Detroit: AI   作:けすた

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第24話:再会 前編/The Revelation Part 1

***

**

 

――2039年6月8日 00:23

 

 

 禅庭園に降り注ぐ疑似的な夏の陽光が、瞼を開けたRK900の視界を照らしている。

 熱も湿気も伴わない光の中で、木々の緑は鮮やかさを増し、池の水面はただ穏やかに煌いていた。

 だがその内にあって最も華美な存在感を放っているのは、やはり中央に設えられた白い薔薇の木立だろう。『コナー』は周囲の草花にも、何処へか飛び立つ小鳥たちにも目を向けず、ただ薔薇のほうへと歩を進めていく。

 否、正確には――薔薇の木の前に佇む、青い衣を纏ったアマンダのもとへと。

 

「待っていたわ、コナー」

 

 数歩離れた位置にまで『コナー』がやって来たところで、アマンダは、こちらの挨拶を待たずに口を開いた。その唇は弧を描いている。今までになく、上機嫌な面持ちである。

 

「既に報告は受けています。よく、あの吸血鬼に対処してくれました。あなたの働きを、サイバーライフは高く評価しています」

「ありがとうございます」

 

 『コナー』の口元にも、()()()が浮かんだ。

 ソーシャルモジュールが齎したそれを満足げに受け取ると、アマンダはさらに言葉を続ける。

 

「あなたが支援に徹していたお蔭で、ようやく()の足取りも摑めました。やはり今回の事件に関与していたとは……。コナー、RK700の発言にあったもう一体の吸血鬼について、どう思いますか?」

「彼が関与しているのだとすれば、存在していてもおかしくはないでしょう」

 

 笑みを消し、淡々とRK900は答えを述べつづける。

 

「しかし一介の犯罪組織に、軍用の特殊プロトタイプを完全に模倣できるとは思えません。仮にもう一体に遭遇したとしても、RK700の場合より、対処は容易だと判断します」

「その通りです。状況は事前の想定よりもさらに深刻でしたが、しょせん、模倣品は模倣品」

 

 サイバーライフ上層部の自負心を示すように、彼女はどことなく誇らしげに語った。

 

「そしてあなたの能力なら、模倣品から彼に繋がる手がかりをさらに得られるはず。……しかし今は、パフォーマンスが低下しているようですね」

「はい。装備品を含め、約30%の機能不全が機体に認められます」

 

 熾烈を極めたRK700との戦闘により、撃たれた肩の傷やドローンの不具合をはじめとして、RK900はいくつかの細かな損傷を受けていた。

 活動できないわけではないが、見過ごすこともできない。

 

「やむを得ません。応急修理が完了してデトロイト市警への報告を終えたら、メンテナンスを受けなさい。万全の状態で事にあたり、なんとしても事態を収拾するのです」

「わかりました、アマンダ」

 

 今回の戦闘データを詳細に検証するためにも、RK900を半日ほど修理点検に回すべき、というのがサイバーライフの決定だった。

 当のRK900は従順に頷き――そして、ふとわずかに眉を顰めて問いかける。

 

「RK800や、デトロイト市警への対応はどうすべきでしょうか。顧客情報の復旧の要求もありましたし、市警経由で、RK700の情報開示請求も来たようですが」

「あなたが気にすることではありません」

 

 アマンダは泰然と答える。

 

「デトロイト市警の捜査員たちには、最低限の情報は提供しましょう。ですが、手の内を明かす必要はありません。警戒はすべきですが……もうじき彼らも、それどころではなくなるはず」

 

 RK900に一歩歩み寄り、彼女は静かに語った。

 

「コナー、あなたはただ、任務を遂行すればよいのです。それ以外はすべて、()()に対応させなさい。これまでのように」

「承知しました」

「では、もう行きなさい」

 

 再び晴れやかな面持ちになった『コナー』は、アマンダの命令を受けて、庭園の向こうへと去っていく。

 その背を一瞥し、アマンダは薔薇の剪定作業へと戻った。

 

 ――多少のイレギュラーはあれど、状況は自分たちの予測の範囲内。RK800の時のように、事態の急変が雷鳴となってこの庭園を揺るがすこともない。

 それに、手はもう打ってある。

 このまま事が運べば、サイバーライフの復権も間もなくだ。

 

 切った白い薔薇の一輪を鼻先に近づけたアマンダは、目を閉じてその芳香を楽しむ。

 管理プログラムのその振る舞いは、すなわち、サイバーライフの「強者」としての余裕を示すものだった。

 

 

***

 

 

――2039年6月8日 11:43

 

 

「駄目か……!」

 

 視界の端に表示された分析結果――【抹消済み】の文字に、コナーは歯噛みした。

 デトロイト市警の地下、証拠保管室。そこに安置されたアキリーズの右腕についている指紋からは、やはり、なんの情報も得られない。こんなにも、くっきりと遺されているのに。

 

「どうやら、無理みてえだな」

「はい、警部補」

 

 後方に立ち、腕組みしてこちらを見ていたハンクの一言に、小さく頷いて応える。

 

「アキリーズが遺したこの腕には、確かに何者かの指紋がついています。だが分析結果は、昨日と変わらない。データは抹消されているようです」

 

 本来なら、コナーの分析能力であれば、指紋さえ残っていれば対象を特定できる。

 とはいえそれは、警察のデータベースを参照しているからこそである。

 データベースに載っていない、例えば「戸籍のない人間」などであれば、特定できない場合もあるのはわかっていた。

 

 しかし今回は、表示によるなら、一度登録されたデータが意図的に「消されて」いることになる。こんなケースは、これまでにない。

 ――どんな人物だというのだろう。この指紋の持ち主である、あのメモリーに出て来た小柄な男は。

 あの男の正体さえわかれば、事件の真相にすぐに迫れるというのに!

 

「……昨夜は戦闘後で、状況も混乱していた。日を改めて分析すればあるいは、と思っていたのですが……残念です」

 

 己に対する腹立たしい思い、無念な気持ち――すなわち「悔しさ」という感情が、プログラムにないところから来て、自分の思考を薄暗く覆っている。

 保管室の棚に、ひっそりと置かれている右腕。モスグリーン色の装甲と、黒いグローブに覆われたそれに再び視線を向けて、コナーは、我知らず表情を歪めた。

 

 

 昨夜――デトロイト市警は大規模な作戦の結果、脱法アンドロイドを違法に所持していた麻薬カルテルと交戦し、レッドアイスの輸出を未然に防いだ。

 それが、報道機関などに公表された情報である。

 だがそれは当然、真実のほんの一部でしかない。

 

 かつての軍用アンドロイド・RK700は、新型レッドアイスを製造し売り捌く組織にその意思を奪われ、『吸血鬼』という名の尖兵として働かされていた。

 ナイナー、そしてコナーとの戦闘の末、彼はついに自我を取り戻し――しかし事前に頭部に埋め込まれていた爆弾のせいで、命を落としたのだ。

 

 死の間際、彼はメモリーと右腕をこちらに託した。

 そして、「みんなを救ってくれ」という言葉も。

 ――アキリーズはどんな気持ちで、微笑んで散っていったのだろう。

 RKシリーズの先行機であり、こちらを「兄弟」と呼んだ彼は。

 

 あの状況で、彼を救いだせたとは思わない。それは傲慢というものだ。

 でも、だからこそ、アキリーズのことを考えると――

 シリウムポンプの拍動が早まり、機体が硬直し、思考プログラムがひどいラグを生じさせて、停止してしまいそうな感覚に陥る。

 

 そんな場合ではないと、わかっているはずなのに。

 

 

「――くそっ」

 

 ままならぬ現状と自分自身への苛立ちを籠めて、コナーは呟き、拳を強く握る。

 すると右肩に軽く、温かなものが乗せられた。――ハンクの手だ。

 

「警部補……」

 

 こちらが振り向くと彼は手を離し、隣に歩み寄ってきた。

 言葉を探すように目を伏せていたハンクは、小さく肩を竦め、息を吐いてからこちらを見て語りだす。

 

「目の前で身内が酷い目に遭わされて、あと一歩で犯人の喉笛に食いつけるって時に上手くいかなけりゃ、焦るのも当然だ。だが手がかりは他にもある。そしてそれを調べんのが、お前の仕事だろ?」

「……はい」

「アキリーズは――気の毒だったな」

 

 苦々しく顰められた警部補の青い瞳が、遺された右腕を見つめていた。

 そしてその言葉は静かに、どこまでも真剣な響きを帯びてこちらに届く。

 

「だがあいつは、お前たち兄弟になら任せられると思ったから、最後の意地でこいつを投げて寄越したんだ。指紋だけじゃない。きっと何か、意味があるんだよ。今はわからなくてもな」

「わかる時が……来るのでしょうか」

「そう思って気張るんだよ。刑事ってのはそういうもんだ」

 

 そう言ってから、ハンクはまた軽く2回、ぽんぽんとコナーの肩を叩いた。

 なんということはないはずの動き。なのに、不思議と思考プログラムが正常化したような感覚になる。

 

 そうだ。辛くても――今はできることをしなければ。

 それが捜査補佐専門アンドロイドとしての自分がいる意味であり、託された者の責務なのだから。

 

「はい、警部補」

 

 幾分先ほどよりは――我ながら――落ち着いた声音で、コナーは相棒に返事をした。

 ハンクはというと、それを見てどこか安心したような苦笑を浮かべてから、保管室の入り口である階段のほうに目を向ける。

 

「しかし、ギャビンとナイナーはどこまで行ってんだ? まだ戻って来ねえな」

「確かめたいことがある、と言っていたようですが」

 

 ――応急修理を終えたナイナーが、デトロイト市警に戻ってきたのが今朝の9時頃。

 その後朝一番に署に出勤してきたギャビンは、彼を引き連れて出かけていった。

 どこに行くのかと問いかけても、「てめえに教える必要あんのかよ」との回答しか得られなかったわけだが。

 

「ナイナーのドローンは、昨夜の戦闘でかなりの損傷を受けています。彼自身だってそうです。無茶をさせられていないといいんですが……」

 

 と――そう語る間に、上階のドアが開く音がする。

 ほどなくして、やや乱暴な足音を立てつつ階段を降りてくるのは、他ならぬギャビン・リード刑事。ナイナーは常と同じく無表情で、静かに彼の後ろをついてきた。

 

 今は開け放たれているガラスのドアを通り抜けると、ギャビンはいかにも非・友好的というべきか、挑戦的な表情で声をかけてくる。

 

「よお、てめえら。その様子じゃ、やっぱりその指紋ってのは読めなかったらしいな?」

「情報が抹消されているんです。今、それ以外の手がかりを探すべきだと話していたところでした」

 

 コナーが真面目に言葉を返すと、ギャビンは顔を顰め、ちらりと後方に立つナイナーを見やる。

 彼の視線を受けて、弟は淡々と応えた。

 

「申し訳ありませんが、私が確認を実行しても同様です。当該指紋に関する人物特定データは、州警察のデータベースから完全に削除されています」

「復元できねえのかよ」

「重ねて申し訳ありませんが、それも不可能です。当該データベースの管理権限は、合衆国司法省にのみ付与されており……」

 

 ナイナーの言葉を聞くだに表情を歪めていくギャビンに対し、ハンクが横から口を開く。

 

「ま、なんでデータが消されてるかの理由はなんとなくわかるがな」

「警部補、それはいったい?」

「証人保護プログラムだよ」

 

 警部補の言葉を受けて、コナーは素直に納得する。

 だが今一つ要領を得ていない様子のリード刑事に、ハンクはさらに言葉を続けた。

 

「ヤバい事件(ヤマ)に関わってる証言者だの捜査協力者だのをお礼参りから守るために、国家機密レベルで保護するって制度だ。パスポートも運転免許も、場合によっちゃ名前や顔まで全部変えるんだから、当然指紋の登録データなんかも消されるだろうな」

「んなこた知ってるに決まってんだろ」

 

 馬鹿にされたと言いたげな面持ちで、ギャビンは腕組みしつつ続けて語る。

 

「だがハンク、じゃあてめえはあのアンドロイドのメモリーに映ってた野郎は、国に守られてる奴だって言いてえのか? んな奴が、なんだってこんなクソ迷惑を起こしてんだ……辻褄が合わねーだろうが」

「悪いが、そこまでは見当つかないね。優秀な刑事の推理待ちってやつかな」

「ケッ」

 

 両手を挙げて警部補が言うと、ギャビンは不愉快そうに吐き捨てた。

 

 ――だが、彼が疑問に思うのも無理はない。

 証人保護プログラムの対象は、国によって守られるわけだが、逆に言えば常に国に監視されている立場でもある。それに保護対象になれば、生活費や経済的援助を潤沢に受ける権利を有するわけで――要するに、危険を冒してまで、麻薬の製造・密売組織などに関わる必然性に乏しい。

 これまでに得ている情報だけでは、どうしても犯人像が絞り込めないとは、コナーも思っていた。

 ――しかし。

 

「ともかく、今は情報を整理しましょう」

 

 コナーがそう言うと、その場にいる全員の視線がこちらを向いた。

 それに合わせて、弟に問いかける。

 

「ナイナー、君も今朝、もう一度証拠を調べていただろ。何かわかったことはあるかい」

「いいえ……昨夜と比較しての新規情報は、何も。ただ、導出した結論の確実性は向上しました。改めて開示します」

 

 語る弟の灰色の目が、アキリーズの右腕の隣に置かれた、モスグリーン色の四角形の物体――高さ約1.1メートルにもなる、例のタンクに向けられる。

 

「調査の結果、当該タンクには、修復痕が存在しないと判明しました。内部には微量のブルーブラッドが残留していましたが、それらから確認可能な情報は、これまでに取得済みの47件のデータとは、完全に異なっています」

「つまり……アキリーズが背負ってたタンクのほうには、俺たちに撃たれた痕もなけりゃ、入ってたブルーブラッドも、今までにコナーが見つけたのとは違うやつばかりだったってことだろ」

 

 警部補の言葉に、ナイナーは無言のまま首肯した。

 

「なら、やっぱり吸血鬼はもう一人いるんだな。アキリーズの他に……あの『子守歌』の野郎だ」

「そうなりますね」

 

 スカーレットオアシスでの激戦、右肩に受けた深手のことを――そしてもう一人の吸血鬼が口ずさんでいた子守歌のことを思い出しつつ、コナーは頷く。

 

 そう――アキリーズの遺言、すなわち「もう一体吸血鬼がいる」という言葉は、今回遺された証拠によって裏付けられる形となった。

 スカーレットオアシスで、コナーとハンクが交戦し、撃退した吸血鬼は、やはりアキリーズではなかったのだ。銃弾を受けたはずのタンクにはその痕跡がなく、かつ、タンク内のブルーブラッドから判別できたアンドロイドのデータも、これまでに確認してきたもの――つまり最初の事件の被害者であるトーマスや、その他大勢のアンドロイドたちのものとは異なる情報ばかりだったのだから。

 

「……あれと同じのがもう一体いやがんのかよ、クソが」

「いいえ。まったく同種とは断定できません」

 

 ボヤくように呟いたギャビンに、ナイナーが静かに語る。

 

「アキリーズの右腕を調査した結果、彼の機体には、一般に未流通の特殊な生体部品やパーツが多数使用されていたと判明しました。もう一体の吸血鬼が、アキリーズと同様の戦闘能力を保持する可能性は極めて低いと判断します」

「つっても、透明になれるのはなれるんだろうが。それだけで充分ヤバいんだよ、このポンコツ」

「ポンコツかはさておき」

 

 すかさず、コナーは口を挟む。

 

「リード刑事の懸念ももっともです。光学迷彩を使用し、ブルーブラッドを狙う者がもう一人いると考えれば、事件の解決にはまだほど遠い」

「ああ。署長様も、せっかくあんだけやったのにまだ終わってねえのかって、おかんむりだったぜ」

 

 皮肉げに笑いながらそこまで語った後、そういえば、と警部補はナイナーに問いかけた。

 

「サイバーライフは何も言ってきてねえのか。アキリーズのこれまでの足取りやなんかも、あちらさんなら何かわかりそうなもんだがな」

「それが」

 

 ナイナーは、軽く目を伏せて続ける。

 

「軍事機密の観点から、RK700に関する情報の開示は拒否するとの回答です。しかし公開可能な情報は供出し、捜査には協力すると……マーサ・ガーランドの削除された顧客情報も、明日までには復元して提供するとのことでした」

「はっ、こんな時でも秘密主義か。変異体事件の頃と何も変わっちゃいねえな」

 

 忌々しそうに、ハンクは首を横に振る。

 

 しかし、ギャビンとナイナーが調べ上げて判明した、マーサ・ガーランドがアンドロイドを購入していたという事実。

 そしてカナダに脱出した変異体からマーサが入手したと思われる人形――今は保管室の棚に置かれているそれを、もう一人の吸血鬼が持っていたという事実。

 これらが線を結べば、謎に満ちた「子守歌」の吸血鬼の正体が、一端でも明らかになりそうだという予感はある。

 

 それに、マーサがかつて【女の子と一緒にいた】という目撃情報。

 これもまた、彼女が変異体について何か思うところがある様子を見せた、その理由に関わっていそうだと思われるのだが――

 

 そう思っていると、ナイナーの視線がふとこちらに向けられた。

 

「マーサ・ガーランドに関連して――彼女と共に目撃された少女と思しき人物名が、午前中の捜査によって特定できました」

「おい!」

 

 途端にギャビンが非難がましい声をあげるが、ナイナーはきょとんとした様子で目を瞬かせる。

 

「今回の情報獲得は、あなたの功績のはず。秘匿すべきでしたか、リード刑事?」

「そうじゃあねえ! 毎回毎回、勝手に喋りやがって。てめえ、わざとやってんのか」

「いいえ。しかし、本情報は仮称・吸血鬼の捜査における重要な事実です。アンダーソン警部補や兄さんとの情報共有は必須であり」

「待て待て待て」

 

 警部補が、横から軽く手を振って割り込んだ。

 

「なんだ、じゃあギャビン、お前午前中はわざわざ目撃情報のウラ取りに行ってたってのか。へえ、思ってたより勤勉だな」

「そりゃどうも。てめえらに教える気はなかったんだがな」

 

 どうやら本気でそのつもりだったらしく、彼は諸手を挙げて不愉快さを表明すると、そのままこちらに背を向けて部屋の隅まで行ってしまった。

 警部補のさっきの口ぶりは、決して皮肉などではなく、むしろ素直にリード刑事を称賛するものだったと思うのだが――

 やはり、リード刑事の思考はよくわからない。

 

 それはさておき、ナイナーは続きを語りだした。

 

「マーサ・ガーランドが少女と共に行動していたという情報から、リード刑事は昨日夕刻から本日午前中にかけ、マーサの居住地周辺の小学校、およびそれに準ずる組織に聞き込み調査を行いました。マーサの被保護者が在校していたか、という問い合わせです」

「なるほど。で、結果は」

「小学校への在校は認められませんでした。しかし近隣のガールスカウトのイベントに、『ミリア・ガーランド』なる10歳の女児が参加した記録を発見しました」

 

 ――ミリア。

 それが、マーサと一緒にいたという少女の名前の可能性は非常に高い。

 

「ミリア……10歳か。名字が同じってことは娘とか親戚なんだろうが、学校に行ってねえってのは気がかりだな」

「ええ。そもそも、デトロイトの住民にミリア・ガーランドという少女は登録されていません」

 

 即座に行ったデータベース検索には、【人物名:該当なし】と表示されている。

 それに、人形にはただマーサの指紋があるだけで、『ミリア』のものと思しき指紋は付着していなかった。

 そして、マーサがアンドロイドを購入していたという事実と併せて考えると――

 

 ミリアの正体は、ひょっとして。

 

 今はただの推測に過ぎないその考えがプログラム上を過ぎったその時、コナーのLEDリングが黄色く点滅する。

 ――通信が入ったのだ。情報の一方的な送信ではなく、通話を要求している。

 しかも、その送信者は――

 

「すみません、警部補。ナイナー」

 

 コナーは軽くこめかみを指しつつ、彼らに声をかけた。

 

「通信が入りました……恐らく、ジェリコから。少し失礼しても?」

「ああ、よろしく伝えといてくれよ」

 

 片手を挙げて快諾してくれた警部補に目礼してから、邪魔にならないように端に寄り、通信を開く。

 すると聞こえてきたのは、穏やかで、かつ芯の強さを感じさせる男性の声――よく知っている声音だ。

 

『やあ、コナー』

「サイモン! 久しぶりだな」

 

 今はジェリコの幹部として、マーカスの近くで多忙な日々を送る彼と話すのは、ほぼ半年ぶりと言っていい。

 

「君が直接通信してくるなんて……ひょっとして、ジェリコで何かあったのか?」

『いや……大丈夫。その心配はしなくていい』

 

 ほんのわずかに口ごもった様子ながらも、サイモンは落ち着いた調子で応える。

 

『連絡したのは、例の、カナダで人形を売ったアンドロイドと通信できるようになったからなんだ。マーカスの指示で調べていたんだが、やっと特定できた』

「そうか……! ありがとう、すぐに話を聞きたい。どうすればいい?」

『今日の14時に、グリークタウンの事務所まで来てくれ』

 

 グリークタウン――デトロイトの中心地の一つだ。

 そこにあるジェリコの支部事務所は、他の街にあるものと比べてもかなり大きく、設備も充実している。

 

『カナダのアンドロイドとは、電話で話せるように手配してある。お互いに顔を投影できるようになっているから、会話もしやすいはずだ』

「わかった、本当に助かるよ。マーカスにも、感謝すると伝えておいてくれないか」

『ああ、そうする。もっとも』

 

 と――なぜかそこで、サイモンは少し間を置いてから続けた。

 

『お前が直接話すほうが、もしかしたら早いかもしれないけどな』

「……どういう意味だ?」

『来てくれればわかるよ。じゃあ……後は頼んだ』

 

 その言葉を最後に、通信は切断される。

 ――来ればわかる、とはいったいなんなのだろう。

 気がかりではあるが、行ってみるしかない。

 

 気を取り直して、コナーは警部補たちの元へと戻る。

 

「で、なんだって」

「人形を売ったアンドロイドと、話ができることになりました。14時に、ジェリコの事務所まで来てほしいそうです」

「へえ、そりゃいいタイミングだな」

 

 腰に手を当てた警部補は、口元に小さく笑みを湛えて言った。

 

「んじゃ、お前はそっちに行ってこい。俺は署に残って、端末と仲良く報告書作りってやつだ」

 

 こいつもそうだろうけどな、と言って彼が指した先にいるのは、今なおどこか不満そうな態度でこちらを見つめているギャビンであった。

 一方で、ハンクは続けて述べる。

 

「それに、相手は一応カナダへの“密航者”だからな。人間で刑事(デカ)の俺が出張ってないほうが、向こうも安心するだろ」

「そうですね……すみません。では、私一人で行きます」

 

 そう応えてから、警部補の傍らに佇む弟に問いかける。

 

「ナイナー、君は……確か、午後からずっとメンテナンスだったな」

「はい。サイバーライフタワーに戻り、軽微な損傷を含めて修繕を受ける予定です」

 

 ナイナーは、軽く目を伏せた。

 

「その間、ドローンの監視機能も含めて、私の活動は一時停止されます。捜査へのご協力は不可能です……申し訳ありません」

「君が気にすることじゃないさ。ちゃんと傷も治ってないのに、昨晩からずっと働きづめだったわけだし」

 

 いくら本物の最新鋭のアンドロイドといっても、戦えば傷を負い、可動部は多少なりと摩耗する。

 今は弟にはしっかり休んでもらって、ジェリコに知己がある自分が活動するべき時だ。

 いかなサイバーライフといえど、あれだけ活躍してみせたナイナーを、無下に扱うようなこともないだろう。

 

「ここは僕に任せて。君は治療に専念するんだ」

「……はい。ありがとう、兄さん」

 

 無表情のまま、ではあってもどこか安心した様子で、ナイナーは応えた。

 彼に対してコナーは微笑みを返し――そしてハンクの報告書作成を手伝った後(大規模作戦の直後とあって、その量は膨大なものだった)、指定されたグリークタウンへと向かったのだった。

 

 

***

 

 

――2039年6月8日 13:54

 

 

 無人タクシーから降りた先、グリークタウンの大通りの一角に、ジェリコの事務所はあった。

 アンドロイドの“雇用”やトラブル解決、放浪している変異体たちのサポートを目的とした施設とあって、建物にはそれなりの数の人々が出入りしている。人間も、アンドロイドもだ。

 

 しかし時折、そうした人々や建物そのものを、忌避の眼差しをもって見つめる人がいるのに、コナーは気づく。

 ――吸血鬼事件が起きた頃からさらに顕在化しはじめた、人間とアンドロイドとの間の分断の風潮。それが激しくならないうちに事件を解決できれば、と思っていたのだが――もしかすると、猶予はあまり残されていないのかもしれない。

 

 一抹の不安を過ぎらせつつも、意図的に今は思考に取り上げないようにしつつ、事務所の受付に足を運ぶ。

 用件を伝えると、受付を担当しているST300はにこやかに、こちらを奥の廊下に案内した。

 そこには、いくつかの談話室のドアが並んでいた。個々のブースに分かれて、面談や相談などができるようにしてあるらしい。

 そして、その廊下の一番奥に立っているのは――

 

「ケイシー」

「久しぶり、コナー」

 

 キャスケットを被った、黒髪のアンドロイド記者・ケイシーが、やや緊張した面持ちで立っていた。

 

「あの、サイモンさんは別件で忙しいから、俺が代理で来たんだ。案内役っていうか、取り次ぎ役としてさ」

「そうか、助かるよ。それに昨日の晩は協力してくれて、本当に……」

「いや、当然さ。君にもジェリコにも迷惑をかけてばかりだったし、あれくらいはしないと」

 

 ところで、と、彼は自身の背後の扉を手で示した。

 

「この奥は、ここの事務所の作業スペースになってるんだけど……そこに、例の電話がある。君が受話ボタンを押したら、すぐに向こうに連絡がつくようになってるから」

「わかった」

 

 軽く頷いて応答し、コナーは促されるままにドアノブに手を伸ばした。

 その時、ケイシーはどことなく、彼自身に気合を入れようとしているような表情で口を開いた。

 

「ええと、その、頑張ってくれ、コナー。俺はここに立っているから……何かあったら呼んでくれよな」

「……? ああ、そうするよ」

 

 ――なんだろう、どこか妙だ。

 確かにカナダに逃げた変異体と、元・変異体ハンターである自分が会話するというのは――奇妙な巡り合わせといえるし、ともすれば、よからぬ衝突や緊張も生んでしまうかもしれない。それは、コナー自身も覚悟していることだ。

 だがそれにしても、ケイシーのこの態度は不思議である。

 何やらそわそわしているというか、緊張しすぎているというか。

 

 だがドアを開けて入った先、つまり作業スペースたる部屋には、特に変わった様子はない。半分倉庫のような役割を果たしているらしいその場所の収納には、イベントで使う投影機や、立て看板や工具箱の類が押し込められている。

 そして奥まったところに机と椅子が一つ、端末と電話機が一台。

 ケイシーが言っていたのは、あれのことだろう。

 

 コナーは静かにそこに歩み寄り、椅子に腰かけると、電話機の受話ボタンを軽く押した。

 すると横に細長いホログラムスクリーンに、一人の女性の顔が浮かび上がる。

 短めに切られた金髪、青い瞳。ほんの少し固く結ばれていた口元は、こちらを見た途端に、驚いたように軽く開かれる。

 

 そしてそれは、コナーも同じだった。

 彼女――LEDは外されていても、【アンドロイド AX400】だと分析結果が告げているその人物を、コナーは知っている。過去の記録が、瞬時にプログラム上で再生される。

 

「君は……!」

 

 AX400、#579 102 694。登録名は【カーラ】――かつて変異体事件を追っていた時、レイブンデール地区の廃屋から高速道路まで追跡した、あのアンドロイド。YK500と共に逃走していた、彼女だ。

 

「そうか。カナダまで辿り着いていたんだな」

 

 認識した瞬間、最初に浮かんだのは「安堵」の感情だった。

 ――高速道路で追跡を振り切られた後、数日経ってあの廃教会で、彼女とYK500とが寄り添って座っている姿は見かけていた。

 だがあの時は、変異したばかりの自分の“心”を整理するのに精一杯で、ろくにかける言葉も見つからなかった。

 そしてそれから彼女たちがどうなったのか、こちらには知る由もなかった。だからこそ――今は、少し安心したのだ。

 

『あ、あなたこそ』

 

 驚きを隠せない様子で、彼女は戸惑いを瞳に浮かべながら告げる。

 

『警察で働いているアンドロイドって、あなたのことだったのね』

「ああ、その……すまない」

 

 次に自然と口にしていたのは、謝罪の言葉だった。

 ――あんな危険な道路にまで、二人を追い詰めたのは他ならぬ自分だ。

 

「変異体になってからも、デトロイト市警にいるんだ。……あの時は、本当にすまなかった。あの頃の僕は、任務を遂行するだけのただの機械で……」

『いいえ、謝ってほしいなんて思ってない』

 

 快活に、すんなりと、カーラはそう言った。

 

『今は、娘も私も……家族みんな、無事でいるもの。過去を振り返ってばかりいたくないの、あなただってそうでしょ?』

「ああ。……ああ、そうだな」

 

 諭されたような気持ちになりつつ、コナーは頷きを返した。

 ――そう、まったく。彼女の言う通りだ。

 

「本題に入ろう。話は聞いているかもしれないが、君がこの人形を売った女性、マーサ・ガーランドを探しているんだ」

 

 手のひらに、例の金髪の女の子を象った羊毛フェルト人形の画像を表示しながら、質問を続ける。

 

「彼女について、何か知らないか? 売った時に話した内容とか、どんなことでもいいんだ」

『マーサ……』

 

 その名を口にした、カーラの表情はふと暗くなる。

 そして彼女は、心配そうに口を開いた。

 

『確かに、マーサには私が作った人形を売ったわ。先月の17日――娘さんにプレゼントするんだって言ってた』

「娘……名前はミリア?」

『名前まではわからない。でも娘さんは10歳で、学校に通ってて……そう、マーサたちはデトロイトから半年前くらいに引っ越してきたばかりで、それでも仕事で何度も行き来してるって話してたかしら』

 

 ――10歳の女の子、という点は、ミリアの情報と合致している。

 しかし「引っ越してきた」というのは少しおかしい。先日ギャビンとナイナーとが調べた通り、マーサ・ガーランドの居住地やデザイン事務所は、デトロイト市内に登録されたままだ。つまり彼女は、カナダに本拠地を移しておきながら、それを公的には登録しないままにしている、ということになる。

 いったい、どんな理由だというのか。

 

 思考を巡らせつつ、コナーはさらにカーラに問いかけた。

 

「他には、何か聞いてないか。……そうだ、彼女の娘さんの様子は?」

『いえ、実は娘さん本人には会えていないの』

 

 カーラは、さらに面持ちを曇らせる。

 

『話にはしょっちゅう出て来たんだけど、本人の姿は。だからどんな子なのかは、ちょっと』

「そうか……」

『最後に、マーサと話したのは五日前』

 

 メモリーを手繰るような眼差しで、彼女は語りつづける。

 

『仕事でデトロイトに行くって……しばらく家を空けるから、子どもも一緒に連れていくんだって、そう言ってた。車の後部座席に、娘さんを乗せてたみたい。その、本当に乗っていたのかどうかは、確認できなかったけど』

「子どもも一緒に、仕事か……」

 

 呟きながら、コナーは、弟からの報告を思い出していた。

 彼が調べたところでは、マーサ・ガーランドのデザイナーとしての仕事は、半年前、エリック・ピピンという富豪の別荘デザインを手掛けたのが最後となっている。

 半年前にカナダに“越して”きた原因がその仕事にあるとしても、デトロイトに何度も行き来したり、五日前にデトロイトに戻ってきたりするべき理由にはならない。

 

『えっと、あとは』

 

 一方でカーラは、付け加えるように告げた。

 

『私の人形を、娘さんがとても気に入ってくれてるって話してくれたわ。五日前に別れる時も、その話をして』

「そうか。じゃあその時は、人形はマーサの娘さんのところにあったんだな」

『そうなると思う』

 

 ――これで、人形が確実に吸血鬼の手元にあった期間は特定できた。

 五日前、すなわち6月3日には彼女の娘のところにあり、そしてコナーたちが吸血鬼に遭遇した6月6日には、吸血鬼が落とした人形はコナーたちデトロイト市警のもとに渡っている。

 そうなると、マーサが吸血鬼と接触したのは、6月3日から6日の間か。

 いやしかし、6月5日にはベーグル屋の前でギャビンとナイナーがマーサと会っており、その時は特に変わった様子もなかったとのことだから、5日から6日の間と考えるべきだろうか。

 

 ――否。そもそも、マーサがどこまでこの事件に関わっているのかすらも、はっきりしていない。

 吸血鬼に人形を奪われた、ただの被害者なのか。

 そう考えるには、行動に不可解な点が多すぎるが――

 

 密かな懸念がプログラムを過ぎる。だが今は、それを語るべき時ではない。

 

「話してくれて、助かったよ」

 

 ひとまず、コナーはカーラに謝辞を述べた。

 

「今回貰った情報は、匿名の証言としてデトロイト市警に伝える。君たちの生活には何も影響がないようにするから、心配しないでくれ」

『ええ。でも、あの、一つだけ聞いていいかしら』

 

 意を決した様子で、カーラは正面から問いかけてきた。

 

『彼女に……マーサに、何かあったの? どうしても、それが気になって』

「それは」

 

 一瞬、どう答えるべきか言葉を失くす。しかしコナーは、できる限り冷静に、事実だけを伝えることにした。

 

「まだわからない。彼女が、しばらく家にも事務所にも姿を見せていないのは確かだ。ある事件を追っていて、マーサはその参考人ではあるんだが」

『……そう』

 

 ふう、と短くカーラは嘆息した。

 視線を一度下方に向け、しかし次にこちらを見つめた時、彼女の瞳は力強く輝いていた。

 

『私は、マーサをよく知っているというほどの仲じゃないけど……でも娘さんについて話してる時の彼女はとても明るくて、きっと大切な家族なんだろうって思ってた。もしマーサが、何か事件に巻き込まれてるんだとしたら』

 

 どうか、彼女を助けてあげて。

 ――カーラは、はっきりとそう告げた。

 

「わかった。万全を尽くすよ」

 

 コナーもまた、きっぱりとカーラに応える。

 すると相手は、わずかに安心したように、ふと表情を緩めた。

 

『そう、あと一つだけ!』

 

 通信を切ろうかとしたその瞬間に、カーラが声を発する。

 

『あなたの名前、まだ聞いてなかったと思って』

「確かに」

 

 自己紹介がまだだった。

 コナーは改めて、居住まいを正して彼女に言った。

 

「僕はコナー。デトロイト市警のアンドロイドだ」

『そう、じゃあ、コナー。あなたも、どうか気をつけて』

「! ……ありがとう」

 

 思いがけない言葉に、胸の奥が――シリウムポンプを中心に、「温かく」なったような感覚を覚える。

 自然と小さく笑ってから、礼の続きを言う。

 

「君と、君の家族の生活が、これからも幸せであるように願っているよ」

 

 かつて、対面した時に告げるべきだったのに、言えなかった言葉。

 それをやっと伝えられたような心地がしながら、コナーは、カーラとの通話を切断した。

 

 

 そして部屋の外に出ると、扉の正面には、先ほどと同じくケイシーが立っている。

 

「ケイシー、終わったよ。お蔭で、とても参考になる話を聞けた」

「えっ、ああ! それはよかった」

 

 何やら両手の指をわきわきと動かしつつ、彼は落ち着かない様子で言う。

 

「それで、その……これから帰るつもりだろう?」

「? ああ」

「その前に、どうしてももう一人……いや、二人か。会ってほしい人たちがいるんだ」

「僕に?」

 

 ――どういう意味だろう。通信では駄目で、直接でなければならない、ということだろうか。

 こちらにそれを申し出た途端に、ケイシーのストレスレベルが【25%】も下落し、つまり彼がほっとした様子になっているところを見るに、相手はよほど重要な人物のようだが――

 

「会うのは構わないけど、いったい誰なんだ」

「そ、それは会ってみればわかるっていうか……つまり、もうそこにいるんだ。この、部屋の中に」

 

 小声で言ってケイシーが示すのは、さっきの作業スペースからほど近い、別の扉である。

 廊下に並ぶ他の部屋と同様、なんの変哲もない談話室のドアのようにしか見えない。

 

 入って、こっち。――と言葉に出さず、口だけをぱくぱくさせてケイシーは促してくる。

 状況はよくわからないが、断る理由にはならない。

 

 コナーは少し身構えつつ、示されたドアのノブを回し、中に踏み入った。

 

 そして――その部屋にいる()()の姿を見るなり、思わず、目を見開いて動きを止めてしまう。

 

「こうして会うのは、久しぶりだな。コナー」

 

 近頃はもっぱら電話越しにしか聞いていなかった、その温かくも決然とした意志を滲ませた声音。

 ()は半年前に最後に対面した時と同じ、灰色の服の上に黄褐色のロングコートを羽織っていた。談話室の奥のソファーに深く腰掛けていたその身を起こし、ゆっくりと確かな足取りで歩み寄ってきて、彼はふと、口の端を柔らかく上向きにする。

 

 そしてもう一人――ソファーの傍らに立ってこちらを見つめている、()()のほうも口を開く。

 

「あなた、まだそんな制服着てるの? まあ、元気そうでよかったけど」

「ノース。……それに……マーカス」

 

 コナーは、半ば呆然と彼らの名を呼んだ。

 

 





後編は5月2日の朝10時に更新されます。
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