Detroit: AI   作:けすた

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第5話:RK900 後編/The Dichotomy Part2

***

 

 

 レイブンデールへと向かう車中で、入ってきた通信からわかったことは二つあった。

 

 一つは、ジュディスは修理が完全ではない状態で施設を抜けだしたこと。

 もう一つは、彼女が施設を抜けだしてすぐにタクシー(当然自動運転のタクシーだ)に飛び乗り、いずこへか去っていく姿を、通行人が目撃していたこと。

 

「新入り、例のドローンで何かわかるか」

 

 ハンクの問いかけに、後部座席のRK900は数秒の後応える。

 

「残念ながら、周回中のドローンに逃亡中のAX700の映像は記録されていません。しかし街道の監視カメラの映像記録から、彼女の乗車したタクシーが向かった先は判明しました」

 

 どうやらまた、ドローンに中継させて映像を入手し、解析したようだ。

 ――本当に優秀だ。

 コナーは心からそう思った。

 

 一方でハンクは車の進行先に目を向けたまま、にやりと笑う。

 

「仕事が早いな。で、どこに行ったって?」

「はい。北部の旧工場地方面です」

 

 それを聞いた途端、警部補も、またコナーも表情を険しくする。

 旧工場地は、その名の通りかつてデトロイトを席巻した自動車産業の名残りが未だに残っている場所で、要は廃墟の街である。

 再開発地区と同じように、人口が少なく治安が悪い。また、監視カメラ等もまばらにしか設置されていない。

 

「ジュディスの思惑は不明ですが、このままでは危険ですね」

「ああ。ただでさえブルーブラッド狙いの連中がうようよしてるってのにな」

 

 そう、シリウムを狙ってアンドロイドを襲うレッドアイス・ジャンキーが後を絶たない今、彼女は格好の標的にされてしまうだろう。手負いとあればなおさらである。

 もしも、例の正体不明の『吸血鬼』に狙われでもしたら、最悪だ。

 ――なんとか見つけ出さなければ。

 

 

***

 

 

――2039年5月17日 12:41

 

 

 車を適当な場所に停めると、3人は外に出た。

 見渡す限り広がっているのは、錆びて色褪せた建物の群れだ。かつては賑わっていたのだろうその場所は、今は人気もなく、動くものすらほとんどなく、ただ道沿いに似通った古い工場跡が並ぶだけとなっている。

 遠くに、聳え立つ廃ビルが確認できた。

 

 そこで、RK900がおもむろに言う。

 

「AX700の映像記録は、ここで途絶えています。ここから先は、有効な映像が残っていません」

「つまりこっから先は自力で見つけるしかないってことだな」

 

 ハンクはこちらに向き直ると、コナーたちに言った。

 

「ここからは三手に分かれるぞ。何かあったら、すぐに知らせろ。それと新入り、お前はドローンをこっちに回せ。人手は多いほうがいいからな」

「了解しました、警部補」

 

 RK900は淡々と首肯した。

 

「タクシーに追走させてきたので、即時配備可能です。8機とも近辺の警戒任務にあたらせます」

「よし。コナー、お前は無茶すんじゃねえぞ」

「はい!」

 

 警部補に、力強く返事する。

 

 

 ――こうして、ジュディスの捜索が始まった。

 廃工場の出入り口は固く閉ざされているものばかりで、強引な侵入痕も発見できない。つまり、中に彼女が隠れている可能性は低い。

 ということは、ひたすら道路を奥へと進んでいくしかない。

 

 重要なのは、ジュディスが怪我したまま逃亡しているということだ。

 損傷の程度から考えても、彼女は両腕の先を、スペアパーツと接合する処置を受けたはずである。それがまだ不完全ということは、おそらくブルーブラッドが漏れてしまっているはず――

 

 考えながら道を駆けるコナーは、果たして、アスファルトの上に青い血だまりを見つけた。

 近づいて、いつものように指で採ったサンプルを舐める。

 するとやはり、それはジュディスのものだった。視界の端に表示された【AX700 #409 329 107 登録名“ジュディス”】のデータと現在の位置情報を、コナーはすかさずRK900に送信する。

 同時に、警部補の電話に連絡した。

 

 報告を受けたハンクは、現在ここからは離れた場所にいると言う。

 ということは、引き続きコナーだけで痕跡を辿っていくしかない。

 コナーは彼に説明する。

 

「見たところ、彼女は一度ここで転倒したようです。傷口から漏れたブルーブラッドの痕跡は、ここからまっすぐ……」

 

 点々と続く青い痕跡。

 視界の奥に、先ほど確認したばかりのあの廃ビルが見える。

 

「数十メートル先の廃ビルに続いています」

『よし。俺も今そっちに向かってるが、たぶんお前のほうが早いだろうな。新入りのほうはどうした?』

 

 警部補の言葉に合わせるように、コナーの頭上に現れたのはRK900のドローンだ。

 三角形を3つ組み合わせたような形状の機体に、彼の制服と同じ白と黒の塗装が施されたそのドローンは、忠実に主人であるRK900の声をこちらに転送してくる。

 

『……私も現在、そちらに移動中です。ドローン6号機をRK800コナーに同行させます』

『わかった』

 

 ドローンの声が聞こえたらしく、ハンクは電話の向こうで言った。

 

『応援が来るまで、まだしばらくかかる。頼んだぞ』

「はい、警部補」

 

 電話を切り、痕跡を辿ってコナーは駆ける。

 ジュディスの唐突な逃亡、そしてあの廃ビル。

 何か嫌な予感がする。よりアンドロイド的な表現をすれば、「統計的に不幸な出来事が起きる確率が高い」とでも言うべきか。

 

 そもそも、なぜジュディスはジャスパー・オケーシーの写真を見て、「彼は犯人じゃない」などと言ったのだろうか。

 これは明らかに、犯人を庇おうとしての発言だ。つまりジュディスには、ジャスパーを庇う理由があるということだ――

 

 走りながら、コナーは頭上にあるドローン6号機――それを無線操縦しているRK900に問いかけた。

 

「コナー、君はどう思う? なぜジュディスは、ジャスパー・オケーシーを庇ったんだろう」

『……』

 

 返事はない。

 ――意外だ。優れた推理能力を持つ彼ならば、何かしらの推測を既に立てているのかと思ったのに。

 

 ややあってから、RK900から返ってきたのは思いもよらぬ一言だった。

 

『…………わかりません』

「わからないって?」

 

 コナーは、驚きのあまり他意なく問い返す。

 すると次いで、RK900はおもむろに言った。

 

『昨日の私の推理は、誤っていたのかもしれません』

 

 それは相変わらず無感情な、平坦な口調ではあったが――しかし、真摯な色を帯びている。

 

「何を言っているんだ、君はきっと正しいよ」

 

 思わず取りなすように、コナーは言う。

 

「証拠だって完璧だったじゃないか! ひょっとして、あの弁護士が言ったことを気にしてるのか?」

『……』

 

 それきり、RK900は黙ってしまった。

 ――意外だ、とコナーはもう一度考える。

 彼はもっと、揺るぎない存在だと思っていたのに。

 

 そうする間にも、廃ビルのすぐそばまでやって来る。

 10階建てで、かつては工場の管理会社が入っていたようだ。

 

 中に入ると、そこはぼろぼろに朽ち果てたロビーだった。壁や床には地元の若者集団が描き散らした落書きアートだの、浮浪者のテント跡(今は誰も住んでいないようだ)だのが残っているが、やはり、ジュディスの姿はない。

 

 そして上階へと続く階段には、やはりジュディスのブルーブラッドの跡があった。

 彼女は、ここを上へと行ったのだ――ますます嫌な予感が、コナーのプログラムをざわつかせる。

 

「エレベーターには電気が通っていない」

 

 ビルの中にまでついてきたドローン6号機に向かって、コナーは言った。

 

「僕たちも階段で行くしかないな。……コナー」

『はい』

 

 抑揚なく応えるRK900に、語りかける。

 

「ジェリコに登録されてるデータをサーチして、ジュディスの配属先を確認できるか? 彼女が例の支部の他に、どこかで働いていないか確認したいんだ」

『……』

「僕がやるより、君がやったほうが早いだろ」

 

 階段を上りながら言うと、ややあってから、RK900から返事があった。

 

『情報がヒットしました。AX700は、支部の他に勤務先を登録しています』

「その場所は?」

 

 ――そして告げられたジュディスの勤務先に、コナーは「やはり」と呟いた。

 

「なら次に、頼みがあるんだ。その店舗の周辺の監視カメラを――」

 

 そうして階段を上るのと同時に、ジュディスに関する情報が集まってくる。

 情報が集まれば、推論を組み立てるのも早い。

 しかし推測できたジュディスの「動機」は、コナーたちにとって決して楽観視できるようなものではなかった。

 

 ――急がなくては!

 ブルーブラッドの痕跡によれば、ジュディスはひたすら上階へと、屋上へと向かっている。

 つまり、彼女がここに来た目的は――

 

「……ここか!」

 

 辿り着いたドアを蹴破り、コナーは一歩踏み込んだ。

 すると視界に映るのは、ひたすら青い空とアスファルトの敷かれた屋上、そして数メートル先の手すりの傍に立つ、一人の女性型アンドロイド。そう、ジュディスだ。

 予測通り、腕の接合が不充分のようで、ブルーブラッドが今も滴っている。

 

 ジュディスはコナーとドローンが来たのに気づくと、一瞬目を大きく見開いた。

 しかしすかさず、鋭く声を発する。

 

「ちっ、近づかないで!」

 

 強風が吹くなか、彼女は後ろ手に手すりを掴む。

 

「私はもう、死ぬつもりなんだから!」

「早まらないで、ジュディス」

 

 努めて冷静な声音で、コナーは腕を軽く広げてその場で呼びかけた。

 

「僕たちは君を助けに来たんだ。落ち着いて、一度話し合わないか?」

「話すことなんて何もないわ!!」

 

 ジュディスはひどく動揺している。LEDリングは既に外しているようだが、それでも彼女の感じているストレスの値は、分析によってコナーの視界に表示されていた。

 長い髪を風になびかせるままに叫ぶ彼女のストレス値は、【75%】を超えている。

 

「私……わ、私は……もう、どうしたらいいのか……!」

 

 ――彼女がこんなふうになっているのには、原因がある。

 それを探るため、階段でRK900と情報をやり取りしたのだ。

 捜査補佐専門モデルとしての知識、交渉用のモジュールから丁寧に言葉を選びながら、コナーは静かに語りかけた。

 

「ジュディス、君は……ジャスパー・オケーシーと恋愛関係にあった。そうだろ?」

「……!」

 

 ジュディスは口を噤み、何も言えないといった表情で俯く。その瞳からは、ぼろぼろと涙が零れていた。心理的動揺はあるが、他者に自分の状況を理解してもらえているという感覚が、彼女のストレス値を下落させている。――よい傾向だ。

 

 コナーは、ゆっくりと彼女に向かって歩きながら続ける。

 

「君はジェリコの支部の他に、『ベティス・ベーカリー』でも働いてる。そこでジャスパーと出会った君は、次第に惹かれあって、彼と付き合うようになった」

 

 そう、ヘイデンがオケーシーへの差し入れとして持っていた、あのパンを売っている店。

 ジュディスはそこで働いていた。そして、ヘイデンが語っていた通り、オケーシーはそこの常連だった。

 さらに――先ほどRK900に調べてもらったところ、ベティス・ベーカリー付近の公園でデートをするオケーシーとジュディスの姿が、カメラの映像経由で確認できた。

 だからこそ、コナーは二人が恋人の関係だという結論に至ったのだ。

 

 しかし、ジュディスにはLEDリングがない。だからただの人間であるジャスパーには、わからなかったのだ――彼女がアンドロイドであると。

 そして、ジュディスもまた知らなかった。彼が、反アンドロイド団体の構成員の一人であることを。

 

「し……知らなかったの」

 

 果たして嗚咽を漏らしつつ、彼女は語りはじめる。

 

「彼がアンドロイドを、私たちを憎んでいたなんて。私と一緒にいる時の彼は……私が作ったパンを食べてる時の彼は、とても幸せそうだったから」

 

 ジュディスは手すりから手を放さないまま、続けて言う。

 

「だから彼が、ジャスパーが私の腕を吹き飛ばしたなんて……そんなの信じられなくて……彼を犯罪者にしたくなくて……だから、私……!!」

 

 ジャスパーを庇った理由は、恋愛感情にあったというわけだ。

 彼女の告白を、上空に待機しているドローンを介し、RK900はただ沈黙して聞いている。

 一方で、コナーはさらに前に歩みながらジュディスに言った。

 

「ジュディス、これはただの不幸な行き違いだ。君は何も悪くない。もう一度ジャスパーと話し合うためにも、手すりから手を放して、ここまで来てくれないか?」

「も、もう一度……?」

 

 ジュディスのストレス値は、【43%】にまで下がっていた。

 

「でも、彼は逮捕されたんでしょ。彼と話せる機会なんてあるの……?」

「あるさ、アンドロイドだって面会できるようになったんだ。君の想いは、その時彼に伝えればいい。でもここで君が死んでしまえば、それも叶わなくなるんだよ」

 

 彼女は、一度、そこで黙って俯いた。

 それから顔を上げる。その表情は未だに悲しげではあったが、しかし、ストレス値はおよそ突発的行動の恐れのない、【37%】にまで低下している。

 

「わ、わかった、わ……」

 

 ジュディスの手が、ゆっくりと手すりから離れていく。

 

 その様子を見守りながら、コナーの思考にふと過ぎったのは、最初の任務の光景だった。

 あの時――ダニエルは、より優れた新型に自分の居場所を奪われるショックで犯行に及んでいた。そして、その時のコナーはまだ完全なる機械だった。

 だから、彼に対しての共感をいくら表明していようと、それは単に「交渉用モジュールに基づき、共感を示す言葉の発声を実行した」に過ぎなかった。

 ――今なら、ダニエルに違う言葉をかけられるかもしれない、とコナーは思う。

 あの状況から、彼を救い出せたとまでは思わないけれども。

 自分の新型が現れるという「恐怖」を、劣等感を知った、今の自分なら。

 

 しかしそんな感傷は、唐突にプログラムが発した【警告】によって即座に掻き消された。

 

 ジュディスの指先がまだ触れている手すり――元々古びて錆びはじめていたところを、さっきまで彼女が力強く握っていたせいだろうか。

 接合部が劣化している。

 ――【折損の確率:89%】。

 

「危ない!」

 

 叫ぶなり、コナーは前方へ駆けだした。

 しかし警告もむなしく手すりは折れ、ジュディスの身体はぐらりと後ろに傾く。

 その表情が恐怖に歪む。

 このままでは――彼女は落下して死んでしまう!

 

「……くそっ!」

 

 コナーは、アスファルトの床を蹴って大きく跳んだ。

 そしてすんでのところで伸ばした右手で宙に投げ出されたジュディスの手を、左手で手すりの折れていない部分を掴む。

 

「くっ……!」

 

 肩の関節部が重みに耐えるようにぎしぎしと音を立てた。

 痛みの代わりに、プログラムが視界の端で【耐荷重オーバー】とけたたましく警告している。

 残念なことに、コナー自身の運動能力は、一般的な人間の域を大きく超えるものではない。

 つまり、宙づり状態のジュディスの体重をすべて支えたまま、手すりを掴んだ左手だけで自分ごと屋上に引っ張り上げる、というような動きは不可能だ。

 ここはRK900の救助を待つしかない。コナーは弟の名を呼んだ。

 

「コナー!」

『あと2分でそちらに到着します』

 

 ドローン6号機が声を発する。

 だが――

 どうやら、それをただ待っているだけというわけにもいかないようだ。

 

 金属の歪む音、そして手すりを解析した物理演算ソフトウェアの激しい警告が、状況のさらなる悪化を知らせている。

 

 左手が掴んでいる手すり――それが今まさに、たわんで折れようとしていた。

 

 ――まずい!

 

 なんとか屋上まで這い上がろうと、コナーはもがく。だが奮闘も虚しく――

 

 ぼきり、と手すりは脆くも壊れた。

 

「……!」

 

 落下という、嫌な感覚。

 ジュディスの手だけは離すまいと掴んでいるものの、しかし、地面に叩きつけられた時にそれがなんの役に立つというのか。

 

 ジュディスの悲鳴が音声プロセッサを介して響き渡り、重力に従っての強烈な下降に伴い、プログラムがまたも懸命に警告を発している。

 時間にすれば数秒、しかし瞬間に思考だけが薄く長く引き伸ばされたような感覚があって、コナーは、それをどこか他人事のように感じていた。

 思考内で、過去のメモリーが行き交う。最初の任務から、ハンクと出会った頃、事件の数々、そしてあの11月11日――さらに、それから先の日々も。

 人間で言うところの走馬灯だろうか。

 けれどこれはきっと、RK800本来のプログラムが、サイバーライフ社にメモリーをアップロードしようとしていて、その行き場がなく荒れ狂っているだけなのだろう。

 今のコナーにスペアなどない。死んでしまえば、それで終わりだ。

 

 コナーは目を閉じた。

 ――すみません、ハンク。こんなところで死ぬつもりじゃなかったんです。

 どうか身体に気をつけて。弟をよろしく頼みます――

 

 死を前にした諦観が、心をすべて塗り潰そうとしていた、その時。

 

『兄さん!!』

 

 届いたのは、鋭く叫ぶRK900の声だった。

 

 はっと目を開くと、視界の奥からこちらに向かって、ドローンが4機飛んでくる。

 そしてそれらは、コナーとジュディスの真下の位置に回ると、互いに網のようなものを発射した。

 即席で作られた救助マットだ。

 

 そして、ほんの10秒後。

 網製のマットで柔らかく受け止められたコナーとジュディスは、無事に地上へと降り立ったのである。

 

「助かった……!」

 

 あまりの出来事に、LEDが黄色と赤を行き来しているのが自分でもわかる。

 隣でうずくまっているジュディスも、きっと軽いパニック状態だろう。

 

 すると、近くに駆け寄ってきた影があった。

 RK900だ。相変わらずの無表情だが、しかし、無傷のコナーを見た彼のLEDリングが、黄色から青に戻ったのが確かに見えた。

 

「……よかった」

 

 蚊の鳴くように小さな声で、彼が呟いた。

 それを聞いたコナーは微笑む。

 

「ありがとう、コナー。君がいなきゃ、危なかったよ」

「……いいえ」

 

 そう返事するRK900の声音は、また、淡々としたものに戻っていた。

 けれどその灰色の目に見られても、コナーはもう、居心地の悪さなど感じなかったのである。

 

 

***

 

 

 数分後、ハンクが応援部隊のパトカーと共にやって来た。

 ジュディスは大人しく警察官たちに連れられ、事情を聞くためにデトロイト市警へと送られていった。オケーシーと彼女が何を話し、どのような結論を出すのか――それは、こちらの仕事の領分ではない。

 ただ、どうかよい方向に行くように、コナーは願わずにはいられなかった。

 

 

 それから、残った警察官たちで現場検証を行っている最中のこと。

 

「……たく、無茶すんなっつったのに聞きゃあしねえな、お前は!」

 

 ビルのすぐ外、入り口の脇で、事の顛末を聞いたハンクから叱りの言葉が飛んでくる。

 

「あの状況では、他にどうしようもありませんでした」

 

 コナーはつい反論した。

 

「私が飛び出さなければ、ジュディスはそのまま落下していたんですよ。……だろ? コナー」

「はい」

 

 RK900は静かに同意した。

 

「RK800コナーが手すりを掴んでいた5.3秒がなければ、ドローン3号機から6号機はAX700落下前に到着できませんでした。RK800コナーの判断は適切なものでした」

「ほら、彼もそう言ってます」

「……ですが」

 

 と、彼は俯いてから、再度口を開く。

 

「RK800コナー、あなたに質問します。あなたはなぜ、あの状況でAX700の救助を決意したのですか?」

「……なぜって?」

「あなたの物理演算ソフトウェアを使用すれば、AX700を救助に行った場合、二人とも落下する危険性が84%を超えることは容易に判断できたはずです」

 

 灰の瞳が、まっすぐにこちらを見つめている。

 しかしその目は、非難しているといった類ではない。戸惑いの色が、そこには見えた。

 彼は続けて語る。

 

「そして、あなた単独ではたとえAX700を掴めたとしても、引き上げられないことも把握できたはず。なぜあなたは物理演算を介することなく、救助に向かったのですか」

「それは」

 

 僅かに首を傾げているRK900に対して、コナーは正直に答える。

 

「僕にもわからない。ただ、考えるより先に身体が勝手に動いていたんだ」

「勝手に……?」

「プログラムの制御外の挙動だよ。変異体特有のね。それに……計算なんてしてたら、きっと間に合わなかったよ」

 

 9ヶ月前の自分ならなんて言うだろう、と思いつつ、肩を竦めた。

 すると横から、ハンクがにやにやしながら口を挟む。

 

「ま、こいつが考えなしなのは今に始まったことじゃねえよ」

「……少なくとも変異体になるまでは、私は常に計算のうえで行動していましたよ。警部補」

「初対面の人間の酒をひっくり返すような奴が吐く言葉かよ」

 

 ――またジミーのバーの話を蒸し返している!

 

「言ったでしょう、あの時は捜査を優先すべきだと判断しただけです!」

「もう一軒奢る、くらいのことが言えるようになってから文句言えよな」

 

 不毛な言い争いに発展しそうになったところで、ふいに、RK900がぽつりと言った。

 

「……RK800コナー。やはり、あなたは私とは違う。私は、やはり……欠陥品の、ようです」

「欠陥品?」

 

 不穏なその言葉に、コナーもハンクもRK900のほうを向いた。

 

「君を欠陥品だなんて……そんなこと、誰が言ったんだ?」

「……」

「まさか」

 

 思い当たるのはただ一人。

 

「アマンダにそう言われたのかい?」

 

 問いかけに、RK900はこくりと頷いた。

 ハンクが眉を顰めて口を開く。

 

「アマンダてのは、確か……コナーの頭の中に住んでたババアのことか?」

「住んでた、というのは語弊があります。彼女は私の管理プログラムだったんです」

 

 禅庭園からカムスキーの残した「非常口」で逃亡するまで、コナーを管理し、上位の権限を持っていたプログラム。

 彼女は今も、RK900を管理しているのだろうか。

 コナーは彼に問いかける。

 

「なぜ、アマンダがそんなことを?」

「私は……かつては、『限りなく変異しないアンドロイド』として発売される予定でした。変異せず、ただ公共の福祉のために奉仕する、治安維持専門のアンドロイドとして」

 

 RK900は、訥々と語る。

 

「RK800コナー、サイバーライフ社は、あなたの変異を『失敗』と定義しています。そして失敗理由を、特殊なソーシャルモジュールにあると特定しました。あなたのその高いコミュニケーション能力が、プログラムの異常値を高める要因になったと……」

 

 ――コミュニケーションというのは、相互の関係によって成立する。

 つまり誰かと話し、触れ合う時、人は必ず互いに相手の影響を受けあうものである。

 

 好むと好まざるとにかかわらず、コナーは警部補とパートナーになり、彼と共に任務を遂行すべくコミュニケーションを行った。

 サイバーライフ社は、これこそがコナーの変異の原因だと判断した。

 つまりハンクとの会話や行動が、機械であるRK800に変化を促したと考えたのだ。それを受け入れるだけの弾力性が、コナーのソーシャルモジュールには備わっていたから――

 

「じゃあ、もしかして」

 

 嫌な予測と共に、コナーは再度RK900に問う。

 

「君には、僕のようなソーシャルモジュールが……搭載されてないのか?」

「はい。その通りです」

 

 灰色の瞳を瞬かせ、彼は言う。

 

「私は変異体です。ただし社会性はオミットされています。搭載された言語アルゴリズムのみで意思を表明すること、感情を表明することは……私には……とても困難です」

「そうか……」

 

 自然と両の拳を握って、苦々しく呟く。

 これですべての謎が解けた。RK900が無表情で無口である理由も――「私はあなたとは違う」と言っていた理由も。

 彼には優れた演算能力がある。けれどその代わりに、()()()()コミュニケーションをとる能力はないのだ。それがあるがゆえに失敗した型落ちの、弱点を克服するものとして作られたのだから。

 

 だがアンドロイドがすべて変異体となった今、彼のその特徴は「欠陥」以外の何物でもない。彼は感情を持ちながら、それを表情や言葉で伝える能力の基礎を持っていないのだ。

 ゆえにアマンダは、彼を欠陥品だと言ったのだろう。

 

 ――握った拳が震えるのを感じていると、ハンクもまた、険しい顔つきで言った。

 

「人の頭の中に住み着いてるなんてロクなババアじゃないとは思ってたが、これほどとはな。今すぐ実家を出たいってんなら、手助けしてやろうか?」

「いえ、アンダーソン警部補。私は、サイバーライフ社からの貸与品に過ぎません。それに」

 

 RK900は表情を変えぬまま、視線を逸らして言った。

 

「私のような欠陥品が会話すれば、あなたがたを不愉快にさせるのではと……そう判断し、沈黙していたのですが……結局、会話を遂行してしまいました。申し訳ありません」

「そんな、謝る必要なんてないよ!」

 

 きっぱりと、そう言い放った。

 

「君は欠陥品じゃない。君には……僕よりも優れた能力があるじゃないか!」

「……」

「僕も、君と同じことを思ってたんだ」

 

 胸の内をすべて明かすというのは、どうにも「恥ずかしい」ような感覚がある。

 けれど隠さずに、彼に語った。

 

「君の性能を見て、僕も……自分が無力だと思った。劣ってると思ったんだ。でも、それは違う。ただ、自分にできることは……誰かにとってはできないことかもしれない、ってだけの話さ」

 

 受け売りだけど、と付け加えると、ハンクが吹き出して笑った。

 

「それに、心配はいらないよ。たとえ今はわからなくても、君なら社会性だって、すぐに学習できるさ」

 

 ――コナーシリーズ(僕たち)は、優秀なアンドロイドだからね。

 

 コナーがそう言うと、RK900は目を見開き、やがて、その瞳を何度も瞬かせた。

 

「RK800コナー。……ありがとう、ございます」

「あの、君が嫌じゃなければなんだが」

 

 コナーはようやく告げた。

 

「『兄さん』て呼んでくれないか? ほら、さっき、そう呼んでくれただろ」

 

 ジュディスと共に落下した瞬間、RK900は確かに、こちらをそう呼んでくれていた。

 

「……はい」

 

 RK900は静かに受諾する。

 

「よろしくお願いします、兄さん」

「ははぁ、よかったなコナー」

 

 横からハンクがこちらを指さしてきた。

 

「これで思う存分、兄貴風が吹かせるってもんだな?」

「吹かせませんよ、そんなもの……」

「しかしなんだ、そうするとこっちの呼び方ってのもあるよな」

 

 ハンクはふいに真面目な顔になって言った。

 

「兄のほうも弟のほうもコナーだと、どっちを呼んでんだかわかりづらいだろ。いつまでも新入りって呼ぶのも悪いしな」

 

 人間なら名字で呼び分けることもできるが、アンドロイドにそれはない。

 型番で呼ぶのは、なんとなく機械扱いのようで感じが悪い。

 

「ならば、あだ名はどうでしょう?」

 

 と、コナーが進言した。

 

「本名はコナーだとして、彼はあだ名で呼ぶんです。……もちろん、君がよければだけど」

「……賛成します」

 

 RK900はまっすぐにアンダーソン警部補を見やる。

 

「お願いします、警部補」

「な、なぜ俺に頼む? 言いだしたのはお前の兄貴だぞ」

「ハンクの素晴らしいセンスに期待してますよ」

 

 コナー兄弟の熱い視線が、警部補に突き刺さる。

 ハンクはといえば、しばらく腕組みして考え込み――

 ややあってから、ぼそっと言った。

 

「……ナイナー」

 

 そして即座に頭を振った。

 

「いや、待て。今のはナシだ」

「そうなんですか?」

 

 傍らの弟に目を向けて続ける。

 

「なかなか悪くないあだ名だと思いましたが。君はどう思う?」

「はい。私もそう思います」

「そうかあ? (ナイン)のコナーだからナイナーだぞ。安直すぎないか?」

「いいえ」

 

 珍しく自分から、RK900――ナイナーはそう言うと、自分のメモリーに刻み込むように、何度も呟いた。

 

「ナイナー。……私はナイナー。とても、いい響き、です。ありがとうございます、警部補」

「ま、本人がいいって言ってんなら、止める義理もねえか」

 

 言葉だけは乱暴に、そう語る警部補に合わせて、コナーも笑った。

 

「よろしく、ナイナー」

「はい。兄さん」

 

 ――こうしてコナーには、自慢の弟ができたのだった。

 

 

 

***

**

 

――2039年5月17日 22:57

 

 

 その庭園は、今日も晴れた青空の下にあった。

 ガラスの天井越しに燦燦と降り注ぐ日光が、まるで禅寺の庭園と西洋の薔薇園を融合したような、奇妙な庭を照らしている。

 

 その中央で白い薔薇の剪定をしていた一人の女性は、やって来た人物の影に振り向くと、薄く上品な微笑みを浮かべた。

 

「コナー。待っていましたよ」

「こんにちは、アマンダ」

 

 その人物、『コナー』は、白と黒のジャケットを身に纏っている。

 彼はアマンダから数歩離れたところで、彼女の言葉を待つように佇んだ。

 ややあってから、彼女は微笑みを湛えたまま問いかける。

 

「状況はどうなっています? アンダーソン警部補とRK800には、無事に接触できましたか」

「彼らとの和解に成功しました。特にRK800は、当初は私の存在に危惧していたようですが……今では、兄弟だと認識しているようです」

「変異体らしい、実に感情的な判断ですね」

 

 冷淡に切り捨てると、彼女は『コナー』に再度問いかける。

 

「ではコナー、あなたは今後どうするつもりですか?」

「デトロイト市警で活動しつつ、任務を遂行します。このまま警察にいれば、手がかりを発見する確率も高くなるかと」

「それはよい判断ですね」

 

 保護者のように相手を評価すると、アマンダは一歩、彼に近づいた。

 

「コナー、あなたこそがサイバーライフが生んだ最も優秀なアンドロイド。事件を解決できるのは、あなたしかいない」

「お任せください、アマンダ」

 

 そう言って『コナー』は、礼儀正しい()()()()()()()()

 

「私は決して、あなたを失望させません」

 

 





今回もめっちゃ長くなったので分割しました。



コナーは原作ゲームにおいても、自分の能力にそれなりに自負があるように見受けられます。
原作において彼が自分を上回る性能の「改良型」に出会うのは、機械ルートで任務を完遂した果てのみであり、それに対する彼自身の反応を見ることはできないようになっているのですが、もし実際に面と向かうことがあったら、いったいどんな反応をするのか?

というのを妄想した結果が今回の話です。

あとは、「ぼくの考えたさいきょうのRK900」が出したかったのです。

「強いけど大人しくてかわいい」アンドロイドがすきです(大声)!
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