ダンジョンに鎧武がいるのは間違ってるだろうか   作:福宮タツヒサ

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第玖話 怪物祭

——怪物祭(モンスターフィリア)当日。

その日、朝早くからオラリオの賑わいは最高潮にまで到達していた。街路にはいくつもの屋台が出店し、多くの人が仕事を忘れてこの祭を堪能している。それは冒険者も例外ない。

西のメインストリート、幸祐とベルは横に並んで歩いている。

 

『コースケさん! その……これに行きませんか!?』

 

昨夜、ホームに帰った時、真っ赤な表情をしたベルに『怪物祭(モンスターフィリア)』と描かれたチラシを見せられる。

いきなりのことで最初は困惑するが、気分展開にはちょうどいいと思い幸祐も同行することとなった。

だが現在、会話の一つも交えていない。

 

(シルさんに言われた通り誘ってみたけど、何を話せば良いんだろう? …あれ? これって、もしかしなくても……デ、デート!?)

 

(……ベル、やけに黙りこくって、こっちから話しづらいな。祭りに行く男女ってどんな話をするんだっけ?)

 

二人の心境は、気不味い、この一点張りである。

先日の出来事の後、何を話すべきか、どんな話題を提供すればいいのか、それぞれ考えながら互いに口を閉ざしている。その雰囲気が益々気不味さを引き立てている。

……だが幸祐は、ある決定的な理由で祭を楽しめない。

原因は昨日のことである。第一級冒険者のフォルトに否定され、為す術もなく惨敗した。そのことに幸祐は意気消沈する。

ベルにそのことを悟られないようにするも、幸祐が意気消沈していることに気づくのも時間の問題かもしれない。意外にもベルはそういう面では勘が鋭いのだ。

 

(ベルは知っているのか? この世界の残酷さを……)

 

そんな疑問を抱いてしまう。

幸祐としてはベルの純粋な夢をぶち壊す行為は避けたかった。だがこの都市で『英雄』になるのなら、その暗い面も知っておかなくちゃならない。

だけど、言い出せない。そのせいでベルがまた拒絶してしまうのでは……と躊躇してしまう。

何とか平常そうに振る舞う幸祐。

そんな幸祐の心情を知らずに羞恥心に駆られて何も発することができないベル。

無言という負の連鎖に、待ったをかける者が現れた。

 

「おーい! 待つニャ、そこの白髪頭と青頭ー!」

 

静寂さを破るかの如く元気そうな大声が二人の耳に入る。

白髪と青頭という言葉に二人はそれぞれ反応し、そう大声で呼んだ張本人を見やる。

そこにいたのは『豊饒の女主人』の店員である茶髪猫人(キャットピープル)の女性。

 

「いきなり呼び止めて悪かったニャ。ちょっと頼みごとがあるニャ。はいコレ」

 

ポン、と手渡したものはガマ口の財布。

 

「白髪頭と青頭はシルのマブダチニャ。だからコレをあのおっちょこちょいに渡してきて欲しいのニャ」

 

『……はい?』

 

二人は同時に困惑の表情を浮かべた。無理もない、説明が大雑把で不十分すぎる。

返答に困っていると店の奥から見覚えのあるエルフの女性が姿を見せる。

 

「アーニャ、それでは説明不足です」

 

「リューはアホニャ。店番サボって祭り見に行ったシルに忘れた財布を届けてほしいニャんて、話さずとも分かるニャ」

 

「……というわけです。説明不足で申し訳ありませんでした」

 

アホ丸出しのオーラの猫人(キャットピープル)——アーニャ。礼儀正しい金髪エルフの店員——リュー。

性格も種族も異なる二人の店員を目前に、ベルは「あ、そういうことだったんですね」と困惑気味の返答をする。

一方、幸祐は相槌を打つも、内心では『分かるわけねーだろ』と愚痴を零していた。

 

「それで、どうか頼まれてもらえないでしょうか? 私やアーニャ、他のスタッフ達も店の準備で手が離せないのです」

 

リューが申し訳なさそうに尋ねる。

しかし、都合が良いといえば良かった。ちょうどベルと幸祐も怪物祭(モンスターフィリア)に行くところだったのだ。

 

「別に構いませんよ、シルさんに届けてきますね」

 

「ま、俺達も祭りに向かう途中だったんで」

 

「ありがとうございます」

 

二人の了承を受け取り、リューは頭を下げる。

 

「シルはさっき出かけたばっかだから、今から行けば追いつけるはずニャ」

 

「はい、分かりました」

 

アーニャとリューとの会話を終え、幸祐とベルは『豊饒の女主人』を後にする。

 

「……あー、頼みごとされたな」

 

「う、うん……」

 

『豊饒の女主人』から大分離れた道中、幸祐から会話を切り出す。それに対してベルが困惑気味に頷く。

意気消沈している幸祐からすれば、その感情を壊すほどのインパクトがあった。

互いに顔を見つめ合うと、祭りにまだ行ってないのに既に疲れたという表情を浮かべていた。

 

「……ふふッ」

 

「……あははッ」

 

互いに見つめ合い、何故か可笑しくなって自然と笑みが溢れ出てきた。

緊張の紐が解けたように、二人の蟠りは綺麗さっぱり拭われた。

 

「この前、急に怒鳴ったりして、コースケさんの気持ちも考えないで……本当にごめんなさい」

 

「いや、俺だってベルの気持ちを全然考えてなかった。目の前で力の差を見せつけられて、それは嫌だもんな……ごめんな」

 

ベルと幸祐はそれぞれ頭を下げる。

幸祐は昨日、赤騎士の【戦武将(アーマード)ライダー】に一方的に倒されたことで、ベルの味わった辛さをその身で知ることができた。

それぞれの誠心誠意の謝罪に、二人はようやく和解する。

その雰囲気に、新たな衝撃が舞い込んだ。

 

「おーい、ベルくーん! コースケくーん!」

 

「ヘスティア?」

 

「神様! どうしてここに?」

 

「ふふ〜ん、びっくりしたかい? 君達に会いたかったから来たのさ!」

 

目の前でヘスティアは誇らしげに胸を張る。ただ、その胸が大きすぎるため、周囲の通行人の男達は目のやり場に困ってしまう。

するとベルはヘスティアに尋ねる。一昨日の夜までどこで、何をしていたのか。

 

「あの〜、神様? 本当にご機嫌ですけど、どこで何があったんですが?」

 

「ん? 知りたいかい? 理由は二つあるからだよ。一つはね、君達が仲直りしたからさ!」

 

さっきのやり取りを見ていたらしい。

自分の眷属達が和解した光景を見て、ヘスティアは満面の笑みを崩さなかった。

ベルと幸祐は見られたことに照れ臭さを感じる。

 

「それで二つ目って?」

 

「もう一つはね……やっぱり教えなーい。楽しみは後で取っておこう」

 

「えぇ!?」

 

「それよりも祭りだ! デートと洒落込もうじゃないか、ベル君! コースケ君!」

 

祭りのテンションに当てられた影響なのか、ヘスティアはいつにも増して上機嫌になってベルを翻弄していた。

そこへ待ったをかけるように幸祐が制止の声をかける。

 

「ちょっと待て、一旦落ち着けって。俺達は人探しをしているんだ」

 

「うん? そうなのかい?」

 

「は、はい。この間行った酒場の人達に頼まれまして」

 

「そうかー……でもそれなら、店を回りながら探せば良いんじゃないかな? うん、それが一番だよ! 楽しみながら仕事をこなす、正に一石二鳥だ!」

 

「えぇッ!? あ、あの、神様!」

 

「それじゃあ三人デートを楽しもうじゃないか! ベル君! コースケ君!」

 

「あのなぁ、少しは話を聞いてくれ——って、引っ張るな! 袖が伸びるだろうが!」

 

ヘスティアは満面の笑みを浮かべながら、幸祐とベルの手を引っ張っていくつもの屋台へ連れて行く。

ツインテール女神のテンションに初めは困惑するベルと幸祐。

だが、ベルも祭りの賑わった雰囲気に感化されて楽しみだす。

いつもダンジョン帰りで【へファイストス・ファミリア】の店前に展示されている何千万ヴァリスの武器や装備を、まるで少年のように眺めているというのに……出店の品物であるアクセサリーや甘味の食べ物をヘスティアと揃って眺めたりしている。

屋台で買ったクレープをパクッと、美味しそうに頬張りする姿はとても絵になる。

普段見慣れているが、女神のヘスティアに負けないくらいベルも美少女なのだと意識する。今はまだ『可愛い』といわれるが、成長すれば間違いなく『美しい』美女になるだろうと、幸祐は確信する。

 

『——好きにしろ、その弱い意見のまま『ガキ』で居続けるのもな——』

 

一瞬だけ、赤騎士姿の妖精にかけられた言葉が頭の中を過ぎた。

 

(もしかしてアイツ、ベルの気持ちを分からせるため、わざわざ俺を……?)

 

ふと、そんな考えが過った。

あの半妖精がいった通り、自分は強くなろうとしない愚者だ。もっと高みへ目指せる力を持っているのに行使しない、宝の持ち腐れだ。

だから半妖精の少女は『痛み』という教えで、幸祐に説教した………と。

 

(……いや、考え過ぎか。でも)

 

幸祐はヘスティアとクレープの食べさせ合いっこをしているベルの姿を見る。

ベル達の笑みを見て、幸祐は底にあった負の感情を忘れ去ることができる。

たとえ愚図でも、本当にガキだとしても……

 

(今だけ、この気持ちを噛み締めても良いよな?)

 

幸祐は自分にそういい聞かせ、ベル達と一緒に祭りを満喫しにいく。

また軽蔑されるような姿を晒すことになるとしても、この瞬間だけは楽しさに身を任せたかった。

 

 

 

 

 

 

刻は同じく、怪物祭(モンスターフィリア)が開催されている東のストリート。

そこにフォルトも訪れていた。団長であるフィンにダンジョン探索を禁止されたのだ。

フォルトは【ロキ・ファミリア】一番の問題児とされる。騒ぎを起こしたのは今に始まったことではなかった。

過去に数々の違反を犯した経歴がある。他の【ファミリア】の冒険者に奇襲をかけて怪我を負わせたり、徹底的に苦痛を与えてダンジョン恐怖症に陥らせたりした。

その冒険者の全員が【戦武将(アーマード)ライダー】であり、そのうち《戦極ドライバー》を破壊された冒険者の殆どが犯罪者。努力もせず実力もないくせに力を得たことで調子に乗り、その力で欲に塗れた行為を繰り返した者ばかりだった。

幸い冒険者の免許を剥奪されることはなかったが、しばらくの間ダンジョン出入りを禁止され罰則(ペナルティ)を食らった。

この関連から、フォルトは【赤騎(バロン)】と名付けられる前、神々から【狩人(スレイヤー)】の異名を授けられる。

冒険者の間だけでも恐れられ、前記の言動から【ファミリア】内で浮いた存在になる。

 

(……何故、私はあの男を見逃した?)

 

歩きながら自問自答を繰り返す。

思い浮かんだ人物像は、蒼い髪質の少年——幸祐。

幸祐は自分と同じ【戦武将(アーマード)ライダー】である上、それ以上高みを目指そうとしない。そして強くなるまでの苦労を知ろうとしない()()()()であった。

あのままでは、いずれ自分が手にかけなくても死んでしまう。ならば早々に取り上げるべきと、フォルトは幸祐のドライバーを破壊しようとした……だが、できなかった。

 

『俺はそんな歪んだ強さ……絶対に許さねえッ……!!』

 

あの時、幸祐が恨めしそうに浴びせた言葉を思い出す。

昔の自分と姿が重なったからだろうか。

——強さの欠片もない弱者なのに……

——力を持つに値しない愚者であるはずなのに……

——仇敵の【戦武将(アーマード)ライダー】であるはずなのに……

幸祐の言葉がフォルトの中で共鳴を起こしたのか、何故か見放してしまった。

自分の信条を確認し………急に足を止める。

 

「………一人、か」

 

ふと、自分に向けている視線に気づいた。

間違いない。影に身を潜めて、誰かがこっちを見ている……

フォルトは祭への参加を止め、踵を返してその場を去る。

 

 

 

 

 

 

本日、開催される怪物祭(モンスターフィリア)。それを全面的に担う【ガネーシャ・ファミリア】が使用する地下の大部屋。

ダンジョンから集められた数匹のモンスター達が鎖に繋がれた状態で檻の中、鉄格子を破ろうと荒ぶっている。

モンスター達の控え室ともいえるその地下部屋に、フードを深く被って身を隠している女神——フレイヤがいた。彼女の手元には、モンスター達を隔離している檻の鍵がある。近くにいた【ガネーシャ・ファミリア】の団員を巻き込んで門番を『魅了』し、拝借した鍵だ。

 

(しばらく様子見のつもりだったけど、ちょっかいを出したくなっちゃった)

 

素肌を曝け出し、檻の中にいるモンスター達の視線を集める。

見定めるように檻の近くを歩き回り、巨体な白毛猿の怪物——シルバーバック()が閉じ込められている檻の前で動きを止める。

 

(死に近づくほど、あの子の魂は輝きを増す……だから、もっと見せてちょうだい? 貴方の惚れ惚れする魂を……)

 

鍵を使用して檻の外へ出させると、フレイヤは微笑みながら巨大猿の額に口付けをする。

それだけで猿の怪物達は眼を見開き一瞬で興奮状態が最高潮に達する。

 

「小さな女神(わたし)を追いかけてね?」

 

『ッ———グォオオオオオオオオオオッ!!!』

 

たちまち魅了されてしまい、血眼になりながら女神(フレイヤ)の命に従う。

咆哮を上げ、鎖を引きずり回しながら外へ飛び出た。

 

「死なないように頑張ってね? もし死んじゃっても大丈夫……その時は」

 

——私の手元で永久に大事にするから♪

その場にいない幸祐(おとこのこ)に向けて、フレイヤは歪んだ愛情を込めた。

 

 

 

 

 

 

 

『————!』

 

「どうしたんだい、ベル君?」

 

不意にベルは足を止めた。

遠くからやって来る天敵の存在を察知する小動物のように、嫌な気配を感じ取る。

それを隣でヘスティアは不機嫌そうに振り返る。

幸祐も怪訝そうにベルを見る。

———ドゥゥン

 

「ん? ……今のは?」

 

と同時に自分も何かを聞き取った。

この切羽詰まった雰囲気、前にも味わった。

そう……これは六階層でミノタウロスと遭遇した時の緊迫感と同じだった。

 

「も、モンスターが出たぁあああああああああ!!?」

 

祭りの賑わいをぶち壊すように、一人の男の口から切羽詰まった大声が辺り一面に響き渡る。

そして闘技場の方から全身白い体毛の巨大猿のモンスターが、石畳を破壊しながら現れる。

 

「えぇッ!?」

 

「なッ!!?」

 

「あれは——シルバーバック!!?」

 

上から順にベル、ヘスティア、幸祐と驚きの声を上げる。

シルバーバックは血走った紅眼でヘスティアを凝視した途端、一瞬だけその動きを止める。

何かヤバイ、早くここを離れなくては。幸祐達の危機管理能力が警報音を鳴らすが、もう遅い。

 

『——グォオオオオオオオオオオッ!!!!』

 

シルバーバックは一心不乱にヘスティアがいる方へ飛びかかった。

巨大な猿の怪物が暴れ出したのをきっかけに周囲の一般市民は恐怖に支配され、散り散りになって走り出した。

戸惑いで体が固まる三人、その中で幸祐が先に動き出す。

 

「掴まっていろ、ヘスティア! ベル、走るぞ!」

 

「え……う、うん!」

 

「え? コースケ君、何を……って、うわぁああああ!?」

 

咄嗟の判断でヘスティアの身を腕の中に抱え込み、ベルの手を引っ張って走り出す幸祐。

幸いベルは【敏捷】が高い【ステイタス】もあり、走ることに慣れている。しかし、ヘスティアは女神である点を除いて一般市民と変わりない。

急いでその場を離れた。

———ズドォオオオオオオオン!!!

それは、ほんの数秒の差だった。

ヘスティア達がいた地点は、シルバーバックの拳によって粉々と化した。あのままあそこに立ち尽くしていたら肉塊になる運命を免れなかっただろう。

 

(ヘスティアがいた地点を正確に狙っていた…あの猿の狙いは女神(ヘスティア)か……!?)

 

そんなことを考えながら走っていると、腕の中で頰を染めて喜びを体現したヘスティアが興奮の声を上げる。

 

「す、すまない! コースケ君ッ! こんな状況だというのに、ボクは心から幸せを感じているよ!」

 

「そんな冗談を言っている場合か!? 気が散るから黙っててくれ! 頼むから!!」

 

予想外の事態だというのに腕の中の女神は平常運転であった。取り敢えずパニックにならなくて良かった、そう思うことにした幸祐。

住宅街の前まで走ると、そこでベルが待ったをかける。

 

「ッ! 待って、コースケさん! ここ、『ダイダロス通り』!!」

 

その単語を聞き、幸祐も足を止めた。

オラリオに存在する、もう一つの迷宮。迷路のような複雑な構造の広域住宅街。

こんな碌に探索したことないところで待ち伏せを受ければどうなるか……素人でも分かる結果になる。

 

「おいおい、コースケ君! ここは一度入ったら二度と出られないって噂の迷宮住宅街じゃないか! 正気の沙汰かい!?」

 

正気だと反論したいところだったが、既にシルバーバックは背後に接近している。

迷う暇もなかった。

 

「ッ……行くしかねぇだろ!」

 

「う、うん!」

 

「うわぁああああああ! もう、どうにでもなっちまえー!」

 

ヤケクソ半ばで、幸祐達は足を踏み出す。

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