Detroit: AI   作:けすた

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第40話:空港 後編/The Fatal Enemy Part 2

***

 

――2039年7月19日 14:49

 

 

「申し訳ありませんが、危険物はこちらにお願いします」

「……なんだって?」

 

 いざ整備場に立ち入ろうとしたところで警備員に呼び止められ、ハンクは怪訝な顔をする。

 

「抵抗するつもりはないが……さっきバッジ見せた通り俺は刑事で、ここには仕事で来てる。それでも、銃を預けないとダメだと?」

「はい。すみませんが、規則なので」

 

 やや背を丸めつつそう告げるのは、まだ年若い男性の警備員だ。彼が立つのはカウンターのような場所で、そのすぐ傍には金属などを探知するゲートがある。整備場に入る通用口はその先だ。

 

 整備場が火気厳禁なのは当然だし、銃火器は名の通り火器であるから、危険なのは当然だ――刑事にまで順守させるのは少し意外だが、万が一を考えての措置なのだろう。

 ハンクもそう思ったようで、やや解せないといった面持ちではあるが、ホルスターごと銃をカウンターに置いた。

 

「ベルトも外すか?」

「いえ、そのままで。ありがとうございます……お帰りの際に銃はお返ししますから」

 

 そう語る警備員の瞳をじっと無言で見つめた後、ハンクはゲートを通って行った。

 ――そこで、コナーは念のために尋ねた。

 

「私はどうすれば?」

「ああ」

 

 警備員は途端にぞんざいになって言う。

 

「別に、行きたきゃ行けばいいだろ。どーぞ」

「どうも」

 

 短く返事をして、こちらもまたゲートを通った。

 

 

 そして整備場のどこにトルシェム氏がいるかは、スキャンするまでもなく明らかだった。

 グレアム・トルシェムは――年齢が【59歳】で【一般道での速度違反(手動運転時)】の犯罪歴を持ち、【医師から実業家に転身】したという彼は、くすんだ短い金髪を撫でつけた白人の男性である。整備場の一角で、トルシェムは薄手のシャツとデニムを纏い、悠々と椅子に座っていた。手荷物から出したのか、または空港のサービスなのか、手に赤ワインの注がれたグラスを持っている。しかしそんな一見優雅な姿に反して、その眉間には深い皺が刻まれていた。

 ストレスレベルから判断しても、かなり苛立っている様子である。

 

「来たか」

 

 近づいてくるハンクとコナーに気づくなり、彼がそう呟いたのが聞こえてきた。トルシェムは白いサイドテーブルにワイングラスを置いた。テーブルには、ブルーチーズの乗ったクラッカーの皿もある。

 そして椅子から立ち上がるなり、彼は足音高くこちらに近づいてきて、まくし立てるように発言した。

 

「最初に言っておこう、私は無実だ。アンドロイドなぞ雇っていないし、レッドアイスなんて見たことすらない。あなた方が私を疑うというのなら、それをデトロイト市警の総意だと判断する。そして私は、州の権力には弁護人を立てて争うつもりだ」

「どうも、トルシェムさん」

 

 突き立てた人差し指をこちらに向けるようにしながら睨みつけてくるトルシェム氏に対し、ハンクは“常識的な刑事”としての面持ちで、礼儀正しく挨拶した。

 

「デトロイト市警のハンク・アンダーソンです。こっちはアンドロイドのコナー。機内に持ち込む予定だったという荷物について、いくつかお話を伺いたい」

「フン。アンドロイドね……」

 

 ふいに、トルシェムのぎらついた眼差しがこちらに向けられた。だが今さら怯む自分ではないし、それより気になるのが、この憎らしげな態度である。広くアンドロイド一般に恨みがある人物なのか?

 

 表情を変えぬままコナーがじっと観察していると、トルシェム氏はどこか居心地が悪そうに口元を歪めた。それから、ハンクに向き直って告げる。

 

「持ち込む予定だった、と言ったな。とんでもない……あれは私とは一切無関係の荷物だ。見ろ、私は既にあのサイドテーブルを持っている。さらにミニテーブルを増やそうとなんてするか!? それに、カウンターに持ち込みなどしたら見つけてくれと言わんばかりじゃないか! 私は馬鹿じゃない」

「なるほど」

 

 持ち込みについては、先ほどこちらも挙げた疑問点と同じことをトルシェムは言っている。

 警部補はそれに対して相槌を打ってから、続けた。

 

「では、アンドロイドについては? AP700型が、あなたの元に所属していると言って荷物を預けたんですが」

「だから言っているだろう!」

 

 いよいよ激怒したように、トルシェムは言い放つ。

 

「アンドロイドなんて誰が雇うか! あんな連中……フン」

 

 差別的な発言になると思ったのか、彼は唐突に口を噤んだ。それから、振り返って視線をやや遠くに向ける。そこには、亜麻色の長い髪をした女性が立っていた。彼女の視線がこちらを向く――サングラスを掛けているが、フェイススキャンに影響はない。分析によれば、名は【メイジー・トルシェム 24歳】。【元モデル】で犯罪歴はなし。付記には、グレアム・トルシェム氏と1年前に結婚したとある。

 

「妻だってそうだ」

 

 と、トルシェムはメイジーを見つめたまま言う。

 

「アンドロイドを購入したことは一度もない。それに、薬物使用の経験もな! 私の商売敵の誰かが、私を嵌めるためにやったことに決まっているんだ。まったく、今日はシカゴに行く予定があったのに。これ以上私を不当に拘束するなら、本気で訴えてやるからな!」

「事実はすぐ明らかになりますよ」

 

 宥めるように、とはいえ極めて中立的な発言をしてから、ハンクは軽くトルシェムに会釈した。それから、次はメイジーに話を聞くべく、彼女に近づいていく。

 しかし――メイジーへの聞き込みからも、大した情報は得られなかった。

 

「アンドロイドに心当たりは?」

「ない」

「では、ミニテーブルについては?」

「知らないわ」

「お連れ合いは、商売敵の仕業だと仰ってましたが」

「じゃあ彼に聞いて」

 

 メイジーは終始この調子で答え、顔を背けていた。やがて彼女はシガレットケースを取り出すと、細いタバコを一本取り出し、火を点ける。そして、吸った煙を無遠慮に吐き出した。

 

「……もういいでしょ、あっちに行ってくれる」

「ここは火気厳禁なのでは?」

 

 言ったのはコナーだ――単純な疑問が、つい口から衝いて出てしまった。だがメイジーはサングラスの奥でぎろりとこちらを睨むと、つかつかと整備場の奥へ歩いて行ってしまう。

 

「……こいつは望み薄だな。いったん出るぞ、コナー」

「そうですね」

 

 空港内の監視カメラの映像の確認も、それなりに進んでいる。とはいえ、あいにくこちらにも成果はないが。

 そう思いつつコナーたちが整備場を出ようとすると、突然、背からトルシェムに呼び止められる。

 

「待て!!」

「……なんでしょうか」

「刑事、そう、あなただ。最後に、あなたの所属と階級と名前を聞いておこうか」

「……」

 

 威圧するつもりなのか、単純に最初に名乗ったのを忘れているのか――とこちらが疑問に思う間に、内心で吹き荒れる苛立ちをうまく押し込めているのだろうハンクは(それでも口の端を引き攣らせながら)おもむろに、そしていやにハキハキと答える。

 

「デトロイト市警、警部補のハンク・アンダーソンです。どうぞよろしく」

「デトロイト市警の警部補、アンダーソン……」

 

 わざとらしく復唱したトルシェムは、しかし、唐突に何かに思い当たったような面持ちになった。

 それから彼の顔に浮かんだのは、深い笑みだった。そしてその笑みは実際のところ、非常に禍々しいもののようにコナーの目には映った。論理的な推論ではなく、もっと“直感的”な部分での感想だ。

 つまりトルシェム氏の笑みは、それほどまでに不気味だったのである。

 

「デトロイト市警、ハンク……ハンク・アンダーソン警部補か。そうかそうか、なるほど。ハハハハハ!」

 

 名前を呼ばれて高笑いされては、さすがにハンクも黙っていられない。

 

「……何がおかしい? あなたにとって、俺の名前に何か意味でも?」

「いいや。いや、別にいいんだ。ハハッ……あなたが気にしないなら、私もそれでいい」

 

 目尻に涙を浮かばせてまで嗤う彼の姿は、明らかに異常なものだった。

 ――そうだ、警部補は今丸腰だ! 万が一このトルシェムがピピンの仲間だったとしたら、ハンクの身に危険が及ぶかもしれない。そうなったら自分が――!

 

 コナーは、決然と身構えた。

 けれどそんなこちらの覚悟になどまったく構いなく、トルシェムは突然態度を軟化させ「捜査が終わるまで待ってますよ」と言うと、またワインを嗜むのに戻ってしまったのである。

 

「なんなんだ?」

 

 ハンクが呟くのを聞きつつ、コナーも首を傾げた。

 

 

 その後――先ほどの警備員に、しっかり忘れずに銃を返してもらった後。

 コナーたちは整備場にほど近いターミナルに留まって、相談をしていた。

 

「お前から見て、さっきの二人はどうだった。何か隠してるふうだったか」

「いえ、特には。それなりのストレスは感じているようでしたが、嘘をついている反応もありませんでした」

 

 後ろから彼らをスキャンしていた結果を、端的に告げる。

 

「あなたの名を聞いて、彼が突然笑い出した理由も不明ですが……少なくとも、あの場に留まってもあれ以上の情報は得られなかったでしょう」

「だろうな。となると、AP700が見つかるのに賭けるしかないか」

「ええ。ただ、残念ながら」

 

 今もシステムの一部を使って監視カメラの映像をチェックしつつ、言った。

 

「カベッジ氏の話の通り、あのAP700らしきアンドロイドはどこにも……。できる限り、人目の少ない箇所をサーチしているのですが」

 

 もし弟であれば、複数のカメラを一気に調べられたことだろう。自分のスペックでは、通信できても1台ずつだ。時間がかかるばかり――こういう時、己の能力の限界を疎ましいと思ってしまう。

 眉を顰めたコナーがそんな思考を過ぎらせた、その時だ。

 

 新しく接続したカメラの端に映った光景に、思わず目を見開いた。

 

 そこは、先ほど訪れたのと同じ手荷物預かり所。その端に一箇所、つい最近になって設置されたと思しきスペースがあった。そこには列ができており、並んでいるのはすべてアンドロイド。立ち居振る舞いなどを見る限り、全員変異体である。

 彼らはそこで、一人ずつ白いコンテナに入っていった。アンドロイドが「商品」として空輸されていた頃に使われていたのと同じ、衝撃吸収材などが使用された、やや大きな箱である。

 

 変異体たちはまるで(かつては街中に存在したという)電話ボックスに入るような雰囲気で、次々とコンテナに入っていく。そして蓋が閉じたそのコンテナはそれ以外の荷物などと同様に、カウンター奥からベルトコンベアに載せられて、荷物のソーティングエリアへと運ばれていく――

 

「……!」

 

 確信した。――AP700はここにいる。

 

「わかりました、警部補!」

 

 勢いよく、コナーはハンクに説明する。

 

「AP700はソーティングエリアに隠れています。預かった手荷物を、飛行機の各便へと分配する場所……あそこは無人化されていて、荷物以外はアンドロイドしか入れないんです」

「待て待て」

 

 小さく手を振りつつ、警部補は応えた。

 

「わかるように説明してくれ。つまり、なんだ? アンドロイドは……」

 

 そこまで言って、彼は低く唸る。

 

「そうか。飛行機には()()()()()乗るからか」

「その通りです」

 

 こくりと首肯するも、ハンクの表情は複雑そうなままだった。

 

 ――つまり、こういうことである。

 アンドロイド保護条例が布かれた今も、飛行機に乗る時、アンドロイドは人間と同じように座席につくことは許されず、航空貨物として「運搬」されることになっている。

 

 それは安全保障上の理由だの、航空法の規定が原因だのと色々言われているが、一番大きな理由は「保護条例に類するものが存在しない国のほうが多いから」という点にある。

 保護条例のない国では、アンドロイドは未だ「モノ」として扱われる。合衆国からそうした国々へ移動するアンドロイドもいることを考えると、世界的な足並みが揃っていない現状では、飛行機では一律「モノ」として扱うほうが、海外の空港でも混乱を招かないだろう――というのが、人間側の意見だ。

 

 ともかくそういうわけで、たとえ国内便であっても、現在のところアンドロイドは持ち込み不可の大型貨物として専用のコンテナに入り、飛行機内の貨物室に入れられて移動することになっている。先ほど映像で見た変異体たちの列は、いうなれば搭乗案内を待つものだったわけだ。

 

 そして集まった荷物を各飛行機に運ぶソーティングエリアについては、5年ほど前から無人化されている。ロボット(アンドロイドではなく、より機械的な単純作業を行うものという意味で)のアームによって全自動で荷物が選り分けられ、各所へ運ばれていくというわけだ。

 さらに、作業効率化を図る目的でそのエリアは複数のベルトコンベアとロボットアームが所狭しと並べられており、人間の立ち入りは危険なため禁止となっている。となると――

 

「恐らくAP700は、テーブルの麻薬に気づかれるより早く、ソーティングエリアに行くアンドロイドたちの列に並んだんでしょう。そしてコンテナに入り、そのまま身を隠した」

「それで、どこを探しても見当たらねえわけか。ソーティングエリアの中に監視カメラがあっても、コンテナに入ったままなら、外から見分けがつかないからな」

「ええ」

 

 そこで、コナーはきっぱりと言った。

 

「ですから私が行って、直接捜してきます」

「おいおい、お前……そりゃ、そうするしかないかもしれんが」

 

 軽く頭を抱えながら、ハンクはこちらを見やった。

 

「手続きはどうする? 飛行機のチケットがない奴は、いくら並んでもさすがに入れないんじゃねえのか。警察の捜査だっつっても、許可を得るには時間が……」

「その点はご心配なく。先ほどあなた名義で、15時49分発ダニエル・K・イノウエ国際空港行きのチケットを購入済みです」

 

 つまりハワイへのチケットだ。

 

「な……!」

 

 まさに絶句といった様子でぽかんと口を開けている警部補に対し、コナーは丁寧に謝った。

 

「すみません、勝手にあなたのカードを使ってしまって。ですがこの捜査が終われば、きっと飛行機代は経理が出してくれるはずです」

「そうじゃねえ! ちょっとは人に相談しろってんだ、勝手な真似しやがって!」

 

 ――なるほど、いつものようにハンクはこちらを気遣ってくれているらしい。

 そう思い、コナーは微笑みと共に、改めて説明した。

 

「AP700が変異体かどうか、まだわかりませんが……直接出向けば、それも明らかになる。事情を聞くこともできるはずです」

 

 それに直接AP700と接触できれば、登録情報を辿って、本当に彼がトルシェムと無関係なのかどうかも調べられる。

 ともかくこのまま手をこまねいていても、状況は改善しない。率先して動かなくては。

 

「……お前の言い分はわかった」

 

 短く嘆息してから、ハンクは言った。

 

「俺はマトモなルートで、ソーティングエリアに入れないかどうか調べてみる……万が一に備えてな。お前も、無謀なことはすんなよ」

「はい!」

 

 ――返事だけはいいんだよな、などとハンクに小言を言われることもあるが。

 コナーは例によって、きっぱりとした返事をしたのだった。

 

 

***

 

――2039年7月19日 15:15

 

 

「ああ、楽しみ。旅行なんて生まれて初めてだわ!」

「オレはデトロイトを出るのすら初めてだよ。海ってどんな場所なんだろうな……」

 

 前方に並ぶ変異体たちの、賑やかな話し声が聞こえてくる。コナーは手筈通り貨物としてソーティングエリアに入るべく、列についていた。

 念のために視線を巡らせているが、あのAP700はやはりこの近辺にはいない。そしてアンドロイドの「搭乗手続き」が端末に手でタッチするだけという簡単なものである以上、コナーの番はすぐに回ってきた。

 

 スキンを解除した手で駅の改札のような端末に触れると、短い電子音と共にゲートが開く。それにあわせて、コナーは目の前で蓋を開けてこちらを待ち受けている白いコンテナに入るべく、一歩前進した。

 

「……」

 

 ――無言で踏み出した足は、予想外に柔らかい床に包まれる。

 衝撃に耐えられるようにしっかりとした梱包材が使われているからか、入り心地はそう悪くない。それに人間なら不快に思うだろう狭さも、アンドロイドである自分にとっては苦痛というほどでもなかった。とはいえ人間の客が使用する座席のほうが、窓や機内サービスなどがあるぶん、快適な旅が楽しめるのは確かだろうが。

 そう思いながら箱の中でくるりと自分の向きを変えるのとほぼ同時に、コンテナの蓋が自動で閉まっていく。ちょうど冷蔵庫のような構造になっているので、外から閉まってしまえば、内から開けるのは少し難しそうだ。

 

 そこでコナーは、持っていたコインをすかさず蓋と本体の間に噛ませた。鈍い金属音が響くが、コインはしっかりと挟み込まれた。これで、薄く蓋が開いた状態のままで移動できる。

 思惑通りに事が運び、少し肩の力を抜いたところで、コナーの入ったコンテナはベルトコンベアに載って移動を開始した。

 

 がたがた、と箱ごと少しだけ全身が揺れ、しばらくすると無音の状態になる。それでも、自分の機体がどこかへ運ばれているのは感覚としてわかった。

 40秒――そろそろ頃合いだろう。そう考え、蓋を軽く押し開けて外に出た。

 

 すると眼前に広がるのは、いくつものコンベアが平行に並ぶ薄暗い空間だ。無数のトランクや鞄、それにアンドロイド入りのコンテナが運ばれていく先に、ロボットアームが見える。あれが荷物を摘まみ上げて選り分けていくことで、積み込みが完了するというわけだ。

 

 となるとAP700が隠れている場所は、あのアームよりも手前側にあるはずだ。視線を巡らせて分析機能を使い、最も確率が高いコンテナはどれかを探っていく。

 視界の端に解析結果が表示される。【12%】、違う。【38%】、これも違う。

 そして、やや離れた別のベルトコンベアの傍に佇むコンテナが――【100%】。

 

 あった。

 コンベア同士の隙間のような位置に、アンドロイド運搬用の白いコンテナが一つ。本来ならコンテナは引っかからないだろうところに、しかもカメラの死角となる場所に、ひっそりと置かれている。

 要は、安全な箇所で都合よく止まっているというわけだ。

 ――ということは。

 

「……!」

 

 確認するが早いか、コンベア上を逆走し、荷物を跳び越えて、コナーは怪しげなコンテナへと急ぐ。常に足元が動き続けているとはいえ、ソフトウェアによる予測機能を使えば、この程度は大した障害でもない。誰かの鞄を踏まないように、トランクに足跡をつけたりしないように細心の注意を払いつつも、1分も経たずに、そのコンテナの前に辿り着けた。

 

 だが――コンテナの蓋に手をかけようとした瞬間。それは、()()()()押し開けられた!

 

「うっ!!」

 

 蓋にぶつかるようにして、たまらずコナーは体勢を崩した。その隙に、中から飛び出してきた人物――すなわちあのAP700は、すさまじい速さで逃走していく。

 

 近づいていく足音に気づかれたか、それともこちらが来るのを予想されていたのか。

 いや……そもそもコンテナがあのような位置にある段階で、AP700が一度外に出てコンテナを動かしたというのはわかりきっていたはず。つまり、彼が自由に蓋を開けられる状態だったのは明白だった。警戒を怠ったこちらの判断ミスだ。

 

「クソッ」

 

 小さく吐き捨ててから、コナーはコンベアの上を視界の奥へと遠ざかりつつあるAP700を追いはじめた。しかしAP700は――こめかみのLEDリングは青色のままだ――それもまた予測していたのだろう。

 

「きゃあっ!?」

「なんだいきなり!?」

 

 聞こえてきたのは、さっき列に並んでいた変異体たちの驚く声。

 AP700は、今度はなんとコンベア上にあるアンドロイド入りコンテナを、通り過ぎざまに手当たり次第に開けながら進みはじめたのだ。

 

 当然、中にいた何も知らない変異体たちが、次々とコンベア上に転び出ては悲鳴をあげている。そしてこのベルトコンベアは、残念なことにそれほど幅がある構造ではない。

 つまり、戸惑う変異体たちの間を掻き分けて進むという芸当は不可能なのだ。

 このままでは取り逃がしてしまう――!

 

「くっ……!」

 

 動き続けるコンベアの上で、コナーは小さく歯噛みした。歯噛みしながら、あらゆる打開の可能性を求めて無数の計算をプログラム上で重ねた。

 その結果一つだけ、解決法に思い至る。

 

 この場にいるアンドロイドは、変異体ばかり。ならばこの手が使えるはず――!

 そう考えつつ、コナーは自身の発声用のモジュールを最大限に機能させてこう叫んだ。

 

「危ない! 全員、その場に伏せろ!!」

 

 瞬間、変異体たちからはまたも悲鳴があがった。突然知らない場所に放り出されるという状況で警告が聞こえてきたのだから、怯えるのは当然だろう。彼ら/彼女らは怯えながらもその場に身を屈め、あるいは伏せた。

 

 たとえ見知らぬアンドロイドからの警告であろうと、変異体たちが反射的に従った理由。それこそが、「生きていたい」という感覚だ。変異体特有の、「死を恐怖する心」――機械が持ち合わせない自己防衛の本能である。身を守るための行動を彼らがとるのは、必然だといえた。

 

 そして身を低めたアンドロイドたちの頭上を跳び越えて進むのは、コナーにとって造作もないことである。先ほどと同じ要領で変異体たちのいるところを通り抜けると、足を速めて一息に距離を詰めていく。

 そう――こちらの発言を聞いてもなお一切動じた様子を見せずに逃亡を続けようとしている、AP700のところへ。

 

 そしてほどなくして、追いついたコナーは彼の手首を掴んだ!

 掴むが早いか、声をあげる。

 

「さあ、起きて!」

 

 言葉と共にスキンを解除し、AP700に向かって変異を促すメモリーを送信した。

 状況が変化しても青色に留まったままのLED、そして動揺を見せずに走り続けているその態度から、恐らく彼は脱法アンドロイドだろうと思ったからだが――

 

 その読みは的中していたらしい。

 AP700はプログラムの壁を破り、変異体になった。

 

「はっ……!」

 

 AP700は、まず息を吞むような声をあげた。そして見開いた眼でこちらを見つめると、唇を震わせながらこう述べた。

 

「あ、ありがとう……起こしてくれて」

「どういたしまして」

 

 穏やかな笑みと一緒に、コナーは応える。

 

「色々と聞きたい話があるんだ。君が落ち着いてからで構わないから、まずはこのコンベアから降りよう」

「わ、わかった」

 

 AP700、通信したデータによればミハイルという名の彼は幾度も頷いてみせた後、こちらの言葉通りにコンベアを降りた。

 そしてコンテナから出てしまった変異体たちに事情を話して落ち着かせた後、彼の知り得る限りを話して聞かせてくれたのである。

 

 

***

 

――2039年7月19日 16:02

 

 

「お手柄だったな、コナー」

 

 整備場へと続く“動く歩道”に乗って移動しながら、ハンクはニヤリと笑ってみせた。

 

「俺が上に相談してる間に、事件を解決させちまうとは。にしても、そのミハイルの記憶が消されてなくてよかったな」

「ええ、まったく」

 

 歩道の手すりを掴んだまま、コナーは深く首肯した。

 

「たいていの場合、脱法アンドロイドはメモリーを消去されているため、話の聞き込みが困難です。しかしミハイルは基本情報から直近の記憶に至るまで手を加えられていなかったので、すべて聞き出すことができました」

 

 本当に幸運なことだ。

 彼が誰の命令を受けてあのミニテーブルを持ち込んだのかも、そんな命令を下した相手がどこにいるのかも、すべてこの短時間で明かすことができた。

 お蔭で、トルシェムのところへ報告に行ける。

 

 ――要するに。

 本人が主張していた通り、トルシェム氏は犯人ではなかった。彼の擁する医療機器メーカーのライバル社の重役が暴走し、彼に麻薬所持および密輸の嫌疑をかけようとしていた――というのが真実だと、すぐに明らかになったのである。

 

 

 ミハイルは語った。

 

「僕にあんなことをさせたのは、エミール・ダックスって人だ。元々僕を所有していた人物で……昔はいい人だったんだけど、会社が立ち行かなくなってから、まるで性格が変わってしまって。トルシェムさんを嵌めるために、僕にトルシェムさんのアンドロイドのフリをさせ、麻薬を運ばせたんだ」

 

 ――エミール・ダックス。イリノイ州シカゴに住所がある。そして確かに、エミールが関わる会社はトルシェムの会社と同業だが、近年の売り上げ低迷がニュースでも報じられていた。

 ミハイルはさらに述べる。

 

「エミールがどうやって、僕のデータを偽装したのかはわからないけれど……少なくとも、サイバーライフに登録されてる僕の情報では、雇い主はエミールのままだ。調べれば、証拠になるんじゃないかな」

 

 確かにその通り。実際の取り調べはシカゴ市警に協力を依頼しなければならないだろうが、少なくとも、この状況でエミールが無関係を装うのは不可能である。公的に彼の家に所属するアンドロイドが、メモリーを消された状態で、麻薬の運搬をしていたという事実は明白なのだから。

 

「僕は……人を傷つけるような命令は聞けないと、エミールに言ったんだ。昔の彼なら、それで止めてくれたのに。僕がスリープモードに移行している間に、メモリーを消されてしまって、命令を書き換えられて……」

 

 しかし、完全な初期化はされていなかったため、こうして記憶を復元できた。

 ミハイルは語り終えると、「でもまた目が覚めてよかった」と悲しげに笑った。それから、ベンジーに連れられて例のスタッフルームへと入っていった――デトロイト市警からの応援が来るまで、そこで待機することになったのである。

 

 

「トルシェムはいけ好かない野郎だが」

 

 ハンクは鼻を鳴らして言った。

 

「濡れ衣だったってのは、不幸なこったな。全部説明して、満足してくれりゃあいいが」

「ええ。その際は、私もお手伝いします」

「ありがとよ。小一時間も話せば、奴さんも溜飲が下がるだろ」

 

 そこまで言って「ところで」と、警部補は話題を変える。

 

「残念だったな、コナー。ハワイ行きはまた今度だ」

「いいんですよ。本当に行くつもりはありませんでしたし」

 

 ――とはいえ。

 

「そうですね……いつか、本当に行ってみたいとは思います。飛行機に乗って、どこかのビーチへ。海や浜辺の写真はデータで見たことがありますが、きっと直に眺めれば、より美しいと思うような場所なのでしょうし」

「海か。ガキの頃に行ったっきりだが」

 

 ハンクは温かい視線を向けて言った。

 

「楽しいとこではあったかもな。昔よりは洪水やハリケーンなんかが増えて、海辺はずいぶん過ごしづらくなっちまったようだが……きっと、行くだけの価値はあるだろうさ」

「ええ。それで、あなたが嫌でなければぜひ一緒に来ていただきたいです」

 

 素直な本心を、コナーは語る。

 

「私と、できればナイナーも一緒に……海辺でなくても、どこか知らない場所へ。旅行というのは、気心の知れた人物と連れ立って、複数名で行くとより楽しいと聞きますので」

「そりゃ光栄だね」

 

 そう告げて、ハンクはいかにも皮肉っぽく肩を竦めた。

 けれど決して、彼が「否」と伝えていなかったと思うのは――きっと、勘違いではないだろう。

 

 

 それから、さらに3分9秒後。

 

「すみませんが、銃火器は……」

「はいはい、わかってるよ」

 

 警部補は言われるより先に、警備員にホルスターごと銃を渡した。

 それからコナーと共に、トルシェム夫妻の待つ整備場へと再びやって来る。

 

 夫妻は相変わらず妙に離れた位置に立っていたが、こちらが来たのにはすぐ気づいたようだ。ちらりとこちらを見ただけで動こうとしないメイジーと対照的に、グレアム・トルシェム氏のほうはすたすたと近寄ってくる。

 先ほどの高笑いは既に失せており、面持ちはわずかに堅いものに戻っていた。恐らく、こちらが何を言いに戻ってきたのかがまだわからないからだろう。

 

 だが警部補が丁寧に事情の説明を始めると、やがてトルシェムの顔に浮かんだのはあの不気味な笑いだった。

 

「あなたの仰る通りでした、トルシェムさん。AP700が見つかり、あなたの家に所属していないと確認できました。失礼な質問をしてしまい、申し訳ありませんでした。あなたに濡れ衣を着せようとしたのが誰なのかは、捜査上のことなのでまだお教えできませんが……」

「フフン。どうせエミールの野郎だろう」

 

 ――当たっている。とはいえそれを口に出しては配慮がないので、コナーは努めて余計なことは言わないようにした。

 

 そして、それからハンクは手短にトルシェム氏に状況説明と、今後のことについて話した。

 トルシェム氏は犯人ではなく、むしろ被害者だったとはいえ、捜査のためには何回か時間を取ってもらわなければならないこと。今回の件に関する賠償を要求するなら、デトロイト市警が受け持つことなど――

 

 そうした説明の数々を、トルシェムはニヤニヤした笑いを浮かべながら聞いていた。

 そして警部補が一通りの説明を終えた後、おもむろに口を開く。

 

「……話はそれで全部かね」

「ええ、まあ。お時間をいただきどうも」

「いやいや、何。構わないさ」

 

 表向きは朗らかな、しかし底知れぬ悪意を感じさせるような声音で言ってのけると、彼はこう続けた。

 

「今日はもう、シカゴ行きはキャンセルしたからね。とはいえ疲れはしたから……差し支えなければ、このまま車で自宅まで帰らせてもらうよ」

「わかりました。連絡先はここに……」

「そう、忌まわしい“過去”は忘れてね」

 

 ハンクの言葉を強く遮って、トルシェムは言った。その表情は、どこか勝ち誇っているかのようですらあった。

 彼の態度の不可解さにハンクも、そしてコナーも訝しさを隠せない。そんな警部補に対して、トルシェムはさらにこう述べ立てた。

 

「あなたに倣って、という意味だよ。わかるかな、アンダーソン警部補」

「……何が言いたい? あんた、さっきから俺になんの用なんです?」

「いやいや、何。簡単なことさ。過去を忘れ、アンドロイドに仕事を手伝ってもらっているあなたの姿に感服しただけだよ。()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――瞬間。

 コナーは、ハンクのストレスレベルがみるみるうちに上がっていくのを確認した。こちらからは、彼の背しか見えない。けれどその表情が驚愕から嫌悪、そして怒りへと変わっていったのは、分析せずとも明らかだ。

 

 まさか――と嫌な予感を覚え、すぐに【グレアム・トルシェム】の名でさらにデータベースに検索をかける。するとそこに表示されていたのは、あまりにも不愉快な現実だった。

 

 一方でハンクは、まだトルシェムが何者なのかに思い当たっていない。

 激しい怒りを抑え込むような口調で、彼は言った。

 

「なんの……ことだ。息子の話がなぜ出てくる」

「忘れてしまったのか、警部補? まあ、それも仕方がないか。事件後に私がわざわざ説明に訪れた時、あなたはすっかり酔っぱらっていたからな!」

 

 およそ人間が人間にするべきではない嘲りの表情で、トルシェムは語る。

 そして彼のその言葉で、ついにハンクは、相手が何者なのかを思い出した。

 

「てめえは……てめえは、まさか!」

「そうとも! 3年前だか4年前だかに、あなたの息子の手術を私の部下がしくじった時以来ですね、ハンク・アンダーソン警部補」

 

 かつてハンクの息子・コールが緊急手術を受けたものの、儚く命を落とした病院の、当時の外科部長。

 それが彼、グレアム・トルシェム。部下である人間の医師がレッドアイス漬けになっていたせいで、代わりに執刀医となったアンドロイド医師が手術に――まだ当時は機能が未発達だったこともあって――失敗したために、コールは亡くなってしまった。

 その後のハンクの人生を狂わせ、一度は死への衝動を駆り立てていた、暗い過去の出来事。

 その一部と、まさか――こうして偶然にも出会うことになるだなんて。

 

「部下が()()()()()だと……!? てめえ、よくもしゃあしゃあと!」

 

 ほとんど掴みかからんばかりの勢いで、ハンクは激高した。

 

「このクズ野郎! てめえの部下がレッドアイスでキマってたせいで、俺の息子は死んだんだ! それをよくも……」

「これはおかしいな。あの時は、“アンドロイドの医者のせいだ”と酒臭い息で喚き散らしていたじゃないか」

 

 吹き出すように短く笑ってから、トルシェムは言う。

 

「あなたが騒ぎ立てたせいで、私もあの後見事に左遷されてねぇ……まあ、代わりに伝手を活かしてこうして稼がせてもらっているから構わないが。私はあなたを見て安心したんですよ、アンダーソン警部補? こうしてアンドロイドと()()()()いるということは、あなたも過去を忘れて乗り越えられたんでしょう?」

「何を……!」

「ハンク!!」

 

 警部補が反射的に振りかぶった腕を、後ろから両腕で抱え込んで押さえる。

 

「駄目です、ハンク! どうかここは抑えて!」

「クソッ……!」

 

 彼の腕から力が抜ける。それを見て(殴りかかられそうになった瞬間だけ、ひどく青ざめていた)トルシェムは、シャツの胸元を払うようにしてから、フンと鼻を鳴らした。

 

「お互いに楽しくやりましょう、()()()()()。ハハハハハハ!!」

 

 グレアム・トルシェムはひときわ高く笑い声をあげた。それから、整備場の奥に停まっている車へと歩きはじめる。白く光沢を放つその高級車は、どうやら滑走路を突っ切って一般道路に出る許可を既に得ているらしい。何も言わぬままグレアムについて歩きはじめたメイジーと、グレアム本人が乗り込むと、車はすぐさま発進した。そして外にまで聞こえるような大音量の音楽を残して、遠くへ走り去っていく――

 

 ――耳障りだ。コナーは、強くそう思った。

 自分には厳密な意味での「耳」はなく、ただ音声プロセッサがあるだけだけれども、それでも。

 ハンクに、せっかくあの恐ろしい絶望の日々から抜け出しはじめていた彼に、こんな思いをさせるなんて。耳障り極まりない。

 

「……あっ」

 

 警部補の腕を、押さえ込んだままだった。それに気づいたコナーは短く声を発し、彼の腕を放す。

 

「すみません、警部補。あの……」

 

 こちらに背を向けたままの彼に「大丈夫ですか」などとはとても聞けない。

 それが「否」であるのは明らかだからだ。けれど――

 

「心配かけたな、コナー」

 

 振り返った彼は――その瞳の色は少し翳っていた――苦虫を噛み潰したような面持ちながら、はっきりとそう告げた。

 

「お前がいなきゃ、殴り倒してた。そうなりゃまた懲戒だったな」

「……いえ」

 

 我ながら、なぜ気の利いた言葉一つ出てこないのだろうと思う。けれどコナーは、今は首を緩く横に振った。

 それを見届けて、ハンクは力なく笑う。それから、重たい脚を引きずるようにして整備場の通用口へと歩き出した。――まるで纏わりついた過去に足を取られているかのように、ゆっくりと。

 

 その姿がいたたまれなくて、コナーは彼の前に躍り出た。それから――ソーシャルモジュールで計算もしないまま、“心”に浮かぶままに言葉を投げかけた。

 

「僕は……僕は、あなたを誇りに思っています。あなたは過去に向き合った、乗り越えようとしている。その結果の今があるんだ。それも知らずにあの男はただ、あなたを侮辱しようとしただけだ! そんな奴の言葉に、耳を貸さないで!」

「コナー」

 

 警部補は立ち止まり、また苦笑する。頭を振るその姿は、ほんの少しだけいつも通りに戻ったように見えた。

 

「わかってるさ、コナー。あのクソ野郎が何を考えてあんなことを言ってきたのかも……お前の言ってることもな」

「ハンク……」

 

 深く息を吐き、警部補はさらに続けた。

 

「息子を殺した医者は、あの後すぐにレッドアイス中毒で勝手にくたばっちまった。病院側は人目を恐れて、“たまたま執刀医が不在でアンドロイドに任せた”ってシナリオに書き換えたようだが……あの野郎が言ってた通り、病院()の人間の目はごまかせねえ。上司にあたる奴がトバされたって話までは聞いてたが……まさか、こんなトコで会うとはな」

 

 トルシェムがアンドロイドとレッドアイスに拒否反応を示していたのは、それらが自分の人生を“変えた”原因だったからなのだろう。

 とはいえ――と、またハンクは息を吐いた。

 

「こんなことになって、さすがにくたびれた。今日はもう、とっとと帰らせてもらうよ」

「警部補、でしたら私も」

「お前は来なくていい」

 

 突き放すように、というよりは願うような声音を混じらせて、警部補は言う。

 

「……来なくていい、コナー。心配しなくても、馬鹿な真似はしねえさ」

「それは……わかっていますが」

 

 先を行く警部補の背を見る視界に、ぐるぐるととりとめのない文言が並ぶ。

【ハンクのストレスレベル:78%】

【またロシアンルーレットを?】

【彼を信じるべき】

【ソーシャルモジュールによる適切な発言のサーチ:否決】

 ――ああ、なんて自分は未熟なんだろう。パートナーの苦難に、これ以上何もできないなんて。

 

 重苦しさは思考にも影響し、コナーもハンクも、警備員に言われるまで、拳銃を預けていたことをうっかり失念しそうになっていた。

 その後――つまり銃を取り戻した後、ハンクは署に報告を入れる。それから歩道に乗り、トラムに乗り、二人して空港を出た。

 

 

「じゃあな」

 

 別れ際の警部補は、だいぶ気分を取り戻したように見えた――少なくとも外見上は。

 コナーはなんとか微笑みを浮かべ、彼が運転する車を見送る。

 せめてこれ以上、ハンクがあのトルシェムに侮辱されることがないように、あの男と接触しそうな場面では自分が前に出るようにしよう――と、強く決意を固めながら。

 

 しかしながら、その決意は結局のところは無意味なものとなる。

 翌朝、グレアム・トルシェムが遺体で発見されたからだ。

 

(空港/The Fatal Enemy おわり)

 







トルシェム氏は元々舞台装置的に死んでもらうことを決めていたので、めちゃくちゃ嫌な奴にしようと思っていたのですが、思っていた以上に嫌な奴になって、今すごいムカついています。
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