Detroit: AI   作:けすた

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第9話:ギャビンの最低な一日 後編/Bad Luck! Part3

 

 

――2039年5月20日 19:33

 

 

「……なんだこれ」

 

 しゃがみ込んだギャビンが手にした便箋に印刷されているのは、昔懐かしいQRコードだ。このモザイクのような白黒で構成された正方形、間違いない。

 二十年くらい前はよく見たものだが、今はもっと高性能なバーコードが開発されたせいで、まったく使われなくなった代物である。

 なぜそんなものがここに――?

 

 訝しんでいると、横からRK900こと備品野郎が便箋を覗き込んできた。

 数秒後、奴は淡々と口を開く。

 

「『バークレー駅、5番・6番ホーム 20日23:55 赤帽子』」

 

 灰色の瞳が、こちらに向けられる。

 

「と記載されています、リード刑事」

「……フン」

 

 コードを調べようと床から拾い上げたスマホを、そっとポケットにしまいつつ立ち上がった。どうやらこいつ、高性能アンドロイドのくせに、ローテクにも対応しているらしい。お偉いことだ。

 

「で、他は?」

 

 こちらが問いかけると、備品はまた例によって静かに目を瞬かせ、首を傾げた。

 

「他とは……」

「コードの中身以外の情報はねえのか? さっきも言っただろうが。備品は備品らしく、スマホより役に立ってみせろよ」

「……」

 

 しばらくしてから、アンドロイドは応える。

 

「申し訳ありませんが、新規の手がかりとなりそうな情報は皆無です。指紋もなく、便箋やインクも大量に販売されている普遍的な型式ですから」

「チッ」

 

 だがギャビンの舌打ちを遮るように、アンドロイドはただ、と付け加えた。

 

「時刻表によれば、本日23:55には、バークレー駅の5番線と6番線に同時に電車が停車するはずです」

 

 ――同時に。

 それを聞いた瞬間、閃くアイデアがあった。

 同時に停まるという電車。そして、今日これまで自分を襲ってきた連中の共通点――ヤク中であること。

 となるとこのメッセージの意味するところは、一つしかないはずだ。

 

 しかし傍らのアンドロイドはといえば、さらに続きを口にする。

 

「……残念ながら、それ以上の新規情報はありません」

「ほお、そりゃ意外だな」

 

 ギャビンはわざとらしく大仰に顔を顰めた。

 

「サイバーライフのアンドロイド刑事にも、わからねえことがあるのかよ」

「はい、申し訳ありません。リード刑事は、何かご存知なのですか」

「……」

 

 ――悔しがられもせずにすんなりと聞かれてしまっては、軽口の叩き甲斐もないというものだ。

 かえって意表をつかれてしまったがそれは見せないようにして、ギャビンは(親切にも)アンドロイドに説明してやった。

 

「クソ野郎どもが駅のホームに用があるといったら、ヤクの売買に決まってるだろ」

 

 そう――実に単純で、典型的な手法だ。

 連中が利用するのは、両側が線路に接しているホーム(正式には「島式ホーム」というそうだが)の双方の線路に、同時に電車が停車するタイミング。

 薬の売人と客とはそれぞれ別の電車に乗り、取引する駅で降りて、そのまま互いの向かい側の(つまり反対方向に行く)電車へと移動する。そしてその最中、ホームですれ違いざまに薬と金をやり取りするのだ。

 こうすれば、仮に誰かに見咎められたとしてもすぐに電車に乗ってとんずらできるし、素早くやればそれこそ、誰にも気づかれない。

 無人ドローンを使ったやり取りが流行する昨今ではあまり用いられない、警察学校の教本に載っているような古典的な方法だが、ギャビンはよく知っていた。

 

 バークレー駅のホームは狭いから、具体的に乗降口を指定しなくても売人と客はすぐに互いの位置がわかるのだろうし、『赤帽子』が相手を探す目印となっているのだろうということもわかる。

 メッセージ自体の謎は、これで解けてしまったと言っていい。

 

 ――という説明を受けた備品は、例によって例のごとく無表情かつ平坦な口調で、しかしどこか納得した様子で語った。

 

「理解しました。バークレー駅で違法薬物の取引の恐れがあるのですね」

「わかってもらえて嬉しいね」

 

 まったく嬉しくなさそうにギャビンは言う。

 そして実際、不愉快なのには変わりない。こうなってくると、自分が今日という最低な一日を過ごしている原因の半分が、この紙切れにあるのは間違いないからだ(残りの半分はポンコツアンドロイドだ)。

 

 つまり、今なお床に倒れて静かにおねんねしている小太りの男とその仲間も、否、今日の日中さんざん人を追いかけ回してくれた連中も、殺さなければ殺されるのだと言って死んでしまったあいつも――目的は、この便箋にあったのだろう。

 

 あの男たちは今夜、駅で薬の取引をする予定だった。そして取引の詳細は、手紙で郵送されてくる手筈だった。だがその前日、どうしたわけか、メッセージの入った封筒はよりにもよって刑事たるギャビンの住むこの家に届いてしまう。だから彼らは取引の秘密を守るために、また取引の詳細を手に入れるために、命を狙ってきたというわけだ。

 

 この男たちがこうして無理やり人の家に押し入って、家財道具をあれこれ引っ掻き回していたのも、この便箋を探すためのようだ。

 殺さなければ殺されると言うくらいなのだから、きっと、それなりの規模の取引が予定されているに違いない。血眼になるのは勝手だが、まったく迷惑な話である。

 

「……クソが」

 

 何度目になるかわからない呪詛の言葉を吐く。証拠品でなければ、こんな忌々しい手紙、今すぐビリビリに引き裂いてやりたいところだ。

 

 こんな素敵なプレゼントを送り付けてくれた奴には、ぜひともお礼を言わなければならないところだが――そういえば、そもそもこの便箋はなぜここに届いたのだろうか?

 誰かのタレコミ、というのでもなさそうだ。では、その目的は?

 

 いや、待てよ。

 もしかすると、目的など()()のでは? つまり――

 

 さらに不愉快な可能性に思い至ったところで、ふいに部屋の静寂を破ったのは低く小さい振動音だった。スマホの着信のバイブレーション。しかし、ギャビンのものが鳴っているのではない。

 

 音を頼りに視線を向けたのは、倒れ伏す小太りの男だ。

 そいつのズボンの尻ポケットから、ブブブブ、と低い音が漏れ聞こえている。

 

「チッ、こんな時に」

 

 思い切り舌打ちした。きっと、小太り男の「作業」の進捗状況を気にした仲間の誰かが電話をかけてきたのだ。

 どうするべきだろうか? ここで電話に誰も出なければ、相手はそれを不審に思うだろう。最悪、またこっちに仲間を差し向けてくるかもしれない。

 そんな面倒なことになる前に、なんとかごまかす手段は――

 

 とギャビンが必死に考えを巡らせていると、備品野郎は素早く男に近寄り、ポケットからそっとスマホを抜き取る。

 ほんの1、2秒、奴は震えつづけるスマホを握ったまま、じっと男のほうを見ていた。それから当然のように画面をタップし、止める間もなく電話に出る。

 

「――もしもし、オレだ」

「!」

 

 ギャビンは、素直に驚愕した。アンドロイドの口から流れているのは、耳慣れない男の低い声――たぶん、この小太り男の声音だ。声帯模写、というやつか?

 しかも備品野郎は普段の棒読みぶりがまるで嘘のように、流暢かつ自然に言葉を発している。表情は一切変わらないのに、聞こえてくる言葉だけ妙に情緒と抑揚たっぷりなのが、余計に気持ち悪い。

 

「あ? なんだって、あの刑事? ああ、あいつなら床にノビてんぞ」

 

 アンドロイドは、ちらりと小太り男に視線を落として語る。

 

「後ろから近づいて一発だったぜ。例のブツ? 見つけたよ、ゴミ箱に入ってた、へへ」

 

 声だけで笑ってから、奴は続けた。

 

「当然だろが、取引の場所も確かめたさ。()()()()()()()()だ、間違いねえ」

 

 ――こいつ、平然と噓つきやがった。

 本物の取引現場に連中を近づかせるわけにはいかないというのは理解できるし、ここはついて当然の噓だが――無表情アンドロイドがしれっと言ってのけているという状況は、やっぱり違和感のほうが先に目立つ。

 

 ギャビンが顔を引き攣らせている前で、備品野郎はさらに続けて言った。

 

「今日の23時55分、2番と3番ホームだってよ。はあ? 間違いねえって言っただろ。そんなに疑うなら、持ってって見せてやんよ」

 

 とここで、アンドロイドの視線がこちらを向いた。

 奴のLEDリングが黄色にチカチカと点滅し、するとそれに合わせるようにスマホの通話音量が大きくなっていく。――会話内容を聞かせるために、遠隔操作しているのか?

 果たして、こちらの耳にもスマホの向こうの話し相手の声が届くようになった。

 

『……まあ、なんとかなったからいいけどな、ボブ』

 

 電話の相手は、話をしているのがボブではないという可能性には全然思い至らないらしく、間抜けにもぺらぺらと喋っている。

 

『てめえが送り先の住所間違えたから、こんなことになってんだぜ。ボスに知られてみろ、今日のギルバートみてえにブッ殺されてるぞ』

 

 ギルバートというのが、今日あの空き地で死んだ男の名前だというのは、備品野郎の報告書を読んだギャビンも知っている。

 それにしても――住所を間違えた、だと?

 瞬間胸を駆け巡るのは、「やっぱりか」という思いと「ふざけんな」という怒りである。

 こんなクソみたいな事態に巻き込まれたのは、腹立たしくも想定通りに、まったくの偶然のせいだったというわけだ。

 誰の指示だか知らないが、今どき()()なんて老人みたいなもんを使ってやり取りするからこんなことになるのだ。クソトロいアホが間違えやがったせいで、こっちはもう一日に2回も殺されかけるはめに陥ったのである。

 

 後で一発、そこの小太りボブをぶん殴っておこうとギャビンは心に決める。

 一方で備品野郎は、通話相手の警告に対して途端に声音を震わせて言った。

 

「あ、ああ、わかってるよ。もうヘマはしねえって。へ、へへ、ボスにもバレやしねえさ」

『だといいけどな。……じゃ、もう切るぞ。あとはファーンデール駅でいいだろ』

「お、おう。じゃあな」

 

 画面がタップされ、通話が切れる。

 次いでこちらをまっすぐに見やってアンドロイドが放ったのは、いつも通りの淡々とした声音。

 

「以上です、リード刑事」

「ケッ」

 

 皮肉たっぷりに、ギャビンはゆっくりと拍手してやる。

 

「見事なもんだな、ポンコツ。名演技だぜ。どうせなら普段からあれくらいで喋ればいいのによ」

「申し訳ありませんが、それは不可能です」

 

 まったくの無表情で備品は言う。

 

「先ほどはこのボブ・フィアロンの咽喉の形状分析による声帯模写と、端末内メッセージアプリの記録のスキャンによる語彙分析を実行して会話を予測し、模倣したに過ぎず……」

「はいはい、ご苦労さん」

 

 無駄な会話はさっさと打ち切って、捜査を進めることにする。

 

「それより、ファーンデールにはもう応援呼んだか?」

「はい、デトロイト市警には無線通信で連絡しました。先ほどの通話相手およびその仲間については、応援部隊に一任可能です」

 

 よし、と頭の中で呟いた。

 ポンコツ野郎にしては、なかなか手際がいい。これでまんまと釣られたクソ野郎どものほうは、市警の暇な奴らに相手をさせてやれる。

 問題は――バークレー駅のほうだ。

 

「リード刑事」

 

 備品野郎が、再び首を傾げてみせた。

 

「指示をお願いします。バークレー駅にも、警官隊の応援を要請しますか?」

「馬鹿か、てめえ」

 

 吐き捨てるようにギャビンは応える。

 

「ンなことしたら、盗られちまうだろ」

「……“盗られる”?」

「手柄だよ、手柄。お前、おつむが錆びてんのか?」

 

 指に挟んだ便箋を、畳んで素早く自分のポケットに入れた。

 

「ここまでコケにされて、なんの手土産もなしで『ああ悪い奴は捕まったんだな、よかったよかった』で済ませられるかよ。クソどもにはきっちり、落とし前つけてもらわないとな」

 

 取引を阻止し、クソどもを全員逮捕し、その功績は全部自分のものにする。

 それくらいじゃないと、割りに合わない。

 

「……なるほど」

 

 やや見開いた瞳をぱちぱちと瞬かせると、アンドロイドは言った。

 

「リード刑事、あなたの意向は理解しましたが……不可解です」

「何がだ」

 

 珍しく訝しんだような声を発したアンドロイドに思わず問い返すと、相手はまるで言葉を選ぶかのように訥々と質問してくる。

 

「つまり、それほどまでに……あなたの個人的野心は強力なのですか、リード刑事? 身体や生命の危険よりも?」

「ハッ」

 

 ――やっぱりこいつは機械野郎だ。人間の感情のことなんて、何もわかってやしない。

 目を細め、口の端を吊り上げて、ギャビンは応える。

 

「そりゃ当然だろ。俺をコケにしたクソどもには、せいぜい手柄になってもらうんだよ。こんな旨そうな話、放っておけるか」

「……」

「おら、何ぼさっとしてる」

 

 備品野郎に一歩近づき、そのむやみやたら硬い肩を軽く押してやる。

 

「さっさともう一回通報して、このクソボブとお仲間も引き取らせろよ。その間に、駅まで行くぞ」

「了解しました」

 

 平坦な口調で言い、アンドロイドは頷く。

 

「あなたと私で、取引を阻止しましょう。きっとお役に立って、みせます」

「口ではなんとでも言えるよな。お前のお手並みを拝見してやるぜ」

 

 そう返して、ギャビンは移動しようとして――

 そこで、思い出した。

 

「おらっ!!」

「げふっ!?」

 

 ――まだ一発くれてやってなかったな。

 心の内でそう呟きながら、倒れているボブの背中に拳を叩き込んでやった。

 ボブは一瞬白目を剥いたが、すぐにまた夢の世界へ旅立っている。どうやら備品野郎の一撃が相当効いているらしいが――

 

「へ、少しは気分がマシになったぜ」

「……リード刑事」

 

 背後から、ひっそりと備品野郎が声をかけてくる。

 

「気分を改善する場合、他人を殴打するよりもよい方法があります。私はガーデニングを推奨します」

「余計なお世話だ、プラスチック」

 

 ポンコツのくせに、と頭の中で毒づきつつ――ギャビンはアンドロイドと共に、自分の家から出たのだった。

 ちなみにどうせ部屋はぐちゃぐちゃなので、割れた窓ガラスはそのままにしておいた。

 

 

***

 

 

――2039年5月20日 23:54

 

 

『まもなく、バークレー駅に到着します――』

 

 明るい女性の声のアナウンスが響くと、その言葉通り、電車は速度を落として駅のホームに入っていく。

 こんな時間だというのに、車内にはそれなりに乗客がいた――人間も、アンドロイドも。あの革命以来バスや電車の中の「アンドロイド専用エリア」は取っ払われてしまったから、今は何者だろうと関係なく同じ座席だ。

 遊び帰りの者が半分、仕事帰りの者が半分といったところの乗客の様子を、ギャビンは立ったまま静かに眺めている。ジャケットのフードを目深に被っているので面持ちを外から窺い知ることはできないが、実際には、その表情は苦々しげに歪んでいた。

 

 ――どいつもこいつも、能天気な面しやがって。

 

 警官となって以来、もう何十回目にもなる呟きを、今一度声には出さずに繰り返す。

 仕事中の身にとって――というよりこれからまさに一仕事始める身にとっては、乗客たちののほほんとした佇まいが、まるで薄皮一枚隔てた別世界のもののように思える。

 そうした世界の平和を守るために、警察官(自分たち)という職業があるのだと、利いた風な口をきく奴もいるだろう。

 だがこの自分には、そんな正義とか、公正とか、社会のためなんて大義名分は関係ない。

 

 手柄をあげて、コケにしてきやがった連中を見返す。

 それだけだ。

 そのために警官という立場と、クソ野郎どもを逮捕するという仕事が必要なだけだ。

 

 ――胸の内でそう嘯く間に、電車はバークレー駅のホームに停まる。

 横目で見やれば、向こう側のホームにもまた、反対方向へ行く電車が停まっているところだった。そう、あのポンコツアンドロイドが言っていた通りだ。

 

 何気ない雰囲気を装いつつ駅の様子を確認すると、ギャビンは他の乗客と一緒に電車を降りた。夜の風が緩く、温く吹いている。街灯に備えつけられたLEDの青い光が照らすホームを一瞥すると、向こう側に、赤いニット帽がちらりと見えた。電車から降りて、こちら側へと向かってくる。

 ――売人はあいつのようだ。フードの奥でニヤリと笑い、そちらへと足早に向かう。

 

『後続列車が遅れているため、しばらく停車します――』

 

 車内のアナウンスが小さく聞こえてきた。

 

 赤帽子の売人は、しかし、アコギな職業のわりには妙に機敏な足取りである。それに想像していたよりも、身ぎれいな若者だった。奴はこちらが近づいていくのを見て取ると、どうやら商売相手がここにいるとわかったのだろう、迷いない様子で歩いてくる。その手には、昔ながらの銀色のアタッシュケースが握られていた。あれにぎっしりとレッドアイスが詰まっているのだとすれば、なるほど、確かにそれなりの規模の取引だといえる。

 

 すれ違いざまに、あれと金を交換するというのが、そもそもの契約なのだろう。

 しかしもちろん、そんな段取りに乗っかってやるつもりなどない。

 

 ギャビンは素早く赤帽子に歩み寄り、手筈通り、金とケースを交換する――フリをした。

 すれ違う一瞬、手と手が触れるだろうその刹那に、ケースを持った赤帽子の手首をしっかと握って取り押さえる。

 目を見開いて動きを止めた赤帽子に対して、皮肉っぽい笑みを湛えて言った。

 

「暴れんなよ。そいつを見せてみろ」

 

 告げるが早いか、アタッシュケースを強く蹴飛ばす。

 赤帽子の手から離れて宙を舞ったそれは、不用心なことに、鍵がきちんとかかっていなかったらしい。

 蓋が開き、大きく口を開いたケースから飛び出て床のタイルの上に散らばったのは、ビニール袋に入れられた赤い粉、大量のレッドアイス!

 

 ――ビンゴ。この()()は成功だ。

 物音に気を取られた他の乗客だの車掌だの通行人たちが、ホームに散乱した薬を見てどよめいている。

 だがそれより今は、こいつを取り押さえるのに集中しなければ。

 

「おいお前、面白いもの持ってんじゃねえか!」

 

 もはやニヤつきを隠す気もなく、高らかに赤帽子を小馬鹿にしながら身分証を見せる。

 

「警察だ、このまま署まで来てもらうぜ」

 

 きっぱりとそう告げた時、ギャビンは、てっきり赤帽子が動揺するだろうと思っていた。企みが漏れたことに狼狽し、薬をこうして公衆の面前に引き出されてしまったことを後悔し、混乱するだろうと。

 

 だが目の前にいるこいつは、反対に、まったく動じてなどいなかった。

 相変わらず瞼だけを大きく開き、動きを止めてはいるが、自発的に何も喋らないどころか、身じろぎすらしない。

 ――妙だ。ポンコツアンドロイドですら、もう少し感情らしいものを見せるってのに。

 

 そんな考えが脳裏を過ぎった瞬間、ギャビンは気づいた。相手の赤い帽子の陰、向かって左側のこめかみに、黄色く光るLEDのリングがあると――

 

「てめえ……!?」

 

 ――アンドロイド?

 逆に狼狽させられつつ、それでも掴んだ手首を放さずに、ギャビンがそう口にしようとした、ちょうどその時。

 

「リード刑事!」

 

 備品野郎の声がホームに響く。

 備品とは、二手に分かれていた。こっちとは反対に、向こう側の電車に乗ってここに来たあいつは、自分が乗っていた車内からホームへと、スーツ姿の一人の男を引きずり出している。スーツ姿の男の手には――拳銃が握られている。

 

 10メートルほど先の地面で男と揉み合いになりながら、それでも声音を微塵も揺らがせずに、備品野郎が言葉を発した。

 

「リード刑事、この男は監視役です。あなたに発砲を試みていました」

「そのまま捕まえとけ!」

 

 やっぱりいたか。売人役がアンドロイドならなおのこと、一人で仕事をさせるはずがない――と事態を確かめつつ、ギャビンはそのまま片手で銃を抜き、周囲に対して大きく声を張り上げた。

 

「デトロイト市警だ! おら、電車を止めろ!!」

 

 ようやく事態に気づいた周囲の一般人どもは、途端に悲鳴をあげてクモの子を散らすように逃げ惑い、あるいは床に伏して震えだした。

 銃を振りかざして列車を止めさせるだなんて、まるで西部劇の悪党か何かみたいだが、そんな外聞はどうでもいい。

 こちらの言い分通り、駅務員がホームのパネルを操作して自動運転の電車を停止させている。――よし、これで電車に飛び乗ってとんずらされる危険はなくなった。

 

 それと同時に、備品野郎が引き出した男をホームの床にうつ伏せにさせ、軽々と取り押さえているのが見える。向こうの仕事も上手くいっているようだ。

 

「ブッ壊されたくなければ、大人しくしてろよ」

 

 もう片方の手で捕らえたままの売人アンドロイドに対して、小声で命じる。すると相手はそれをすんなりと受け入れ、あたかもスイッチを切られた掃除機のように、身動きを完全に止めてしまった。

 

 ギャビンは内心困惑した。

 掴まれて文句も言わないどころか、命令にホイホイ従うなんて、こんなに「素直」なアンドロイド、久しぶりだ。まるで革命前のようだ――

 

 いやこいつ、もしかして噂に聞く「脱法アンドロイド」か?

 革命前と同じ従順な奴隷にされるべく、誘拐されて闇ブローカーどもにメモリーを消された――あるいは変異体に「感染」させられぬまま、工場から秘密裡に盗まれてしまったという機械ども。

 吸血鬼は、そんな連中まで()()()いるというのか。どんな経路を使って、なんのために?

 

 刑事としての疑問が、頭の中で渦を巻こうとしていると。

 

「リード刑事、伏せて!」

 

 アンドロイド刑事の警告が耳に届く。

 その言葉に反射的に従ってアスファルトに身を伏せると、頭上を何かが掠めて飛んでいく。――銃弾だ!

 

「チッ……」

 

 いきなり撃ってくるなんて、どこのクソッたれ野郎だ。姿勢はそのままに視線を巡らせると、こちらに銃口を向けているのは、一人の中年の男だった。50メートルほど離れた位置にいるそいつは、銃を構えたまま電車の昇降口のところに立っている。

 

「クソが!」

 

 先に撃ってきたのは向こうのほうだし、撃ち返してはならないという決まりはミシガン州の警察にはない。

 ホームに設置された水飲み場の近くまで、身を屈めた状態で素早く移動すると、ギャビンは両手で構えた銃を容赦なく中年男に発砲する。

 

 ひい、という情けない悲鳴があがった。銃は男が立つ傍の電車の壁に穴を空けただけだったが、中年男は恐怖にかられたようで、転び出るようにホームに降り立つ。

 そしてそのまま、遮蔽物を探して身を隠そうとしているようだが――

 

 ――舐めんなよ、三下が。

 

 ギャビンは銃口を()()()に向けた。

 そしてかつて教本で習った通り、息は止めずに――ゆっくりと夜の空気を吸いながら、視線の先に狙いを定めて――

 

 撃つ。

 数秒後、中年男の頭に直撃したのは青い街路灯だった。男はぐらりと体勢を崩し、そのまま地面に倒れ込む。

 直接身体にぶち込んでやらなくても、弾丸にはこういう使い方もあるというわけだ。

 また器物損壊だなんだと文句を言われるかもしれないが、駅が小汚い血と臓物まみれになるのよりはマシだろ、クソどもが。

 

「……フン」

 

 油断なく銃を構えたまま、ギャビンは立ちあがった。

 背後に目をやると、例の赤帽子アンドロイドは今なおその場に立ち尽くしている。中年男の撃った流れ弾も、当たりはしなかったらしい。結構なことだ。あいつは大事な「証拠品」なのだから。

 

 そして備品野郎のほうも、スーツ姿の男のほうを無事に制圧したようだ。

 ぐったりと気絶した男の隣に佇み、奴はこちらを無表情で見ている――なんか言えよ、気色悪い。

 それ以外にホームにいる奴といえば、震えて蹲っている一般人だの、電車に空いた穴を見ておろおろしている駅務員だの――と見渡していたところで、ふいに、視界のかなり奥、ホームの真ん中に設置されたベンチの下から這い出ていく男が見えた。

 

 そいつはボロを纏った、いかにも浮浪者といった風体の男だ。

 男はちらりとギャビンのほうを見てから、必死な様子でホームへ、否、ホームを降りて線路のほうまで出て行こうとしている。

 ――パニックになって逃げている? いや、違う。明らかに()()()()逃げようとしている。あいつも監視役だ。監視役はそれぞれの電車と駅のホームに、三人もいたのだ。

 

「おいてめえ、動くな!」

 

 叫んで制止し、次いで威嚇射撃してやるが、浮浪者風の男はまったく止まろうとしない。

 

「畜生……!」

 

 舌打ち一つ、ギャビンは相手の背を追いはじめる。駆けながらふと、ポンコツ野郎は何をやってやがるんだと視線を向けると――

 アンドロイドはまるで放たれた矢のような速さで、男を追っていく最中だった。

 男は見かけによらずかなりのスピードで走っているが、備品はそれを上回るほどの速度で奴を追っていく。取り残されるのも癪なのでギャビンも負けじと足を速めるが、それでもギリギリ追いつけるか(いや、全速力はいつまでももたないから、いずれこっちが取り残されるだろうが)というところだ。

 

 案の定男は線路に降り、そのまま向こうへと逃げていく。その方角には、3番線と4番線の線路があった。アンドロイドは、男からもう数メートルの位置にまで追いついている。このまま奴に任せておけば、あの男も捕まえられるか――

 そう心の奥底で安堵した時、聞こえたのは、4番線に入ってくる特急列車の放つ警笛だった。甲高い警告と目も眩むような白いライトを伴って、轟然と電車は走ってくる。

 そしてその進行先を横切ろうとしているのは、浮浪者風の男と備品野郎――

 

「おい」

 

 まず浮浪者風の男が、線路を横断する。

 迫る列車。

 

「おい!」

 

 アンドロイドはまるで列車など気にも留めていない様子で、一心に男の背中に近づいていく。

 さらに迫る列車。

 いくら奴の足が速くとも、いくらクソ頑丈な身体を持っているとしても、あれにぶつかったら――

 

「おい、ポンコツ!」

 

 ギャビンは、我知らず思い切り叫んだ。

 そして前方へと大きく地面を蹴り、こちらに背を向けたままのアンドロイドに腕を伸ばし――その襟首を、後ろから引っ掴む。

 

「!」

 

 備品野郎の身体がぐらりと揺れて止まった。

 その鼻先を、特急はすさまじいスピードで駆け抜けていった――ここは通過駅だったらしい。

 

「ク、クソ……!」

 

 まったく、危なかった。気づけば脇腹が痛くなっていて、ギャビンは荒く息を吐きながら、腹に手を当ててしゃがみ込む。

 視線を巡らせても、さっきの浮浪者の姿は見えない。特急が駆け抜ける間に、夜闇の向こうへ姿を消してしまったらしい。

 備品はといえば、そのまま立ち竦んでいる。

 

「てめえ、このポンコツが!」

 

 腹立ちまぎれに、ギャビンはアンドロイドに対して声を荒らげた。

 

「考えなしに突っ込んでってんじゃねえ! てめえがブッ壊れたら、俺が困るだろうが!!」

 

 それは、字義通りの意味での言葉だった。

 ファウラー署長に釘を刺された通り、もし捜査中にRK900が破壊されて、そのことでサイバーライフに文句をつけられでもしたら、ギャビンのこれまでの苦労は水の泡。一生を閑職で過ごすはめになる。

 

 そうならないために、ギャビンは備品野郎を止めたのだ。

 だというのに当のアンドロイドは、くるりとこちらに向き直った後、なぜか驚いたように目を見開いて、広げた自分の両の手のひらをじっと見つめている。

 

「……今」

 

 奴は、呟くように静かに口を開いた。

 

「今、私は……何を……?」

「は?」

 

 ――自分のしたことすらわからねえのか、本当にポンコツ野郎だな。

 それともフリスビー追いかけるバカ犬みたいに、頭に血が昇って周りが見えなくなったのか――などと考えそうになるが、こいつは機械なんだからそんなわけもない。得体の知れないエラーか何かか? これだから「精密機器」様には困ったものだ。

 

 ようやく脇の痛みも治まってきたので、ギャビンは立ちあがると、デカブツアンドロイドの脚を一発蹴ってやる(まるで電柱を蹴ったような衝撃が走った)。

 

「てめえはあのボロ服野郎を追って、電車に轢かれそうになったんだろ。助けてやったのは誰だ? あ? 感謝しろよクソが」

「……助けて、くださったのですか?」

「何度も言わせんな」

 

 こちらを見て目をぱちぱちさせているアンドロイドに吐き捨ててから、しかし待てよ、と思い直す。

 こいつには今日、確かに、2回ほど命を救われた。

 だが今、ギャビンはこいつが壊されないように助けてやった。

 ということは――

 

「おい、ポンコツ」

 

 一歩踏み出し、ギャビンはアンドロイドの胸元に人差し指を突きつけた。

 

「これで、()()は一つ返したからな。調子に乗るなよ」

「……」

 

 もう一つの借りも、じきに返してやる。そうして貸し借りを清算したら、後に残るのは人間と機械という主従関係だけだ。つまり、こいつにコケにされる理由はなくなる。

 ギャビン・リードの心境は、そんなようなものだった。けれど眼前のアンドロイドは、それをどのように解釈したのだろうか。

 

 備品はもう一度、おもむろに瞬きした。

 それから、淡々と言葉を発する。無表情ではあっても、どこか、嬉しそうに。

 

「……はい、リード刑事。助けてくださって、ありがとうございます」

「くだらねえ。戻るぞ」

 

 そう言い残して、アンドロイドに背を向けた。

 彼方に見えるホームには、まばらに警官の姿が見える。きっとあのスーツ姿の男を取り押さえている間に、備品が呼んでいたのだろう。用意周到なことだ。

 

 あの浮浪者風の男は取り逃がしたとはいえ、今回の仕事は、ギャビンにとってはまあなかなかよい釣果だったといえるだろう。

 レッドアイスは連中の手に渡ることなく確保できたし、吸血鬼のお仲間だという男たちも、何人も逮捕できた。アンダーソンとコナーが家に引っ込んでいる間にここまでやってのけたのだと思うと、気分もだんだんよくなってくる。

 

 ギャビンは、ちらりと時計を見る。

 時刻は、00:21。

 最低な一日は、こうして、ようやく幕を閉じたのだった。

 

 

***

 

 

――2039年5月22日 09:12

 

 

 デトロイト市警は、今朝も早くから騒がしく動いている。

 近所のダイナーでパンケーキを食べた後、今日も職場へとやってきたギャビンは、自分の席につき、端末に表示された報告書を読んでいた。

 

 精密分析の結果、確保したレッドアイスはやはり新型のものだった。従来のものと比べてよりシリウムの濃度が高く、またその製法は「洗練」されている。つまり、これまで出回っていた粗悪品のレッドアイスに比べるとかなり純度が高い成分を使っていることから、相手は大規模な生産工場を持っていて、集めたブルーブラッドをそこで材料にして薬を製造していると思われる。

 

 それからあの赤帽子のアンドロイドは、思っていた通り、いわゆる脱法アンドロイドだったらしい。

 変異体になった後で捕まって記憶を消されたと思しきそいつは、今はジェリコの施設で療養中らしいが、仲間の手で「感染」してもう一度変異体になった今もショック状態で、ろくに話が聞けないという――機械のくせに、ご立派なことだ。

 

 また、ギャビンの家を荒らしたボブ・フィアロンとその仲間、そしてバークレー駅で逮捕した2名――さらに警官隊がファーンデール駅で纏めて捕まえた集団は、全員(今度こそは)急性心不全で死ぬようなこともなく、元気に「何も知らない」などと御託を並べている。

 

 最近界隈を騒がせている『吸血鬼』がなんらかの組織に関わっているらしいのははっきりしたが、どうやら逮捕された連中は、もともとその組織でもかなりの下っ端らしい。

 奴らは自分たちのボスと面識があるわけではなく、ただ今回のように手紙だの伝言だので指示を受け、薬の売買に手を出していたようだ。

 

 バークレー駅で取り逃した浮浪者風の男――あの後すぐに備品がドローンを飛ばして追跡したが、車で遠くまで逃げられて行方不明になってしまったあいつは、おそらくは、より色々なことを知っている立場の人間だったに違いない。

 なぜならそうでもなければ、ああして必死に逃げたりなどしないからだ。ただの浮浪者の演技をしてやり過ごすのではなく、万が一にも捕まる危険性を恐れて、奴は逃げ出した――

 

 だが、まあ、今はそうして逃げ惑っていればいい。と、ギャビンは思う。

 自分たちの勝手な不始末で人の命を狙っておいて、これだけの落とし前で片がついたなどと思ってもらっては困る。

 コケにされた分は、まだ返しきってもらってはいない。

 

 ――吸血鬼は、必ず俺が仕留めてやる。

 

 心の中でそう誓うと、ギャビンは端末から自分の横へと視線を向けて、そこに立つ()()にこう命じた。

 

「おい、コーヒー持ってこいよ」

「はい」

 

 今日も今日とて無表情の備品野郎は素直に頷いて、休憩室へと向かっていった。

 その白と黒のジャケットの背中を見ながら、ギャビンはにやっ、と笑みを浮かべる。

 

 最初はどうなるかと思っていたが、慣れてしまえばなんてことない、あいつはなかなか使える備品だ。

 この報告書だって奴が纏めたものだし、それに、奴のドローン8機や搭載された物理シミュレーションとやらは、確かに最新鋭のものだと認めてやらなくもない性能である。

 つまりこのまま、あいつを上手く使っていければ――昇進は貰ったようなものだ。

 

 薔薇色の未来が開けているような心持ちになって、ギャビンはニヤニヤしたまま端末を操作していた。するとしばらくして、横にやって来た影がある。

 

「はい、どうぞ。コーヒーです」

 

 人影は平坦な声音でそう告げると――

 ドン、と叩きつけるようにカップを机に置いた。

 

「おいっ!」

 

 熱いコーヒーの飛沫が手にかかりそうになって、このポンコツ野郎と抗議してやろうと視線を上げると――

 

「……てめえ」

「どうも、リード刑事」

 

 備品野郎とまったく同じ顔と声、だが目の色と背格好、何より浮かべている表情が違う。

 口元は笑っていても目が笑っていない、まるで傲然とこっちを見下ろしているのは――

 

「コナー……戻ってきたのかよ」

「ええ、お蔭さまで警部補が快復したので、私も今日から復帰しました。どうぞよろしく」

 

 そうまで言って、ところで、と相手はしゃあしゃあと言葉を続けた。

 

「あなたの机から休憩室までは、さほど遠くはありません。パートナーに命じるのではなくご自分で歩かれたほうが、あなたの健康のためにもなりますよ」

「余計なお世話だ、クソ野郎」

 

 クソッたれおすましロボットは、自分の「弟」を庇っているつもりらしい。

 コナーの後ろのほうで備品野郎が、どこか居心地悪そうにこちらに視線を送っているのが見える。――まったく、面倒くさい奴が帰ってきたものだ。

 それに、コナーの言葉が正しいのなら――

 

「コナー! 何やってんだ」

 

 直後、聞こえたのは例のクソ忌々しいアンダーソンの声だ。

 オフィスの入り口近くにいるそいつは、休む前と大して変わった様子もなく、苦々しげな顔で自分のペットのアンドロイドを呼んでいる。

 その姿に(客観的には、居ても立っても居られないといった様子で)ギャビンは席を立つと、つかつかと歩み寄って声をかけた。

 

「よお、ハンク。もう出てきていいのか」

「ああ、まあな」

 

 苦虫を噛み潰したような表情で、ハンクは短く応える。

 それがやはり気に食わなくて、ギャビンはさらに続けて言った。

 

「なんだったら、無理せずにもっとゆっくりしててよかったんだぜ? 床にぶっ倒れてるのはお得意だろ。なあ?」

「どうぞお構いなく。じゃあな」

 

 こっちがせっかく()()()()()()()話しかけてやってるというのに、ハンクはまるで会話を打ち切るように手を振ると、横を通り抜けて自分の机に向かっていく。

 

 そしてギャビンの机の脇では、コナーが備品の手を取って、何やらひどく心配した様子で語りかけている。さっきこっちに対して放っていた、皮肉げで冷淡な声音とはうって変わって、いかにも親切で温かな調子だ。

 

「大丈夫かい、ナイナー? システムに異常は?」

「ありません、兄さん。心配しないでください」

「署長も、まさかリード刑事と君を組ませるなんて……本当に平気? 足を踏み潰すとか、ゴミ箱に放り込んで火を点けてやるとか言われなかったかい」

「言われていません、兄さん」

 

 機械のくせにお上手な兄弟ごっこが繰り広げられているのに気づいたのか、ハンクはなぜか頭を抱えると、また自分のアンドロイドに声をかけている。

 

「おい、コナー……あん時は……どうも悪かったな」

「なんのことです、警部補?」

「お前ら、向こうでやれ! 邪魔だろうが、クソが!」

 

 ギャビンが自分の机を蹴る音が、デトロイト市警のオフィスに響く。

 そしてこれでまた平常運転だと肩を竦めるのは、彼らの巻き起こす喧騒を聞いた他の警察官たちなのだった。

 

 

 

***

**

 

 禅庭園は、今日も美しく晴れている。

 その入り口に立ち、ゆっくりと瞼を開いた『コナー』は、白と黒のジャケットの裾を翻すと、中央にある大きな池の畔へ向かった。

 そこには、白と青で彩られたゆったりとした衣服を纏う女性がいる。――アマンダだ。

 

「こんにちは、アマンダ」

 

 礼儀正しく『コナー』が声をかけると、アマンダもまた上品な微笑みを湛えて向き直る。

 彼女の手のひらの上には、パンくずのようなものが乗っていた。池の鯉に餌をやっていたのだ。

 

「コナー、よく来ましたね」

 

 職員室に来た生徒を迎える優しい教師のように告げて、アマンダは続けた。

 

「そして、よくぞ手がかりを掴んでくれました。あの薬物の出所を探れば、きっとあなたの捜査は進展することでしょう」

「恐れ入ります」

 

 小さく()()()()、彼は朗らかに応える。

 だがその一方でアマンダはにわかに眉を曇らせると、しかし、と付け加える。

 

「監視役を一人取り逃したのは、痛手でしたね。リード刑事の妨害がなければ、きっと逮捕できていたでしょうに」

「機体の運動性能を、伝えていなかったのが原因でしょう。もっと早く、私が介入すべきでした」

「いいえ、今回は仕方ありません」

 

 真剣な表情で、アマンダは『コナー』を見据えて言った。

 

「今後も同じく、介入は最小限に留めるのです。いいですね、決してあなたの目的を悟られないように」

「はい、アマンダ」

 

 まさに従順な機械らしく、『コナー』は頷く。

 それと同時に池から何かが飛び出して、アマンダの足元に落ちた。

 地面でびちびちと跳ねているのは、一匹の鯉だ。

 

 だが『コナー』は、それを下瞰こそすれど、微塵も動かない。

 

「助けないのですか、コナー?」

「ご命令があれば助けます」

 

 その答えに満足したように、アマンダは再び笑みを浮かべた。

 そしていつものように、穏やかにこう命じる。

 

「行きなさい。忘れないで、彼を止められるのはあなただけ。そしてあなたこそが、最後にして最高の切り札なのです」

「お任せください。必ずやご期待に応えてみせます」

 

 完璧な機械としての、完璧な答え。

 それを聞いたアマンダ、そしてサイバーライフは確信している――計画が順調に進行していると。

 そして、彼らだけが知っている。鬼札は未だ、山札の中に潜んでいるということを。

 

 

(ギャビンの最低な一日 /Bad Luck! 終わり)

 






次回からは、またコナーとハンクがメインの捜査パートに戻ります。
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