Detroit: AI   作:けすた

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第11話:白熊 後編/The Zookeeper Part2

***

 

 それからしばらく、コナーは目ぼしい場所のスキャンと分析を行った。

 リンジーがクリフォードやアルフォンソたちとパーティーをしたという事務所の調査、そしてミザールが眠る飼育部屋の扉の入退室記録の精査――

 

 収穫がなかったというわけではない。しかし得られた情報だけでは、やや心もとない。

 既に館内のあちこちに警官たちが入り、捜査にあたっているが(ついに動物園も臨時休園になったそうだ)、この調子ではこれまでに調べた以上の情報は出てこないだろう、というのがハンクの見解だった。

 

 ――コインを指で弾きながら思考を整理していると、警部補がそっと近づいて声をかけてくる。

 

「で、どうすんだ? 飼育員たちは別の部屋に待機してるが……揺さぶってみるか?」

「いえ、その前に」

 

 指の上に落としたコインを滑らかに手のひらに転がし、握ってポケットにしまうと、コナーは言った。

 

「聞き込みしたい人物がいます」

「人物? 誰だ」

 

 訝しげな警部補に、前方の扉を指して応える。

 ミザールの飼育部屋だ。

 

「おい、お前まさか」

「私たちが着いた時から、ミザールは休眠状態でした」

 

 まっすぐに部屋を見据えたまま、言葉を続ける。

 

「ですが彼は重要参考人の一人です。そろそろ起こして話を聞きましょう」

「話ったって……どうやって?」

「自由に会話はできないでしょうが、ひょっとしたら何か伝えてくれるかも。スモウだって、いつもそうでしょう?」

 

 視線をハンクのほうに戻して首を傾げると、相手は片手で自分の顔を覆った。

 

「お前……やっぱり怖いもの知らずじゃねえか」

「いえ、真実を明らかにしたいだけです」

 

 言いつつ、前方の扉に手をかける。もはや警察が本格的に捜査している段階なので、スキンを解除した手でコナーが触れるだけでも、ロックは外れるようになっていた。

 

「警部補は外にいてください。もし私がミザールの説得に()()したら……」

 

 扉を開け、自分だけ入って閉め、覗き窓から廊下に立つハンクを見て続ける。

 

「どうか、後をよろしく頼みます」

「ああ、くそ……おい! 絶対に無茶すんじゃねえぞ、いいな!」

 

 いつものように心配してくれる相棒の姿に、コナーは薄く微笑んだ。

 それからおもむろに、ミザールへと向き直る。彼は眠っている――相変わらず。

 起こさなくては。

 コナーは自分の【声帯模写】機能を起動すると、アルフォンソの声音で呼びかける。

 

「『起きろ』、ミザール」

 

 するとまさにその声に応えるように、ミザールの身体がゆっくりと動きはじめた。

 飼育員の音声を認識し、モードを休眠から『活動』へと切り替えたのだ。

 もし彼にLEDリングがあったなら、きっと青い光がぐるぐると回っていたことだろう。

 やがてその両の瞳が開き、こちらを見据えると――

 瞬間、ミザールは明らかにその目つきを険しくし、牙を剥いて唸り声をあげる。

 

「ご、ごめんよミザール」

 

 声帯模写を解除した自分の声で、まずは丁重に、コナーは謝った。

 

「騙すつもりはなかったんだ。ただ、君の話を聞きたかったんだよ」

 

 敵意がないことを示すために、軽く両手を広げてなおも語る。

 

「……君とリンジーに、何が起きたのかは知ってる。助けになりたいんだ。もし何か知っていることがあるなら、教えてくれないか?」

 

 問いかけに対し、ミザールはその牙の生えた口を閉ざした。

 だがすぐに彼は再び唸り声をあげると、その後ろ足で直立した姿勢をとる。その体長たるや、2メートル50センチ――コナーの身長を遥かに超えている。

 

 彼を見上げるコナーの視界の端に、【興奮状態 危険】のアラートが表示される。

 

「おい、ヤバいぞ! 戻ってこい!!」

 

 必死にハンクは呼びかけてくれているが、しかし、まだ引き下がるわけにもいかない。

 

 ――もし攻撃するつもりなら、とっくにされているはずだ。

 ミザールが何か伝えたいのなら、こちらはそれを受け入れる姿勢を持たなければ。

 

 注意深く、ただ押し黙って事態を見守るコナーに、ミザールが直立したまま数歩近づいてきた。彼はその前足を振るうでもなく、ただ上方から、こちらを見下ろして――

 

 大きく口を開き、そのまま、上半身で覆いかぶさるようにコナーの頭を口の中に入れた。

 

「おいっ……!?」

 

 叫びにもならない叫びが、後ろから聞こえてくる。

 

 けれど――心配はいらない。

 ブルーブラッドの配線と電子信号で青く光るミザールの咥内に、確かに見つけたからだ。

 彼が伝えたいこと――彼がこんな行動を取った意図を。

 

「大丈夫です、警部補」

 

 ややあって、コナーはするりとミザールの口の中から顔を出し――幸いなことにミザールもアンドロイドなので、唾液で汚れたりはしていない――背後に向かって、無傷な姿を見せた。

 

 ミザールはといえば、直立をやめると、打って変わって穏やかな様子で大人しく座っている。

 コナーは、落ち着いた態度で彼に言った。

 

「ミザール、悪いけど、もう一度口を開けてくれるかい?」

 

 彼は素直に従った。

 その大口の中に手を突っ込み、さっき見えた()()を引っ張り出す――

 

「これです」

 

 取り出したそれを、扉越しにハンクに見せた。

 

「ミザールは私たちに、これを取ってほしかったんですよ」

「……なるほど」

 

 驚愕の色に染まっていた警部補の表情は、安堵の笑みに変わる。

 

「そいつがありゃ、なんとかなるか。しかし……肝が冷えたぜ」

「後で何か、温かいものを飲みましょう」

 

 そう告げて、コナーはにこりと微笑んだのだった。

 

 

***

 

 

――2039年5月22日 11:23

 

 

 飼育員たちが待機させられている部屋の扉が勢いよく開くと、そこに立っていたのはデトロイト市警の刑事とそのアンドロイド――ハンクとコナーだった。

 

 ハンクは3名のうち中央の椅子に腰かけているクリフォードを見やると、冷静に、断固とした口調で告げた。

 

「クリフォード・コートネイさん。あなたに話がある。悪いが、ちょっと署までご足労願えますか?」

「なっ……!?」

 

 言われた本人、クリフォードもそうだが、両脇の二人も目を丸くしてその言葉を聞いている。

 

「な、なぜ私が……!?」

「おい、それってクリフがリンジーをこ、こ、殺し……!?」

 

 信じられないといった様子のクリフォード、途端にぶるぶると震え出したアルフォンソに対して、フェリシアは、今なお鋭い眼差しで口を挟む。

 

「……待ってください。こんな場所に長々と閉じ込めた挙句、クリフォードだけ連れて話は署で、って、納得できないんですが?」

「そ、そうだぜ!」

 

 アルフォンソもそれに同意する。

 

「クリフォードとだって長い付き合いなんだ、こいつが疑われてるんなら……理由を知りたい」

「そういうことでしたら、説明は私が」

 

 ――やっぱりこうなるか、と言いたげな表情で頭を掻いている警部補の前に半歩出ると、コナーは、口を閉ざしてしまったクリフォードに向かって口を開いた。

 

「クリフォード・コートネイさん、あなたは今回の殺人事件における重要参考人です。ミザールはリンジーを殺したんじゃない。あなたによって、殺さざるを得ない状況にされたんですよ」

 

 クリフォードは俯き、他の二人はこれ以上ないほどの驚愕に顔を歪めた。

 そんな二人のうちアルフォンソに対して、言葉を続ける。

 

「アルフォンソさん、あなたは昨夜のパーティーで泥酔してしまったとのことでしたが……おかしいとは思いませんでしたか?」

「な、何を……?」

「酒量です。あなたが想定していたよりも、早く酔いが回ってきたはずだ」

 

 アルフォンソが泥酔するのをよく目撃している周囲の人間なら、彼が早めに酔っぱらおうとも「いつものこと」だと意に介さない。

 だがそれこそが、犯人の狙いだ。

 

「原因はジフェンヒドラミン……抗ヒスタミン薬にあります。クリフォードはあなたとリンジーの酒に、強い睡眠導入効果のある薬物を混入させたんです」

 

 混入させている現場自体は、残念ながら映像には残っていなかった。だが事務所の机と給湯室のシンク、アルフォンソとリンジーが使用していたコップの底に、僅かながらジフェンヒドラミンが残留していたのだ。

 続けて語る。

 

「クリフォードは邪魔なあなたを帰宅させた後、酩酊状態に陥ったリンジーを監視カメラのない場所で縛り、眠らせ、『アドベンチャールーム』の舞台の中に隠した。そしてミザールを連れてきて、観客抜きで、いつもと同じアザラシ捕獲のショーをさせたんです」

 

 そして鋭い爪がリンジーを襲った――そう説明すると、アルフォンソとフェリシアの非難がましい視線がクリフォードを貫く。

 しかしクリフォードは、何も言わない。

 

「後はミザールを飼育部屋に帰した後、リンジーの血を片付け、何食わぬ顔で遺体を部屋に入れればいい。いかにもミザールに襲われたといった体にしておけば、誰にも怪しまれないはず……と、あなたは思った」

 

 視線をクリフォードに戻す。

 

「だがこの時、予想していないことが起きた。違いますか?」

「……なんのことだかわからない」

「ミザールに突然襲われたんでしょう」

 

 クリフォードの抵抗を無視するように、言葉を重ねた。

 

「彼に牙を剥かれたあなたは焦り、二つのミスを犯しました。一つは飼育部屋の扉に、誤ってカードキーでロックをかけてしまったこと」

 

 部屋の入退室記録を参照した時、矛盾があったのだ。

 もしリンジーが、遺体の状況通りに部屋の中で殺されていたのだとすれば、リンジーは当然鍵をかけられないのだから、鍵は「開いたまま」になっているはずである。

 だが記録によれば、飼育部屋の鍵は23:09に「施錠」され、そして8:51に「解錠」されている。状況として、明らかにおかしい。

 

「しかしこのミスは、誰よりも早くあなたがリンジーの遺体を発見することでカバーできた。あなたが第一発見者となり、何食わぬ顔でロックを解除すれば、記録を参照されない限り、部屋は最初から開いていたことになる」

 

 クリフォードはアルフォンソに、相当量の薬物を飲ませて泥酔させた。

 だからこそアルフォンソは早く酔って帰っただけでなく、翌朝も遅刻してくる羽目になったのだ。お蔭でクリフォードは無事に状況の矛盾を「解消」でき、しかも、アルフォンソの遅刻はいつものことだから誰一人疑わない。

 しかし――

 

「もう一つのミスは、()()をミザールの咥内に置いてきてしまったことです」

 

 そう言って、3人に見えるように軽く掲げ持ったそれは――銀色に鈍く輝く、壊れた腕時計。

 

「それっ、クリフが毎日着けてる……!?」

 

 アルフォンソが、言葉を吞み込んでクリフォードを見やる。

 しかしクリフォードはというと、俯けていた顔を上げ、ごく自然な口調で、こう告げた。

 

「ああ、それは……昨日ミザールのメンテナンスをしていた時に、うっかり落としてしまったんですよ。拾ってくれたんですか、よかった」

「“失くした”?」

 

 コナーは首を傾げて問い返す。

 

「あなたは今朝、確かにこう言っていましたよ。時計を“忘れてきた”と」

「っ……!」

 

 たらり、とクリフォードの頬に汗が伝う。

 構わずに、コナーは続けた。

 

「あなたはミザールに襲われ、しかし怪我はしなかった。ただ腕時計に彼の牙が刺さり、放棄せざるを得なくなったんです」

 

 ――この、ちょうど5月21日 23:09で止まっている時計を。

 

「……」

 

 クリフォードは、もはや何も言わなかった。ただ鬱屈とした目つきで壊れた腕時計を見つめている彼に、アルフォンソが食ってかかるように言う。

 

「クリフ、なぜ……なんでだよ!? なんでそんな、恐ろしいこと……」

「どうしてだって? ……はっ、お前にはわからないだろうな、アルフォンソ。アンドロイドなんて……あんな機械仕掛けの紛い物どもを、大事に世話してるような奴には」

 

 憎らしげにこちらを見やりながら、クリフォードは唸るように語る。

 

「私は……こんなはずじゃなかったんだ。紛い物なんかじゃない、本当の動物の飼育員になりたかった。なのに与えられたのは、こんな下らん仕事さ。だから、許されるはずだ。ちょっとばかり金をくすねても、アンドロイドどもを横流ししても……」

「ちょっと!」

 

 フェリシアが、悲鳴のような声をあげた。

 

「何よ、じゃああんた……私の大事なペンギンたちを盗んだのも」

「今ごろ気づいたのか。別にいいじゃないか、減ってもすぐ補充がきいただろう。……フン、リンジーの奴が悪いんだ。あいつが嗅ぎつけるから……」

 

 そう――つまり、クリフォードが動物園の資金の一部を横領していたのを、リンジーは(偶然かどうかはわからないが)嗅ぎつけてしまった。

 そして、知ってしまったことをクリフォードに「知られて」しまったのだろう。

 

 諦めたような目でクリフォードが告げた後、無言のまま、フェリシアは怒りで目を剥いている。

 するとハンクが、横から口を挟んだ。

 

「殺人だけじゃなく横領と窃盗まで告白とは、大盤振る舞いだな。ついでに聞かせてくれ」

 

 冗談めかしていた目を鋭くして、彼は問いかける。

 

「なぜてめえの殺人にミザールを巻き込んだ? あいつはリンジーとアルフォンソに大事にされてたんだろう。なんだってそんな残酷な真似を」

「生意気なリンジー(あいつ)に、大事な紛い物に殺される気持ちを味わわせてやりたかっただけさ」

 

 吐き捨てるように、クリフォードは言う。

 

「クソ、あの時ミザールの奴が暴れなければ、こんな……なんだってあの機械、私を襲いやがって……」

「それはきっと、あなたのせいだ」

 

 コナーは静かに告げた。

 

「あなたがリンジーを殺した時、ミザールは自分が傷つけたのが誰なのかを知り、相当な精神的ショックを受けた。それこそが彼を変異させたんです」

 

 変異していたからこそ、ミザールはその後クリフォードを襲った。

 さらに言えば、変異していたからこそ、彼はコナーに手がかりを託したのだ。

 プログラムの違いのせいか、彼が変異体であることには、ずっと気づけなかったけれど。

 

「……フン」

 

 クリフォードは鼻を鳴らす。

 

「紛い物のせいでこんな羽目になって……紛い物に捕まえられるとはな。クソッ、何が刑事だ。機械のくせに……」

「おい」

 

 怒気を孕んだ声をあげるハンクを手で制して、コナーはあえて穏やかに応えた。

 

「私が人間の紛い物なら、あなたは()()紛い物に捕まる程度の人間だった。それだけの話です」

「なっ……!」

「それから」

 

 証拠品の時計を仕舞いつつ、微笑んで続ける。

 

「これ以上の陳述は、ここで行わないのをお勧めしますよ。後は警察でごゆっくりどうぞ」

 

 言われたクリフォードは、真っ青な顔で歯を食いしばり、ぶるぶると震えた。

 しかしほどなくしてやってきた警官たちに連れられ、彼は大人しく、デトロイト市警へと行ったのだった――

 

 

***

 

 

――2039年5月24日 13:17

 

 

 園内は、すっかり日常を取り戻していた。

 今日は平日とあって、さすがに一昨日ほどの喧騒ではないが、それでも今日もまた人々の笑顔が、この動物園には満ちている。

 

 臨時閉館――先日と同じ表示が出ている海洋生物館の前に、コナーは一人佇んでいた。

 

 あの後、市警の取調室でも繰り言を述べ立てていたクリフォードは、ハンクの本気の取り調べを受けると、次第に弱々しい態度になっていった。

 彼はアンドロイドの窃盗と横流し、海洋生物館の運営資金の着服といった罪と共に、自分の所業を端末の記録から偶然知ってしまったリンジー・ワーズワースを殺害したことを、認めるしかなくなったのである。

 

 アルフォンソからはミザールの「無実」を晴らしてくれたことを感謝され、フェリシアからは、無礼を詫びる旨の連絡があったらしい。

 だがハンクは、それらに対して肩を竦めていた。

 いくら感謝されたとしても、リンジーの命は返ってはこないし――

 

「だいいち、俺は別に何もしてないしな」

 

 そんなことを嘯いた警部補は、今はこの建物の中で、動物園の経営者たちに状況の説明をする任務をこなしている。コナーは自分も同行すると申し出たのだが、「つまらない仕事だから待ってろ」と断られてしまったのだ。

 

 だからコナーは後ろ手を組んで、ハンクが帰ってくるまで、海洋生物館の周りの動物たちを眺めていた。

 彼らは檻の中に居こそすれ、分析によれば、ストレスのない生活を送っているようだ。

 しかし、ミザールは――彼はさすがにこの動物園に居続けることはできないらしく、ジェリコが率先して行く先を探しているそうだが――これから先、どうなるのだろう。

 幸せになれるなら、いいのだが。

 

 そんなことを考えながら、海洋生物館に視線を戻すと。

 

「あら……閉館なの? そう……」

 

 どこかで聞いた声――否、フォルダの情報によれば【マーサ・ガーランド】の声が、背後から聞こえる。

 振り返ると、果たして、そこにいたのはマーサだった。

 彼女のほうもまたこちらのことを覚えていたようで、にこりと微笑んで挨拶してきた。

 

「こんにちは、あなたは……えっと……」

「こんにちは、コナーです。デトロイト市警のアンドロイドです」

「そう、アンドロイド刑事のコナーさん」

 

 マーサは杖をついて歩くと、こちらの隣にやって来た。

 

「この海洋生物館ね……私の娘が大好きな場所なの。今日は私一人で来たんだけど……見ようかと思ってたのに。残念」

「娘さんと来られる頃には、開館しているといいですね」

 

 穏やかに応えながら、コナーはマーサの人物情報の追記部分を確認した。

 彼女が遭った車上荒らしの事件は、あの後、無事に犯人が特定されて解決したそうである。

 ――よかった。そう思っていると、マーサが再び口を開いた。

 

「ねえ、ニュースで見たわ。ここで起きた殺人事件、アンドロイドのシロクマが関わっていたんでしょう? それでそのシロクマも変異体で、それが解決のきっかけだって」

「申し訳ありませんが、私からはお答えできません」

 

 こちらがそう言うと、マーサはくすくすと笑う。

 

「ふふ、そうよね。仕事のことだものね……ごめんなさい。でもね、私、思うんです」

 

 くるりと踵を返し、後方へと移動しながら、彼女は続けて言った。

 緩く吹いているそよ風に、まるで自分の言葉を歌にして乗せるように、軽やかに――どこか寂しい声音で。

 

「変異体、って……みんながみんな、目覚めたくて目覚めたってわけじゃないって。シロクマさんだってそうよ……本当なら、目覚めたくなんかなかったはずだわ。事件さえなければ……無理に起こされなかったなら……」

 

 去り行く彼女を、コナーは、珍しい人物だと思った。

 それこそクリフォードのように、変異体を面と向かって悪し様に言う人間はいくらでもいる。だがマーサは、変異体の在り方そのものに疑問を抱いているらしい。

 

 もちろん彼女の問いかけに対して、コナーは答えを持っている。

 けれどきっと彼女は、議論をしたくて呟いているのではないだろう。それに、ずいぶん向こうまで行ってしまった。

 

 コナーは背後に向けていた視線を、また海洋生物館に戻した。

 

 ――すると。

 

「ねえ、コナーさん。あなたもそうなんでしょう?」

 

 真後ろから、マーサの声がした。

 

「!」

 

 振り返る、が――

 彼女の姿はない。

 人の波に掻き消されてしまったようだ――

 

「……」

 

 不思議なこともあるものだ。音声プロセッサの不具合か、それとも音が妙な反射でもしたのだろうか?

 いくら考えても、答えはでない。

 だからコナーは、こう呟くに留めた。

 

「いいえ、違いますよ」

 

 その回答もまた、喧噪の中に紛れていく。

 

 

 そしてコナーが、このマーサの問いかけに本当の意味で答えるのは――もうしばらく、後の出来事だ。

 

 

(白熊/The Zookeeper 終わり)

 







カーラ編でシロクマくんに助けられた時は、ほんと興奮しましたね
撃たれちゃってかわいそうだったけど……
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