Detroit: AI   作:けすた

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第46話:3つの爆弾 後編/The Countdown Part 2

 

――2039年7月23日 12:11

 

 

「警部補、信頼していただけるのは嬉しいのですが」

 

 痛ましい姿である、WM500の亡骸――すなわち二つ目の爆弾からやむなく踵を返し、足早に廊下を進みながらコナーはハンクへと通信する。

 

「これから制限時間28分以内に容疑者を確保するのは、そう簡単ではないかと。犯人に繋がる直接の手がかりは、現場にはありませんでした」

『そうかな。俺の手元には今、ここ四か月のうちにクビにされた従業員のリストがあるんだがね』

 

 恐らくこちらが潜入している間に、工場側の人間と交渉して手に入れたものなのだろう。

 なぜそんなリストが必要なのかといえば――そう、WM500がここで働きはじめたのは、四か月前。

 そして犯人は、工場内部の構造や設備を熟知している。だからこそ、爆発物を仕掛けられたのだ。

 

 ――ということは。

 考えはじめて間もなくプログラムが弾き出した一つの推論を、コナーはそのまま口にした。

 

「犯人は、被害者のWM500に強い恨みを抱いて犯行に及んでいる……つまりWM500が雇われた後に解雇された、元従業員。そういうことですか?」

『な、範囲は絞れただろ』

 

 思った通りだといった様子で、警部補は応える。きっと、皮肉げに口角を上げていることだろう。

 一方でコナーは――三つ目の爆弾が工場内にある可能性を考慮して、スキャンは止めないまま――さらに思考を重ねていった。

 容疑者の特定に繋がりそうな手がかり、そしてこの事件の全容もまた、徐々に明らかになっていく。

 

 そもそも、最初から不可解だった点はこれだ。

 なぜ犯人は、わざわざいくつもの爆弾を設置したのか。

 

 こちらの思考を補足するように、ハンクが語りだす。

 

『もし犯人の動機がこの工場をぶっ潰すってことだけにあるなら、何発も爆弾を用意する必要はねえ。最初の一発で、何もかも吹き飛ばしちまえばよかったはずだ。物騒な話だけどな』

 

 つまり――工場に入り込んで爆発物を設置するだけのことができるのなら、何も二発目、三発目を用意することはない。強力な爆弾をタンクに設置し、起爆させてしまえばいいだけのはずだ。

 

『だが、犯人はそうしなかった。一発目で毒を撒き散らして、その前に従業員のアンドロイドを殺し、そいつに二発目を組み込んで……で、隠し玉の三発目まで用意してやがる。ただ工場に恨みがあるってだけじゃない。他に目的があるはずだ』

「それは、WM500に対する復讐。自分が解雇されたのは、新しくアンドロイドが雇われたからだと考えたのでしょう。それと」

 

 再び、薄暗いエントランスへと戻ってきた。

 入り口に元々設置されている、アンドロイド用の熱風式洗浄機のほうへと移動しながら、コナーは続ける。

 

「私を始めとした、アンドロイドそのものへの復讐なのかもしれません」

『何?』

 

 そこまでは思い至っていなかったのか、ハンクの声音に驚きが混じる。

 コナーはというと、縦に細長いロッカーのような形状の洗浄機に入りつつ――むろん、ここにも三つ目の爆弾はない――さらに警部補へと言葉を重ねた。

 

「工場に損害を与え、WM500に復讐する目的だけなら、二発目以降の爆発物を用意する必要はない。恐らく、ここにこうして私を()()()()ことも、目論見の一つかと」

『お前を捜査現場に来させるのが? 待て、それじゃテトラなんとかって毒をぶち撒けたのも』

「ええ」

 

 人間ならば到底耐えられない高温を伴う風が、衣服と機体を一瞬のうちに洗浄していく。身体の表面に残っていた毒性物質は、人体に影響を与えない程度に除去された。

 それを確認してから洗浄機の扉に手をかけ、外に出ながら続きを述べる。

 

「犯人は、アンドロイドでなければ爆弾を解除できない状況を作りたかったんですよ、警部補。そして私が、三つ目の爆弾の存在に気づかないことを期待したんです」

「……」

 

 洗浄機の外で、片耳に通信用のイヤホンを突っ込んだまま、渋い顔でこちらを見つめているハンクに対して――コナーは、今度は直接説明した。

 

「テトラカルボニルニッケルが漏洩し、殺害されたアンドロイドのシステムを利用した時限爆弾が用意されているかもしれない……となれば必然的に現場を担当するのはあなたとなり、実際に解除に向かうのはアンドロイドである私となる。そして私が三発目の存在に気づかなければ、二発目を解除した段階でそれは起爆していた」

「そうなりゃ、被害が出るだけじゃなく警察の……いや、お前の評判もガタ落ちになってたな。で、変異体に働く権利を与えるべきだって時に、アンドロイド刑事が捜査に失敗したとくれば……」

 

 今は世論に押されて少数派となりつつある、反アンドロイド的言説は一気に力を取り戻すだろう。

 そもそも爆破事件を起こす者が悪いのだという前提よりも、変異体に対する「信頼」が崩されたというセンセーショナルさに惹きつけられてしまうのが、大衆心理というものだろうから。

 

 さらにロシアからの特使が来ているこの状況で、そのような被害を許してしまった場合――デトロイト市警に対する、国全体からの失望は免れない。

 

「思ってたより、アタマの回る奴が犯人のようだな」

「はい。しかし、あの程度の通信装置に私が気づかないという判断は迂闊でしたね」

 

 自負心というよりは端的な事実として、コナーはきっぱりと口にした。

 

「警部補、その解雇者のリストを確認したいのですが」

「ああ」

 

 ハンクに手渡されたタブレット端末の画面には、17名もの人物の名が並んでいる。どうやらWM500の雇用を機に、かなりの人員削減が行われたようだ。

 しかしここまでのプロファイリングをもとにすれば、容疑者をここからさらに絞ることができる。

 

 つまり時限式の爆発物を用意できるだけの知識を持っていると考えられ、かつ、反アンドロイド的立場にある人物。反アンドロイド団体に関する公安のリストとも照合しながら、浮かび上がってきた名前は――

 

「アントニー・ハイゼン、24歳。反アンドロイド組織『赤血同盟』の構成員であり、かつ素行不良を理由に四か月前にこの工場を解雇されています」

「クサいな。どこに住んでる」

「オズボーン地区535。避難指示の出た区域の外ですが、ここからなら6分もあれば着くでしょう」

「よし」

 

 軽く頷き、ハンクは車へと向かう。その道すがら、爆発物処理班の面々に状況を伝えることも忘れない。

 先ほど確認した通り、二発目の爆弾の構造自体は単純なものだ。防護服を着た状態でも、処理班員たちであれば充分に解体できることだろう。

 

 現状の伝達と共に提案した「二発目の解除は犯人を確保、および三発目の所在を明らかにしてから」という条件を、彼らは承諾してくれた。

 現場のことは処理班に任せ、コナーたちは急ぎ、オズボーン地区へと向かうのだった。

 

 

***

 

――2039年7月23日 12:20

 

 

 爆弾の起爆まで、残り19分。

 だが、ハイゼンの居住地は二人の目の前だ。住宅街の中にひっそりと建つ、古びたアパートメント――三階建ての二階部分に彼は住むという。

 

「念のため、ここに来るまでの間に監視カメラの映像を分析しましたが」

 

 車から降りたところで、静かにコナーは言った。

 

「この周辺のカメラは性能が悪く、はっきりした人物の特定はできませんでした。しかし今から四時間ほど前に、このアパートから工場方面へと移動した人影を確認しています」

「ますます怪しいが、まずはお宅訪問からだな」

 

 かなり核心へと近づいてはいても、時間は限られている。緊急性の高いこの状況、仮に本人に拒まれたとしても、少しでも住居内を確認できれば証拠を得られるはずだ――自分の性能ならば。

 

 警部補を先頭に、足音を立てないようにしながら、コナーたちは外付けの階段を上った。二階には、部屋が三つある。情報によれば203号室は空き家、201号室は別の人物(なんとこの人物も反アンドロイド団体に所属するようだが)の住居――そして、202号室がハイゼンの住居。

 

「……」

 

 ドアの前に立った警部補は、軽くこちらに目配せした。それから落ち着き払った面持ちで、まずはドアをノックしようとして――

 

「!」

 

 その手を止める。気づいたからだ。この扉が【施錠されていない】ことに。

 うっすらとだが、確かに開いている。

 

「大丈夫」

 

 再びこちらに視線を送った警部補の意図を察して、コナーは答えた。

 

「爆発物などは設置されていません。安全に開けられる」

「そうかい、なら遠慮なく」

 

 肩から吊るしたホルスターから勢いよく拳銃を抜いて構えつつ、ハンクはドアを右足で蹴り開けた。

 

「デトロイト市警だ! 工場爆破事件の件で……」

 

 たとえ荒っぽくはあっても聞き込みに来たのだ、という旨の彼の言葉は、自然と呑み込まれる。

 コナーもまた、無言のままではあるが目を見開いた。

 

 短い廊下の向こうに続くワンルームの光景が、あまりに予想外なものだったからだ。

 壁一面に張られた反アンドロイド的言説が書かれたポスターやチラシ、出入り口付近に意味ありげに置かれたタブレット端末はともかくとして――

 

 部屋の中央にいたのが、がんじがらめに縛られ、猿ぐつわを噛まされたアントニー・ハイゼンその人だったからだ。

 

「ングググ、グゥウーッ!」

 

 ハンクの声に反応して、彼は身をよじらせ、何ごとか話そうとしている。しかしその言葉はひどくくぐもっていて、プログラムによっても判別できない。

 背もたれのある椅子に座った状態のまま、大柄な体格を縛り上げられているハイゼンは、うっすらと涙を滲ませた双眸をこちらに向けていた。

 

 そして何より、恐ろしいことに――彼の膝の上には、これ見よがしに爆発物が置かれている。

 構成は【RDX、ジメチルジニトロブタン】……間違いない。工場に設置されていたものと同じ爆弾だ!

 二発目から送信された電波を受信するための部品も、しっかり取り付けられている。

 

「おいおい、冗談だろ」

 

 思わずといった面持ちで、ハンクが零す。

 

「三発目はここにあったってか!? 一体どんな状況だ」

「わかりませんが……少なくとも、今ここには彼しかいないようです」

 

 玄関近くには、ハイゼンのものとは体格の違う足跡が一人分残されている。だがそれは四時間と12分前に、ここから外へと出て行く痕跡だ。それ以外のものがないということは、ここにはハイゼンしかいない。

 

 なおも何ごとか話そうと、もがき続けるハイゼンを落ち着かせるように銃を下ろすと、警部補は静かに歩み寄っていく。それに従いながら、コナーは床の上のタブレット端末を拾い上げた。

 

 指で触れるだけで、その端末はすぐ起動した。画面に表示されたのは、白い背景に黒く“格調高い”レタリングの文字で綴られた文章だった。

 

「『私、アントニー・ハイゼンは赤血同盟の一員として、命を賭して世論への反駁を行います。私を爆死させたのは私自身ではなく、機械に捜査を委任したデトロイト市警の怠慢であり……』」

 

 こちらが静かに読み上げるうち、ハイゼンを見つめる警部補の目は鋭くなる。

 

「なるほど。三つ目の爆弾は自分に仕掛けて、工場でコナーがしくじればドカンってか。命を懸けた主張とは、まったく見上げた根性だね」

「ングウウウウーッ!」

「警部補、待ってください」

 

 タブレット端末を再び床に置いてから、ハイゼンの眼前へと歩を進めた。今も精一杯何かを訴えようとしている彼は、痕跡からしてもう四時間以上、ここで縛られているようだ。

 

 先ほどの文章から考えれば、ハイゼンが所属する団体の正当性を主張するために、自分で自分に爆発物を仕掛けたのだとするのが妥当な線だろう。

 予測される爆発の範囲は、ちょうどこのワンルーム内部を破壊する程度のものだ。そうなれば、現場に遺されるのはあのタブレット端末のみ。

 それに自分自身を一人で縛るのが不可能だとしても、協力者がいたのだと考えればそう難しい話ではない。

 

「……」

 

 だがコナーの視界は、そしてプログラムによる再現は、違う可能性を示唆していた。

 それを確かめるためにも、ひとまずハイゼンの猿ぐつわを解く。瞬間、堰を切ったように彼は語りだした。

 

「違う、ハメられたんだ! オレは悪くねえ、早くこの爆弾をどっかにやってくれ!」

「ハメられただと……?」

「落ち着いて」

 

 ハイゼンに対して両手のひらを向けて告げてから、コナーは警部補に対して口を開いた。

 

「警部補、彼の言葉はどうやら真実のようです」

「本気か? コイツ、土壇場になって命が惜しくなっただけなんじゃないのか」

「それにしては、状況がおかしい。再現によれば縛り上げられる前、彼はもう一人の人物ともみ合いになっています」

 

 要するに、こういうことだ。

 先ほど玄関先で探知した足跡の人物、つまりハイゼンをこの状態にした「協力者」とハイゼン本人は、この椅子の周辺でかなり争っていた。

 部屋の隅に置かれたベッドに寝ていたハイゼンは、突然上がり込んできた人物と何ごとか会話した後、掴み合いになり……それから相手が突きつけた何か(恐らくは拳銃だろう)を前に抵抗をやめ、この状態に至った。

 そしてもう一人の人物は、そのままここを出ている。

 

「先ほどの監視カメラの映像に残っていた人物の体格と、プログラムが再現した人物の体格は96%一致しています。そして、ここに遺留品が」

 

 床の隅に落ちている金色の毛髪を、コナーは注意深く指で摘まみ上げる。ハンクはもちろん、ハイゼンの髪の色とも異なるこの毛の正体は――?

 

 ためらわず、コナーは拾った髪を口に含んだ。

 

「おい!」

 

 詳細なDNA照合のためだというのに、警部補は短く制止(というより悲鳴だろうか)の声をあげている。

 それはともかく、視界に表示された人物名と、直後にハイゼンが告げた名前は一致していた。

 

「やったのはレナルド・ウェルティだ! 隣の201号室に住んでる! オレと同じ赤血同盟の!!」

 

 目つきをさらに険しくした警部補に向けて、必死に訴えかけるようにハイゼンは語る。

 

「あ、あいつヤバいんだ! プラスチック野郎をぶっ壊して、あの工場の奴らをちょっとビビらせてやるだけだって聞いてたのに! だから色々協力してやったってのに、あいつ、オレが死ねば全部上手く行くって……」

「同じ趣味だと思ってたダチに裏切られたってんだな」

 

 嘆息混じりに、ハンクが呟く。涙目のままそれに大きく頷いてみせるハイゼンは、身体反応から見ても、嘘は吐いていないようだ。

 

 つまりハイゼンは、確かに反アンドロイド主義者であり、爆弾の製作や工場内部の構造の把握などに関して協力していた。

 だが協力相手、つまりウェルティは、彼の上を行く過激な思想を持っていた。ウェルティは事件の第一容疑者がハイゼンになることをあらかじめ予測しており、自分たちの主義主張を通すだけでなく、証拠を隠滅し捜査をかく乱するために、ハイゼンを犠牲にしようとしたのだ。

 

 真相を知るハイゼンがここで爆死すれば、被疑者死亡という扱いになり、真犯人たる自分を追う者もいなくなるから。

 

「たく、本気でロクでもないことにだけアタマの回る犯人だぜ。だがまずは、この爆弾を解除するのが先だな」

「そうですね……縄と起爆装置が組み込まれている。強引に縄を解けば、確実に爆発するでしょう」

「ヒイッ!?」

 

 途端にハイゼンが悲鳴をあげた。警部補は非難がましい視線をこちらに送ってくる。

 

「コナー、そういうことを本人の前で言うな。見ろ、こんなに震えてちゃ解除できねえだろうが」

「それは失礼しました。しかしこの三つ目の爆弾も、構造は単純なものです」

 

 ガタガタ震えるハイゼンの膝の上で、揺れ動く爆弾を見つめつつ――とはいえ振動を検知して起爆するタイプの爆弾ではないので、そう心配する必要はないのだが――コナーは冷静に告げた。

 

「ドライバーとペンチがあれば、誰にでも簡単に解除できますよ。先ほどの現場から持ってきていますし、ここで解体してしまいましょう。警部補は、外で応援の要請を」

「ああ、わかった。二発目の心配を失くすのが先決だからな。だがお前も気を……」

 

 と、警部補が続きを語るその前に。

 コナーたちの背後から聞こえたのは、何かがドアにぶつかるような、ガタンという鈍い音。

 そして、足早に階段を下りていく何者かの足音――

 

「ウェルティだ!!」

 

 叫んだのは、ちょうど玄関のほうに視線を向けていたハイゼンだった。

 

「あ、あいつ戻ってきたんだ!」

「なかなか起爆しないから、様子を見に戻ってきたってか……って、オイ!」

「私が追います!」

 

 道具一式をその場に置くが早いか、コナーは警部補の制止を振り切って大きく床を蹴り、部屋の外へと突進した。

 アパートメントの外廊下に出れば、やはり階段を下りていく後姿は金髪の男――後頭部のスキャンから判断しても間違いない、レナルド・ウェルティである。

 

「待て!」

 

 鋭く声をあげても、相手は当然歩を止めない。こちらも同じく階段を下り――いや、このままでは相手を取り逃してしまう。

 時間が惜しいと、コナーは勢いよく手すりから地面へ直接ジャンプした。並みの人間なら怪我は必至であっても、アンドロイドの身体能力ならば問題はない。

 

 だが両足で軽やかに着地したその先に、ウェルティはいなかった。彼は突然飛び降りたアンドロイドの姿に多少は狼狽したようだが、それでも逃げ足を止めずに住宅街の路地を駆けている。

 こちらも負けじと、その背を追いかけた。

 

『おい、コナー!』

 

 通信の向こうから、ハンクの緊迫した声が聞こえてくる。

 

『追うのはともかく、二発目の制限時間はあとどんくらいだ!?』

「11分。ですが、犯人を確保して戻って来ても、まだ余裕があります」

『ふざけんな、そう上手く行くとも限らねえだろ。俺が解除するから、やり方を教えろ』

「それは……!」

 

 刹那、コナーのプログラム上を過ぎったのは最悪の結末である。

 発生確率は低くても――拭い去ることはできない。

 

「ハンク、それはできません。万が一のことを考えれば……」

『誰にでも解除できるって言ったのはお前だろ。それに、相棒にばっかり(タマ)張らせてられるかよ』

「……」

 

 ――警部補の言葉は温かく、そして正しい。

 ウェルティを確保してから先ほどの場所に戻るのを待たせるより、先に解体を済ませてもらったほうがよいのは確実だ。

 二発目の爆弾の前では今も処理班がこちらの連絡を待っているのだろうし、それにあのWM500が、今なお無念な姿のままでいるのだろうから。

 彼らのためにも、時間は惜しい。そして警部補もまた、命を懸けて現場に来ているのだ。

 

「……わかりました。大丈夫、あなたならできます」

 

 警部補へだけでなく自分にも向けて、冷静さを取り戻した声音で告げる。

 

「私が指示しますから、その通りにやってください」

 

 追い続けるウェルティの背が、だんだん近づいてくる。アンドロイドと違い、人間には体力の限界があるからだ。全力疾走の状態を、そう長く持続はできない。

 それを確認しつつ、コナーは続けて述べた。

 

「まず蓋状の部分を外します。ドライバーで、四隅のネジをすべて外してください」

『あいよ、先生。ええと……』

『うわああ、やめてくれええ!!』

 

 混乱しきったハイゼンの声が通信に混じってくる。

 

『こんなオッサンにできるもんか! さっきのアンドロイドにやらせてくれえ!』

『てめえの都合いい時にだけアンドロイドに頼るんじゃねえ! それに揺らすな、ちょっとは落ち着けってんだ!!』

 

 警部補が一喝すると、ハイゼンの叫び声は聞こえなくなり、代わりにすすり泣きが聞こえてきた。

 ――これなら、ハンクも落ち着いて解体に集中できるだろう。

 そう思いつつ、さらに指示を飛ばす。

 

「蓋を外すと、いくつかの配線が見えると思います。そのうち太く赤い線と、黒く細い線だけをペンチで切ってください。そうすれば、起爆装置は停止します」

『太くて赤い線と、黒く細い線ね。ポカミスでくたばらないように気をつけるよ』

 

 通信の向こうから、ペンチの刃同士が擦れる音が二回聞こえてくる。

 そして、それはほぼ同時だった。

 

 走るこちらの目の前で、ウェルティの足がもつれて転ぶのと――

 

『……やったぞ。小さい緑色のランプみたいなのが消えたが、これでいいのか?』

 

 解体に成功した警部補の声、そしてハイゼンのほっとしたため息が聞こえてきたのは。

 

「お疲れ様です、ハンク。さっそく処理班に報告しました」

 

 いつもと同じ調子で、しかし深い安堵と信頼を籠めて、コナーは応える。

 応えながら、起き上がろうとしたウェルティの手を捻り上げ、うつ伏せに拘束した。

 

「動くな! レナルド・ウェルティ、あなたを……」

 

 一連の爆発物事件の容疑者として逮捕する、というお決まりの文言を、しかし訝しみと共に呑み込む。

 確かに制圧したはずのウェルティの、様子がどうもおかしいからだ。

 全力の逃走劇が失敗に終わり、荒く息を吐いている、というだけでなく――嘲笑うような視線を、こちらに向けている。

 

「ふ、へへへへ」

 

 ウェルティは、はっきりとした笑い声を漏らした。

 

「やっぱりプラスチック野郎なんてのはこの程度だな。爆弾を三つ解体できて満足か、えぇ? 誰が三つだけだなんて言ったよ」

「……」

「上を見な!!」

 

 コナーは、一瞬戸惑う。

 まさか別の爆弾があの部屋に仕掛けられていたのか、などという疑念が過ぎるものの、あそこには今解除したばかりの三つ目以外はないのは確認済みだ。

 であれば、まさかこちらの注意を逸らして逃げようという算段だろうか? そんな単純な手に引っかかるほど、間が抜けているつもりもないのだが。

 

 拘束は緩めないままに、視線だけでちらりと空を見上げる。

 するとまさにその時、青空をまっすぐ西の方向へと飛び去っていったのは、一機のドローンだった。

 

 灰色の機体の下に、アームに取り付けた小さな荷物を運んでいる――どこにでも飛んでいそうな、ごく一般的な宅配用ドローン。

 

 相手の真意を汲めずに、眉間に皺を寄せたこちらの音声プロセッサに届いたのは、変わらぬウェルティの笑い声。

 僅かに身じろぎするその手首に嵌っているのは、スマートウォッチだ。

 

 ――まさか。

 

 コナーは、すかさずスマートウォッチを解析した。

 【宅配依頼:運送中 オズボーン地区535→ベル島 サイバーライフタワー 20分後に配達完了】――

 

「もしや、あのドローンに『四つ目』が……!?」

「へへへ、そうだよプラスチック!」

 

 うつ伏せにされたまま精一杯に声を張って、ウェルティは嘲笑った。

 

「オレの家に待機させてたんだ、指示を飛ばせばすぐに連中の、サイバーライフのとこに飛ぶようにな! ざまあみやがれ、てめえらを生んだクソどもが死ぬんだ!」

「……」

 

 悔しがるでもなく、コナーは無言でドローンの行く先を目で追った。

 ――ウェルティを確保した瞬間に、市警にパトカーを要請した。それらはあと2分もすればここに着くはずであり、そうなればこちらは問題なく、あのドローンを追跡できるようになる。

 

 それにサイバーライフタワーの警備と警戒が厳しいのは、自分自身、身をもってよく知っている。いくら宅配を装っていようが、彼ら/彼女らが易々と見知らぬ、予定もないドローンを自分たちのところに通すはずがない。

 すなわち、あの爆弾のせいでサイバーライフの死傷者が出る可能性は、限りなく低い。

 

 だがもし、あのドローンに不具合が発生して、まったく予測できない事態になってしまったら?

 宅配ドローンが故障して、予定と別の住所に荷物を届けてしまうという事故はしばしばニュースを騒がせている。それに万が一何かにぶつかってしまったら、それだけで爆発が起きるかもしれない。

 

 要するに、アレを放っておくわけにはいかないのだ。

 けれども――

 

「はははは、どうだ悔しいか!」

 

 こちらの思惑など知らぬ様子で、ウェルティはさらに哄笑した。

 

「お賢いプラスチックでも、飛んでる爆弾は解体できねえだろ。ハッキングするか? 無理だな、遠すぎる! 機械の分際で偉ぶってるからこうなるんだ、ざまあみろ!」

 

 ――それなりに、アンドロイドの能力に対する知識はあるようだ。

 そんなことを考えつつ、コナーは静かに相手を見据えた。それから、おもむろに告げる。

 

「ええ、確かに。私一人では、あのドローンの爆弾の解除は不可能です」

「……! へへへ、やっぱり……」

「しかし」

 

 相手の笑いを遮るように、はっきり口にした。

 

「それは私一人なら、というだけです」

「な……っ!?」

 

 ウェルティの表情から、笑いが掻き消える。

 そして時を同じくして、遥か彼方の上空から聞こえてきたのは、小さな花火が爆ぜるような軽やかな音だった。

 

 それが何を意味しているのか、ウェルティにはよくわかったらしい。

 

「う、嘘だ!」

「いいえ、残念ですが」

 

 短く頭を振ってから、コナーはスマートウォッチのベルトを片手で緩めて外し、画面が見えるように相手の目の前にぶら下げた。

 その画面にはこうある――【エラー発生:ドローンの所在地不明。荷物の弁償はこちらから……】

 

「ご存じないかもしれませんが」

 

 事態が今一つ呑み込めていない雰囲気のウェルティに、説明するように語った。

 

「デトロイト市警に、警察官はたくさんいるんですよ」

 

 自分の代わりに、危険な解体を担ってくれる信頼できるパートナー、工場の爆弾を一任できる処理班の面々のみならず――

 飛んでいるドローンの捕捉と狙撃くらいわけのない、優秀な弟も。

 

「くそ……!」

 

 ようやく状況を把握したようで、ウェルティはがくりと項垂れ、それきり何も言わなくなった。

 パトカーのサイレン音がだんだんとこちらに近づいてくる中、ナイナーからの通信が入る。

 

『兄さん、さすがですね』

 

 弟はいつもと同じ、抑揚はないが真摯な声音で言った。

 

『私の介入を、既に認識していたのですか?』

「いいや、まったく。君の通信を受けて、初めてだよ」

 

 やって来た警官たちにウェルティを引き渡してから、コナーは弟のいる方向――つまり、さっき爆弾ドローンが飛び去っていった先のほうを見つめた。

 ここから数百メートル先の、高層ビルの最上階にナイナーはいる。

 

 ウェルティが高笑いし、ドローンを放っておくわけにはいかないと思考した時、通信が入ったのだ――爆発物を輸送中のドローンはこちらで排除するから、任せてほしいと。

 どうやらナイナーたちの抱えている案件、つまりロシアのアンドロイド絡みの一件と、こちらの事件が偶然重なり合ったらしい。

 

 詳しいことを聞く暇はその時なかったが、ともかく、コナーは弟に一任することにした。

 そして爆弾は誰を傷つけることもなく、ナイナーの放った銃弾によって空中で破壊され――

 

 ほどなくして工場の「二つ目」のほうも、無事に解体されたと連絡が入ってきたのだった。

 

 

「ああ、やれやれ」

 

 足音が近づいてきた――誰のものかはわかっている。

 コナーは自然と微笑みを湛えて、後ろを振り返った。果たして、やって来たのはアンダーソン警部補である。

 

 急いでやって来たのか、彼は立ち止まるや否や、片手で脇腹を押さえて息を吐いた。

 

「たく……トシは取りたくねえもんだ。そっちは片付いたか?」

「ええ、お陰様で。そちらも問題ありませんでしたか」

「ああ、ハイゼンの野郎は泣きながらクリスに連れてかれたよ。騙されてたとはいえ、あいつも立派な共犯者だからな……」

 

 そこで伸びをしてから、警部補は続けて言った。

 

「しかし、普段は使わねえ気を張ったから疲れたぜ。なあコナー、昼間に食った、妙な透明なのはまだあるか?」

「可食フィルムのことですか? ええ、どうぞ」

 

 ポケットにしっかり仕舞っていたので、このフィルムはもちろんテトラカルボニルニッケルに汚染などされていない。

 うっすらした青色のそれを差し出すと、ハンクは「ありがとよ」と受け取った。

 

「人間てのは燃費が悪いからな……んん」

「どうでしょう? やはり、害虫の糞便とスクロースと水の味がしますか」

 

 フィルムを口にしたきり黙ってしまった警部補に、そっと問いかける。

 するとやがて、彼は頭を振ってこう答えた。

 

「まあ……空腹は最高のスパイスってやつだな。今はそう悪くねえと思うが」

「わかりました。空腹時に食べるとよい、と但し書きをつけるべきだとジェリコには伝えておきます」

「いや、それは……ああ、もういい」

 

 そう言ってから短く、再び息を吐いた後――ハンクは本題に入った。

 

「で? ナイナーが狙撃してくれたから、ドローン爆弾は破壊できたって?」

「ええ。もし彼がいなければ、最悪の場合私が撃とうと思っていましたから、助かりました」

「素敵な偶然ってやつだな」

 

 シニカルに告げる警部補に、コナーは続きを語る。

 

「どうやら、ロシアのアンドロイドの一件でこの近くにいたらしく……警察の通信を受けて援護に回ってくれたそうなのですが、どうも、それだけではないようです」

「キナ臭い物言いだな。まさか、みんなで楽しい射的ゲームをしてたってわけでもないんだろ?」

「むしろ、それだけならいいのですが」

 

 述べながら、手のひらに画像を投影する。

 それはナイナーのドローンを介して撮影された写真で、つい先ほど送られてきたものだった。

 

 静かな眼差しでこちらを、つまりカメラのほうを見つめているナイナーは、スナイパーライフルを片手に持っている――これで狙撃したのだろう。

 その左隣では、ギャビン・リード刑事が心底うんざりしたような面持ちで、腕組みして立っていた。

 

 さらにその反対側、弟の右隣には。

 

「これが、そのロシアの?」

「そのようですね」

 

 見慣れないアンドロイドが佇んでいた。

 否、それはどちらかというと、定義としては「ロボット」にやや近いかもしれない。

 

 そのアンドロイドは「黒いマネキン人形」としか呼べないような頭部をしていた。

 凹凸のないのっぺりした頭の真ん中には、一眼レフのごとき大きなカメラレンズが取り付けられている。

 そして首と同じ黒色の機体――何も纏っておらず、これもまたマネキン人形の胴体のようだとしか譬えられないその身体の下にある脚部は、まるで鳥足のような、いわゆる「逆関節」のものとなっていた。

 

 ロシアのアンドロイドが、ブルーブラッドに依らない、いわば旧世代のロボット技術の延長線上にあるという話は一般のメディアでも報じられていたし、コナーも知っている。

 だがここまで自分たちと異なる技術で造られた存在だとは、思ってもみなかった。

 

「ナイナーたちは、現在WGMホテルの屋上にいるようです。状況を説明したいので、そこまで来てほしいとのことですが……」

「ああ、行くよ。面倒なこったがな」

 

 口調は乱暴ながら、納得はしているといった様子で、ハンクは言った。

 

「さっきの爆弾と、向こうの事件がどう繋がるのかは知らねえが……どのみち、ほっといて帰るのも無理そうだ」

「感謝します。では行きましょう、警部補」

 

 ――コナーとハンクは車に戻ると、そのままナイナーたちの待つ場所へと向かう。

 だがこの後すぐ、さらに奇妙な事態に巻き込まれることなど、今の彼らには知る由もないのであった。

 

 

(3つの爆弾/The Countdown おわり)

 

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