みゆき♡ダークネス   作:烏滸底オコ

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かぐや様は歩きたい

 旧財閥の一角に数えられる四宮グループは総資産二百兆円、ゆうに千を超える子会社を抱えている。

 

 その本家本流・総帥として君臨する四宮雁庵の長女・かぐやは、今までに一度も自分の足で家を出たことがなかった。

 通学する時も、父に命じられて望まぬパーティーに出る時も、お抱えの運転手に送り迎えをさせるのが常だったのだ。

 

「猫ですか?」

 

  だがその日は車のエンジンルームに猫が入り込んで、そのせいで出発間際に立ち往生していた。

 

「急いで代車を手配しますので」

「今日は歩いて通学します」

 

 運転手の言葉を遮ってそう言い残したかぐやは一人自分の足で門を抜けた。

 

 

 見慣れているはずの景色を違った視点で眺めながら、かぐやは秀知院学園を目指して歩を進める。その表情は明るく足取りは軽い。

 

 信号が赤になったので交差点で立ち止まって、空を眺めながらかぐやが考えるのは。

 

(こんな機会はもうないかもしれない。なら、一度でいいから誰かと……できれば会長と一緒に)

 

 かぐやは集団登校も、誰かと待ち合わせての登校も経験がない。だから希望が素直に表に出ていた。白銀を想う気持ちを恥ずかしがるよりも、それを焦がれる気持ちが上回ったのだ。

 

(あの橋の手前で待っていれば、きっと……)

 

 白銀の通学ルートを頭の中で絞り込んで、かぐやは確実に遭遇できるポイントを導き出した。

 

 車に乗せられての移動が常とはいえ、かぐやの空間認識能力はとても高く、頭の中で地図を思い浮かべながら適切なナビが可能なほど。この程度の芸当など造作もないことだ。

 

「ふふっ」

 

 きっと驚くだろうなと思うと、思わず声がこぼれていた。

 

 あれ以来白銀は、何度か危うい時はあったものの破廉恥な行為までには至っていない。今日も公道だし大丈夫だろうとは思うのだが、少しくらいならという気持ちもかぐやの中にはある。

 

 手を繋いで登校するのは恥ずかしすぎるので無理だとして、時折身体が触れ合うような、それくらいの距離感で通学してみたい。

 

 そんな光景を想像しながら年相応の笑みを浮かべたかぐやは、交差点を渡って先に進む。

 

 

 そんなかぐやの耳に、次の交差点から泣き声が聞こえてきた。小学生の女の子が大通りの信号を見てはうつむき、側道の先を見てはうつむき、我慢をしようとはしているものの嗚咽(おえつ)が時折漏れていた。

 

 歩行者の中には気遣わしげな視線を送る者もいたのだが、結局は誰も声をかけないまま。お可愛い小学生が泣きべそをかいている横を通り過ぎていくばかり。

 

(会長なら、こういう時には必ず声をかけるのでしょうね)

 

 自分の冷たい性格を自覚して、かぐやは自嘲気味にそう思った。

 

 冷酷な一面もあるのだが、同時にかぐやの中には友人を大切に思い後輩を親身に手助けする温かい側面も確かにある。それを知らないのは本人だけで、事実こんなふうに。

 

(私がこの子を見捨てて先に行こうとする姿を会長に見られたり、いつも遅めの時間に登校する会長がこの子の相手をして遅刻をされては困りますからね)

 

 そう自分に言い聞かせて、かぐやは女の子に話しかけた。

 

 

「どうしたの? 困っている理由を端的に言いなさい」

「あっ……あのね。春になったらイエティが出て来なくなったの」

 

 春に雪男(イエティ)が出て来なくなるのは当たり前ではないかと思いかけて。常識を弁えているイエティを思い浮かべて吹き出しそうになりながら、かぐやが話を促すと。

 

「イエティ、学校に行くのが嫌なんだって」

「イエティはあだ名なのね。いじめられているのかしら?」

 

 そう尋ねるかぐやに。

 

「ううん、ちょっとみんなとケンカしちゃっただけだけど……。えっとね、家永ちゃんだからイエティ。でね、わたしがミキティだから、おそろいなの」

「家永……?」

 

 ぼそっとつぶやいて、かぐやは過去の記憶を掘り起こす。

 

 家永と聞いて真っ先に思い浮かんだのは、父の腹心でもある家永専務のことだった。

 現場の目線に立った即断即決が持ち味で、経営が傾いた子会社に彼が出向すると発表しただけで業績が上向くと言われるほどの辣腕(らつわん)を誇る。

 そういえば、自宅がこの辺りだと聞いたことがあった。

 

「もしかして、この側道の先に家があるのかしら?」

「うん。あの大っきいのがイエティの家。でも今日も出て来ないみたい……」

 

 そう言ってまた涙を浮かべるミキティに、大きくため息を一つ。そしてかぐやは。

 

「時間がないからさっさと片付けるわよ。イエティの家に案内して」

「えっ、お姉ちゃん?」

「いいから早くしなさい」

 

 

 ミキティを急き立てるようにして側道に入ると、目当ての建物まではすぐだった。かぐやはインターホンを押すように促す。

 

「あっ、あの……」

『ごめんなさい。今日も娘は……』

 

 相手はおそらく母親だろう。インターホン越しにそう言われて、思わず涙目を向けてくるミキティ。

 

 かぐやは冷静な顔つきでそれに応えると、自分の姿がレンズに映るようにミキティを押しのけた。

 その冷たい表情よりも、かぐやの手の力加減から伝わって来る温かさをミキティが感じ取っているとは知らないまま。

 

 なすべき事をなすだけだと、冷酷な自分を装ってかぐやは口を開く。

 

「いいから早く開けなさい。私は急いでいるのよ」

『かっ、かぐや様!? ちょっとあなた、かぐや様が家の前に! あっ、すぐに参りますのでどうかそのままでお待ち頂けますと……』

 

 鷹揚(おうよう)にうなずくと、かぐやは頭を上に向けて家の全容を眺める。右手にはミキティが両手でしがみついているが、気がつかないふりをした。

 

 ものすごい勢いで玄関の扉が開いて、中年から初老に差しかかろうとしている男性が飛び出して来た。

 遅くにできた娘だからとにかく可愛くて仕方がないと、パーティーの会場で親馬鹿ぶりを発揮していたのを思い出す。

 

 何度も「申し訳ありません、今すぐ」と口にしながら門の鍵をがちゃがちゃと開けて、深々とお辞儀をしたまま玄関へと手を向けられたので、かぐやは家永専務の横を通り過ぎて家に向かった。

 

 玄関の扉は専務夫人が開けてくれた。

 上がり(かまち)の向こうでハウスキーパーがお辞儀をしているので、「娘さんの部屋に案内して」と声をかける。

 

 突然の訪問なのにこの短時間でよくよく言い聞かせていたのか、特に戸惑いもなく「こちらへ」と言われたので。かぐやは靴を脱いでそろえると、ミキティが同じようにするのを待ってからハウスキーパーの後を追った。

 

 部屋の扉を開けると、待ちかねたようにミキティが中へと突進した。それを見たかぐやはくすっと笑みを漏らして、後を追ってきた専務夫妻に軽く頷いてから部屋に入った。

 

「イエティ、一緒に学校行こうよ」

「でも……」

 

 最後の一歩が出なかっただけで、イエティも学校に行きたいと思っていたのだろう。その証拠に、制服はもちろん帽子もかぶっていつでも出られる状態だった。必要なのは、あと一押しだけ。

 

「いいから早く行きなさい。あなた、いつだったかのパーティーで学校が楽しくて仕方がないと私に言ったわね。あれは嘘だったのかしら?」

「か、かぐや様!?」

 

 驚きの目で自分を見ているイエティに、かぐやは冷たい眼差しで応えた。そのまま黙って反応を待っていると。

 

「ううん、学校は楽しいです。かぐや様に嘘なんてついてません。だから……行きます!」

「そう。なら四十秒で支度なさい。あなたは知らないかもしれないけれど、それだけの時間があれば割となんだってできるのよ?」

 

 例えば、大人の階段を登ることも。

 のちにこの時の発言を思い出して、赤面しながらそう付け加えることになるかぐやだった。

 

 

 部屋を出ると専務の姿はなかった。残っていた夫人によると、かぐやと娘とその友人を自ら車で送ろうと考えて、支度に行ったとのこと。

 

 専務の即断即決の性格がうかがえて、かぐやは苦笑した。

 だがせっかく登校する気になったこの娘たちを遅刻させるのはしのびない。それに四宮の家に生まれた者が一度口に出したことを覆すわけにはいかない。

 

「今日は歩いて登校すると、家の者にそう言った以上は撤回するつもりはありません」

 

 そう伝えると、専務夫妻は大人しく引き下がった。何を言おうとも時間を無駄にするだけだと理解しているからだろう。それと、二人の小学生に向けられたかぐやの想いも。

 

 

 家の前で夫人と並んで車を見送って、かぐやは再び大通りに戻った。信号待ちをしながら時計を見ると始業時間まであと十分を切っている。

 

(これは間違いなく遅刻ね。私が何を言おうとも、もう歩いて登校するのを許してはくれないでしょうね)

 

 電柱に寄りかかるようにして、かぐやはため息をつく。続く言葉が口から出ていた。

 

「私も、一度でいいから誰かと一緒に行きたかったな」

 

 その時、キキーッというブレーキのけたたましい音がすぐ後ろから聞こえてきた。気分を害されたかぐやは目を吊り上げて、叱りつけるような口調で。

 

「なんですか騒々しい……って、会長!?」

「し、四宮!? まさか今の小石は……と、話は後だ。それよりも、このままだと遅刻だぞ。とにかく後ろに乗れ!」

 

 まさかの遭遇にかぐやは言葉が出ない。

 白銀に急かされて、とりあえず荷台に鞄を載せたかぐやだったが。

 

「でも、二人乗りは……」

「いいから乗れ! 道交法よりも校則優先だ。四宮を遅刻させるわけにはいかん!」

 

 その剣幕と優先順位が面白かったので、かぐやは鞄の上にすとんと腰を下ろした。白銀とは背中合わせに後ろ向きの姿勢で腰を落ち着ける。

 

「その体勢でいいのか?」

「ええ。お願いします、会長」

 

 確認はその一度だけ。すぐさま自転車は動き始める。

 

 余計な事を重ねて口にすることなく即断即決ぶりを発揮する白銀を背中で感じながら、かぐやは家永専務を思い出していた。

 

 父の腹心とも右腕とも言われる切れ者の専務と同じくらい。いや、贔屓目(ひいきめ)かもしれないがそれを上回れる素質を白銀から感じ取って、かぐやの頬が柔らかくゆるんだ。

 

 見慣れた町並みがどんどん後ろに離れていく。それを眺めながら、かぐやは肩の下のあたりから後頭部までをそっと白銀の背中に触れさせる。

 

 白銀に変な属性が現れなければ、こんな大胆なことはできなかっただろう。だが際どい体験をしてしまうと敷居が下がるものだ。だからかぐやは、これくらいならと考えて白銀に軽く背中を預けた。

 

 そして静かに目を閉じて、自分と白銀とが風に包まれているのを感じながら、思わぬ一時を満喫するかぐやだった。

 

 

 一方の白銀は雰囲気に浸っていられるような余裕はなかった。

 気を抜けばすぐにでも属性が発動しそうになる。背中にかぐやの温かみを感じてからは、まさしく紙一重の攻防が白銀の中で続いていた。それに始業時間まであとわずか。

 

 白銀は自転車を急いで走らせることと、かぐやに破廉恥な行為を働かないようにすることで頭がいっぱいで、他のことを考える余力が残っていなかった。

 

 だから、気がついた時には遅かった。

 

 学園の正門が見えてくる頃には、遅刻を避けるべく急ぎ足で登校する生徒たちの姿が通学路に溢れていた。そんな中を、白銀はかぐやを乗せて突っ走る。

 

「皆さん……ご覧になって!」

「生徒会のお二人よ!」

 

 生徒の歓声が沸き起こる中を二人は通り抜ける。

 

 こうなった以上は突っ切るのが一番だと考え、きりっとした表情を必死に維持しようとする白銀。

 

 変に身動きをしたら何を言われるか分からないし何だかとっても気恥ずかしいので、白銀に背中を預けたまま身動きできずにそっと赤らんだ顔を下に向けるかぐや。

 

「かぐや様ったらお照れになられてますわ」

初心(うぶ)な乙女ですもの……」

 

 そんな初々しい二人に顔をほころばせる生徒たち。そしてマスメディア部の紀かれんと巨瀬エリカが感極まって。

 

「ナーンて素敵な光景でしょうカ! ナーンてロマンティックなお二人なのでしょうカ!」

「かぐや様かぐや様かぐや様ーっ!」

 

 奇声を発して二人は倒れた。慌てて介抱する柏木ともう一人に向けて、かれんは。

 

「もうこんなロマンティックな光景を目にすることなんて、絶対にないわ!」

 

 かれんはウルトラロマンティックのフラグを立てた。

 

 

 自転車を避けようとした生徒たちが花道を作り、その間を通り抜けて行く白銀とかぐや。二人は遅刻とラッキースケベを避けることだけに意識を集中して、ついに自転車置き場へとたどり着いた。

 

 自転車を止めて、一瞬だけ間を置いてから二人は背中を離した。

 地面に飛び降りるかぐやに続いて白銀がサドルから降りて鍵をかけたところで、緊急の校内放送が聞こえてきた。

 

『皆サーン、聞こえマスか?』

 

 校長の声が流れてきたので足を止める生徒たち。白銀とかぐやも例外ではなく、周囲はたちまちしんと静まった。

 

『マズ先に大事なことを。今日は始業を十分遅らせマース。だからゆっくり聞いてクダサイ』と前置きして校長は言葉を続ける。

 

『我が校OBの家永サンから連絡を頂きマシた。不登校の娘を通学途上の四宮サンが説得してクレて、今日は無事に登校デキマシタと。感謝のお電話デシタ』

 

 きゃああと盛り上がる正門付近からの反応よりも白銀に見つめられるほうが恥ずかしいかぐや。心の中では専務の即断即決ぶりを呪っていると。

 

『四宮サンを車で送り届けようとシタのデスが、家永サンの奥様によると、そこに颯爽(さっそう)と通りかかった白銀クンが四宮サンを乗せて自転車で走り去って行ったトカ。二人を遅刻扱いしないで欲しいとお願いサレマシタ』

 

 きゃああと再び盛り上がる正門付近とは対照的に、自転車置き場の白銀とかぐやは二人そろってうつむくばかり。

 

 そこに油断があったのだろう。

 

 二人の間を一陣の風が通り抜けて。バランスを崩した二人は、お互いに自分よりも相手を気遣って、思わず身を乗り出してしまい。

 

 特に何が発動したわけでもないのに、白銀はかぐやの肩を抱き寄せて、かぐやは白銀の胸に顔を埋めていた。

 

 そして時は動き出し、二人は慌てて距離を取る。

 この属性には困ったものだと声をそろえて貶しながら、二人は並んで校舎のほうへと歩いて行った。

 

 

 同じ頃、校内放送を終えた校長は数日前のことを思い出していた。

 

『生徒会室の扉なのですが。これは手抜き工事が原因ではなく、生徒の声に耳を傾けたいという歴代の生徒会役員の想いが込められているのだと思いました。だから補強の必要はありません。前と同じように修復して貰えたらと思うのですが』

 

 そう語った白銀の姿を。

 

 生徒会室の中と外とで、お互いの声が分断されるような関係にはしない。

 かつて自分がフランス校から留学してきた時に当時の先輩に言われた言葉を思い出して、校長はにやりと笑みを漏らした。

 

「どうやら白銀クンには試練を受ける資格があるようデス。君がこの学園を任せるに足る器なのは分かりマシタ。そこで終わってしまうのか、ソレトモ……」

 

 冷ややかな目で窓の外を眺めながら、校長は小声で続ける。

 

「君には特ベツ、イーじわるな試練を用意しまショウ。でもソレをクリアすれば……家永クンだけではなく秀知院OBの大半が、君の味方になりマスヨ?」

 

 そんな校長の企みに、白銀もかぐやも何も気づいていなかった。

 

 


 

 本日の勝敗:白銀とかぐやの負け。

 全校生徒の前でお恥ずかしい姿を晒してしまったので。

 

 白銀はかぐやに背中を預けられた。

 白銀の【ラッキースケベ】がLv.13→Lv.14に上がった。

 

 


 

「もしかして……【ラッキースケベ】を理由にすれば、あんな事やこんな事までできてしまうのでは? 会長をオトした後が楽しみね」

 

 かぐやは良くない事を思いついた。

 

 

 モブにドラマありのコーナー。

 

 家永専務が娘を溺愛しているのと同じくらい、娘もまた父親を尊敬している。

 

 父のようにどんな時にも即断即決で頼りがいのある大人になりたいと考えるイエティは小学校でも色んなことに口出しして、けれども父のようには上手く物事を解決できなかった。

 

 いちいち口を挟んでくるのがうざったいと同級生に言われてケンカになって。父親みたいにはなれないと、うすうす自覚していた事をはっきりと指摘されたイエティは、新学期早々に不登校になってしまった。

 

 口うるさいイエティがいなくなって初めのうちはせいせいしていた生徒たちも、何も言われないとよけいに酷いことになるのが分かってきた。

 イエティの指摘は適切とは言えないまでも、大きく外していたわけではなかったのだ。

 

 ミキティに連れられて久しぶりに登校したイエティは、大きな拍手で迎えられたとか。

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