ダンジョンに鎧武がいるのは間違ってるだろうか   作:福宮タツヒサ

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第参話 空からオレンジ

幸祐が【ヘスティア・ファミリア】に入団してから半月の時が流れた。

その間、担当アドバイザーになったハーフエルフの女性に『共通語』の基礎知識や冒険者及びモンスターの知識を徹底的に叩き込まれてグッタリしたり、あまりの知識のなさに担当アドバイザーから雷を落とされたり……色々な騒動が起こった。

支給品の軽装鎧(ライトアーマー)とナイフを装備して、幸祐とベルはダンジョンへ潜る。

道中でベルがダンジョン探索についてのアドバイスをしようとしたが、事前にエイナから叩き込まれたので不要だと幸祐に言われてガックリする。時折「私、団長なのに……」と嘆いたとか。

五階層まで雑魚モンスターを一掃して魔石を回収する頃、幸祐は前から聞きたかったことをベルに尋ねる。

 

「そういえば、ベルはどうして冒険者になったんだ?」

 

「え? 私ですか?」

 

冒険者——聞こえだけなら憧れる職業だが、同時に強烈なリスクを負う。その小競り合いで命を落としかねない。

幸祐の問いにベルは眼を輝かせながら語る。

 

「私、お祖父ちゃんに憧れたんです」

 

ベルの祖父——血は繋がってない育ての親は優しくて逞しく、ベルの中で理想の漢であった。

暇さえあればいつも英雄譚を読み聞かせ、本の中で活躍する英雄達を「アイツらはすごいなぁ」と褒め称えていた。

そんな祖父の姿を見るうちに、幼いベルの中で英雄に憧れを抱き始める。強くなって、多くの人を救って、運命の出会いを果たす……自分もいつかそんな存在に、幾度となく願った。

それこそ少女——ベル・クラネルの夢の第一歩であった。

 

「私が十四の誕生日に死んじゃったんです。帰り道でモンスターに襲われたそうで」

 

「……悪い、嫌なことを思い出させて」

 

「大丈夫です。私は全然気にしていませんし、お祖父ちゃんとの思い出がありますから」

 

「そっか。良い祖父ちゃんだったんだな」

 

ベルが英雄に憧れるのはその祖父の影響なのだろう。よっぽどの好々爺なんだと、幸祐は逞しい漢の中の漢である翁の姿を想像する。

 

「それからこうも言ってました。『ハーレムは男のロマン』だって」

 

「いや、間違ってるからな。それ」

 

——前言撤回。

全国のロマンを語る漢達に謝れエロ爺、とベルに聞こえないように心の中で毒舌を吐く幸祐。顔を拝んだことはないが、相当なスケベ爺なのだろう。

幼気な少女に間違った知識を教え込む爺に静かな怒気を覚える。

 

「……あれ?」

 

「ん? どうしたベル?」

 

ベルは怪訝そうな顔をして止まる。幸祐も止まってベルの方へ向く。

 

「あの……ここって、こんなに静かだっけ? って思って」

 

現在ベル達がいるのは第五階層。それなのに辺りを支配するかの如く不気味な静寂を保っていた。

言われてみれば、と幸祐も気づいて辺りを見渡す。四階層に来るまでは小型モンスターが飛び出してくることが多々あったが、途絶えたようにまったく見当たらない。

刹那——

 

『ヴォオオ……!』

 

背筋に寒気が走った。

ゴブリンやコボルトの鳴き声とは違う。まったくもって違いすぎる。雑魚モンスターとは比べ物にならない圧倒的な咆哮。

 

「今のは……!?」

 

「今、あそこから……」

 

すぐ目の前の曲がり角の向こうから何かの音叉が響いた。鉄球鎖を引きずる囚人のような足音を撒き散らし、()()はどんどん幸祐達の方へ近寄る。

幸祐とベルにある恐怖心を最大限まで燻り、()()は現れた。

 

『ヴゥ……!』

 

「う、嘘ッ……!?」

 

壁の一部を破壊しながら現れた怪物の正体を目の当たりにし、ベルは恐怖に染まってしまう。

黒紫色の体色に充血したような赤黒い眼、全身筋肉で構成された三メートルを優に超える牛頭巨人。

幸祐がいた世界でも、いくつもの二次創作で名を知られている怪物。

その名を——

 

「あれは……ミノタウロス!?」

 

Lv.3以上の技量がないと太刀打ちできない、中層で最強と称される牛頭のモンスター。

本来はもっと階層下に生息するはずが、それが今、幸祐達の前に現れたのだ。

瞬時、赤黒い眼がベルと幸祐の姿を捉えた。

 

『——ヴォオオオオオオオッ!!!』

 

大咆哮を上げ、新たな獲物を発見した怪物は二人に襲いかかる。

ミノタウロスの気迫に当てられたベルは「ヒッ!」と恐怖に駆られてしまう。歯をガチガチと鳴らし、足が膠着して動けない。

 

「——ベル!」

 

間一髪、幸祐がベルの手を掴んで引っ張り出す。

 

「走れ、ベル!」

 

「は、はい!」

 

幸祐に手を引っ張られながら走り出すベル。

しかし、逃げても逃げても逃げ切れない。ミノタウロスは折角見つけた獲物を逃す気などなかった。ギラギラした赤黒い目付きで二人を凝視しながら追いかける。

二人一緒では逃げられないと悟る幸祐。そう……()()()()()()()

目の前に二つの道が見えた途端、ベルを強引に前に出してミノタウロスから遠ざける。

 

「ベル、俺があいつをおびき寄せる。その隙にお前は逃げろ!」

 

「え!? そんなことできませんよ!」

 

「良いから助けを呼んで来い! このままじゃ二人とも殺される!」

 

ベルの体を強引に押し出し、幸祐はミノタウロスに振り向いて石を投げつける。

コツン、と頭にぶつかったミノタウロスは、投げた犯人である幸祐を鋭い眼光で睨みつけた。

 

「こっちだ、ハンバーガー野郎!!」

 

ミノタウロスに背中を見せて、ベルがいない方へ駆け出す。

 

『ブモォオオオオオ!!』

 

意味を理解してなのか、それとも石をぶつけられたからなのか、逆上したミノタウロスはベルに脇目も振らず幸祐を追いかける。

 

「待って、コースケさんッ!!」

 

ベルの制止の声に耳を傾けず、幸祐はダンジョン内を駆け抜ける。

 

(よし、上手くいった! 後は俺が逃げ切れば……!)

 

幸祐の目論見通り、ベルを逃すことには成功する。

後は自分が上手く撒いて逃げるだけだ、そう思ったが、体力や筋力が桁違いのモンスターから簡単に逃げられるわけもなく、どんどん差を詰められてしまう。

 

(あと少し……あそこの角を曲がれば……!)

 

そこに微かな希望を込めて走り続ける。

曲がり角に入った瞬間、幸祐は絶望に陥った。

 

「——なッ、行き止まりかよ!?」

 

前方に巨大な壁がそびえ立っていた、それが幸祐の退路を絶つ。

数秒も経たないうちに、呼吸を荒くしたミノタウロスが壁の一部を砕いて現れる。幸祐を逃さぬよう、巨大な体で唯一の道を塞いだ。

逃げることなどできない。全身が恐怖に染まりながらも、幸祐は咄嗟に支給品のナイフを抜いてミノタウロスに向ける。

 

『ヴゥムンッ!!』

 

「———ガハッ!?」

 

距離を詰められたミノタウロスに蹴り上げられ、幸祐は体を壁に叩きつけられる。

たった一撃、それでギルドから支給された軽装鎧(ライトアーマー)やナイフは残骸と化した。

直撃しなかったが、生じた衝撃で幸祐の骨にヒビが入る。Lv.1である駆け出し冒険者にすればかなりのダメージだった。

 

(ここで……死ぬのかッ……)

 

このままでは牛頭の怪物に殺されてしまう。足は動けない、動かせても行く手を阻まれて逃げられない。

絶望的な状況、痛む体に歯を食いしばりながら正面を見る。

 

『フ、フゥー……』

 

地面で横になって体を動かせない幸祐を見下すように、醜悪な笑みを浮かべたミノタウロスがゆっくりと近づいてくる。

このままなぶり殺しにするのか、それとも一思いに喰い殺すのか。全ては己の手によって定められるとでも言いたそうな表情だった。

その顔が……幸祐の記憶にある下衆の笑みと重なって見えた。

 

(……コイツまで、俺を見下すのかよ!)

 

格下を見下し、玩具のように弄んで殺す。幸祐を見るミノタウロスの視線はそう語っていた。

 

「ふざ、けるな……俺は、俺の命は……お前みたいな化け物に弄ばれねえ……!」

 

恐怖、諦め、絶望……それらの感情が怒りに塗り替えられ、幸祐の中の闘志が呼び起こされる。

もう動けないはずの体を起き上がらせ、悲鳴が上がる両脚を無理に立たせる。

 

「ッ……うぉ、おおおおお……!!」

 

焦点が定まってない眼でミノタウロスを睨みつける。

——惨めな最期を迎えるな!

——痛みなんて我慢しろ!

——どうせ死ぬなら、最後まで抵抗してから死ね!

彼の中で自分への罵声が響き渡り、ふらつく両脚をしっかりと地面の上に立たせる。

ズボンに仕舞った《戦極ドライバー》を腰部に装着し、懐から《オレンジ・ロックシード》を手に取る。

使い方が分からないながらも、幸祐はロックシードのスイッチを押す。

 

《オレンジ!》

 

音声が鳴り響いて錠前のロックが解除される。何もない虚空から空間の裂け目が現れ、その穴から橙色の球体が浮遊する。

ドライバーの窪みとロックシードの形が似ているのを確認し、窪みにはめ込む。

 

《ロック・オン!》

 

ロックシードの錠前の部分を押し込んでロックをかける。すると法螺貝に似た音声が流れる。

 

『ブモォ……?』

 

幸祐の周囲で起きてる変化に、ミノタウロスは怪訝そうな顔をして足を止める。

この状況から脱却する唯一の切り札であることは幸祐も理解した。だが、そこから先をどうすればいいのか分からない。

 

「ど、どうすれば良いんだ? これか?」

 

不意にドライバーにある小刀に視線をやる。パーツの刃先はちょうど、はめ込んだロックシードの方へ向けられていた。

小刀を下に押してロックシードを切るように傾ける。

 

《ソイヤ!》

 

《オレンジ・ロックシード》は輪切りされたように断面図の絵柄を展開する。

すると、頭上で浮かんでいた橙色の球体が落下して幸祐の頭を丸ごと飲み込む。バックルから流れるようにエネルギーが放たれ、幸祐の体に紺色のスーツを纏わせる。

頭部を飲み込んだ球体が幸祐の上半身を守る橙色の鎧ように割れて、果物の断面図を模した兜の頭部が現れた。

 

《オレンジアームズ! 花道・オンステージ!》

 

オレンジソーダのような水飛沫が辺りを舞ったのと同時に、幸祐の右手に輪切りのミカン模した刀——《大橙丸》が握られたことで完了する。

その姿、戦極時代で天下を志す武将、その者。

ダンジョン、オラリオでも滅多にいない武人の冒険者——新たな【戦武将(アーマード)ライダー】誕生の瞬間であった。

 

「え? ……な、何じゃこりゃあ!?」

 

予想外の展開に幸祐は動揺しきれない。

団長(ベル)主神(ヘスティア)からレアな装備とは聞いていたが、まさか変身能力とは思いもよらなかった。しかもモチーフが果物。何故果物である必要が?

 

『ブモォオオオオオオオッ!!』

 

しかし、そんな考える時間を、目の前にいるモンスターが待ってくれるわけがなかった。

痺れを切らしたミノタウルスは雄叫びを上げて突っ込む。

二回りも巨体な筋骨隆々の腕を振り下ろして、幸祐の体を潰そうと拳を突き出す。

 

「——ぐぉっ!?」

 

瞬間、凄まじい衝撃が幸祐に炸裂した。まともに食らった幸祐は体が吹っ飛び、ダンジョンの壁に激突する。

 

「いででで、痛ぇだろッ! ……ってあれ? 俺、生きてる?」

 

本来Lv.1の駆け出しなら、ミノタウロスに一撃を貰っただけでも骨折は免れない、最悪死に至る。しかし幸祐は衝撃を受けただけで致命傷に至らなかった。

紺色のライダースーツと橙色の鎧は、オラリオでも希少価値であるミスリル製の檻よりも頑丈に作られ、ミノタウロスの渾身の一撃を防ぐ役割を買った。

 

『ブモォ、オ……?』

 

格下の弱者のはずが、まだ死んでないことにミノタウロスは初めて戸惑いを見せる。

 

「もしかして行ける!?」

 

慣れない仕草で幸祐は《大橙丸》の柄を握る。小さい頃から剣道をやっていたとはいえ、実践なんてやったことがない。それどころか目の前にいる化け物を倒すなんて前代未聞だ。

だが形振り構っている暇はない。

 

『ブモォオッ!』

 

「うぉっ!?」

 

攻防を必死に避けながら、隙を突いて斬撃を繰り出す。

幸祐の持つ《大橙丸》の切り味はピカイチで、ミノタウロスの分厚い皮膚に傷をつけていく。

初めはまったく無傷だったミノタウロスの鋼の身体が、今では見る影もなく斬り傷だらけになっていた。

 

『ヴゥッ、ブモォオオオオオオオオッ!!』

 

大した傷ではないが、攻撃が当たらない上に鬱陶しい傷を与えられたミノタウロスは、強者のプライドを刺激される。

一気に幸祐を殺そうと右拳を突き出して突っ込む。

 

「ッ————だりゃあ!!」

 

紙一重で拳を避け、《大橙丸》でミノタウロスの右眼を斬り落とす。

 

『オ、ォオオオオオオオオオッ!!?』

 

宙に血飛沫が舞い、ミノタウロスが仰け反って激痛に苦しむ。

血濡れた顔、涎を垂らしながら怪物は幸祐を憎らしげに睨みつける。

 

「コイツでどうだ!!」

 

腰に手をかけてバックルの小刀を傾ける。

 

《ソイヤ! オレンジ・スカッシュ!》

 

音声と共に《大橙丸》にエネルギーが蓄積されていく。

そこでようやくミノタウロスは目の前の武者が危険と察知し、距離を置いて警戒を露わにする。

ジリジリと、一匹と一人の距離は縮まる。

 

『ブモオオオオオオオッ!!』

 

「うらぁあああああああ!!」

 

先にミノタウロスが駆け出し、同時に幸祐も地面を蹴り出す。

黒紫の拳と橙色の刃が交差する。

 

『ブモォオオオオオオオオッ!!?』

 

一刀両断———拳の方が斬り裂かれる。

《大橙丸》の斬撃によって、ミノタウロスの体は上半身と下半身に分断され、爆発四散する。先程まで牛頭巨人が佇んでいた地点には大量の灰と魔石しか残らなかった。

ロックシードを折りたたみ、変身が解除された幸祐はベルトからロックシードを取り外す。

 

「これが……俺の力?」

 

ロックシードを見つめながら幸祐はその場で呆然とする。

どんな願望も、この力さえあれば叶えることも夢じゃないかもしれない。

だが、これは人を殺めることもできる力。怪物との戦いに遭遇したばかりの少年が持つには、あまりにも大きすぎる力だ。

 

「あの……」

 

その場、幸祐に呼びかける者がいた。

腰まで届く長い金髪、透き通るような金色の瞳の少女、オラリオでも最強の一角と名高い【ロキ・ファミリア】の冒険者。

二つ名【剣姫(けんき)】、アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

「大丈夫ですか……?」

 

「……えと、あんたは?」

 

「さっきのミノタウロス、私達が逃してしまったものなの……ごめんなさい」

 

金髪金眼の少女の話を聞いて幸祐は納得する。

担当アドバイザーのハーフエルフからは、強いモンスターがたくさんいるからあまり階層下に行くな、と散々叱られている。だがいくら何でも五階層でミノタウロスに出会すのはおかしい。

上級らしきこの少女から逃げて上まで上ってきたんだろう。

 

「いや、俺はこの通りピンピンしてるから、気にするな」

 

ミスは誰にもあることだ、目の前の少女の誠意が伝わった幸祐は特に何のお咎めを与えない。

不意にベルのことを思い出す。

上手く他のモンスターに遭遇せず逃げ切れたのか、助けを呼びに行ったままなのか。

 

「ゴメン、連れがいるから、俺はこれで!!」

 

ベルに無事を知らせるべく、幸祐はアイズから視線を外して走り出す。

一方、アイズはまだ聞きたいことがあった様子で帰り際の幸祐に声をかけた。

 

「あ、待って……行っちゃった」

 

アイズに目もくれず、あっという間に幸祐はその場から去ってしまう。

色々聞きたいことがあった。

どうやってベルトを手に入れたのか、どうやってミノタウロスに勝てたのか。

強さを求める彼女の中でそれらの疑問が過っている。

 

「名前ぐらい聞けばよかった……」

 

名前さえ知っておけば、ギルドに確認してもらって尋ねられるのに、そそくさと去って行った少年の姿を思い浮かべるアイズ。

今度会ったら名前を聞いておこう。決め込むと、ダンジョンの奥へ戻った。

 

 

 

 

 

 

「咄嗟に隠してしまったけど……これって、やっぱりコースケ君に言うべきかなぁ?」

 

自身のホームにあるソファーの上で、ヘスティアは一枚の紙切れを眺める。

ヘスティアが神の恩恵(ファルナ)を幸祐の背中に刻んだ際、万が一にも眷属(こども)達に知らせないように一部を消して模写した。

別に写しておいたその紙を見ながら、ヘスティアは一人悩む。

 

 

 

サクラバ・コースケ

Lv.1

 

力:I0

 

耐久:I0

 

器用:I0

 

敏捷:I0

 

魔力:I0

 

《魔法》

【】

 

《スキル》

 

武将真剣(アーマード・アームズ)

・多種の甲冑や武器の装着及び使用可能。

・一定時間通常より力・耐久・器用・敏捷が向上。

・敵を倒すたびに熟練度が上がる。

 

王族血統(オーバー・ロード)

・自分の出生に反発するほど早熟する。

・激情にかられるほど効果向上。

・魅了にかからない。


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