ダンジョンに鎧武がいるのは間違ってるだろうか 作:福宮タツヒサ
ダンジョン四階層。
夜の階層に一人で潜り込んだ少女、ベルがいた。
『——ギィッ!?』
単眼が特徴的なカエル型の怪物——フロッグ・シューターの喉を、すれ違いざまに切り裂くベル。
赤黒い血を撒き散らしながら倒れるモンスターに目もくれず、地面を蹴りつける。
(——私のバカ!)
ベルは悔しかった。
自分より後で冒険者になったばかりなのに自分よりも強い少年が、強さに興味ないといったことに。
(私のバカ、私のバカ、私のバカッ!)
そして幼稚な自分が悔しい。
あの場、幸祐の判断は正しかった。強い者と無用な乱闘をせずに済んだ。それはベルも理解している。
しかし、英雄を志していても齢十四の少女。どんなに強くなっても心までは制御しきれない。
おもむろにダンジョンに潜り、ヤケクソに、がむしゃらにモンスター達を駆逐していった。
(コースケさんの気持ちを考えないで子供みたいにムキになっちゃって、私の大バカッ!!)
『イギィッ!!?』
再度、眼前に現れたフロッグ・シューター。そのカエルの喉元を切り裂く。
担当アドバイザーであるエイナの言い付けを破り、三階層どころか六階層まで到達したところで、ベルは足を止めた。
息を切らして周囲を見渡すが、昼間と違って人気はない。モンスターすら微塵も感じられない六階層は、ベルに薄気味悪い違和感を覚えさせる。
(あ……私、ボロボロだ)
ふと、自分の容姿を見やる。鎧はおろか、防具一つも纏ってない黒のインナーに走りやすいズボンの私服姿。
服に着いたモンスターに付けられた傷跡が目立ってしまう。
ギルドから支給されたナイフは、モンスターの血で黒赤に染まっていた。
(私、何やってんだろ……)
自分ことながら呆れてしまうベル。
勝手に幸祐に罵倒して走り出し、後になって後悔して悔しくなり、深夜一人でダンジョンに潜る愚行まで犯した。
自分がしたのは【ファミリア】への貢献でもトレーニングでもない。ただ怒りを鎮めるための八つ当たりだった。
呆れすぎて自虐の言葉すら思いつかない。
(またエイナさんに怒られちゃうなぁ…神様にも心配かけちゃうし……でも、まずコースケさんに謝らないと)
怒りや焦燥で火照った熱が消えて、幾分か冷静になる。
踵を返して外へ戻ろうとした……
——その直後。
『———』
声にならない鳴き声を発した何かが、壁を破って現れた。
ベルの眼前の壁に亀裂が生じ、卵から殻を破って這い出る雛の如く、壁の殻を破ってモンスターが誕生する。
人の形をしているが、無機物を彷彿とさせる顔がない異形のモンスター。影を具現化した六階層の怪物——ウォーシャドウ。
「ッ……!」
身の危険を感じ取り、ベルは無意識に距離を置く。
以前の自分なら苦戦するだろうが、今は違う。【ステイタス】によって強化された俊敏や五感があるのだ、一匹だけなら何とか対処できる……!
そう思いナイフの柄を握りしめた時だ。
『———!!』
「う、嘘ッ、もう一匹!?」
ベルの背後、先程と同じように、もう一体のウォーシャドウが誕生した。
二体の『影』は標的——ベルをまっすぐ見つめる。
助けを呼ぶにも……この場に幸祐はいない。
しかし、ベルは諦めない。
——英雄になりたい。
純真な願望が恐怖を拭い取り、両足に力を込める。
「……はぁ!!」
喉から息が吐き出し、地面を蹴り抜く。
▲
同時期、トボトボ街中を徘徊する幸祐の姿があった。
——自分は何のためにここにいるのか?
——どうして少女を追いかけようと考えないのか?
そんな自分にうんざりしていた……
ホームにも戻らず自暴自棄に明け暮れていた。
すると、酒盛りする男達の会話が幸祐の耳に入ってきた。
『それにしてもよぉ、さっきはびっくりしたな? 急に
『まったくだぜ。ダンジョンに潜ったみたいだけど、一人で大丈夫なのかねぇ』
『この時期、しかもこの時間帯はウォーシャドウが活発化しているんだろ?
(ッ———!!?)
幸祐の顔が驚愕に包まれる。
白髪の女の子——間違いなくベルだ。
一人駆け出したベルは、よりにもよって危険な時間帯に潜り込んでしまった。
幸祐は自分の考えが浅はかだったと嘆き、何故是が非でもベルから離れない選択をしなかったのか、と後悔する。
だが、責念に駆られる頭を切り替え、ベルがいるダンジョンへ走り出した。
(頼むッ……間に合ってくれ!)
▶︎
数分……いや、実際は一分も経ってないのかもしれない。
今のベルにとって、数秒も長い時間に感じる。
二体のウォーシャドウを相手にベルは深手を負わされていた。
新米冒険者ではまず敵わないモンスターの攻防から、必死でベルは避け続ける。
(私は、こんなところで死ぬわけにはいかないッ……!!)
——喧嘩別れした少年に謝りたい。
——恩人である女神の元へ帰りたい。
その二つの想いが、ベルの体を動かす。
………だが、
「そ、そんな……!?」
バキャンッ! と無情な音が響き渡る。今ベルが携えている牙であり、唯一の命綱でもある武器——ナイフの付け根が折れてしまい、その刀身が地面に落ちてしまった。
柄のみのナイフを見て震えてしまう。
ウォーシャドウが持つ武器——鋭く長い黒の鉤爪——によって、ベルの頼みの綱であるナイフが破壊された。
罠に陥れたように、二体の怪物はベルに迫る。
(私、ここで死んじゃうのかな……?)
本能的な恐怖に支配され、呼吸することすら忘れてしまう。
さっきまでは運良く生き残れたに過ぎない、もう後がなかった。頼れる人も置いてしまった……後悔の念に苛まれる。
(結局、英雄になれなかったなぁ……)
もうどうにもならない。
爪で体を抉られて殺される。
恐怖のあまり、最悪なビジョンを思い浮かべてしまう。
(……誰かッ……助けて……!!!)
死ぬ瞬間、ベルは両眼をギュッと瞑る。
こんな時、お伽話に出てくるような英雄が出てくるものだと、祖父から聞いたが、そんな都合が良いことが起こるはずがない。
その少女を救う者など、誰一人としていない。
そう……
「———嘆いてもどうにもならないわよ」
突風が行き渡った。
凛とした声が響き渡る。と同時に一匹のウォーシャドウの腹部から槍の鉾が貫かれた。
『————!!!?』
顔がないウォーシャドウが驚愕と苦痛の表情に染まる。
声にならない断末魔が響き、漆黒に染まった影の身体が一瞬で灰となる。
ベルは恐る恐る、影の怪物を倒した者の姿を見る。
声の持ち主は、一人の妖精。自分と同じ紅瞳なのにどこか凛々しい。透き通るような金髪のハーフエルフの少女。片側から突起した耳が露出している、エルフの血筋が混ざっている証拠である。
同じハーフエルフのエイナと違い、目の前にいる少女は冷徹な戦に慣れ親しんでいる騎士、妖精騎士のようであった。
自分を助けに来たのかと錯覚してしまうベルに、ハーフエルフは鋭い視線を向けていた。
「そこでどうするつもり? 何もせず、いつ来るかも知らない助けを求めて、そこで死を待つだけなの?」
そう問われて、ベルは自分の胸に手を当てる。
——さっきまで自分は何を求めた?
——未知なる発見?
——素敵な異性との出会い?
——心踊る冒険?
………どれも違った。
ベルが無意識に思い浮かべたものは——『命乞い』。助けて、と無意識に懇願してしまった。
冒険者稼業において、モンスター討伐中に助けを求めるなど愚行。
ベルは自身の心の弱さに胸が痛くなる。
そこにいたのは英雄志願の冒険者ではなく、ただの『子供』だった。
「冒険者は最後、自分の強さしか信じられない。もし自分がそいつらより弱者と訴えるのなら、アンタに冒険者を名乗る資格はない……それが嫌なら行動を起こせ」
「ッ………!!」
決して優しくはない言葉。十四歳のベルには厳しい言葉かもしれない。
妖精はベルを助けるつもりなど毛頭ない。
自分でそのモンスターを倒せと、態度で示している。
だが彼女の言葉に、ベルの中で何かが弾けた。
恐怖心が消え去ったわけじゃない。
ただそれよりも、冒険者としての誇りが湧き上がった。
残ったウォーシャドウに視線を向けると、影の怪物は突然現れたハーフエルフの少女に怯えて身動き取れずにいる。ベルに目もくれなかった。
——チャンスなら今しかない。
地面に落ちたナイフの刀身を拾い、覚悟を決める。
ウォーシャドウに矛先を向ける。
「や……やぁあああああああああ!!」
声を張り上げると同時に駆け出す。
突然の奇襲に対処できないウォーシャドウ。その胸に、ナイフの刃が深く吸い込まれた。
『〜〜〜〜〜〜ッ!!?』
声にならない奇声が上がった。声帯器官が備わってない『影』は他のモンスターみたいに声を発することはできないが、ベルはその奇声が苦痛に歪んだものと確信する。
突然の奇襲に不意を突かれ、表情が読めない影の怪物は、憎しみを込めた視線をベルに向け、鉤爪を露わにする。
その鉤爪を見てベルは恐怖を呼び起こされる。
——殺される!?
——違う、先にこっちが倒す!!
無我夢中で、ベルは手元の刀身を押し出す力を上げる。
「うぁあああああああああッ!!!」
喉が潰れそうな声を荒げ、モンスターの威圧に耐え、ナイフの刀身をウォーシャドウの胸部に、ゆっくりと、確実に押し込む。
ナイフの刀身が、微かに吸い込まれ続け……ガチッ、と感触がナイフ越しに伝わる。
「う、うぁあああああああああああああッ!!!!」
ウォーシャドウの鉤爪が眼前まで迫るのを見て、ベルは恐怖に打ち勝とうと声を張り上げる。
怖い、怖くて堪らない。しかしそれでも止まらず全力で押し込み続ける……
『—————ッ!!!!』
何かが砕けた感触が手元に伝わった。
——刹那、ウォーシャドウは黒い塵と化して爆散する。
魔石を砕けられ、影の身体は消滅した。後に残ったのは灰の上に盛られた魔石の欠片のみ。
「うぅ……」
その瞬間、ベルは恐怖心から解放される。
様々な負の感情が消え去り、体の束縛から解放されて、ベルの体がゆらりと傾く……
だが、地面に直撃することはなかった。
真っ向から受け止めて、ベルの体を腕の中に納める半妖精の少女がそこにいた。
一つの偉業を成したことへの達成感に包まれ、ベルはハーフエルフの少女に体を預けて意識を失う。
「………」
ハーフエルフの少女——フォルト・ティラードは無言のままベルの顔を見つめる。
弱者、しかも敵を前にして恐怖に駆られた、冒険者にはまず向かない少女。
だが……どこか放っておけなかった。
回復用ポーションをベルの口に入れる。すると見る間もなくベルの容態は回復し、呼吸も安定していく。
鍛錬のつもりが、この現場に遭遇してしまった。
ベルの体を背負うと、そのままダンジョン内を歩く。
途中モンスターと遭遇したが、Lv.5であり【ロキ・ファミリア】所属の第一級冒険者にとって、ダンジョン六層のモンスター相手に苦戦などするはずがなかった。
△
《ソイヤ! オレンジ・スカッシュ!》
『イィッ!!?』
フロッグ・シューターやゴブリン……最弱のモンスター達が斬撃の餌食となる。
【
二階層付近。
幸祐は襲いかかってくるモンスターを蹴散らしながらベルを探していた。
しかし、中々見つからない。
《ロック・オフ》
埒が明かなくなった幸祐はロックシードを折りたたんで、鎧姿から元の私服姿に戻る。
「くそ、どこに……!?」
「そこのアンタ」
幸祐に声をかける者がいた。
声がした方にいたのは、ハーフエルフの少女だった。
紅瞳に金髪、女神にも劣らない魅力の妖精。幸祐と同い年、もしくは一つ歳上の風貌。エルフ特有の尖った耳が片方しか見えないという特徴の妖精だった。
どことなく氷雪を彷彿とさせる視線、幸祐を見る視線が冷たかった。
幸祐は疑心を抱きつつ、少女が背負っている
「———ベルッ!」
気絶している白髪紅瞳の少女、ベルの姿がそこにあった。
ハーフエルフの少女——フォルトは幸祐の手前にゆっくりベルの体を地面に下ろしながらいう。
「この娘はウォーシャドウと争い、そして勝利をもぎ取った……格上との衝突を避け、自分より弱いものとしか戦わないお前とは違う」
幸祐を見る視線が冷たいのは間違ってなかった。実際フォルトは、幸祐に軽蔑していたからだ。
突然の罵倒に幸祐は戸惑うが、冷酷な視線を向けたままフォルトはお構いなしに続ける。
「自分の団長を死に急がせる者に冒険者を、ましてや【
幸祐は挑発混じりの罵声を浴びせられ眉を吊り上げるも、フォルトはもう興味なさそうに幸祐から視線を外して背を向けて去っていく。
「アイツは一体……」
何もいえないまま幸祐はその場に立つだけだった。
▲
カチ、カチ、と時計の針が鳴り響く。時計の針は深夜の五時を指している。
バイト先の飲み会から帰ってきたヘスティアは就寝せず、ホームの隠し部屋で同じ箇所を何度も行ったり来たりしていた。
(遅い……いくら何でも遅すぎる……!)
深夜十二時になっても団員達が一人も戻って来ない。
一度部屋から飛び出して周辺を探すも収穫はゼロ。
少なくとも何かしらのトラブルに遭遇したに違いない。
「……ただいま」
ガチャ、と扉から馴染み深い声がヘスティアの耳に届く。
「コースケ君! 今までどこに行っていたんだい!? ……って、ベル君! 一体何が!?」
ヘスティアは幸祐の背にいるベルを見て驚きを隠せなかった。
背からベルの体を下ろしベッドの上に優しく置く。
目立つ外傷はなく、ただ気絶しているだけだ。
幸祐はベルが一人でダンジョンに潜ったことを話す。
「ごめん、守れなかった」
「……いや、君達が無事で本当に良かったよ」
色々聞きたいことがあったヘスティアだが、どこか疲労困憊した幸祐の様子に何も聞けなかった。
出かける前はシャワーを浴びて汚れを落としたというのに汗臭くなっていた。だがもう気にならなくなり、幸祐は「もう寝るから」と、ソファーの方へ足を運ぶ。
「コースケ君」
「ん?」
ヘスティアに声をかけられ、幸祐は足を止める。
そこにいたのはいつもの幼い容姿を保ちつつ、慈愛の眼を向ける女神の姿だった。
「ボクは君がどこから来たのか知らないし、君が嫌なら詮索する気もさらさらないさ。ただ……少しでもいいからボクに頼っておくれよ? ご覧の通りボクは情けない女神だけど、君達にとっての最高の主神でありたいんだ」
「………そうか」
一瞬だけ笑みを浮かべ、幸祐は寝床であるソファーも元へ消え去る。
扉の先で姿が見えなくなったのを眺めると、ヘスティアの腕の中でベルが目を覚ました。
「神、様……?」
「ベル君ッ! 大丈夫なのかい!? 目は見える!? ボクの指が何本か分かる!?」
「あ、あの、大丈夫ですから……少し苦しいです」
「おおっと、ゴメンよ」
慌ててベルから体を離すヘスティア。
ベルの精神が安定しているのを確認し、ヘスティアは切り替えて普段より厳しい目つきになる。
「コースケ君から聞いたよ。ダンジョンへ潜ったんだって? しかも一人で……どうして、そんな無茶をしたんだい?」
ヘスティアが知る限り、ベルはそんな無謀なことをするような娘ではない。
しかしベルは無言のまま黙りこくる。この時のベルは頑固になり、こうなってしまったら中々話してくれない。
それを見たヘスティアは溜息を吐いて肩をすかす。
「分かった、もう何も聞かないよ。君って意外に頑固だから、ボクが無理に聞き出そうとしても無駄だろうしね」
「ごめんなさい……」
「もう良いさ。ほら、シャワーを浴びに行こう。コースケ君が気を遣ってくれたことだし、傷の汚れを落として手当てしないと」
「ッ……はい」
幸祐の名前を聞き、ベルは一瞬だけ肩を震わせる。
その様子で自分の眷属達は何か一悶着があったのだろう、だからこんなにも遅くなったと推測するヘスティア。
「その様子、コースケ君と喧嘩でもしたのかい?」
「……いいえ。あれは私が一方的に怒ったんです。コースケさんは何も悪くありません」
ベルは唇を打ち震わせて話す。
強さに興味ない幸祐の言葉を聞き、その場で怒鳴って別れ、色々悔しくなってダンジョンに潜り、ウォーシャドウに殺されかけたことを。
ヘスティアはじっくりとその話を聞く。
「私、コースケさんの気持ちを考えもしないで、勝手に出て行って、挙句の果てに迷惑しかかけていなくてっ……!」
「大丈夫。あの子は怒ってなんかないよ。もし、コースケ君がベル君のことを許せないっていうなら、ボクも一緒に頭を下げて謝るから。大丈夫さ」
「はい。すみません……」
密着した状態で二人はシャワー室へ赴く。
その時、ヘスティアの耳元でベルはボソッと呟いた。
「神様……」
「ん?」
「……私、強くなりたいです」
ベルはここでない、どこかへ視線を向けていた。自分の団員の名誉でさえ守れない弱さへの悔しさ、あの時のハーフエルフが教えてくれた強者の頂。
少女の中で冒険が燻られていた。
(ベル君……分かったよ。ここはボクが一肌脱ごうじゃないか)
自分の子供の想いをしかと耳にし、ヘスティアは知り合いの女神の姿を浮かび上げて、ある決心をする。
▲
「………」
一方、幸祐はソファーの上で横になっていた。
思い浮かぶのは、あのエルフの少女に叩きつかれた言葉だった。
「俺は何のために
その呟きに応えるものは、その場に誰もいなかった。
幸祐の内にある暗闇が明けぬまま、迷宮都市は朝日を迎える。