ダンジョンに鎧武がいるのは間違ってるだろうか   作:福宮タツヒサ

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第捌話 半妖精の赤騎士

昨日の疲労から回復し、ダンジョンの安全地帯(セーフポイント)まで足を運ぶベル。

現在、ダンジョンに潜ることができない。昨日のことがあってから休息のためにと、ヘスティアに出禁を食らったのだ。

ふと人集りがするところに視線を向けると、檻に閉じ込められたモンスターを目にする。モンスターは鉄格子をガタガタ揺らして中で暴れている。

 

『今年もやるのかね、アレ』

 

怪物祭(モンスターフィリア)だろ? 毎回やって飽きないのかねぇ……』

 

ざわめきの中からそんな会話を耳にする。

聞き慣れない単語を取り、ベルは何の集まりなのか益々気になる。

 

(あれはエイナさん………?)

 

その人混みの中、親しいハーフエルフのアドバイザーを目にする。

書類を片手に、もう一人のギルド職員と何やら真剣そうに話し合っている最中だ。

何をしているか分からないが仕事中に邪魔しちゃ悪いと思い、ベルはその場から退散する。

 

 

 

 

 

 

あれから西の方へ歩いていたが、すっかり日が暮れていた。

ホームに戻ってもヘスティアは用事で出かけているため不在。幸祐はダンジョンに行ってるため、帰っても一人である。

しかし、あれから幸祐と碌に話し合っていない。精々挨拶を交えたぐらいだ。

どうすれば良いものか、と頭を捻らせると、

 

「おーい、ベルさーん」

 

「あ、シルさん」

 

今日は見知った顔ばかり見かける日のようだ。

灰色髪の緑生地のエプロン姿のウェイトレス女性、シルに寄るベル。

タイミングが良いと思い、ベルは怪物祭(モンスターフィリア)のことを尋ねる。

 

「シルさん、怪物祭(モンスターフィリア)って何だか分かりますか?」

 

「ああ、怪物祭(モンスターフィリア)は【ガネーシャ・ファミリア】主催に行われる年に一回の催し物のことですよ」

 

シルは笑みを浮かべて説明する。自分の方が歳上ということもあり、お姉さんぶりたいのだ。

怪物祭(モンスターフィリア)——闘技場にてダンジョンから仕入れたモンスターを調教(テイム)するという……要はモンスター版の大道芸(サーカス)である。

 

「もしかしてベルさん、行きたいんですか?」

 

シルにそう尋ねられる。

ぶっちゃけ、興味はあった。【ガネーシャ・ファミリア】達がモンスターを相手に、格闘を繰り広げて大人しくさせる光景を一目見てみたいと思う。

しかし、幸祐やヘスティアに黙って行くのも後味悪い。何より幸祐とギクシャクした関係のまま祭りに赴いても楽しめないだろう。

 

「で、でも、私だけっていうのも……」

 

「そうですか。う〜ん……あ、そうだ」

 

ベルの気乗りしない言葉を聞き、思いついた仕草をしてシルは一枚のチラシを見せる。

まじまじと手にあるチラシを見つめると、『怪物祭(モンスターフィリア)限定! カップルは無料!!』と大きく描かれていた。

 

「ベルさん、コースケさんをデートに誘ってみませんか?」

 

「…………へ? えぇえええええええ!?」

 

シルの提案した大胆発言に対し、ベルは響き渡る大声を上げてしまった。

この後、真っ赤になったベルを、その隣でシルがニッコリと笑みを浮かべながら慰めたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

一方、勝手に出汁に使われている本人はというと……

 

『ギィアッ!?』

 

剥き出しにして襲いかかってくるモンスター達の牙や爪を橙色の刀身で受け止め、全て斬り裂いて灰と魔石に変えた。

薄暗い壁で覆われたダンジョンの通路で一人、ひたすら《大橙丸》を振るう幸祐。

体の調子は良好。おまけに頑丈なライダースーツと鎧のお陰で幸祐の身に傷一つ付かない。

順調のはずが……どこか虚しさを感じていた。

夢が溢れるファンタジーの世界を生身(リアル)で感じる高揚感もない、元々そんな理由でこの世界に来たのではなかったのだから。

今やってるのは冒険稼業という名の生活稼業である。魔石を回収してギルドで金に変換するという作業をこなしているだけだ。

 

(分かりきっていたことだろ? 俺が誰かに好かれるなんてないって……)

 

そう自分にいい聞かせる幸祐。

思い浮かぶのは白髪紅眼の泣き出しそうな顔。

純粋で可愛い妹のような団長。その娘の想いを踏みにじるような言動をいってしまい、泣かせてダンジョンに行かせて、怪我を負わせてしまった。

その事実で押し寄せてくる罪悪感を、幸祐はモンスターにぶつけて鬱憤を晴らそうとしていた。

全くもって無駄な行為だったが。

 

(我ながら、弱い者いじめみたいだな……弱い者、いじめ……?)

 

そこでふと気がつく、昨日の自分の行為に。

ベルは二回も幸祐に助けられた。

しかし、代わりにベルは見せつけられたのだ、モンスターに苦戦することない幸祐との戦力差を。

わざわざ弱い子供と比べて自分の方が上だと態度で示す子供、自覚がない分タチの悪い。そんな弱い子供の前で「自分は全然凄くない」と謙遜する……まるで昨日の自分はそんな子供のようだった。

それこそ……ベルを泣かせた原因だろう。

 

(……あぁ、そうか。俺はいつのまにか『強い人』と思われていたのか。俺が嫌いな強者に)

 

もちろん、ベルに悪意がないのは分かっている。

英雄を目指している思想を持っているが、まだ十四歳の女の子だ。幸祐の世界では、そんな歳の少女がモンスターと戦うなど過酷に違いない。

英雄になりたい、強くなりたい——そんな想いを背負った子にとって、幸祐がたまたま手に入れた【戦武将(アーマード)ライダー】の力は惹かれるものだった。

故にベルは、幸祐を強い男だと認識してしまった。ロックシードもドライバーもなければ何もできない男だというのに。

 

(でも、俺は強者なんかじゃない。他人を貶めるような強者になんて、俺は死んでもなりたく——)

 

「——太刀筋が震えてるわよ」

 

辺りのモンスターを倒し終えてポツンと中央で立ち尽くしていると、タイミングを見計らったかのように声が響き渡る。

聞き覚えのある、つい最近に聞いた声……自分を蔑んだ者の声だった。

声の方へ振り向くと、赤い軽装備を身に付けたハーフエルフの少女——フォルトがいた。

フォルトの着ている装備の胸部を見ると、見覚えのあるエンブレムが施されていた。

 

(アイツ【ロキ・ファミリア】ってとこの団員だったのかよ。道理で偉そうなわけだ……)

 

有名【ファミリア】ほど偉そうに格下の者を見下し嘲笑う。口には出さないが、幸祐は腐った世だと嫌悪感を抱いてしまう。

幸祐の嫌悪感の視線に気づいたが、気にも留めずフォルトはいい続ける。

 

「その体たらくで【戦武将(アーマード)ライダー】をやっているの? 恥だと思わないの?」

 

「………」

 

隠そうともしない罵声に、幸祐は何もいわなかった。

他所の【ファミリア】と問題を起こすのを避けたかった。それに何より、有名【ファミリア】に怒りを抱いて怒鳴っても無駄だと思ったからだ。

先日のように黙ったまま帰れば、あっちも何もしないだろう、と幸祐は口を閉ざす。

無視する幸祐にフォルトは嫌な顔一つせずに、再び口を開く。

 

「だんまり? それとも……何を言っても無駄と諦めているだけ?」

 

「ッ!!」

 

初めて幸祐は動揺を見せる。

不意を突かれ、心情を見通された。

 

「ホント情けないわね。大方、アンタは他所から追い出されてこの地へ流れ着いた……こんなところ? 無様としかいいようがないわね」

 

「ッ………ふざけんな!!!」

 

『無様』……そんな罵声を浴びせられる。

幸祐の中で何かがはち切れた。

もう我慢の限界だった。

鎧に覆われた状態で壁に拳を叩きつける。

 

「お前に何が分かるっていうんだよ!? 今まで惨めに暮らして、力を持って威張り腐る奴等に散々人生を踏み倒された俺の気持ちを!?」

 

怒りを隠そうとしない。

先程の冷静な判断が完全に消え去ってしまった。

その言葉にフォルトは何もいわない。顔の筋肉を一切動かさなかった。

呆れているのか、何とも思ってないのか……それは本人にしか分からない。

 

「……まぁ、お前なんかにいっても仕方ねぇけどな」

 

声を荒げた結果、幸祐は少し頭を冷やす。

声の調子を落ち着かせる……いや少し違う……冷静になったのではなく、怒っても無駄だと諦めただけだ。

どうせ目の前の少女が何の反応も示さないのなら……と、幸祐は自虐の笑みを浮かべながらいう。

 

「……にしてもいいよな、強い奴は。将来が約束されたもんだから俺達みたいな弱い立場を知る必要もない。気楽でいいよ」

 

————ビュゴッ!!

幸祐が『気楽』と口にした瞬間、風が横を通過した。仮面越しでなければ幸祐の右頰に赤い筋が生じて鮮血が滴っていただろう。

Lv.5のステイタスを駆使したフォルトが、粒サイズの石を投石したのだ。

先ほどまで氷のような冷たい視線を送っていたフォルトは、とてつもない憤怒を幸祐にも伝わるほど表していた。

 

「アンタは嫌いなものを一切受け付けない、ただのガキってわけね……よく分かったわ。アンタは弱者以前にそれを持つに値しない愚図だということにね」

 

()()——《戦極ドライバー》を指しながらフォルトは懐に手を突っ込む。

『愚図』と呼ばれたことに戸惑う幸祐を待たずに、フォルトは何かを取り出す。

出てきたものは黒い物体———《戦極ドライバー》。フォルトはそれを見せつけるように幸祐の前に晒し出した。

 

「お、お前もそれをッ……!?」

 

「——決闘しろ、そのドライバーの処遇をかけて」

 

ドライバーを腰に当てると、自動で黄色のリールが伸び腰部に巻きつく。その際、ドライバーの右側に騎士の横顔のような絵柄が見える。騎士団が登場するようなラッパ音が鳴り響く。

《戦極ドライバー》は最初に使用した者にしか使えない希少価値なレアアイテム。それを腰部に装着できるということは、フォルト・ティラードも【戦武将(アーマード)ライダー】である証拠。

突然のことで幸祐は硬直していたが、ハッと気がついて反論する。

 

「……はぁ!? 何でそんなことやらなきゃいけないんだよ! 大体、いきなり現れて何を——」

 

「その力は、アンタみたいなガキには余る力。暴走してお手上げ状態になる前に回収するのは当たり前よ」

 

「ガ、ガキ……!?」

 

同年代の少女に、二度も『ガキ』呼ばわりされたことに、幸祐の怒りの炎は再び点火される。そこで怒る時点でフォルトが言っている『ガキ』であるとも気づかずに。

 

「勝負を受けるのも受けないのもアンタの勝手にすればいい……だがその場合、実力行使で破壊する。異論は認めない」

 

「ッ——じょ、上等だ! 有名人だが何だか知らないけど、そこまでいわれて黙ってる俺じゃねえぞ!」

 

どの道、決闘を避けることはできない。

ならばと、幸祐は《大橙丸》を片手に身構える。

承諾したと確認したフォルト、幸祐に向ける視線を鋭くする。モンスターと対峙する時と同じ、瞬きすら許さない視線だ。

慣れた仕草で手の中で錠前の錠部分をクルクル回しながらスイッチを押す。

 

「———変身」

 

《バナナ!》

 

フォルトの頭上にエネルギーが凝縮し、黄色の物体が浮かび上がった。湾曲した紡錘形の特徴を持つその物体は、ちょうどバナナのそれに酷似している。

 

《ロック・オン!》

 

バナナの絵柄に『L.S.-08』と刻まれたロックシード——《バナナ・ロックシード》をドライバーの窪みにはめ込んでロックをかける。

小刀の部位を傾けて断面した。

 

《カモン! 》

 

音声と共にフォルトの頭上に降り頭を包み込む。

フォルトの肌に黄色のエネルギーが迸り、細い身体が赤色のライダースーツに包み込まれる。

バナナの形をした物体に亀裂が生じて甲冑が開いていく。

 

《バナナアームズ! ナイト・オブ・スピアー!》

 

内部から現れた頭部は西洋伝説に登場するような衛兵騎士が着こなす板金甲冑(プレートアーマー)と姿が酷似していた。

肩に黄色のアーマーがかかり、覆面の両側にバナナに酷似した角のような装飾が施されている。

片手に長槍(ランス)を構える凛としたその姿——正しく西洋に登場する赤騎士。

【ロキ・ファミリア】所属、第一級冒険者フォルト・ティラード。

二つ名【赤騎(バロン)

またの名を———【戦武将(アーマード)ライダー赤騎(バロン)

 

「———ハァッ!」

 

剥いたバナナ状の長槍(ランス)——《バナスピアー》を構えて突っ込む。

動きが制限される長槍(ランス)を構えながらも、一瞬で幸祐の眼前まで詰め寄った。

 

「ッ!!」

 

咄嗟に幸祐は反応して《大橙丸》の刀身で受け止めつつ、背後へ飛んで距離を置く。

しかし、持ち手から伝わる凄まじい衝撃に幸祐の右手はビリビリ痺れてしまう。

目の前でフォルトは追撃することなく、まるで見定める素振りだ。

 

「それで終わり? 本当に勝つ気があるの?」

 

「ッ! こ、このぉ!!」

 

声を上げながら地面を蹴り出し、フォルトへ詰め寄って《大橙丸》を振る。

だが、幸祐の繰り出した剣筋は全て躱されてしまう。まるで思考まで見透かされているかのように、心を読まれている錯覚に囚われる。焦りを感じて剣筋が雑になり益々躱されてしまう。

そして躱しながらフォルトは、長槍(ランス)を幸祐の体に突き出す。

その際、幸祐に深手を負わせないように力を調整しながら鎧部分に突き出した。

肩、肘、爪先……鎧越しに突かれても、痺れるような痛みが走った。

 

「はぁ……はぁッ……」

 

緊迫した瘴気に当てられ、幸祐の肌に大量の汗が流れている。頭が沸騰するような熱気に当てられて息切れも起こしている。

 

「それがアンタの限界? 私は半分の力も出していないけど」

 

対してフォルトは、甲冑越しでも分かる通り力が有り余っている。

フォルトの槍撃に翻弄されているのは明らかだった。

Lv.5であり、人生の大半を強大なモンスターとの死闘に費やした第一級冒険者。

対して幸祐は、つい最近までモンスターと遭遇したことのないLv.1の駆け出し。

同じ【戦武将(アーマード)ライダー】でも、勝負の結果はいうまでもない。

 

「だったら、これで!」

 

《ソイヤ! オレンジ・スカッシュ!》

 

負けたくない、最後まで悪足掻きをする。

バックルに附属している小刀を一回傾け、橙色の刃にエネルギーを貯めていく。

 

「だりゃぁああああああああ!!」

 

エネルギーが纏まって斬撃力が向上した《大橙丸》を構えて切りにかかる。

 

「———ふッ!」

 

《バナスピアー》が水平に振るわれた。発生した風圧で《大橙丸》に蓄えられたエネルギーが搔き消される。

 

「なッ!!?」

 

まるで小蝿を弾き叩くように、いとも簡単に斬撃をあしらわれたことに幸祐は驚愕を隠せられなかった。

 

「これがアンタと私の実力差だ。冒険者と、冒険者気取りのガキとのね」

 

《カモン! バナナ・スカッシュ!》

 

茶番劇を終わらせるべく、フォルトはバックルの小刀を一回傾ける。

音声が流れると同時に、槍先に黄色のエネルギーが収束する。それは巨大バナナ状に凝縮されていく。

幸祐は避けようと後ずさるが、既に遅い。

巨大なバナナ型エネルギー長槍(ランス)を構え、幸祐の体を斬りつける。

 

「うぁああああああッ!!」

 

エネルギー状の槍が直撃した。

肌が焼けただれるような激痛を食らい、幸祐の体は後方に飛ばされて地面に転がされる。

限界値を超え、幸祐の鎧が消失して元の姿に戻ってしまう。

手痛い攻防を受けた幸祐の体は所々に擦り傷が生じ、女みたいな綺麗な顔に赤い傷が付けられて、目元が腫れ上がっていた。

地面に倒れる幸祐の視線の先には……幸祐の《戦極ドライバー》。変身が解かれた時に腰部から離れてしまったようだ。

 

「ッぐ……ッ……!!」

 

完膚なきまで負けた。

だが、何としてでもドライバーだけは死守しようと、地面を這い蹲りながら手を伸ばす。

これを失くしてしまえば、今度こそ『役立たず』に成り下がってしまう。

あそこに、【ヘスティア・ファミリア】にいられなくなる。

また独りになってしまう。

惨めになりながらも必死に手を伸ばした。

 

「——がぁぁッ!!?」

 

指先が届く直前で、幸祐は手の甲を踏まれる。

幸祐の姿を見下げながら、赤い甲冑騎士の半妖精(ハーフエルフ)がそこにいた。

フォルトは幸祐の《戦極ドライバー》へ手を伸ばす。

 

「……弱いから、強い奴に無理矢理従わなくちゃならないのかよ? ……弱いことが罪なのかよ? ……弱いことの、何が悪いっていうんだよッ……!?」

 

フォルトが掴む直前、幸祐は羽虫のような声を絞り出す。

幸祐の言葉に耳を傾けたまま、フォルトの手は空中で静止したままになる。

 

「俺はそんな歪んだ強さ……絶対に許さねえッ……!!」

 

「………」

 

弱々しくも怒りが込められた言葉。

もう幸祐の頭の中に『勝負』の言葉などなかった。

しかし、どう叫んだところで、この状況を覆すなど起こるはずがない。

起こるはずがなかった………だが、

 

《ロック・オフ》

 

「……もう良い、興醒めだ。これほどのガキとはね」

 

地面に転がってる《戦極ドライバー》に目もくれず、ロックシードを折りたたんで変身を解く。

現れたフォルトの顔は怒りを通り越し、呆れたものになっていた。幸祐を見る目は最早その辺に転がっている石コロと何ら大差ない。

幸祐の手から足を離すと、回復用ポーションを幸祐の方へ投げ捨てる。

 

「アンタの好きにしろ、その弱い意見のまま『ガキ』で居続けるのもな……だが言っておく。今度、弱いことを理由に私の前で強さを侮辱してみろ、次は容赦しない」

 

そう言い残し、フォルトは出口方面へ去っていく。

震える手でドライバーを掴み、無事なのを確認する。

地面に転がった回復用ポーションを掴んで一気に飲み干すと、顔や体につけられた傷が見る間もなく消え去って完治する。

——助かった……

——いや、見逃されただけだった。

 

「……ここも一緒なのかよッ……!」

 

あの世界から逃れたくて自殺し、死ぬこともなく異世界に渡り歩いたというのに……結局ここも一緒だった。

小さい頃に憧れた冒険に満ちたファンタジーな世界など幻想に過ぎなかった。

実力が全てを決める世界、そして弱者は虐げられる世界……迷宮都市(オラリオ)はそういう場所だった。そう気づかされてしまった。

その事実に絶望してしまう。

 

「俺は……俺はッ……!!!」

 

——もう人生を踏み躙らたくない。

——でも、そのためには強者でなくてはならない。

——でもでも、人を蹴落とすような人種に成り下がりたくない。

——でもでもでも……

胸の内に様々な葛藤や感情が溢れ出る。

目から血が溢れ、視界が赤く染まる。涙など枯れ果てて流れ落ちないと主張するかのように。

モンスターも誰も蔓延ってないその場に、男の嗚咽音が響き続けた。

 

 

 

 

 

 

———カチリ

幸祐の中で、歯車が動き出す。

錆びて動くことができない機械に油を差し込まれたように。

《スキル》【王族血統(オーバー・ロード)

激しく昂ぶった感情に支配され【ステイタス】が加算されていく。

怒りと憎しみと殺意……ドス黒い負の感情を表現するかの如く、両眼が血のような赤色に染まる。

自分でも知らないうちに、幸祐は着々と力を身につけていく……

 

 

 

 

 

 

ダンジョンの上に建造された、天空に到達するかのように高い巨塔『バベル』、そこの最上階に、一人の女神が熱心に見つめていた。

 

「あの子、とても良いわね……」

 

美を司る女神、フレイヤ。

地上に降り立ってからこれまで様々な地上の『子供』達の心を覗いてきた。

だが、幸祐のそれは見たこともない色だった。

 

「白い光かと思えば、急に黒や赤の強い輝きを放つ……けど、彼の本質をまだ観ることができない。まるで、分厚い表皮に守られている未知の果実みたい」

 

果たしてどんな味がするのだろう、フレイヤは興奮を隠せない。

目にしたのは偶然にすぎなかったが、今ではその偶然が自分の元に訪れて良かったと思うフレイヤ。

幸祐の魂の色が揺らいだ。恐怖の光を発するのかと思えば、炎のような怒りをさらけ出した。

興味本位で様子見していたうちに色々分かった。

まだまだ『子供』だった。力の使い方も知らず、戸惑いと怒りを撒き散らし、いつ壊れてしまうか分からないような……とても不安定な『子供』。

しかしフレイヤは、その『子供』の魂が愛おしく見えた。

いつか彼が死んでしまい、何もいわない屍になったら……その遺体が腐り落ちないように保管し、天まで行って魂を入手し……永遠に自分の元に置いておきたい。

天界の規則を破っても、彼だけは手に入れたい。

 

「あの子が欲しい………」

 

うっとりと光悦した表情を浮かべる。

フレイヤの中で興味は恋心へ豹変し、美に魅入られた女神の象徴たる歪んだ思想で、幸祐に対する想いは独占欲へ昇華していた。

 

「それにしても、彼は一体どこから来たのかしらね。()()()()()()()()()()()()……ねぇオッタル、あの子はどこへ?」

 

「はい。奴はまたもや無断外出でございます……」

 

近くに控える巨体の猪人(ボアズ)は無表情で答える。

フレイヤは「そう……」といい、再び幸祐に視線を向ける。

一瞬だけだが、フレイヤと猪人(ボアズ)のオッタル——【フレイヤ・ファミリア】団長でありL.v.7の都市最強の冒険者——が思い浮かべた人物像が一致した。

その姿を例えるなら、満月も斬り崩すような白の貴公子………その名も、

 

 

 

—————【斬月(ざんげつ)】—————

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