みゆき♡ダークネス 作:烏滸底オコ
少しだけ残っていた仕事を白銀が片付けている間に、かぐやが温かいお茶を淹れて。
そうして二人はソファに座って向き合った。
「して、四宮はこの現象をどう考えている?」
「明らかに普通ではないですね。藤原さんや石上くんが言っていた漫画の話が、現状を一番うまく説明できているとすら思えます」
かぐやには学者肌なところがある。自分の身に起きたことでさえ客観視しがちな傾向があった。
もっとも、気を抜けばすぐにでも衝撃の記憶が蘇ってくるのだが。
(ひどい時には服を脱がしたり肌に直接触ったり──藤原さんはそう言っていましたね。会長にそんなことをされたら……服の上からでも変な声が出てしまったのに……)
顔を斜め下に向けて赤い頬を隠そうとするかぐや。
一方の白銀はというと。
(胸に触れたのを不問にしてくれたのは助かったが、ここまで何もなかったかのように振る舞われると……俺のことなど眼中にないのかと弱気になってしまうな)
同じように目を下に向けて気持ちの立て直しを図っていたので、かぐやの動きを見逃してしまった。
それでも白銀はすぐに顔を上げて、当面の問題に集中する。
「気づいていたかもしれないが、四宮と並んでこの部屋に来る途中でも何度か転けそうになってな。公衆の面前で無様なことはできないと身構えていたから防げたのだと、俺は考えている」
「つまり会長は、この部屋では寛いだ気持ちで過ごせているということですね。それを知れば藤原さんも石上くんも喜んでくれると思いますよ」
言外に、もちろん私もという意図を込めて返事をするかぐや。
しかし白銀はというと、先程の感情を引きずっていた。
(もしかして、あれは四宮にとっては大した事ではなかったのか? まさか、俺が童貞なのを見破っている!?)
疑心暗鬼が大きくなった先にあるのはあのセリフだ。そう考えた白銀は強引に思考を元に戻して。
「なかなか身が休まる暇がないからな。家と、この生徒会室と。戻って来てほっとするのは、それくらいだ」
(この部屋を家と同じくらい特別に想ってくれている……まずいわ。頬がにやけて戻らなくなりそうだし、そんな事を言われたら会長を毎日ここで暖かく出迎えてあげたくなっちゃうじゃない!)
『四宮、今日も帰ったぞ。む、俺が口を開く前にお茶が出てくるとはさすがだな。うむ、うまい。妻にするなら四宮のように、お可愛いのが良いな』
『お可愛いのが良いな』
『お可愛いな』と、かぐやの脳内で白銀のセリフがリフレインしている。
(なななななんて事を言うんですか! いいでしょう、その上から目線がいつまで続くか、まずはお茶の淹れ方をさらに究めて、会長がもっとリラックスできる環境作りを……)
かぐやは錯乱した。
一方の白銀は、雑念に心を乱されながらも事態の解明に勤しんでいた。かぐやの様子には気づかないまま、あごに手を当てて二人の間にあるテーブルの一点を見据えて考察を進める。
「少し引っかかるのは……妹を見送って家を出てから放課後までは、いつも通りに過ごせていた事か。昼にここに来ていたらどうなっていたか、検証できないのが残念だ」
「午後一番に選択授業があったので、今日は集まる余裕がなかったですね。お昼に会長をお迎えしていたら、入り口付近で転けていたかもしれませんよ?」
白銀の真面目な口調で我に返れたかぐやも考察に加わった。
くすくすと品の良い笑顔で付け加えた言葉を耳にした白銀は。
(四宮のお迎えって、まさか……)
『先にお食事にします? それとも、わ・た・し?』
チャララララン♪
(甘えん坊でお可愛い四宮も最高だが、あの氷のように凍てついた目をした冬の
白銀も錯乱した。
「気にされなくても大丈夫ですよ。私と会長が真相究明に取り組めば、すぐに全てが明らかになります」
返事がないのはおそらく、生真面目な白銀が先程の行為を恥じているからだろうと考えて。かぐやは改めて、大した事ではないと態度で伝えた。
白銀は落ち込んだ。
だが錯乱は解けた。
(妄想でもそんな事を言われたらこうなっても仕方ないだろー! 四宮がお可愛いのが悪いんじゃー!)
責任をかぐやに押し付けて復活を遂げると、白銀の頭が高速で動き出す。
「寛げる場所というのが、何かの条件になっているのかもしれんな。だが断定するには……四宮。さっきの漫画の話を覚えているな?」
「ええ。無意識にセクハラをしてしまう主人公の属性だと。でも属性とは?」
問いかける白銀と、首を傾げるかぐや。
「俺もあんまり詳しくはないんだがな。この場合はおそらく、その……ラッキースケベというやつだろう」
白銀が少し口ごもりながらも言い切ると。
「その言葉を文字通りに読み解けば、意図せずして性的な行為を働いてしまうと? たしかに藤原さんの話とも合いますね」
そう頷くかぐやの表情は真剣そのもので、問題を自身から完全に切り離して考察を深めている様子だ。
「そうだ。ここで重要なのは、その性的な行為は異性に向けられるという事だな」
そう語る白銀も、学年一位の名に恥じない顔つきだ。
「なるほど。つまり場所よりも対象のほうが条件としてより重要だと、会長は考えているのですね」
答えながらかぐやは、自分と同等かそれ以上の速さで思考を重ねる白銀に向けて満足げな笑みを贈る。
(これでこそ、私が好きなじゃなくて気になるじゃなくて気にかけている会長ですね)
「ああ。ここでも家でも、俺一人の時には何も起きないはずだ。それに通学途上から放課後までに何も起きなかったという事は……」
頭を高速で働かせながらの会話が心地よかったので、考えをそのまま言葉に出していた白銀だが。ここで雷に打たれたかのように口をつぐんだ。
(もしも圭ちゃんと四宮にだけ発動するなら、それはもう……)
(もしも妹さんと私にだけ発動するなら、会長はその二人を特別に想っていると宣言しているようなもの。妹さんと同じくらい私を想っているだなんて、それはもう告白みたいなものですね)
白銀の頬に汗がひとすじ流れ落ちて。
かぐやの口元には獲物を射程に捉えた瞬間の肉食動物さながらの獰猛な笑みが。
(ここは……あれしかない! すまん四宮)
「この属性はおそらく、意思の力である程度のコントロールが可能だ。それに今朝の夢が何かしらの警告だとしても、俺を陥れようとする気配はなかったと思う。どちらも根拠は薄いが他に情報がないからな」
「なるほど、たしかに。もしも見境なしに発動すれば、会長はすぐにでも逮捕されてしまいますね。でもそれだと、どうしてでしょう? 妹さんは家族なので多少変な行為を働いても大丈夫ですが、私は?」
かぐやが白々しく首を傾けて疑問を告げると。
「ああ、それは……」
白銀はそこで言葉を切って奥歯を噛みしめた。
白銀とて、好きなじゃなくて気になるじゃなくて気にかけている異性を相手にこんな事を言いたくはないのだ。
だがこの窮地を抜けるには、これしかない。
「おそらく、身体的な……理由だ」
苦渋の表情でそう言われて、かぐやは思わず下を向いた。そこにあるのは、藤原とは比べ物にならないほどお可愛いもの。
(なっ。まさかそんな理由で!? さっきはあんなにねっとりと私のここを揉みほぐしていたくせに! でも……豊満な女性を相手に発動したら問題なのは私にも分かります。でも……いえ、私はまだ成長期ですからね。今のサイズを心配してはいませんし、気にしていると受け取られたら困ります。ここは平然と)
かぐやは両手を握りしめて声を絞り出す。
「会長の仮説ですが、やはり根拠が乏しいのがネックですね。だからデータを集めるべきだと思うのですが」
「ふむ。一理あるが、実際に検証するにはリスクが高いぞ? それに俺はもう四宮にあんなことを……」
その白銀のセリフを遮って、かぐやが一歩踏み出した。
「過ぎた事を気にしても仕方がありません。それに会長は『意思の力でコントロールが可能だ』と仰いましたよね。これ以上は酷い事にならないと、私は会長を信じていますよ」
「ああ、そうだな。四宮にこれ以上の狼藉はしないと、秀知院の生徒会長の名にかけて誓おう」
(ドエロい事は四宮が告ってきてからにしよう)
少し未練があるのか、心の中ではそう考えている白銀だった。
「たしかに承りました。それで、藤原さんから先程受け取ったものがあるのですが」
そう言いながら、かぐやは映画のチケットを取り出した。
「ほう、今週末までか。無駄にするのは勿体ないな」
節約家らしいことをつぶやきながら、白銀はかぐやの次のセリフを推測する。
「この部屋も、そして」
「そして俺の家も、周囲の目が気にならない環境だな。映画館も暗くなってしまえば人目には付きにくい。属性が発動する可能性は高いだろう」
かぐやの言葉を遮って続けた白銀に。
「ええ。検証にはうってつけですね」
とだけ返事をして、自分からは誘いかけないかぐや。もちろん白銀に誘わせるのを狙っていたのだったが。
「この話の流れだと、四宮に協力を頼むべきなのだろうな。だが俺にも意地がある。先程の誓いに嘘はないが、万が一のリスクが高い。だから俺と妹で……」
そう告げる白銀に、かぐやはふっと笑いかけて。
「構いません。私が言い出した事ですし、それに私たちが出会ってもうすぐ一年ですね。生徒会で一緒に仕事をするようになってからでも半年です。これでも会長の事を理解しているつもりなのですが?」
首を捻っている白銀を見たかぐやは、相手の意表を突けた事に満足しながら、机の上にあったペンとメモ帳を手渡すと。机越しに身を乗り出して、白銀とほんの僅かな距離を置いて顔を向き合わせた。
「ですから、テストをしましょう。映画館での検証に、私が同行する資格があると証明するために。まず、会長が今思い浮かべているものの名前を、私に見えないように書いてもらえますか?」
この後の展開を予測できていない様子の白銀が素直にペンを走らせている。それを見てほくそ笑みながら、かぐやは説明を続ける。
「20の質問というゲームをご存知ですか? 私はその半分、10回で答えてみせましょう」
20の質問──相手が思い浮かべたものを、YESかNOで答えられる質問20回で特定できれば質問者の勝利。できなければ出題者の勝利というゲームである。
かぐやにこうまで挑まれて、白銀が背中を見せるわけもなく。こうして勝負が幕を開けた。
「では一つ目の質問です。それは会長が毎日接しているものですか?」
「ああ、YESだ」
「それは会長の家にあるものですか?」
「家にある……いや、NOだな」
白銀の一瞬のためらいを、かぐやは見逃さなかった。そして静かに会心の笑みを浮かべる。
(ふふっ。勝負は始まった時には終わっているもの。あれだけ身を乗り出して会長と至近距離で見つめ合いながら質問したからには、答えは私に決まっています。会長ったら、私が家にいるのを想像して照れてらっしゃるのね。お可愛いこと)
「それは購買で買えるものですか?」
「それは学校で配られるものですか?」
「それは移動手段ですか?」
答えは全てNOだったが、かぐやに焦りはない。白銀が答えに詰まった理由を「家にも学校にもある」という意味だと勘違いして、ノートや教科書や自転車を思い浮かべている姿を演じただけ。
本番はここからだ。
「それは会長にとって、なくてはならないものですか?」
「そう、だな。YESだ」
「会長はそれを……愛していますか?」
「愛して……っ。そうか、そうだな。俺はそれを愛している。YESだ」
「可能なら、一日中それと一緒に過ごしたいですか?」
「過ごす……そうだな。一日中なら望むところだ」
(凄い! どこまで行くの!?)
ゲームの効果におののきながら、かぐやは質問を進める。白銀の思いの丈を全て、白日の下にさらしてみせようと考えながら。
「他の何と引き替えにしても良いと思えるものですか?」
「他の何と……と言われると難しいが、大抵のものならYESだな」
その答えに少しむっとするかぐや。だが考えてみると、例えば子供と引き替えにと言われれば、すぐには返事ができなくても仕方がないだろう。
(まったく、会長は何人産ませるつもりなんですか!)
少なくとも何人かは産むつもりが満々のかぐやは、ついに最後の質問を──口にしようとしたところで、ふと我に返った。
(考えてみれば、あの慎重な会長がこれほど赤裸々に答えるでしょうか。会長は案外メンタルが弱いところがあるというのに、この強気の姿勢は、もしや……)
かぐやの心に疑念が浮かぶ。それはたちまち確信へと変わり、そしてかぐやは少し冷めた口調でこう告げる。
「では最後に……いえ、もう良いでしょう。答えを申し上げても?」
「四宮が良いと思うのなら、言ってみるがいい」
同じく熱意が薄れた話し方の白銀が答えて。
「ではお言葉に甘えて。正解は『勉強』ですね」
(危ねえー! 四宮の顔を直前まで見てたから四宮って書きそうになったけど、直前で変更して助かった!)
白銀にとって勉強とは、かぐやと対等に接するためのただ一つの手段である。ゆえに白銀は、かぐやの名前から真っ先に勉強を思い浮かべた。
それを言い当てられて、内心では嬉しさを堪えきれない白銀と。
それを言い当てて、内心ではほっとしているかぐや。
両者へのご褒美であるかのように、週末は二人そろって映画館に行く事になった。
検証という言い訳があったので、二人は並びの席で最後まで映画を堪能して。白銀が鋼の意思を発揮したので何事も起きないまま、二人の初デートは無事に終わった。
本日の勝敗:白銀とかぐやの勝利。
映画館デートを楽しんだので。
白銀とかぐやは真剣に対策を立て始めた。
白銀の【ラッキースケベ】は身をすくめている。
ペンたん「もしかして、アニメに続いて……」
C5H12(n-ペンタン)「ぼくらの出番は無いの?」
C5H12(ネオペンタン)「そんな、せめて兄ちゃんだけでも!」
C5H12(イソペンタン)「私たちは出なくていいから、お兄ぃを!」
学年末試験でワンチャンある、のかな?