれるのは純粋に嬉しかった。
「ぐっ、小癪ッ、な……!」
女がまだ健在である姿を確認した。女は頭部付近に衝撃が掛かったようで、脳震盪を起こし体がふらついている様子だ。
次の好機はもう来ない。
ギアを踏んで再び爆走させた幸祐。薙刀を構えて一振り、もう一振りと刃から斬撃波を放つ。
「ッ、しまっ———」
斬撃波を真正面から受ける女。炎の斬撃波は女より一回り大きい球体の炎に増長し、燃え続ける獄炎の牢獄となって捕らえた。
本物の炎よりも熱く身動き取れない炎の球体に閉じ込められた女は悶え苦しむ。
《ロック・オン!》
《
ベルトから《オレンジ・ロックシード》を外し、《無双セイバー》の窪みに嵌め込む。
施錠すると同時に刀身から巻き上がる焔。先程、食人花のモンスターに放ったものとは桁違いの威力だと肌で感じ取れる。数字の値が高くなるごとに《大橙丸》の刃にエネルギーが溜まっていき《無双セイバー》の刃と共鳴し合う。
《オレンジ・チャージ!!》
「これで———どうだぁあああああああああああああああッ!!!」
「ぐッ—————!!」
爆炎が纏まった横一文字。
擦れ違った瞬間、切れ味と威力が加算された刃は炎の球体ごと女を斬り裂く。
搭乗機を急停止させる幸祐。その後方で炎が入り混じった球体はパックリ割れ、その直後に轟ォオオオオオッ!! と爆散する。
「………やった、の?」
呆然と橙色の炎を眺めながら呟くアイズ。その傍には
だが現実は、アイズの言葉を否定する。
轟々と揺れる炎の中から、ゆらりと女が現れる。左腕が欠けた状態で。
自ら左腕を千切り落とすことで脱していた女は、体の所々が黒い炭と化し、左腕を切除した傷口から緑色の血が流れている。明らかに人間ではない事実を示唆していた。
「き、貴様ァァッ……!」
顔の一部の皮膚が焦げ、モンスターを彷彿とさせる形相を浮かべている女。だが、こちらを警戒しているアイズとレフィーヤ、その後方からやって来る
「流石に分が悪いか………ッ!」
女はいくらか頭を冷やし、目を細めながら幸祐に振り向く。
無表情を装っているが、内心ドス黒い怒りに歪んでいるようにも見える。
すぐに女は逃走した。すぐ追いかけようにも一歩手前のところで女は背を倒して崖に身投げする。かなり距離を広められてしばらく経った後、遠くの方で水飛沫が上がった音が鳴った。
《ロック・オフ》
「……ふぅ、立ち退いてくれた」
鎧着装の制限時間が過ぎ身に纏っていた鎧が自動的に消失する。
と同時に、桜柄の搭乗機——《サクラハリケーン》——から降りた途端、ガシャガシャッ! と音を立てながら掌ぐらいのサイズまで縮小した。
戦闘による摩擦熱に耐えられなかったのか、上シャツの所々が破れ落ちる寸前。衣服の意味など皆無になるほど上半身がはだけていた。
兜も消失して幸祐の素顔が露わになった瞬間、アイズの傍で様子見していたレフィーヤが「な、さっきの人が……!」驚いた表情をしながら何か呟いている。この時、初めて幸祐が“あの時の【戦武将ライダー】”と分かったのだろう。
アイズ達が【ファミリア】仲間と合流するのを眺めている幸祐。
「コースケ、様っ……!」
するとこちらの方へ駆け寄ってくるリリの姿を見た。
「……約束通り、戻って来たぞ」
「はい……良かった、本当に良かったですっ……」
リリは幸祐の姿を見るなり目に溜まる水滴を拭い続けている。そこまで心配させるつもりはなかったため、幸祐にちょっとした罪悪感が生まれる。
「………あ、あの」
呼ばれた方へ振り向くと【ファミリア】の仲間に治療してもらったアイズがいた。
その顔は人形のような無表情ではなく、何かいいたそうな、どこにでもいる少女の顔だ。
「……ありがとう、助けてくれて」
頬を薄ら赤く染め、少し恥ずかしそうに呟いた。
報酬なんて全く期待していない幸祐だが、その言葉を聞けただけで嬉しくなるのを感じる。
——あぁ、これが感謝されることなんだな……と。
それだけで頑張った甲斐があったものだ。
「だけどお前、いくら何でも無茶し過ぎだろ? 少しは仲間に頼るとか……ッッ?」
突然、視界が真っ赤に染まった。と思えば、眼の奥からドロォッ、と熱く生々しい液体が零れ落ちる。
指で拭うと、指先には赤い液体が付着していた。
鼻や口からも出血しているのを自覚した幸祐。全身を支える力が抜け始め、地面に勢いよく昏倒してしまう。
「ッ……!? しっかりして!」
目を見開いたアイズが倒れ込んだ幸祐の元へ駆け寄る。
激痛を伴って背中に荒れ狂う灼熱、身体の節々から擦れるような音が鳴り、死神が歩み寄るかのように容赦なく迫ってくる睡魔。【
このまま放置すれば死に繋がるのは確実だった。
「コースケ様ッ! あぁ、そんな!? お、お願いです冒険者様! 何でもしますから、コースケ様を助けてッ!!」
「目を閉じないで! ダメッ!!」
泣きながら必死に懇願するリリ、耳元で必死に呼びかけるアイズ。二人の姿を目に焼きつけたのを最後に幸祐は意識を失う。
△
急に大量出血し倒れた幸祐を眼前に、アイズは戸惑いを隠せない。自分でも信じられないくらい声を張り上げ呼びかける。
その際、仰向けでいる少年の露わになった背中に刻まれた
サクラバ・コースケ
Lv.壱→弐
力:B799→S901
耐久:A820→S956
器用:B763→S904
敏捷:B785→A857
魔力:I0→A890
戦武将:C→B
(えッ……?)
一瞬アイズは自分の眼を疑った。
Lvの数値が【
目蓋を擦り、もう一度、幸祐の背に目をやる。
Lv.2
力:I0
耐久:I0
器用:I0
敏捷:I0
魔力:I0
戦武将:B
【
見間違いだったのかとアイズは思うが、いつの間にかランクアップしたことに再度、驚きを隠せない。
その成長の秘密を見ようと、幸祐の背中に触れようと手を伸ばすと……
「——止せ、アイズ。これ以上は」
横からリヴェリアに静止させられ、我に戻ったアイズは「……ごめん」と申し訳なさそうに手を下ろす。こんな時に非常識だと反省する。
すぐさまリヴェリアは幸祐を仰向けに寝かせ、診断及び応急処置を始めた。団員達の、
………以前にも、【ロキ・ファミリア】の古参はこんな光景を目にした。
経験値やLvの差など塗り潰すような異業を成した少女。
たった一人でモンスターに挑み、片方の耳を代償に勝利をもぎ取り、【戦武将ライダー】の力を受け入れた少女の姿と重なって見えた。
その
▲
「あの男……」
幸祐と赤髪女の交戦を目撃したフォルト。赤髪女を眼前で逃してしまい、憤怒に駆られた。
超大型級モンスターを処理した後、更地を眺められる高地に移動し、赤髪女の姿を発見する。
最初は苦戦していた【
強い者は苦労を知らなくて良いなど、妄言を吐いて綺麗事しかいわない。紺色のスーツ姿に下の、蒼髪が目に焼きついている。
殺伐とした戦場にいるべきではない弱者……のはずだった少年が、倒した。
(あの飛躍した力、そして豹変振り。【戦武将ライダー】による力の付与だけのものとは思えない……考えられるとすれば、スキルの力も加わって、だけどそれだけでは)
《ロック・オフ》
無言のまま変身を解除する。平常心を装うが、内心は幸祐の戦闘に興味を向けている。
冷静に分析しながらスキルとの相乗効果と判断するが、それでも合点がいかない。
もし、あの男に強くなる秘訣があるとするなら……
「ッ……ゲホ、ゲホッ!」
突如、口に手を添えると咳き込む。
決して誰の耳にも入らないように静かに吐き出し、
(……いや、そんなこと関係ない。たとえ誰だろうと【
自分の意思を再確認し、その先を見据える。彼女が見る未来にあるのは、冒険者の希望か、武者の絶望か……それは彼女にしか見えない。
▲
二十階層………より更に下に位置する階層の奥。
全身から水滴を地面に落としながら、荒い呼吸でゆっくり足を動かす人影の姿があった。
炭化した腕がボロボロに崩れ落ち、片腕になった赤髪の女。
湖の底から下層に繋がる水路を泳ぎ到達したのだが、片腕を失ったため体力を無駄に消費してしまい荒い呼吸をしてしまう。
『無様な姿だな、レヴィス。そんな体たらくで“彼女”を守れると思ってるのか?』
こんな姿を見れば嫌味をぶつけるだろう。白骨の兜を被った同僚の男を思い浮かべ、赤髪の女——レヴィスは表情を歪める。
蒼天のような武者に乱入され、『アリア』と同じ気配を漂わせる少女を持ち帰ることもできず、撤退せざる得ない重傷を負ってしまった。その事実に、女は苛立ちと屈辱を味わう。
「……許さん……次こそは殺すッ……!!!」
例え一歩でも、ダンジョンの地に足を踏み入れた瞬間、確実に仕留めてやる。
ただ殺すだけではつまらない、楽に死なせるつもりもない。抵抗できぬよう四肢をもいだ後、モンスターの眼前に差し出し餌にされる様を眺めよう。
その身が恐怖と後悔に駆られる、奴の情けない姿を嘲笑ってやる。
素顔も知らない邪魔者に殺意を抱きつつ、炭化した腕や皮膚を補うため魔石を補充すべく、深い闇の奥へ歩を進めていく。
本編に登場しなかった補足説明です。
*幸祐の【ステイタス】
サクラバ・コースケ
Lv.壱→弐(覚醒時に漢数字に変換される)
力:B799→S901
耐久:A820→S956
器用:B763→S904
敏捷:B785→A857
魔力:I0→A890
戦武将:C→B
《魔法》
【】
《スキル》
【
・多種の甲冑や武器の装着及び使用可能。
・一定時間通常より力・耐久・器用・敏捷が向上。
・敵を倒すたびに熟練度が上がる。
【
・自分の出生に反発するほど早熟する。
・激情にかられるほど効果向上。
・魅了にかからない。
【
・対人戦時に
・身体の
・敵対者が人型と認識されると発動。
*技の解説
レヴィス(赤髪の女)との戦いで最後に放ったのは、バイクに乗った状態の『ナギナタ無双スライサー』です。