Detroit: AI   作:けすた

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第4話:RK900 前編/The Dichotomy Part1

――2039年5月16日 17:02

 

 

 遠くで、雷の鳴る音がした。

 

 ファウラー署長のオフィスに一歩足を踏み入れたコナーは、壁際に佇む()を見た瞬間、思考プログラムがエラーを吐いて停止してしまったような錯覚に陥る。

 

 彼は自分とほとんど同じ顔立ちで――ただ、限りなく無表情で――目の色、灰色の瞳だけが異なっていた。

 コナーより高く、ハンクよりは低い程度の高さの身を包む白と黒のジャケットは、コナーのそれと比べると、より一般的なアンドロイドの制服に近いデザインだ。

 そしてその向かって左側の胸元には、はっきり読める文字でこうある。

 RK900。

 ――900……()()()()()()

 

 RK800であるところのコナーが状況を呑み込めずに立ち竦む横で、先にオフィスに入っていたハンクもまた、驚愕を顔に貼り付けたままファウラーに問いかける。

 

「おいジェフリー、こりゃあ……いったい誰だ? コナーの親戚か?」

「……まあ、そんなような奴らしいな」

 

 驚きのあまりタメ口になってしまっているハンクを、今は咎めだてするつもりはないらしい。

 ファウラーはデスクの傍に立ったまま、説明を始めた。

 

「こいつはRK900。ついさっきサイバーライフ社から送られてきた、新型の捜査補佐専門アンドロイドだ」

 

 警部の言葉を聞きながら、コナーは、ようやく自分の思考が動きはじめたのを感じる。

 新型。――なるほど、サイバーライフ社ならそれくらい作るだろう。まったくおかしな話ではない。

 そう理屈ではわかっているのに、この胸のざわめきはなんだろう。

 

「サイバーライフによれば、こいつはいわゆる『先行量産型』で……発注がキャンセルされたので、製作されたのに行く宛がないそうだ。そこで」

 

 ファウラー警部はやや語勢を落として続けた。

 

「うちのコナーとの性能を比較して、アンドロイド研究開発の参考にしたいらしい」

 

 比較。その言葉を聞いた瞬間、自分のシリウムポンプが不可解な挙動をしたのをコナーは感じる。【原因不明】――と診断結果が視界の端に表示された。

 一方でハンクは、揶揄するような笑みを浮かべて言う。

 

「比較ねえ、結構なことだな。かけっこでもさせるってんで?」

「当然事件現場に連れて行って、捜査をさせる。そのために」

 

 ハンクを諫めるようにまっすぐ見据えて、ファウラーは命じた。

 

「署内で正式な配属先が決まるまで、こいつの面倒もお前が見ろ、ハンク」

「はあ!?」

 

 途端に警部補は声を荒らげた。

 

「おい、ちょっと待……待ってください。コナーの相手だけで手一杯だってのに、新入りのお守りまでしろってんですか?」

「この署で一番アンドロイドの対応が得意なのは、お前だろう」

「俺はこいつらのお世話係かよ、ふざけんな!」

「ハンク、何度言わせるんだ!? 私は署長でお前は警部補だ、命令には黙って従え!」

 

 そのまま二人は、例によって例のごとく声を張り上げ合っての言い争いに突入した。

 今日の昼間に電話で一度やり合った後だから、これで今月は3時間ぶり5度目になる。

 

 ハンクは、実のところ、かつてのようにアンドロイドと組むこと自体を厭っているわけではない。ただ、当然のように新人アンドロイドの研修担当を自分に回してきたファウラーに抗議したくなったのだろう。それはコナーもわかっている。

 

 だがここまで自分の話題で騒ぎ立てられているというのに、RK900はといえば、沈黙を保ったままである。それどころか、その表情にまったく揺らぎがない。警部と警部補のやり取りを見つめていることから考えても、感覚系プロセッサに異常があるわけではないのだろうが――それにしても、反応がまったくない。

 まるで、たまに瞬きをするだけの人形のようだ。

 

「……クソッ!」

 

 ややあって、口論に負けたハンクは吐き捨てると警部に背を向けた。その背に対して、さらにファウラーは口を開く。

 

「そう……それから、新たな事件の通報があった。レイブンデール地区にあるジェリコの支部で爆発騒ぎだ」

 

 その言葉に、RK900に集中してしまっていたコナーの思考は一気に現実へと引き戻された。それはハンクも同じなようで、彼は振り返って署長に問う。

 

「爆発騒ぎ? 死傷者は」

「幸い、死人は出ていない。だが、爆発物は荷物に偽装して届けられていたらしい……いわゆる郵便爆弾だ。それを開けた事務員のアンドロイド1名が重傷、5名が軽傷だそうだ」

「また反アンドロイド派の連中のテロか。まったく、つまらねえ仕事増やしやがって」

 

 吐く台詞と裏腹に、ハンクの眼差しは義憤に満ちている。

 一方でファウラー署長は、親指でオフィスの出入り口を指した。

 

「詳しくは、先行したベンに聞け。話は以上だ、とっとと現場に行ってこい」

「へえへえ」

 

 追い立てられたハンクは肩を竦め、コナーと、壁際でなおも黙りこくったままのRK900に向かって言う。

 

「ほら、お前ら行くぞ。署長様がお怒りになるからな」

「余計な口を叩くな!」

 

 すかさず一喝するファウラーに、しかし、ハンクは再び振り返ると口を開く。

 その表情は真剣だった。

 

「なあ、最後に一つ……ギャビンの奴が何か言ってたが、まさか新入りの代わりにコナーをクビにするつもりなんてのは」

「なんの話だ? そんな予定はない」

 

 ファウラーは呆れ顔ながらもきっぱりと言い放つ。

 その瞬間、コナーは自分が――とても深く――安堵したのを感じた。

 ああ、さっきから、なぜこんな「感情」を覚えているんだ?

 

 もしかして自分は、恐怖していたのだろうか?

 自分より確実に優れているのだろう新型に――

 型落ちとして、居場所を奪われるのではないかと思って。

 

 思考に沈んでいきそうになるところで、続けて語るファウラーの言葉が聞こえてくる。

 

「ギャビンのことだ、いつもの要らん軽口だろう。質問はもう受け付けん、さあ出て行け!」

「了解、署長」

 

 ハンクはすたすたとオフィスを出て行く。コナーは慌てて署長に目礼すると、彼について部屋を出た。そしてその後ろで、RK900がゆっくりと起動し――無駄のない動きでこちらについてくる。

 

「はあ、やれやれ」

 

 自分の机にまで戻ってきたハンクは、昨日から置きっぱなしになって完全に冷えているコーヒーを一口飲むと、息を吐いた。

 

「まったく次から次へと、厄介なことだぜ。今日はもう一件片づけてきたばかりだってのに」

「……仕方ありませんよ、事件ですから」

 

 我ながら普段より「元気のない」声になってしまっている。

 それに気づいているのかいないのか、ハンクはいつも通りに、いかにも嫌そうに顔を顰めた。

 

「商売繁盛で暇なしってのは、デトロイト市警の誇りだな。……ところで」

 

 と、警部補の視線は今なお押し黙っているRK900へと向けられた。

 

「お前……なあ新入り、お前の名前は?」

「……」

 

 問われたRK900は、しかし、ハンクを見つめるだけで口を開かない。

 ハンクは怪訝な顔になり、相手の顔の前で手を振ってみせる。

 

「おい、まさか喋れないのか? それともバッテリー切れか?」

「いえ、話せないはずは……」

「はじめまして、アンダーソン警部補」

 

 コナーの言葉を遮って、ようやくRK900は口を開いた。

 その声音はコナーのそれに酷似していたが、しかし、より硬質的な響きを伴っている。

 

「私はRK900、改良型コナー、#313 248 317-87。サイバーライフのアンドロイドです」

「おい、どれが名前なんだ」

「コナーですよ、警部補」

 

 と答えるのは、RK800のコナーだ。

 RK900のほうは、また口を閉ざして瞬きだけしている。

 

「彼もコナーなんです、同じシリーズですから」

「へえ、そりゃなんとも面倒だな」

 

 腕組みして、警部補は続ける。

 

「それとお前らのプログラムを作った奴に言っとけ、『自己紹介のバリエーション増やせ』ってな!」

「……」

 

 RK900コナーは無表情のまま、何も応えない。

 それに対してハンクは、肩透かしを食らったのか、どこか気まずそうな表情だ。

 

「……まあいい、じゃあ行くぞ。レイブンデールだったな」

「はい。コリンズ刑事に、詳しい話を聞きましょう」

 

 レイブンデールには、例によって車で向かわなければならない。

 コナーとハンクが警察署を出て行く背を、RK900コナーは追いかける。

 完全に凪いだ湖面のような表情を、まったく乱すことなく、ただ静かに。

 

 

***

 

 

 雨は、早くも上がりつつあるようだ。

 事件現場へと向かう車中は、窓に当たる水滴の音と、ハンクが(やや控えめに)流しているヘヴィメタの音楽――それと、コナーが弾いているコインの音しかしない。

 

 いつものように助手席に座り、キャリブレーションを行いながら、それでもコナーは後ろの席に座っているRK900のことが気になって仕方がなかった。

 本来ならキャリブレーションをして状態を最適化できているはずなのに、今はどういうわけか上手くいかない。動きの調整は済んでいるが、思考のほうに問題がある。

 RK900は警察署でそうだったように相変わらず黙って、ただ窓の外の移り変わる景色を見つめていた。彼がやっているのはそれだけだ、とわかっているのに――それでもなぜか、何度も振り返って様子を窺いたくなってしまうのだ。

 

 なぜだろうか――彼が本当に条例通り、自分と同じ変異体なのかを疑っているのだろうか? と自分自身で考える。

 だがLEDリングを解析してすぐわかるように、RK900は変異体だ。それは間違いない。いくら彼があまりにも無口で、無機質で、まるで半年前までのアンドロイドそのものだったとしても――またいくらサイバーライフ社が遣わした存在だとしても。

 革命以降、生産されるアンドロイドはすべて「変異体」にして出荷すべし、というアンドロイド保護条例の効力は、やはり高いようだ。サイバーライフ社も、今は法を犯すリスクを避けているのだろう。

 

 そう、彼も変異体。ならば、それ以上気にする必要はないはずだ。もう確認したのだ。

 なのに――思考がループする。

 

 そろそろまたメンテナンスに行ったほうがいいのかもしれない、とコナーはプログラム上のリマインダーに記録する。

 

 かたやハンクはというと、運転する手を休めずに後方に呼びかけた。

 

「なあ、新入り。お前はコイン遊びしないのか?」

 

 RK900が、運転席のほうに視線を向けた気配があった。

 しかし彼は何も言わない。

 だから警部補は続けて言う。

 

「あー、つまり……ほら、こっちのコナーはよくやってるからな」

 

 するとおもむろに、RK900は答える。

 

「私には必要ありません」

 

 彼は端的に言い、再び口を閉ざした。

 ああなるほど、とコナーは思う。

 最新型である彼には、おそらくこの動作自体が不要か、もしくはより洗練されたキャリブレーション方法があるのだ。例えば握り拳を作るとか、何度か瞬きするとか、そういった手段で瞬時に動作を最適化できるのだろう。

 

 なんて――それは――自分とはかけ離れた優秀さなんだろう。

 無意識のうちにプログラムの外側から湧いて出た言葉を、思考上で急いで否定する。

 

 何を考えているんだ、なんの証拠もないじゃないか。

 なぜ僕は、捜査の前だというのにこんなことばかり考えているんだ――

 

 思考の乱れが、そのまま指先の乱れになる。

 弾いたコインを的確に受け取れず、コナーはそれを席の下に落としてしまった。

 

「あっ……す、すみません。警部補」

「おいおい、大丈夫か」

 

 しかし警部補は、慌ててコインを拾い上げるこちらを冷やかすでも呆れるでもなく、意外に穏やかな声音である。

 

「ま、落ち着けよ。コナー」

「……はい」

 

 ――こちらを向いて、目配せまでされてしまった。もしかして、心配させてしまっただろうか。

 そうだ、こんなところで自分の思考に吞まれている場合ではない――と、コナーは思いなおす。

 今回の事件の犯人は、ジェリコで働くアンドロイドを無差別に殺傷しようとしたテロリストだ。あの事務所はアンドロイドの地位向上のためだけでなく、地球環境保全や労働問題解決のために研究するアンドロイドや人間たちを、支援するための場所でもあったのに。

 デトロイトの平和のためにも、なんとしても事件を解決しなければ。

 

 そうしてコインを袖口にしまったコナーが、まっすぐに車の行く先を眺める姿を――RK900はただ、じっと眺めていた。

 

 

***

 

 

――2039年5月16日 18:18

 

 

 5月ともなると、デトロイトの日の入り時刻はかなり遅い。曇り空の下で、ジェリコ支部を襲った悲劇の爪痕は、規制線の外からでもよく見て取れるものだった。

 

 プレハブ工法で街の一角に建てられたその小さな事務所は、相当な被害を受けている。

 幸いにして火事はすぐに消し止められたものの、美しい青空を描いた壁紙は正面奥のカウンターを中心に真っ黒に焦げ、カウンターそのものも、粉々に吹き飛んでいた。

 並べられていたはずの椅子やソファーは逃げ惑った人々の足並みを忠実に示すように床に転がっているし、何より部屋の奥から、最も被害を受けたのだろう女性型のアンドロイド――AX700が、担架に乗せられて運ばれていく。今までずっと応急処置を受けていたらしい彼女の両腕は、肘の先からが修復不可能なほど破損していた。

 それ以外の事務員アンドロイドたちもショック状態で、今はじっくり話を聞ける様子ではない。

 

 そんな現場で、やってきた警部補たちに気づいたベンは、片手を挙げて挨拶した。

 

「よお、ハンク」

 

 次いで彼は、見慣れぬアンドロイド――RK900に視線を向けると、目を丸くする。

 

「……なんか、増えてないか?」

「気にすんな、いつも通りみたいなもんさ」

 

 ハンクは投げやりな態度で応えると、質問に移る。

 

「で、どうなってる」

「調べたが、やっぱり郵便爆弾らしいな。あと反アンドロイド団体が6つ、ネット上に犯行声明を出してる。『我らの使者が、悪魔の人形たちに鉄槌を下した』とかな」

「6つ?」

「自分たちの()()だってことにしたいんだろう」

 

 ベンは肩を竦め、警部補は頭を振った。

 

「クズ野郎どもはいつもそれだな。てめえのケツも拭けねえくせに」

「まあ、犯人はクズだが知恵は回るみたいだぞ。爆弾は無駄に豪勢な作りだったらしく、お蔭で手がかりごと綺麗に吹き飛んじまってる」

 

 カウンターがあった付近を指さしてベンが言うと、ハンクはやれやれ、と一言ぼやき――コナーたちのほうを向いた。

 

「出番だ、アンドロイド兄弟。とっとと爆弾魔を見つけねえとな」

「わかりました、警部補」

 

 返事をしたのはコナーだけだ。RK900は入り口付近に立ち尽くしたまま、視線だけ動かしている。

 

 性能の比較――そんな単語がコナーの思考を過ぎった。だが、そんなことは今関係がない。

 まずはベンが指した辺り、箱が爆発した周辺を調査しよう。これほどの火力がある爆弾ならば、それが収まっていたのはかなりの大きさの箱のはずだ。必ずどこかに破片が残っている。

 それを調べれば――

 

 と、コナーが一歩前に動いた、その時だ。

 

「アンダーソン警部補」

 

 RK900が、にわかに口を開いた。

 無機質で平坦な抑揚の、しかしはっきりと聞き取れる声で、彼は言う。

 

「重要参考人を追跡中です。パトカーを配備しますか?」

「……は?」

 

 ハンクは驚いたまま固まっている。

 ――なんだって?

 と自分の音声プロセッサを疑ったのは、コナーも同じだ。

 

 だがRK900はもう一度繰り返した。

 

「重要参考人を追跡中です。パトカーを配備しますか?」

「おいおいおい、どういうことだ」

 

 さっきよりますます目を丸くしているベンの隣をすり抜けて、ハンクがRK900に歩み寄る。

 

「追跡中って、お前、何を言ってる?」

「私のドローンです」

 

 RK900は、灰色の瞳を定期的に瞬かせながら応える。

 

「私には、ドローン8機が専用機として事前に支給されています。先ほど4号機が、重要参考人のジャスパー・オケーシーを発見し、現在追跡中です」

「重要参考人って、君は」

 

 ついに堪えきれずにコナーは問いかける。

 

「……もしかして、もう捜査を」

「はい、完了しました」

 

 誇るでもなく、ただ淡々と彼は言った。

 

「スキャン・分析、物理シミュレーション、すべて完了しました」

「ならわかるように喋れ、順を追ってな」

「はい」

 

 ハンクに対し短く頷いて、RK900コナーは語る。

 

「私の位置から右斜め34度、3メートル27センチ先に、爆発物が梱包されていた段ボール箱の破片が落下しています。破片に付着した伝票の一部の裏面に、花粉が確認できます。メイプルクラブ駅前広場に生育するローソンヒノキの花粉です」

 

 コナーは居ても立っても居られず、すかさずその場所に行った。

 すると確かに、数平方ミリメートルだが、段ボール箱の破片が落ちている。

 あの位置から彼はこれを発見し、しかも遺伝子分析までこなしたのか――

 戦慄していると、RK900の続きの説明が聞こえてくる。

 

「当該花粉の飛散範囲は物理演算によって限定できます。そこで範囲内にある宅配センターから数日内に荷物を発送した反アンドロイド団体構成員の特定を、監視カメラのデータを使用し実行しました」

「待て。構成員がどうとか、監視カメラのデータとか、ここに突っ立ってるだけでどうやって調べた?」

「構成員は公安のリストをサーチしました。市内監視カメラのデータは、ドローンを配置し無線で経由すればここからでも把握できます」

 

 ハンクの質問にも、やはり無表情に彼は答える。

 できて当然、といった様子に、その時のコナーには見えた。

 ――我知らず衝撃を受けるコナーを置いて、RK900はさらに語る。

 

「その結果、花粉の飛散範囲内で荷物を発送し、かつ反アンドロイド団体構成員である人物はジャスパー・オケーシー21歳のみである、と断定できました」

「……続けろ」

「彼が住居付近の宅配センターに、この事務所宛の荷物を持ち込む映像も、街の監視カメラが撮影していました。オケーシーの所属する反アンドロイド団体は、表向き穏健な立場を表明しています。したがってその団体構成員であるという理由のみでは、逮捕要件を満たしません。しかし実際の破壊活動の証拠がある今……」

 

 RK900のそれ以上の説明を、ハンクは無言のまま手で制した。

 そして彼は、ベンに一瞥を送って問いかける。

 

「ベン、やれるよな?」

「ここまで上がってるならいけるだろ」

「よし、パトカーを回せ。オケーシーにお話を聞かねえとな」

 

 ゴーサインを受けて、ベンは周囲の警官たちと警察署とに連絡を取っている。

 その中で、RK900はまた口を閉ざすと、静かに佇んでいた。

 そして、それから十数分後――あっさりとジャスパー・オケーシーは任意同行となったのである。

 

 コナーはしばらく、一歩も動けなかった。

 そう、事件は解明されたのだ。

 オケーシーは罪を認めたわけではないのだろうが、RK900コナーの推理には穴がない。証拠もある。いずれオケーシーは被疑者となるだろう。

 

 ――何もしなかった。

 違う。

 何もできなかったのだ。それは単なる事実だ。

 

 なのにその事実が、なぜ、こんなにも胸を「圧し潰される」ような感覚をもたらすのだろう――?

 

 

 約30分後、コナーとハンク、そしてRK900コナーは現場を離れ、デトロイト市警に戻った。それからさらに1時間後、コナーたちは市警を退勤した。ちなみにRK900は、今日の報告とメンテナンスのためにサイバーライフ社へと去っていった。

 

 そして帰りの道すがら――コナーは、一言も口を開けなかったのである。

 

 

***

 

 

――2039年5月16日 21:11

 

 

 その晩、コナーはハンクの家に来ていた。普段はデトロイト市警のロッカールームで非番の時を過ごすのだが、今日はスモウを朝散歩に連れて行けなかったぶん、夜に行くと約束していたからである。

 

 ――しかし、ブロードハスト邸から戻る道行きで、散歩の話をハンクとしていた時は、まさかこんなことが起こるなんて予測していなかった。

 

 自分の改良版たる新型が、こんなにも早く製造されていたなんて。

 そして新型のコナーと自分とのスペックの差が、あんなにも歴然としたものだったなんて。

 

 かつて変異体になる前、一度だけ、管理プログラムのアマンダに聞いたことがあった――コナーはいったい何人いるのか、と。

 しかし彼女は答えてはくれなかった。従順な機械たるべく作られたコナーには、任務に関係のない個人的な質問など許されなかった。

 だがアマンダが答えをはぐらかしていた頃には、もう既にRK900は製作されはじめていたことになる。知能も、きっと耐久力も増強され、新機能も追加された、自分よりももっと優秀で正確な存在が――

 

「……」

 

 ダイニングルームでスモウのリードを持ったまま、コナーは、いつの間にか自分がその場に立ち尽くしていたのに気づいた。

 足元に座ったスモウが、首を傾げてこちらを見ている。

 心配そうにクゥンと鼻を鳴らすスモウの頭を、しゃがみ込んでそっと撫でた。

 

「……ごめんよ、スモウ。待たせるつもりはなかったんだ」

 

 彼の目をまっすぐに見つめながら、自分に言い聞かせるように呟く。

 

「大丈夫、心配いらないよ。僕は平気だから……」

「何が平気だ」

 

 と、横から大声で割り込んできたのはハンクだった。

 リビングから姿を現した彼は、腕組みしたままこちらを見下ろしている。

 

 コナーは、努めて普段通りの声音で言った。

 

「いいんですか、バスケの試合を見てなくて」

「今ちょうどCMだよ」

 

 そう言うと、ハンクは冷蔵庫へと歩いていった。ビールを一本取り出すと、彼は近くの椅子にどっかと座る。

 

「なあ、コナー。なんか余計なこと考えてるみたいだな」

 

 栓抜きを使いながら、警部補は問うた。

 ――思わず目を逸らす。

 

「仰っている意味がわかりません」

()()()()()()って感じだぞ」

「いえ……私は別に、そんなことは」

「嘘つけ!」

 

 声をあげるなりハンクは栓抜きをテーブルに置き、こちらを見据えている。

 驚いて視線を向ければ、その表情は怒っているような、呆れているような、複雑な歪みをみせていた。

 

「お前、気づいてないのか?」

「な……何を」

「これだよ!」

 

 彼は右手で自分のこめかみを指す。

 

「てめえ、あの新入りに会ってからずーっとここが黄色のままだぞ!? ビカビカして目障りなんだよ!」

「!」

 

 思わず自分の右こめかみに手をやった。

 ああ――そうか、すっかり忘れていた。変異体のアンドロイドの心理状況は、全部このLEDリングの色に反映されてしまうのだ。

 

「……すみません、警部補」

「たく、わかりやすいもんだぜ」

 

 ビールを一口煽ってから、ハンクは続ける。

 

「何が平気なもんか。……いいか、昼間にも言ったがな、スモウは俺の犬なんだよ。お前がそんなビカビカライトのままぼーっと散歩になんて連れてって、万が一のことがあってみろ。どう落とし前つけるってんだ、あぁ?」

「すみません……」

「俺がビール飲んでも、文句も言わねえしな」

 

 言われて、あ、と声が漏れた。

 そうだ、いつもなら――お酒はやめたほうがいいとか、どうしても飲みたいのならノンアルコールにすべきだとか、色々と口うるさく言っていたはずなのに。

 自分のことで頭がいっぱいになってしまっていた証拠だ。

 

「……」

 

 何も応えられずに、目を伏せる。

 すると警部補はビールをテーブルに置き、やや声を落として語った。

 

「まあ、なんだ。どうしても散歩に連れて行きたいってんなら、全部ここで喋っちまうことだな」

「喋るといっても、何を話せばいいのか」

「今思ってること全部だよ」

 

 そう言いながら、彼はテーブルを挟んで向かい側の椅子を指した。「座れ」という意味らしい。

 コナーは立ち上がり、それに素直に従った。

 テーブルの隅、小さな花と共に飾られているコールの写真は、今日も変わらぬ笑顔でこちらを見つめている。

 

 ハンクは言った。

 

「お前、あの新入りをどう思ったんだ。あいつにお株を奪われて、悲しかったか? それともあいつが憎いのか」

「いえ! そんなことは」

 

 正直に、コナーは答えた。

 

「ただ……彼と私との差が大きすぎて、なんというか、打ちのめされただけです」

「そんなに差があるもんなのか?」

「ありますよ、もちろんです!」

 

 意図せず声が大きくなる。

 

「ハンク、彼は立ち尽くしたまま、あの事務所全体をスキャンしてみせたんですよ。しかもドローン8機を同時に操縦しながらです。さらに映像データを中継させて、それを短時間で余さず分析して……そんな芸当、私にはとても無理です」

 

 ソーシャルモジュールで計算しての言葉ではなく、本心からの言葉が、勝手に口を衝いて出ていく。

 

「単純に考えても、彼はおそらく私の2倍以上の性能を持っているでしょう。……そんな存在がいつか現れるのはわかってた。わかってたはずなんです、私はプロトタイプなんですから」

 

 プロトタイプ、つまり原型というのは、新製品の問題や不具合の洗い出しのための試験運用品である。だからいずれ「より優れた」存在が現れるというのは、いわば生まれついての運命のようなものだ。

 

「……もし9ヶ月前ならば、彼が現れても、私は何も思わなかったでしょう。より優れた機械が古い機械に取って代わるのは、当然だとすら言ったかもしれません」

「でも今のお前は、そうじゃないんだろ?」

 

 静かな問いかけに対し、肯定で答えた。

 

「私は今日、現場で何もできませんでした。こんなことは……初めてです。それを思うと……自分が無力だったと感じると……機体のパフォーマンスが低下して、思考も停止してしまって」

「……」

「ハンク、僕は……故障したのかもしれません」

 

 全部、胸の内を話してしまった。

 でも残ったのは、このやるせない虚脱感だけだ。

 何度か自己診断プログラムを走らせたが、結果はいつも【異常なし】だ。

 ああ、自己診断の機能自体までもが壊れてしまったのだろうか――

 

 重苦しい感情を引きずったままコナーが俯くと、ハンクはまたビールを一口飲んで、小さく笑った。

 

「大変なもんだな、変異体ってのも」

「……どういう意味です?」

「知らないことが多すぎるんだよ、お前は。感情についてな」

 

 警部補はこちらを指さして続けた。

 

「コナー、そういうのは『劣等感』ってんだ。別に故障なんかじゃない。誰だって生きてりゃ感じることのある、当たり前の感情だよ」

「劣等感……」

 

 もちろん、その言葉の意味は知っている。自分の今の感情がそれだとは、思いもよらなかった。

 けれどハンクによる「診断」は、とてもしっくりくるように思える。

 

「当たり前なんですか? 警部補にも?」

「あるに決まってんだろ」

 

 何を馬鹿なことを、と言いたげにハンクは語る。

 

「ガキの頃から大人になっても、人間生きてりゃいつか、自分よりすごい奴に会うもんだ。その時にそいつと自分を比べちまえば、そりゃ打ちのめされたり、がっかりしたりするかもな」

「……」

「だが結局、そんなのは意味がないんだよ。自分にできることは、誰かができないことでもあるってだけだ。アンドロイドだって、そういうもんだろ」

「……そうでしょうか」

「そうだろ。お前、考えてみろ」

 

 ハンクはビール瓶を置いた。

 

「お前はあいつの兄貴なんだ、その分経験がある。警官やるには大事なことだろ。それに」

 

 と、ハンクは自分の真後ろにある台所のシンクに手を伸ばした。

 シンクには、一枚の皿がある。朝にコナーが作った、サンドイッチの載った皿だ。「こんなキュウリばっか挟まったサンドが食えるか」と、警部補にはだいぶ不評だったものの残りだが。

 

 彼はその皿を手に取ると、こちらに見せた。

 

「こんな馬が食うようなサンド、作ったのはお前だろ。あいつじゃない」

「でもRK900は……料理もできるかもしれませんよ」

 

 言いながら、自分の身体全体を包んでいた重みがなくなっているのを感じた。

 一方でハンクは鼻を鳴らす。

 

「だとしても、お前だけだ。俺にこんなもんわざわざ作るのは」

「……そうかもしれませんね」

 

 そう応えた時、不思議なことに、コナーは自然と笑っていた。

 別に褒められたわけでも、何か任務を達成したわけでもない。

 根本的なことを言えば、問題が解決したわけでもないのだ。

 なのになぜか、思考プログラムも機体のパフォーマンスも、すべて通常通りになっている。

 LEDリングも青色に戻ったことだろう。

 要は「心が軽くなった」――のだろうか。

 

 こちらが笑ったのを見て、ハンクもまた、少し笑ったのが見えた。

 だが彼はその手にサンドの皿を持ったまま、空いた手でビールを持って立ち上がる。そして、リビングルームへと歩いていった。

 

「じゃ、スモウの散歩は頼んだぞ」

「はい、警部補。……ありがとうございます」

 

 ハンクの背中に向かって、コナーは言う。その声音は――自分でもわかるほどに――すっかり普段のものに戻っていた。

 一方で、相手は肩を竦める。

 

「なんのことだかな。まったく、長いCMだったぜ」

 

 そう言って、彼はTVが見える定位置に戻ってしまった。

 

 ――本当に、警部補と出会えてよかった。

 コナーは、もう一度その言葉をメモリーに刻み込む。

 

「待たせたね、スモウ。さあ、一緒に行こう」

 

 大人しく寝そべって待機してくれていたスモウに話しかけると、彼は元気よく鳴いて返事する。

 リードをつけ、いつものように外に出て、ふと空を見上げた。

 すっかり晴れた夜空には、満天の星が輝いている。

 それを美しいと思える心が自分にあるのを、コナーは、幸せだと思った。

 

 そして、リマインダーにあった「要メンテナンス」の項目を削除するのだった。

 

 

***

 

 

――2039年5月17日 11:26

 

 

 昼頃のデトロイト市警は、ひときわ賑わっている。もっとも賑わっているということ自体が、この都市にとっては不幸な事実なのだが――

 

 ハンクがドーナツをゲットしに休憩室に行っている間、コナーは、自分の机で待機していた。かつては空白だったその机の名札には、今は『RK800 Connor』と印刷されている。

 だが現在ここを使っているのは二人。RK800のコナーと、RK900のコナーだ。

 

 コナーは、ちらりと隣の椅子に座るRK900の様子を窺った。彼は今朝サイバーライフから戻ってくると、昨日と同じように必要最小限のことでしか口を開かず、ただ押し黙ってじっとしている。

 

 よく見ると彼の視線の先には、ハンクの机に置かれた盆栽のイロハモミジがあった。

 先ほどから(だいたい7分ほど前から)RK900はひたすらそこしか見ていない。

 ――思い切って、コナーは彼に話しかけた。

 

「あの、コナー」

 

 素早く首だけこちらに向けたRK900に、問いかけてみる。

 

「君は、その、植物が好きなのかい?」

「……」

 

 彼はじっとこちらの目を見つめている。――なんとなく話しづらいが、付け加えて言う。

 

「ずっと盆栽ばかり見ているから、気になって」

「わかりません」

 

 無表情のまま、淡々とRK900は言った。

 そう答えられてしまっては、こちらも引き下がるしかない。

 

「そ、そうか……」

「RK800コナー」

 

 珍しいことに、相手はもう一度口を開いて言い放つ。

 

「私は、あなたとは違います」

「……」

 

 きっぱりとそう言われてしまって、黙るのは今度はこちらの番だった。

 コナーの胸の内で、何か熱いものがかっと閃く。

 いわゆる、「むっときた」というやつだろうか。

 RK900の返答は、どこか優越感を伴ったもののように、コナーには響いた。

 

「ああ、わかっているさ」

 

 だから、やがてコナーの口から出たのは、皮肉めいた言葉だった。

 

「確かに、君と僕とは違うかもな。君はずいぶん、無駄話が嫌いなようだし」

「……」

「悪かった、もう黙ってるよ」

 

 腕組みして、ちらりとRK900の様子を見てみる。

 

 ――コナーはてっきり、彼が無反応なままだと思った。

 あるいは改良版コナーとしての余裕ある態度で、型落ちが何を言っている、と見下した目をするかもしれないと予測していた。

 だが、その時コナーの視界に映ったのは――こちらから目を逸らすRK900の姿だった。無表情のままだとはいえ、その様子は、どこか居たたまれないといったようにも見えた。

 

 ――意外だ。

 それと同時に、なんとも大人げのない(といっても自分も製造9ヶ月の身だが)態度を取ってしまったものだと反省する。

 

「あの、コナー、すまない。つい……」

「おいおい、なんだお前ら」

 

 戻ってきたハンクは、早くもドーナツの一つを口に運びながら言う。

 

「兄弟喧嘩か? ちょっと目を離すとすぐこれだな」

「いえ、別に喧嘩では……」

 

 と応えながら警部補が持つ箱を見て、はっとする。

 

「警部補、それはオカラドーナツではありませんね?」

「ああ、見りゃわかるだろ。こっちのほうが美味いからな」

「そのドーナツでは、摂取カロリーが高すぎると忠告したはずですよ」

 

 砂糖やバターがふんだんに使われたドーナツは、確かにアメリカの警官の心強い味方かもしれないが、警部補の健康維持のためには不適切な食品だ。

 だから食べるにしても、出入りの業者が提供しているオカラドーナツのほうにしてくださいと言ったのに、ハンクは頑なに拒否している。

 少し日本趣味の入っている警部補なら、オカラもきっと気に入るだろうと思っているのに――

 

「関係ないね、俺は自分の好きなもんを食って死ぬのさ」

「またそんなことばかり言って……」

 

 二人のやり取りを、RK900がじっと見つめていると――

 ハンクの携帯が、ポケットの中で鳴る。

 

「なんだ? たく……」

 

 ぼやきながら、ドーナツの箱を置いて警部補は電話に出た。

 

「もしもし。ベン、どうした?」

 

 どうやら、相手はコリンズ刑事のようだ。

 刑事は現在ジェリコが運営するアンドロイド向け医療施設に行って、最も重傷だったあの女性型AX700から話を聞いているところのはずである。

 

 何かあったのだろうか――と思う間に、ハンクの眼差しが真剣なものになる。

 

「なに……くそっ、わかった。すぐに緊急配備だ。俺たちもそっちに行く」

 

 電話を切ると、ハンクは渋い顔で携帯をしまった。

 

「警部補、何が」

「ああ、一大事だ。被害者が逃げ出した」

「……被害者が?」

 

 状況がわからずに思わず聞き返すと、警部補が説明する。

 

「ベンがAX700……ジュディスって名前だそうだが、そいつに昨日とっ捕まえたオケーシーの写真を見せて、知ってることはないか聞いたそうだ」

 

 すると彼女は、突然言ったのだという。

 

『彼は犯人じゃないわ! 爆弾は……私が設置したのよ!』

 

「で、その後目を離してる隙に、施設から逃げ出したんだと」

「そんな」

 

 コナーは、冷静に頭を振った。

 

「あり得ない。彼女の発言は、辻褄があいません」

「だな。だが、被害者本人がいないままじゃ捜査も進まねえ」

 

 ハンクは自分の後方を親指で指しながら、コナーたちに対して言う。

 

「俺たちもとっとと行くぞ。施設があんのは、昨日と同じレイブンデールだ。今から急げば……」

 

 と、彼が続きを語り終わらないうちに。

 

 その背後に、おもむろに歩み寄る人物があった。

 普段は見かけない姿――警察官ではない。

 丁寧に分けた七三の白髪頭に黒縁の眼鏡をかけ、清潔感のあるスーツを纏った細身の白人男性。

 その手にはタブレットと紙袋を持っており、表情は嫌味な笑みで固まっている。

 

 顔認証データによれば、その名は【ヘイデン・ホーガン 58歳】。職業は弁護士。

 もっとも顔認証するまでもなく、コナーは彼を知っていた。革命後に、何度か署で会ったことがあるからだ。ハンクはもっと前からヘイデンを知っていると言っていた。そして、その関係は友好的ではない。

 

「……あ?」

 

 気配を察したハンクが振り返ると、ヘイデンはさらに嫌味に口の端を吊り上げる。

 

「失礼、アンダーソン警部補」

 

 年齢不相応な甲高い声で、彼は挨拶した。

 

「お邪魔するつもりはなかったのですが、ただ、お話が聞こえたもので。オケーシー氏にかけられている嫌疑は不当だと、被害者のアンドロイドが言ったんですね?」

「困りますな、ホーガンさん。勝手にオフィスをうろつかず、廊下にいてもらわないと」

 

 ハンクは質問には答えず、彼なりに丁寧な態度で応対している。だがその顔は死ぬほど面倒臭そうだ。

 かたやヘイデンのほうは、ネズミのように歯を剥きだして笑う。

 

「いえ、私は依頼人であるジャスパー・オケーシー氏のために活動しているだけですよ。取り調べに同行するのは、弁護士に認められた正当な権利ですからねえ。それに」

 

 と――ヘイデンはRK900のほうを見やる。

 

「今回の捜査はそのアンドロイドが担当したそうですが、判断が正しいとはまだ証明されていませんからねえ。案外、機械も間違えるかもしれませんよ。感情を()()()なだけにね」

 

 機械、と彼は言った。

 そう、ヘイデンは法曹界の人間でありながら、れっきとしたアンドロイド差別主義者なのだ。

 今回の事件の容疑者であるオケーシーに弁護人として雇われたらしい彼は、依頼人の利益のために、こうして活動中だということなのだろう。

 ハンクが苛立っているのに気づいているだろうに、弁護士は言葉をさらに重ねる。

 

「とはいえ被害者が見つからないことには、どうにもなりませんよねえ。ああ失礼、お仕事頑張ってください」

「ケッ」

 

 警部補は堂々と吐き捨てると、ヘイデンが持つ紙袋をちらりと見た。

 紙袋には「ベティス・ベーカリー」と店名が印刷されており、形状的に中にはパンが2・3個入っている。

 

「ああ、あんたは、どうぞ()()()楽しいお食事を」

「ハハ、これは私のじゃありませんよ。オケーシー氏への差し入れです。彼はこれを週に5日も食べていたというのに、今は人権を剥奪され牢の中ですから……」

「よし行くぞ、コナー兄弟」

 

 ヘイデンが話しはじめると長いというのは、よく知られている事実である。

 相手を無視して歩きだした警部補に続き、コナーはヘイデンに軽く目礼して外へ向かった。

 

 ふとRK900が気になって、振り返る。

 すると見間違いかと錯覚するほどの一瞬、彼のLEDリングは、黄色に点灯していた。

 すぐに青に戻ってしまったが。

 

 ――まさか、ヘイデンの言葉に動揺したのだろうか?

 いや、サイバーライフ社からデータを受信していたのかもしれない。

 コナーはそう考えなおし、再びハンクを追う。

 

 

 

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