みゆき♡ダークネス   作:烏滸底オコ

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白銀御行は隠したい

 藤原書記と石上会計が相次いで退席したので、環境の変化に戸惑ったのも束の間。

 生徒会室に残された二人は、これはチャンスだと即座に頭を切り換えた。

 

 これでも二人は学園模試で不動の一位と二位である。

 多彩な才能を誇る次席のかぐやに対して、首席の白銀は学業のみで在校生からの尊崇を勝ち得ている。既卒者も受験した理系の全国模試でも高二の身で二位。

 こと勉学においてはとても優秀な二人だった。

 

「そういえば、インクが切れたのでしたね」

 

 先に動いたのはかぐや。

 インクを取りに行こうと立ち上がった際に白銀がかぐやを押し倒したのは二人の記憶に新しい。

 ゆえにこのセリフで白銀の動きは封じられる。

 

「では、私が取って参りましょう」

 

 立ち上がりながら、かぐやはほくそ笑む。

 

(この私を押し倒して間近で見つめ合ったからには、いかな会長とて照れているでしょうね。むしろ私の事以外は何も考えられない状態になっていても不思議ではないはず!)

 

 そう考えながらちらりと視線を送ると、平然とした様子で書類をぺらぺらめくっている。

 

(なっ? どうしてそんなに普通でいられるんですか! 私なんてさっきからずっと会長の顔を思い出しては頬が緩みそうになるのを必死で堪えているというのに!)

 

 奥歯を噛みしめながらも、かぐやはしずしずと机の向こうに回り込んで。

 

「インクは……ああ、ありました。今そちらに持っていきますね」と白銀に声をかけた。

 

 

 一方の白銀は、頭を搔き毟って叫びたい衝動を必死に抑えていた。

 

(四宮を押し倒して至近距離で目が合ったのに、ここまで普段通りとはな。俺なんて今でも心臓の音がばかばかしてるんだぞ!)

 

 気を抜けば震えそうになる指先を意思の力で鎮めて、書類の残り枚数を確認するふりをしながら呼吸を落ち着ける。

 

「インクをこぼしたら大変だからな。ゆっくり持って来ればいい」

 

 かぐやが転けないように。それにインクをこぼしたら掃除が面倒だという理由ももちろんあるが、少しでも時間を稼ぎたいのが本音だ。

 

 もしも、インクを渡された時にこの鼓動が止まっていなかったら。

 

『どんなに平静を装っても、その胸の高鳴りは誤魔化せませんよ』

 

 鼓動が止まると一大事なのだが、白銀はそれすら気付かない。なぜなら。

 

『お可愛いこと』

 

 絶対に聞きたくないセリフが頭の中でリフレインしているからだ。

 

「ああ、そうだ。念のために赤のインクも頼む。上から二番目の引き出しに、朱を入れる用の万年筆と一緒に入っているはずだ」

 

 だから白銀はこう言って、かぐやの仕事を増やした。

 

 

 それを聞いたかぐやは白銀の意図を悟った。どんな理由かは分からないが引き延ばしを図っているのは明らかだ。

 

(それならそれで、この時間を利用させてもらいましょうか)

 

 そう考えたかぐやは左手で引き出しを開けながら、右手ではこっそりと藤原から託されたものを取り出した。

 確認もせずポケットに仕舞い込んだが、それが何かをかぐやは知っている。なぜなら、これを仕込んだのは自分なのだから。

 

(って、何ですかこの「とっとり鳥の助」のチケットは? こんなものはいりません!)

 

 かぐやは映画「とっとり鳥の助」のチケットを全力で握りつぶした。

 

 小さな丸いゴミと化したチケットは、とある未来を暗示している。

 四宮かぐや──のちにマッスルクイーンと呼ばれることになる女の未来を。

 

(さて、映画のチケットは確認できました。これを利用して会長を追い込みたいところですが……)

 

 藤原に言わせる予定だった情報を、どのようにして開示すべきか。

 そこで下手を打てば立場はたちまち逆転する。

 

 かぐやが慎重に検討を重ねようとしたところで、ドアをノックする音が聞こえてきた。

 

 

「私が出ますね」

 

 かぐやは考察を打ち切ってチケットをポケットに仕舞うと、白銀にこう告げてから入り口に向かった。

 ドアを開けると、そこには無害そうな男子生徒が立っている。

 

「あ、その。会長は?」

「ああ、いるぞ。四宮、俺のクラスの……同級生だ。中に入れてやってくれ」

 

 なぜか苗字も名前も思い出せないが、白銀はその男子を知っている。

 名前を思い出すまでに百話ぐらいかかりそうだなと奇妙なことを考えながら、書類を雑に片付けて向かいのソファを勧めた。

 

「えっと、ちょっと会長の他には聞かれたくない話なんですが……」

「では、私は席を外しますね」

「そうか。すまないな、四宮」

 

 部屋を出て後ろ手に扉を閉めたかぐやは、そこに背中と左耳とを押し当てた。右目では廊下の先を窺いつつ、中の会話に意識を集中する。

 

 はしたない行為なのは分かっている。でも部屋を出る時に「実は、恋愛相談なんですが」と耳にしたからには聞き逃せない。これは白銀の恋愛観を知る好機なのだ。

 そう自分に言い聞かせて、かぐやは盗み聞きを始めた。

 

 

「僕、同じクラスの柏木さんに告白したくて」

「柏木渚か。その、見込みはあるのか?」

「一応、バレンタインに……」

 

(それは告白ではなくて返事でしょ! もしや会長に惚気(のろけ)たくて来たのでは?)

 

「チョコボォルを三粒」

 

(それは本命ではなくて義理でしょ! もしや会長に止めて欲しくて来たのでは?)

 

「なるほど……。いいか、女ってのはむやみやたらと恥ずかしがる生き物なんだ。だから、あれだ。お前も男なら、柏木の気持ちを汲んでやれ」

「か、会長……!」

 

(ふうっ。具体的なことは何も言わずにそれっぽく助言できたな。これなら俺が童貞だとバレないだろ!)

(会長はちっとも私の気持ちを汲んでくれないくせに!)

 

 お可愛い秘密(どうてい)が露見しないように上から目線でアドバイスを送る白銀だが、扉一つ隔てた先でかぐやのムカムカが大量増殖していることには気が付かない。

 

 ちなみに超がつくほど箱入り娘のかぐやは絶望的なまでに性知識が欠如しているので童貞の何たるかを理解していないのだが、それはさておいて。

 

 

 一瞬だけ目をきらきらと輝かせた男子生徒は、すぐに表情を暗くした。

 

「でも僕、なんて言って告白したらいいのか……」

 

(えっ。三粒のチョコで玉砕を選ぶなんて、多少不自然でも私が話に加わって思い止まらせたほうが……。でも会長の告白方法も知りたいですし、いきなり部屋に入るのは変ですよね)

 

 かぐやは己の欲望を優先した。

 

(なんて言って告白したら、か。俺はそれよりも、どうやったら告白を決断できるのかが知りたいわ!)

 

 今の自分にはできない行為だ。それを実行しようとする目の前の男子生徒に敬意を表して、白銀は長年温めていたアイディアを伝授しようと決意した。

 

「いいか、よく見ていろ。ここに柏木がいるとするだろ?」

 

 ソファから立ち上がった白銀は入り口のドアの前で立ち止まると、そこで実演を始めた。

 

(か、会長は何をする気なのかしら?)

 

 扉を挟んですぐ向こうにいるかぐやが思わず身体を反転させ、左耳と両手と上半身とをぺたっとドアにくっつけているとも知らず。

 

「まずは相手の耳のすぐ横か、あるいは心臓でもいいな。その近くの壁に向かって手を……」

 

 白銀が右の手のひらを勢いよくドアに向かって突き出すと、ダァンという音がして。なぜかそのまま扉を貫いた。運動量のほぼ全てを破壊に費やしたために、白銀の手はドアを突き破った先で優しく不時着した。

 

 くり返そう。白銀の手はドアを突き破った先で何かに触れている。女子の心臓の高さにある、とても柔らかい何かに。

 

(おいおいおい! そこまで力を入れたつもりはなかったのに、ドアが壊れるなんて予想外すぎるだろ! それにこの妙な手触りは……まあいい。それよりも取り乱さないことが肝心だ)

 

「か、会長……大丈夫ですか?」

「ああ。ここからが大事なところだから、よく見ておけよ。相手を壁に追い詰めて、音と衝撃で不安にさせてから……」

(さ、させてから?)

「……俺と付き合え」

(はれぇー!?)

 

 チュクチュチューン♪

 白銀のその言葉を耳にしたかぐやは、何から伝えればいいのか分からないまま硬直している。

 そのままわずかに時が流れて、再び白銀の声が耳に届く。

 

「と耳元で愛をささやくと、ドキドキはトキメキに変わる。これを俺は『壁ダァン』と名づけた。俺が考えた技だ」

 

 頭の中では「もうあるやつです」「私でも知ってるぐらい流行(はや)りました」といったありふれた言葉だけが浮かんでは消えてゆく。そしてかぐやは扉の向こうで固まったまま。

 

「これが、天才の技……」

 

 一方、感動に打ち震えている男子生徒を見て気を良くした白銀は、ここでようやく手の先にあるものが気になってきた。

 

 手に収まるぐらいの盛り上がりをさわさわしていると、えも言われぬ感触が伝わって来る。引き続きもにゅもにゅしていると、先程は気付かなかった小さな突起が。

 

「そこまで許した覚えはありません!」

 

 ようやく正気に戻ったかぐやが小声で意思を露わにして、扉の穴から突き出ている手首の辺りに手刀を打つと。お可愛いものを掴んでいた手から力が抜けて、指がだらんと下がり。

 

「んぁっっ……」

 

 妙な声が出そうになったので、かぐやは慌てて手で口を押さえて一歩後ろに下がった。

 

(その声は! もしかして俺が触ってたのって? それに今、指先が何かに触れた感じがしたんだけど!? もしかして四宮の、ちちちちちく……築何年だっけこの建物?)

 

 白銀は現実逃避に走った。

 

 

 扉の外ではぷんすかと、部屋の中ではドキドキと、かぐやと白銀が時間を無為に過ごしていると。

 ソファから元気いっぱいに立ち上がった男子生徒が弾む足取りで近づいてきた。

 

「会長、ありがとうございます! 僕には恋の駆け引きとか無理ですけど、壁ダァンならできる気がします。やっぱり、気持ちを正直に伝えるのが一番ですよね!」

「お、おう……」

 

 二人にとっては耳の痛いセリフを残して、柏木の彼氏になりたい男子生徒は部屋を出た。扉の陰に隠れたかぐやには気づかぬまま、飛び跳ねるようにして去って行く。

 

「会長?」

「し、四宮か」

 

 入れ違いでかぐやが生徒会室に入って来たので一瞬身構えた白銀だったが、かぐやの表情は穏やかだった。

 

「あんなに喜んでいたのは、会長のアドバイスが適切だったからですね。生徒の悩みに耳を傾けるのも生徒会の責務だと、常々仰っていましたが。有言実行、お見事でした」

 

「いや。俺が伝えたのは些細なことだし、あれだけ懸命になられると手助けしてやりたくもなる。だからそれは良いんだが、その……」

 

「部屋の中からでも外の声がよく聞こえるなと思ってはいたのですが、まさか扉がこれほど脆いとは。会長の過失とも偶然とも思えませんし、校長に報告して建設記録を確認すべきかと」

 

 そのかぐやの言葉を、白銀は正確に受け止めていた。

 

 扉の件に加えて、今朝からの奇妙なあれこれも白銀の過失とは考えていないこと。

 とはいえ腕枕・押し倒し・ボディタッチと続けば、偶然では済まされない。だから今後のためにも真相の解明をすべきだと言いたいのだろう。

 それは同時に、先程の件は不問にするということだ。

 

 

 まだ手のひらに残っている感触をなごり惜しく思いながら。白銀はソファに戻ると、かぐやに対面の席を勧めた。

 

 


 

 本日の勝敗:柏木渚の勝利。

 白銀のおかげで「柏鬼なぎサタン」ルートが解禁されたため。

 

 白銀はかぐやのお可愛いものを制服の上からもみもみした。

 白銀の【ラッキースケベ】がLv.3→Lv.13に上がった。

 

 


 

ギャグ時空「扉を突き破るとか、もしかして目立ちすぎました?」

??「渚に壁ダァンって、まだだよね? この世界では起きない可能性もあるよね?」

ギャグ時空「いえ、起きますよ?」

??「なんでそんな事言うの……」

 

 のちの相談者3号*1である。

*1
柏木の彼氏(6話)、柏木(16話)、??(98話)と数えるなら、さんばん。

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