みゆき♡ダークネス 作:烏滸底オコ
秀知院学園は幼稚園から大学までの私立一貫校で、その所在地は東京都港区である。他にパリにも姉妹校があり、両校の間では頻繁に交換留学が行われていた。
そして今年も。
「なんとか間に合いましたね〜」
疲れた声を出したのは藤原書記。かぐやに身体を預けて何とか立てている状態だ。
「藤原さんが目を回すのも仕方がないですね。石上くんが裏の仕事を一手に引き受けてくれたので、私たちは会場での支度に集中できましたが」
「普段はすぐに帰ろうとする石上会計が『十六分だけ寝かせて欲しい』と生徒会室で倒れるぐらいだからな。起きたら帰って良いと書き置きを残してきたが、少し心配だな」
かぐやと白銀が順に口を開くと。
「でもすやすや寝てましたし大丈夫かなって」
そう語る藤原は、つい先程眠っている石上の額にいたずら書きをしようとして白銀に止められている。
くたくたの状態でもいたずらをする気力が残っているのは藤原書記らしいなと、白銀は苦笑いを浮かべるしかない。
生徒会室に石上を残して歓迎会の会場にやってきた三人は、パーティーが無事に開かれているのを控え室の扉から確認して安堵の息を漏らしていた。
「皆サン、お疲れさまデシタ。急ナお願いを形にしてクレテ、感謝してマース」
そんな三人に校長がねぎらいの言葉をかけた。だが白銀は険しい表情を浮かべて、校長の顔を正面から見据えている。
「三日前に突然こんな話を持ってくるのは、今後は控えて欲しいですね。生徒会役員を酷使するのは俺の信条に反しますので」
「ハッハー、もうしまセンヨ」
そう白銀に答えた校長は心の中でこう続ける。
(する必要もないデスからネー。短時間での準備トイウ第一関門は突破しマシたが、ソレは役員の協力があってコソ。最終関門は白銀クン個人の資質が問われマース。楽しみデスね)
三人から疑いの目を向けられても涼しい顔で校長は話を続ける。
「サテ、皆サンも、楽しんできて下サイネー」
そう言葉を結ぶと、生徒たちを強引に会場へと送り出した。
日本に興味があって留学してきたフランス校の生徒たちとフランス語を学んでいる有志生徒のパーティーだけに、会場の雰囲気は
気ままに部屋の奥へと駆け出していく藤原書記を見送って、白銀とかぐやはきょろきょろと周囲の様子を窺っていた。
と、そこにフランス校の女子生徒が近づいてくる。
この三日間で何とか一冊ハンドブックを読み切ったものの、白銀のフランス語の知識はそれが全て。何を言われるかと内心では冷や汗を流しながら身構えていると。
"Bonjour."
(こんにちは)
「コマンタレブー、マドモアゼル。ジュマペル、ミユキシロガネ」
(御機嫌よう、お嬢さん。私は白銀御行)
白銀が身に付けている純金の飾緒が生徒会長の証だと知っているのだろう。挨拶の言葉に続いてまずは白銀に、続いてかぐやに向けて深々とお辞儀をされたので仕方なくこう返事をすると、続けてすぐ隣から。
"Ravi de vous rencontrer. Je m'appelle Kaguya Shinomiya. Je suis vice-président d'un conseil étudiant dans ce lycée.
(はじめまして。私は四宮かぐや。この高校では生徒会の副会長をしています)
(やばい、これは俺だけ場違いだ!)
瞬時にそう判断して逃げる隙をうかがう白銀。
(カタカナ発音ではありますが、会長はフランス語も達者なのですね!)
一方、目を輝かせるかぐやは続けて悪い笑みを浮かべる。
(日本語なら言いにくい事でも、違う言語だと案外すんなりと口に出せるもの。ここで少し会長にプレッシャーをかけておきましょうか)
そのままフランス校の女子生徒と話し込んだかぐやは、話の流れを操作した上でこう言い放った。
"Tout le monde insiste sur le fait que l'égalité des sexes est correcte. Mais il n’existe pas de stricte égalité dans ce monde. Alors, pourquoi devrions-nous assumer le leadership en plaçant des hommes à la table? Pas grand chose à dire, agissant de soi-même."
(男女平等が褒めそやされていますが、厳密な平等などこの世にはありません。だから私たちは男性を表では立てつつ裏で主導権を握るべきではないでしょうか。ましてや自分から行動するなど論外です)
少しだけ本音が漏れていた気もするが、この結論を伝えれば白銀が自分から行動してくれるのではないかと。さすがに告白までは望めなくともそれに近い事をしてくれるのではないかと。
かぐやが淡い期待を抱きながら白銀を横目で眺めると。
"Oui, oui je vois..."
(ふむふむ、なるほど)
白銀が何度も頭を縦に動かして深く頷いているので、思わず右手を握りしめて心の中で快哉を叫ぶかぐやだった。
そのおかげで話が途切れたので。
「すまん、ちょっとあっちに」
白銀は日本語でつぶやいて無事にその場を離脱した。
会場をさまよいながら白銀は胸をなで下ろしていた。
(あっぶねー! 本を読んだだけだからリスニングなんて無理だし、俺はどうすれば……む、あれは藤原書記か)
フランス校の男子生徒に囲まれている藤原を見つけたので、言葉が分からないから困っているのだろうと考えて白銀がそちらに近づいていくと。
"Les mots peuvent parfois être violents. Lorsque vous êtes confronté à un argument juste, la plaie est plus lente que d’autres et, dans certains cas, elle se traine pendant de nombreuses années. Je pense que les orateurs devraient en être conscients et il devrait se repentir."
(言葉って暴力だなって思う時がありますよね。正論で殴られたら傷の治りが遅いし、ずっと後になっても傷がうずいちゃったり。だから先輩は敬うべきだし、彼には悔い改めよって言いたいですね)
「……藤原書記?」
思わず声が出てしまった白銀に、藤原がもの凄い勢いで振り返って。
「あ、えっと、その、今のは話をおおげさにしちゃったって言うかですね、別に私は石上くんを悪く言おうと思ったわけでも話を盛っているわけでもなくてですね……」
「いや、楽しく歓談している邪魔をして悪かったな」
本音がダダ漏れになっている藤原を片手を挙げて制した白銀は、そう言い残してその場から離れた。
会場をくまなく歩いてみたが、自分以外の生徒はきちんとフランス語で歓談できていた。その中には小さな身体つきの一年生の女の子も含まれていて──。
"Je voudrais manger de la viande."
(私はお肉が食べたいです)
その言葉をひたすらくり返すだけで、フランス校の引率の教師たちに囲まれて食べ物を次々と振る舞われていた。
もりもりと料理を平らげながら肉を食べたいと訴え続ける一年生を見て、絶対に関わり合いになりたくないなと思う白銀だった。
もちろんフラグである。
一方、白銀が一人でいるのを控え室から確認して、校長が背後にいる誰かに話しかける。
「ベツィー、遠慮はいらないヨ。白銀クンを全力で切り刻んでキタマエ」
「彼がどうなってもイイの?」
そう確認するのは
「コノ試練を乗り越えられないナラ、親がカンボジアに飛ばサレタかつての生徒会長と同レベルに過ぎナイ。ムッシュ白銀、試させてもらいマスヨ」
校長の企みは、パブリックスクールにおける伝統的な新人歓迎の作法と似通ったもの。手荒い試練を乗り越えた者だけが晴れてその学校の一員として認められるのだ。
そして今、最強の刺客が白銀の元へと放たれた。
"Bonjour."
(こんにちは)
「おお……いや、ヘイ……」
そう答える白銀に覇気はない。生徒会長という肩書きさえなければすぐにでも控え室に逃げ込みたいぐらいの心境だった。
なにせリスニングが壊滅的で相手が何を言っているのかさっぱり分からないのだ。
だがそれが功を奏する。
"Quel oeil terrible. Est-ce un zombie qui vient de naître de la tombe ou quelque chose comme ça?"
(なにその目つき。墓から生まれたてのゾンビか何かなの?)
"Haha! Exactement!"
(ははっ、それな!)
思わぬ反応を受けてベツィーはうろたえる。今までこれほど軽やかにあしらわれた事はなかった。
しかし、本人ではなく家族への口撃ならどうだろうか?
"Vos yeux ressemblent-ils à votre père? Vous avez un visage que votre femme voudrait vous abandonner pour un autre homme."
(お前の目は父親譲りか? 嫁さんに逃げられそうな顔してるよな)
"Haha! Exactement!"
(ははっ、それな!)
気のせいか先程よりも強い同意が返って来た気がしたので、ベツィーは思わず恐れをなして、やはり本人への口撃に絞ろうと考えた。この調子だと直接的な表現のほうが良いかもしれないと戦略を練り直すと。
"Il est évident que vous êtes trop fier pour abandonner. J'ai confiance en ma force. Je te plie comme ça Origami."
(やせ我慢しやがって。これでも腕っぷしには自信があるんだぜ。お前を折り畳んでやろうか? あの折り紙みたいにな!)
その単語を白銀は聞き逃さなかった。
実のある返事ができるのは今しかないと考えた白銀は、テーブルの上に畳まれていたナプキンを一つ手に取ってもの凄い勢いで折り始めて。
「ボンボヤージュ」
(良い旅を)
その言葉とともに、折ったバラをベツィーの胸元にそっと添えて、流れるような動きで背中を見せた。
呆気にとられたベツィーが、罵りの言葉を投げかけようとする直前。誰かの手が肩に触れたのを感じて振り返ると、そこには無表情の四宮が。
「あなた、会長が温厚な反応なのを良いことに……ああ、日本語では通じませんね」
そうつぶやくと、かぐやの頭脳がフル回転を始めた。一番ダメージの大きい言葉を口にするべく深い考察を重ねた結果、かぐやの脳が一つの答えを出す。
それはかぐやですらも、できれば口にしたくないと思えるセリフ。だが白銀を悪く言われたかぐやに、そんな事は関係なかった。
だからかぐやは口を開く。
"Prêts, prêts, prêts partez!"*1
奇妙な音韻を伴った言葉を、かぐやはベツィーの耳元でささやき続ける。
"En excellente institution intelligente du lycée,
C'est un fait bien connu.
Notre conseil étudiant est une idole de tous les élèves.
Poku Poku Poku Poku Poku Poku Po."
それを聞きつけた藤原書記が、事の成り行きを唖然として眺めている白銀と、ベツィーに話しかけているかぐやの近くにやって来て、かぐやの声に合わせて踊り始める。
"Notre président et Mlle. Magasin de meubles.
M. Pierre en haut et Chika la secrétaire.
Le membre d'or est ce quatre, n'est-ce pas?
Chika la secrétaire. La secrétaire Chika a le pouvoir."
会場の耳目はかぐやと藤原に集中している。いや、ベツィーの罵り声が
そしてこの会場には、フランス語を解する生徒しかいない。白銀と、食い意地の張った小柄な一年生女子を除いて。
"Nous vivons dans un pays ébouriffé.
Tout le monde cache sa véritable intention.
Mais Chika la détective de l'amour pourrait résoudre tous les problèmes!
Croyez-moi! Bien que j'ai un trois sur un test de quotient intellectuel."
どこからともなく取り出した帽子を藤原が投げると、それはベツィーの頭を越えて明後日の方向へと飛んで行く。
誰もが首を傾げている中で、今回の首謀者である校長がおののきの表情でその帽子を受け取った。
"Amour Amour Secrétaire. Le secrétaire est mon défaut.
Boom!
Tu passeras ton diplôme de cette école dès que tu n'auras pas fait attention.
Phew!
Amour Amour. Mon cœur bat. Diseur de bonne aventure.
Chaque fois que vous tombez amoureux, c'est vous qui est l'héroïne."
いつしか合いの手が入るようになり、そして我らが生徒会長を
口汚い言葉にも毅然と対応した白銀。その白銀のために秀知院生徒会のなんたるかを耳元で語り続けるかぐや。そのかぐやの声に合わせて踊りを披露する藤原。
それは秀知院の生徒たちにとっては──
この光景を前にして、心を動かされない者など一人もいなかった。続々と藤原の後ろに加わって、ついに全員が踊りに加わった。白銀とかぐやと、食い意地の張った小柄な一年生女子を除いて。
"Vous devriez briller de toutes vos forces.
Yo!
Clignotant! Scintillement! Brillant! Brûlant!"
半円をなした包囲網がベツィーの前に現れていた。
そこには秀知院の生徒だけではなく、フランス校の生徒も大半が加わっている。いくら生徒会の副会長とはいえベツィーの発言は度が過ぎていると考えたためだ。
"Amour Amour Secrétaire dans les premiers jours.
Amour Amour. Mon cœur bat."
そして踊りは終幕へと近づき、最後に皆が声を合わせて。
"Retournez dans une forêt."*2
その言葉を聞いたベツィーは一目散に控え室に向けて逃げ出した。
校長の取りなしによって、何とか事は穏便に終わり。
こうして歓迎会は大盛況のまま終わりを迎えた。
本日の勝敗:藤原書記の勝利。
かぐやの声に合わせて思う存分踊れたため。
白銀はかぐやとあまり絡めなかった。
白銀の【ラッキースケベ】は力をためている。
IQ3「どやさー!」
ギャグ時空「生徒みんなで千花ダンス踊ったったー!」
Q.ラッキースケベ?
A.はい、すみません。
Q.R-15?
A.はい、ごめんなさい。