Detroit: AI   作:けすた

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第2話:帰還 後編/Welcome Back. Part2

――2039年5月10日 07:34

 

 

 現場に着いてみると、そこには見知った顔ぶれがいた。

 

 そびえ立つ廃ビルと廃ビルとの隙間で一本道に形成された、薄暗く細長い路地裏。

 通りに面した側には既に規制線が設置され、そのすぐ向こうにはクリス・ミラー巡査と、現場検証する幾人もの警官たち――それと、ギャビン・リード刑事がいる。

 

 コナーとハンクの姿を認めたクリスがほっと表情を明るくしているのに対して、ギャビンのほうは短く「ケッ」と吐き捨てると、再びその視線を遺体のほうへと向けていた。

 

 そう、向こう側に倒れている遺体は二つ。一つは人間。もう一つは、アンドロイド。

 

「クリス、状況は」

「はい、警部補」

 

 規制線の内側で待ち構えていたように、クリスははきはきと説明を始める。

 

「発見時刻は今日の午前6時50分です。周回していた警備ドローンが、路地裏に倒れている二人を検知して通報しました。すぐに駆けつけたんですが……」

 

 その時には既に事切れていたらしい。

 

「ドローンが通報? じゃ、目撃者はいないのか」

 

 ハンクの問いかけに、クリスは首肯した。

 

「そうです。この時間帯は近辺の通行人も少ないですし、ドローンの周回も頻繁じゃありません。監視カメラも設置されていないので、犯行を押さえた映像は見つからないでしょうね。それと」

 

 と、彼は遺体のほうを見ながら言う。

 

「身元は遺留品の身分証からわかりました。ロナルド・ソーク氏32歳、隣のアンドロイドはソーク氏が所有、いえ、彼の家に所属してるAP400です。財布からは金が抜き取られているようなので強盗目的の犯行ともいえますし、アンドロイドが殺されていることから、反アンドロイド派の仕業とも考えられます。ただ、ソーク氏の死体の状況が……」

 

 クリスは言葉を探している様子で続ける。

 

「ちょっと変わったことになっていて。きっとご覧になったらわかりますよ」

「なるほどな」

 

 そう言ったハンクは、ちらりとコナーのほうを見て続ける。

 

「またお前に頼るはめになりそうだ」

「お任せください」

 

 コナーは確信をもって頷く。

 遺体の詳しい状況はここからではよく分析できないが、近くにいけばわかることはきっと多くあるだろう。自身の捜査補佐専門モデルとしての機能は、こういう時のためにあるものなのだから。

 

 こちらの様子を見て、クリスはやはりどこか安心したようだった。彼は口を開く。

 

「じゃあ、また何かあったら呼んでください。ああ、それから」

 

 クリスは制服のポケットから、何かを取り出した。

 コナーに向かって差し出したそれは、一枚のコイン。

 

「これ、メルローさんからお前に返しておいてくれって。二人とも、すごく感謝してたよ」

 

 そう、朝方に強盗を制圧した時に使ったコインだ。わざわざ回収するまでもないかと思っていたのだが、どうやら、メルロー氏が厚意で拾っておいてくれたらしい。

 

「ありがとうございます」

 

 コナーが受け取ると、クリスは穏やかに言う。

 

「礼を言うのはこっちだよ。……では警部補、失礼します」

「ああ」

 

 ハンクが片手を上げて挨拶するのに合わせて、クリスは持ち場へ戻っていく。実のところ、市警が所有していたアンドロイド警官たちはその多くが変異体になったのを機に「退職」していってしまったため、これまで彼らに任せていた規制線の警備などを、人間の巡査がしなければならなくなってしまったのである。

 

 一方でコナーは、戻ってきたコインで早速キャリブレーションを行った。

 機体に生じている僅かな動きのずれを、コイントリックの動作の中で修正していく。同時に自らの思考プログラムを調整し、人間でいう「集中力」を高めるという意味がこの作業にはあるのだ――だから、別にコインで遊んでいるわけではない。

 警部補には今一つそれが伝わっていないようだが、ともあれ今日のハンクはコインを横から奪い取ることはせずに、それでも少し呆れたような顔で、静かにキャリブレーションが終わるのを待っていた。

 

 ややあってから、コインを袖の内側にしまう。

 

「お待たせしました、警部補」

 

 以前ならここでネクタイを直していたところだが、今はもう着けるのをやめている。

 

「いつでも行けます」

「よし」

 

 コナーはハンクと共に、静かに遺体に向かった。

 その様子を見て、ギャビンがゆっくりと近づいてくる。

 彼はこちらの行く手を塞ぐように立ちはだかると、にやにやと口を開いた。

 

「よう、酒臭(さけくさ)アンダーソンと仲良しロボット。今日もご苦労なこったな、え?」

「ああ、おかげさんでな」

 

 ハンクはあまりギャビンと会話する気もないようで、適当な返事しかしない。

 その隣で、コナーは落ち着いた態度で告げた。

 

「おはようございます、リード刑事。ところで警部補はここ56時間と38分間、アルコール類は一口も飲んでませんよ」

「へえ、そうかい」

 

 言い返されて鼻白むのかと思いきや、そうでもなく、ギャビンはさらに距離を詰めてくる。

 

「調子がよさそうで安心したぜ。だが、気をつけろよ」

 

 彼はコナーの額の真ん中を指さした。

 

「こんだけ物騒じゃ、いつ飼い主もろともブッ殺されるかわかんねえからな」

「ご忠告どうも」

「ケッ!」

 

 ()()()()()笑って礼を述べたはずなのに、それが気に食わないのかギャビンは再び吐き捨てると、そのまま規制線の向こうへと去っていってしまった。

 半年前といい今といい、こちらに対する彼の態度は相変わらずなどころか、ますます悪化しているようにも思える。

 振り返ってその背を見つつ、コナーはハンクに小さく問いかけた。

 

「……彼はなぜ警官になったんでしょう」

「ほっとけコナー、あまり関わるな」

 

 さっさと会話を打ち切って、ハンクは先へ進んでいく。

 しかし確かに、今は同僚の態度について話題にしている場合ではないのだ。

 

 

 遺体はすぐ目の前にあった。中肉中背の黒人男性のソーク氏と、白人男性型のアンドロイド。

 彼らの驚いたように見開かれた瞳はもはや何も映しておらず、凶行に遭った悲惨さと無念を、ありありとこちらに伝えてくる。

 ――胸にこみ上げる「感情」を今は押し殺して、コナーは、まずはソーク氏の遺体のスキャンと分析を開始した。

 

 だが実際のところ、クリスが語っていた「変わったこと」というのは、一見して理解できるものだった。

 ソーク氏は――彼は仰向けに倒れて亡くなっていたが――なぜかアンドロイド用のジャケットを羽織っているのだ。コナーも含め、変異体となる前の仕事に「復職」したアンドロイドたちの中には、以前と同じ制服を着たまま生活しているものも多い。しかし、人間であるソーク氏がこれを着ているというのは、クリスが言う通り奇妙な状況である。

 ちなみにこのジャケットの元の持ち主は、彼の傍らに倒れているAP400だと断定できた。

 

 同期させたデータベースによれば、ソーク氏は犯罪歴なし、職業は駅務員、この近くの古いアパートメントに一人暮らし。

 現金を抜き取られたとされる財布からは、彼のもの以外の指紋は検出されない。

 彼が腕につけているスマートウォッチは、盗られずにそのまま稼働中で、自宅からの移動距離を表示したままだった。このことと衣類に残った汗の痕跡、死後硬直の進行度から推測するに、どうやら、殺害された時にはジョギング中だったようだ。

 

 ソーク氏の胸元には一つ、至近距離から発砲された銃弾による大きな穴が空いている。スキャンの結果も示す通り、明らかな致命傷だ。その他に外傷はない。だが傷跡から流れ出たおびただしい量の血液が、ソーク氏の遺体を赤く染めている。

 

「死亡推定時刻は、今日の午前4時28分です」

「日が昇る前か。まだ暗い時間帯だな」

 

 そしてもう一人の被害者である男性型のAP400、彼の傷跡は苛烈なものだった。

 喉元に銃創が一つ、そして額にも銃弾による穴が空いており、これが中枢部を破壊したようだ――さっきギャビンが額を指してきたのはこのせいだろう。さらに、はだけたシャツから覗く鳩尾(みぞおち)にも穴が一つ。

 

 AP400の傷口からは、アンドロイドにとっての血液たる青い液体、ブルーブラッドが滲んでいる。それを確認したコナーはしゃがみ込むと、いつものように冷静に、右手の人差し指と中指を揃えて伸ばした。

 そして指でブルーブラッドのサンプルを採取すると、落ち着き払ってぺろりと舌で舐める。

 毎回やっている、その場での体液分析だ。後ろで警部補が「うぇっ」と小さく漏らしているのが聞こえるが、彼はそろそろこれに慣れてくれないものだろうか? こんなにも迅速かつ正確に、解を得られるというのに。

 

 舌に付着した化学物質は瞬時に解析・データ照合され、結果が視界の端に表示される。

 AP400のシリアルナンバーは#748 632 214、登録名はトーマス。警察のデータベースには、これまでにソーク氏との間にトラブルがあったという情報はない。革命の前後もソーク氏のもとにいたことから、むしろよい関係を築いていたのだと推測できる。

 

 それから、他の傷について――

 鳩尾の穴の正体はすぐに判明した。シリウムポンプ調整器を抜き取られた痕だ。

 シリウムポンプはブルーブラッドを溜め込んで循環させるという、アンドロイドの心臓部にあたる機能を持つ部品である。そしてそんな重要部品でありながら、メンテナンスを簡便にする目的から、誰にでも片手で容易に取り外せるようになっている。

 

 しかし抜き取られたはずのシリウムポンプそのものは――どこにも発見できない。

 転がっているわけでも、破壊されているわけでもない。忽然と姿を消している。

 ということは、【犯人が持ち去った?】

 理由は判然としないが、仮説としては成立する。

 

 するとハンクが、静かに問いかけてきた。

 

「コナー。アンドロイドの身体に、ブルーブラッドてのはどれくらいの量が流れてるもんなんだ? そう大した量じゃないのか」

「いえ」

 

 短く答えてから、説明を加える。

 

「ブルーブラッドは、アンドロイドの全体重の約8%を占めています。人間における血液と同程度ですね」

「なら、妙だな」

 

 警部補はAP400の遺体に視線を向けて続ける。

 

「これだけ傷を負ってて、なんでブルーブラッド塗れになってないんだ? こっちの人間の害者は血塗れになってるってのに。全部蒸発しちまったってのか?」

「……」

 

 ――確かに、ハンクの疑問はもっともだ。

 トーマスの傷口には、ブルーブラッドが滲んではいるが、しかし溢れるほど流れ出てはいない。

 これほどの大怪我ならば、当然、大量に体外に流出するはずだというのに。

 

「すぐに調べます」

 

 ブルーブラッドは数時間で蒸発し、そうすれば肉眼では見えなくなる。その可能性も視野に入れて、AP400の遺体とその周辺をスキャンした。

 しかし――

 

「どうだ」

「……傷口の周り以外に、ブルーブラッドはほとんど残っていません」

 

 銃で撃たれた時に飛び散ったのだろうブルーブラッドが、ほんの少し残存しているだけだ。

 次いで、トーマスの遺体そのものの内部をスキャンする。

 本来なら、まさに人間でいう血管のように、ブルーブラッドを各所の生体部品へと運ぶ管の中に、特有の化学物質であるシリウムが残っているはずだが――

 

「これは……?」

 

 想定外の結果に、疑問が口を衝いて出た。

 

 【シリウムの残留:なし】

 つまりトーマスの遺体からは、シリウムポンプのみならず、ブルーブラッドそのものがほとんどなくなっているのである。

 まるで、カラカラになるまで吸い取られたみたいに。

 

 結果をハンクに説明すると、彼は思い切り顔を顰めた。

 

「なんだ? じゃあ犯人が、わざわざブルーブラッドを根こそぎ持ってったってのか」

「この状況だと、そうだとしか」

「反アンドロイド派の連中でも、そんな妙な真似するなんて聞いたことないけどな」

 

 反アンドロイド派の団体はいくつかあり、中には非常に過激な思想を持つものもある。さらにそうした過激な団体の中には、誘拐したアンドロイドを残虐な方法で殺害し、それを見せしめとして公表することで、自分たちの主張を通そうとするものもあった。

 

 だがそんな団体は、ブルーブラッドのみを抜き取ったりはしない。たいていは、バラバラの遺体が青い血塗れになっているのを好むものだ――ハンクとコナーが先月、捜査の末に検挙したのもそういう団体だった。

 つまり今回は、単なる反アンドロイド派の犯行だとはいえない。

 むしろブルーブラッドそのものが、犯人の目的であるように思えてくる。

 

「もう少し調べてみます」

 

 警部補の了解を得てから、コナーはさらに現場を調査して回ることにした。

 まずは、ソーク氏とトーマスを殺害した銃の弾丸がどこに飛んでいき、埋まっているのかを確かめなくてはならない。弾丸を調査すれば使用された銃を特定できるばかりでなく、弾道の計算をもとに、犯人がどのような状況で彼らを殺害したのか、プログラム上で再現できる。

 

 そして結局、銃弾はさして苦労なく発見できた。

 ソーク氏を撃った弾は離れた位置のアスファルトの床に、そしてトーマスを撃った2発の弾は廃ビルの壁に。

 さらにその壁には、他にも3発の弾がめり込んでいる。すべて同じ回転式拳銃から発砲されたと判断できる弾だ。

 

 条件は揃った。

 プログラム上で物理演算ソフトウェアを起動して、犯行状況の再現を行う。

 

 それによれば――最初に撃たれたのはソーク氏だった。

 犯人は路地の影に潜み、向こうから走ってきたソーク氏の胸に一発、発砲する。ソーク氏は倒れ、数秒後に絶命。

 だが発砲の直後、犯人は途端に落ち着きを失っている。ソーク氏の隣にいたトーマスに対して彼は5発発砲しているが、うち最初の3発は大幅に狙いが逸れていた。4発目がトーマスの脳天を貫き、5発目が喉を撃ち抜く。

 そしてトーマスが倒れ、死亡する。犯人はそれを見届けると、トーマスの遺体に近づき、シリウムポンプを抜き取った。さらにソーク氏の遺体から、財布を抜き取って――

 

 再現できたのは、ここまで。

 だがこれで、現場で何が起こったのかある程度把握できた。

 

 そう――昨晩と今朝とは例年の5月の平均気温と比べて、かなり寒かった。

 だから説明することができる。

 ソーク氏の衣服の謎と、二人が殺害された理由については。

 

「警部補」

 

 鑑識に話を聞いていたハンクに、横から声をかける。

 

「わかりました。ソーク氏は、誤って殺害されたんです」

「誤って?」

 

 ハンクはこちらに向き直ると、やがて得心のいった表情を浮かべた。

 

「アンドロイドの服を着てたせいか」

「はい。今朝は例年になく冷え込んでいた……明け方前ならなおさらです」

 

 つまり、こういうことだ。

 ジョギングに出かけたソーク氏は、きっと外の寒さが予想外だったのだろう、トーマスからジャケットを借りて着ていたのだ。

 そしてそのせいで、犯人によってアンドロイドだと誤認された――アンドロイドのジャケットについている三角形のマークと腕章は、暗闇で青く光るように設計されている。暗がりにいた犯人には、それを着て向こうからやってくる人物が人間なのかアンドロイドなのか、区別できなかったのだろう。

 

 だからこそ、犯人は自分が射殺したのが人間だと知った途端に驚き慌て、パニックになった。犯人はトーマスを震える手で射殺すると、彼のシリウムポンプを抜き取り、さらにソーク氏の金を奪った――

 

「待て」

 

 説明がそこまで及んだ時、ハンクがこちらを制止した。

 

「人間の害者が間違って殺されたってのは納得できるが、そもそもなんだってアンドロイドを狙った? シリウムポンプを奪って、ジャンク屋にでも売るってのか」

「その点については、気になることが」

 

 コナーはハンクの目をまっすぐ見つめながら、続けて語る。

 

「警部補、あなたは先週言っていましたね。最近レッドアイスの末端価格が下落し、以前の水準に戻ってきているようだと」

「あ? ……ああ、そうだったか」

 

 ハンクは記憶が定かでないといった様子で視線を逸らしたが、薬関連の情報を彼が忘れるはずはない。もともとはレッドアイス対策の捜査チームで名を上げたアンダーソン警部補は、チームを退いた今も、確かな情報網を持っているのだから。

 

 それにたとえ彼がこれまでの数年間、捜査への情熱を失い、違法薬物に汚染されきった世の中を諦めと嘲笑を以て眺めていたとしても、その本性である「良い警官」としての勘を保ち続けている点については、疑いようがないのだ。

 その証拠にハンクは、すぐにこちらの発言の真意に思い至った様子で、はっと目を見開いた。

 

「おい、ちょっと待て。まさか」

「そうです」

 

 コナーは短く頷いた。

 

「犯人の目的は、シリウムポンプに内蔵されたブルーブラッド。そして、そこに含まれているシリウムです。レッドアイスを精製するために」

「おいおい、冗談だろ」

 

 とハンクは言うが、決して冗談だとは思っていないようだった。

 

「……なるほどな。売人どもが昔からよく言ってたよ。『青い血から赤い氷と緑の金』ってな」

「ええ。以前は今と違い、廃棄されたアンドロイドは、すべてそのまま捨てられていましたから」

 

 半年ほど前までは、廃棄処分となったアンドロイドたちはまさに「燃えないゴミ」として、埋められるでもなくゴミ捨て場へと運ばれ、放置されていた。

 すなわち彼らの機体のパーツやブルーブラッドなどは、廃棄場へ行けば簡単に無料(タダ)で手に入るものだったのである。

 

 そしてレッドアイスの主成分には、ブルーブラッドと同じシリウムが含まれている。シリウムの持つ、人間のホルモン分泌を異常にする効能が、レッドアイス特有の多幸感を生むのだ。

 

 このことを踏まえて、コナーはさらに続ける。

 

「レッドアイスの製造業者や売人たちは、これまでは廃棄場に行きさえすればシリウムを手に入れられた。しかし『アンドロイド保護条例』施行以来、廃棄場は様変わりし、死体はすべて適切に埋葬されるようになりました」

「それでシリウムを手に入れるにも金がかかるようになったから、レッドアイスの値段は上がってた。それが今になって……」

 

 ハンクは乱暴に自分の頭を掻いた。

 

「そうか。どこかのクズ野郎が思いついたんだな。ヤク中どもを煽ってブルーブラッドを持って来させれば、もっと安く薬を作れるって」

「今朝私が制圧した強盗たちも、薬欲しさによる犯行でした。そして今回の犯人も、ブルーブラッドと金銭を奪っている」

 

 つまり、レッドアイスが事件の引き金になっている。

 

「クソッ」

 

 吐き捨てると、ハンクは目を伏せた。

 ――かつて彼の幼い息子が命を失う原因の一つとなったレッドアイスが、今また人の命を奪っている。その事実に警部補が心を痛ませているのだろうことは、痛みを感じない身体を持つコナーにも、強く伝わってくる。

 

 しかしややあってから、ハンクは視線を上げて口を開いた。

 

「……だが、それならブルーブラッドが『吸い取られてた』ってのはどうなる。犯人はどんな手品を使ったってんだ?」

「その点については、まだなんとも」

 

 コナーは正直に答えた。

 

「私のプログラム上の再現では、犯人がシリウムポンプと金銭を奪ったのは確認できました。しかし、どのようにトーマスのブルーブラッドを回収したのかまでは」

「全部吸い取るなんて芸当、道具でもなきゃ無理だな。お前の再現とやらじゃ、犯人は銃以外持ってなかったんだろ?」

「ええ」

 

 推理はまだ不完全だ。

 ――何か見落としていることでもあるのだろうか?

 

 そう思ったコナーは、しばし周囲を見渡し――

 

「あれは……」

 

 2メートルほど離れた場所、廃ビルの無骨なアスファルトの壁ぎわの雑草(【オーチャードグラス 学名:Dactylis glomerata】)。

 その緑の葉の裏、そして地面の上に、ごく小さいながらも、青い点を発見した。

 ただの染みではない。ブルーブラッドの痕跡だ。

 

 急いで近づき、蒸発を免れてほんの僅かに残っていた液体を指先に採ると、再度舌の上で分析する。

 その結果――

 

「……!」

 

 瞬間、視界の端に広がる膨大なまでの量のデータに、コナーは思わず目を見開いた。

 

【ブルーブラッド JB300型 #745 675 213 失踪届――2039年4月7日】

【ブルーブラッド CX100型 #740 897 436 失踪届――2039年2月11日】

【ブルーブラッド WB200型 #654 721 559 失踪届――2039年3月13日】

【ブルーブラッド EM400型 #529 014 833 失踪届――2038年9月27日】

【ブルーブラッド YK500型 #632 824 117 失踪届――2038年11月10日】

【ブルーブラッド AK700型 #773 299 125 失踪届――2039年5月3日】

 

 情報はその後も続き、合計で34件もの数になる。

 

 つまりこのブルーブラッドの僅かな一滴は――34人のアンドロイドの血が混ざってできているのだ。しかも、失踪届が出されている者ばかり。

 

 例の革命以前も、革命後の今も、自由を謳歌するために所有者の元を離れるアンドロイドたちは後を絶たない。そうしたアンドロイドたちは、警察のデータベース上ではすべて一律に「失踪」としてカウントされる。

 そして現在では所有者である人間の側でも、「自由意志で離れていったのならば、わざわざ行方を捜すことはない」と考える風潮があった。今回の事件が起こるまで被害が発覚しなかったのはひとえに、自発的な旅立ちと人為的な失踪とが区別されていないせいだ。

 つまり彼らは人知れず血を奪われ、あるいは殺されていたが、それに誰も気づけなかったのだ。

 

 しかも34件目の情報は、【ブルーブラッド AP400型 #748 632 214】。

 だから紛れもなく、トーマスのブルーブラッドもこの中に入っている。

 

 さらに飛沫の状態から判断するに、このブルーブラッドは、【5メートル程度の高所から落下して付着した】可能性が高い。

 

 コナーは、ゆっくりと廃ビルの壁を見上げた。自身の身長よりもさらに上方、次いで向こう側の壁の上方にも視線を向ける。

 それから再び、プログラム上で現場の再現を行い――

 

「おい、何かわかったのか」

 

 腕組みしながら待っていてくれた警部補に、コナーはかいつまんで説明した。

 このブルーブラッドの染みは、相当数のアンドロイドの血が混ざってできていること。

 それから――

 

「警部補、一つお尋ねしますが」

 

 廃ビルの壁に視線を向け、問いかける。

 

「一切の道具を用いず、この壁を自分の脚力だけで蹴り上げながら登る……という行為について、どう思われますか」

「悪いが、ニンジャは専門外だ」

 

 ハンクは肩を竦めて応えた。

 要するに、「人間業ではない」という意味だろう。その点は、コナーも同感である。

 たとえアンドロイドであったとしても、そのような動きができる者はほとんどいないだろう。例えばコナー自身も、足掛かりのないこの壁を、自分一人の力で登攀するなど不可能に近い。

 ――しかし。

 

「手がかりが不充分なため、大まかな再現にはなりましたが、わかったことがあります」

 

 廃ビルの壁の遥か上方、屋上を指さして続けた。

 

「ブルーブラッドを奪った人物は、殺人犯が立ち去った後にここを訪れています。そして道具を用いてトーマスの鳩尾の穴からブルーブラッドを吸い上げると、自身の脚力だけでビルの壁を蹴り、向こう側の壁へ跳び上がり」

 

 道の反対側の壁を指す。

 

「さらに壁を蹴ってこちら側へ……また壁を蹴って向こうへ、というように、ジグザグに跳びながら屋上に向かっています」

「…………本気か?」

「はい」

 

 深く頷いた。

 

「壁上方の何ヶ所かに、地面の土とともに僅かながら足跡が付着しています。分析の結果、靴は量販店で広く売られているものだったので、人物の特定は難しいでしょうが……足跡の動きを元に演算して、その人物が所持し使用した道具の形状はおおよそわかりました」

 

 困惑の表情を浮かべている警部補に対し、説明を続ける。

 

「バキュームポンプです。吸込み口は筒状で、タンクの大きさは体積が約25リットル、高さ約1.1メートル。背中に負って移動しているようですね」

「もういっぺん聞くが、本気で言ってんだよな」

「もちろんです」

 

 ハンクは深くため息をついてから言う。

 

「まあ、お前のことだ。何かの間違いってこともないんだろうが」

 

 彼は廃ビルの屋上を見上げた。

 

「日の昇る前に血を吸って、路地裏を飛び回って、目立つ格好してるくせに誰にも目撃されずに逃げていくってのは……まるで吸血鬼だな。どうしろってんだ? 十字架とニンニクでも持ってこいってか」

「木の杭のほうが効果的かもしれません」

「あのな、持ってくるなよ」

 

 わかってますよ、と断ってから、ハンクと同じく屋上を見上げる。

 

 ――【殺人犯】と【血を奪った者】。二名が別々に関わって、この事件が成立したのは判明した。

 しかし、両者の行方は何処とも知れない。

 せめてカメラに映像が残っていたならば、とも思うが、犯人はこの近辺に監視カメラやドローンの存在がないからこそ、このような行動を起こしたのだろう。

 では、こちらの次の手は――

 

 考えていると、ふいに、警部補が口を開く。

 

「ま、ニンジャ吸血鬼のほうはさておきだ。殺人犯のほうは慌ててるあたり、ただの人間みたいだからな。探せばどっかに手がかりがあるだろ」

「どうやって探すんです?」

 

 問いかけに、彼はこちらを向き、にやりと微笑んで応える。

 

「こういう時は昔からの方法で攻めるもんだ。聞き込みするんだよ、ここを使ってな」

 

 そう言うと、自身の右太ももを軽く叩いて彼は踵を返す。

 なるほど、確かに――こうなっては、ハンクの意見が正しいようだ。

 

 

***

 

 

 コナーとハンクは、現場の検証を終えた後、数日かけて周辺への聞き込み調査を行った。

 

 クリスが語っていた通り、直接の目撃情報は得られなかったが、その代わりに、殺人犯に繫がる有力な情報を手に入れることはできた。

 近辺に住むアンドロイドたちのうち何人かが、人気の少ない場所でナイフを持った若い男に襲われかけたことがあると証言したのである。

 もっとも、そのアンドロイドたちはすぐさま走って逃げたり、たまたま他の人が通りかかったりしたので、難を逃れていたようだ。

 

 聞き込みをした相手の一人、女性型のアンドロイドは言う。

 

「最近じゃ、私たちを見て悪口を言ったり、殴りかかるふりをしたりするような人間はそう珍しくないでしょう。だからその男も、てっきりそんな人間のうちの一人なんだと思っていたわ」

 

 同意を得たうえで、襲われた彼女らのメモリーを読ませてもらったところ、襲撃未遂犯は同一人物だと断定できた。

 このことから、一つの仮説が生まれる――つまり殺人犯は、アンドロイドを殺してシリウムポンプを奪おうとして、何度か失敗を重ねていたのだ。

 そこで銃を手に入れた後、人気も少なく監視カメラもない路地裏に潜んで、犯行に及んだということなのだろう。

 

 それから、もう一人の「血を奪った者」についても――

 近所の商店で働いているMP500型のアンドロイドから、情報を得ることができた。

 MP500は語る。

 

「ブルーブラッドを狙う奴? ああ……うん。心当たりあるよ。僕は昔、北のトラバースシティの農家にいたんだ。革命から一ヶ月経つ頃まで、ずっとそこで暮らしてたんだけど……その時近所で、妙な事件が起きて」

 

 ――妙な事件とは何かと尋ねると、彼は応えた。

 

「夜中のうちに、仲間が誰かに血を全部抜かれて死んでいたんだ。それを見た他のアンドロイドが、『吸血鬼』の仕業だ、カナダで3週間前に起きた事件と手口が同じだって言いはじめて……でもその時の僕は、きっと人間が、ただの嫌がらせで僕たちを傷つけただけだって思ってたんだ。そうしたら」

 

 彼は悲しげに続ける。

 

「三日後、そのアンドロイドも同じように死んでしまった。なのに、トラバースシティの警察はアンドロイドの事件なんてまともに捜査してくれなかった。僕は怖くなって……だから、マーカスのいるデトロイトまで来たのに。まさか、ここでも起きるなんて」

「……そうか。話してくれてありがとう」

 

 コナーは、MP500を元気づけるように言った。

 

「心配しないで。犯人は、僕たちが捕まえるよ。もしどうしても不安なら、ジェリコに連絡するといい。きっと、安全な場所を用意してくれるから」

 

 力なく頷くMP500を残して、コナーとハンクはその商店を後にした。

 

 

 ――停車中の警部補の車内に戻ってから、コナーが口を開いた。

 

「聞き込みの結果、殺人事件の容疑者のほうは、行動圏をかなり絞れましたね。それに得たメモリーの内容から、外見情報も入手できました」

 

 アンドロイドたちへの襲撃未遂事件を起こしていた人物は、顔認証によれば氏名はミック・エヴァーツ。27歳、住所不定無職、薬物乱用と傷害罪での逮捕歴あり。

 この殺人事件における重要参考人といえる。

 

「ああ。それと、トラバースシティの警察が無能揃いだってのもよくわかったな」

 

 ハンドルに肘をつくようにしながら、ハンクは苦々しげに言った。

 

「北でもうちょっと頑張っていてくれりゃあ、こっちは事件も起きなかったかもしれねえのによ」

 

 まあ、ぼやいても仕方ねえか――と、彼は鼻を鳴らす。

 

「それはともかく、殺しのほうだ。奴がトーマスのシリウムポンプを持ってった()()()を貰えてたとしても……そろそろ、禁断症状が出てくる頃だな」

「ええ。味を占めて、再び同じような事件を起こさないとも限りません」

 

 レッドアイスは依存性が非常に高く、服用をやめると短期間で激しい禁断症状に見舞われる。そしてその苦しみから逃れるためには、またレッドアイスを服用するしかないのだ。

 となれば、犯人はブルーブラッド欲しさに、再度アンドロイドたちを襲うかもしれない。

 ――そうなる前に、捕まえなければならない。

 

「目撃情報と、監視カメラを避ける犯人の傾向を勘案すると、次の出現地域を予測できます」

 

 コナーは左手のひらのスクリーンに地図を表示して、隣のハンクに見せる。

 

「再開発地区のちょうど西端に、市民公園があります。大規模な整備工事中なので人気もなく、監視カメラもほとんど機能していない」

「けど整備工事には、アンドロイドだけが大勢駆り出されてるわけか。なるほど、そりゃいかにもだな」

 

 警部補は納得した様子だ。

 左手のスクリーンを消すと、コナーは彼に向かって、少しだけ首を傾げて問いかける。

 

「ですから、こうするのはどうでしょう。私が公園をわざと歩いてみるんです、一人で」

「はあ!?」

 

 目と口を大きく開いて驚愕するハンクに、コナーはなおも静かに語った。

 

「もちろん、工事現場のアンドロイドたちには事前に退去しておいてもらいます。犯人を釣りだせればそれでいい」

「おいコナー、何言ってんだ!? 囮になるってのか、お前が?」

「それが一番効率的でしょう」

 

 薄く微笑んでから、続ける。

 

「大丈夫、ヘマはしません」

「……相手は銃を持ってんだぞ」

「私は最新鋭のプロトタイプですよ」

 

 そう言ってコナーがにこやかにウインクすると、ハンクは盛大にため息をついた。

 

「……お前は『頑固者』ってプログラムでもされてんのか?」

「そんなことはないと思いますが、製造元に問い合わせてください」

「たく……」

 

 頭を振ると、警部補はハンドルを握る。

 

「とにかく、一度署に戻るぞ。今晩やるにしろ、準備が必要だからな」

「はい」

 

 返事に合わせて、ハンクが車を動かした。

 その言葉通り、きっと今夜中には、作戦が決行されることだろう。

 もしかしたら何日間か繰り返し網を張るはめになるかもしれないが、それは問題ではない。

 今はまず、ソーク氏とトーマスの命を奪った犯人を捕まえなければ。

 もしかしたらそれが、『吸血鬼』の正体を探る手がかりになるかもしれない。

 

 胸の内にある、何か熱い「感情」――任務に対する忠誠心よりももっと強い、使命感とでも呼ぶべき熱意を、その時のコナーは、しっかりと覚えていた。

 

 

***

 

 

――2039年5月13日 23:07

 

 

 温い風が、弱く吹いている。

 遠く木立のざわめきが微かに音声プロセッサに届いているが、それ以外は自分の足音しか聞こえない。

 

 作戦通り、コナーは今、市民公園の道を一人で歩いている。

 横を通り過ぎていくのは、まばらに設置されたゴミ箱ばかり。

 格好はいつもと同じ、武装はしていない。

 当然腕章と胸のマーク、LEDもそのまま青く光っているから、この暗がりの中では自分の姿はさぞ目立つことだろう。

 

 監視カメラは、設置されてはいるが、案の定この広い公園をカバーしているとはとてもいえない。

 だから犯人にとってみれば、やはり、ここはよい『狩場』に思えるに違いない。

 

 ハンクには、他の応援の警官たちと一緒に、周囲を警戒してもらっている。

 ――作戦開始の直前まで、彼には、何度も銃を携帯するように勧められた。

 

 

「コナー。ほら、持ってけ」

「お気持ちはありがたいのですが、受け取れません」

「自衛のためだ」

 

 あの時、やや語気を強め、ハンクは予備の拳銃のグリップをコナーに押しつけるように差し出した。

 

「お前、まさか今さらアンドロイド法に引っかかるから駄目だとか言うつもりか? あんなもん、お前たちが身を守る権利のことなんて一切考えてないクソ法律だろうが」

「そうであっても、法は法です」

 

 やんわりと、銃を警部補のほうへ押し戻す。

 

「それに私は、できるなら、これは使いたくないんです」

「アメリカの警官がそれを言うのか?」

「もうこれまでに充分、銃は使いましたよ」

「……」

 

 ハンクは観念したように銃を引っ込めた。

 

「……無茶するなよ」

 

 彼が最後に伝えてくれた言葉はそれだ。

 そしてもしかしたら、ハンク自身は気づいていないかもしれないが――その言葉だけで、自分にとっては充分なのだ。

 

 

 そうして、静かに歩きはじめてから1時間ほど経過した頃――

 公園にいくつかある出入口のうち、人通りの少ない道に面したところを通りかかった後。

 音声プロセッサが、背後から忍び寄る足音を感知した。

 

 方向はご丁寧に真後ろ、一応慎重に歩いてはいるようだが、それでも禁断症状による興奮状態は抑えきれないようで、その息は荒い。

 

 そして、聞こえる――

 金属的な、撃鉄を起こす音。

 

 瞬間、コナーは素早く振り返り、身を屈めてスライディングした。

 頭上を銃弾が飛んでいく。

 そして驚愕した表情の人物――そう、あの情報の通りミック・エヴァーツは、銃を構えたまま固まっている。

 その白目は充血し、真っ赤に染まっている。重篤なレッドアイス依存患者特有の目だ。

 

 ということは――

 

「あ゛ああああああっ!」

 

 極度の興奮状態にあるミックは、喉が張り裂けんばかりに叫んだ。

 もはや善悪どころか、自身のパニックすらも自覚できないらしい。

 彼はそのまま、持っている銃を乱射する。2発、3発、弾が宙を裂いていく。

 

「……!」

 

 銃口の向きから弾道を計算し、コナーはそれらを避けていった。

 ――相手の狙いは甘い。が、近づきづらい。

 スライディングして距離を稼いだのに、まだ制圧するには遠すぎる。

 しかしミックの持つ銃はリボルバー、弾は6発しか装填できない!

 

 そして、ほぼ同時だった。

 ミックの6発目の弾がコナーのジャケットの裾を掠めるのと――

 コナーがミックにあと数歩のところまで肉薄するのと――

 

「銃を捨てろ!!」

 

 ミックの背後数メートルのところに、銃を突きつけたハンクが駆けつけたのとは。

 

「ひっ……!?」

 

 恐怖を前に、興奮状態がやや収まった様子のミックは、小さく悲鳴をあげて銃を足元に取り落とした。両手を腰の高さまで挙げた状態にすると、彼は震えながらゆっくりとハンクのほうへ振り返る。

 

「クソっ、なんだ、サツとグルだったのかよ……!」

「コナー、こいつがミックか?」

「はい、警部補」

 

 揺るぎなく銃を構えたまま問いかけてきた警部補に、頷いて答える。

 

「分析によれば、地面に落ちている銃は、ソーク氏およびトーマスの殺害に用いられたものと同じです」

「そうか、なら」

 

 ハンクはミックに対して言った。

 

「てめえには聞きたいことがある。たっぷり話してくれよ」

「クソ……クソっ、なんだよ、クソっ!」

 

 震えを激しくしながら、ミックは毒づく。

 その手が、ゆっくりとズボンのポケットへと伸びていく――

 

 ――こいつ、銃を()()持っている!

 

 当然ハンクもそれに気づいた様子で、警告を発そうとしている。

 だがミックにしてみれば、それよりも先に二つめの銃で警官を撃ち殺せるつもりなのだろう。

 そう、もしかしたら、その試みは成功するかもしれない。

 

 だから、それより先に――

 

「動くなっ!!」

 

 周囲に響き渡るほどの大声で、鋭くコナーが発した一言とともに、ミックはきっと、感じたことだろう。

 自分の後頭部に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ひぎっ……!」

 

 ミックは今度こそ動きを止め、本気の悲鳴を漏らした。

 

「クソっ、こいつっ……! ア、アンドロイドのくせに、銃なんて持って」

「静かにしろ、抵抗するな。でないと」

 

 冷酷な声音で告げながら、手にしているものをさらに強く頭に突き付けると、相手は小さく息を吞んだ。

 

 そして、その数秒ほど後。

 やってきた警官たちによって、ミック・エヴァーツは現行犯逮捕されたのである。

 

 

「……ああ、やれやれ」

 

 ミックが手錠を嵌められ、連行されるのを見届けると、ハンクはようやく手にした銃をホルスターにしまった。

 

「コナー、お前……大丈夫か?」

「ええ、無事です」

 

 相棒に近づくと、コナーは穏やかに言う。

 

「ほら、心配いらなかったでしょう? きっとあなたなら、私の合図に気づいてくれると思ってました」

「だからって、公園の監視カメラ全部ハッキングして、メッセージ送るやつがあるか」

 

 はあ、と深くハンクは息を吐く。

 そう――コナーはミックが来た時、監視カメラの映像をハッキングして現在の自分の座標を送っていたのだ。

 お蔭で監視カメラをチェックしていたハンクが、いの一番に駆けつけることができたわけだが――

 

「そうだ、お前! 結局、銃を持ってきてたのか。さっき……」

「ああ、いえ、違いますよ」

 

 そう言って、コナーは右手に持っているものをハンクに見せる。

 

 それは――コーラの空き瓶だった。

 

「後ろ頭に突き付けられたのでは、銃かどうか判別できないでしょうね」

「……」

 

 呆れ顔のまま無言になっているハンクの前で、コナーはにっこりと笑うと、後ろ手に空き瓶を放り投げる。

 ほどなくして瓶は、後方のゴミ箱の中にがしゃんと落ちていくのだった。

 

 

***

 

 

 結局――二人を殺害した犯人は、こうして逮捕できた。

 しかし『吸血鬼』のほうは、ようとして行方が知れない。

 

「ひょっとしたら、ミックは吸血鬼とお友達かもな」

 

 署へと戻る車中で、ハンクはそう語った。

 

「もしそうなら、話が早い。何、そうじゃなくても相手はデカいタンクを背負ってんだ。そんな目立つ奴、いずれ見つかるさ」

「ええ……そうですね」

 

 真摯に警部補にそう同意しつつも、コナーは、胸中にふと、ある疑念が広がるのを感じた。

 

 そう、ミックと違い、『吸血鬼』は明らかに人間業ではない行動をとっている。

 だがもし、特殊なアンドロイドなら――例えばコナーよりも遥かに優れた運動性能を持ったアンドロイドならば、それも可能ではないか?

 もしかしたらアンドロイドを襲う吸血鬼は、同胞なのではないか――

 

 ――否。今はまだ手がかりもなく、論理的な推論にはほど遠い。

 憶測など、捜査においてはなんの役にも立たないのだ。

 それに――

 

「ま、あれだ」

 

 視線は進行先に向けたまま、ハンクは微かに笑んで告げる。

 

「よくやったな、コナー」

「……ありがとうございます」

 

 そう、たとえ未だ謎は残っているとしても。

 一つの事件を解決に導いたことは確実なのだから。

 

 相棒にそう教えられたような気がして、コナーはゆっくりと機体の力を抜き、助手席の背もたれに身を任せたのだった。

 

 

(帰還/Welcome back. 終わり)

 






 私は刑事ドラマは海外ものをいくつかしか見たことがないのですが、そういうドラマってたいてい、短編連作ものでも、シリーズ全体を通しての謎的なものを用意してありますよね。例えば『名探偵モンク』だったら、奥さんを殺したのは誰か、とかそういう。

 この作品でもそういうのをやってみたかった(真似したかった)ので、この展開になりました。

 あとはコナーが犯人を瓶で脅す展開を思いついたら! 書きたくなった! それだけです!!(RK800風味)
 お話はまだまだ続きます。
 ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
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