Detroit: AI   作:けすた

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第17話:奪還 後編/Machina’s Kitchens Part 2

***

 

 

――2039年6月5日 13:15

 

 

「おい、何ぼさっとしてやがるこのクソポンコツ!」

 

 何やら後ろに下がって誰かと通信していた様子の備品に向かって、ギャビンは声を荒らげた。身を隠している曲がり角の壁の、ちょうど角の部分を「敵」の放った弾が掠め、不愉快な高い音を立てる。

 

 ――地下室からの発砲を受けた後。

 ギャビンは、負けじと地上から真下へ果敢に攻撃を加えた。

 その時聞こえたどよめきは、複数人のものだった。ということは、地下には何人かの人間がいるということだ。

 ともあれ、こちらの発砲の勢いがあまりにも激しかったためか、あるいは地下にいる連中がこちらの戦力を過大評価したのか、謎の敵どもは一旦後方へと下がっていったらしい。

 

 静かになったのを機に、ギャビンはさらに果敢に地下に突入した。

 謎の敵対勢力が銃器を所持している以上、ここは応援部隊を呼ぶべきだし、場合によってはSWATの出動を依頼する必要もあるかもしれない――という備品の具申を完全に無視して、彼はハンドガン一丁で地下を進む。

 そして、廊下の曲がり角にきたところで――

 曲がった先、10メートルほど離れた位置に立て籠もっている敵どもと鉢合わせになった結果が、現在の状況である。

 

「クソが……」

 

 ギャビンは小さく吐き捨てた。

 戦況は膠着状態だ。少しでも顔を出そうとすれば向こうはめったやたらに撃ってくる。

 自分の腕ならば、狙う時間さえあれば戦力を削れるかもしれないが、こっちとしては相手を殺したいわけではない。

 もちろん相手の命を心配しているのではなく、死人には尋問できないから悩んでいるのである。

 

 そして隣に戻ってきたポンコツ備品はといえば、なんとデカブツのくせに銃も持っていないのだ。

 法律で禁止されているから、などと言っていたが、銃を持っていない警官なんてなんの役に立つというのか?

 

「おい!」

 

 苛立ち紛れに荒々しく、ギャビンは備品に声をかけた。

 

「てめえ、高性能なんだからなんとかしてみろよ。いつものお賢いドローンとやらで、どうにかできないのか?」

「……」

 

 アンドロイドは例によって、視線だけをこちらに向けた。

 

「申し訳ありませんが、人命保護を優先し先ほど応援を要請しました。あと7分34秒で警官隊が到来します」

 

 なんだと――と反論しようとするものの、備品は構わずに「それから」と続けた。

 

「もし私に鎮圧を一任してくださるなら、ご希望に添えると判断します」

「はぁ?」

 

 ギャビンは表情を歪めた。

 灰色の瞳を瞬かせて語るその姿は、いつものように無表情で不気味だが、どことなく自信のようなものも醸し出している。

 

「なんとかできるっつうのか、てめえが?」

「彼我の戦力を診断しました。私の機体の耐久性と運動性能ならば、損傷なしでの確保完遂の可能性は94%です」

「……ほお」

 

 本当に、いつになく自信満々だ。

 というよりも、こいつの戦闘能力みたいなものを見るのはしばらく前の、あの命を狙われた最悪の夜以来か。

 

 このポンコツがもし万が一ぶっ壊れて、サイバーライフ社から文句をつけられるようなことがあれば、出世はそれまでだと思え――と、クソッたれの署長から釘を刺されている。

 しかし最新鋭のくせに存外慎重派(褒めていない)のこいつがここまできっぱりと断言しているということは――

 

 任せてみるのもアリだろうか。

 どうせ7分経ったら警官隊が来てしまうのだ。

 ギャビンはそう結論付けて、顎でくいっ、と曲がり角の向こうを指した。

 

「おら、やってみろよ。失敗したらてめえの責任だからな」

「了解しました。それでは」

 

 ポンコツがこくりと頷く間に、背後からやって来たのはこいつのドローン2機だ。

 忠実な部下のように静かにやってきたそいつらが、中空でホバリングしているのを確認すると同時に――

 

「23秒、待機願います」

 

 短く言い残し、備品はゆっくりと廊下に出た。その後ろに、2機が追随している。

 あまりにも堂々と出て来たので、敵方も一瞬動揺したようだが――

 

「なんだ、サツのアンドロイドか。構えろ!」

 

 リーダーらしき男の声に合わせて、銃を構える音がする。

 だがポンコツは怯むでもなく、LEDを短く点滅させると、ドローン2機を自分の前方に向かわせた。

 そしてどんな仕組みになっているのか、2機の羽の部分のみが、大きく斜めに傾いていく。三角形を3つ組み合わせたようなその羽が、まるで特殊部隊の使う盾のように、アンドロイドの姿を半分覆いながら飛んでいるのだ。

 あたかも、防御を固めているかのように。

 

 そして――

 

「撃て!!」

 

 男の声と共に、相手が銃を乱射する。

 あまりの勢いに、ついこちらも顔が引き攣るほどだ。

 だがポンコツとドローンは、それをものともせずにまっすぐ突撃していく。

 

 ドローンの「盾」は相当強固らしく、飛んできた弾は片っ端から弾き飛ばされている。破壊どころか、動きを遅くすることすらできていない。

 デカブツ備品のほうもそうだ。盾で防御しきれていない足や腕などに何発か弾が当たっているはずなのに、奴はブルーブラッドの一滴も零しはしていない。

 つまり、服に穴が空いても機体が傷ついていないということだ。

 

 ――どういうことだ?

 たいていのプラスチックどもは、銃弾が当たれば穴が空くはずなのだが。

 

 ギャビンがもはや傍観者のような気分にすらなっている間に、あっという間に、ポンコツとドローンは立て籠もる敵方の目の前まで到達していた。

 はっと息を吞んだ様子の前方の男の拳銃をもぎ取り、投げ捨てると(それがぶつかった別の男は鼻血を流して昏倒した)、アンドロイドの手刀が男の首筋に叩きこまれる。

 次いで殴りかかってきた大柄の男の拳をいなし、プラスチックの拳が逆に相手の腹部に叩きこまれた。

 背後から撃とうとした小男の身体は、伸び上がるような回し蹴りで吹き飛ばされる。

 そして――

 

 そして、最後まで残っていたリーダー格らしき男は、部下が全滅させられるのを震えて眺めていた。

 アンドロイドはというと、息も切らさずに――当たり前だ、連中に呼吸は必要ないのだから――ゆっくりとリーダー格のところに歩いていくと、あまりの事態に身動きもできない様子の男を静かに下瞰し、おもむろに言う。

 

「デトロイト市警です。投降してください」

「ヒッ……!」

「聞こえませんでしたか?」

 

 その巨体を静かに屈めて、男の眼前で、もう一度奴は言った。

 

「投降、して、ください」

「…………っ!」

 

 その一言が――どうやら、決定打だったらしい。

 男は白目を剥くと、泡を吐いてその場に倒れた。

 

 ポンコツは、ほんの少し眉を顰めて立ち上がる。

 

「……心因性の気絶……?」

「そりゃてめえが脅したからだろ」

 

 ギャビンは静かに歩み寄り、横からポンコツを小突いた。

 

「リード刑事。お怪我もなく何より、です」

「うるせえよ。とんでもないな、お前……」

 

 死屍累々(誰も死んでいないが、雰囲気としては)の状況を改めて確認し、思わず苦笑を浮かべた。

 まさかこのポンコツが、これほど強いとは。

 サイバーライフがこいつに銃を持たせない理由も、こうなっては納得できてしまうかもしれない。

 

 とはいえ、怯んでいるのも癪である。

 ギャビンはさも平気だと示すように咳払いすると、備品に命じた。

 

「そいつらはそこに転がしとけ。俺たちはこっちだ」

 

 親指で示す先、それはこの男たちが守ろうとしていたのだろう場所――

 素人目にも明らかなほどに潤沢に武器弾薬が蓄えられた、武器庫のような部屋だった。

 

 

***

 

 

――2039年6月5日 13:28

 

 

「見つけた、あれだ!」

 

 自動運転タクシーの車中で、コナーは誰にともなく叫んだ。

 視線の先には、寂れた駐車場――そしてそこに停車中のトラックを捉えている。

 ナンバープレートも確認した。間違いない、イザベラを襲った男が乗って行ったトラックだ!

 

 どうやら想定よりも、トラックは遠くに行ってはいなかったようだ。

 停車しているのなら、ちょうどいい。

 犯人の男を確保するか、最低でも、車中にあるだろうクーラーボックスを奪取できれば――

 

 と、考えるのも束の間。

 惜しいことに、トラックは目の前で発車していってしまった。

 相手に法定速度を守る気はないようで、こちらのタクシーとの距離は、ぐんぐん広がっていく。

 なのにこのタクシーときたら、未だに最初に設定した目的地への道を、とろとろと進もうとしているのである。

 客席である後部座席に座っているコナーは、運転AIに急いで声を掛けた。

 

「目的地変更だ、前のトラックを追ってくれ!」

 

 しかしAIは短いビープ音を発した後、丁寧な女性の声で返答してくる。

 

『申し訳ありませんが、その場所は目的地に設定できません』

「前の車だ。テックエクスプレスのトラック、ナンバーは……」

『申し訳ありませんが、その場所は目的地に設定できません』

「……!」

 

 ――駄目だ、話にならない!

 このままでは、犯人をみすみす取り逃がしてしまう。目の前にいるのに!

 

 こうなっては、仕方がない。

 この場にハンクがいたら十中八九止めてくるだろうが、強硬手段だ。

 コナーは強引に前方座席に身を乗り込ませると(運転AIが途端に警告を発しはじめる)、タクシーのメーター表示の近くに設置された通信デバイスに、スキンを解除した自分の手で触れた。

 

 デバイス経由で、制御用のシステムを乗っ取る。

 要するにハッキングである。

 

『警告、お客様の前方座席への侵入は禁止されています。警告、お……』

 

 数秒の後、AIは完全に沈黙した。

 

「悪いけど、しばらく黙っててくれ」

 

 運転席に座り、念のためにシートベルトを締める。

 ハンドルは要らない、デバイスに手で触れていれば運転できるからだ。

 まっすぐに目標のトラックを見据え、車を一気に加速させる。

 

 絶対に逃がさない。奪ったものは必ず返してもらう。

 強い決意と共に、コナーはトラックの追跡を開始した。

 

 

***

 

 

――2039年6月5日 13:39

 

 

「へえ、こりゃご大層なもんじゃねえか!」

 

 武器庫の様子をぐるりと眺め、ギャビンはニヤニヤと言葉を発した。

 そこに並んでいるのはこのミシガン州ですら購入に届け出が必要な高性能ライフル銃だの、軍用の手榴弾だの――あるいは、本物か知らないがロケットランチャーのようなものまで置いてある。

 明らかに違法、そしてチンケなギャングどもが持つには大げさすぎる、ご立派な装備の数々である。

 

 さらにその奥の作業台には(ギャビンは詳しくないが)3Dプリンターのような装置と、機械製の鎧? のようなものが置かれている。

 あの革命の時に、そこらじゅうをうろついていた軍隊の連中が身につけていたアーマーやなんかと少し似ているような気もするが、それに比べるとより「ゴツい」。大きさも、金属的な質感もそうだし、何より電子機器と接続するようなコードが血管のようにびっしりと張り巡らされているのが気持ち悪い。

 一体、何を用意していたというのか?

 

 それに気になるのは――さっきポンコツにのされたあいつらが、ここにある武器を使っていた様子がなかったことだ。

 あの連中が使っていた武器は、そこらのチンピラでも持っていそうな拳銃で、とてもここにこんなすさまじい量の武器を備えているとは思えないようなものばかりだった。

 つまり、あいつらにはここの武器を使う()()()()()()()ということになる。

 

「……なら、ここで何をしてやがった?」

 

 独り言のようにギャビンが呟くと、応えたのはポンコツ備品だった。

 今まで部屋の片隅に置かれていた端末を弄っていたポンコツは(データを吸い出していたようだ)、口を開くなり淡々と語りだす。

 

「記録から判断すると、ここは武器貯蔵庫、兼、実験場だったと推測できます」

「実験だあ?」

「非正規の武器、装備品の実験です。先ほどリード刑事が調査していたアーマー類も、その一種です。恐らくは……」

 

 と、ポンコツは身体ごとくるりとこちらを向いて続ける。

 

「作成した特殊装甲と人間とを適合させるため、実験が実行されたものと推測可能です。また、資金源として臓器売買を行っていた記録を発見しました。上階の牢屋内の人々は、そのためにここに連行されたのでしょう」

 

 ――なるほど。これで筋が通った。

 つまりこの廃工場では、地下で秘密裡に違法武器の実験をやっていた。その資金源として、連れてきたホームレスや食い詰め者たちをモルヒネで眠らせ、肝臓だのなんだのを手術で奪い取っていたのだ。

 さっき上階に手術道具と妙なベッドがあったのも、あの浮浪者たちの臓器について、備品が「人為的に切除」されていると言っていたのも、臓器売買だとすれば話が繋がる。

 そしてあの大量の、血まみれの謎の箱や冷凍庫は――気持ち悪いが、臓器を入れて運んだり、保存するためのものだったのだ。

 

 そしてここの下っ端どもとしては、なんとしてもこの武器庫にサツを踏み入らせるわけにはいかなかった。だからあそこまで、門番として必死に戦っていたのだろう。

 

「ハッ、結局レッドアイスは関係ねえのかよ!」

 

 と肩を竦めるものの、その声音は我知らず少し上ずっている。

 確かに新型レッドアイスは関係なかった――が、これだけ大規模な武器庫を押さえたのだ。こいつらのボスが何者かは知らないが、さぞかしお困りあそばすことだろう。

 そして、こちらの手柄になるというわけだ。

 

 そうして、ギャビンとポンコツ備品が武器庫に入って数分後――

 無事に上階に、警官隊が救急車を引き連れて到着した。

 

 彼らは速やかに工場内を制圧し、囚われていた浮浪者たち、およびポンコツにのされた下っ端ギャングどもを回収し――

 武器庫内の現場検証を行い――

 つまり後は、いつもの犯罪現場と同じルーティンワークである。

 

 

 外に出て、ギャビンはあくびをしながら大きく背伸びした。

 まったく、とんだ捕り物だ。だがまあ、悪い結果ではない。

 

「リード刑事」

 

 そんな気分に水を差すがごとく、傍らに近寄ってきたポンコツがボソボソと声を掛けてくる。

 

「なんだよ。またくだらねえご注進か?」

「報告があります。先ほどの地下倉庫の端末に、レーヴァングランドと同じ形式の暗号通信記録が保存されていました」

 

 ――なんだと。

 

「じゃあ、あいつらは……」

「吸血鬼の組織と繋がりがあるかは、断定不可能です。ただ、レーヴァングランドの暗号は本日22時頃には解読完了の見込みです」

 

 静かに瞬きながら、ポンコツはあくまでも淡々と言った。

 

「したがって本日22時には、当施設で発見された通信記録も解読可能となります。同一の解読方式を使用しているはずですから」

「そりゃいい。間抜けどものお蔭さまで、旨い汁が吸えるってもんだぜ」

 

 俄然やる気が湧いてきた。

 これはこれまで不運だったぶん、幸運が舞い込んできたといってもおかしくないのでは?

 もしここの暗号に、吸血鬼の親玉に関する情報でも含まれていたなら、オイシイなんていうもんではない。

 

 ギャビンはニヤニヤと、悪い笑みを隠さずに浮かべていた。

 備品はその隣で、そんな“パートナー”の様子をじっと観察し――

 ふいに、その視線を向こうに見える道路に移した。

 

「あ……?」

 

 また、何か妙なモンでも見つけたのか。

 何気なく同じ方向に目を向ければ、一台のトラックが走っているだけである。

 テックエクスプレス――でかい運送会社の車だ。

 別に、見た目は何もおかしくない。

 

 だが――そのスピードだけは妙だった。

 まるで何かに追われているかのように、恐らくは法定速度ぶっちぎりで、トラックは全速力で走っている。

 しかも、動きも変だ。

 最初、この廃工場の正面にある駐車場へとまっすぐ走ってきたトラックは――そこに停まっている無数のパトカーや救急車を認めたのか、突然Uターンして走り去っていく。

 

 まるで、廃工場に入るのを取りやめたかのように。

 警察に見られたくないナニカを積んでいるかのように――

 

 ――こりゃいい。

 

 思うが早いか、ギャビンは停めてあった自分の車に乗り込んだ。

 何も言わなくても、備品もさっさと助手席に座り込んでいる。

 狭くなるから隣に座らせるのは嫌いなのだが、それはまあ寛大に許してやるとしよう。

 こいつがいて役に立つことも、あるにはあるからである。

 

「前方のトラックを追うのですね」

「わかってんなら黙ってろ!」

 

 乱暴に言い放ち、ギャビンは初っ端から思いっきり車を加速させる。

 この車には自動運転AIも搭載されているが、こういう時AIはまるで役立たないので今回は手動運転だ。

 鳴り響く周りからのクラクションをものともせず、前の車をガンガン抜き去って、ただひたすらにトラックに追いすがる。

 

「リード刑事。法定速度を30キロ超過しています」

「黙ってろっつったろ、ポンコツ!」

 

 ハンドル捌きには自信がある、横で機械がブツブツ邪魔をしなければ。

 ギャビンの車は、猛スピードのままトラックにかなり接近した。

 あと少しで喉元に食らいつける、という距離にまで来たところで――

 

 唐突に目の前に躍り出て来た、一台のタクシーに邪魔される。

 自動運転タクシーだ。その割には、妙にスピードを出しているが。

 

「おい、たく、邪魔だクソが!」

 

 クラクションをこっちが鳴らしてやるが、相手は意に介した様子もない。

 しかし瞬間、助手席の備品がはたと何かに気づいたような身動きをした。

 

「……あのトラックのナンバー」

 

 ぽつりと呟いたアンドロイドは、こめかみのLEDリングを光らせた後、こう言った。

 

「……兄さん?」

 

 

***

 

 

「ナイナー? ひょっとして、後ろの車は……!」

 

 タクシーをトラックに追走させながら、コナーがバックミラーを確認すると、背後の車の運転席に見知った(それほど好ましくない)顔がちらりと見える。

 そうだ、あれはギャビン・リードの自家用車だ。

 ということは、ナイナーもこのトラックを追っているというわけで――

 

「どうして君たちまでここに? やはりこのトラックを?」

『はい、兄さん』

 

 タクシーが走る音に負けずに、通信を介して弟の声が聞こえる。

 

『前方のトラックは、違法な臓器および武器売買に加担している可能性があります。私とリード刑事で追跡中です』

 

 そうか――臓器売買。

 ……臓器売買だって? 確かにフォアグラはアヒルの肝臓だけれど、もしかしてナイナーはそれを言っているのだろうか?

 

 それはともかく、これでコナーの中でも話が繋がった。

 さっきトラックが、廃工場に入ろうとしてUターンするというおかしな動きを見せたのは、きっと自分の目的地が既に警察によって制圧された後だと悟ったからなのだろう。

 

 つまりこいつは、今目的地を失って爆走している状態だ。

 うまく誘い込むことができれば、トラックごと捕らえることができるかもしれない。

 

 コナーは、ナイナーに通信で呼びかける。

 

「ナイナー。悪いけど、リード刑事と話がしたいんだ」

『わかりました』

 

 ぶつっ、と小さく音がして(スピーカーをONにしたのだろう)、次に聞こえてきたのはギャビン・リードの声であった。

 

『よう、アンドロイド刑事。飼い主なしで暴走中かよ、お前保証期間内なんだろうな?』

「軽口は結構です、リード刑事」

 

 ぴしゃりとコナーは言った。

 

「それより、重要な話があります。これからあのトラックを、建設中のハイウェイに誘い込みます」

『は?』

「現在この地区では、新たに高速道路を建設中なんです。今日はちょうど工事は休みのようですし、行き止まりで確保するには条件が揃っている」

 

 要するに作戦はこうだ。

 このタクシーとギャビンの車、2台でこのままトラックを追走しつづけ、ハイウェイに入り込むように誘導する。

 そしてハイウェイのデッドエンド――行き止まりのところにまで来たら、トラックはブレーキを踏まざるを得ない。

 踏みそこなって相手が落下する危険は避けねばならないが、それはともかく、作戦が成功すればトラックも運転手も、揃って逮捕可能だ。

 

 一応それを説明したうえで、さらにコナーは言葉を重ねた。

 

「この作戦には、緻密な運転技術が必要です。念のため、運転をナイナーに交替してください」

『なんだと? ふざけんなよクソが』

 

 途端にギャビンは逆上した。

 ――本当にやりづらい相手だ。

 

『プラスチックにできて、人間にできないことがあるかよ。これは俺の車だ、てめえらなんぞに触らせるか』

『リード刑事。私が運転した場合、作戦成功率が14%上昇します。再考を希望します』

「リード刑事、この場合の“プラスチック”は差別用語です。勤務中の警官の言葉としてはいただけませんね」

『お前ら一度に喋んのをやめろ!!』

 

 同じ声が鼓膜に響いて吐き気がする、という旨のことをリード刑事は喚いているが、その間にトラックはこちらの狙い通り、『建設中』と表示された電子看板を跳ね飛ばしてハイウェイに突入している。

 

 狙うデッドエンドまで、あと距離は3キロといったところか。

 GPSで自分たちの位置を確認したコナーは、このタクシーに出せる限界に近い値にまでスピードをあげる。

 すさまじい勢いで車が風を切っているのが振動で伝わってくるが、ここは一気に行くしかない。

 

「リード刑事、私が先行します」

 

 短くコナーは告げた。

 

「トラックの前に出て注意を惹きます。その間に、後ろからさらに追い立ててください」

『はっ、誰がてめえの……』

 

 作戦になんか乗るかと言おうとしているのだろうが、聞くより先にコナーは前に出た。

 ここからはトラックの運転席は見えないが、運転手はさぞ驚いていることだろう。

 さらに前方に目をやれば、そこには建設用の重機が停まっている。そしてその重機の先は文字通りの建設中で、何もない。

 つまり、重機ごと落下すれば命はない。――なんとしても、重機の手前でトラックを止めなければ。

 

 コナーは、あえてタクシーを徐々に減速させた。

 普通ならトラックに跳ね飛ばされて終わりだろうが、運転手も重機の先に道がないのに、いい加減気づく頃である。

 死にたくなければ、スピードを落とすしかない。

 

 果たして、トラックもまた減速しはじめていた。

 こちらの狙い通りだ。

 ただ、恐ろしいほどのスピードからブレーキをかけているわけなので、タイヤがアスファルトと擦れてけたたましい音を立てている。

 

 それを聞くコナーのプログラム上に去来するのは、恐怖でも使命感でもなく、どちらかというと安堵だった。

 

 ああ、本当に、ここにハンクがいなくてよかった。

 彼が同乗している車だったら、絶対にこんな無茶な運転だけはしない。

 残酷な交通事故で最愛の息子を喪った彼に、こんな音を聞かせることにならなくてよかった――

 

 ――そして。

 

 ぐるりと半円を描くように、コナーは重機の手前で横向きにタクシーを停めた。

 次いでデバイスとの接続を解除すると(『ご利用ありがとうございました』とAIが律儀に声を発している)、素早く車の外に飛び出る。

 

 そのまま道路で観察すれば、迫りくるトラックがスピードを落としたまま、デッドエンドに近づいていき――

 タクシーに接触してさらに速度が落ち――

 しかし止まらず、タクシーは重機とトラックに挟まれてひしゃげていく。

 だが、それがついに決定打となったようだ。

 

 トラックは、完全に停止した。

 

「ちっ……! たく、滅茶苦茶やりやがるぜこのクソロボットが!」

 

 聞こえてきたのは、ギャビンの叫び声だ。

 トラックの後方に自分の車を停めた彼は、拳銃を抜いてトラックの運転席をいきなり開けている。

 すっかり怯え切った様子の男――イザベラを襲った男だ――は、ぶるぶる震えながら道路に下りてきた。

 

「デトロイト市警だ、大人しくしろオラッ!」

「けっ、け、警察!?」

 

 銃と身分証を同時に突きつけられ、男は両手を頭につけてその場にしゃがみ込み、降参の姿勢を取っている。

 

「警察がこんな無茶やるのかよ……オ、オレはただ頼まれた荷物を運んだだけだ。指定の場所で、アンドロイドが運んできた荷物を……」

 

 もごもごとした抗弁は、しかし、ギャビンに手錠を嵌められて中断している。

 

 だが――運んできた荷物?

 どうやら、男は勘違いしている。イザベラが持っていたクーラーボックスを、取引先のアンドロイドが運んできたものだと思ったのだろう。

 そしててっきりイザベラが「命令に従わないアンドロイド」なのだと思い込んで、彼女を殴り、荷物を奪った――

 

 まともな人間ならそのような思考回路には至らないだろうが、男には【薬物中毒】および【軽度の酩酊状態】が認められる。

 非論理的な思考から短絡的手段に打って出たとしても、おかしくはない。

 

 そう考えていると、今度はトラックの荷台を見上げているナイナーから声が掛けられる。

 

「兄さん。援護を願います」

 

 駆け寄ってみると、彼の目は、荷台に積まれたコンテナの、今なお閉ざされたままのシャッターに向けられていた。

 

「この距離からスキャンを実行しても、内容物を確認できません。扉の2箇所に設置された電子錠の解除の後、精査を行います。兄さんの補助を希望します」

「わかった。この形式の錠なら、開けるのもそうかからないだろう」

 

 中に何が積まれているのかは未だ不明だ――

 食材なのか、それともナイナーが言っていたように臓器だの武器弾薬なのか。

 しかし開けてしまえばこちらのものだ。

 

 ナイナーとコナーは、二人ともスキンを解除した手で荷台に近づいていく。

 そして、荷台まであと数歩――という場所に来たところで。

 

 コンテナのシャッターが、勝手に開きはじめた。

 運転席のほうで何か操作がされたのかと思いきや、そこには誰もいない。

 ギャビンは道路で、男を取り押さえている最中だ。

 

 ということは――まさか、()()()()()()()()()()()

 

「ナイナー、下がるんだ!」

 

 鋭く弟に忠告し、自らも一歩下がって身構える。

 シャッターは、さらにせり上がっていく。

 中に、誰か立っているのが見える。足だけしか見えないが、その足は――その身体は、奇妙なことに、見たこともないアーマーで覆われていた。

 

 そして完全に現れた、その姿は。

 

「な……」

 

 驚愕が、小さな呟きとなって漏れた。

 コンテナの中からのっそりと姿を見せたのは、一人の人間――人間? もしかするとアンドロイドかもしれない。

 

 身長約2メートルのその身体は、【ナノカーボンファイバー製】と思しき薄いスーツと、合金製らしき(分析できない)モスグリーン色の装甲で覆われている。さらにその頭部には、合衆国陸軍の兵士が使用するものと似通ったフルフェイスマスクを被っていた。当然、フェイススキャンは不可能だ。

 しかもその身体つきは中性的で、男性型なのか女性型なのかすら判別できない。

 

 ただ、その右腕に取りつけられているらしい筒状の吸い込み口――

 さらに背中に背負っている、タンクだろうか? 金属で覆われているため正確な判断はできないが、そちらの大きさは【高さ約1.1メートル】。体積はおよそ【25リットル】。

 

 認識したのと同時に、コナーは目を見開く。

 

 それらの特徴は、酷似していた。

 5月のあの事件からずっと捜し、追い求めていた人物。

 アンドロイド・トーマスの、そしてその他大勢のアンドロイドの血を集めている人物。

 謎の組織を率いるとされている人物。

 正体不明の――デトロイトの吸血鬼に。

 

「……!」

 

 咄嗟に、コナーは相手に飛びかかろうとした。

 だがその動きは、既に読まれていたらしい。

 吸血鬼は、大きく身を屈めると――

 

「待てっ!」

 

 こちらがあげた制止の声は、ドン、という激しい足音で掻き消される。

 吸血鬼が、あり得ないほどの高度までジャンプしたのだ。

 太陽をその背にした次の瞬間には、相手はハイウェイから下の地面へと落下していく。

 まさか身投げかと、急いで道路脇に駆け寄るものの――

 下には人影どころか、車の通りすらなかった。

 

 そう――地面に落下した、痕跡すら残さずに。

 吸血鬼は、目の前から消えていったのだ。

 

「くっ……!」

 

 短く歯噛みした後、コナーは傍らに立つナイナーを見上げた。

 弟の灰色の瞳は、常と同じ平静を保ってはいたが――どことなく、こちらと同じく、困惑の色を濃くしていた。

 

 

 そしてその後、廃工場の警官隊と共に必死の捜索を行ったものの――

 それっきり、吸血鬼の行方はわからなかったのである。

 

 

***

 

 

――2039年6月5日 22:17

 

 

「へぇ、なるほどな。それで結局、そいつは行方知れずってか」

 

 アンダーソン邸のダイニングルームにて、夕食の席についているハンクは、皿の上のラビオリをつつきながら肩を竦めた。

 一方でコナーはといえば、今朝のTシャツの一件よりももっと忸怩たる思いを抱きながら、テーブルに視線を落としている。

 

「……はい」

 

 その声音は、我ながら重たい。

 吸血鬼の捜索にかなり時間がかかったので、こんなに遅い報告になってしまった。

 しかもその成果はないという事実が、気分を落ち込ませている。

 

「吸血鬼の確保もできず、料理教室にすら出られず……幸いコンテナの中にイザベラのクーラーボックスは見つかりましたし、彼女本人も軽い修理を受ければ治る程度の損傷だったようですが……主目的は果たせませんでした」

 

 【ミッション失敗】、という文字が、無慈悲に視界の端に表示されている。

 しかしハンクは、髭についたトマトソースを適当にティッシュで拭い取ってから冷静に言った。

 

「馬鹿言え。料理はともかく、相手はお前やナイナーの目まで欺くような野郎だ。いきなり出くわして、無傷で帰れただけでも儲けもんだな」

「そうでしょうか」

「捜査ってのは地道なもんだ。いつでも普段みたいに、すぐ解決といくと思うな! お前にとっちゃあ、それができて当たり前ってもんなんだろうがな」

 

 警部補はそう語りつつ、指で摘まんだフォークをゆらゆらと動かしている。

 その言動を見て、コナーは少し、ざわついていた自分の思考が落ち着いてくるのを感じた。

 

 確かに――あのタイミングで出くわして、もし相手が強力な銃火器でも持っていたなら、ひとたまりもなかった。

 それに恐ろしいほどの跳躍力を見るに、仮に確保したとしても、コナーたち3人で取り押さえ続けていられたかは怪しい。

 ナイナーなら渡り合えるかもしれないが、彼は丸腰なのだ。

 

「……そうですね」

 

 コナーが短く頷くと、ハンクは今度はふっ、と皮肉げな笑いを漏らす。

 

「それより俺は、お前がタクシー乗り潰したって無茶のほうを詳しく聞きたいね。お前は首輪の外れた犬か何かか? スモウのほうがもっと利口だがな」

「あ! あれはその……つまり、不可抗力というか」

 

 いつになく上手い反論が出てこないのは、今日やらかした無茶はとりわけ、ハンクに詳細を語りたくないからかもしれない。

 なんとも言えずにコナーが視線を彷徨わせていると、警部補は、それをどのように解釈したのだろうか。

 なんでもないと言いたげに手を軽く振ると、強引に別の話題に切り替えた。

 

「ま、なんだ。とりあえず、今日はさんざんな休みになっちまったらしいな。俺はお前が帰った後、スモウと一緒にのんびりしてたが」

 

 彼は空になった皿をフォークで指す。

 

「一応、教室に行った甲斐はあったんじゃないか。これ、お前が作ったメシの中では一番まともな味付けだったぞ」

「警部補……」

 

 コナーは、しばし相棒のとりなすような笑顔を見つめ――

 

「すみません。今日は時間がなかったので、それは冷凍食品を温めただけなんです」

「……」

 

 ハンクは気まずそうに視線を逸らした。

 その足元には、心配そうな鳴き声と共に、スモウが近づいてくるのだった。

 

 ――そして。

 

「……!」

 

 弛緩したような空気を切り裂くがごとき表示が視界に現れ、コナーは、思わず椅子から立ち上がった。

 

「どうした、コナー?」

「警部補」

 

 先ほどまでの落ち込みを吹き飛ばし、決然とした口調で、コナーは彼に告げる。

 

「解読が完了しました。暗号――吸血鬼の組織に迫る情報の」

 

 

 

***

**

 

――2039年6月5日 23:09

 

 

 ゆっくりと瞼を開けたRK900の視界に映るのは、日本庭園と薔薇園が融合したような静謐な庭。

 管理AIアマンダの住まう場所、禅庭園。

 

 その中央付近、池に面した場所で、今日のアマンダは椅子に腰かけている。

 大きな和傘の下で、日本で言うところの「縁台」、要は長椅子に一人で座っている彼女は、自分の元に近づいてきた『コナー』の姿を認めると、いつものように上品な微笑みを浮かべた。

 

「コナー。あなたが来るのを待っていました」

「こんばんは、アマンダ」

 

 礼儀に適った穏やかな()()()を返す『コナー』に対してさらに目を細めると、アマンダは泰然と椅子から立ち上がる。

 

「報告によれば、いわゆる『吸血鬼』と遭遇したそうですね」

「はい。トラックの荷台から突然現れ、姿を消しました。行方を捜索しましたが、手がかりはなく……」

「憂慮すべき事態です。まさかあの失くし物が、このような局面で影響してくるとは」

 

 眉を顰めたアマンダの表情に、付随するかのように『コナー』もまた面持ちを硬くする。

 だがややあってから、先にアマンダのほうが口を開いた。

 

「ですが、今は解読が完了した暗号の件が先決です。今度こそ、()の足取りを正確に捉えるチャンスです、コナー。失敗は許されません」

「はい、アマンダ。細心の注意を払います」

 

 はきはきと、完璧な機械としての言葉で応える『コナー』の態度に、アマンダはゆっくりと頷いた。

 それから、ひときわその眼差しを鋭くして告げる。

 

「……暗号で示された場所の捜索は、困難を極めるでしょう。もしかすると、その吸血鬼が妨害のために現れるかもしれません。しかし、あなたならば充分に対抗できます」

 

 そう――今日RK900がみせたスペック通りの戦闘能力には、サイバーライフも完全に満足している。

 だからこそ、こう命令する。

 

「もし吸血鬼が現れたなら――まずは確保、それが不可能なら完全に破壊しなさい。ただし、我々の計画が漏れることだけは避けねばなりません。特に、デトロイト市警の面々やRK800には注意なさい」

「彼らは、それほどまでに脅威となりうるでしょうか?」

 

 と、静かに『コナー』は尋ねた。

 

「私の性能ならば、即座にでも彼らを排除できますが」

「彼らを排除するのは、計画の最終局面においてです」

 

 まっすぐに、アマンダは『コナー』の灰色の瞳を見据えた。

 

「それまであなたは可能な限り表に出ず、支援に徹すること。いいですね、コナー」

「承知しました」

「では、もう行きなさい」

 

 素直にRK900は頷き、そして、庭園の道を向こうへと去っていく。

 その白と黒のジャケットを眺めながら、アマンダは、再び口元で弧を描いた。

 

 それから彼女は、庭園の片隅――何もない土がただ広がっている、空き地のごとき場所に目を向けた。

 笑みを濃くし、そしてしばらく、彼女はそうして佇んでいた。

 

 

(奪還/Machina’s Kitchens 終わり)

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