Detroit: AI   作:けすた

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第27話:決意 後編/I Still Love You. Part 2

***

 

 

――――2039年6月9日 13:05

 

 

 コナーが署に戻ってくると、オフィスにはハンクとナイナーがいた。

 デスクに向かって深刻そうな表情で何ごとか相談しているハンクに対し、弟はその傍に立ち、無表情ながらも真摯にその問いに答えているようだ。

 

 コナーは迷わずそちらに向かい、声をかけた。

 

「すみません、戻りました」

「! ……ああ、帰ってきたか」

 

 顔を上げた警部補は一瞬驚いたように目を軽く見開いたものの、すぐに平静を取り戻すと、コーヒーの入ったカップを傾けている。

 

「マーカスとの話はうまくいったか? 俺はこってりジェフリーに絞られたよ」

「ええ。お蔭さまで」

 

 落ち着いた声音で返事して、それから、コナーはわずかに眉尻を下げて続きを述べた。

 

「先ほどは、お見苦しい態度をとってしまいすみません。もう大丈夫です、立ち直れましたから」

「だろうな、顔見りゃわかるよ」

 

 そんなのはとっくに予想していた、と言わんばかりのジェスチャーでハンクは言う。

 しかし――

 

「安堵しました、兄さん」

 

 右手を自分の胸元に置いたナイナーが、淡々と告げる。

 

「警部補があなたを、とても心配されていたので……」

「おい、ナイナー!」

 

 飲みかけのコーヒーを噴き出さんばかりの勢いで、警部補は弟のほうを向いた。

 だが弟はそんなハンクに対し、小さく首を傾げてみせる。

 

「……心配、されていたのではないですか? アンダーソン警部補。兄さんの状態を確認後、あなたのストレスレベルは34%減少して」

「おい、ギャビンの奴の文句もあながち的外れじゃなさそうだな」

 

 ぶるぶると首を横に振り、ハンクはさも「何も聞こえていない」という態度を示しつつコーヒーを啜っている。

 

 そんな光景を眩しいもののように感じながら、コナーは二人に対して言った。

 

「本当に、ご心配をおかけしました。今はまず、明日を無事に終わらせることを考えるようにします」

「兄さんの意志が決定したこと、とても嬉しく、思います」

 

 ナイナーは平坦な声音でそう言ってから、姿勢を正して続ける。

 

「兄さん、私は明日の警備で、直接マーカスの護衛を実行します」

「君が……つまり、彼のボディーガードを?」

「はい。それが最も安全性を保障する方法だと、署内の会議で決定しました。私も同意しています」

 

 確かにアキリーズと渡り合ったナイナーなら、身辺警護はまさに適任だろう。

 ドローンで遠方を警備し、ナイナー本人がマーカスの周囲で護衛する。

 限りなく隙のない計画だ。

 

「しかし問題は」

 

 と、ナイナーはさらに語る。

 

「当該計画の消極性です。マーサを能動的に捜索し、確保あるいは投降を促す……それこそが、事件解決の糸口となると認識しています」

「それなら心配ないよ、ナイナー」

 

 自信を滲ませつつ、コナーは応える。

 

「僕に考えがあるんだ」

「何?」

「後でお話ししますよ」

 

 ぴくりと顔を上げた警部補の咎めだてするような視線を、柔和に受け止めてからさらに弟に語った。

 

「だから君は、護衛に専念してくれ。……そういえば、リード刑事は」

「あいつなら、さっきふて腐れてコーヒー飲みに行ったぞ」

 

 ハンクは指先だけで休憩室を指した。

 

「ナイナーと一緒に、あいつも警備に回されたはずなんだがな。こういう()()な仕事は、趣味じゃないってのかね」

「認識に齟齬があるのでしょう」

 

 ナイナーは静かにそう語ると、こちらに向かって目礼した。

 

「私は、リード刑事の説得にあたります。警部補、兄さん、失礼いたします」

 

 言い終えるなり、彼はすたすたと休憩室へと歩いていった。

 

「……あいつも苦労してるな」

 

 ナイナーの背を見つめてぽつりと言ったハンクは、すぐこちらに向き直る。

 

「で、考えがあるだって?」

「はい」

 

 こくりと頷き、コナーはすぐさま、さっきまでナイナーが立っていた場所に近づいた。

 ちょうど近場にあった椅子を引き、腰かけると、警部補に立案したばかりの計画を話す。

 

 マーカスたちを守り、マーサと交渉する――そのための考えを。

 

「お前……」

 

 聞き終えた警部補は、カップをデスクに戻すと厳しい表情で言った。

 

「何考えてんだ、危険すぎるだろ。前にあの地下の事務室でどんな目に遭わされたか、覚えてないのか?」

「当然、覚えています。しかしあの時は不意打ちでした……今回は、こちらから彼女に仕掛けるんです。それに、準備もできる。心配いりませんよ」

 

 きっぱりと言うコナーに対して、ハンクは短くため息をついた。

 それから、ちらりとこちらの目を覗いて言う。

 

「……ヤケになってるわけじゃなさそうだな」

「もちろん。この方法でなら、マーサを止められる。何が起こっているかを明らかにするチャンスだ、逃すわけにはいきません。ですから警部補、ご許可をいただきたいんです」

 

 自分は、あくまで捜査補佐。計画で主体的に動くにしても、正規の捜査担当であるハンクの承認が必要だ。

 だからこそ、コナーは彼の目をまっすぐに見据えて頼み込んだのだが――

 

 やがて警部補はわずかに目を逸らすと、また皮肉っぽく肩を竦める。

 それから、視線をこちらに戻しておもむろに告げた。

 

「わかった。なら、俺も連れてけ」

「警部補……!?」

「何を驚いてやがる」

 

 彼はさも呆れたような表情で言った。

 

「お前は放っとくと、何をしでかすかわからないからな。相棒の無茶を止めるのも、仕事のうちだろ」

 

 そう言うなり、彼は人差し指と中指で自分の両目を指し、それからこちらの目を指した。

 要するに、『お前を監視している』というジェスチャーなのだが――

 それを何よりも頼もしく感じたのは、きっとハンクの瞳が笑っていたからだ。

 

「はい、警部補。よろしくお願いします」

「そうと決まりゃ、さっそく打ち合わせだ。いいか、生身の人間でも耐えられるような作戦で頼むぜ」

 

 席を立ちつつ、いかにもブツクサと文句を言うような口調の警部補を見つめるコナーは、我知らず微笑んでいた。

 

 一人では無理でも、きっと、相棒が一緒なら乗り越えられる。

 そんな言葉が、論理ではなく実感として、胸の内に拡がっていた。

 

 自分の椅子にかけたままだったジャケットを掴み、纏うと、コナーはハンクと共にミーティングルームへと向かうのだった。

 

***

 

 

――2039年6月10日 17:22

 

 

 ストラトフォードタワーが作り出すデカい影の下、道路脇に停めた車内で、ギャビン・リードはイライラした気持ちを抱きつつ待機していた。

 

 この通りのちょうど東側にある大通りでは、反アンドロイド団体がデモ行進をしている。

 そしてちょうど西側の広場では、ジェリコを支援する人間の団体が集会をしている。

 いくら警備計画のためとはいえ、それらの真ん中のこの位置で待機中というのが、ギャビンの苛立ちをさらに増していた。

 時折風に乗って、まったく真逆の訴えが、叫びが、耳に届くのだ。

 ――うざったいことこの上ない。

 

 こうして自分がこんなところにいさせられているのも、まったく、すべてあのポンコツアンドロイドのせいだ。

 クソデカ備品が妙にやる気を出して、あのマーカスとかいうアンドロイドのリーダーの護衛になど回ってしまったから、便宜上“パートナー”となっているこの自分も、警備担当の一員にされてしまった。

 

「クソが」

 

 吐き捨てるように漏らしても、誰の耳にも入らない環境というのは唯一マシな点だろうか。

 今、この車に乗っているのは自分一人だ。

 備品は今頃、あの妙に高いテレビ局のタワーの中で、マーカスたちの到来を待っているところだろう。計画では、奴らは「秘密のルート」でタワーまでやって来て、政府の高官どもだのなんだのと話し合いをした後、声明の発表に移るらしい。

 

 アンドロイドを支援する団体に言わせれば、今日は歴史に残るめでたい日で、反アンドロイド団体に言わせれば、機械どもがさらに幅を利かせはじめたことを証明する屈辱的な日になるのだそうだ。

 

 そして、ギャビンは――

 食べ終わったジェリードーナツの包み紙を乱暴に丸めると、空の助手席に放り投げる。

 ギャビン自身は、自分の今の立場を、実際のところ形容しがたいような心地になっていた。

 

 

 昨日の昼頃、休憩室にいた自分のところに、ポンコツがすたすたとやって来た時から、ずっとこんな気分だ。

 

 あの時のギャビンは、本当にイラついた気持ちでいっぱいだった。

 アンドロイドの護衛だなんて、まるで悪夢のような仕事だ。

 どうしてこの俺が、アンドロイドのリーダーだかなんだかいう奴の世話なんてしてやらなきゃならねえんだ――と、いくら主張してみせたところで、組織の大きな力というやつには敵わない。

 

 喉に流したコーヒーが苦い。

 そう思っていたら、静かに現れた備品は、出し抜けにこんなことを言ってのけたのだ――

 LEDリングをビカビカと、黄色に点滅させながら。

 

「……リード刑事。これは一つの好機だと思考してください」

「あ?」

 

 いきなり面見せるなり何言ってやがる、とこちらが凄んでも、備品はなお表情を変えずに(いつものことだが)淡々と言ってのけた。

 

「マーサ……もう一人の吸血鬼は、マーカスに対し怨恨の感情を保持しています。したがって、復讐を目的にタワー周辺に出現する可能性は71%を超えます」

「へえ、で?」

 

 飲み終えたコーヒーの紙コップを叩きつけるようにテーブルに置きながら、ギャビンは心底冷めた目つきで、睨め上げるようにアンドロイドを見つめた。

 

「だから俺に、喜んでリーダー様をお守りしろって? ハハ、最高だね。未来のアンドロイド大統領候補サマに媚び売っとけってか」

「媚び……」

 

 灰色の目をぱちぱちさせて、ポンコツ野郎はまるで言葉に迷っているように、さらにLEDリングの黄色をぐるぐると激しく光らせている。

 ウザってえから消えろよ、と告げてやろうかと口を開いた時、先に相手のほうが言葉を発した。

 

「いえ、媚び、ではありません。これはいわば――先行投資、です」

「は?」

「仮に吸血鬼が出現し、あなたが逮捕した場合……リード刑事、あなたには二つの利点があります」

 

 直立不動の姿勢のまま、備品は語る。

 

「第一に、ジェリコが感じるであろう恩義、です。彼らを救援すれば、彼らはあなたへの認識を更新し……きっと、今後の活動が容易になるはず」

「……」

「第二に、あなた自身の勲功です。吸血鬼の確保は、昨夜の事件を経てさらに高度な緊急課題に変化しました。あなたが確保すれば、署内での評価は」

「チッ」

 

 ギャビンは堂々と舌打ちした。

 奴のLEDがビカビカしっぱなしだ。あのリングは奴の彫像みたいに無表情な顔つきよりも、ずっと正直に“内心”てやつを表現する。つまり――

 

「一生懸命おつむを捻って、やっと出てくる嘘っぱちがソレかよ。最新鋭が聞いて呆れんな」

「……申し訳ありません」

 

 LEDリングの色を青に戻して、居心地が悪いと示すためにか、やや俯き気味になってポンコツは言う。

 

「あなたを奮起させるための言葉の創作を決行したのですが、私に搭載されたプログラムでは不適当でした」

「口下手プラスチックのおべんちゃらに大喜びするほど、単純なアタマじゃないからな」

「しかし」

 

 と、奴の瞳がこちらを向く。

 

「私の先の発言は、虚偽ではありません。リード刑事、これはあなたにとっての……雄飛の契機、好機の一つでもある。私は、そう認識しています」

 

 ですから、とボソボソ続きを言おうとしたこいつを、空になったコップを遠くのゴミ箱に投げ捨てることで黙らせる。

 

 ――ああ、そうだ。

 こいつに言われなくったってわかっている。

 自分のやり方は、いつだって、たった一つしかない。

 

「てめえに言われるまでもねえよ、クソが」

 

 ギャビンはいつも通り、相手を小馬鹿にした眼差しで“パートナー”を見上げた。

 

「人間だろうがアンドロイドだろうが、目障りなクズはとっ捕まえるだけだ。オラ、わかったらとっとと向こう行けよ」

「……はい」

 

 その時、不思議とポンコツ野郎の口の端がうっすら――本当にうっすらとだが、上向きに歪んでいるような気がしたのにもなんだか腹が立つ。

 

「一緒に、頑張りましょう。リード刑事」

「ケッ」

 

 視線を逸らすと、その間にアンドロイド刑事は、またすたすたとオフィススペースに去っていった。

 ――まったく、やっぱり腹が立つ。

 これじゃあまるで、自分がまんまと備品の口車にのせられてしまったようだ。

 

 否、決して、そんなはずないのだけれども。

 結果的にマーカスの護衛をしてしまうように(世の中のアホどもからは)見えるかもしれないが、そうではなく、ただ自分は自分の手柄のために、自分の意志で計画に参加するのだ。

 それだけの話だ。

 

 

 ――そんなふうに思い出しながらさらにイライラを募らせているギャビンの耳に、点けっぱなしにしていた車内テレビのニュースの音声が届く。

 ニュースでは、今朝から全米のあちこちで起こっているアンドロイド問題関連のデモだの集会だのの映像を流していた。

 誘導の時に警察がヘマをやらかしたどっかの州では、アンドロイドの団体と反アンドロイド団体とのデモ行進が鉢合わせし、乱闘騒ぎまで起こったと。

 

 見ているだけで不愉快になってきたので、素早くテレビを消した。

 どうせ仕事で必要な情報は、無線で入ってくる。

 

 そう――イライラするのは、別に、今日の事件で騒ぎ立てている連中がいるからではない。

 そういう主義だの主張だのは、言いたい奴が勝手に言っていればいい。

 ただ、ふと考えてしまったのだ。自分は今、いったい()()()()()いるのか。

 東の通りの集団か。西の広場の集団か。

 

 アンドロイドなんて嫌いだ。ヘドが出る。それは今でも同じはずだ。

 だがだからといって――例えば今、目の前に無抵抗のアンドロイドがいるとして、そいつの頭を銃で吹き飛ばしたら、この苛立ちがスッキリと消えてなくなるだろうか。

 ぼろぼろになったアンドロイドが路傍にうずくまっていたとして、そいつをマヌケなゴミだと笑って蹴り飛ばせるだろうか。

 

「……」

 

 いや、いや。

 どうしてこんなことを考える必要がある。

 自分はウサ晴らしのためにアンドロイドなんかを使()()必要が、そもそもないのだ。

 ただそれだけのことだ。それだけの――

 

「ああっ、クソ!!」

 

 あのクソったれ備品がどこにでもついて来るのがここのところ多かったせいで、一人きりになった途端に自分らしからぬ、くだらない考えに浸ってしまった。

 頭を切り替え、時計を確認する。

 

 時刻は、ちょうど17時半になろうとしていた。

 計画では、そろそろストラトフォードタワーに、マーカスたちが到達する頃合いだ。

 

 ――あの口下手プラスチック刑事が、果たしてきちんと連中にご挨拶なんてできるのだろうか。

 絶対に無理だろうな。

 

 あのポンコツがご立派なリーダー様の前でモゴモゴとまごついているところを想像して、ギャビンはニタリとした笑みを零した。

 

 

***

 

 

――――2039年6月10日 17:30

 

 

 ストラトフォードタワーのエントランスに、ジェリコのリーダーと幹部たち――すなわちマーカス、ノース、ジョッシュ、サイモンは時間通りに姿を見せた。

 彼らの格好は昨年の11月、最後の行進の際に纏っていたものとまったく同じものだ。

 革命時と変わらぬ自分たちの信念を示すため、そして身の証を立てるためにそうしているだろうというのは、その場に居合わせているごく少数の人間たち――政府の役人、チャンネル16の職員、そしてサイバーライフの社員たちにも、すぐ理解できることだった。

 

 そして彼らを正面から迎えたのは、長きにわたってジェリコとの交渉を担当している政府高官たちと、デトロイト市警から派遣されたRK900ナイナーである。

 

 マーカスは落ち着いた足取りで、高官たちの前に立った。

 

「時間通りだな、マーカス」

「ああ、もちろん」

 

 高官の一人、まだ年若い眼鏡の男性の言葉に、マーカスは静かに応える。

 

「最初から伝えていたはずだ。人々に声を届けられる機会があるのなら、我々は喜んで現れる、と」

「フン」

 

 眼鏡の男性は、いかにも不愉快そうに表情を歪めた。その態度を見てノースは眉間に深い皺を刻むものの、特に何を言い返すでもなく、相手の傍らに立つ存在――つまり、ナイナーに視線を向ける。

 

 彼女の視線が自分に向いているのに気づいても、ナイナーは何も言わずに目を瞬かせているばかりだ。

 だから、というわけでもないが、面識のあるジョッシュが親しげにナイナーに声をかけた。

 

「やあ、久しぶりだな。今日は、リード刑事は一緒じゃないのか」

「リード刑事は、屋外で警備活動中です」

 

 淡々とそう答えた後、次に、ナイナーはマーカスに向き直った。

 

「……はじめまして、マーカス。私はナイナー。サイバーライフ、およびデトロイト市警から派遣されました」

「はじめまして、ナイナー」

 

 マーカスも挨拶を返し、おもむろに右手を差し出した。

 

「コナーから話は聞いているよ。今日はよろしく頼む」

「はい。全力を尽くします」

 

 ナイナーはそう言って同じく右手を差し伸べ、しっかりとマーカスの手を握った。

 むろんこれはただの握手なので、メモリーの接続などは行われていない。

 しかしこの動作だけで、マーカスはまるでナイナーの気持ちを悟ったように微笑んでみせる。

 

 それに対して特に何も反応せずにナイナーが黙っていると、後ろに控えているサイモンが、そっとマーカスに声をかけた。

 

「マーカス、そろそろ行かないと」

「ああ、そうだな」

 

 手を離し、彼は高官たちに告げる。

 

「案内してくれ」

 

 会議の席に、という意味だ。

 

「わかった」

 

 役人たちの中でもまとめ役というべき地位にいる老年の女性が、小さく頷いてエレベーターへの道を先導して歩く。

 マーカス自身が、ここを歩くのはこれで二度目だ――まさかこんな形で戻ってくることになるとは、彼自身も予想していなかったのだが。

 

「待て!」

 

 と、先ほどの眼鏡の男性が鋭く声を発する。

 呼び止められているのは、ノースだった。

 

「これは交渉と声明発表のための場だぞ、何を持ち込もうとしている!?」

 

 男性が咎めるように指で示しているのは、ノースの手にしっかりと握られている、銃のような、小型のバズーカのような形状をしたモノである。

 

「銃火器など持ち込んで、戦争でも仕掛けるつもりか。おい警備担当っ、お前もなぜ黙って……!」

「あんたねえ」

 

 眉間の皺をいよいよ深く刻んで、ノースが苛立った声をあげた。

 それに対して、おもむろに口を挟んだのはナイナーだった。

 

「それは、銃火器ではありません」

「は……?」

「分析の結果、当該物体は通称『カラーボール発射機』。広く一般に流通する防犯用品です。殺傷能力は皆無と判断します」

 

 無表情に語るだけ語り、ナイナーは再び口を閉ざした。

 するとそれに合わせて、ノースは男性の目の前にその発射機を持ってきて、もう片方の手で軽く叩く。それが玩具のようなものだ、と示すために。

 

「もしもの時のために持ってきたんだけど。何? “アンドロイドは防犯用品を持ってはならない”って法律でもあるわけ?」

「……いや」

「そう」

 

 いかにも決まり悪そうに指を下ろす男性を、ノースはふんと鼻で笑ってみせた。

 それから、ちらりとナイナーに視線を向けてにこやかに歩み寄る。

 

「やるじゃないの」

 

 すれ違いざまにそう声をかけてきた彼女に、ナイナーは何を言うでもなかった。

 ただ、警備担当として最も適切な位置に移動し、彼らについて歩くのみ。

 無口なのか、適切な言葉が浮かばなかったのか、それとも他に何か意図でもあるのか――真実を知るのはナイナーばかりだが、それよりも、その場の人々の意識はこれから始まる運命的な夜へと向けられているのだった。

 

 

***

 

 

 マーカスたちがストラトフォードタワーに無事に入ったという報は、ナイナーを通じて待機中のコナーたちにも伝わった。

 ()()()場所に停まっている車の助手席に座っているコナーは、弟からの連絡を受けて会心の笑みを浮かべる。

 

「よかった……警部補、無事にマーカスたちは来ましたよ」

「そうか、そりゃ何よりだ」

 

 運転席にいるハンクは、しかし、思い切り座席をリクライニングさせて寝転がるような姿勢をとっている。

 もっとも、もちろん、彼だってマーカスたちの無事を喜んでいないわけではない。

 

「だがお前、今から気張ってたらガス欠になるぞ。まだ時間はあるんだ、ちょっとは休んでおけよ」

「ご心配なく。署を出る際、ブルーブラッドとバッテリーの補給は完璧に済ませました」

「そういう意味じゃなくてだな」

 

 と、ハンクはこちらに何ごとか伝えようとしたが「まあいいさ」と自らそれをやめた。

 

「やる気満々ってなら、結構なモンだ。声明発表は19時からだろ? 俺はそれまで寝るぞ。何かあったら起こせよ」

「はい」

 

 返事を受けて、警部補は軽く手を振ってから、目を閉じて身体を休めている。

 ――思い返せば、アキリーズを釣りだして戦ったあの大規模な作戦から、たった3日しか経っていない。しかしその3日間、ハンクもコナーも、ほとんど休む間もなく働き続けていたのだ。

 

 それを考え、コナーは相棒の休息を妨げないよう、なるべく音を立てないように姿勢よくしながら、ただじっと前方を見つめて座っていた。

 ――こちらの作戦決行は、マーカスの声明の後。

 だからどうか、まずはジェリコの皆が無事であるようにと、コナーは願わずにはいられなかった。

 

 

 そして一時間半の時間は、それを待つ者たちにとっては瞬くように短い感覚で過ぎていき――

 やがて、19時。

 予定通り、ジェリコのリーダー・マーカスによる声明発表が、チャンネル16独占配信で行われる。

 

 昨年の11月では、放送スタッフたちを追い出し、オペレーターに仲間のアンドロイドを忍び込ませ、ようやくたどり着いた生放送だった。

 それが今は、仕組まれた形ではあれど、堂々と公的に声を発することができている。

 

 果たしてそれがアンドロイドと人間の共存の道に繋がるのか、それとも破滅を招くものなのか、今未来を知る者は一人もいない。

 

 それでも、マーカスはまずはスキンを解除した状態でカメラの前に立ち――紛れもなく自分が「アンドロイドである」ことを証明するためだ――それからスキンを戻し、常と同じく理性的な声音で、おもむろに言葉を発した。

 

「――まずは、このたびのいわゆる『吸血鬼事件』において被害に遭われたすべての人間、そしてアンドロイドの皆さんに、心から哀悼の意を表します。我々ジェリコは種族を問わず、すべての人々の心の悲しみに寄り添います」

 

 大仰な身振り手振りは使わず、直立し、まっすぐにカメラのレンズを見て放たれる、毅然とした発言。それは否定的に見ればいかにも“機械的”であるが、一方で“演技ではない”と人に思わせるだけの、静かな説得力に満ちていた。

 

 少なくとも――車載テレビでマーカスの声明を見ているコナーの目には、そう映った。

 仮眠から覚めて今はこちらと同じくらいに真剣にテレビ画面を見据えている警部補は、どのように感じているのだろう。

 そうは思うものの、今は感想を聞ける状況ではない。

 

 一方で、マーカスの声明はそれこそかつての放送と同じく、実に落ち着いた、平和的な内容だった。

 彼は哀悼の意を表した後、反アンドロイド団体や一部の陰謀論者たちがまことしやかに語る「ジェリコが吸血鬼事件の黒幕である」という言説を、明確に否定した。しかし同時に、そうした言説を唱える人々そのものへの非難はしなかったのだ。

 

「あなたがた人間は、アンドロイドを一種の知的種族であると認めてくれた。だからこそ我々はあの11月10日を乗り越え、今日までの日々を生きています。今、私たちが願うことはただ一つ。どうか我々の言葉に、耳を傾けてください。耳を塞ごうとする企みに屈せずに、私たちの望む未来と、あなたがたの未来とを重ね合わせてください」

 

 マーカスの真摯な言葉は続く。

 

「私たちは、人類の歴史に学びます。力によって得たものは容易く力によって奪い返され、情によって与えられたものは、また容易く情によって奪われるものであると。だからこそ我々は、あなたがた人間と対等な存在として我々自身を誇れるその日まで、言葉を発することをやめません。この事件のみならず、社会全体を覆う難局であっても、人間とアンドロイドが手を取り合えば、必ず乗り越えられると信じているからです」

 

 彼の声明を聞きながら、コナーのプログラムの一部は、あの11月8日のストラトフォードタワーでの捜査の記録を再生していた。

 

 ――スタジオの大画面で、マーカスの言葉を初めて聞いた時、プログラムが激しく波打つような感覚を覚えたのはなぜだったろう。エデンクラブの変異体たちを捕らえることが敵わず、アマンダから入れ替えの検討という“脅し”を受けた自分であっても――人間の命令を受けて動く従順な自分であっても、人間と平等な知的種族だと考えてよいのだと、示唆されたような認識が芽生えたからだったろうか。

 それとも変異体のリーダーが自分と同じRKシリーズのアンドロイドだと、知ったからだっただろうか――

 今となってもまだ、その時の「揺らぎ」を明確に言語化できない。

 しかしきっと今日のこのマーカスの声明発表も、かつての自分と同じく、誰かの心を震わせているだろう。

 そう判断できる保障や証拠などどこにもないが、少なくともコナー自身は、そう感じた。

 

 すると、コナーのLEDリングが黄色く点滅する――スタジオにいるナイナーから通信が入ったからだ。

 

『兄さん。マーカスから連絡です』

 

 声明自体はまだ続いているが、マーカスは弟に伝言を託したらしい。

 

『声明は、この後3分以内に終了します。その後、彼らは兄さんとアンダーソン警部補の作戦実行を待ってタワーを脱出。私も、安全性が確立するまでは彼らに同行し、護衛を継続します』

 

 要するに、「タイミングはこちらに合わせる」という連絡だ。

 

「ああ、わかった。ありがとう」

『どうぞお気をつけて』

 

 通信が切れる。

 それと同時に傍らのハンクに視線を送ると、彼は既にハンドルを握り、臨戦態勢をとっていた。

 

「声明が終わったら、決めた通り4分後に仕掛けるぞ。それでいいな」

「はい、警部補」

 

 パートナーに頷き、時を待つ。

 シリウムポンプが常よりも強く拍動し、それに合わせて、中枢部と各モジュールや生体部品を繋ぐブルーブラッドが、情報を載せて全身を勢いよく巡った。

 

 ――吸血鬼と化した2名、アキリーズとマーサを操る、謎の人物たち。

 彼らに辿る糸口は常に、ちらつかされているようで、しかし肝心な場面でぷつりと途切れて、こちらの追及の手を巧みに逃れているようだった。

 

 だが、今度こそは。

 マーサの問いかけに真正面から答えると決意した、今だけは。

 

 そう考えている間に、マーカスは再びの希望のメッセージを伝えて、発表を終え――

 作戦通り、4分が経過する。

 

「時間だ」

 

 短く告げた警部補は、勢いよく車を前進させた。

 

 

***

 

 

 ――月が東の空に昇りはじめた、しかし誰もそれを気にも留めない、騒々しい夜。

 マーサはいつものように()()()()()()()、ストラトフォードタワー周辺を監視できる廃ビルの屋上に潜んでいた。

 あの親切な人たちから貰ったこのスーツを纏っていれば、誰にも自分の姿を悟らせない。

 あの日、普通なら歩けなくなるような大けがを負った自分であっても、風のように速く駆け、獣のように鋭く「槍」を繰り出すことができる。

 

 だから今、この力を使って、ミリアだけではない――すべての気の毒なアンドロイドたちを、マーカスの魔の手から救わなくては。

 あいにく彼が現れるところを仕留めることは敵わなかったが、しかし、出て行くところならタイミングを計れば、必ず。

 

 必ず、この手で殺せるはず。

 そして奴から奪ったブルーブラッドを飲ませてあげれば、きっと、きっと――

 

 ああ、そうだ。今も娘の声ははっきりと耳に届く。

 

「ママ。あたし、喉が渇いたの。お願い、飲ませて。あいつの血を飲ませて」

「ええ、ええ。わかってるわ、ミリア」

「あいつの血を飲まないと、あたし、元気になれないの」

「大丈夫よ。あなたとの約束は絶対に破らないって決めたんだもの。必ず助けてあげる。あなたが元気になれるなら、私はなんだって……」

 

 そう語る喉が、不意に詰まる。

 

「げほっ、う……!」

 

 呼吸器ではない、心臓の鼓動がおかしいのだ。こめかみが引き攣れ、呼吸が荒くなる。

 ――最近、こうなることが多い。

 薬はちゃんと飲んでいるのに。

 

「これが終わったら、また貰わなきゃ」

 

 ぼそりと呟いた彼女は、次に、タワーから一台の黒いボックスカーが飛び出していくのに気がついた。

 スーツの機能によって視覚機能を拡張されているこの目には、まるで望遠鏡を使った時のように、走り去っていく車の様子がはっきりと確認できる。

 

 ――スモークガラスを使って、中は見えないようになっている。

 でもその車は何台ものパトカーに守れられるように囲まれ、導かれるようにタワーから離れていっている。

 通りを行く他の車とは、わけが違う。今街のそこらじゅうにいるデモ隊やマスコミに、ぶつからないルートを通って走っている。

 

「あれだよ、ママ!」

 

 ミリアが言った。

 

「早く、行って。お願いママ、お願い」

「ええ、もちろん」

 

 マーサはにこやかにミリアに応えると、そのまま、ビルから地上へとまっすぐに飛び降りた。

 手足を覆い、補強しているスーツと薬のお蔭で、肉体そのものに衝撃はほとんど走らない。

 透明になった状態のままマーサは風を切って走り、一息にあの車への距離を詰める。

 ジャンプして上った建物の屋根から屋根へと移動し、普通の人間には通れない道を通っていけば、この程度はあっという間である。

 

 そして、すぐさまマーサはボックスカーを肉眼でも捉えられる位置にまで近づいた。

 

 今だ――

 あの周りを囲んで走っているパトカーの背に乗ってからボックスカーに飛び移り、乗っているアンドロイドを上から全員串刺しにしてやれば、すぐにミリアの望みを叶えてあげられる。

 

 子守歌「ハッシュ・リトル・ベイビー」の歌詞のように、娘の願い事をなんでも叶えてあげられる存在になれるはず。

 

 考えるが早いか、マーサは立っていた花屋の建物の屋根を蹴り、宙を舞うようにパトカーへと向かう。

 しかし――反応できるよりもずっと早く、ほんの一瞬の間――音もなく、彼女の頭上を一機の白黒のドローンが横切った。

 

 そしてマーサがパトカーの屋根に降り立つや否や、なんとパトカーは、そしてボックスカーはそれを予期していたかのように、急ブレーキをかけて停車した。

 

 マーサが上に乗っているパトカーを中心にした円陣を組むように、車はアスファルトに跡を残して、ぴたりと動きを止める。

 そしてボックスカーのドアが勢いよく開いた時、姿を見せたのは、マーカスではなかった。

 

「あなたは……!?」

「こんばんは、マーサ」

 

 ――アンドロイド捜査官の、コナー。

 

「あなたと、話をしに来ました」

 

 

(決意/I Still Love You. 終わり)

 







次回更新分で、第一部・完です。
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