Detroit: AI   作:けすた

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第22話:港湾 後編/The Chaser Part 2

 

――2039年6月7日 09:31

 

 

 デトロイトのミッドタウン地区――ウッドワード通り沿いにそびえ立つ複合ビルの一角に、マーサ・ガーランドの事務所はあるという。

 近くの駐車場まで車で乗りつけたギャビンは、今日も今日とて無表情極まるポンコツ備品を連れ立って、目的の場所まで徒歩で向かっていた。

 

 この近辺は美術館などのアート関連の施設や、レストランなどが並ぶせいか、街並みも整然としている。道を行くのは身なりの清潔な連中ばかりだし、石畳の道路の上にはゴミ一つない。ところどころに植えられた街路樹の緑も、街全体に和やかな印象を与えている。

 晴れた空、穏やかな朝の陽光もまた、付近に漂う雰囲気を柔らかにしていた。

 

 そしてギャビン・リードはといえば――もちろん、こういう街並みが大嫌いである。

 いかにも取り澄ました、“芸術的”な、お高くとまった感じの場所なんて、息を吸うだけでもムカついてくる。

 ただでさえ今日は、初っ端から不愉快極まる気分になっているというのに――よりにもよって聞き込み先がこんなところにあるなんて、さらに最悪だ。

 

 吸血鬼野郎の落とした人形について――つまり、吸血鬼とマーサという女との繋がりについての調査が、必要だというのは理解している。

 こっちだって、あの軍用殺人アンドロイドにさんざんコケにされたのだ。きつい落とし前をつけてやらなければ、気が済まない。

 けれどその捜査に、あのハンクの命令で、という理由がくっついているのがムカつくのだ。

 しかも今朝の()()()。ああ、思い出すだけでさらにむかっ腹が立ってきた。

 

 そういうわけで、現在のギャビンは、すれ違う善良な人々が思わずぎょっとするくらいに険しい目つきで、口元を歪ませ、鋭利なナイフのごとき剣呑な気配を周囲に撒き散らして歩いている。

 ――畜生、これで無駄足だったら容赦しねえ。

 イライラしながら数メートル進んだところで、大人しく後ろをついて歩いていたはずのポンコツ野郎が、すたすたと足早に隣に並んでくる。

 こちらの横を歩きながら、器用に身を屈めると、奴は短く呼びかけてきた。

 

「リード刑事」

 

 無視して目を逸らそうとしても、相手は足を止めずに、わざとこちらの視線の前に出るように身を動かしてくる。――うざったいことこの上ない!

 

「ああ、なんだよてめえ!」

 

 ついに立ち止まったギャビンは腹立ちまぎれに叫んだ。

 備品はそれを受けて同じく立ち止まると、例によって定期的に瞳を瞬かせながら、静かに口を開く。

 

「朝のミーティング直後より、ストレスレベルの著しい向上を感知しています。ご不調ですか?」

「は……?」

 

 ――不調だと?

 苛立っているのは確かだし、それをアンドロイド流に言えば「ストレスレベル」がどうこうという話になるのかもしれないが――

 

「は、さすがお賢いポンコツロボット様だな」

 

 わざとおどけた口調でギャビンは応える。

 

「てめえに心配されるほど落ちぶれちゃいねえよ。朝っぱらからこんなとこに来させられて、イラついてるだけだ」

「……その理由に併せて」

 

 また歩き出そうとした背に、ポンコツアンドロイドの声が届く。

 

「アンダーソン警部補の立案した作戦が、今朝がた署長に正式採用されたことが理由なのでしょうか」

「言うんじゃねえ、クソッたれ!」

 

 お利口に全部言ってのけたロボット刑事に再び食ってかかるものの、相手は突きつけられた人差し指をじっと見つめるばかりだ。

 

「アンダーソン警部補の過去の功績と立案された作戦の精度を考慮すると、ファウラー署長による採用は妥当と判断します。私も兄さんから……」

「言うなっつっただろうが。いいか……次に余計な口叩きやがったら、お前のケツ蹴り上げるぞ」

 

 声を低めて脅し上げると――もっとも、奴の固いケツに本気で蹴りを入れれば、折れるのはこちらの足かもしれないが――ギャビンは、ズボンのポケットに両手を突っ込んでさっさと道を先に行くことにした。

 

 ――そう。昨日の晩、ツーク=ルージュ港から戻ってきたハンクとコナーは、そこで何かよいネタでも仕入れてきたらしい。朝のミーティングの時になって、連中がファウラー署長に作戦を開陳すると、最初顰め面で聞いていた署長は徐々に目を丸くし、やがて口元を少し歪ませて(めったにないことだ!)短く「わかった。許可してやる」と言い出したのだ。

 

 その時の署長やハンクの表情、いや、そればかりかミーティングルームに満ちたあの空気は、ギャビンに、とある記憶を呼び起こさせた。

 ギャビンがまだ巡査だった頃、泥沼を駆けずり回るような仕事ばかりしていた時に垣間見た、レッドアイス特捜部の会議の光景だ。

 その時の力強いリーダーとしての姿がまるで嘘だったかのように落ちぶれ、酒の臭いばかり漂わせるようになっていたはずのハンク・アンダーソンを、あのロクでなし刑事を、今朝は――一瞬とはいえ、あの日と重ね合わせて見てしまった。

 

 否、違う。

 だからなんだってんだ――俺はただ単に、あいつがデカい顔して立てた作戦に乗るしかないこの境遇と、みすぼらしい酒臭刑事と、そいつの隣で何やら目を輝かせていたクソッたれ型落ちロボ警官の態度にムカついているだけだ。

 フン、と鼻を鳴らしてから、また隣について歩き出したポンコツに声をかける。

 

「それよかてめえ、本当だろうな。この前ベーグル屋のとこで会った女が、マーサだって?」

「はい。事実です」

 

 小さく頷いてから、備品野郎は左手のひらに小さな画像を投影してみせた。表示されているのは、一昨日に危うくぶつかりかけた、あの長い黒髪の女の顔写真と情報だ。【マーサ・ガーランド】――確かに、あの女こそがマーサだったらしい。

 

 杖をついた、顔色の悪い、どこか不幸そうな雰囲気の人間。それが、あの時のマーサへの印象のすべてだった。

 仮に吸血鬼に繋がりがあるとして、いったいどんな関係が――?

 

「以前ご説明した通り、私の分析および顔認証機能は自動的に実行されます」

 

 スクリーンを消し、歩き続けながら、ポンコツは語った。

 

「二日前に偶然遭遇した際の記録が、当該人物のものと同定可能だったため、今朝ご参考までに報告したという経緯です」

「へー、偉い偉い」

 

 感情を籠めずに、軽口で応える。

 

「どうせなら、あの時とっ捕まえてやりゃあよかったのにな?」

「犯罪行為の事実のない対象の確保は、基本的人権の侵害かつ刑法に抵触する行為で」

「あーはいはい、そうですねっ」

 

 べらべらと真面目くさって説明をはじめたアンドロイドの言葉を打ち切らせるように、ギャビンは大仰に肩を竦めて声をあげる。

 ――それよりも、聞かないといけないことがある。

 

「それで、女の動きは? つーか、てめえのドローンはどうなってんだよ。3台くらいやられてただろ、昨日」

「……オフィス周辺の監視カメラの映像では、ここ3日間、マーサ・ガーランドの姿は確認不可能です。デトロイトの自宅近辺も同様です」

 

 視線を行く先に向けた備品は、淡々と口にした。

 

「したがって、当該人物はそれ以外の場所に滞在中の確率が76%です。しかしオフィスを来訪すれば、新規情報の獲得が見込めると判断します」

「フン」

「それから……」

 

 やや表情を暗くして――というか顔を俯けて、ポンコツは続ける。

 

「ドローン7号機・ガーベラは……残念ながら、修復不可能という結論に達しました。爆風を受けたフリージアとヘレボラスの修理は完了し、新しく7号機として投入された“ジンジャー”と共に、現在警戒任務にあたっています」

「あー、なるほど」

 

 皮肉たっぷりに、ギャビンはニヤニヤと笑いながら言う。

 

「さすがサイバーライフ様は、ドローン1機くらい余裕で追加できるのな。ブッ壊れた機械の代わりなんて、いくらでもあるってか? ハハッ、てめえも入れ替えられねえように気をつけろよ」

 

 性質の悪い冗談を言って、ゲラゲラと笑う。しかし、いつもならこういう時に黙って目を瞬かせてばかりのはずのポンコツ備品は、今日に限って、反応が違った。

 奴は音もなく立ち止まると、俯けたままだった顔をふと上げたのだ。

 普段はぼんやりしたその灰色の瞳に、いつになく強い光――“意志”のようなものを感じて、思わず、ギャビンはぎょっとする。

 

「リード刑事」

「……な、なんだよ」

「昨日は、ご迷惑をおかけしました。すべて、私の未熟さと……軽微なプログラムのエラーが原因です。今後はいかなる状況においても、あなたの身体に危険が及ぶことのないよう、さらに尽力します」

 

 抑揚なく、しかし、はっきりと告げられた言葉。

 

「ハッ」

 

 吐き捨てるように息をつき、ギャビンは彼に背を向けた。

 

「端からてめえなんて当てにしてねえよ、クソが」

「……」

「おら、女のオフィスはあそこだろ。とっとと歩けよ」

「……了解しました」

 

 背後にいるポンコツ備品の声音は、いつもと同じだった。

 そのことに心の片隅で少しほっとしながら――そしてその安堵を素早く胸の内で否定しながら、ギャビンは、言葉通り目的地への歩を進める。

 マーサの事務所があるというビルの入り口は、もう間もなくだ。およそ6階建てで、それなりの大きさのロビーを構え、けっこうな人数が出入りしている。

 

 陽光を受けてガラスを青く光らせているそのビルに、気分を切り替え、期待と共に、ギャビンは立ち入るのだった。

 

 

 そして――3階、「ガーランド デザイン事務所」まで来たところで。

 

 

「は?」

 

 閉ざされた自動ドアの前にて、ギャビンは信じられないといった声をあげた。

 しかし見間違いではない。

 ガラスの向こうには電気のついていない無人のオフィスが広がり、それよりさらに手前、ドアのすぐ後ろには「CLOSED」の立て看板がひっそりと立っている。

 

 ――ここの事務所の営業時間は把握済みだ。今日は開いていると踏んで、わざわざここまでやってきたというのに。

 

「どうなってんだ……!」

 

 何度か自動ドアの下のセンサー部分を踏み鳴らし、それでもまったく開く気配がないので、ギャビンは苛立って拳でドアを叩いた。

 

「開けろクソが! デトロイト市警だ!!」

「リード刑事、残念ですが」

 

 隣で黙って様子を見ていたポンコツが言う。

 

「オフィス内家具に堆積した埃、およびセキュリティシステムの稼働状況から考えて、当該オフィスは数か月間オープンしていないものと推測可能です」

「んだと……」

 

 ドアから一歩離れたギャビンは、改めて中の様子を睨むように眺めた。

 確かにこいつの言う通り、事務所の中の机だの応接セットだのは、薄く埃を被っている――ように、見えなくもない。

 

 それから、天井に貼りつくように設置されている半球体の装置――要は侵入者を検知するセキュリティシステムなのだが、それは一定のパターンで光を点滅させたまま、ただじっとそこにあるばかりだった。

 人間の目には何もわからないが、この最新鋭ポンコツの目には、あれがどれくらいの期間ああして稼働しているのかがわかるのだろう。

 

「ここで働いてる連中のデータってのはないのかよ」

「……情報検索を実行します」

 

 数秒後、備品はゆっくりと首を横に振る。

 

「マーサ・ガーランドは、実務のほぼすべてを一人で担当していた模様です。事務や経理のために第三者を雇用していた時期も存在しますが、残念ながら短期雇用ばかりのため、詳細なデータは残存していません」

「チッ」

 

 当てが外れた、とはこのことだ。まさかマーサの事務所がこんな状況とは――

 もちろんポンコツに命じれば、ドアのロックを解除するくらい訳ないだろう。しかし当然それは違法手段であり、そして、違法手段で手に入れた証拠は法的な場というやつでは大して役に立たない。署長にどやされて、面倒な目に遭うのもごめんである。

 

 監視カメラの映像もないし、スタッフの情報もない――となると、残された手段は二十年以上前から変わらない、泥臭いアナログ戦法だ。つまり、聞き込みしかない。

 

「ここの1階……ロビーに受付があっただろ」

 

 早々にオフィスそのものには見切りをつけて、ギャビンは顎でポンコツ刑事を促す。

 

「あそこの連中に話を聞くぞ」

「目撃情報の収集ですね」

「わかってんならさっさとしろ」

 

 アンドロイドを連れ立って、エレベーターで1階にとんぼ返りし、詰め寄るように身分証を受付に突きつけると、マーサについて質問した。

 しかし――

 

「申し訳ありません。私はつい先週からここに配属されたばかりで……」

「私もです」

「長くここで働いていた受付アンドロイドは、みんな辞めてしまったから……」

 

 LEDを外した変異体の受付が一体、人間が二人。

 だがそのいずれもが、マーサ・ガーランドについては心当たりがないという。

 噓ついてんじゃあねえか――という疑問は、再びゆっくりと首を横に振ったポンコツが否定してきた。

 嘘をついているなら、ストレスレベルの上昇やバイタルの変化で判別できる。

 彼らは本当に何も知らないのだ、というようなことを、訥々と備品野郎は口にした。

 

 ――そういうわけで。

 

「クソが」

 

 複合ビルを出たギャビンは短くボヤくと、ポンコツアンドロイドと共に駐車場に戻り、素早く車に飛び乗った。

 向かう先は、ミッドタウンからほど近い住宅街。すなわち、マーサ・ガーランドの自宅である。

 ――職場が駄目なら、今度は自宅だ。近所の住民というのは、何も知らないようでいて、意外と細々したことを見聞きしているものである。

 たとえ本人がおらずとも、きっと何かわかるはずだ。

 

 ほどなくして着いたのは、古い建物をリノベーションしたのだと思しき瀟洒なアパートメント。

 

「マーサ・ガーランドは201号室です」

「よし」

 

 ポンコツの言葉に従い、ギャビンは201に辿り着くと、ダメもとで呼び鈴を押してみた。

 ――誰も出ない。

 

「チッ……隠れてんじゃねえぞ、クソが! おい! マーサ・ガーランド!!」

 

 イライラしながら、ギャビンはドンドンと扉を何度か叩いてマーサを呼ばわった。

 しかし、向こうからは返答がなく――

 

「……なんなんだよ。うるせえな……!」

 

 代わりに開いたのは、隣の202号室の扉だった。

 現れたのは、いかにも大学生といった風体のTシャツ短パン姿の青年。寝起きの様子で、騒音を立てる闖入者相手に不機嫌そうにしている彼に対し、ギャビンはすかさず近づいて問いかけた。

 

「よお、いいところに出てきたな。この部屋に住んでる女について教えろ」

「は!? なんだよ、いきなり……」

「お騒がせして申し訳ありません。私たちはデトロイト市警の者です。捜査へのご協力を要請します」

 

 後ろから淡々と補足説明した備品には目をやらず、ギャビンはさらに掴みかからんばかりの勢いで青年に質問する。

 

「マーサ・ガーランド、知ってんだろ? ここに住んでる、黒髪の杖ついた女だ。ほら、話せよ」

「あ? なんでオレが……」

 

 青年はギャビンに対して顔を顰めてみせると、ポンコツアンドロイドのほうを見てさらに表情を歪めた。

 

「ケッ、アンドロイド? プラスチックなんか連れて歩いて、アンタ本当に警察か? 本物呼ばれる前に消えろよ」

 

 ――ほう。どうやら、こいつはとても“血気盛ん”な性格らしい。

 

「そうか。そんなに俺のバッジが見たいか?」

 

 やや語気を抑えたギャビンは、素早く身分証を相手に突きつける。

 

「ほら、よく見ろよ。デトロイト市警って書いてあんだろ? 市警ってことは、警察だぜ。おわかりだよな。黙ってるとロクな目に遭わねえぞ」

「なっ……!」

「あなたの睡眠を妨害している件に関し、再度お詫びします。エリック・ランパード氏」

 

 静かに青年(エリックというらしい)を見つめつつ、備品野郎は平坦な抑揚で言ってのけた。どうやら、例によってまたフェイススキャンというのをやったようだ。

 そして名前を言い当てられたエリックは、びくりと身を震わせる。その態度の変わりようが痛快で、ギャビンは内心でほくそ笑んだ。というより、思い切りニヤついた。

 一方でアンドロイド刑事は、言葉を重ねる。

 

「しかし、我々には情報が必要です。あなたが通学するデトロイト工科大学の2限目の講義まで、移動時間を含め25分の猶予が認められます。その間にご存知の事実を語っていただければ、我々はあなたに感謝します」

「へえ、いいトコ通ってんじゃねえか。()()()()

「……!」

 

 エリックはなぜか真っ青な顔で口を噤んだ。

 それをどう受け取ったのか、ポンコツ野郎はさらに口を開いた。

 

「警察への協力行為は、社会奉仕活動の一環と評価されます。これは暴行事件の執行猶予に伴う保護観察期間中のあなたにとって、有益な行動であると判断……」

「や、やめろ!」

 

 途端に(さっきまでのギャビンよりも)大声をあげてアンドロイドの言葉を遮ったエリックは、ボソボソと言った。

 

「わ、わかったよ、話すよ。つっても、そんなには知らねえけど……」

 

 ――結局。

 真っ青な顔のままエリックが語ったのは、なんてことのない情報ばかりだった。

 マーサが隣人なのは知っているが、言葉を交わしたことはないこと。そういえば、ここ数か月は姿を見かけていないし、隣から物音もしないこと。いなくなる前に何か変わった様子はなかったか、と言われても、面識もないのだからわからないということ――

 それから、あと一つ。

 

「……そういや、女の子といるのは何度か見たな」

 

 エリックは最後に、思い出したように言った。

 

「栗色の、長い髪の女の子と一緒にどっか出かけてってた。仲がよさそうだとは思ったけど」

「娘とか親戚とかか?」

「ん、んなこと知るか……いや、知りません。でも、ずっと一人暮らしだと思ってたんだけどな……」

 

 ギャビンがちらりと背後に視線を送ると、アンドロイド刑事は静かに語った。

 

「マーサ・ガーランドは単身者と登録されています。子の存在も、少なくとも戸籍上では確認不可能です」

 

 ということは――どういうことだ?

 まだ情報が足りない。

 

 それからギャビンは、諦めずに聞き込みを続けた。

 さらに隣室の住人、アパートメントの管理人、近所の商店の店員を相手に。

 しかし誰も彼も口を揃えて、エリックと似たようなことしか口にしない。

 

 やがて、日が空の真上に昇った頃――

 

 アパートメント近くの公園に設置されたベンチにどっかと腰かけ、ギャビンはイライラと貧乏ゆすりをする。

 ポンコツアンドロイドは、そのすぐ隣に立って後ろ手を組み、どことなく沈痛にも見える面持ちでこちらを見つめていた。

 

「クソ……!」

 

 完全に収穫がなかったわけではない。しかしこれでは、まるでマーサの素性がわかったとは言えない。

 少なくともあともう少し、何か手がかりは見つけられないものか――今後の捜査に繫がるような何かを。

 

 頭の中をちらつくのは、今朝のミーティングの光景だ。

 ハンク・アンダーソンが偉そうに“活躍”しているその裏で、まるでガキの使いのように、おめおめと署に戻るなんて――

 そんなこと、死んでもできるはずがない!!

 

「なんか方法があんだろ……!」

 

 誰にともなく呟き、懸命に思考を巡らせる。

 監視カメラにも映っていない、行方のわからない女。そんな奴、どうやって正体を探ればいい?

 

「リード刑事、参考までに」

 

 ポンコツが、視線だけこちらに向けて告げる。

 

「マーサ・ガーランドの業績について検索したところ、最新のものは半年前、エリック・ピピンというカナダの富豪の別荘デザインと判明しました」

「……で?」

「残念ながら、それ以上は。国外の人物に関しては、情報が不足しています」

 

 ギャビンは遠慮なく舌打ちした。

 なるほど、マーサが何度もカナダに渡っていた当初の理由自体は、「その富豪の依頼がきっかけなのだろう」とうっすら見えてはくる。けれどつい最近になってもカナダに渡っていた理由までは、はっきりしない。

 だからこそポンコツは「参考までに」と言っていたのだろうが――そんな事情を斟酌してやるつもりなどない。

 

「ちっとは役に立てや、てめえ」

 

 備品野郎を睨め上げるようにしながら、ギャビンは憎まれ口を叩いた。

 

「このまんまじゃ、あの女が生きてんのかくたばってんのかだってわかんねえじゃねえか」

「……はい。少なくとも、二日前までは生存していたと断言できますが……」

 

 真に受けた様子で頷くポンコツを、じろりと見つめる。

 

「んなもん、誰にだってわかんだよ」

 

 はん、と嗤ってから、再び思考に戻る。

 ――二日前。あの時は、本当に目の前にいたのに。こんなことになるとわかっていたら、やっぱり捕まえておくべきだったか。

 ぶつかりかけた時に、あの女が落としたアレ――なんだったか、そうだ。

 薬を理由にして、難癖つけてやっていれば。

 

「……!」

 

 瞬間。脳裏を過ぎる鋭い閃きに、ギャビンは思わず、小さく息を吞む。

 

「……そうだ、薬だよ」

「どうされましたか、リード刑事」

「お前、言ってたよな」

 

 備品野郎を見上げつつ、続きを語る。

 

「あの女の薬は、どこででも手に入るもんじゃねえって」

「はい。マーサ・ガーランドが所持していた医薬品ならば、『一部の医薬局で処方される最先端の抗不安薬』とご説明しました」

 

 ご丁寧にまた説明してくれなくても、やはり記憶は確かだった。

 あの女は、病院に行かないと貰えない薬を持っていた。しかも、どこででも貰えるモンではないらしい。

 ならば、あの女がその薬を貰った病院がどこかわかれば、女の素性も明らかになるのではないだろうか。医者というのは、患者について、いろいろと知っていて当然の職業だ。

 

 我ながら冴えた考えだ――と、ギャビンは上機嫌なニヤニヤ顔を晒しつつ、アンドロイド刑事に向かって口を開く。

 

「てめえに仕事をくれてやるよ、ポンコツ。いいか……」

 

 それからこちらが下した命令について、さすが最新鋭備品は、それなりの働きを示した。

 奴の検索によれば、その薬はまだ合衆国内でしか売られておらず、またこのデトロイト市内で扱っている医療機関は7つしかないそうだ。

 ――7つ。回るのはかったるいが、コケにされる屈辱と比べれば、断然耐えられる怠さではある。

 

 今日のギャビンは、ひときわ粘り強かった。

 法的に患者の情報に関する守秘義務を持つ医療従事者といえど、一応正式な警察の捜査に対しては、話が別である。

 これまでにマーサ・ガーランドを診療し、例の薬を処方したことがある病院だか薬局だかを探し、ひたすらあちこち車を走らせる。

 

 1つめ、ハズレ。2つめもハズレ。3つめ、4つめもハズレ。

 だんだん苛立ちが勝ってきたが、しかしここで止めるのも癪だった。

 当たり散らしたくなる気持ちを功名心とプライドで抑え込んで、5つめの場所をあたる。そこは、イボンヌ・スチュワートという若い医者が個人でやっている、小さな精神科の病院だった。

 

 そして、面会したその医者――イボンヌは、「マーサ」の名を聞くと丸眼鏡の奥の目を丸く見開いて、驚いたように言う。

 

「マーサを捜していらっしゃる、って……か、彼女に何かあったんですか? せっかく、あそこまで回復したのに」

 

 イボンヌが語ったところでは、経緯はこうである。

 マーサは、昨年の2月頃――アンドロイドの「革命」が起こるなんて人々が知る由もない平和な頃まで、4年ほど、ずっとこの病院にかかっていた。

 インテリアデザイナーとしてそれなりの業績を築いてきたマーサは、代償として、ストレスが原因の睡眠障害や不安障害などを抱えるようになり、それでここを訪れたのだという。

 イボンヌはカウンセリングや投薬治療を試み、その一環として例の最先端の抗不安薬を彼女に処方した。一定の効果はあったものの、寛解したとまではいえない状況が続いていたある時――

 

「彼女に、その、私が提案したんです。アンドロイドを購入してみたらどうか、って……」

「アンドロイド?」

 

 なぜ治療にアンドロイドが出てくるのかと、訝しく思ったギャビンが疑問の声をあげる。

 すると後ろに立っているポンコツ野郎が、おもむろに言った。

 

「一部の家庭用アンドロイドには、所有者の心理状態の改善を目的とした、特殊なソーシャルモジュールが搭載されています。ストレス軽減や不安症に、一定の効果があるとして販売されていました」

 

 それを聞いて、ギャビンも思い出した。

 そういえば、やれ「この型番は持ち主と理想の友人関係を築ける」だの、「この型番にはロマンチックモードが搭載されている」だの、一時期はやたらテレビやネットでもてはやされていたのを覚えている。

 今はそこらじゅう変異体だらけになったので、そういうアンドロイドの“自由意志”に反した振る舞いをさせるような機能は、人間側の都合では作動できないようになっているらしいが――

 

 そしてスチュワート医師はポンコツの言葉に頷いてから、こう話した。

 

「彼女は……マーサは、あまりにも孤独な人だった。それが彼女のストレスを高めている原因の一つなら、一緒に暮らせる誰かがいればと思い、彼女にアンドロイドを勧めました」

「で? マーサは買ったって?」

「はい。率直に申し上げて、その効果はすさまじいものがありました。購入してすぐ次の診療で……彼女は、どんな型番を買ったのかは教えてくれませんでしたが……毎日が充実していると。これまでの辛い気分が嘘のようだと、今まで見たことがないくらいに晴れやかな顔で、語っていました」

 

 その回の診療から、イボンヌは徐々にマーサに処方する薬の量を減らしていった。

 それでも、マーサの症状は悪化することなく、みるみる回復していくばかりであった。

 そして昨年の2月――マーサの治療は終了したのだ。

 

「ですので、彼女が寛解したのはすべて、アンドロイドのお蔭だと思います。彼女があの薬を持っていたというのは……もしかしたら、処方した薬を飲み切らずに、保管していたのかもしれませんが。でも治療後は彼女と会っていないので、それ以上は……」

「いいえ。たいへん参考になりました」

 

 さっさと席を立ったパートナーに代わり、アンドロイド刑事は丁寧に礼を述べる。

 

「ご協力に感謝いたします。もし何か新たに発覚した事実や問題等が発生した場合は、デトロイト市警まで……」

「おい、行くぞポンコツ!!」

 

 ――長々と語る備品野郎を遮り、一応イボンヌには軽く顎で会釈して、ギャビンは病院から退出した。

 

「……アンドロイドね」

 

 車に戻り、運転席に座ったギャビンが揶揄するように呟くと、もはや遠慮なしに助手席に座るようになった備品野郎が、静かに口を開く。

 

「サイバーライフには、顧客のアンドロイド購入記録がすべて保管されています。購入した型番のみならず、シリアルナンバーやメンテナンス記録も登録済みです。判断の材料になると推測します」

「ほお」

 

 横目で相手を見つつ、まったく気持ちが乗っていないわけでもない感嘆の言葉を吐く。

 確か、あの型落ちコナーが話したところでは、マーサは変異体がどうのこうのとブツクサ文句を言っていたらしい。

 軍用アンドロイドとの繋がりははっきりとは見えないものの、買ったアンドロイドが(例えば)変異体になって、いざこざがあったなんてことがあれば――マーサとアンドロイドとの因縁自体は明かされるのではないだろうか。

 

「で、どんな型番を買ったって?」

「……」

 

 備品野郎のLEDがちかちかと黄色に点滅し――ややあってから、相手はほんの僅かに眉を顰めて語る。

 

「申し訳ありません。マーサ・ガーランドの顧客情報は半年前、彼女の側からの申請という形で削除されています」

「はぁっ!?」

 

 ――せっかく少しは役に立ったかと思ったら、いきなりこれか。

 ギャビンが頓狂な声をあげると、ポンコツはいかにもすまなそうに目を伏せる。

 

「……サイバーライフでは、顧客からの削除要請があった場合に限り、情報をデータベースから削除しています。復旧はデトロイト市警経由で申請すれば受理されますが……」

「なんだよ」

「受諾され、データ復元が完了するのは規定により2日後です」

「またそのパターンかよ!!」

 

 全身で「ふざけんな」を表現しつつ、ギャビンはポンコツに言い放つ。

 

「クソ……てめえ、最新鋭なんだろうが。向こうの決まりなんて知るか、とっとと復元させろよ!」

「重ねて申し訳ありません。私には、サイバーライフの規定を逸脱した行動を依頼する権限がありません……」

 

 ――そんな、「おカミには逆らえない」みたいな言い草が通ってたまるか。

 やっぱりサイバーライフ社ってのは、史上最低のクソ企業だ。

 

「チッ……」

 

 舌打ち一つ零してから、ギャビンは何気なく、車に取り付けてある端末の表示を見つめた。

 ――15:09。

 そろそろ、()()が来たらしい。

 

「……2日後、ね。それより遅れたら容赦しねえからな。それよかてめえには、お仕事があるんだろ」

「はい」

 

 灰色の瞳を瞬かせつつ、ポンコツ備品は(まるで気を取り直したように)首肯してみせた。

 

「アンダーソン警部補と、兄さんから依頼されました。今回は……必ず、成功させようと思います」

「てめえがブッ壊されたら、俺の出世がパアだからな」

 

 相手の胸に人差し指を突きつけつつ、ギャビンは言い放つ。

 

「今度は現場でビビるなよ。ポンコツ」

「はい。……ご助言に感謝します、リード刑事」

 

 そう応えた備品野郎の顔は、どことなく、さっきよりずっと明るいもののように見えた。

 ――こいつの感情なんて認めてやるつもりはないし、誰も“助言”なんてしていないのだが。

 

「チッ」

 

 イライラしたギャビンが舌打ちした時、端末から電子音が響いた。

 デトロイト市警から――どうやら、やっぱり、仕事の時間のようである。

 

 

***

 

 

――2039年6月7日 11:53

 

 

 さて、ギャビンとナイナーが聞き込みのために駆けまわっていたのと、ちょうど同じ頃。

 

「ほらよハンク、いつもの」

「ああ、ありがとよ」

 

 チキンフィードでいつものバーガーを受け取り、ハンクは短く礼を告げた。

 するとゲイリーはちらりとこちらの背後を――つまりコナーを見やってから、軽く肩を竦めて問いかけてくる。

 

「で、ドリンクはレモネード?」

「いや。今日はそっちも『いつもの』にしとくか」

「そうこなくちゃな!」

 

 ニヤリと笑って彼が差し出したのは、XLサイズのパイナップルパッションソーダだ。

 ――少しばかり、背後からの視線が気になる。けれど今日はこれから、本気で「大きな仕事」が待っているのだ。

 たまにはいいだろう、たまには。ハンクはそう思うことにした。

 

 ドリンクも受け取ると、いつものテーブルに足早に向かう。

 そして食事を置いて顔を上げると、てっきり定位置につくなりすかさず小言を並べてくると思っていた相棒は、意外にもやけに上機嫌な様子である。というより、妙にニコニコしていた。

 

「……おい、コナー」

 

 じっと微笑みかけてくる視線に耐えきれず、目を逸らしながら、ハンクは努めてぶっきらぼうに言った。

 

「今日は、糖分がどうとか言わないのか? 雪でも降ってきそうだな」

「本日のデトロイトは終日快晴ですよ、警部補」

 

 皮肉がわかっているのかいないのか、コナーは至極真面目に応える。

 その表情は、なおもにこやかだ。

 

「そのソーダについてなら、何も言うつもりは。昨夜からの仕事を考えれば、むしろ適切な摂取量です。それに、作戦前に慣れた食事を摂ることは、ある意味でメンタルコントロールにも繋がりますから」

「へえ」

 

 これは珍しい言葉を聞いた、と思いつつ、ハンクはさらに皮肉っぽく笑った。

 

「そういや、こんなことを言う奴もいたな。『過剰な糖分摂取は生活習慣病の原因だ』だの、『このソーダには果汁が入ってないからビタミンも摂れない』だの」

「警部補」

 

 コナーはわかりやすくムッとした顔になると、やや冷ややかな声音で言う。

 

「飲むのを止めてほしいのなら、いつでもお止めしますが」

「いいや。今日はお言葉に甘えとくよ」

 

 わざと厳粛な表情で、丁寧にハンクが告げると、コナーは少し釈然としないような面持ちながらも口を噤む。

 ――これでいい。飯を食っている間中ニコニコされるなんて、むず痒くてとても落ち着かない。

 

「……それにしても」

 

 と、コナーが切り出した。

 

「今朝のミーティングでは、お見事でしたね。署長の承諾がすぐに得られるとは」

「ま、要するに“ニーズに合ってた”ってこったろ」

 

 バーガーを齧り、ソーダでそれを流し込んでから――ああ、やはりこの砂糖のしっかりした甘味が脳を灼くような感覚は最高だ――ハンクは語る。

 

「このまま吸血鬼を逃がしてりゃ、市警(ウチ)としても沽券に関わる。都合よく上手くいきそうな作戦があったから、それに乗っかったんだろうよ」

「それを立案できたのは、あなただからこそですよ」

 

 だしぬけにそんなことを言われ、思わず口に含んだソーダを噴き出しそうになる。

 なのにコナーときたら、また妙に輝かしい瞳でこちらを見ると、続きを口にした。

 

「先日会った、サマンサ・ヘインズビーという元警官の人物が言っていました。あなたは刑事になったばかりの頃から、とても立派な功績を残していたと」

「何!?」

 

 ――なんということだ。知らない間に、相棒が勝手に自分の大先輩と知り合いになっているだなんて。

 

「……余計なこと聞いてないだろうな、お前」

「もちろん。ですが、あなたが後輩として扱われている話を伺うのは初めてだったので、とても興味深く思いました」

 

 曇りなき眼で、コナーはさらに言った。

 

「データとして知っているあなたの活躍の一部を、実際に話として聞けて嬉しかったですし……活躍を目の当たりにするのは、もっと光栄なことです。今朝もそうでした。ハンク、あなたは素晴らしい警官です」

「…………」

 

 ――すさまじいほどのべた褒めだ。

 しかしこいつは、果たしてわかっているのだろうか。ほんの7か月ほど前まで、その当の本人は過去から顔を背け、逃げ出し、燻っていた単なる腰抜けだったのだということを。

 そんな奴がたまに()()したからって、そう褒めそやすものじゃない。

 

「すみません」

 

 こちらの無言をどう受け取ったのやら、コナーは途端に姿勢と表情を正した。

 

「不謹慎でしたね。喜ぶのは、まったく気が早い」

「ああ……まあ、そうだな」

 

 曖昧に応え、齧ったバーガーの大きな塊を吞み込み(できればもっとじっくり味わいたかったものだ)、ハンクは別の話題に移った。

 

「それで、お前のほうはどうなった? マーカスはうまく取り次いでくれたか」

「ええ。カナダのアンドロイドについては、しばらく待ってほしいと言われましたが……少なくとも、ケイシーにはすぐ連絡できました。喜んで協力するとのことです」

 

 ケイシー、つまり、事件をきっかけに知り合ったアンドロイド記者だ。チンケな新聞社を辞めた後、ジェリコに身を寄せていたらしい。すぐに協力を取りつけられたとは――

 

「そりゃ結構だ」

 

 今度は皮肉でなく、ハンクは口の端を上向きにする。

 

「できるだけ大騒ぎを起こさねえと、釣りは成功しないからな」

「はい。可能な限り話が大きくなったほうが、真実味が増すでしょう」

 

 そこでコナーは一度顎に手をやり、何ごとか思案してから、真剣な表情でまた口を開く。

 

「警部補。こうして考えると、やはり吸血鬼を擁する組織には、中間幹部がいないようですね」

「ああ。でなきゃ、今みたいなことにはなってないはずだ」

 

 ソーダを口に含んで――ストローの奥からはズズズと音がするばかりだ。残念なことに、もう飲み干してしまったらしい。

 カップをテーブルに置くと、ハンクは続けて語る。

 

「俺たちやギャビン、ナイナーが今までに会った組織の連中は、吸血鬼以外はたいていがチンピラだ。そのチンピラどもが薬の売買から武器庫の防衛、トラックの運転まで、どれもこれも自分たちでやってて……しかも、トカゲの尻尾切りは例の“呪い”とやらに任せきりときた」

 

 ――つまり彼らの組織は、徹底して幹部の正体の露見を避けるために編成されていると思われる、ということだ。

 普通、麻薬カルテルだのギャング団だのというものは、組織の最下層に属する売人やチンピラたちの直属の上司として、複数の下層グループを統括する中間幹部を配置する。

 それはカネを効率よく上層部に送り込むためでもあるし、手駒たちを効率よく管理するためでもある。

 チンピラがしくじって揉め事になった時は、中間幹部が出向いて対応する。それゆえに組織の中間幹部というものは、警察とも“知り合い”になる確率が高い。さらに、上層部を裏切って秘密をゲロるとか、反旗を翻して自分がトップに立とうとするのも、この中間幹部にありがちなことだ。

 

 しかしながら、吸血鬼の組織にはどうやらそれがない。

 チンピラたちはいつだって彼らだけで行動し、その行動の指示は(ギャビンのところに間違って届いたように)手紙やなんかで出されている。

 不用意に組織の秘密を喋った者が消されるのはギャングの常だが、それにしたって吸血鬼の「呪い」に任せている状況だ。あのカジノのサイコパスギャンブラー、アシュトン・ランドルフが現在も留置場でピンピンしているのが、その証拠である。

 さらに、何か事が起これば――例えば昨日のように、刑事が踏み込んできたとか――すべて吸血鬼に対応させている。省エネというか、怠惰というか、もし吸血鬼が脱法アンドロイドでなければ、速攻で過労を訴えて裏切っていたことだろう。

 

 つまり吸血鬼の組織は、最上部にボスと上級幹部がいるとして、その直接の指揮下には吸血鬼だけがおり、その下には実働部隊たるチンピラたちしかいないと考えられる。

 今夜の作戦の大きな目的は、吸血鬼の確保だ。

 しかしもう一つの目的は、組織に対するこちらの想定が果たして正しいものなのかどうか、確かめることにもある。

 

 バーガーの残りを口にし、よく噛んで呑み込んでから、ハンクは言う。

 

「俺のほうも、午前のうちに(ナシ)はつけてきた。あいつらとどうやり合うかはお前に任せるが、無茶はするなよ」

「はい、警部補。お任せください」

 

 キリッとした表情で、きっぱりと相棒は応えた。

 それにどう対応したものか、一瞬ハンクは考えたが――ひとまず、普段と同じように返すことにする。

 

「お手並み拝見ってとこだな」

 

 肩を竦めて、バーガーの箱をくしゃりと潰した。

 

 

***

 

 

――2039年6月7日 17:12

 

 

 初夏のデトロイトの日没は遅い。

 太陽は少し翳ったとはいえ、未だに明るく港湾地区を照らしている。

 

 いくつかの場所に仕掛けた監視カメラの映像――それらを複数同時に表示しているモニターを、じっと覗き込む人影は3つ。コナーとハンク、そして、労働者組合の長たるテディだ。

 

「おい、もう来たか!? ハンク、どうなんだ」

「落ち着けテディ、もうじきだ」

 

 手で軽く友人を制しつつ、ハンクは静かに言った。

 ここは昨夜訪ねたのと同じ、組合の事務所の一室。そこを現在の拠点として、コナーたちは行動している。

 

「……他の班も、うまく潜伏できているようです」

 

 油断なく映像を確認し、そして各所からあがる報告の通信を随時受け取りながら、コナーもまた冷静に告げた。

 今回の作戦は大規模だ。普段はほとんど連携しない市警の部署に、協力を要請しているくらいなのだから。

 

「港湾の労働者の人々も、普段通り活動しています。この状況では、私たちが張り込んでいるのには気づかれないでしょう」

「当然だ! しっかり指示は出したぜ。何せヤクの売人どもをブッ潰せるんだからな」

 

 意気盛んにテディは語る。

 しかし彼の協力がなければ、この港湾地区に警察の部隊を伏せることなどできなかっただろうし、こうまで「何ごともないかのように」労働者たちが振る舞っていることもなかったに違いない。

 彼がシマと称するこのツーク=ルージュ港を、いかに敏腕に取り仕切っているかがよくわかる。

 

 そして――

 

「来ました」

 

 低く、小さくコナーは言った。

 監視カメラごしに視界に映るのは、例の「11号南埠頭」の光景だ。そこに、何気ない様子でアンドロイドが4人、並んで入っていく。

 彼らの型番は、揃って【TR400】。荷物運びや工事現場での重労働など、人間には危険な肉体労働を肩代わりするために開発されたアンドロイドたちだ。

 必然的に大柄な体格に、TR400たちは、揃いの繋ぎ服を纏っている。

 

 ――いや、それだけではない。

 コナーの分析機能は、TR400たちの腹部に【異常な膨らみ】を検知した。そして彼らの、統制のとれた軍隊のごとき一糸乱れぬ動き――さらに、一列を成して埠頭に入った後は、微動だにせず佇んでいるその姿。

 

 もしこの埠頭に集中して注意を払っていなければ、多数の労働者たちがひしめくこの港湾にあって、この光景は大して気に掛けられるものではなかったかもしれない。

 けれど今は、断言できる。

 昨夜の推測に、間違いはなかったのだ。

 

 次いで、ばらばらと埠頭に立ち入ってきた幾人かの男たち――彼らは【人間】だが――を見るや否や、ハンクは傍らから通信機を取り出し、指示を下す。

 

「よし、今だ。やれ」

 

 

***

 

 

――2039年6月7日 17:52

 

 

 日はまだ沈んでいない。そして日光は、今や大乱戦の様相を呈しつつある「11号南埠頭」をはっきりと照らし出していた。

 

「撃てーっ!」

 

 掛け声とともにSWAT部隊が、構えたライオットシールドの陰から一斉に発砲する。

 相手のうち幾人かが倒れはしたものの、それでもなお健在な者たちが、負けじとばかりに撃ち返してきた。

 

 そんななか、シールドの陰に隠れつつ、数十メートル向こうを確認してコナーは考える。

 ――吸血鬼の組織は、やはり、こちらの予測通りの行動を見せた。

 埠頭に今停泊しているのは、一隻の中型クルーザー――白く滑らかな外観の、いわゆる観光船だ。人数でいえば15人程度も乗ればいっぱいになりそうなその船こそが、組織が麻薬密輸のために使おうとしていたものである。

 

 簡単な話だ。彼らは、アンドロイドに積み荷を運ばせようとしたのではない――アンドロイド()()()積み荷にしようとしていたのだ。

 

 人間と同様、アンドロイドには口がある。また、ブルーブラッドを経口摂取する場合に備えて、口腔の奥には食道のごときチューブが繋がっている。さすがに胃に相当する生体部品はないものの、ともかくアンドロイドの体内には、袋状になっている箇所がある。

 さらに、人間には嘔吐反射があるがアンドロイドには存在しない。口の中に入れた異物を間違って呑み込んで消化してしまうとか、あるいは「殺さないと中身が取り出せない」とか、そういった事態もない。

 吐き出させるか、最悪でも部品に分解すれば、口の中のモノは簡単に回収できる。

 そう――つまり、レッドアイスを。

 

 吸血鬼の組織は脱法アンドロイドであるTR400たちの体内にレッドアイスを隠し、自身が積み荷である彼らをあの観光船に乗せて運ぶことで、取引を完遂しようとしていたのだ。

 

 そうすれば、人を運ぶのと同じスペースで、大量のレッドアイスを輸送できる。荷物自体が歩いて動くわけだから、運ぶ手間すらかからない。

 TR400たちの腹部が膨れ上がっていたのは、限界まで身体にレッドアイスを詰め込まれていた、その証拠である。

 もっとも、その点を検証する必要はもはやない。

 ちょうど40分ほど前、ハンクの指示の元に一斉にTR400、および彼らを「積み荷」にしていた組織の末端構成員たちは確保されているからだ。

 

 それよりも、今は――あの船に近づく方法を考えなければ。

 

「くそっ」

 

 SWAT部隊の副隊長である人物が、隣で苦々しげに言葉を漏らした。

 

「向こうの弾幕も大したもんだ。これは膠着状態だな……」

「では、こうしましょう」

 

 フルフェイスのヘルメットを被った彼の頭がこちらを向くのに合わせて、コナーは提案する。

 

「私がシールドを使って、船まで突入し注意を引きつけます。その隙をついて、後から侵入してください」

「な……!」

 

 今にも突撃しようとしているコナーに対し、副隊長は慌てた様子で言った。

 

「なんだと、正気か!? いくらアンドロイドだからって、相手は……」

「できる限り騒ぎを大きくしなければ、目的は果たせません」

 

 相手を落ち着かせるように、静かに語りかける。

 

「仰る通り私はアンドロイドですし、これは無謀な挑戦じゃない。さあ、指示をお願いします」

「……クソッ、わかった」

 

 副隊長は頭を振ってから、左手で「GO」のサインを下した。

 

「しくじるなよ、コナー!」

「はい、副隊長」

 

 言うが早いか、コナーはシールドを正面に構えてまっすぐに、船に向かって駆けていく。

 ――今日この時のために、念入りに機体のキャリブレーションを行い、物理シミュレーションを事前に重ねておいた。

 どう動けばどうなるか、おおよその動きは計算済みである。

 

 数メートル移動したところで、相手の様子ははっきりと視認できるようになってきた。

 一様にヘルメット(工事用のものだ)だの、目深にフードだのを被った「彼ら」は、突撃してくるコナーを視認すると、一斉に発砲してくる。

 シールドに幾度も衝撃が走り、それを支える右手にも相応の振動が伝わってきた。

 だが先ほども言った通り、紛れもなくアンドロイドであるコナーには、バッテリーという意味での消耗こそあれ、盾を構えて走ることに因る疲労や、思考能力の低下という状況はあり得ない。

 

 文字通りの意味で動きが速く、痛みを感じない。

 アンドロイドとしての利点を最大に活かしつつ、一気に船との距離を詰めたコナーは、大きくジャンプすると、船のデッキ部分に降り立った。

 周囲には人影が【7】。全員銃を所持。しかし現在、彼らはそれを十全に使えない。今発砲すれば標的だけでなく、味方同士で銃弾が命中してしまう――そうなるよう予測計算した位置に、今、コナーが立っているからだ。

 

「怯むな! かかれ!!」

 

 相手の後方から指示が飛ぶ。

 ――銃が使えないのなら、直接制圧すればいい。そういうことだろう。

 もちろん、そうなるだろうと既に予測していた。

 

「……!」

 

 掛け声もなしに振るわれたコナーの盾での一閃が、真っ先に飛び掛かろうとしていた男のヘルメットに命中する。がくりと体勢を崩した男の陰から飛び出してきたもう一人の拳を、横から掴み、いなして引き倒す。倒しざまに左手で奪ったライフル銃の銃床で、三人目の腹部を、背を向けたまま突いた。

 

 その銃を放り投げて四人目、五人目。次々と相手を倒し、六人目との格闘が始まったところで、視界の端に表示されたのはSNSの画面だった。

 【ツーク=ルージュ港でDPDが麻薬カルテルと交戦】というテキストが踊る真下には、今現在のこの港湾地区の光景が、はっきりと中継されている。

 アカウント名【ケイシー】から配信されているその映像は、すさまじい勢いで拡散されている最中だ。

 

 確認すれば、白い船の甲板の上に倒れ伏す六人目の男、そして佇む自分の姿も小さく映っている。

 さらにその下には、人々の好奇心を煽り立てる文章――「DPDの活躍により制圧は間近。逮捕されたカルテル構成員は、組織について自白した模様」などという文章が並んでいる。

 

 ――さすがはケイシー、ばっちりだ。

 こうまで大騒ぎにされてしまっては、()も動かずにはいられまい。

 

 そう考えつつ、七人目を盾で伸したところで、ぬらりと奥から一人、別の男が現れる。

 黒い作業着のフードをひときわ目深に被った、体格のよい大柄の男。先ほど、彼らに指示を出していた人物だ。

 

 彼相手では、盾はむしろ邪魔になりそうである。

 

 SWATたちが次々と船になだれ込んでくる中で、2メートルほど離れた距離に立った男に対してそう判断し――

 予備動作なく、コナーは盾を相手に向かって放り投げた。

 しかし男はまるで知っていたかのように無駄のない動きでそれを避け、同時に強く甲板を踏んでこちらに突撃してくる。

 

 投げ捨てられた盾が船の壁に直撃して高い金属音をたてる中で、掴みかからんとしてきた男の手を、コナーは逆に掴んで制圧しようとした。

 だが相手の動きは想定以上に速く、その手を止められない。怯まずに相手の襟首をしっかりと捕らえるものの、互いの力は拮抗していて、身動きは難しい状態になってしまった。

 

 しかしそれは、相手も同じだ。

 

「……やるな」

 

 フードの奥から、感嘆の声が聞こえる。その相手が誰なのか、コナーは当然、声紋判定などする必要もなく()()()いた。

 

「ええ、あなたも」

 

 こちらからも、微笑みと共に称賛を投げかける。

 その時だった――音声プロセッサが、近づいてくる【モーターの駆動音】を察知したのは。

 

『コナー、聞こえるか! 来たぞ!!』

 

 通信で届く、ハンクの声。コナーは男と掴み合ったまま、短く応答する。

 

「はい。いよいよですね」

 

***

 

 

 ――港に停泊する観光船に、河から近づいていくのは一隻のモーターボートだった。

 何も事情を知らない者が見れば、それは、無人のように見えることだろう。誰も乗っていないのに、勝手に動いているボートのように。だが、実際にはそうではない。

 

 予定時刻を過ぎても一切入らない構成員たちの報告、そしてSNS上で拡散されている映像と文章。

 それらを確認した組織の上層部――つまり吸血鬼を操る者たちは、スカーレットオアシスから撤退し、修理を受けたばかりの吸血鬼に命令を下した。

 至急ツーク=ルージュ港に急行し、構成員たちの援護をせよ、と。

 

 本来ならば、SNSにあるような自白などあり得ないことだ。

 そうならないように、彼らは構成員たちのほとんどに「呪い」をかけているのだから。

 

 だがいかに万端な仕掛けであったとしても、何かの拍子で外れることもある。

 それにたとえ自白が噓だったとしても、大きな取引が潰されそうになっているのには間違いない。

 【急行し、殲滅せよ】。単純かつ無慈悲な命令を遂行するために、吸血鬼は光学迷彩を起動させたまま、観光船に近づいていった。

 

 そして一息にボートから跳躍して――甲板の上に、スカーレットオアシスにもいたDPDのアンドロイドの姿が見える――船体の屋根に降り立った。

 SWAT部隊と、アンドロイドが一体。だが吸血鬼が相手なら、物の数ではない――

 組織上層部のその判断は、正しいはずだった。

 

 構成員たちが一斉に、()()()()銃口を向けなければ。

 

 

***

 

 

 近づいてくるモーターの音に気づいたのは、どうやらコナーだけではないようだった。

 一瞬気を取られた様子の男の隙に乗じて、コナーは相手の足を勢いよく払う。

 体勢を崩した男の首に、手刀を見舞おうとするが――相手は、素早く腰の銃を抜き放った。

 

 だが、戦いはそこまでだ。

 ボートの音が消え、それから数秒後、船体の屋根から足音が響く。

 

「今です!」

 

 コナーは鋭く言う。

 それに合わせ、黒フードの男が叫ぶ。

 

「構えろ!!」

 

 低く大きなその声が響くや否や、船に乗っている者たち、そして埠頭にいる者たちは全員、戦うのを止めて一斉に銃を構えた。

 船体の屋根、僅かに空気が歪んでいるように見えるだけの、透明な何かに。

 すなわち、吸血鬼に。

 

『どうだ。上手くいったか』

「はい、警部補」

 

 通信に対し、銃を持たないコナーは、しかし確信の笑みを浮かべて頷いた。

 

 ――そう。ここにいる者たちは、先ほどまで構成員であるかのように振る舞っていた者を含めて、全員SWAT隊員。

 部隊を二つに分け、片方が正規のSWATとして、もう片方は変装して構成員のふりをして、吸血鬼を引きつけるために大乱闘を繰り広げていたのだ。

 

 この観光船に乗ってきた“本物の”構成員たちは、先ほどのTR400たちや彼らを埠頭まで連れてきた者たちと合わせて、とっくに確保されている。

 音もなく、騒ぎも立てずに観光船をあらかじめ制圧した後、SWAT部隊たちは、いわばずっと模擬戦闘をしていたというわけだ。

 使っていた銃ももちろん、ゴム弾などを使用した非殺傷性武器である。

 

 そして、今吸血鬼に突きつけているのは――もちろん、殺傷能力のある銃だ。

 

「撃て!」

 

 黒フードの号令を受け、隊員たちは一斉に発砲した。

 かなりの銃弾が命中し、吸血鬼の光学迷彩は衝撃を受けて数ヶ所、モスグリーンの装甲を露わにする。

 だがダメージを受けた様子はなく、しかし嵌められたことを悟った様子の吸血鬼は、どうやら撤退するつもりのようだ。

 

 船の停泊するすぐ近く、アスファルトの埠頭の上に一台の大型バイクを認めた吸血鬼は、ジャンプしてそこに近づいた。

 そして止める間もなくバイクに飛び乗り、囲みの薄い場所を突破して走り抜けていく――

 

「対象が移動を開始しました」

『よし、予定通りだな。うまく追い立てさせるぞ』

「はい」

 

 ハンクの言葉に、短く応答したところで――黒フードの男が、おもむろに近づいてきた。

 

「こいつがゴム弾でなければな」

 

 苦く呟いた彼は、銃を持っていないほうの手でフードを外した。

 現れたのは精悍な顔立ち。そしてコナーは、やはり、彼をよく知っている。

 アンダーソン警部補よりも先に、初めて任務を共にしたDPDの幹部級の人物だからだ。

 

「アラン隊長」

 

 コナーは彼にそう呼びかけ、礼を失せぬ微笑みを向けた。

 

「ええ。もしそれが実銃なら、私はあなたに勝てなかったでしょう」

「……いや、そうでもないな。まさかお前相手に、うちの隊員が7人もやられるとは」

 

 先ほど伸された彼らは、軽く気絶しかけていたようだが、もちろん命に別状はない。

 速やかに装備を整えると、吸血鬼の追撃に向かっていった。

 

「コナー、お前は俺たちの部隊の車に乗せる。橋まで同行するつもりだろう」

「はい。ぜひ、そうさせてください」

 

 素直に応えたコナーに対し、アラン隊長は、無表情のままだった。

 だがやがて口の端を少しだけ歪めると、皮肉っぽく言う。

 

「お前とはいつかまた会うだろうとは思っていたが、こういう形とはな。まったく、お前が銃を持っていたらと思うとぞっとする」

「私はもう、銃は使いませんよ」

 

 宣言するように、きっぱりとコナーは告げた。

 アラン隊長は、あの8月15日の現場で、法で禁止されているはずの拳銃をしれっと現場から持ち出していたこちらの姿を目撃しているからこそ、こんなことを言ったのだろう。

 

 あの革命のさなか、何かが食い違っていたら、もしかしたら本当に交戦した時があったかもしれない。

 しかし起こり得てもいない出来事について、あれこれと思考を巡らすような余地は、今はない。

 

「フン」

 

 アラン隊長は、何を思ったのか鼻で笑った。

 

「行くぞ、ついて来い」

 

 そう告げて船を去っていく彼の背を、コナーは素早く追った。

 

 

 ――そしてハンクによれば、こと逮捕という意味での「釣り」においては、相手にわざと逃げ道を用意するのがコツだという。

 いかにもな逃げ道を用意し、相手の行く先をコントロールする。相手を徐々に袋小路に追い詰めるために、わざと囲みの薄い箇所を作って誘導するのだ。

 

『全員指示通りに動いてるようだな』

 

 先ほどの港湾事務所からこちらをモニターしているハンクの声が、装甲車の助手席からバイクを――一心に道路を走っていく吸血鬼を追うコナーのプロセッサに届く。

 

『肝心なのは、逃げられないって状況を作らないことだ。死に物狂いで暴れられちゃ、被害甚大だ』

「対象は予測通り、あと4分程度で、ゴーディハウ国際橋に到達します」

 

 バイクの行く先、あの白く大きな橋を確認しながら、警部補に告げる。

 

「そろそろ、彼を呼びますか」

『ああ、そうだな。次にヘリが真上に来たら、合図を送れ』

「はい」

 

 コナーは、すかさず窓から空を見上げた。

 夕闇が迫りつつある空を、ヘリコプターが一台、ゆっくりと旋回している。

 それはあたかも報道ヘリであるかのように偽装されているが、その実、DPDの所有するものである。

 

 そこに乗っている弟に向かって――ハンクの指示通り、ヘリコプターが真上にきたところで。

 

「ナイナー、頼む!」

『了解しました』

 

 ナイナーの応答が、確かに届いた。

 

 

***

 

 

 吸血鬼は――というよりも、正確には彼を介して事態を見守っている者は、戸惑っていた。

 まさかここまで、相手の思惑に乗せられてしまうとは。

 

 大掛かりな陽動作戦を実行するほどの力がデトロイト市警にあるとは思っていなかったし、SWAT部隊の実力も、あのサイバーライフの最新鋭アンドロイドの力も、ここまでとは判断していなかった。

 

 しかし、こうして逃亡手段を得てしまえばこちらのものだ。

 ゴーディハウ国際橋は今日も多数の車が行き来し、まったく止められている様子はない。

 

 このまま橋を抜けてカナダ国内に逃亡すれば、管轄の問題でデトロイト市警はそう大っぴらに動けない。

 逃走完了は間近だ。

 取引が失敗したのは痛手かもしれないが、この程度の損害はなんとでも――

 

 そう、考えた時のことだ。

 

 目前を走っていた車が、一斉に激しくドリフトして止まった。一台だけではない、すべての車だ。

 車体そのものを横づけに、こちらの行く手を遮るように停車したそれらのせいで、これ以上橋を移動できない!

 

 しかも車からわらわらと降りてきたのは、完全に装甲を纏ったSWAT隊員たちだ。

 

「サーモグラフィを起動しろ!」

 

 鋭い指示が飛んでいる。

 こちらの光学迷彩を突破できるよう対策を整えてきたらしい奴らは、油断なく盾と銃を構えていた。

 直接やり合ったところでこちらが負けるはずもないが、少なくとも、バイクに乗ったままでそれは不可能だ。

 

 ――仕方ない。

 バイクを止め、しかし光学迷彩は起動させたまま、吸血鬼は橋の上にしっかと立った。

 【対象の殲滅】。

 下された命令を忠実に実行するべく、彼は光学迷彩スキンが作用している「透明な」アサルトライフルを構える。

 

 だが――

 

「……!」

 

 次の瞬間、吸血鬼は大きく跳び退った。

 先ほどから上空を旋回していたヘリコプターが真上に来たと思ったら、何かがこちらめがけて()()()きたのだ。

 

 それは白と黒の二色を纏い、灰色の瞳でまっすぐに、こちらを見据えていた。

 受け身の姿勢をとったのか、落下のダメージなどまったくない様子で戦いの体勢をとっている「それ」――すなわちRK900は、身一つで吸血鬼に対峙すると、落ち着いた声音で言い放つ。

 

「RK900・ナイナー。任務を遂行します」

 

 

(港湾/The Chaser おわり)

 







ナイナーのスーパーヒーロー着地!!

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