ダンジョンに鎧武がいるのは間違ってるだろうか   作:福宮タツヒサ

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第陸話 無関心

「んじゃあ、遠征お疲れちゃんを祝って、今日は宴や! 皆飲めぇ!!」

 

赤髪の女性が乾杯の音頭を取り、料理や酒が机の上に置かれて明るいムードに包まれる。

幸祐達がいる席は丁度死角になっており、こちらから伺わなければ相手からも顔を見られることはない。

そんな様子を幸祐は退屈そうに眺めていた。

一方、その隣でベルは憧れの視線を【ロキ・ファミリア】に向けていた。ヘスティアと会う以前【ロキ・ファミリア】に入団しようとしたらしいが、門前で跳ね返されたらしい。一団長として思うところがあるのだろう。

 

「ああ、【ロキ・ファミリア】さんはうちのお得意様なんです。彼らの主神ロキ様がこの店を大変気に入りまして」

 

と、シルは二人にそう耳打ちする。

ベルは興味全開で首を縦に振っていた。

その隣で幸祐は「へぇ……」と呟いただけだった。

皆が騒ぐような大手だといわれても、いまいち幸祐は興味が湧かない。ただ退屈そうに【ロキ・ファミリア】を遠目で眺めるだけだった。

 

(あの女の子、そんな有名人だったのか……人は見かけによらないってやつか?)

 

金髪の女の子——アイズ・ヴァレンシュタインに視線を移す。

アイズはチビチビとジョッキに入った飲料水を口にしつつ、両サイドから活発なアマゾネスとエルフ少女にからかわれ、顔を赤くしていた。

幸祐はアイズに見惚れていた——わけではない。

 

「そうだアイズ! あの話を聞かせてやれよ!」

 

急に一人の男が話を切り出す。

銀髪に銀毛の犬耳を生やした獣人——狼人(ウェアウルフ)の青年。

女みたいな顔がコンプレックスの幸祐からすれば羨ましく思う、男らしい不良みたいな青年である。

 

「あれだよ、帰る途中で何匹か逃したミノタウロス! 最後の一匹、お前が始末したんだろ!?」

 

元から性格面に問題があるのか、それとも泥酔してるのか、やけに口調が荒々しい。

 

「そこにいたんだよ! 男のくせに女みてぇな長い蒼い髪で、いかにも駆け出しって冒険者がよ!」

 

周りの視線を集めているのに御構いなしに狼人(ウェアウルフ)の男は声のボリュームを上げた。

長い蒼髪——その言葉を聞いて間違いなく自分だと自覚する。『女みたいな顔』の部分に反応して一瞬だけ幸祐は顔を硬ばらせてしまう。

男は止まらずにいい続ける。

 

「それでよ、その女野郎、アイズの前から逃げるようにどっか行っちまったんでぜ? ……ぶははっ! 俺らんとこのお姫様、助けた奴に逃げられてんの!」

 

「プッ……!」

 

「ブワッハハハハハ! 冒険者も怖がらせるアイズたんマジ萌えやー!」

 

「ご、ごめん、アイズッ、ちょっと我慢できない……!」

 

狼人(ウェアウルフ)の男から出た言葉に、決壊したダムのように笑いに包まれる。

幸祐がアイズの元から走り去ったのを目撃したらしく、アイズに怯えて逃げたと勘違いしているらしい。

笑いの渦に包まれる中、アイズは無表情のまま何もいわなかった。

当事者の一人である彼女が何もいわないのなら……つまりそういうことなのだろう。

幸祐は勝手にそう結論づける。

 

「コ、コースケさんッ……?」

 

幸祐の隣でベルが心配そうに幸祐に視線をやる。もう【ロキ・ファミリア】に視線はいってなかった。

あの日、ミノタウロスの事件を知ってるベルは狼人(ウェアウルフ)のいってる男が幸祐だとすぐ分かった。

自分の団員はそんな腰抜けじゃない、馬鹿にするな、といってやりたかった。しかし相手は大手【ファミリア】の第一級冒険者。相手にならないのは駆け出し冒険者のベルも分かりきっている。

ベルの中で、幸祐は拳を握りしめて憤怒の表情に染まっているのでは、と想像してしまう。もしかしたら喧嘩から殴り合いに発展してしまうかもしれない。第一級冒険者と闘り合えば命の保証はない。

落ち着かせようと声をかける直前、

 

「………暇な奴らだな」

 

自分を笑い者にする【ロキ・ファミリア】を見ながら呟いた幸祐。

思わず「え?」と素っ頓狂な声を上げるベルに幸祐は嗜める。

 

「ベル、酒に酔って騒ぎ立てる阿呆の言うことなんざ無視しとけ。いちいち構うと俺達も同レベルと思われるだけだぞ」

 

ベルは思わず素っ頓狂な声を上げる。

殴り込むどころか、幸祐の瞳に怒りの欠片もなかった。むしろ狼人(ウェアウルフ)の発した罵倒に何の反応も示さなかったという表現が正しい(女みたいな顔と指摘されたことは除いて)。例えばそう、道端の石ころに見向きもしない、そんな無関心だった。

幸祐は指摘するつもりなどない。自分達とは何の関係性もない【ファミリア】なのだ、わざわざ行く必要もない、と。

だがこれ以上、自分への罵言を聴きながら飯を食べたくはなかった。

 

「悪いシル。今日はもう帰る。美味い料理だった」

 

「え? コースケさん?」

 

困惑気味のシルに説明もせず、幸祐は近くのカウンターに代金を置く。

 

「行くぞ、ベル」

 

「う、うん……」

 

長居は無用だと、ベルを連れて行く。

未だ笑いの渦に呑まれてる【ロキ・ファミリア】に気づかれないまま、幸祐達は音を立てず店を去った。

 

「…………」

 

だが、幸祐の姿を捉えた少女が一人、【ロキ・ファミリア】にいた。

 

 

 

 

 

 

「——ッたくよ、ああいうヤツがいるから俺達の品位は下がるってのによ。逃げるなら初めっから冒険者なんてやってるんじゃねえよ」

 

「いい加減そのうるさい口を閉じろ、ベート。ミノタウロスを逃したのは我々の不手際だ。巻き込んでしまったその少年に謝罪することはあれ、酒のつまみにして笑い者にする権利などない」

 

「おーおー、流石はエルフ様。でもよ、弱ぇ奴に弱ぇといって何が悪い。自分の身すら守れない奴じゃ、どの道ここでは生きていけねぇよ」

 

笑いの種にされてる幸祐がいなくなったことに気付かないまま、狼人(ウェアウルフ)の男——ベート・ローガは悪態を吐く。

【ロキ・ファミリア】のメンバーが幸祐を嘲笑う中、小人族(パルゥム)の団長を筆頭に最古者のメンバーはどうしたものか、と顔をしかめていた。

そして当事者の一人でもあるアイズは「違う、あの人は逃げたんじゃない!」といいたかった。しかし口下手な性格もあっていい出せずにいる。

ハイエルフの女性の言葉にも耳を貸さないベート。

だが、ある人物の一言で嘲笑が止まる。

 

「……バカな犬ほどよく吠える、か」

 

「あぁん?」

 

不機嫌そうにベートは、声の主を睨みつける。

視線の先にいたのは、血のような赤い瞳に、肩までしか届かない金髪から片方だけ尖った長い耳が突起しているエルフ——否、ハーフエルフの少女。

一部を除いた【ロキ・ファミリア】が笑いの渦に巻き込まれる中、一切表情を崩さなかった者の一人だ。

少女の眼前まで歩いたベートだが、少女は視線を合わせようしなかった。

 

「俺に喧嘩を売ってんのかよ? クソ女」

 

「誰もアンタの名前を言ってないでしょ。自覚してるなんて、私が思ってた以上に利口ね。発情狼……いや、発情犬」

 

「テメェ、ぶち殺すぞ!」

 

ガタンッ、とテーブルを乱暴に叩いて殺気を晒す。酒に酔ってることに加え、想い人であるアイズの前で『発情犬』と罵倒され、沸点が急降下していた。

狼人(ウェアウルフ)特有の牙を剥き出しにして敵意を露わにする。

鬱陶しい素ぶりを見せて、少女はベートの方へ振り向く。

 

「———うお!?」

 

一瞬のことだった。

急に立ち上がった少女はベートに足掛けをし、体制が崩れて隙にベートの後頭部を掴んで顎をテーブルに叩きつける。

流れるような仕草で、実に鮮やかであった。

その光景で周囲から視線を集める中、少女は耳元でいい放つ。

 

「私を殺す? アンタにできるの? 色恋沙汰にうつつを抜かす駄犬如きに」

 

「こ、のッ……!!」

 

同じ【ファミリア】の仲間に向けるとは思えないほど冷徹な視線。ベートの顔を押し付ける力を緩めない。

完全にマウントポジションを取られたベートは身動き一つできず、顔を机の上に押し付けられながら、ハーフエルフの少女を睨みつけるしか術がなかった。

 

「やめい、ベートにフォルト。酒が不味くなるわ」

 

「……フン」

 

主神——ロキの命令に、少女は手を離す。

その途端、ベートは机から顔を離して体制を建て直す。

 

「ッ! こ、このクソ女が———!」

 

「止めんか、店内で問題を起こすな」

 

尚も掴みかかろうとしたベートの頭にドゴォッ! と強烈な一撃を食らわせて意識を刈り取るドワーフの男。

そんなやり取りを横目に見ながら、ハイエルフの女性——リヴェリアが少女に呼びかけた。

 

「お前もお前だ、フォルト。乱暴な真似は止めろと何度もいってるだろう」

 

「お言葉を返すけど、そもそもアンタが早くこの発情犬の口を押さえれば良かっただけの話じゃないの?」

 

ハイエルフである彼女にすら反抗的な態度をする少女。

大抵のエルフの血を引く者は男女問わず、王族の正統な血筋であるハイエルフを敬う。

だが、このハーフエルフの少女だけは例外だった。

この場にリヴェリアを敬愛し慕うエルフがいれば、迷うことなくこの少女を目の敵にするだろう。実際【ファミリア】関係なしに、その場にいるエルフは全員彼女に敵意を向けていた。

少女は気にもせず、その視線を無視して口を開く。

 

「ここにいても時間の無駄みたいね。もう帰らせてもらう」

 

「待ってぇな、フォルたん。今日は宴やん? パーッと楽しもうや」

 

「興味ない……宴なら、誰かを笑いの種にして良いの? それが最強【ファミリア】のやること? 三流【ファミリア】と大差ないわね」

 

主神の言葉に耳を貸さず、フォルトは冷たい視線を向ける。一方、ロキは気不味そうに口を閉ざすも、フォルトの視線から逃げなかった。

フォルトは【ロキ・ファミリア】のメンバー達を見渡す。

 

「勘違いするな。そこの狼が罵った弱者に私は微塵も興味ない……だが、アンタ等のような弱者を笑い者にする小者に成り下りたくない、ただそれだけよ」

 

その言葉を最後に、フォルトは自分が頼んだ分より多めの代金を残して店を出て行く。店内を騒がせた慰謝料だ。

何人かが着いて行こうと音を立てた瞬間、フォルトは鋭い眼光を向けた。それは「着いてくるな」という意思表示、敵意そのもの。

理由は胸に手を当てなくとも分かる。先程ベートが笑った冒険者を、自分達も笑ってしまったからだ。弱者を笑い者にする人種を嫌う彼女の傍にいれない。

後悔の念に包まれたまま自分の席に戻る。

結局、誰もが声をかけられないまま、ハーフエルフ少女——フォルト・ティラード——は外へ出てしまった。

外へ出て、フォルトは店の周囲を見渡す。

名前も知らない蒼髪の少年や白髪紅眼の少女を探すが、もう既に立ち去った後のようだ。

 

『ウォオオオオオオオッ!!?』

 

店の中が急に騒がしくなった。

視線をやると、気不味い空気を作り出した元凶ともいえる狼男に、彼と仲の悪いアマゾネス姉妹が体を縛って吊るし始めていた。

——くだらない。

そう嫌悪するフォルトの元に、一人の少女が声をかけた。

 

「あ、待って……!」

 

「何か用?」

 

フォルトに声をかけて飛び出してきた少女——アイズが駆け寄る。

 

「あの……ありがとう」

 

「……意味が分からないのだけれど」

 

「ベートさんにいいたいこといってくれた。だから……」

 

アイズの言葉から推測するに、さっきの蒼髪の男が罵られたことをアイズは快く思ってなかったのだろう。表情こそ乏しいものの、アイズは内心で止めてほしいと願っていたのだと分かるフォルト。

 

「それで? 用はそれだけ?」

 

「え? えとっ……」

 

「勘違いしているようだけど、私はあの狼が気に入らなかった、ただそれだけ。感謝される覚えなんかないわ。アイズ・ヴァレンシュタイン」

 

フォルトはアイズに背を向け、夜の街へ歩き出す。

昔のアイズは誰にも心を開いていなかったが、【ロキ・ファミリア】に小さい頃からいたため、愛着が湧いて彼等を『家族』と呼べるようになった。

だが、同じ【ファミリア】で同じ境遇である目の前の少女はその逆。メンバー達のことを、まるで仕事の同僚と呼んでいるかのような冷たい態度。幹部筆頭の一人になった今でも【ファミリア】の誰にも心を許してない。

やりきれない気持ちに苛まれたアイズは、夜道に消え去るハーフエルフの少女の背中を見つめているだけだった。

 

 

 

 

 

 

『豊穣の女主人』から離れた道中、幸祐はベルの手を掴みながら帰路を目指している。

 

「結構美味かったな、ベル」

 

「うん……」

 

「また行こうぜ。今度はヘスティアも連れてさ」

 

「うん……」

 

「どうしたんだよ、ベル? お腹でも壊したか」

 

俯いたまま「うん」としかいわないベルに幸祐は尋ねる。

 

「………コースケさんは悔しくないの?」

 

幸祐の手を引っ張って、ベルは立ち止まる。

 

「悔しい……もしかして俺が笑い者にされたことか? ベルが怒る必要はないだろ?」

 

幸助は「俺は全然気にしてないからもう忘れとけ」と笑みを見せてベルの頭を撫でる。

だが、ベルの表情は曇る一方だった。

 

「何でコースケさんはそんな楽観的なの? 自分で倒すことができたのに、弱いってバカにされて……どうして落ち着いてられるの?」

 

「だから、気にしたら負けなんだって。それに、俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

———強いとか弱いとか、そんなものどうでもいい。

格言のように、その言葉が頭の中で何度も流れる。

一瞬、ベルは困惑する。

唯一の団員にして副団長の少年、幸祐はベルより冒険者経験が短い。

しかしベルは確信している——彼、幸祐は自分よりずっと強いと。

自分達じゃ勝ち目がない強敵——ミノタウロス——を相手に怯えもせず、自分を逃すために体を張って戦ってくれた。

そして勝利を掴み取った。

ベルが欲している勇気や力を、幸祐は持っている。

無意識に尊敬した。

幸祐という人間性にベルは妬んだ。

なのに、これだ……幸祐は『強さに興味ない』と言った。

彼がこれほど無関心なのに……追い抜かされた自分は一体何なのだ?

やがて感情は怒りに変わり、矛先が幸祐に向けられる。

 

「コースケさんに……私の気持ちなんて分からないよ!!」

 

ベルは幸祐の手を乱暴に引き離し、幸祐から離れて走り出す。

 

「おい、どこへ!?」

 

「 一人で行くから付いて来ないで!!」

 

完全なる拒絶の言葉を真っ向から受け、幸祐は呆然とする。

元々俊敏性の高い【ステイタス】の効果もあり、あっという間にベルは幸祐の元から走り去った。

 

『コースケさんに……私の気持ちなんて分からないよ!!』

 

先程ベルが叫んだ言葉が、幸祐の頭の中でリピートされる。

気のせいかもしれない……いや、気のせいなどではない。

ベルは泣いていた。

走り去る間際、彼女の頬に伝った一筋の涙、その景色が幸祐の頭から拭うことができなかった。

 

「……お前の気持ちなんか分からねぇよ。挫折した俺なんかにはな」

 

遠い目をしながら、いたたまれない気分になる。

灯りが込もった夜道、幸祐は唇を噛み締めてその場に佇むだけだった。

 

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