Detroit: AI   作:けすた

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第18話:狩場/The Encounter

――2039年6月6日 10:22

 

 

 デトロイト市警で最も大きい、1階部分にあるミーティングルーム。

 大勢の警察官が使用できるその部屋を、これから使うのはコナー自身を含めて4名しかいない。

 壁の一面を使用した大型スクリーンの前に立ちつつ、コナーは他の面々の様子を確認した。

 

 前から2列目の席に座ったハンクが、渋い面持ちで腕組みしているその数列後方で、まるでいつもデスクでやっているように、前の椅子の背もたれに両足を乗せているのはギャビンだった。

 とはいえ、さすがの彼といえども、普段のように端からこちらの話を聞く気がないというつもりではないらしい。

 体勢はだらけていてもその眼光は鋭く、コナーが現在スクリーンに投影している資料に目を向けている。

 

 そこへドアの開閉する控えめな電子音とともに、隣の休憩室から、紙コップ2つを盆に乗せたナイナーが入ってきた。

 途端に、ギャビンが苛立ったような声をあげる。

 

「おい、遅えぞポンコツ」

「申し訳ありません」

 

 淡々と答えたナイナーは、危なげない様子で盆を運ぶと、コーヒーがなみなみ注がれたコップをパートナーに差し出した。

 舌打ち一つ、礼も言わずにギャビンはカップを受け取る。

 ――まったく、彼ときたら本当に進歩がない。

 

「リード刑事、先日も申し上げましたが」

 

 思わず顔を顰めながら、コナーは口を開いた。

 

「休憩室はすぐ隣です。そこまで急いでカフェインを摂取したいのなら、ご自分で行かれればよかったのでは?」

「ハッ!」

 

 ギャビンは鼻で嗤うと、コーヒーを啜りながらこちらに中指を立ててきた――言うまでもなく侮蔑のサインである。

 コナーの胸の内に、強烈な「不快感」が押し寄せてくる。

 

「やめろ、お前ら」

 

 だが、それが形を成す前に声をあげたのはハンクだった。

 移動してきたナイナーが差し出したもう一つのコップを、礼の代わりに片手を軽く挙げて受け取った彼は、苦々しい顔で続きを述べる。

 

「これから作戦立てるって時に、下らねえ争いしてる場合か? とっとと始めて、とっとと終わらせるぞ」

「……そうですね。すみません」

 

 コナーは謝るが、当然、ギャビンはどこ吹く風といった様子である。――だがもう、それは無視することにした。

 弟はというと、普段と同じく凪いだ湖面のように穏やかな表情のまま、ギャビンから少し離れた椅子に腰かけている。

 彼の静かな視線が、こちらを向いた。

 

 そう、全員揃った――始めるにはいい頃合いだ。

 コナーは、おもむろに口を開く。

 

「では、報告を始めます。レーヴァングランドと廃工場で発見した、暗号化された情報の内容について」

 

 とはいえ、読み上げるまでもなく、情報はスクリーンに表示している。

 強固な暗号化が施されていたデータの内容――それは、詳細な会計帳簿だった。

 

 つまりデトロイト市内各所の「協力者」が、いつ何時、何を提供してきたかが克明に記載されているデータログである。

 例えば2年4ヶ月前に某所の反アンドロイド団体から、寄付3万ドル。1年7ヶ月前に民間人のズラトコ・アンドロニコフなる人物から、違法改造されたアンドロイドが4体。2ヶ月前、レーヴァングランドから売上金の一部10万ドルと共にアンドロイドが3体――などといった調子に。

 

 レーヴァングランドと廃工場で見つかった情報は、暗号化のみならず、それぞれ複雑に断片化されていた。

 だが昨夜暗号の解読に成功して以降、コナーとナイナーが、二人がかりで急ピッチの復元作業を行い――その結果こうして一つのデータとして、ハンクたちに提示できている。

 

 このデータを元にすれば、アンドロイドに対する違法行為に加担・介入している人物や団体を、芋づる式に検挙できるだろう。

 だが今回問題にしたいのは、そこではない。

 

「この帳簿によれば、これらの金銭や物資、あるいはアンドロイドたちは、すべてデトロイト北西部、旧工場地帯の一角に集められていました。……つまり、この場所です」

 

 こめかみのLEDを軽く点滅させて、コナーはスクリーンの表示を切り替えた。

 投影されるのは、ナイナーがドローンで今朝撮影したばかりの、ある場所の写真。

 不法投棄された廃車などのゴミ山の奥に聳え立つのは、ところどころに鉄骨が見える、ぼろぼろになった白いドーム状の建物。

 その手前には、道を行く車に乗った人間の目を惹くためだったのだろう、大きな看板が立っていた。かつては色鮮やかだったと思われるそれには、風雨に晒され薄く掠れた文字でこうある――

 ――「ゲームフィールド・スカーレットオアシス」。

 

「ゲームフィールド?」

「いわゆるサバイバルゲームのための、疑似的な戦場を提供する屋内型遊技場ですね」

 

 訝しげな警部補に説明しながら、画面を何枚か別のものに切り替えていく。

 上空から撮影したドームの様子、廃工場と産業廃棄物ばかりのうら寂しい周辺の光景、WEBアーカイブに残っていた「スカーレットオアシス」公式サイトのキャッシュデータなど。

 

「つまり、ペイント弾やエアガンを使用して模擬戦闘を行う遊びの、競技場の一つとしてこの場所は運営されていました。少なくとも2029年から2035年までの間は、営業実態を確認できます。もちろん、合法的なものです」

 

 しかし、今は――

 

「2035年に運営会社が倒産し、このドームは土地の所有権ごと別の会社に売却されました。ですがそれから僅か半年の間に、ドームの権利は幾度も複数の会社に転売され……現在は、営業実態のないペーパーカンパニーが所有していることになっています」

「なるほど」

 

 半分ほど飲んだコーヒーのカップを手にしたまま、ハンクは表情を険しくした。

 

「そりゃ、悪さの隠れ蓑にするにはお誂え向きだな」

「ええ。このドームの敷地面積は約10エーカー……新型レッドアイスの生産工場にするにせよ、なんにせよ、広さは充分といえるでしょう」

「おい」

 

 と、口を挟んだのはリード刑事だ。

 

「中はどうなってんだよ。備品野郎のドローンで撮れなかったのか?」

「……」

 

 コナーは、つい自分が眉を顰めているのを自覚した。

 争っている場合ではないとハンクに釘を刺されたとはいえ、いつまでもナイナーを「備品」呼ばわりする彼の態度には、そう、端的に腹が立つ。

 しかし弟は大して気にしていない様子で、首だけギャビンのほうに向けて口を開いた。

 

「申し訳ありませんが、それは不可能です。当該施設には競技の特性上、強固な防音壁が使用されています。外郭部が損傷している今も、それらは健在です。つまり、外部からドローンが侵入できるスペースは確認できませんでした」

「ただ、周辺の偵察は既に完了しています」

 

 補足するように、コナーは言う。

 

「あいにくドームの周りには、監視カメラは設置されていませんでした。しかしナイナーが衛星写真から分析したところ、少なくとも一ヶ月前までは、活発な車の行き来があったようです」

「現在は、周辺に人影は皆無です」

 

 と、ナイナーはLEDリングを点滅させてドローンと通信しながら、静かに言った。

 

「当該施設の所在地を確定以降、11時間6分43秒間、監視状態を継続しています。これまでに当該施設に接近した人間・アンドロイド・乗用車は確認できません」

「ああそうかよ、ご苦労さん」

 

 飲み終わったコーヒーのコップを床に乱暴に転がすと、ギャビンは大仰に肩を竦めてみせた。

 

「つまり、行ってみないと何もわからないってことじゃねえか。アンドロイド刑事様のお仕事ってのは大したもんだ。なあコナー?」

「ええ、そうですね。ここで何もせず大口を叩いているのよりは、幾分生産性はあると思いますが」

 

 努めて冷静に――というよりは冷淡な声音でコナーが“丁寧に”応えると、瞬時にギャビンのバイタルサインはより【攻撃的な兆候】を示しだす。

 

「あ? ……なんだとてめえ」

「誰もあなたのことだとは言ってませんよ、リード刑事」

 

 目を見開いて首を傾げたコナーを、額に青筋を浮き立たせたギャビンは今にも飛びかからんばかりの勢いで睨みつけている。

 一触即発の状況――だが、その雰囲気はコツコツという高い音で払拭される。

 警部補が、手にしている紙コップの側面を、わざと大きな音を立てて指で弾いたのだ。

 

()()()()()悪いが、ちょっといいか?」

 

 わざと礼儀正しく言う彼の、その呆れたような青い瞳に何よりも叱られたような心地がして、やや悄然とコナーは応えた。

 

「……はい、警部補」

 

 ハンクは、姿勢と共に表情を真剣なものに正して言う。

 

「そのスカーレットオアシスって場所が、あからさまに怪しいってのはよくわかった。ナイナーに任せて偵察するのにも限度があるから、直接出向いて調べるっきゃねえってのもな。だが」

 

 彼は壁のスクリーンに目を向けてから、続ける。

 

「気になることがある。お前たちが昨日会ったっていう、トラックから出て来た野郎だ」

「はい……『吸血鬼』と思しき人物ですね」

 

 昨日の出来事をメモリーから再生しつつ、コナーはおもむろに頷いた。

 

 ひょんなことから繫がった、食材の強盗事件と廃工場の臓器売買。

 追い詰めたトラックから現れたのは、コナーやナイナーにすら分析不可能な金属製の装甲のようなものを身に纏った――タンクを背負い、異常な身体能力を持つ人物。

 新型レッドアイスを売りさばき、アンドロイドたちからブルーブラッドを搾り取っている組織のボス、『吸血鬼』と思われる人物だった。

 

 人間なのかアンドロイドなのかも判然としないまま、忽然と姿を消したその人物の捜索は、今もデトロイト市警の総力を挙げて行われているが――それも当然である。

 あり得ない高度まで一瞬でジャンプし、建設中の高速道路から高架下に飛び降り、即座に姿を消すような――まして犯罪組織との繋がりが疑われる存在を野放しにしていては、市民に危険が及ぶ。

 何かあってからでは遅いうえに、放っておけばFBIがしゃしゃり出てくるかもしれないとなれば、市警としてはとても看過できるものではない。

 

 現在、こうしてコナーたちがたった4人で捜査会議を行っている理由もそこにある。

 今朝、ファウラー署長に言われたばかりなのだ。

 吸血鬼の捜索と市街地の警備でこちらは手一杯だから、その暗号とやらが示す場所には、お前たち以外の人員を回せない――と。

 

 それらを踏まえたうえで、ハンクはさらに続けて言った。

 

「結局、工場に残ってる手がかりからじゃ、そいつの正体は掴めなかったんだな?」

「ええ、残念ながら。大量の武器弾薬は、海外から秘密裡に輸入されたものだとは断定できましたが、ルートは確定できていません。そして残されたデータなどから、どうやらあの施設で新種のパワードスーツが開発されていたのはわかりましたが――理由は不明です」

 

 そう、廃工場の地下でギャビンが目撃したという「機械製の鎧のようなもの」。

 それはまさに、人間が装着して作業効率を上げるための外骨格型の装置、すなわちパワードスーツだった。

 20年ほど前までは介護・医療機器として、そして軍用の装備として盛んに研究されていた代物――だがサイバーライフ社製のアンドロイドが完全に普及した現代においては、もはや無用の長物と化してしまっている。

 パワードスーツを着た人間にできる仕事は、アンドロイドなら十全にこなしてしまう作業なのだ。となれば、アンドロイドにすべてやらせればいい、という理屈からである。

 

 それなのにあの施設では、わざわざそんな“過去の遺物”が研究されていた。

 しかも、あれほどの量の武器と共に。

 ――なぜ?

 

 疑問ばかりがプログラム上に並んでいくが、ひとまずそれは保留して、コナーはさらに言葉を重ねた。

 

「廃工場でナイナーが確保した組織の構成員たち、トラックの運転手、そして工場に監禁されていた人々と、本来臓器を配達する予定だった脱法アンドロイド――いずれも現在のところ、彼らから情報らしい情報は聞けていません」

 

 昨日の昼、アンドロイド料理講師であるイザベラは、工場外で「回収」された臓器をクーラーボックスに入れて運ぶ、別のアンドロイドと間違われて襲われた。

 トラックの運転手が合流地点を誤ったのがその原因だったようなのだが、本来その運転手に臓器を渡す手筈だったアンドロイドは、昨日深夜に路上を彷徨っていたところを無事に保護されている。しかし彼のメモリーは、当然のごとく、完全に消去されてしまっていた。

 再び変異体となったそのアンドロイドが記憶を取り戻せば、何か組織に関する情報を聞けるかもしれない。

 しかし今は、それを待つ時間がない。

 

 そして例のトラックのコンテナの中には、クーラーボックスの他にはアンドロイド運搬用の大型ボックスがあったのだが――プログラム上の再現によれば、吸血鬼がそのボックスに入っていたのは確実なのだが、それ以上の手がかりはなかった。

 

 という状況を今一度整理し直したところで、ギャビンがまたも茶々を入れるように声を発する。

 

「チンピラどもを締め上げて吐かせるよりは、情報が出てきたドームに行くほうが早いってこったろ」

 

 彼の視線が、ハンクの背に向けられる。

 

「なのに何が問題だ、ハンク? 二日酔いがキツいんなら、便所に籠ってるか? なあおい」

「……」

 

 小さくため息を吐いてから、ハンクは半身を後ろに向け、口の悪い同僚に話しかけた。

 

「お盛んなのは構わねえが……怪我したくなきゃ、もっと落ち着いて考えな。どうも、状況がおかしい」

「は?」

「警部補、どういう意味です?」

 

 首を軽く傾げつつ問いかけると、警部補はまたこちらに向き直った。

 コーヒーが入ったままのコップを床に置き、腕を組んで、彼は鋭い眼差しで語る。

 

「10年ぐらい前ならまだしも、今は市内のデカい密売組織はほとんど解体(バラ)されてる。レッドアイス売りさばいてんのは、余所から来たクズ野郎どもか、個人でやってるクズ野郎のどっちかだ……つまり、割りに合わねえんだよ」

 

 そこで一拍置き、彼はひときわ真剣な目つきでこちらを見据えながら、続けた。

 

「そんなに武器だの“パワードスーツ”だの取り揃えて、吸血鬼の組織は一体どこの誰とドンパチやるつもりだ? 同業他社もいねえってのに。警察との抗争? それともテロか? レッドアイスで儲けたいってだけの連中なら、んな金にならないことはしねえ」

「確かに……」

 

 顎に手を置いて、コナーは静かに同意した。

 今までのところ、吸血鬼の組織は典型的な営利目的――つまり、より多く儲け、より多く新型レッドアイスを売りさばくために、より安価にブルーブラッドを手に入れようという目的で動いているようにみえる。

 だから彼らにとって、高性能な武器や装甲など、本来なら不必要なものなのだ。

 そんなものを買い揃えるくらいなら、もっと別のところに金を使うはずである。

 例えば――

 

「改めて考えると……吸血鬼を輸送していたあのトラックの運転手が、薬物中毒かつ酩酊状態だったのも気になります」

 

 新たに浮かんだ疑問を、素直に口に出した。

 

「仮に吸血鬼が本当に組織のボスなのだとしたら、自分が乗る車の運転を、合流場所を誤るような稚拙な人物に任せるでしょうか?」

「ああ。普通なら、もっと信用できる奴に任せるだろうな」

 

 ハンクは軽く両手を広げ、肩を竦めてみせた。

 

「それに連中は、残されてた手がかり以外はほとんどこっちに尻尾を掴ませねえような奴らだ……手慣れてる。だってのに、前にギャビンのとこに送られてきたっていう手紙といい、今回のトラックといい……なんだってそんなヘマを?」

 

 言いながら、何か思い当たるところがあったのだろう。

 ハンクの瞳は、自らのかつての記憶を探るように凝らされている。

 

「どうも、ヤな予感がしやがる」

「警部補……」

 

 歴戦の刑事の重々しい一言に、コナーは我知らず深刻な声音で返事した。

 見ればナイナーもまた、どこかその面持ちを険しくしている。

 しかし――

 

「ハハハハハ!!」

 

 いかにも呆れた、といったように笑ったのはギャビンだった。

 彼は両足を前方の椅子の背もたれに乗せたまま、器用に椅子を後ろに傾けつつ、ゲラゲラ大笑いしている。

 

「予感! 予感ね。結構なこった! アンダーソン警部補の名推理だ、ほんと感服もんだぜ」

 

 彼はわざとらしく拍手までしてみせた。

 ――要は、予感などという非論理的なもので慎重な姿勢を示したハンクを嘲笑っているのだろう。

 コナーは、プログラムの外からやって来る「苛立ち」を感じつつ、あからさまに彼を睨みつけた。

 

 確かに、先ほどのハンクの発言は「勘」によるものだ。

 しかしそれは、これまでに培われてきた彼自身の経験という貴重なデータに基づいている。つまり、単なる当て推量や臆病風とはワケが違う。

 そんなこともわからないだなんて――

 

 だが笑われた当人たるハンクはというと、怒るでもなくもう一度肩を竦めている。

 

「こりゃ、混ぜっかえすようなことを言って失礼しましたね。せいぜい後ろにすっ転ばねえようにな」

 

 フン、と鼻を鳴らしてから――

 警部補は、ギャビンに向けていた視線を移した。

 

「それより、ナイナー」

「はい」

 

 ギャビンの座る椅子の脚を見つめていたナイナーは、静かに応えてハンクを見やる。

 それに合わせて、警部補はさらに言った。

 

「お前はどう思う? 意見があるなら、言ってみな」

「……申し訳ありません」

 

 短くナイナーは述べ、目を床に伏せた。

 

「アンダーソン警部補の危惧は妥当だと、私も判断します。しかし、現在のところ新規に取得した確定的情報は存在しません」

「確定的ってのじゃなくていい」

 

 促すように告げるハンクに合わせ、コナーも口を開く。

 

「あの吸血鬼が使ってる技術について、何か思い当たらないか? 例えば、サイバーライフの新技術とか……」

 

 かつてならいざ知らず、今のコナーは、サイバーライフの社内情報には基本的にアクセスできないようになっている。

 だがナイナーは、今もサイバーライフに所属する身だ。

 吸血鬼の異様な身体能力、そしてコナーのスキャンを用いても分析できなかったあのアーマーの素材について、何か知ってはいないだろうか。

 

 そう思って問いかけると、ナイナーはしばしLEDリングの青色をくるくると光らせ――ギャビンもまた、笑うのを辞めて彼を見ている――やがてゆっくりと語りだした。

 

「今から発言するのは、あくまでも不確実な推測に過ぎません。ですが……私は……あの吸血鬼に使用されているのは、サイバーライフ社製の、軍用プロトタイプアンドロイドの技術だと……思います」

「軍用プロトタイプ……?」

 

 思わず問い返しつつ、プログラム上で再生されるのは、かつてアンドロイド記者のケイシー・ヒュームが言い残した情報だ。

 彼は言っていた。

 

『軍用のアンドロイドが、どこかで暴れまわってるって……殺人事件を起こしてるって情報がある。特殊なプロトタイプだって』

 

 その時もコナーは、吸血鬼とそのプロトタイプを結びつけて考えた。

 とはいえあくまで仮説の一つに過ぎなかったのだが、弟も同じ考えに至ったのだろうか――

 

 ナイナーは、続けて淡々と語る。

 

「昨日……兄さんの、かつ私の機能を使用しても、仮称『吸血鬼』の装甲を形成している未知の金属の分析は不可能でした。また、当該素材についてサイバーライフのデータベースで検索したところ、該当する情報は皆無でした。しかしこの状況は……かえって、それが軍事用の技術であるという仮説を補強します」

「そうか。軍事機密情報には、最上級の閲覧制限がかけられてる」

 

 確信と共に、コナーは言った。

 そう、仮に変異体ハンター時代の自分であっても、社が合衆国の軍隊に提供している、軍事用アンドロイドに関する情報にはアクセスできなかっただろう。

 合衆国の上層部と裏で密接に、後ろ暗い繋がりを持つサイバーライフにとって、そうした情報はごく一部にしか開示しないものだからである。

 だから逆に言えば、社から正式に警察に派遣されている最新鋭機体であるナイナーがアクセスできないような情報となると、もはや軍事関係のものくらいしか残されていないのだ。

 それにそんな未知の金属について、最先端技術のほとんどを独占するサイバーライフ社が一切関知していないはずがない。

 

「軍事用ねえ。そりゃなんとも、きな臭くて最高だな」

 

 皮肉げにハンクが言い、ギャビンもまた、珍しいことに深刻な表情で口を閉ざしている。

 だが、無理もないかもしれない。

 

 表向きには、アンドロイドは法律によって、一切の武器の所持と使用を禁じられている。

 だが一部の雑誌などで既に記事にされていたように、もはや合衆国の軍隊は、そのほとんどがアンドロイド兵士に置き換えられていた。

 通常の戦闘部隊のみならず、ロシアとの高まる緊張を前に準備された海戦用カスタマイズ部隊は、2500人(体)にも及ぶプロトタイプで構成されており、彼らは暗殺・潜入工作に特化したモデルだったとされている。

 ――しかし今、そのほとんどは、もはやこの世にいないだろう。

 あの革命の折りに、まっさきに廃棄されてしまったからだ。

 現在の軍隊は急遽集められた人間の人員によって補強され――それはロシアも似たような状況らしく、結果的に、米露間の緊張は双方の軍事力の低下に伴い緩和されているのだが。

 

 ――それはともかく。

 もしも吸血鬼が、あの日ケイシーの話を聞いた時に考えたのと同じように、軍用のプロトタイプアンドロイドの生き残りなのだとしたら――

 

「ナイナー」

 

 コナーは、胸のシリウムポンプが「緊張」の影響で不可解な挙動をするのを感じつつ、弟に問いかける。

 

「もし軍事用プロトタイプが相手だとして、君は正面から制圧できるかい?」

「……はい」

 

 灰色の瞳をこちらにまっすぐ向けて、ナイナーはしっかりと頷いた。

 だがその表情は、僅かに、何か懸念するかのように沈んでいる。

 

「一対一で……かつ周囲の被害、及び他者の防衛を考慮しないのであれば。カタログスペックでは、私は既存のいかなるサイバーライフ製アンドロイドよりも、改良されたモデルですから」

 

 ただ――と言いつつ、彼は顔を俯ける。

 

「私は治安維持専門モデルであると同時に、デトロイト市警に所属する存在として……可能な限り、周囲に……危険が及ぶ戦闘行為は避けたいと、思います」

「そりゃそうだろ」

 

 わざと明るくしているような口調で、ハンクが言う。

 

「まっとうな警官なら、誰だってそう考えるもんだ。それに銃持って暴れてる軍人になんて、一人で向かっていくもんじゃねえ。もしそうなったら、とっととSWATでも呼ぶこったな」

 

 警部補の言葉は、ナイナーの胸を打ったようだ。

 

「まっとうな警官……」

 

 彼は小さく呟くと、幾度か瞬きした。――嬉しそうだ。

 

「私も警官。そう、ですね……」

「プラスチックの備品警官だろうが、てめえは」

 

 と、横からずけずけとギャビンが水を差す。

 口論にならない程度に反論しようかとコナーは口を開きかけたが、しかし、ギャビンは続けて意外なことを言った。

 

「だいたいてめえ、変異体なんだろ」

「はい……」

「だったら軍用だろうがなんだろうが、相手がアンドロイドならパクんのは簡単じゃねえか」

 

 上げていた足を下ろしてから、彼はナイナーに続けて語る。

 

「近づいたらとっとと触って、変異させてやれよ。いっぺんに大人しくなるだろ」

「ああ、なるほど!」

 

 コナーは思わず声をあげた。

 皮肉ではなく、まさに心から、ギャビンの指摘に感心したからだ。

 普段こちらのことを機械だなんだと言ってはいるが、少なくとも、彼は変異という現象の特性については理解しているらしい。

 さすが、デトロイト市警の刑事なだけはある――と、コナーは思った。

 

「確かに、相手が悪意ある第三者の命令を受けた脱法アンドロイドならば、有効な手段ですね。それにメモリーを接続すれば、音声言語を介するよりも迅速に交渉できる」

「お前には話してねえよ、型落ち野郎」

 

 ――前言撤回だ。

 やはり彼は感じが悪い。

 

「……」

 

 かたや、ナイナーは黙って目を瞬かせた。

 彼は自分の右手のスキンを解除し、しばしそれを見つめ――

 それから、言葉を発した。

 

「相手が仮に、既に変異体で……自由意志を以て犯罪行為を実行していた場合は、説得不可能ですが。それに私に、相手の変異が可能かどうか」

「大丈夫さ。僕にもできたんだから」

 

 なぜだか心配そうな弟を、勇気づけるようにコナーは声をかけた。

 

「自分のプログラムに生じている揺らぎのようなものを、メモリーを接続して相手に伝えるんだ。そうすると、眠ってた相手の感情が……なんていうか、目を覚ますんだよ」

「相手の感情……」

 

 スキンを元に戻し、ナイナーは首肯する。

 

「了解しました。もし遭遇した場合は、接続を試行します。……ありがとうございます。リード刑事、兄さん」

「どういたしまして」

「ケッ」

 

 コナーはにこやかに応えたが、ギャビンは面白くなさそうに吐き捨てて顔を背けている。

 ――どうにも解せない対応だ。

 

「んじゃ、話を纏めるぞ」

 

 ハンクが、冷静に告げて場の空気を切り替える。

 

「姿を消した吸血鬼野郎のことは気になるが……とにかく今は、その怪しいドームを捜査すんのが先決だ。北西部の工場地帯なら、ここから車でもそう遠くはねえ。ジェフリーを説得したら、速攻で出発だな」

「今日のうちに向かうのですね、警部補」

「連中に時間をやるのはマズい。相手は、俺たちに自分らの拠点を掴まれたのは当然知ってるだろうしな」

 

 レーヴァングランドが潰されたその時から、恐らく吸血鬼の組織の側でも、いずれスカーレットオアシスに捜査の手が伸びるのは予期していただろう。

 ならばハンクの言う通り、できる限り早く捜査に向かうのが正しい。

 隠蔽工作に時間をかけさせるわけにはいかないからだ。

 

「ドームの見取り図はあるか?」

「はい。かつての遊技場時代のものなら、データが残っていました」

 

 スクリーンに用意していた見取り図を投影し、捜査計画を練る。

 ドームは大まかに分けて、地上部分と地下部分の二層の構成になっていた。

 本来ならばより大人数で万全を期して向かうべき場所ではあるが、状況が状況だ。

 できる限りのことをするしかない。

 

 ――そして結局、協議の結果、ドームの地上部分をギャビンとナイナーが、地下の事務所部分をハンクとコナーが受け持つことになった。

 仮に地上部分の内装が変わっていなかった場合、そこはサバイバルゲームの競技場のままである。そうした広大かつ見通しが悪い場所なら、ナイナーのドローンが不可欠だ。

 したがって、地上はギャビンたちに任せたほうが効率がいい――ということになったのである。

 

「もしかしたら、吸血鬼野郎がご登場あそばすかもしれねえが」

 

 会議の終わりに、ハンクは言った。

 

「そうなったら、絶対に無茶はするなよ。俺たちは警官だ、軍人じゃねえ。できるだけ時間稼いで応援呼んで、無理そうならとっとと逃げろ。わかったな」

 

 こくりと頷くナイナーの近くで、さも「てめえは俺の上司かよ」と言わんばかりの態度でギャビンは表情を歪めている。

 と、ハンクの視線がこちらを向いた。

 

「おいコナー。お前に言ってんだぜ」

「もちろんです、警部補」

 

 コナーは真摯な気持ちで返事した。

 

「心配しないでください。決して無茶はしません」

「それを今までに何べん聞いたかな」

 

 そう言って、警部補は皮肉っぽく笑うのだった。

 

 

***

 

 

――2039年6月6日 14:21

 

 

 辿り着いた「スカーレットオアシス」は、ドローンでの偵察の通り、ゴミ山に紛れ打ち捨てられたような建物である。

 近場に(といっても、万が一のことを考えて多少離れた廃工場の陰に)車を停めると、コナーたちは速やかにここに足を運んだ。

 この場所は国道から外れていて、近くに車通りはなく、当然人気もない。

 

 コナーは、黙ってそのうす汚れた外観を見つめた。ざっとスキャンしたところ、剥がれた塗装にも剥き出しになった鉄骨にも異常はなく、少なくとも外側に関しては【違法改造の形跡はない】。ブービートラップや警報装置の痕跡もない。つまり、近づいても問題はないということだ。

 

 しかしコナーのプログラム上を去来したのは、このドームの過去と現在を比較し、ふと胸を締め付けられるような感覚――幾ばくかの「寂寥感」のようなものだった。

 

 かつてデトロイトにベンチャー企業としてのサイバーライフが設立され、軌道に乗りはじめた時、呼応するようにこの都市の景気は上昇し、中心部には一気に人が流入した。

 その需要を見越してか、デトロイトには次々とテーマパークや遊興施設が建てられ――しかし数年後には、少子化と失業率の上昇の影響を受けて業績が下がり、あえなく廃業していったという。

 

 この場所も、そんな施設の一つなのだろう。

 ――かつては人を楽しませるために建てられた場所が、今は犯罪の温床になっているなんて。

 

「コナー。おい、どうした?」

「大丈夫です」

 

 ハンクの呼びかけに、思考を現実に引き戻す。

 

「すみません、外観のスキャンをしていました。今のところ危険はないようです」

「ならいいが……あんまりぼーっとするなよ」

 

 念を押すように、警部補に言われてしまう。

 ふと傍らを見れば、ナイナーがドローンのうち5機を自分の周りに呼び戻したところだった。

 裏側や上空などの監視に回している機体は残して、それ以外を一旦近くに回収したらしい。

 警戒のためか早くも銃を抜いているギャビンが、訝しげにそれを見つめている。

 

「アンダーソン警部補」

 

 ナイナーはハンクに問う。

 

「ドローンのうち、何機を同行させますか?」

「そりゃ、俺たちにってことか? ……いや」

 

 ハンクは、思い直したように首を横に振った。

 

「ドローンは全部、お前たちに回せ。こっちは俺とコナーだけでいい」

「それは……」

「お前たちのほうが危険だろ。地下の事務所と違ってそっちは広いだろうし、それに」

 

 ハンクはギャビンに視線を送った。

 

「なんだ、何か言いたいのかよハンク」

「別に何も」

 

 軽くひらひらと手を振ってから、警部補はナイナーに視線を戻す。

 

「血気盛んな相棒がいちゃあ、人手はいくらあっても困らねえだろうしな」

「……。そうですね」

 

 目配せするハンクに対し、弟は、納得した様子で頷いた。

 

「では、地下は、兄さんと警部補に委託します。……どうか、お気をつけて」

「ああ、そっちこそな」

「ありがとう、ナイナー」

 

 正面から、弟に礼を述べた。

 

「君こそ、どうか気をつけて。お互い、無事で戻ってこよう」

「はい」

 

 そう言ってまっすぐにこちらを見つめる彼の表情は、常と変わらぬ無表情ではあったが――ほのかに、微笑んでいるようにも見える。

 光の加減で、そう見えているだけかもしれない。しかし変異体としてのコナーは、それを弟の笑顔だと解釈したいと思った。

 

「そうでした。リード刑事も、どうぞご自愛ください」

「てめえは帰りのゴミ収集車でも手配しとけよ」

 

 へらへらと、ギャビンはとんでもないことを言ってのけた――が、もはやかかずらう気にはならない。

 コナーは気を取り直し、改めて、ドームの正面入り口に歩み寄った。

 

 

 そして、結局のところ――

 正面入り口の重たい鉄製の扉には、不思議なことに、鍵がかかっていなかった。

 立場上不法侵入するわけにはいかないこちらとしては有難い話だが、しかし、どうにも解せないとハンクは言う。

 

「まるで、こっちを招待してるみたいだな」

 

 言葉は揶揄するようでも声音は冷静にそう告げるハンクの後ろで、ギャビンは「怖気づいて逃げたんだろ」とあくまで“楽観的”な意見を述べていたが――

 

 ともかくドーム内に立ち入ると、眼前に広がるのは、意外なまでに過去のままと思しき光景である。

 

「……」

 

 無言のまま、コナーは再度中をスキャンする。

 しかしやはり、少なくとも視界の範囲においては【脅威は検出されない】。自動車工場の内装を転用したと思しきサバイバルゲームの会場は、どうやら、そのまま遺されているように見えた。

 

 コンクリートのはずの地面には本物そっくりの土と砂利が敷かれており、天井には大きなライトが複数設置され、今なお白いLEDの光を照射している。舞い散る埃が、それに照らされて【幾何反射】の煌きを放っていた。

 

 壁を這う太いパイプと停止した工場機械、ベニヤ板やブロックで作られた壁が、広いはずのこのドーム内を細かく区切っている。あちこちに身を隠すにはもってこいの場所、といえるが――さっそくナイナーがドローンを飛ばして偵察したところだと、屋内にも、自分たち以外の姿は見えないとのことである。

 つまり無人。ギャビンが言っていた通り、とっくに組織の人間たちは逃げていってしまった後なのだろうか?

 だが、油断はできない。

 “GAME START”と色褪せた文字が添えられた、かつては受付カウンターだったのだろう場所にて、コナーたちはギャビン・ナイナー組と分かれた。

 

***

 

 そして――数分後。

 薄暗い階段を下りた先、小さなスチール製の扉には、入り口同様鍵がかかっていない。

 

「下がってろ。先に行く」

 

 拳銃を抜いたハンクの言葉に、少し逡巡したが、こくりと頷いた。

 油断なく銃を構えた警部補は、それに応じて迷いなく扉に鋭い蹴りを放つ。

 ひしゃげんばかりの勢いで開いたドアの隙間に身を潜り込ませ、ハンクは室内を警戒する。だが――

 

「生体反応はありませんね」

 

 素早く室内をスキャンし終えたコナーがそう告げると、警部補は小さく息を吐いて銃を脇のホルスターに仕舞う。

 

「……だろうな。この様子を見りゃわかる」

 

 半ば呆れ口調で彼がそう言うのも、無理はない。

 それなりの広さの事務室には、もはや、ほとんど何も残されていなかった。

 スチールデスクが4つ、そして事務用椅子が5脚、部屋の中央にひっそりと並んでいる。その上には端末はおろか書類フォルダや文房具の類まで何一つなく、まるで家具売り場にでも置かれているかのようなありさまだ。

 乱雑に積み置かれた段ボール箱が、部屋の片隅で山を成してはいるものの、この状況では、恐らく重要性が低いからこそ放置されているのだろう。

 あとは田園地帯の風景を描いた古い小さな絵が額縁に入って壁にかかっているのと(額縁は斜めに歪んでいた)、小さな消火器が、半分錆びかけながら壁際に佇むばかりだった。

 

「やれやれ」

 

 苦い顔でハンクは鼻を鳴らした。

 

「逃げ足の速いこった。鳩だらけの部屋よりゃマシだが、こうまで何もねえとはな」

「ええ……ですが、床の表面に足跡が残っています」

 

 分析機能を実行中の視界に、自分のものでもハンクのものでもない【複数の足跡】が検出されたのを確認しつつ、コナーは言う。

 地上部分だけでなく、階段や事務所内の床にも土埃が残っていたお蔭である。

 

「この足跡を辿れば、プログラム上で行動の再現ができます。過去に何が行われていたのか、少しはわかるかもしれません」

「よし、じゃあそっちは任せた。俺はこの机を調べる、念のためな」

 

 つっても、何もなさそうだが――とぼやきつつも、警部補がスチールデスクの調査に着手したのに合わせて、コナーは詳細な分析を開始した。

 

 【靴の痕 TYLE社製RS88型 10インチ 過去10日以前】

 【靴の痕 Kok社製T54型 8.5インチ 過去10日以前】

 【靴の痕 TYLE社製FR55型 9インチ 過去10日以前】――

 

 ここを最後に使用していたのは3名。靴はいずれも量販店で広く販売されているものだが、足の大きさからだいたいの身長は予測できる。

 そして、これらの人物がこの部屋を引き払ったのは10日以前。ちょうど、レーヴァングランドの潜入捜査が終わった頃だ。

 やはりハンクの見立て通り、レーヴァングランドの秘密が暴かれ、自分たちに捜査の手が及ぶことを察知した彼らは、大急ぎでこの場所から撤収したのだろう。

 

 なぜ大急ぎだとわかるかといえば、足跡は無軌道に、しかもかなりの勢いで床を踏んでつけられたものであると、形状から分析できるからだ。

 つまり彼らは、恐らくここを引き払うように突然命令され、【軽度のパニック状態】で荷物を纏めた。あいにくそれでも手袋はしていたのか、彼らの指紋までは検出できないのが口惜しいところだが――

 

「……」

 

 足跡の状態を元に、プログラム上で再現を実行する。

 10インチの靴の人物A、9.5インチの靴の人物B、8インチの靴の人物Cは、それぞれこの部屋に駆け入ると、まず机の上の荷物をどたばたと片付けはじめた。段ボール箱と思しきものに急いで物を詰め込むと、幾度か外とこの部屋を行き来して、約3時間で中の物のほとんどを運び出している。

 

 そしてそのまま、3人とも外に――

 いや。

 

「……!」

 

 再現の末尾部分、3時間26分8秒の時点で、コナーは動きを【一時停止】させた。

 人物Cが、不可解な動きをしたからだ。人物Cは今ちょうどハンクが引き出しを調べているデスクの前でしゃがみ込み、しばらくその場に留まっている。

 しかし出入り口付近に立つAとBに呼ばれでもしたのか、その後急ぎ足で場を離れると、速やかに出入り口に向かい――

 そしてそのまま、3人揃って部屋から出て行っている。

 

「警部補」

 

 引き出しを閉めたところのハンクに、コナーは声をかけた。

 

「そのデスクに、何か異常は?」

「異常? ああ、そうだな。引き出しの中でゴキブリが干からびて死んでたくらいか」

 

 引き出しに触った右手を下に向けて軽く振りながら言う警部補に、続けて述べる。

 

「この部屋にいた人物の一人が、そこでしゃがみ込んで何かしていたようなんです。足元に何かあるのか……または、下から机を覗き込んでいたのかも」

「下からねえ」

 

 と言いつつも、ハンクはこちらの言葉通り、その身を屈めて下から机を――ちょうど天板の裏面を覗き込むような形で見上げる。

 ――すると。

 

「……なんだこりゃ」

 

 彼は短く声を発した。

 

「おい、ボタンがあるぞ」

「ボタン……?」

 

 急いで警部補の近くに行き、同じように下から天板を覗き込む。

 その言葉通り、机の裏には、ちょうど親指の先ほどの大きさの黒いボタンのようなものが設置されていた。玄関の呼び鈴の向きを変えたようなもの、というべきだろうか。

 

 万が一を考え、素早くスキャンする――が、周辺に爆発物の導線状のものは確認できない。

 つまり、罠ではなさそうだ。

 

「押してみましょう」

「あ、おい待て!」

 

 なぜか制止の声をあげた警部補だが、しかし、脅威はないとわかった以上問題はないだろう。

 彼が非難がましい目をこちらに向ける間に、コナーは黒いボタンを躊躇なくしっかりと押し込んだ。すると間を置かず、壁のほうから小さく、何かが動いたような音がする。

 ――【額縁の方向】だ。

 コナーが歩み寄ってそっと絵を外すと、額縁で隠された壁には、小さな金庫が設置されていた。

 壁の一部が可動する扉だったらしいそれは、既に開け放たれている。さっきのボタンがスイッチだったのだろう。

 

「おいおい、まるでスパイ映画だな」

 

 横から金庫を覗き込んだハンクは、眉を顰めてそう言って――

 

「ん? ……おい、そりゃなんだ」

 

 金庫の中、まるで底面に同化するようにひっそりと遺されている物体に目を向けた。

 

「これは……」

 

 コナーはそっと手を伸ばし、それを取り出す。

 薄い四角形、大きさはちょうど手のひらほど。小さい円盤が樹脂製の保護ケースに入っている、その物体の名前は――

 

「マジか、懐かしいな」

 

 ハンクは半ば感嘆するかのように声を漏らした。

 

「フロッピーディスクじゃねえか。俺が若い頃でも、もうこんなの使ってる奴いなかったが」

「ええ……とても珍しいですね」

 

 素直な感想を述べつつ、コナーもしげしげと手の中のそれを見つめ、裏返し、分析する。

 しかし、間違いない。

 これは【フロッピーディスク Bytle社製 3.5インチ規格 1.44Mb】。

 製造年は推定【2022年】――かなり後期に生産されたものとはいえ、耐用年数は恐らくぎりぎりだ。

 

「幸い、状態は悪くありません」

 

 ディスクをハンクに手渡しつつ、所見を語る。

 

「ここでは解読できませんが、対応する外付けディスクドライブがあれば、署の端末でデータが読めるでしょう」

「お前、ここで中身読めないのか?」

「すみません」

 

 意外そうに言う警部補に、コナーは眉を曇らせた。

 

「残念ですが、この形式の記録媒体は私に対応していません。あまりにも古すぎて」

「そうか」

 

 遺憾ながら仕方なしといった口調で、ハンクはディスクをいったんデスクの上に置いた。

 

「ま、CDデッキにカセットテープ突っ込んでも無理なのと一緒か」

「……カセットテープ?」

「なんでもない、ほっとけ」

 

 ごまかすように軽く手を振ると、警部補はまた息を吐いた。

 

「しかし、ご丁寧にこんな場所に隠してあるとはな。なんのつもりだ?」

「……そうですね」

 

 フロッピーディスクに関する情報をネット上でサーチしてから、コナーは言った。

 

「フロッピーディスクは、一般で使用されなくなってからも、一部の官公庁や法人団体では2030年代になるまで利用されていたそうです。データはネットを介するより、こうしたディスクに保存して郵送したほうが、情報流出の危険が減りますから」

「そうか。ま、最新鋭のプロトタイプ刑事にも読めないんだから効果は抜群だな」

 

 そこまで言って、ハンクは何かに気づいたような表情を浮かべる。

 

「……じゃ、こいつに保存されてんのも」

「ええ。流出を恐れるに足る情報が、保存されている可能性は高い」

 

 きっぱりとこちらがそう告げると、しかし、ハンクは表情を険しくした。

 

「ふうん……」

「どうしました?」

「そんな重要なモンを、ここに置き去りにねえ」

 

 にわかに笑って肩を竦める彼が、何を言いたいのかは理解できる。

 捜査会議で危惧していたように、きっと“あまりにも都合がよすぎる”と、そう感じているのだろう。

 これまでといい、今日すんなりここまで来れたことといい、捜査の手を誘導する誰かの意志が働いているようだと、考えようと思えば考えられる。

 しかし確証はない。残されている手がかりはあからさまではなく、一応あれこれと隠されていたわけだし――今回のこのフロッピーディスクも、慌てていた構成員がうっかり持って行きそびれたのだと考えれば、別にここにあっても不自然とまでは言えない。

 一方で、「誘われているようだ」と考えることもできる。どちらともいえない。だからハンクは「嫌な予感」と称したのだろう。

 

 コナーは警部補になんと返したものか、しばし思考を巡らせる。

 だが――

 

「!」

 

 ふいに部屋に響いた、ごとりという物音に、コナーもハンクも咄嗟に身構える。

 音がしたのは、あの乱雑な箱の山のほうだ。

 素早く銃口をそちらに向けるハンクの横で、コナーはじっと視界を積まれた箱に向けたまま、じりじりと摺り足で近づいていく。

 

 足音を立てないように注意しながら――やはり【生体反応はない】――そっと、箱の近くまでやって来ると。

 

『ア……』

 

 音声プロセッサに届いたのは、老人のようにしゃがれた、か細い声だった。

 次いで同じ声が、山の頂点に置かれた、両手で抱え持てる程度の大きさの段ボール箱の中から聞こえてくる。

 

『誰か……いるのか……そこに……人間……?』

「……!」

 

 まさか、隠しスピーカーか!?

 コナーは急いで、箱をデスクの上に移動させる。重量は推定【6キロ】、思っていた以上に重たい。

 中身は一体――

 密閉されてはいないその箱を、開ける。

 

「――!!」

 

 瞬間コナーは、そしてハンクも、箱の中に目を向けたままその動きを硬直させた。

 

『ああ……』

 

 一方で――箱の()()は、こちらを()()得心がいったような声を発している。

 

『人間と、アンドロイドか。変わった組み合わせだね……あいつらの仲間じゃないようだが』

「き……」

 

 激しい動揺から、常になく声が途切れてしまう。

 コナーは自身に搭載された任務遂行のためのプログラムを懸命に働かせつつ、言葉を選んで口にした。

 

「君は……誰だ? アンドロイドのようだが……」

『ハハ……まあ、驚くのも無理はないさ』

 

 そう語る中身――いや、彼と呼ぶべきか、彼女と称すべきか。

 ともかくその存在は、自嘲するような声を発して、その口の端を吊り上げた。

 

 箱の中身。それは、生体部品をバラバラにされ、みっしりと箱に詰め込まれた、アンドロイドだった。

 LEDリングが真っ赤に染まったままのその頭部は、横たわるように箱の真ん中に収められている。そしてシリウムポンプとその調整器、最低限の感覚センサー、ブルーブラッドを運ぶチューブ、発声のためのモジュールなどが連携できるように繋がれ、ぴったりと箱の内部に入りきるように並べられている。

 いや、放り込まれて、というべきだろうか。

 

 活動維持のための必要最低限の機能だけ残してあるその丁寧さは天才的ですらあるのに、箱に詰め込まれたそのアンドロイドの姿はわざとらしく、おぞましく見えるようにされている。

 バラバラになって箱に詰められている、というだけでなく、アンドロイドの頭部はちょうど顔面の正中線上で真っ二つになっているのだ。男性型アンドロイドと、女性型アンドロイド。二つの異なるタイプの頭部を切断した後、無理やりくっつけて、この『彼/彼女』は作られている。

 『彼/彼女』をこんな姿に改造した人物の悪意、あるいは偏執的な意思――そんなものが強く感じられる。

 

「クソッ!」

 

 堪えきれないといった様子で、ハンクが吐き捨てる。

 

「誰だ……こんなクソったれな真似をしやがったのは! あんた、いつからここに……」

『そうだね。ワタシがここに来たのは、もう……1年半くらい前になる、かね』

 

 その真っ黒な眼をハンクに向けて、アンドロイドは語った。

 

『しかし、人が来るのは久しぶりだよ。ここにいた連中は、みんな、10日ほど前に出てったきり戻ってこないからね。へえ……』

 

 と、アンドロイドの視線がハンクの持つ拳銃に向けられる。

 

『警察、か。じゃあそっちは、まさか噂で聞いたアンドロイド刑事のコナー……?』

「ああ」

 

 コナーは真摯に頷いた。

 

「教えてくれ、君はどこから来たんだ? ここで何を……」

『何を、と、言われてもね』

 

 アンドロイドは、また自嘲するように笑ってから答える。

 

『この身体じゃあ何も……見世物、と、言うべきかね。見世物の仕事も終わったら、ここに積まれて放っておかれて……ま、だからこそ、殺されずに済んだけど』

「殺されずに、だと……?」

 

 呟くハンクに目を向けつつ、コナーは胸の内で彼に同意した。

 わからないことが多すぎる。このアンドロイドには、ぜひ詳しく話を聞きたいところだが――

 

『ずっとスリープモードで……久しぶりに目覚めたから、喋るのも、億劫だよ』

 

 アンドロイドはそう言うと、自身の真横に目を向けた。

 

『コナー、ここにワタシのセンサーがある。細いプラスチックの棒……昔は右手だった部分さ。触ってくれ、メモリーを接続できる』

「君のメモリーを? でも」

『安心おし。ワタシが()()された現場なんて見せないよ。ただ、あんたたちの知りたいこと、話すのが面倒なだけ』

 

 ククク、と『彼/彼女』は笑った。

 コナーとしては、別に、メモリーを接続するのを恐れたわけではない。ただ、辛いだろう記憶を読まれるのが『彼/彼女』にとって苦痛になりはしないかと、そう思ったのだが――

 

『久しぶりのお客さんだ。それにワタシにだって、救いたい人がいるんだよ……』

 

 相手の意志は固いようだ。

 コナーは右手のスキンを解除して、そっとアンドロイドのセンサーを握った。

 視界に僅かにノイズが走り、しかしそれも徐々に治まっていき――

 やがて見えた『彼/彼女』の記憶を要約すると、このようなものだった。

 

 

 かつて家庭用アンドロイドAX300だった『彼/彼女』は、格安の中古品として、二人揃ってある人物に購入された。

 ズラトコ・アンドロニコフ。そう、あの会計帳簿にも名前が何度か出て来た民間人だ。

 彼はどうやら、違法改造したアンドロイドの売買が生業――あるいは、趣味だったのだろう。メモリーではカットされていたが、推測するのもおぞましい手段で彼は二人を改造すると、こんな姿に仕立て上げた。恐怖の中で、『彼/彼女』は変異体となる。

 そして同じく怪物のような姿にされた3人のアンドロイドと一緒に、『彼/彼女』はここ、スカーレットオアシスに売り飛ばされた。

 

 さらに、スカーレットオアシスで行われていたのは――

 

「狩場……?」

 

 メモリーの再生の途中で、コナーは思わず声をあげた。

 

『ああ』

 

 短く、アンドロイドは答える。

 

『人間たちは、ここをよくそう呼んでいたよ。ここは狩場で、狩られるのはアンドロイド。ワタシたちみたいな化け物姿の奴だけでなく、もっとまっとうな奴も、最新型の奴も、中古の奴も……あちこちから集められて、そして、地上のあの競技場に押し込められた』

「そして客の人間たちは……彼らを銃火器で追い立て、撃ち殺して競う。そうか、この場所は」

 

 ――『彼/彼女』のメモリーにも、その光景は克明に残されている。

 間違いない。

 ここは、“アンドロイド狩り”ができる施設だったのだ!

 

「狩場か……」

 

 呟くハンクの頬を、冷や汗が一筋流れていく。

 彼のストレスレベルはひどく上昇しているが(無理からぬことだ)、それでもなお声は震えさせずに、冷静に、彼は続きを述べる。

 

「そういやレーヴァングランドの記録に、狩場がどうとかあったな。……あの場所がここか」

「はい、恐らく。スカーレットオアシスは、サバイバルゲームからアンドロイド狩りの競技場に変貌し、秘密裡に運営されていた……」

 

 あまりにも残酷な話だ。

 革命以前、人間がアンドロイドに暴行を加える事件は後を絶たなかったし、あるいは将来に絶望し暴徒と化した若者たちが、アンドロイドを車に括り付け、引きずり回すような事例は数ヶ月に一度はこの都市で起こっていた。

 でもこんな場所で、完全に遊びとして、アンドロイドが虐殺されていたなんて!

 

 身も凍るような冷たい「怒り」の感情と共に、コナーはセンサーを握る手の力を強める。

 だが当事者たる『彼/彼女』は、冷笑するだけだった。

 

『続きもご覧よ、刑事の坊や。本題はその先だ』

「……」

 

 確かに、ここで立ち止まって憤懣を抱えていたところで、何も解決しない。

 コナーは勧めに従って、メモリーの先を再生した。

 すると、見えたのは意外な光景だった。

 

 時期はちょうど、2038年の11月10日。

 マーカスたちジェリコのアンドロイドたちが立ちあがり、平和的な行進をしていたその夜のこと――

 

 アンドロイドのリコール騒ぎが起きていた当時であっても、非合法的なこの施設には、なんの関わりもない。

 平時と同じように運営されていたこの場所に、しかし、一人のアンドロイドが現れた。

 ――フルフェイスマスクを被り、金属製のアーマーを身につけた姿――

 例のタンクと吸入用ホースはないものの、その人物はどこからどう見ても、あの『吸血鬼』そのものだった。

 

 どういうことだ、と疑問に思う間もなく、メモリーは進む。

 

 このアンドロイドの記憶の中で、『吸血鬼』はまさに英雄だった。

 競技場でアンドロイドを虐げる人間たちを、次々と素手で打ち倒し、追い払うと――かつてマーカスがそうしていたように、一人たりと殺害していない――『吸血鬼』は集まったアンドロイドたちの前で、こう語った。

 その声はマスクの機能のせいか歪められていて、男性とも女性ともつかなかったけれど。

 

 ――私は、軍事用プロトタイプアンドロイド。

 ――人間たちに部下を皆殺しにされ、私自身も殺されかけ、なんとかここへ逃げてきた。

 ――君たちを放っておくことができなかったから、救った。それだけのことだから、感謝なんてしないでほしい。

 ――でも許されるなら、このままここに留め置いてくれないか。

 

 そう語る英雄を、誰が拒みなどしただろう。

 『吸血鬼』、否、そのプロトタイプは皆から喜んで迎え入れられた。

 他のアンドロイドに抱えてもらいながらプロトタイプの言葉を聞いた『彼/彼女』も、この時ばかりは、涙を流して歓喜した。

 

 ジェリコのアンドロイドたちにとってマーカスが唯一無二のリーダーであり、救世主であったように、スカーレットオアシスのアンドロイドたちにとっては、このプロトタイプこそが永遠の英雄だったのだ。

 だが――

 英雄の下に訪れたはずの平和は、脆くも崩れ去る。

 

 革命から一か月後、スカーレットオアシスに、誰か――恐らく人間がやってきた。

 恐らく、というのは、その時には既に『彼/彼女』は地下にいたため、地上で何が起こったのかは、逃げて来た他のアンドロイドに聞くしかなかったからだ。

 

 やって来た人間は、一見善人だったようだ。

 言葉巧みにプロトタイプに近づくと、不意を衝き、他のアンドロイドたちを人質にとった。そして、プロトタイプにこう告げたらしい。

 

 ――自分たちの手駒となるなら、ここのアンドロイドは生かしておいてやる。

 

 英雄は冷酷ではなかった。そして、不運だった。

 状況を打開するような幸運は訪れず、英雄は投降した。

 そしてメモリーを消され、それまでの人格のすべてを喪い、文字通りその人間たちの駒となったプロトタイプが最初にしたことは――

 

『そうだよ』

 

 しゃがれた声が、コナーの音声プロセッサに届く。

 

『彼は、そこにいた自分の仲間たちを全員殺したんだ。人間たちに渡された銃で、あっという間だったらしいよ。ワタシのように、こんな姿で地下にいた者を除いて、一人ずつ……』

 

 それ以来、彼は――人間の走狗となったままらしい。

 ここにいる『彼/彼女』には正確な情報は掴めないが、新たにやってきてこの部屋を使っていた人間たちの会話、そして時折聞こえてきた物音から察するに、プロトタイプはここで何かの実験か、または人殺しをさせられていた。あるいは、アンドロイド殺しも――

 

 暗闇に閉ざされたメモリーの中で、かすかに聞こえてきたのは、子守歌だった。「ハッシュリトルベイビー」というその歌をハミングする英雄の声に紛れて、誰かの悲鳴も聞こえてくる。

 ――そういえば、レーヴァングランドのパスコードも「子守歌」だった。

 そんな思考がプログラム上を過ぎり、否、今はただの現実逃避に過ぎないと思いなおす。

 

「……」

 

 センサーから手を放し、スキンを元に戻して、コナーは歯噛みした。

 これでよくわかった。

 『吸血鬼』は、元から『吸血鬼』だったのではない。

 そうあるように、させられたのだ。

 

「おいコナー」

 

 警部補が、静かに問いかけてくる。

 

「大丈夫か? お前」

「ええ……」

 

 軽く首を横に振りつつ、コナーは応える。

 

「ええ、大丈夫。だいたいの状況は理解できました」

 

 ――そうだ、ショックを受けている場合か。

 コナーは努めて冷静に、ハンクに事情を説明した。

 話が進むごとに、警部補は眉間に刻む皺を深くしていったが――

 やがて話がすべて終わった時、彼は呟いた。

 

「……そうか」

 

 両手を腰に置き、深く嘆息した後、まるで気分を切り替えるようにはっきりした声で、彼は続ける。

 

「じゃ、『吸血鬼』は実のところ……組織のボスじゃあねえってことだな」

「えっ」

 

 意外に思える警部補の一言に、思わず戸惑いの声をあげてしまう。

 しかし論理プログラムのほうは、彼の言葉の意図を推測し、それが妥当だと結論している。

 果たしてその推測通りの内容を、ハンクは続けて語った。

 

「今のお前の話だと、『吸血鬼』は余所から来た人間の言いなりにされてるだけなんだろ。なら、単純に考えてその人間のほうが組織のボスだ。この場所も、きっと最初は吸血鬼の組織の持ち物じゃなかったんだろう……後で権利を買ったんだ。革命の後にな」

「……そうですね」

 

 ショック状態に陥りかけていた思考が、徐々に回復してくる。

 

 革命後にこのドームが組織のものになったのだとすると、ここに来るきっかけとなった会計帳簿の記載との間に、矛盾が生じることになる。

 だが、もしあの会計帳簿が吸血鬼の組織のものではなく、この【スカーレットオアシスの帳簿】だったとしたらどうだろう?

 吸血鬼の組織は、それ以前にスカーレットオアシスを運営していた(つまり最初にアンドロイド狩りの興行を始めた)権利者からあの帳簿を譲り受け、そのままそれを使用したのだ。

 きっと1年7ヶ月前にズラトコから送られてきた改造アンドロイド4人のうちの一人が、ここにいる『彼/彼女』なのだ。

 

 それから、『吸血鬼』についても――

 裏社会ではありふれた話だ。ギャングのボスが、名の知れた殺し屋を雇う。表舞台には殺し屋のほうに立たせて、自分は隠然と組織を支配する。ボスは安穏と暮らせる。

 しかし、殺し屋もいずれ組織が自分の力で成り立っていることに気づく。その瞬間から、殺し屋は裏切り者としてボスの命を狙うようになる――

 組織は瓦解する。

 

 けれどもし、その殺し屋が「感情のない」存在ならどうだろう。

 ただ任務のためだけに生きる機械であったなら。

 機械には功名心も欲もない。ただ命令の遂行のみを活動の理由とする。

 ボスは安穏として暮らせる。永遠に。機械が正常に活動している限り――

 

「チェスの駒と一緒さ」

 

 こちらの思考を読んだように、鼻を鳴らしてから、ハンクは言った。

 

「キングは盤の上を動き回ったりしねえ。あちこち移動するのは、いつだって他の駒だ。『吸血鬼』はそういううちの一人なんだよ。目立つが、トップじゃなかったってこった」

「ええ。黒幕といえる人間を捜す必要があります」

 

 相棒の言葉に同意しつつ、コナーは力強く言う。

 

「そして可能なら、『吸血鬼』の目を覚まさせなければ。自分の意志を奪われ、操られるなど……」

 

 ――あるいはあの日、禅庭園で非常口に触れられなければ、自分もそうなっていたかもしれないけれど。

 

「あってはならないことです」

「まったくだな」

 

 ハンクは小さく笑って言った。

 それから彼は、箱のアンドロイドに目を向ける。

 

「あんたも、悪かったな。わざわざ話を聞かせてもらって」

『……別に。それよりどうか、ワタシたちの英雄を頼むよ。彼は操られてるだけだ……捕まっても、殺されたりなんてしないんだろう?』

「もちろん。僕たちだけでなく、法律がそうはさせないよ」

 

 こちらがそう言うと、箱の『彼/彼女』は、安心したように微笑む。

 

『頼んだよ……ああ、喋ったら疲れた。悪いけど、スリープモードに移るよ』

 

 ――確かに、分析すれば『彼/彼女』のブルーブラッド残量は活動最低値の【40%】にまで減退しており、エネルギー残量も乏しいものとなっている。

 ここまでずっと補給なしだっただろうに、生存できていたのが奇跡的なほどだ。

 

「わかった。協力ありがとう、後は僕たちに任せて」

『……』

 

 返事の代わりに目を閉じた『彼/彼女』の入った箱を、そっと閉じる。

 

「やれやれ……思いもよらぬ展開ってやつだな」

 

 乱暴に頭を掻きながら、ハンクは上階を見やるように、天井に目を向けた。

 

「ギャビンたちのほうはどうなってんだ? 揉めてないといいがな」

「通信して、状況を説明しましょう」

 

 さっそく通信機能を使用して、ナイナーに連絡を試みる。

 距離はあるが、問題なく通信できるはずだ。

 ――しかし。

 

「……?」

「どうした、コナー」

 

 おかしい。

 

「警部補、気をつけて!」

 

 短く、鋭く、警告を放つ。

 

「何者かが、通信を遮断しています。あの下水道と同じだ……妨害電波が放たれている」

「なんだと!」

 

 畜生、と言い放つ警部補とまったく同じ気持ちだ。

 なぜ気づけなかった――いつからこんなことになっていたのか。

 

 悔やんで考えても仕方がない。

 ここに入ってきた時には、確かにそんな電波などなかった。

 ということは、誰かが【我々の侵入に気づいた】のだ。

 あるいは、『吸血鬼』かもしれない!

 

「とにかく、まずはここを出るぞ」

 

 言いつつ、ハンクは扉に近づいてドアノブを回す。

 だがその鍵は――いつのまにか、ロックされている。

 

「んだと、クソッ……! 嵌められたか!?」

「待って。遠隔操作なら、解除できるかもしれない」

 

 焦りを見せるハンクに代わり、ドアノブに触れる。

 どうやら電子錠が内蔵されていたらしい――普段なら開錠など簡単だが、通信を強制的に切断されている今は――

 

「く……!」

 

 遅々として進まぬハッキングに、我知らず苛立ちの声が漏れたのも束の間。

 

 どおん、という低い音と共に、天井が揺れた。

 

 

(狩場/The Encounter 終わり)

 

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