みゆき♡ダークネス 作:烏滸底オコ
♡白銀御行はみせつけたい♡
運動部が家路についてしんと静まり返った体育館に、今再び明かりが灯った。
たくさんのバレーボールが入ったカゴを倉庫から引っ張り出しているのは生徒会長の白銀。誰にも見られない時間帯にこっそり特訓をしようとしていた。
白銀は決して運動能力が低いわけではない。新聞配達や引越のバイト、毎日往復十五キロの自転車通学で鍛えられた身体は、そこらの運動部員にも見劣りしないだろう。
しかし運動神経・運動センスと呼ばれるものが白銀には圧倒的に不足していた。いや、その説明も適切ではないだろう。
なぜなら白銀はスタートの時点では他人よりもはるかに劣り初期の成長率も壊滅的だが、ひとたびコツをつかむと一気に大多数を抜き去り圧倒的な成長を遂げるからだ。
とはいえコツをつかむ前の姿が無様なのもまた事実。だからこそ白銀はそんな姿を──特にかぐやには──絶対に見せたくないと思うからこそ、こうして隠れて練習をしているのだった。
「くそっ! どうして……」
無人の体育館に白銀の声がこだまする。まだサーブの練習しかできていない上に、いっこうに良くなる兆しがないからだ。
いかに白銀の頭脳が明晰でも、上に放り投げたボールではなく自分の頭を叩いてしまうこの惨状を前にしては解決策が思いつかない。
気分転換のために周囲に散らばったボールを拾い集めながら悔しそうな声を出す白銀。その耳が、体育館の扉が開くぎいっという音を聞きつけた。
「あれっ、会長?」
「ふ、藤原書記!? 家に帰ったのではなかったのか?」
意外な人物を目にした白銀が慌てた口調で問いかけると。
「えっとぉ……忘れ物をしちゃいました〜」
両手の指を合わせて恥じらいながらもにこやかに答える藤原。
放課後は生徒会室で過ごしていたはずだが、こんなところに何を忘れたのかと訝しむ白銀。とはいえ藤原書記なら有り得ることなので、白銀はすぐに考えるのを止めた。
倉庫に姿を消したかと思うとすぐに出てきたので、忘れ物はあっさりと見つかったのだろう。
藤原はそのまま白銀の目の前まで近寄って来た。
「会長は何してるんですか?」
「む……ああ、来週からバレーの授業があるだろ? バレーは
こっそり練習をしている姿を誰にも見られなくなかった白銀だが、ぽわぽわした性格の藤原ならいいかと思い直した。それに秘密を言い触らさないと思えるほどには藤原のことを信頼している。
「えへん。こう見えて私はバレーできますよ? 少し練習を手伝ってあげましょうか?」
そんなふうに藤原が気軽な口調で提案した。
藤原は長い生涯にわたって、この時の発言を後悔し続ける事になる。
「どうして……そうなるんですか?」
平坦な声を出す藤原に戦慄が走る。
ポンコツを通り越して
だが一度口にした約束を違えたくないと思うほどには、生徒会にも思い入れがあり白銀の事も親しく思っている藤原である。
もとより恋愛感情はなかったが、この死にかけのアルパカのような姿を前にしては百年の恋も醒めてしまう。これを見ても愛情が深まるのはよほどの変人か、複雑な性格を抱えたまま愛に飢えている深窓の令嬢くらいだろう。
けれど同じ生徒会の仲間として白銀を助けたい気持ちはある。
藤原は心を鬼にして額にはおにの鉢巻をして朝晩の白銀の特訓につき合った。
そして三日三晩が過ぎた。
「打てた! 理想のサーブが打てたぞ藤原書記!」
「会長、やりまじだね……」
涙目になった藤原は、どうしても尋ねておきたいことがあった。
「でも会長。どうしてここまで頑張れるんですか?」
「……どうせ見せるなら、無様な姿よりもカッコいい姿だろ?」
「えっ、それって……会長の好きな人にって事ですよね!?」
そう言って目を輝かせる藤原に、白銀は慌てて。
「違うっ! なんでそうなるんだよこの恋愛脳!」
「またまた〜。教えて下さいよ、会長の好きな人」
そう追及した藤原は、ふとこの三日間を振り返って。
「あ、そういえば会長って【ラッキースケベ】がぜんぜん出なかったですよね?」
なぜか少しふくれっ面をした藤原にそう言われて、白銀は首を傾げる。そんなものは出ないほうがいいに決まっていると思っていたのに、この言われようだとまるで──。
「生徒会室でも、かぐやさんには時々発動しそうになってるのに、私にはぜんぜんですよね?」
普段は鈍いくせに時々ずばっと核心を突いてくる藤原。
「あ、いや、それはだな……」
白銀がしどろもどろになっていると。
「もしかして会長って、かぐやさんの事が?」
上目遣いで問いかけてくる藤原に。
「……あの属性はどうも人数制限があるみたいでな。おそらく最初に巻き込んだ二人だけに発動するんじゃないかと俺は考えてる。誰彼なしに発動したら、すぐに逮捕されてしまうだろ?」
適当な話をでっち上げた白銀は、藤原が納得しているのを見て胸をなで下ろした。
かぐやに伝えた「身体的な理由」も藤原に伝えた「人数制限」も、真実ではないと白銀は考えている。もっと合理的な理由があると分かっている。
思春期かつ反抗期の妹も、そしてかぐやも。白銀が他の誰よりも気にかけている異性だという共通点がある。
だがそれを公言するわけにはいかない。自分の気持ちをかぐやよりも先に表に出せない理由が白銀にはあるからだ。
だからこそ。
謝れる機会があれば絶対に謝ろうと、白銀は何度目になるか分からない決意を固めた。
早朝に練習を始めた時には電気を点けないとボールが見えないくらい暗かったのに。気がつけば二階の窓からは陽が差していた。
♡四宮かぐやについて♡
台風の日にお可愛いことを企んだかぐやは
かぐやにプリントを届けるようにと教師から頼まれて、生徒会から誰か一人がお見舞いに行くことになり。
白銀は藤原の奸計を退けて、四宮家別邸に足を踏み入れた。
スミシー・A・ハーサカと名乗ったお世話係のメイドさんに案内されて、白銀はかぐやの部屋を訪れる。
藤原から事前に聞いていたとおり風邪を引いたかぐやは思考が幼児化して甘えん坊さんになっていて、その時は部屋中をひっくり返して花火を探していた。
「もうっ。何してるんですかかぐや様!」
「はやさかぁ〜。はなびする〜?」
「いいからまずは風邪を治して下さい。ほら、お布団に入って」
ハーサカに諭されてベッドに戻るかぐやを白銀は呆然と眺めるしかない。
かぐやが風邪を引いたのは自分に原因があるのではないか。
大雨で電車が止まって困っていた自分を、このままではバイトに行けないと悩んでいた自分を正門の前で待っていたのが原因ではないか。
もしそうなら謝りたいと思っていたのに、今のかぐやには話が通じそうにない。白銀の予想をはるかに超える幼児退行ぶりを見て、何を言えばいいのか言葉が出てこない。
そんな白銀の背中を押してベッドの傍へと近づけたハーサカは、かぐやに「お客様がお見えです」と告げた。
「し、四宮……?」
「……あっ。かいちょうだ! あれっ、……どぉして?」
はじめは驚いて目を見開いて、次には照れてあわあわして布団を引っかぶるかぐや。
掛け布団を上げ下げして顔を隠したり外に出したりしながら二人の様子をうかがっているかぐやを横目に、白銀はハーサカから説明を受けていた。
人一倍理性が強く日頃から自分を律して過ごしている反動なのか、風邪を引いて思考力がダメになるとかぐやはいつも幼児化してしまうのだとか。
今のかぐやは夢の中にいるようなもので何をされても記憶には残らないこと。
この部屋は防音が完璧かつ今から三時間ほどは誰も絶対に入らないこと。
だからといって変なコトをしてはダメデスヨと念を押して、ハーサカは仕事に戻った。
「なあ、四宮……」
「かいちょ、はなびする?」
話しかける白銀に答えるかぐやは、今までに見たことのない
「いや、それはまた今度な」
優しく答える白銀だが、内心ではどうしたものかと困惑していた。
「かいちょ、またいそがしいの? ちゃんとねてる?」
そう口にしたかぐやは、幼児化していても人の気配には敏感なのだろう。白銀をいたわるようにそう告げると。
「いや、いつもどおりだから大丈夫……」
と言いかけた白銀の言葉を遮るように、ちょいちょいと手招きをして。
「じゃあ、いっしょにねよ?」
そう言って片手で掛け布団を持ち上げた。
「なっ!? いや、四宮……っ!?」
手招きされるがままに顔を近づけていた白銀が制服の首の辺りを掴まれたかと思うと、次の瞬間には布団の中に引きずり込まれていた。
特に何かが発動したわけではない。
けれどもすぐ目の前ではかぐやが頭を横にして白銀の顔をのぞき込んでいる。
「かいちょ。てれてるんですか?」
そう言いながら、潤んだ目で見つめてくる。息がかかるほどの距離で。
白銀の頭がかつてないほど高速に動き、それでも何の結論も出せずにいる。かぐやの顔を正視できず視線があちこちをさまよっている。
「おかわいいこと」
そんな白銀をくすくすと眺めながら微笑みかけると。
両手で白銀の手を握って、ほどなくかぐやはすやすやと眠りに就いた。
握られた手を振りほどくわけにもいかず、困ったなと思いながら同じ布団で時間を過ごしていた白銀は、かぐやに心配されたとおり慢性的な寝不足を抱えている。
勉学で同級生の誰にも──特にかぐやには──負けるわけにはいかないと考える白銀は毎日十時間の勉強を己に課している。
さらにはバイトに励んで家計を助け、バレーの特訓など人知れぬ努力も積み重ねている。
だから白銀は布団に入ればすぐに眠りに就いてしまう。身体が休息を欲しているからだ。
ゆえに今日も、白銀はたちまち夢の世界へと旅立った。
気がつけば白銀は一面の花畑の中で寝転んでいた。これは夢だと自覚はできるのだが、なぜか眠りが醒める気配がない。
身を起こしたらダメだという気がして、白銀は花畑の中を
ぐるっと半円を描いて移動して、最初に頭を向けていた方角に向き直ると、そこには小さなお堂があった。扉の向こうにはお供えの果物が見える。
白銀は再び匍匐前進でお堂までの距離を縮めると、そっと観音開きの扉を開けた。そして果物に顔を近づける。何ともいえない香りがした。
桃のような無花果のような、見た事のない果物に興味を引かれた白銀はそっと表面を指でなぞった。どこかから小さな声が聞こえて来たが気のせいだろう。
その感触が忘れがたいものだったので、白銀はしばらく無心で果物をなで続けた。
次第に香りが強くなってきて、白銀はそれを存分に味わいながら指を動かし続ける。声もどんどん大きくなってきたが付近には誰の姿も見えない。
指先にねちょっとした感覚を覚えて、果汁が漏れ出たのだと考えた白銀は焦りを覚えた。お供えの果物を傷物にしてしまったのではないかと思ったからだ。
だが皮の表面に目立った傷はなく、果汁はその奥から尽きせぬ泉のようにどんどんと溢れ出てきている。口を付けて舐め取りたい欲望を何とか抑えて、白銀は指を動かし続けた。
ふと気がつけば、先程まではなかったはずの小さな突起がある。果物の上の方にあるそれにクリッと触れると、頭の上の方から「んあんっ」というどこかで聞いたことのある声が聞こえて来た。
間を置かず、ぶしゃあと滝のような雨が降り出したので。顔をびしょびしょにしたまま白銀はお堂の扉を閉めると、再び匍匐前進で元の場所に戻った。
もうすぐ目が覚めそうな気配がある。急いで元の場所に横たわった白銀は大きく息を吐いて。そして夢の世界から現実へと意識を戻していった。
本日の勝敗:白銀の勝利。
バレーも上手くなったしお見舞いにも行けたため。
白銀は夢か
白銀の【ラッキースケベ】がLv.14→Lv.92に上がった。
R-15&ラッキースケベ「これで許して下さい」