アイギスの王子に憑依転生したらどうなるか、という話です。
連載作品の合間合間にちょっとづつ書いていったら意外と長くなりました。

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アイギスの王子に憑依転生

  突然だが俺は死んだ。理由はよく覚えていないが、死の直前の体が冷えていき、視界が暗くなる恐怖だけはよく覚えていた。おそらく死因は外的傷害によるものなのだろう。病気や老衰のように緩やかな死で無かったのは確かだ。

 

 と、思ったがどうやら勘違いだったらしい。次の瞬間には全く知らない部屋で目を覚ました。全身には包帯がまかれていて、明らかに重症だったが、自分の体がある。空中に浮いているわけでもなく、物に触ることもできるし、痛覚もある。起き上がると全身を引き裂かれ、炎で焼かれたような鋭い痛みが走ったが、俺は逆にそのことをうれしく思った。この痛みが生を味合わせてくれるからだ。決してマゾではない。痛みで自分の体の様子を見ることもままならないが、誰かが助けてくれたのかもしれないな。救急車には感謝だ。

 しかし天井と見える限りの部屋の内装を見てみたが、とても病院とは思えない設備だ。たしかに医療用と思わしき道具が揃っているが、どうも現代の医療器具とは違うように見える。というか、どことなく建築物そのものがおかしい。日本っぽくないというのもあるが……何かが変だ。

 

 そうしてしばらくボーッとしていると、ノックの音が部屋に響いた。誰かが見舞いにでも来てくれたのだろうか。扉の開く音が聞こえたが、残念ながらここからでは扉の方は見えないし、声を出すのもつらいため黙って来客が近寄るのを待った。

 コツコツと靴が石をたたく音が聞こえる。見舞いに来てくれたのはいったい誰なのかとその人物を見てみたとき……言葉を失った。自分には縁がないような、とても美しい赤眼銀髪の女性が見舞いの品物を持って立っていたからだ。女性は俺が起きていることに気が付くと唖然とした様子でこちらの顔を覗き込んでいた。そして徐々に目に涙を浮かべ、俺の手ををとって縋り付いて歓喜の声をあげた。

 

「やっと目を覚ましてくれたんですね! 王子!」

 

 ……? 王子? この人はいったい何を言っているのだろうか。周りに王子と言われるべき人はいないし、そもそも明らかに俺に話しかけている。俺が王子? なんて馬鹿げたことも一瞬頭をよぎったが、すぐにありえないと切り捨てた。まさかこの女性は美しくまともそうに見えるのに、中身は電波系なのだろうか? でなければ俺のような見ず知らずの人物の見舞いになど来るはずがない。

 

「なぁ」

「あ、はい! 何ですか、王子!」

 

 ちょっと声をかけるだけで鼻をすすりながら女性は涙の残る顔でこちらへ満面の笑みを向けた。少し心苦しいが、いつまでも電波系に付きまとわれるわけにもいかない。こういうのは早めに解決しとかいなと後々問題になると思うんだ。

 

「あの、どなた、ですか? 人違い、じゃありません?」

 

 俺が痛みのせいで途切れ途切れな言葉を発した瞬間、部屋の空気が凍った。あれ? 何か間違えたかな?

 

「あ、あの、王子? そういう冗談はおもしろくないですよ? 魔物との戦闘で重傷を負ったから、ちょっと記憶が飛んでるだけですよね?」

 

 少しして、震えた声で女性がそう言葉を絞り出した。喜び、困惑、怒り、不安といった感情が混ざり合った複雑な表情をしている。だがこの人はやはり頭がおかしい人のようだ。もしくは中二病というやつなのだろうか? 魔物がどうとか言い出したし。

 

「いや、魔物? 何の話ですか? それに、俺は、あなたのような人と、会ったことも、ないはず、ですけど……」

 

 俺がそう返すと、女性の焦りが大きくなった。

 

「王子!? 冗談はやめてください! いい加減にしないと怒りますよ!」

「だから、本当に、知りませんって。魔物って、言われても……」

 

 しばらく同じようなやり取りが繰り返されたが、女性は絶望したような表情でうつむいてしまった。ううむ、やはり直球すぎただろうか? 中二病にとって世界観を壊されるのは許せない人もいるのだろう。

 

「あの、アンナ、という名前に、聞き覚えは」

「すまんが、無いな」

 

 その言葉を区切りに、とうとう女性は何も話さなくなってしまった。うつむいていて表情は見えないが、鼻をすする音が聞こえることから、泣いているのだろうという察しはついた。こんなに美しい女性を泣かせるのは趣味ではないのだが、仕方がない。

 

 そうして女性が黙り込んでしまい、俺もすることがないために無意味に時間だけが過ぎていった。そして、日が傾きかけたころ、女性は立ち上がり、こちらに強い意志のこもった瞳を向けてきた。

 

「王子。必ず、記憶を取り戻して差し上げます。私を、アンナのことを、忘れたままになんて、絶対にさせません」

 

 そう宣言し、俺の上に覆い被さるようにまたがった。俺は何をされるのかと焦ったが、体は動かない。そして不意に、無抵抗でいる俺の唇が暖かな感触をうけた。目の前には超美人の顔。近くで見ても、造形や汚れがほとんど見当たらない美しい顔を赤くして、目を詰むっている。

 

「ん……ちゅっ……」

 

 俺は一瞬何をされたのかわからなかったが、これはキスだ。美人が俺にキスしてる!! ヤバイ! 超気持ちいい! っていうかこの子うまいな! やっぱ美人だし、遊んでるんだろうか。でもそんなの気にならないくらい気持ちいい。死ななくてよかった! 童貞である俺のファーストキスなのだ。ちょっと電波系でもこれだけ美人ならお釣りがくるレベルだ。

 はじめは啄むようなキスだったが、次第に向こうの気分が乗ってきたようで、徐々に舌を俺の中へ入れてきた。俺は貞操観念とか罪悪感とかはふっとんでしまい、とにかくこのキスを長く続けたい欲望にかられて、あっさりとその舌を受け入れた。

 

 そしてたっぷり数分間はキスをしていたと思う。正直、どれくらいの時間キスしていたかはわからないけど。しかも口周りはお互いの唾液でびちゃびちゃで、息子もその存在を元気に主張している。お互いに息を荒げてゆっくりと口を離した。童貞の俺には刺激が強すぎて何も言えずにいると、美人が声をかけてきた。

 

「はぁ、はぁ。どうですか? 王子。私のキス、思い出しました?」

 

 そう、潤んだ瞳と頬を赤くして聞く美人の姿はこの上なく興奮したが、残念ながら人違いなのだ。……なんだか一気に萎えてきた。

 

「あ、あの……ごめんなさい。やっぱり、人違いじゃないですか?」

 

 美人は俺の言葉を聞いて悔しそうな顔をする。と思ったら何かを決意したような表情に変わった。今度は何だと思っていると、なんと俺の股間を触り始めたのだ。

 

「え!? ちょっと! それはさすがにまずいって! って、痛えええええええ!」

 

 俺は慌てて止めようとした。そこで暴れてしまったのがよくなかったのか、治りきっていない全身に激痛が走る。美人はそのことに気づいて慌てて離れた。

 

「お、王子! 申し訳ございません! まだ安静にしてなきゃならないのに、私、焦ってしまって……。本当に申し訳ございません……」

 

 美人は高揚した顔から一転して、青ざめた表情になっていた。なんだか危ないことになりそうだったが、回避できたから一安心……なのだろうか? とにかく、もうこちらを襲ってくる様子もない美人は、落ち込んだまま俺の看病をしている。

 やがて、俺も落ち着いてきたころ、美人は立ち上がってこちらに話しかけてきた。

 

「王子……私、明日また来ます。悔しいですけど、私だけじゃ王子の記憶は戻らないみたいなので……。でも、安心してください。王国には魔法に長けた人は大勢いますし、きっとすぐに記憶を取り戻せるはずです。

 では、おやすみなさい。王子」

 

 看病を終えた美人は、そう言って部屋から出ていった。

 

 俺は目が覚めてからの嵐のような展開に疲れてぼーっとしていると、ここであることに気が付いた。

 

「あれ? そういえば……この病室、電灯もないのか?」

 

 暗くなり始めた部屋を、ランプの仄かな光がつつみこんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜は暗くなった後、大怪我をしているからか、あっさりと眠りに落ちた。朝日が昇るまで熟睡してしまった。

 朝起きると昨日よりは体の調子がかなりよくなっていた。まだ動くと痛いが、支えてもらいながらなら起き上がることもできるかもしれないほどだ。この回復速度には驚いたが、良い医者に診てもらったのだろう。あとでお礼を言っておこう。

 ところで、昨日目が覚めてから一度も食事をしていない。いや、寝たきりの間もしていなかったはずだ。点滴もしていない。だというのに、俺の体は栄養失調というわけでもなさそうだ。腹は空いているが、それだけだ。意外と、寝てる時間は短かったのだろうか?

 不思議だなぁ、とボケっとしていると、扉がノックされた。返事をすると、昨日の女性が食事を持って入ってきた。しかも今日はその後ろに、また見たことのない人物が連なって入ってきた。頭に王冠のように大きくて丸っこい帽子をかぶり、身の丈ほどもある大きな金属製の杖を持った紫眼に薄い青色の髪をした美少女だ。どことなく高貴というか、神聖な感じがする服装であるが、なんでこの子はへそを丸出しにするような服装なんだろう? それにしてもやたらとカラフルな髪色だ。まるで漫画かアニメみたいだ。コスプレかな? だとしたら自然な感じでまとまっててクオリティが非常に高い。妙に表情がこわばっているのが気になるけど。などとくだらないことを考えていると、昨日の女性が話しかけてきた。

 

「おはようございます。今日もいい天気ですね」

「あ、ああ。おはよう、ございます」

 

 昨日の女性が、何事もなかったかのような振る舞いで笑顔を浮かべて挨拶をしてきた。昨日あれほど取り乱していたのに、随分な落ち着きようだ。俺が横になっているベッドの横にある椅子に2人が座り、居住まいを正して話しかけてきた。

 

「まず、自己紹介をしておきましょう。王子はどうやら記憶を一時的に失ってしまったようですから。

 私の名前はアンナです。政務官をしています。あと、王子の秘書役のようなこともしています。ですから、私達に対して敬語は必要ありません」

「私はレーヴと申します。神殿書記官をしています。王子のお世話やアンナ様のサポートもしています」

 

 2人は恭しくこちらへ礼をして、自己紹介を始めた。昨日の女性はアンナという名前で、神聖っぽい服装の少女はレーヴという名前らしい。なんだかよくわからないが、一応こちらも自己紹介をするべきだろう。

 

「俺は……あれ?」

 

 だが、自分の名前が思い出せない。名前に関わる記憶にぽっかりと穴が開いたような感覚に陥った。なるほど、確かに記憶喪失になってしまったらしい。だが違和感はあれど、不快というほどの辛さもない。自分の記憶だというのに、どこか対岸の火事というか、現実感がない。記憶ではなく記憶を読んでいるようだった。それ以外のことはよく覚えているのだが。

 

「王子……まさか、ご自分の名前も忘れてしまったのですか?」

「ああ、どうもそうらしいです。これはまいったな」

「お、王子。本当に、記憶喪失になってしまったんですね……。私たちとの記憶も、全部、ぐすっ、なくなって……」

 

 俺がのんきに忘れたことを言ったとたん、レーヴちゃんが堰を切ったように泣き始めた。その様子は本気で悲しんでいるようだ。この状態で人違いだのなんだのを言う勇気はない。

 

「おう、じ、えぐっ、あの、これ、私が書いた、王子の、ぐすっ、伝記です。まだ、途中ですけど、うぅ、王子の記憶が、戻って欲しくて……」

 

 泣き続けるレーヴちゃんはすがるように一冊の本を俺に手渡した。その本は先程から二人が俺を指して王子という人物の伝記だという。レーヴちゃんが書いたものというのは、書記官だからだろうか。本を開き、パラパラと呼んでみると、どうやらよくある剣と魔法のファンタジー世界の王子らしく、昔の英雄の子孫という、これまたよくある設定だった。

 しかし途中から内容がおかしくなっていた。

 

 

『英雄歴1004年 2月23日 筆者が王子と初めて出会った日だ。王子は寡黙ながら接しやすい方で、人の心にスッと入ってくる不思議な魅力があった。この日、筆者の魔法で、秘書官のアンナ様の記憶を覗こう、と王子が提案した。筆者もこれまでの王子が気になったので覗くことにしたが、王子は意外といたずら好きなところがあるのかもしれない』

 

『英雄歴1004年 3月1日 王子と出会って1週間しかたっていないにも関わらず、王子は様々な姿を筆者に見せてくれた。それは王子の魅力であり、特に人種、社会的地位、過去を問わず仲良くなるため、多くの人を味方につける人望となっている』

 

『英雄歴1004年 3月7日 王子の記憶を覗かせてもらう用事ができた。戦いが始まってからの記憶は常にアンナ様と一緒にいたせいか、アンナ様の記憶を覗いたときと同じような内容だ。(中略)用事を済ませ、魔法を終える際に、うっかり別の記憶を覗いてしまった。それは王子が他の女性と性交をしている時の記憶だった。王子は英雄だからか、女性との交友関係も広いらしい。筆者同様、嫉妬する女性も多いことだろう』

 

『英雄歴1004年 3月14日 出会ってから1か月もたっていないが、そう感じさせない濃密な日々だった。そしてこの日、ついに王子と結ばれた。筆者は神官のため本番とはいかなかったが、王子に包まれていると幸福感で満たされる。今までもこうやって女性を落としてきたのだと思うと複雑だが、王子に抱かれるとそういったしがらみもどうでもよくなってくるから不思議だ。英雄とはかくも罪作りな存在なのか』

 

 

 えーっと……ナニコレ? 伝記のような内容だったのだが、随分と筆者の主観が盛り込まれている気がする。え? この子、王子のこと好きだったってこと? しかも王子はヤリチン? やべぇ。語彙力崩壊しちゃう。やべぇ。

 

 ふとレーヴちゃんの方を見てみると、涙を浮かべながら顔を真っ赤にしていた。

 

「ま、間違えましたー! そっちは自分用で、本当はこっちなんです!!」

 

 レーヴちゃんは素早い動きで俺から伝記をひったくり、似たような装飾の本を渡してきた。間違えるなら持ってこなければいいのに……。っていうか自分用ってなんだよ。

 

 俺は新しく渡された本を読み進めた。そこには、少年時代の王子のことから細かく書かれており、女神の封印が弱まったこと、王国が滅亡の危機に瀕したこととそれを救ったこと、ほかにも様々な場所に赴いて魔物や悪魔、果ては妖怪やゴーレムとの戦いなどありとあらゆるファンタジー生物との闘いの日々が記録されていた。

 しかも、どこに行っても新しい女性をひっかけているらしい。どういうことだ。

 

「お、王子……どう、でしょう!? 記憶、戻りました?」

「すみません。やっぱりわからないです」

 

 俺は王子でもなければ肉体派でもなく、女性とやりまくったこともない。あらゆる意味で王子という人物像は俺とは正反対だ。

 そもそも魔法とかいう言葉を平気で使うことがおかしい。だがしょんぼりしているレーヴちゃんと残念そうな表情のアンナさんの態度は、真に迫ったものがある。このちぐはぐさはいったい何なのだろう?

 

「王子」

「え?」

 

 突然、今まで黙ってたアンナさんが声をかけてきた。

 

「残念ながらまた失敗してしまいましたが……ほかにも方法はあります。レーヴさんの記憶を見る魔法で、私の記憶を見てください。そうすれば思い出す可能性もあります」

 

 また魔法だ。詐欺か宗教勧誘か知らないが、魔法なんてこの世にあるわけがない。

 

「ただその前に、レーヴさん。今日の王子の治療をお願いします。王子。治療が終わったら食事ですからね」

「はい。アンナ様。王子、回復魔法を使わせていただきます」

 

 レーヴちゃんが杖を構え、何かをつぶやき始めると、彼女の周りを白い球のような光が舞い始め、謎の風が発生して彼女の髪を揺らした。そして自分の体をすっぽりと包むように円盤状の何かが空中に現れたかと思うと、体の痛みがどんどん引いてきた。今まで痛かった箇所も楽に動くようになっている。

 

「……えええええええ!?」

 

 俺は思わず叫んだ。レーヴちゃんとアンナさんは驚いてビクッとしている。だがそれどころではない。マジでなんだこれ!?

 

 ああ、薄々気がついていたんだ。でも気づかないふりをしていた。

 

 だがまさか。ありえない。俺は……王子なのか? 最近よくある転生、というやつなんだろうか。だとしたら少年時代がないのはおかしい。むしろ憑依といった方がいいかもしれない。もしそうだとしたら……この2人の言葉はすべて正しい可能性が高い。今さっき目の前で起きた魔法はどう見ても現代科学では説明できないし、トリックでもなさそうだ。

 

 俺はしばし呆然としていた。

 

 そして重大なことに気が付く。

 

 

 王子はヤリチン!

 

 

 ……駄目だ! これは駄目だ! つまり今後、自由に動けるようになれば、王子の毒牙にかかった女性たちが俺のもとへ来る! 隠してもいつか俺が王子じゃないことがバレる!(性的な意味で。)伝記を読む限りでも、ざっと100人はくだらない。もっと多いかも……。

 100人以上に恨まれたら……死ぬな。っていうか俺、やっぱ一度死んでたんだ。なのにまた死ぬのか……。もうわけわかんねぇ。

 

「あのー、王子? 何か思い出されましたか?」

 

 恐る恐るといった様子で、アンナさんが話しかけてきた。王子のことだ。どうせアンナさんともやりまくってたに違いない。秘書だもの。レーヴちゃんも神官らしく本番はしていないみたいなこと書いてたけど、後日に……。やめよう。考えたら鬱になりそうだ。

 まぁ仮にも今の俺は王子だ。流石に死ぬほどのことにはならないだろう。なんか人類の救世主してたし。唯一の英雄の子孫だし。でも共に戦ってきた女性100人以上に恨まれたまま生活できるわけない。王子軍は崩壊し、人類滅亡! あかん。結局死ぬわコレ。

 

「王子? 聞いてますか?」

「はっ!? ええと、すみません。ちょっと考え事してて。なんでもないです」

 

 うっかりアンナさんのことを無視してしまっていた。危ない危ない。とにかく、ばれないようにしなければ!

 

「王子。先ほども言いましたが、食事のあとは私の記憶を見てもらいます。レーヴさんの魔法の性質上、私が就寝しなければならないのでしばしお時間をいただくことになります。その間の身の回りの世話はレーヴさんにお申し付けください」

 

「あ、はい」

 

 ……ん? 記憶、だって? まさかレーヴちゃん、他人の記憶を見ることができるのか!? 魔法って便利だなー、って考えてる場合じゃねぇ! もしも俺の記憶を見られたら、本来の王子のものとは全く違う記憶が現れることになるんじゃないか!? 即バレじゃん! しかも寝てるときに見るってことは回避不可! どどどどど、どうする!?

 あ! そうだ! ここは1つ、レーヴちゃんに記憶操作してもらうってのはどうだろう? この体は王子のものみたいだし、頭の中には残ってるだろ。それを無理やりにでも思い出させてもらって、それを頼りに行動すればバレずに済む! それでいこう!

 

「そういえばレーヴちゃん。記憶を見る魔法のことなんだけど、それって記憶を思い出させたりできないの?」

「申し訳ございません……。私の魔法では記憶を第3者に追体験させるのが限界で……記憶操作はできないんです。それに追体験だって、対象が眠っているときのようなリラックス状態じゃないと……」

 

 そう都合よくはいかなかった。というか落ち着いて考えたら当然か。思い出させられるなら最初からそうしてるわ。レーヴちゃん、また泣きそうになってるし。

 しかしこれは本気でまずい。いっそのこと、この2人だけにでも本当のことを話して、協力を仰ぐべきだろうか。ううむ、悩みどころだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事を食べている間、これからのことを考えた。あ、食事はめっちゃうまかったです。流石王族。で、本当のことをばらすかどうかだけど、とりあえずアンナさんの記憶を見せてもらってから判断することにした。ほら、憑依だとしたら本人の記憶とか、なぜか思い出すかもしれないじゃん? それにアンナさんの記憶をもとに王子の演技ができるかもしれない。あんまりやりたくないけど。

 で、今アンナさんはというと……俺の隣で寝てるよ。まぁ添い寝ってやつ。うれしいんだけど素直に喜べない。くそっ。王子め! 爆発しろ!

 そういえばなんで王子はこんなに大怪我していたんだろう? そのへんもアンナさんの記憶を見てたらわかるのかな?

 

「王子。そろそろアンナ様も熟睡されているようなので、記憶をご覧になりますか?」

「ああ、そうですね」

「……あの、最初にアンナ様も申されましたが、私たちに敬語を使う必要はありませんよ? というか、むしろ使っていただきたくありません。王子は今、記憶を、失っているのでしょうが、私達にとっては変わらず王子なんです。我儘かもしれませんが……お願いします」

「う……わ、わかった」

 

 ちょっと涙目で頭を下げてくるのは卑怯じゃないですかね? 結局、レーヴちゃんの頼みを断ることなんてできるわけもなく、敬語は無しになった。俺の返答に顔をほころばせるレーヴちゃん。かわいい。

 

「ありがとうございます。王子。では、魔法を使用させていただきます」

 

 そう言うと、レーヴちゃんは杖を構えて何か詠唱を始めた。すると回復魔法を使った時のように白い光と謎の風が巻き起こり、アンナさんとレーヴちゃんを中心とした2つの魔法陣が展開された。

 

「それでは王子、私の手をお取りください。アンナ様の記憶を辿る旅へ、出発です」

 

 俺は頷いて、伸ばされたレーヴちゃんの手を取った。

 

 その瞬間、フッと意識が途切れ、次の瞬間には見たことのない場所に立っていた。いつの間にか服装も鎧をつけた姿になっている。

 

「ここは?」

「ここはアンナ様の執務室みたいです。これは……ちょうどアイギス様の封印が破られ、魔物が王都に攻め込む直前のようですね」

「魔物が来る前、か。……あれ? アンナの執務室なのに当人はいないのか?」

「王子、これはアンナ様の記憶ですから、アンナ様本人が現れることはありませんよ? 声が聞こえることはありますけど」

「あー、言われてみれば確かにそりゃそうか。自分の記憶に自分が映ってたら怖いよな」

 

 レーヴちゃんと雑談しつつ部屋を見ていると、外から突然轟音が鳴り響き、王城が揺れた。次いで、悲鳴が響き渡る。

 

「な、なんだ!?」

「魔物が侵攻してきました! 王子、この世界は記憶を追体験するために作られたものです。魔物に襲われれば怪我をしますし、逆にこちらから攻撃することもできます。怪我をしても死ぬことはございませんが、とても痛い思いをされることになります。ですから、武器をもって戦ってください!」

「ええぇ!? そんなの聞いてないぞ! それに国を滅ぼすほどの魔物相手に、記憶もないのに戦えるわけないだろ!」

「申し訳ございません。ですが、王子なら大丈夫です! きっと体が覚えていらっしゃるはずです。それに、あくまでこの世界は記憶から作り上げた仮想世界ですから、魔物も当時ほど強くはありません。私もお供いたしますので、大丈夫です! さぁ、剣を手に取ってください!」

「け、剣って。こんなもの使えるわけがない……一応装備するけどさぁ……」

 

 レーヴちゃんは俺に無茶振りしてきた。剣とか生まれてこの方持ったことがないのに……。王子の体って筋肉モリモリマッチョマンだから持って振るだけならできそうだけど、いざ魔物とやらと戦うときに切れる自信がない。元の世界じゃ生き物を殺す経験なんて、それこそ子供の時の虫相手ぐらいだ。一応、壁に立てかけてある剣を手に取って軽く振ってみるが、本当に使える自信はない。

 

「私が付いていますから、大丈夫です! これでも私、回復魔法だけではなく攻撃魔法や防御魔法も使えますから! どれも中途半端ですけど……」

「小声で不安になること言わないでくれる!?」

「と、とにかく! 外へ出ます!」

 

 レーヴちゃんが俺の手を引いて、部屋を飛び出した。外に出ると通路の一角の地面に魔法陣が展開されている所があり、ヴェールのような円柱の光が噴出していた。

 

「王子、これは記憶再生の陣です。この中に入ると、この場所でアンナ様のなされた会話や行動を映像や音声として知ることができます。入っている間は外部からの干渉を受け付けません。お入りになって、当時の様子をご覧になって下さい」

 

 話を聞く限り、まるでゲームのイベント地点みたいだ。そんな暢気なことを考えつつ、言われるがままに魔法陣に入るといきなり兵士の男が目の前に現れ、頭の中に声が響いた。

 

『一体何事ですか!?』

『わかりません! 見たこともない生き物が王都中で暴れているみたいです!』

『見たこともない生き物? ……とにかく、あなた方は謎の生き物の鎮圧に向かってください! 陛下と王妃様は近衛がいるので大丈夫です。私は王子の安否を確認してきます!』

 

 聞こえてきた声は、アンナさんと兵士の会話だった。突然の事態で混乱しているのだろう。今まで知らない魔物が前触れなく攻め込んできたのだから当然だ。

 その場での会話は多くはなかったが、次の記憶再生の陣は至る所にある。俺はそれを貪るように見ていった。まるでゲームのイベントシーンを見るかのような心持で。

 記憶を見るたびに、戦況は悪化しているようだった。兵士から届く報告で良いものはほとんどない。途中で魔物ということが知れ渡ったが、だからといって状況はよくはならない。

 

 しばらく見ていると目の前に自分と同じ格好の男が、数人の護衛の兵士や弓兵と一緒に現れた。そのなかには明らかに正規兵ではない格好をした、弓を持った少女や杖を持った少女もいた。

 

「王子! 王子です! 王子の護衛には兵士と弓兵に、ソーマさんとアリサさんもいたみたいですね。

 あ、ソーマさんは弓を持った方で、アリサさんは杖を持った方です。ソーマさんは弓で長距離も狙える狩人の娘で、アリサさんは王子お付きの回復術師ですよ。お二人とも王子の幼馴染らしいです。正直、そこは羨ましいですよ……」

 

 レーヴちゃんがややこしい説明をしてくれた。つまり、魔物が攻めてきた当時の王子ということか。そして2人の少女はソーマとアリサという名前らしい。2人とも美少女だ。たしかにこれは羨ましい。

 

『王子、ここにいらっしゃいましたか!』

『……! アンナ、無事か』

『はい。運よく魔物と鉢合わせすることもなかったので。ですが、王城はもう危険です。王都を出て、北にあるアイギス様の神殿に避難しましょう。あそこならまだ魔物は入れないはずです』

『……しかし、父上と母上は……』

『陛下たちは近衛に守られていますから、危なくなれば無事に避難できるはずです。さあ王子、いきましょう』

『……(コクリ)』

 

 記憶の中の王子は頷くと、護衛を引き連れて城の外へ走って出ていった。

 

 俺も王子の向かった方向へ行くと、記憶再生の陣に入ってもいないのに何かが現れた。それはよくゲームで見るような紫色のゴブリンだった。

 

「うわ! これ、ゴブリンか!?」

「あれ? ゴブリンのことは覚えていらっしゃるんですか? 魔物のことは覚えていらっしゃらなかったはずですけど」

「あ、いや、そうじゃなくて、たまたまだよ。ほら、アンナがゴブリンらしき魔物が現れた~とか、途中で言ってたから、コイツかな~と思って……」

「あ、なるほど。流石は王子です! その通りです。この魔物はゴブリンといって、魔物の中では弱い部類に入ります。色によって強さが異なるのですが、紫色はその中でも最も弱い個体ですね。

 ただ当時の王城は平和だったので兵士の練度も高くなく、ゴブリンも数だけは多かったのでここまで戦況が悪くなったんですけど」

「そうか……で、コイツと戦うのか……」

「大丈夫ですよ。王子なら片手間でも倒せる程度です」

 

 一応剣を構える。だけど剣なんて振れるわけがない。恐怖で剣先が震える。何もしていないのに息が荒くなってくる。ゴブリンが棍棒を振りかぶって上段から叩きつけるように振ってきた。

 その時、その振りを前にして、引きずられるように体が勝手に動いた。棍棒を軽くそらして体を動かし、次の一瞬で振り切った剣はゴブリンを真っ二つに切り裂いた。躊躇する暇もなく終わったが、これは……本当に俺の体が覚えている、ということなのか。前の俺なら、最初の1度は防御できてもすぐに殴り飛ばされていただろう。

 

「やっぱり、体に染みついた戦い方というのはそう簡単には忘れないものなのです。安心しました」

「あ、ああ。そうみたいだな」

 

 生返事をするしかなかったが、とにかくこれで戦いについては問題ない。俺は身に覚えのない体裁きに違和感を覚えつつ、アンナさんの記憶を辿る旅を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、いろいろな記憶を見た。王城が陥落し、多数の人々が死に行く様を見た。だがそれでも王子は諦めず、アイギス神の力を借りて仲間を集め、とうとう魔物を倒し、王城を取り戻すことに成功した。

 しかし世界中に溢れかえった魔物を倒すための戦いは続く。ある時は砂漠へ、ある時は遠い異文化の国へ、ある時は別世界の高度な文明の都市へ。中には魔物だけではなく他の国の人間と戦うときもあった。その全てに王子は打ち勝ち、時には倒した相手と和解し、共に戦う仲間とした。

 そうして徐々に、王子は今世の英雄と呼ばれるようになっていった。

 

 そして最後に見た記憶。これは王子が今の大怪我を負う直前のものだった。

 

 完全に復活し、なおかつ女神ケラウノスが倒されたことで封じられていた力を解放した、覚醒魔王との戦いだった。

 覚醒した魔王は圧倒的な力を持ち、既存の敵味方の誰をも超える力を発揮した。あらゆる攻撃は通じず、あらゆる防御は貫かれた。

 

 人類は再び絶望した。

 

 しかし、王子は諦めなかった。その戦いで勝つことはできず、死傷者も多数出たが、それでも生き残り、皆を鼓舞することに成功したのだ。

 

 その戦いで、王子は負傷した。もう一人の神器継承者と共に戦ったが、やはり覚醒魔王の力は尋常ではない。死にはしなかったものの深手を負わされたのだ。そして、回復術師による懸命な治療の結果、こうして目が覚めるに至った。

 

 しかし、これらの記憶を見ても、俺の記憶は蘇らなかった。レーヴちゃんは悲しそうにしていたし、俺も思い出せるなら思い出したかったが、できなかった。

 

 正直言って、実感がない。この身に全人類の希望が詰まっている、ということなのだろうが、どこか漫画や小説を読んでいるような他人事のように感じられた。急にそんなこと言われても、はいそうですかと向き合える方がおかしいのだ。現実逃避ともいうが。しかし、そうでもしなければ俺は壊れていただろう。なんせ平和な世の中から急にこの世界へ来たのだ。覚悟も何もあったものではない。

 ひょっとしたら王子が好色なのはそういったストレスと発散できる場を無意識に求めていたからなのかもしれない。こんな重い使命を持っている王子には同情する。……でも今は俺が王子なんだよなぁ。

 

 記憶の世界から帰ってきて、アンナさんも目覚めた後、俺はしばらく一人にさせてほしいと、二人に頼んだ。二人とも俺の記憶が戻らず意気消沈していたが、気を使ってくれたようで、大人しく部屋を出ていった。

 

 ベッドの中で一人、これからのことを考える。戦い方はなんとかなる……はず。体に染みついた動きが、戦い方を教えてくれるのだ。慣れるまで少々時間はかかるだろうが、そこは訓練するしかない。訓練でもなんでもして、頑張り続けなければ、いずれ人間は全滅する。その不安を紛らわすためにも、とにかく訓練するしかない。

 問題は対人関係だ。隠すべきか公開するべきか。これは一朝一夕には出せない答えだ。アンナさんとレーヴちゃんと、相談する必要があるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これからのことを、ただひたすらに考えていると、急に部屋の扉が開いた。そこには、裾の長い和風の服装をした、艶のある黒い長髪の美人が立っていた。前髪は目にかかるほど長く、後ろ髪は足のあたりまである。ジトっとした目をしていて、体の前で組まれた手には八角形の鏡のようなものを持っている。そして巨乳だ。アンナさんも相当だったが、この子も相当である。また王子ハーレムの一人だろうか? アンナさん達なら、気を使って誰も通さないと思うのだが……。

 その女性はしずしずと俺のベッドの傍まで歩いてきて、俺を見下ろした。その目は、無機質な印象を受けるが、よく見ると悲しさや憂いがチラチラと見え隠れしている。しばらくお互い黙って見つめあっていると、女性が口を開いた。

 

「この刻は……既知ではあったが……やはり、目にすると……辛いものじゃ。じゃが……いずれ、汝(なれ)は元の世へ戻る。……安心せい」

 

 唐突に、その女性が抑揚のない声で俺へと言葉を投げかけた。随分と古風な話し方だが、どういう意味だろうか? キチってなんのことだ? それに予言めいた言葉だ。この女性は俺の現状を知っているのだろうか? とにかく何か返事をするべきなのかもしれないが、どう返そう?

 

「え、えっと……」

「汝は無理に語らずともよい。吾(あ)は全て識っておる、異世界の住人よ。これも、刻詠の業であるが故、汝のことは理解しておる」

 

 俺は驚いて開いた口が塞がらない。この女性は俺のことを王子ではなく、異世界の住人といったのだ。そのことはアンナにも話していないのに、なぜ知っているんだ。

 口をパクパクさせる俺をおいて、女性は話し続ける。

 

「吾は、刻詠の風水師……リンネ。刻詠とは……全ての事象に切れ目、裂け目、綻びがあり、その刻みを吾は眺め、繋ぎ、言葉にするのじゃ。言うなれば……生まれ落ちた日より死する時まで、全ての過程と結果を記憶として持つ。故に、汝の身に起きたことも、いずれ世に明かされる。ただ……吾はそれを今、言葉にできる……それだけのことじゃ」

「ええっと、俺のことを知っているのか?」

「知っている……というのは……ふむ、汝の求める意味で言うなら、否じゃ。汝の元の世界で、何を行い、感じたのかは存ぜぬ。じゃが、こちらの世で、何をするのかは識っている」

 

 またとんでもないことを言い出した。言い方が分かりずらいので、はっきりとはわからなかったが、要するにこのリンネという女性は未来予知の能力を持っているということだ。将来的に俺がそのことを言ったのかは知らないが、とにかくその能力で知ったということだろう。

 

「な、なんで今俺にそのことを?」

「なに、簡単なことじゃ。汝に起きた事象は……いずれ世に知られる。望もうと……望むまいと。その刻まで、汝に潰れられては困るのじゃ。その身は王子の身であれど……世のための身でもある。

 初めにも言ったが……気に病むことは無い。汝はこの現世を、幽世と捉えればよいのじゃ」

 

 そして、言いたいことは全て言ったという様子で、リンネさんはまた、しずしずと歩いて部屋を出ていった。

 

 なんだかよくわからない話だったが、よくよく考えてみると、彼女は俺を励ましに来たように思える。安心しろって言ってたし。それに自分のことはそのうちバレるって言ってたし。

 でもバレるとしても異世界の住人ってこともバレるんだろうか? ……あー、でもリンネさんみたいな特殊能力を持った人が他にもいるかもしれないな。そうなると即バレするかも。

 

 ……よし、こっちから正直に話す方針でいこう。下手に隠して、後で恨まれたくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして俺の、一時的な異世界体験が始まったのだった。正直、たくさんの女性に囲まれてはいるけど、みんな王子が好きだから、俺は辛いです。優しい子たちばっかりなんだけどね……。

 




しりきれトンボですいません。
予定以上に長くなったので……。

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